その教室に秩序はない

つなかん

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その教室に秩序はない

3章(1)

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 珍しく自分から小夜子の教室へ行く。マスコミ部のことを聞くためだ。
 クラスへ行くと、夏実と小夜子が話しをしていた。
 夏実はこちらに気付いたのか、こちらにむかって手をひらひらと振った。
「あ、こんにちは。糸杉君」
 退院したのか。すごく元気そうだ。
「どうも」
 軽く会釈をすると、小夜子もこちらに気付いたようだった。
「ねぇ、そういえば、昨日はうまくいった?」
「あー、えっと……」
 小夜子に訊かれ、答えに詰まる。なんと答えたらよいのかわからない。
「あっそ、失敗したのね。まぁいいよ」
 意外にもあっさりと、小夜子は伊織に一瞬視線を向けたが、すぐに夏実のほうへ向けた。
「あのさ、ところで、さっきから近くない?」
 夏実は小夜子に近寄られ、戸惑っているようだった。
「え、そうかな?」
 またなんか変なこと考えてるに違いない。中身が残念だから、見た目がよくても寄ってくる人はいるのか謎だ。
 でも夏実はまんざらでもなさそうに見える。
 小夜子はそんな夏実の様子を気にせず、言葉を続けた。
「そうそう、てか、同じクラスになったのも何かの縁だし、仲良くしようよ」
「え、そう? 嬉しいなぁ」
 単純すぎる。言葉の端々から溢れる意図を読み取ることもせず、夏実はへらへらと笑っていた。
「あの、じゃあ僕はこれで……」
 伊織は気を遣い、その場を離れようとした。別にマスコミ部のことを聞くのは今でなくても良い。目の前でいちゃつかれるよりはマシだ。
「ちょっとまって」
 小夜子はするりと夏実と離れてこちらに寄ってくる。
 耳元でひそひそと話してきた。
「映画研究部ってあるじゃん、あそこからビデオカメラ借りてきて。そのあと屋上にきて。旧校舎のほうね」
「はい? なんですか突然?」
 驚いて彼女のほうを見る。
「私が一肌脱ぐ!」
 ドヤッ! と今までに見たことのないほどのドヤ顔をしていた。
 嫌な予感がする。
「とにかく急いでね」
「はぁ……」
「はいダッシュ!」
 廊下は走ってはいけないのだけれど、今回ばかりは走った。
 なにがあるのかわからないが、きっと面白いことなのだろう。あそこまで顔を輝かせている小夜子を見るのは久しぶりだ。
「映画研究部ってどこにあるんだろう」
 部活棟のほうだろうとあたりをつけて探す。少し歩くとすぐにそこは見つかった。
 そろりと、ドアノブを回し、中を覗く。
「あの、ビデオカメラを借りたいんですけど」
 中にいた部員の人が戸惑った様子で、しかし立ち上がって機材を探し出した。
「え、あぁ……。いいけど、どれがいいかな……」
 あっさりとハンディカムを貸してくれる。
「ありがとうございます」
 あっさりとしすぎてこちらが戸惑ってしまうほどだ。小夜子のことだから、話を通してくれていたのかもしれない。
 とにかく、急ごう。
 屋上へ向かう。
 そういえば旧校舎の屋上って鍵がかかっていて開かないはずだけれど大丈夫だろうか。
 階段を登る。実際に使われている二年生の教室は二階までだから、それ以上はホコリまみれで、床も抜けそうだった。
 屋上のドアは開いていた。
 すでに小夜子と夏実がいる。
「こんなところに呼び出して、なに?」
「あー、えーっと」
「もしかして空蝉さん、見かけによらず野外とか好きなタイプ?」
「え?」
 小夜子こちらに気づく。
 目配せをして、ビデオカメラを回すように指示をされた。
 たぶん見つかってはいけないのだろう。ドアの影に隠れる。
 それにしても野外って……、本当に大丈夫なんだろうか。
 ●RECと、表示されていることを確認し、二人を映す。
「まぁ俺は別にどっちでもいいけど」
 とりあえず回そう。
 でもこんなところ撮ってどうするのだろう。
 二人の唇が触れそうになる。
「ちょっと待て!」
 声がしたほうは、今まで自分がいたところからだった。屋上の入り口。
 カメラを向けると、和泉だった。
 え、っとなんで?
