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四章 イザベラ編
お出かけ
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「なんだその格好」
「変装しなきゃ。本当は私、外に出ちゃいけないの」
「なんだそれ」
できるだけ地味な服を選んだつもりだったけど、街では大いに目立ってしまった。通行人の視線が痛い。ヴィッキーもそれは感じているようだったが、私に不満を伝えてくることはなかった。
立ち並ぶ店には見たことのない地味な服や、本や、飲食物が並んでいた。目が足りない。世の中はきっと、私の知らないもので溢れている。だからみんな笑ったり、泣いたり、怒ったり、感情を動かされているんだ。
「で、なにが買いたいんだ?」
「別になにも……こうやって見てるだけで楽しい」
「やっぱり変なやつ」
いつものように、呆れ顔で嘆息した。私と歩くの、目立って本当は嫌なはずなのに、それをおくびにも出さない。どこからか美味しそうな匂いが漂ってきて、視線を動かす。
「ね、あれ食べたい!」
やっぱ肉だよね、肉。
***
「こうしてると、ピクニックみたいで楽しいね」
ターキーを手で食べるなんて、屋敷じゃ絶対にできない。商店街を抜けた先にある小さな丘は、まったく人がおらず、ジロジロ見られることもなくなった。誰も見ていないから、どんな食べ方をしても構わない、というわけだ。
ヴィッキーは慣れた様子で、黙々とターキーを口に運んでいる。こんな高級品を食べるのは久しぶり、らしい。
「今日ね、人生で一番笑った!!」
「大袈裟」
冷たい物言いだったが、不思議と不愉快さを感じなかった。屋敷にいるよりも、ずっと落ち着く。空は青く、空気が美味しい。上空をカラスが飛んでいった。夢にまで見た、ガラスの向こう側の世界。
「ヴィッキーと一緒にいたら、きっとずーっと楽しいんだろうね。今日みたいに」
「その呼び方やめろ」
「えー、いいじゃんケチ」
丘の上からは街を見下ろすことができる。商店街で買い物をしている人々が小さく見える。ずっと遠くに、木々でで囲まれた立派なレーゼンハウゼンの屋敷が構えている。ここが、帝国で最も栄えている街、ベルリン。
「私のこと嫌い?」
「いや……」
気まずそうに目を逸らされた。温かい南風が吹いて髪が揺れる。太陽が落ち始め、青空にオレンジ色が混じる。楽しい時間は長く続かない。
「私はあなたのこと好き!」
「『イケメンだから』か」
「それじゃダメ?」
「……」
返事はなかった。数秒間、沈黙が流れる。雲で太陽が遮られ、少し肌寒い。眼下に見える商店街に、ぽつぽつ灯りが灯り始めた。
「“イザベラお嬢様”には、もっと相応しい相手がいるだろ」
抑揚のない声だった。やっぱりそうだよね。わかっていたけど、涙を堪えることはできなかった。冷めたターキーに、温かい涙が落ちる。
「……そんなことない」
「泣くなよ」
彼を困らせるであろう言葉たちが頭に浮かんでは消えた。だって、またあの退屈な毎日に逆戻りしてしまう。私を疎ましく思う人間に囲まれて、全ての行動に決まり事があって、それから――。
「あのね、お父さんの印鑑持ってきてあげる。だから――」
ヴィッキーが大きなため息をついた。私をまっすぐに見つめる。吸い込まれそうなほど澄んだ、青い瞳。
「あのさ、俺は本当に、ただの農家だよ」
「だから何?」
「だから……その先は、俺が言う」
油っこい、ターキー味のキス。絵本みたいにドラマティックじゃなくていい。小説みたいに、障壁に盛り上がったり、誰かに邪魔されたり、そんな展開なんていらない。
――病める時も、健やかなる時も。
だってこのまま鬱屈した日々を送れば、いつか窒息する。どうせなら、たとえ危険でもスリルのある、楽しい人生を――しかもそれがイケメンと一緒というのなら、それ以上なにも望むことはない。
