その教室に秩序はない

つなかん

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その教室に秩序はない

3章(2)

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 次の日から、何事もなかったようにときは過ぎた。生徒会もいつもと同じように活動している。
 唯一昨日と違うことといえば、見上が正式にメンバーになったことだろうか。
 簡単に和泉から紹介があっただけで、あとは普段通りの風景だった。
 一通り作業も終わり、残っているのは、和泉、見上、伊織になった。他のメンバーは和泉の機嫌がいつもより悪いのを察してそそくさと帰ってしまった。
 伊織は見上に仕事を教える係りに任命され、いつもより仕事を終わらせるのに時間がかかってしまっている。
「こんにちはー」
 いつものように小夜子が登場する。
 ただでさえ悪い和泉の機嫌がさらに悪くなったのを感じた。
「なぜ勝手に入ってきているんだ?」
「あれ? そんなこと言っちゃっていいのかな?」
 小夜子は強気な態度に出る。いつもなら言い争いになってもおかしくないが、和泉は小さく鼻を鳴らしただけだった。
 空気が悪くなったのを感じたのか、見上は明るく話始めた。
「そういえば最近暑いですよね。そうだ、暑いといえば……」
「なんだ? 怪談か?」
 和泉が書類に判子を押しながら答える。
「いえ、そんな大層なものじゃないんですけど」
 そう前置きして、見上は言葉をつづけた。
「夏なのに、嫁の家にスープを届け続けるおばあさんがいたそうです。鍋で持ってくるから、地面には点々とスープの跡があったそうです。でもある日、嫁にそれを鍋からゴミ箱に捨てられて、その日からスープの材料を変えたそうです。以前はおでんとかポタージュだったのに、元気になるからって、生き物をそのまま……、だから、地面に残っているのは、その日から血の色になったって――」
 興味なさそうな空気が部屋中に漂っていた。和泉は書類を机に片づけると、鍵のかかっている机からアルバムのようなものを取り出した。
「で、その鍋が旧校舎のどこかの教室にあるっていう話です」
「くだらない」
 和泉は今度はなにかをハサミで切っている。
「ごめん、私お金にならない話には興味ないの」
 小夜子も、この状況では和泉に同意している。ちらりと彼のほうに目をやって眉をひそめた。
「ところで和泉はなにしてるの?」
 小夜子の問いに、和泉が少し沈黙していたが、きりがよくなったのか、しばらくすると答えた。
「……スクラップを作ってる」
「うわぁ」
 あからさまに嫌な顔をしている。伊織も興味を持ち、和泉のほうへ視線を向ける。
「あ、キミは見ないほうがいいよ」
「そうですか」
 向けていた視線をすぐに戻す。
 見上は何かを察したのか、小さく息を吐いた。
 自分ももう帰ろう。そうしよう。
「じゃあ僕はお先に失礼します」
「あ、私もー」
 するりと通り抜け、小夜子と共に廊下へ出る。
 しばらく歩くと、小夜子がテンション高めに言った。
「すごいニュースがあるの、この前キミに言われて部室のアルバム見てたんだけど」
 ウキウキと楽し気な様子だ。
「キミにお兄さん、六年前、マスコミ部にいたんだね。あ、当時は新聞部だっけ?」
「そうなんですか?」
 そんな話、初めて聞いた。そもそも久美とそこまでじっくり話たこと事体ないのだが。
「あのときはそういう話全然してなかったよね」
「そうですね」
 以前久美と話したときには全くそんな話はしなかった。この学校の卒業生、という話はしたが。
「ねぇ、今度聞いてみてよ」
「はい、今度帰ってくるときにでも」
 そうは答えてみたが、いつ久美の時間が取れるのかわからない。
「夏休みくらい?」
「そうですねー」
 そんな話しているうちに下駄箱につく。
 それぞれ靴を換えていると、小夜子が言葉を発した。
「あれ、なんか入ってる」
「え、なんですか?」
「下駄箱に手紙といえば、ラブレターかな!」
 ドヤ、という顔と共に、やっぱり私ってば美少女だから、とかなんとか言っている気がしたが全力でスルーする。
「読まないんですか?」
「え、私優しいから、家に帰ってから読むよ」
「そうですか」
 そう答えて校舎を出る。
「というか小夜子先輩のこと好きな人とかいたんですね」
「なに、嫉妬かー?」
「全然違います」
 通常運転過ぎて呆れの感情を通り越した。もうこのことに関しては、突っ込まないほうが良いだろう。
「お金持ちかな?」
「兄のことはいいんですか?」
「えー。どうしよっかなー」
 明らかに機嫌が良い。
 スキップでもしそうな小夜子。
 並んで歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「待ってくれ!」
 振り返ると、和泉がいた。走ってきたのか、少し息が切れている。
「俺もあれから色々調べた。お前らが嗅ぎまわってるからな」
