その教室に秩序はない

つなかん

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その教室に秩序はない

4章(2)

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 中間テスト終わったので小夜子の教室へ向かった。
 このテストが終われば夏休みなので、生徒たちは浮足立っている。
「あー、テスト終わった、いろんな意味で」
 机に突っ伏しながら小夜子が嘆いている。しかしその声は、どこか楽しげだった。
「そうなんですか」
 小夜子の教室に行くと、もう生徒はまばらだった。
 当の彼女は鞄の中にプリントの束を詰め込んでいた。
「そういえばキミって勉強できるの?」
 伊織のほうを向いて訊ねる。
「はぁ、たぶん普通くらいですよ」
「普通ってなんだよ」
 はぁ、と息を吐く。
「普通ってのは平均点だろ、普通に考えて」
 突然夏実が出てきた。なんの違和感もなく溶け込んでいる。
 軽そうな、潰れた鞄を持っている。
「平均点ね、まぁそれが大変なんだけど。てことは、キミはそこそこできるってことか」
「そういうことにしておきます」
 否定するのもめんどくさい。それに、だいたい平均点をよくとっているのは事実だ。
「ていうか、もう私の夏休みは勉強で消えるから、ちょっと泣きそう」
「それは同意」
 夏実も真顔で答える。こういうときは共感するらしい。
「ていうか、今日は最後に色々調べてから帰ろうと思ってたんだよ」
「そうなんですか?」
 全くそうは思わなかった。小夜子のことだ、さっさと家に帰って夏休みを満喫していそうなのに。
「なんのためにキミを呼び出したと思ってるの? テストの点数の話をするためじゃないよ」
 「まったくこれだから」と、なにやら不満げだ。
「今日これから生徒会の仕事があるんですが……」
 最後の仕事が結構溜まっている。夏休み中もちょくちょく登校しなければならない予定だ。
「そんなの和泉にやらせればいいじゃん。どうせキミ、雑用でしょ」
「雑用を会長にやらせるわけにいかないんですよ」
 小夜子がどういう認識をしているか知らないが、和泉の仕事は判子を押すだけではない。思った以上に働いているのだ。
「見上だって休んでるじゃん」
「見上君、今日見たよ」
 また夏実が口を挟む。
「え、本当ですか?」
 驚いて、夏実のほうを向く。小夜子はあまり驚いた様子はなく、鼻で笑った。
「どうせテストだけ受けにきたんだろ。本当になんてやつだ」
「もしかしたら、生徒会に来てくれるかも」
 僅かな期待を込めて言う。そうだとしたら、忙しい業務も少しはましになるというものだ。
「だったらいいじゃん。キミがちょっと遅れても、大丈夫だよね。今日は会議もないんでしょ?」
「いや、申し送りとかはありますよ」
 暇だと思われていたのなら心外だ。まぁ、少しくらい遅れても大丈夫だろう。小言は言われるかもしれないが。
「もういいって、そんなの。いいから行こ!」
「はぁ……。で、どこに行くんですか?」
 こうなったら小夜子についていこう。ここまで首を突っ込んでいるのだから、今更引けない。
「図書室。前の卒業アルバムが見れることに気づいたんだよね」
 「さっすが私」と自慢気に言う。
「あ、おれ図書委員だし、一緒に行くわ。ちょうど延滞してるやつもあるし。夏休み入る前に返さないと」
 話を聞いていた夏実が声をあげる。
「図書委員で延滞してるっていう事実に私は衝撃を受けてるよ。てか、夏実って本読むんだ」
 小夜子が驚いたように夏実のほうを見た。夏実は少しムッとしたように小夜子を見つめ返す。
「俺のことバカにしすぎじゃね? さすがに字は読めるよ」
「別にそこまで言ってないじゃん。本読むんだって言ったんだよ」