「変装しなきゃ。本当は私、外に出ちゃいけないの」
「なんだそれ」
できるだけ地味な服を選んだつもりだったけど、街では大いに目立ってしまった。通行人の視線が痛い。ヴィッキーもそれは感じているようだったが、私に不満を伝えてくることはなかった。
立ち並ぶ店には見たことのない地味な服や、本や、飲食物が並んでいた。目が足りない。世の中はきっと、私の知らないもので溢れている。だからみんな笑ったり、泣いたり、怒ったり、感情を動かされているんだ。
「で、なにが買いたいんだ?」
「別になにも……こうやって見てるだけで楽しい」
「やっぱり変なやつ」
いつものように、呆れ顔で嘆息した。私と歩くの、目立って本当は嫌なはずなのに、それをおくびにも出さない。どこからか美味しそうな匂いが漂ってきて、視線を動かす。
「ね、あれ食べたい!」
やっぱ肉だよね、肉。
***
「こうしてると、ピクニックみたいで楽しいね」
ターキーを手で食べるなんて、屋敷じゃ絶対にできない。商店街を抜けた先にある小さな丘は、まったく人がおらず、ジロジロ見られることもなくなった。誰も見ていないから、どんな食べ方をしても構わない、というわけだ。
ヴィッキーは慣れた様子で、黙々とターキーを口に運んでいる。こんな高級品を食べるのは久しぶり、らしい。
「今日ね、人生で一番笑った!!」
「大袈裟」
冷たい物言いだったが、不思議と不愉快さを感じなかった。屋敷にいるよりも、ずっと落ち着く。空は青く、空気が美味しい。上空をカラスが飛んでいった。夢にまで見た、ガラスの向こう側の世界。
「ヴィッキーと一緒にいたら、きっとずーっと楽しいんだろうね。今日みたいに」
「その呼び方やめろ」
「えー、いいじゃんケチ」
丘の上からは街を見下ろすことができる。商店街で買い物をしている人々が小さく見える。ずっと遠くに、木々でで囲まれた立派なレーゼンハウゼンの屋敷が構えている。ここが、帝国で最も栄えている街、ベルリン。
「私のこと嫌い?」
「いや……」
気まずそうに目を逸らされた。温かい南風が吹いて髪が揺れる。太陽が落ち始め、青空にオレンジ色が混じる。楽しい時間は長く続かない。
「私はあなたのこと好き!」
「『イケメンだから』か」
「それじゃダメ?」
「……」
返事はなかった。数秒間、沈黙が流れる。雲で太陽が遮られ、少し肌寒い。眼下に見える商店街に、ぽつぽつ灯りが灯り始めた。
「“イザベラお嬢様”には、もっと相応しい相手がいるだろ」
抑揚のない声だった。やっぱりそうだよね。わかっていたけど、涙を堪えることはできなかった。冷めたターキーに、温かい涙が落ちる。
「……そんなことない」
「泣くなよ」
彼を困らせるであろう言葉たちが頭に浮かんでは消えた。だって、またあの退屈な毎日に逆戻りしてしまう。私を疎ましく思う人間に囲まれて、全ての行動に決まり事があって、それから――。
「あのね、お父さんの印鑑持ってきてあげる。だから――」
ヴィッキーが大きなため息をついた。私をまっすぐに見つめる。吸い込まれそうなほど澄んだ、青い瞳。
「あのさ、俺は本当に、ただの農家だよ」
「だから何?」
「だから……その先は、俺が言う」
油っこい、ターキー味のキス。絵本みたいにドラマティックじゃなくていい。小説みたいに、障壁に盛り上がったり、誰かに邪魔されたり、そんな展開なんていらない。
――病める時も、健やかなる時も。
だってこのまま鬱屈した日々を送れば、いつか窒息する。どうせなら、たとえ危険でもスリルのある、楽しい人生を――しかもそれがイケメンと一緒というのなら、それ以上なにも望むことはない。
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