その教室に秩序はない

つなかん

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その教室に秩序はない

4章(3)

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 旧校舎へ走る。しかし見上は立ち止まったまま動こうとしない。
「あの、僕は遠慮しときます」
 うつむきながら、両手を強く握っている。
「なんでよ? あんた一番といっていいレベルで被害受けてんのに」
 小夜子はなかば無理矢理に見上の腕を引っ張っていた。
「こういうのって首をつっこまないほうがいいんですよ」
 強い口調で言う。
「もう突っ込んでるから大丈夫だよ」
 小夜子は溜息交じりに答えた。
「そういう問題じゃないんですよ……」
 嫌がる見上を小夜子は困ったように見つめる。
「とにかく行くよ!」
「えっと……」
 見上は強く抵抗できないのか、引きずられるように旧校舎のほうへ向かている。
「おい、夏実、なにしてるんだよ。今日は定期検査の日だろ?」
 校舎が変わるため、一旦外にでる。すると、なぜか和泉がでてきた。どこから出てきたのだろう。
「げ、和泉。ってなんで今日が検査の日って知ってるんだよ。てかなんでいるんだよ」
 本当に神出鬼没だ。というか、夏実に関してだけ、なのだと思う。
「そういえば屋上事件の日も、なぜかいましたよね」
 呼びだしたわけでもないのにいた。小夜子が呼びだしたのかもしれないが、そういえばずっと夏実と一緒にいた様子だった。
「あー、こいつストーカーだから」
 そこまで知っていて屋上へおびき出したというのか。恐ろしい。
「あ、空蝉。なんか雰囲気変わった? 失恋か?」
 髪が短くなった小夜子を見て、和泉は驚いた様子だ。
「あんたと一緒にしないでよ。まぁ振られてもめげずに挑戦する姿勢は評価するけど、私も同類とは思わないでよね」
 なぜかキメ顔をして見せる。今はそんなことをしている暇はないというのに。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。とにかく行かないと」
「どうしたんだ?」
 和泉が怪訝そうな表情を見せる。しかし、伊織達を見渡して、納得するように頷く。
「あぁ、とにかく旧校舎に行くの! 和泉も来たければくれば?」
「まぁメンツ見ればだいたい予想つくけどな。場所はわかるのか?」
「旧3‐Bだよ」
「了解。俺も行こう」
 理解が早くて助かる。
 見上も、抵抗するのを諦めたのか素直についてくる。
「おい、夏実お前走って大丈夫なのか?」
 心配そうに和泉が言う。
「日常生活なら大丈夫って言われたし、こんくらい平気だって」
 旧3‐Bへの階段を登る。
 なにか、不穏な空気だ。そう感じるのは、別に自分たちが後ろめたいことをしているから、という理由だけではないはずだ。
「ねぇ……なにこの、におい」
 生臭いような、鉄のような。
 まだ昼下がりだというのにカーテンがかかっていて薄暗い。
 目当ての教室のドアを開ける。血まみれだった。暗くてよくわからなかったが、なんとなくわかった。
「お前ら……なんで……」
 竹本がいた。縛られてる。衰弱しているようで、あまり元気はなさそうだ。
「竹本……」
「うそ、じゃあほんとに――」
「うしろだ!」
 竹本の声に振り返ると、ナイフを持った色葉がいた。
「あーあ、ばれちゃったか。早めに始末しとけばよかったかなぁ」
 口調まで変わっている。怒っているのは、勝手に机を漁ったからだけではなさそうだ。
「先生、嘘、だって――」
「嘘じゃないのよ」
 小夜子は混乱している。困惑した顔のまま、竹本と色葉を交互に見ている。
「なんで?」
「なんで? それはわかってるんじゃないの?」
「じゃあなんで竹本が――」
「俺は、ただ手紙があって……」
 竹本はいまいち状況を掴めていないようだ。いきなり名前を出されて、さぞ困惑していることだろう。
「それって血文字の?」
「血文字? いや普通のだが。そこに、『かくれんぼを成功させろ』ってあって」
「それであの会議で意見したのか」
 和泉が納得したように頷く。
「いつもの竹本君ならやってくれると思ったのに、そもそも、和泉君が廃止するとは思ってなかったから、びっくりしちゃった。……でも失敗したみたいだから、責任を取ってもらおうと思ったの」
「ていうか、そんな手紙無視すればよかったじゃん」
 小夜子が最もなことを言う。その通りだ、そもそも普通の手紙なら、いたずらだと判断するのが妥当だ。
「いや、それは……」