 被害妄想なのではなく、本当にそう解釈したのだろう。夏実のことだ、仮に馬鹿にされたとしても気にしないだろう。
「本くらい読むだろ、もしかして空蝉、読まないの?」
「は? 読むし、この前なんて檸檬爆弾の妄想男の話読んだし」
 あれが短編小説ということは黙っておこう。
「あっそ、よかったな」
「残念でしたねー」
 小夜子がぺろりと舌を出す。
「もう、二人とも、喧嘩しないでください、行きますよ」
 この二人は喧嘩しているようだけれど、そこまで仲が悪いという雰囲気はない。良いといも言えないけれど。
「ていうかキミは本とか読むの?」
 突然自分に話を振られて戸惑う。
「え、僕ですか? えっと、そんなにたくさんは読みませんけど、読みますよ」
「へー、どんなの読むの?」
 そう言われて、思い返す。どんなのを読んだろう。思いのほか面白い児童書があったことを思い出す。
「純文学もいいですけど、普通に児童書も置いてあって面白いですよね、ここの図書室」
「児童書ね、いいよね!」
「俺も児童書読む! 魔法使いがでてきたら、基本テンションあがる」
 小夜子の言葉に、夏実が反応する。どうやら子の二人も児童書が好きらしい。
「なに、夏実もわかってんじゃん。やっぱ時代はファンタジーよね」
 ファンタジーの話で、二人は盛り上がって入れ宇。
 そうこう話しているうちに図書館に到着した。
 試験後ということもあり、ひとけはない。
「とりあえず、三年前の卒業アルバムでも見ますか」
 そう言って、本棚から該当するアルバムを手に取る。
「行方不明になった人もアルバムには載るのね」
 ペラペラとページをめくりながら軽く言う。
「六年前のも一応見ておきましょう」
 問題となっている年は三年前だが、その三年前も和泉の話からするとおそらく同じようなことが行われていたはずだ。
「あ、色葉先生だ。若いし、綺麗! やっぱ私が憧れるだけのことはあるよね」
「色葉先生ってこのころ新任ですよね」
 年齢から考えてそうなると予想する。
「え? あぁ、そうだね、六年前からいるって話だもんね」
 小夜子はあまり深く考えていないようだ。しかし、よく考えてみると――。
「あの、よく考えたら六年以上前から学校にいる人が怪しいんじゃないでしょうか」
「え、あぁ、そっか。たしかに……」
 例の行事が始まったのは、久美が卒業したあとである。そしてそれから三年前に行事が行われている。
「それに、犠牲者は生徒だし、先生って狙われませんよね」
「いやでも、先生っていってもたくさんいるし……」
 先生が怪しいというのは、言い過ぎかもしれない。けれど、少し違和感を覚える。
 小夜子は先生にはなにも疑いを持っていないようだ。
「空蝉が言うのもわかるけど、本人に直接聞けばいいんじゃね? 変に疑うのもよくないだろ」
「さすが脳筋は言うことが違うわ、私は聞けないから、夏実が訊いてよね」
 夏実の言葉に、小夜子は不満を持ったようだ。嫌味を遠慮なくぶつける。
「ノーキンってなんだよ、まぁいいや、職員室行こうぜ」
 嫌味を言われた自覚はないらしい。先輩にこういうのは悪いが、あまり頭は良い方ではないらしい。今気づいたわけでもないのだが。
 夏実は本の返却をしていたが係りの図書委員に小言を言われていた。しかし何を言ってものらりくらりとかわす夏実に、嫌気がさしたのか、すぐに本を受け取った。
 図書室を出て、職員室へ向かう。
 夏実が片足だけ部屋に入り、先生と一言二言言葉を交わした。
「テストの採点してるから、三年生は入れないって」
「は? なにそれ? なんで三年生だけ? 迫害じゃね?」
 小夜子は怒った様子で夏実に詰め寄った。
「一、二年の採点はあとでやるからいいんだってよ」
「まじか、じゃあキミが聞いてきてよ」
 肩を叩かれた。いつになく重く感じる。
「あ、あと色葉先生は今いないって」
「は? なにそれ?」