 わけがわからないけれど、とりあえず言われた通りカメラを持ち直す。少しブレてしまったのはご愛嬌だ。
「は? お前、なにして……」
 夏実も驚いているようだ。
「なんでお前そんな女……!」
 和泉もなぜか怒っている様子だ。でも関係ないのに、どうして?
「なんでって、言われても」
 小夜子はこちらを見て、カメラ回してるか確認する。
 そしてすぐに夏実から離れてこちらにきた。
「ふざけんな! そんな女にデレデレして。許さない……もう、許さない」
「和泉、違うんだ。これは、こいつが……」
「うるさい! もういい、死ぬ。俺が死ねば、全部うまくいく」
 撮影してる? と再び振り返る小夜子。
 まさか自殺の現場を撮れというのだろうか。というか、なんで死ぬんだ。理論が飛躍しすぎていて、ついていけない。
 というか、小夜子はこうなることを予測していたのだろうか。
「やめろって、お前、どうしたんだよ」
 夏実が、狼狽した様子で和泉に近づく。
「もういいんだ。今までありがとう」
「ざっけんなっ!」
 夏実が叫ぶ。なにこれ、よくわからないけど修羅場、ってやつなんだろうか?
「お前どうしたんだよ」
 もう完全に二人の世界だ。自分たちのことなんて目に入っていない。
「去年のカンニングのこと覚えてるか?」
 和泉がぽつりと言葉を溢す。夏実はなにがなんだかわかっていない様子で、頷いた。
「え? あぁ、あれ。うん」
「あれ、お前はめられたんだよ」
 小さく搾り取るような声。しかし夏実は他人事のように首を傾げた。
「え? マジ?」
「……気づけよそのくらい」
 和泉はもう泣きそうだ。いやもうすでにちょっと泣いてる気がする。
「竹本って俺のこと嫌いだったっけ?」
 少し考えたのか、夏実はそんなことを言い出した。
「お前バカだろ、あいつは全然関係ない」
「え?」
 やはりよくわかっていないようだ。
「全部俺が悪い」
「え、それってどういう?」
 困惑した様子で、和泉を見つめる。
「ちょっと頭使えよ! 俺が全部やった、カンニング事件でお前をはめたのも、それをかばったのも、」
 一気にまくしたてて、また涙を流す。
「え? なんで? 意味わかんないだろ、なにがしたかったの?」
「お前忘れたの? あのとき俺の言ったこと」
 困惑する夏実に、和泉は感情的に言葉をぶつける。
「いや、覚えてるけど、さ……。ごめん、俺そういうのは無理なんだ」
 目を逸らしながら答える。これは、もしかして、本当にそういうことなのだろうか。
「前もそう言った、それで殺そうと思って、突き飛ばした」
「え……」
 明らかな殺意の告白。これは、本当に大変なことだ。
「こんなに、好きなのに。色々頑張って準備して、告白したのに、断られたし、もういいやって思って……」
 一瞬言葉を詰まらせたが、すぐにまた言葉を紡ぐ。
「いいよもう、俺のこと庇う必要もないだろ。まぁもう死ぬけど」
「だから、やめろって!」
 もうなにがなんだかわからない。伊織は、ビデオカメラを回すことで精いっぱいだった。
「俺のせいなんだ全部。あの行事を廃止してから、変なこと起こってる。俺のせいだから、だから、俺が死ねば――」
「死ぬなって!」
 そう叫んで、ぼろぼろ泣く。今度は夏実だ。先輩が二人で泣いている様子はなんだかいたたまれない。帰りたい。
「俺、バカだけど、親友がいなくなったら悲しいよ」
 悲しい、というのは本当なのだろう。こんなに泣いているのだ。
「もうお前の親友はいないんだよ」
「わっかんねぇよ。なんでそうなるんだよ」
 本当に理解できていないようだ。
「あーもうそういうバカなところ大好き」
 そういった瞬間、和泉が足を滑らせた。
「危ない!」
 撮影のため、近づく。
 夏実が腕を引いたお陰で、助かったようだ。
「ッチ、死ななかったか」
 小夜子がそう呟いた気がしたが、よく聞こえなかった。ビデオも多分拾っていないだろう。