「あっそ、協力する気になったってこと?」
 和泉とは対照的に小夜子は澄まし顔だ。
「不本意だがな。あの行事がいつから始まったか調べたら、六年前と記述があったが、実際に行事化されたのは三年前」
「あー、うんうん、だろうね」
「三年前の行方不明者は、まぁいわゆる不良だな」
「うん、そこは知ってる」
 以前久美が話していた話を一致する。
「最後にもう一つ。三年前の行事のクラス選別は、表向きはくじ引きだが、実際には決まっていたらしい」
「なにそれ?」
 それは初めて聞く話だ。和泉もただの使えないやつではなかったらしい。
「おそらくだが、いなくなっても都合の悪くないやつがいるクラスになってるってことかな」
「それって、絶対誰かがいなくなること前提じゃん」
 小夜子の言う通りだ。そんなことが実際に起こっていた、ということが怖い。
「今回俺がこれを廃止して、そのあと竹本がいなくなった。関連性がないとは言えないと思う」
「そうだね。ま、そのへんは引き続き調査をよろしく」
「わかった」
 ちらりと小夜子のほうを見ると、暗くてよくわからなかったが、悪い表情をしていたと思う。
「あぁ、そうだ。夏実のこと、襲わなかった?」
「なに言ってるんだ?」
 なんのことかわかっていない様子の和泉に、小夜子は続ける。
「いや、二人っきりにしてまずかったかなぁってちょっと思ってるから」
 夏実には悪いことしたかなって、ちょっとは反省してるんだよ。なんて悪い顔をしながら言う。
「俺のことなんだと思ってるんだ」
 和泉はやっと理解したようで、ため息をついた。
「ガリベンナルシストゲイメガネ」
「全て悪口だな」
 冷静に返す。もう小夜子の悪口には慣れっこのようだ。
「先輩、それはさすがにまずいですよ。仮にも会長さんなんですから」
「そうだね、仮にも、ね」
「本当に性格悪いなお前」
「お前にお前って言われたくありませんー」
「もういい、帰る」
 足早に行ってしまった。方向は一緒なのに、さすがに一緒には帰りたくなかったのだろう。その気持ちはわかる。去り際にちらりと目をやると、彼は手になにか紙を持っているのが見えた。
「あの、見上さんのことなんですけど、報告したほうがいいでしょうか?」
「え? あぁ、猫のこと?」
 和泉が見えなくなってから小夜子に訊ねると、思いだしたように頷いた。
「まぁ和泉が容疑者から外れた今、怪しいのはあいつだよね」
「今度本人と話してみますか?」
「そうだねー、色々お話聞かないとね」
 ニヤニヤしている。うわ、またなんか企んでる。
「そういえば見上さんの今日のお話はなんだったんでしょう」
 今日したとてもくだらない怖くない怖い話。場を和ませようとしたのだろうか、だとしたらすごいセンスの持ち主だ。サイコパスらしいというか、その手の業界ではあの話で和んだりするのだろうか。
「うーん、なんかすっごい昔に流行った話だったような……。『スープの姑』でしょ?」
「知ってたんですか?」
 びっくりだ。本当になんでも知っている。これが諜報係たる所以だろうか。
「うーんでもくだらなすぎて忘れてた」
「先輩らしいですね」
 そう言って、もう一度あの話を思い出す。
「にしてもすごい話ですね、夏におでんって……」
「おでんおいしいけど、夏はいやよね」
 おなかすいたー、と言いながら言葉を続ける。
「まぁ鍋はコスパもいいし、洗い物も楽だけど」
「そういえば、うち最近鍋やってないです」
 普段一人でご飯を食べていると、大人数で食べる鍋に憧れを抱く。
「人数いないと厳しいよね。うちは大家族だから冬はしょっちゅうやってるよ」
「鍋パーティーしたいです」
「冬にな」
「冬って先輩受験じゃないですか」
 三年生なのに、あまり勉強している様子がないのはまだ夏になったばかりだからだろうか。
「あぁ、そろそろ本気ださないと厳しそう。県立行きたいし」
 貧乏はつらいよ、とおどけて見せる。
「まぁ結婚してもいいんだけど、学生結婚って響きも捨てきれないしね」
 響きの問題なのだろうか。でも小夜子はそういうところ気にするタイプであるように見える。
「そういう問題ですか?」
「他になにがあるの?」
「なんでもないです。先輩はこういう人でした」
 問うてみて、やはり小夜子はこういう人なのだと理解する。
「あぁもう金持ちと結婚したいー」
 もうこれは口癖のように呟く言葉だ。軽く流そう。
「そうですか」
「てかさ、夏にパーティーするなら、バーベキューやりたい!」
「そういえば、バーベキューも昔親戚でやったきりです」
「肉食べたい! 肉! てか、バーベキューとかやったことないし!」
「そうですか」
 どれだけ肉食べたいんだろうか、この人は。
「是非誘ってね! あ、あとお兄さんも呼んでね!」
「あー、はい」
 本当に実現するかは、わからないが、適当に返事をしておいた。
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