 少しキレ気味の小夜子の後ろから声がした。
「あれ、どうしたんですか先輩方」
 見上がどこからか出てきた。学校に来ているという夏実の話はどうやら本当だったらしい。
「あぁ、ちょうどいいや、キミと見上で、職員室入ってよ。色葉先生の机とか見てみれば、面白いかも」
 小夜子がいたずらっぽく笑って見せた。
「そんなことできませんよ!」
 思わず大きな声がで、反発してしまうが、小夜子には通用しない。
「まぁいいいじゃん、とにかく行って、ほらいつまでもここにいても邪魔だし」
 見上は明らかに不満そうな顔をした。
「なんで僕まで……」
 背中を押される形で、見上と二人で職員室に入る。
 色葉の机を、それとなく物色してみる。とりあえず引き出しを開けてみよう。
「なんだこれ……」
 血で濡れた定規とカッターがあった。ちょっと、これは……。
「これ僕のですよ!」
 思わず大きな声が出る。はっとして、周りを見るが、他の先生はテストの採点で忙しいようだ。
「なんでここにあるんだよ」
 見上が小声で訊いてくる。
「いや、これ、なくしたと思ってたやつで……」
「は?」
 見上は怪訝そうに顔をゆがめたが、すぐに真顔になった。
「もうちょっと調べたほうがよさそうだな」
「そうですね」
 一番上の引き出しを開けようとするが、できなかった。
「鍵がかかってる」
 やはりここは諦めたほうがいいのだろうか。というか、諦めるしかない。
「あー、ちょっと、ヘアピンとかある?」
 見上が突然そんなことを言いだした。鍵穴を覗き、なにやら叩いて音を聞いている。
「小夜子先輩なら持ってるんじゃないですか?」
 髪を切ってから、前髪が邪魔なのか小夜子はヘアピンをしている。
 急いで職員室の前に戻り、待つ彼女にに借りにいく。
「あの、小夜子先輩。そのピン貸してほしいんですけど」
「は? なに鍵でもこじ開ける気?」
 小夜子は笑いながら訊ねたが、本当のことなので黙るしかない。
「え、まじなの。……わかったよ」
 伊織の様子を見て察したのか、小夜子は黙ってピンを外した。
 それを持って、見上のところへ持っていく。
「開けてみるか」
「それで開くんですか?」
 こんなものであくのかと不思議な気持ちになる。
 見上はピンから飾りを取り、一本に伸ばす。
「ちょっとコツがあるけどな、えーっと、うん、いけるな」
 音を聞きながら、カチャカチャとピンだった針金を動かす。
「わ、すごいですね」
「まーな」
「なんでしょうね、これ」
 引き出しを開けると、なんの変哲もないノートを発見した。
 勝手に読むのもいけないと思ったが、ここまで来たので開いてみる。
 日記のようだった。
 幸せな結婚生活の話が最初は書いてあった。
 途中から、だんだんと字が汚くなってくる。
 『瑠璃子が病気になった、医者の先生の話を盗み聞いた。人肉を食べさせれば治るという話だった。民間療法でもなんでもいいから、瑠璃子を助けたい』
 『人肉なんてそうそう見つかるものじゃない。それに、まだ六歳の瑠璃子に食べさせるなんて、でも……』
 『いなくなるべき人間というのは存在する。仕方ないことってある』
「これって……」
 ノートを持って、小夜子と夏実のところへ行く。
「これって……」
 小夜子はびっくりしたようで、目を見開いている。パラパラとノートをめくっているが、ほとんど頭には入っていないだろう。
「旧校舎に行こう」
 ふと、顔をあげると、それだけ言った。
「そんなこと言ったって、場所はわかるのかよ?」
 今まで黙っていた夏実も、ただならぬ雰囲気を感じたようで、心配した様子だ。
「たぶんだけど、四階の旧3‐B。だよね?」
「……はい」
 伊織の返事に、小夜子はウインクをして見せたが、顔が引きつっていた。
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