 ハッとしたようになる和泉、眼鏡を取って、涙を拭う。
「というか、なに撮ってるの」
 和泉は突然カメラ目線になっる。
「えー、これをネタに脅そうかなって」
「返して」
「えー、どうしよっかなー」
「……」
 無言の圧力を感じた。
「わかったよ、わかったって」
 小夜子に促され、ビデオカメラを渡す。
 まさか和泉がそういう性癖の持ち主だったとは。いつか小夜子の言っていたことは当たっていたとうことか。
「……ごめん」
 和泉が小さく呟いた。
「私たちはそろそろ帰るわ、そのカメラ、映画研究部のだから、返しといて。あとここの鍵。これは職員室じゃなくて私に返してくれればいいから」
「了解」
 そう答えて、和泉は罰が悪そうに顔をしかめる。
「帰ろ」
「はい」
 小夜子と一緒に屋上を去る。階段を下りて、家を目指す。
「ていうかまさか和泉がゲイだったとはね」
 いつになく爽やかな表情で、小夜子は言った。
 秘密を暴いて、そんなに楽しいのだろうか。まぁ今回に関しては、必要なことだったのかもしれないが。
「あの、世の中にはバイセクシャルという人もいましてですね」
 一応和泉の名誉のために、可能性を示唆しておく。
「いや、あの顔はゲイでしょ」
「あの、いいんですか、そんなこと言って」
 こういった失礼なことを言うのは今に始まったことではない。それにしてもたしなめずにはいられなかった。
「まぁなんにせよ、私の推理も半分は当たってたってことね!」
「そうですね」
 少しホッとする。これで和泉の疑いも、半分は晴れたということだ。
「というか、二人残してきて大丈夫だったかな」
「え?」
「夏実が襲われてないかってこと」
「はい?」
「夏実はあれだけど、押しに弱いところあるから、もしかしたらもしかするかも。ビジュアル的には……うーん」
 「それはそれで金になる」と言う。
 話題を変えようと、明るく切り出す。
「あの、どうして屋上の鍵を持ってたんですか?」
「ん? 私が鍵のスペアを作っていないとでも?」
 「だいたいこの学校の鍵は作ってあるよ」と続ける。
「え、なんでですか?」
「気づかれないように拝借するのは苦労したよ。理由は簡単。便利だからだよ」
「便利って……」
 言葉を失うが、そういえば小夜子に聞きたいことがあったのを思いだす。
「そういえば先輩ってマスコミ部なんですか?」
「え? なんで?」
 心底不思議そうな顔をして小夜子がこちらを見る。
「いえ、なんかそういう話を聞きまして」
「誰に聞いたの?」
「えっと、それは――」
「そうだよ」
 言葉に詰まっていると、あっさりと答えてくれた。
「え?」
「諜報係だから、あんまり知られてないけど」
 諜報……、って結構本格的だ。
「そういうのあるんですね」
「まーねー」
「色葉先生が考えたんだけどね」
「色葉先生って、あの?」
 美人の先生だ。小夜子が気に入っている。
「うん、マスコミ部の顧問なの」
「へぇ……」
 知らなかった。というか、自分はほとんど部活についての知識がない。
 公認・非公認に関わらず、すぐに生徒会に入ってしまったので、部活を見る暇がなかったのだ。
「あ、ていうかこの話は秘密だからね。今後の活動に支障がでるし」
「とかいいながら結構話してますよね先輩」
「ん? そう? 私は利益にならないことはしないよ」
 そして少し間をおいて、言葉を続ける。
「ねぇ、今度お兄さんいつ帰ってくる?」
 声のテンションが心なしか上がっている。なるほど、そういうことか。
「あぁ、そうですね、父の三回忌が夏にあるので、そのあたりには……」
「ほうほう」
 頷きながらも、さらに気持ちが高まっているのがわかる。
「他の親戚も来て忙しいので、先輩が兄に会えるかはわかりませんよ」
「そっかー、残念」
 釘を刺すと、本当に残念そうな表情をした。
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