 竹本は口ごもる。なにかあったのだろうか。
「書いたおいたの、弱みをばらすよって」
「弱み?」
「おい、それは……!」
 竹本は焦って身体をよじる。
「空蝉さんのことが好きみたいだったから、それをちょっと書いたら、素直に従ってくれちゃった」
 なるほどそういうことか。
 竹本は、諦めたような表情で、ぐったりとしている。
「でも失敗したって、その日のうちにはわからないよな」
 そう言って、言葉を続ける。
「書類を見たわけでもないはずだし、竹本に直接聞くわけにもいかなかっただろうし……俺もなにも聞かれてない」
 和泉も疑問を口にする。それもそうだ、竹本はその日のうちにいなくなった。失敗したということを知らなければそれもできないはずだ。
「盗聴したの」
「うそ……」
 色葉はとんでもないことを口にした。盗聴って、いくらなんでもぶっとんでいる。
「空蝉さんに気付かれてたかなって思ったんだけど、そんなことないみたいだった。まぁわからないところに隠してたしね」
 そういえば、あのとき盗聴器の話をしたような気がする。まさにあの日、あの会話は聞かれていたのだろうか。
「血文字はどうしたんですか?」
 どう考えてもおかしい。そう思って疑問を口にする。壁に血文字を書く必要はまるでなかったように思える。あれで一気に不気味さが増したのも事実だ。
「和泉君にも、責任を取ってもらおうと思ったの。ああいうことなら、和泉君やりそうだし、すぐに疑われると思ったんだけど」
 まんまと色葉の策略にはまっていたわけか。
「下駄箱に手紙を入れたのも?」
 今度は見上が口を開く。あれで一番恐ろしく感じたのは彼だろう。
「あれはちょっと、牽制しようと思っただけ。見上君は素晴らしい趣味を持ってるみたいだったから、ちょっと引っ掻き回してもらおうと思ったの」
「それで僕だけ……」
 別の指示まで入っていたのだ。
 だとしたら、じゃあ。
「僕の定規とカッターが盗まれたのも……」
「あれが見つかったら、どうなるかしら? きっと持ち主が疑われるでしょうね」
 血の気が引いていくのがわかった。もしこうなっていなければ、自分は――。
「待てよ、さっきは俺に罪を着せるって言ってただろ!」
 和泉が声を荒げる。
「邪魔するから悪いのよ。全部、邪魔さえなければ……」
「あの、なんで……でも」
 なんとなくわかっていたのだろうけれど、小夜子は混乱がまだ続いているようだ。色葉は憧れだと話していたし、無理もないことなのかもしれない。
「娘がいて、病気なの。あんまり目立つことはできないけど、せめて、ね」
「そんな、でも……」
 入り口のほうに向かい、色葉に近づく。彼女はにやりと笑って、小夜子の腕を引いた。
「ダメです先輩!」
 人質状態だ。ナイフを持った色葉が、小夜子にそれをつきたてる。
「バカな女」
 笑いながら色葉がそういう。狂気じみた笑みに、恐怖を感じた。
「おい空蝉を離せ」
 和泉の言葉に色葉は動じず、言葉は紡ぐ。
「なに? 全部知ってるのよ和泉君のことも。自分を殺そうとした人と友達を続けるってどんな気持ちかしらね? ね、夏実君」
「うっせー、ババア!」
 夏実は珍しく暴言を吐いた。
「あれ、そういえば見上先輩がいない」
 色葉は、ハッとして向かいの教室へ行った。小夜子は引きずられるようにして連れ出される。
 小夜子に近づき、廊下のほうに目を向けると、カッターを持った見上と女の子がいた。
「え、誰?」
 小学生くらいの女の子だ。誰だろう。
「娘さん?」
 誰かがそう呟いた。なぜこんなところに。どんな恐ろしい計画があったのか、想像するのも怖い。
「おとなしく警察に投降するなら、この子にはなにもしない」
「ちょっと、わかったから離れなさいよ!」
 色葉はすぐに小夜子を離した。そして女の子のほうへ駆け寄る。
「わ、私、電話借りてくる」
 小夜子が走って立ち去った。
「ま、いっか」
 見上はあっさりと離れた。
 というかカッターを持ち歩いてるってどういう神経しているのだろう。
 変な趣味も持ってるみたいだし、関わり合いにならないほうがよさそうだと思った。
「てか、竹本、大丈夫かよ」
 思いだしたように縛られてるのを解く。
「ごめんな、俺お前に色々、ひどいことした。でも信じてくれ、カンニングの件は、俺が悪かったけど、でも偶然……」
 竹本は泣きそうな声を出していた。
「わかってる、もうそれはいいんだ」
「でも……」
「それに関しては全面的に俺が悪いんだ。お前は気にするな」
 遠くで、サイレンの音が聞こえた。
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