ドレスデンのドリルきゅん

つなかん

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五章 亡命生活編

お尋ね者

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「つまり、お前のその超能力が関係してるってこと?」
「たぶんなー」

 その靴、絶対歩きづらいと思うんだが。ふざけた女物の服といい、いい加減にして欲しい。西のマーケットは、不幸にもフリフリした派手な服を手に入れるのは容易で、今日のリドルはいっそう目立つ。チラチラ、周囲からの視線が気になった。

「なんでそれもっと早く言わなかったんだよ!」

 母さんも、リドルと同じようにおかしな力が使えた。そんなの初めて聞いた。しかもそれは遺伝して、魔法連盟が関係してるとかなんとか。知らねーよそんなこと。思い返せば、リドルは西の連中から“異教徒”として扱われ、この前も異端審問会に呼び出されていた。
 リドルは面倒臭そうに首を回した。フリルのついた大きなつばの帽子が顎に命中する。

「俺たちを捨てた裏切り者に話してもしょうがないと思ったんだよ」
「捨てた、って……別にそんなつもりは」

 ない、とは断言できない。言葉に詰まって目を逸らした。さっき屋台で購入したプレッツェルに口をつけた。温かくて、ほんのりした甘み。
 リドルは俺を一瞥したのちに小さく舌打ちをして、ブラートヴルストを頬張った。くちゃくちゃ音を立てて咀嚼する。

「いいよ。ハイネお兄ちゃんは自分のことしか考えてない薄情なやつだってわかってるし~」

 ペロッと唇を舐めた。テカテカ、油で光っている。誰もコイツに、文字の読み書きや四則演算や、食事のマナーを教えなかった。その結果がコレだ。そう考えると、なんだかちょっぴり可哀想に思えてくる。


「あら」

 若い女が俺たちの前で足を止めた。ベージュの髪は短く切り揃えられている。彼女の後ろで、黒のフォルクスワーゲンが、たっぷり排気ガスを出しながら走り去っていった。俺のほうへずんずん近づいてきて、思い切り背伸びをする。緑の目が無遠慮に俺を見る。顔近いって……変な女。

「あなた、すっごくイケメンね」
「は、俺?」
「えぇ……よく言われるでしょ?」

 別にそんな頻繁には言われないが。もしかして褒めてるのか? あいにく、リドルと違って俺は、顔の造形を褒められたくらいで喜ぶほどお人好しじゃない。外見はたしかに重要だ。軍じゃ身長が低いだけで、身体検査で落とされる。

「いや、別に」
「そう? でもとっても素敵ね」

 気取った話し方だな。生地の厚い、レースの付いた上等なワンピースを着ていた。どこかの貴族の娘だろうか。まだ若く、アグネスとそう変わらない年齢に見える。

「えっと、どちら様ですか?」
「私はリーゼロッテ・フォン・ローゼンタール」

 いや誰だよ。もしかして貴族のフリをした、頭のおかしい女なんじゃないか。そうでもなけりゃ、俺なんかに用もなく話しかけてくるなんて有り得ないし。大きなため息が出た。

「お前、頭おかしいんじゃねーの?」
「んー、そうかしら?」

 やべぇ動じねぇ、ホンモノかもしれんぞこれは。かわいらしく首を傾げてみせるその仕草も、なんだか胡散臭く思える。

「あ、ゼロオネーサンじゃん!」
 リドルがリーゼロッテに向かって手を振った。ニコニコ笑顔のリドルとは裏腹に、リーゼロッテは顔を蒼白させた。

「……っげ」
「元気してた~? こんなやつより、俺のほうがカワイイと思うんだけどな~」
 リドルは挑発的に口角を上げた。いつの間にか、食後のタバコを口に咥えていて、これ見よがしにパチンと指を鳴らして火をつけた。リーゼロッテが不愉快そうに眉をひそめる。

「何知り合い?」
「前こっち西にきたとき、おかしな能力を使ってた女」

 リドルが早口で俺の問に答えた。軽口を叩きながらも、警戒心を隠す素振りもない。
 ――能力って、あの、時間を止めるやつか? であれば、このリーゼロッテは時間を止める能力を持っているということになる。
 リドルが警戒するのも頷けた。ただの頭のおかしな女ではないことだけは明白だった。おそらく、“魔法連盟”の人間だろう。一般的に、俺のような並の魔法適性程度ではそんな技は使えない。

 この二人、どうやらあまり仲がよろしくないらしい。リドルは、相手が女でも容赦なく攻撃する一面があった。曰く、「お兄ちゃんと違って俺は男女差別をしない」ということらしい。俺は「頭が固い差別主義者」なのだそうだ。
 リーゼロッテはピキピキ、顔面を硬直させながらも無理矢理に笑顔を作った。チラチラ、何度も俺に視線を送る。

「あの、私にも紹介してくださらない?」
「コイツは兄のハインリヒ、見ての通りモテない」

 リドルは素っ気なくそう返事をした。息を吐く度に、口からはタバコの薄い白い煙が排出される。一緒に過ごして初めて気がついたがらコイツはかなりのヘビースモーカーだ。身体に悪いから、やめたほうがいいと思うんだが……。
 リーゼロッテがハッと息を飲んだ。もしかして、俺がモテないってやつ、信じた? べ、別にモテないわけじゃないし。ただ理想が高いだけだし。

「は? んだよそれ、お前に言われたくねーし」
 慌ててしまって思わず強い口調になる。リドルのことを軽くこづく。リドルは黙って俺を睨みつけ、舌打ちをして短くなったタバコを地面に叩きつけた。

「俺は彼女六人いるし~」

 ニヤッと口角をあげて、挑戦的な口調で言葉を放った。自慢げに、余裕綽々といった様子で。リーゼロッテが侮蔑を込めた目でリドルを見つめているのがわかった。さすがの俺も、呆れ果ててしまう。

「六人ってなんだよ、浮気か?」

 さすがに浮気はまずいだろ。そう思ったが言葉にするのはやめておいた。まともな教育を受けていない彼に、まともな倫理観を求めるのは間違いだ。
 文字の読み書きや四則演算、食事のマナーがわからないのと同様に、未成年飲酒喫煙、上官の許可なき大量虐殺、横領、浮気、その全てが悪いことという概念は、きっと理解できない。説明するだけ無駄だ。

「ウワキ? ってなんだ?」

 ほら、言わんこっちゃない。思わずため息が零れた。リーゼロッテも同様に小さく息を吐く。リドルは俺たちを見上げて、小さな子供のように地団駄を踏んだ。ゴテゴテの厚底ブーツが、タバコの吸殻と灰で色褪せる。

「俺は世界一カワイイからなにをしても許されるんだ!!」

 いつもの決めゼリフも、今日はなんだか格好がつかない。俺とリーゼロッテの冷ややかな視線に気がついたのか、バツが悪そうにそっぽを向いた。

「お気楽なものね。あなたたち、今すごいニュースになってるのに」

 リーゼロッテが盛大なため息をつく。つんと、いささか鼻につく気取った口調でそう言ってのけると、バッグから新聞を取り出した。
 なかばひったくる形で受け取って、記事に目を走らせる。シュタイナー兄弟、逃亡。国家反逆罪。“思想”ニ問題有リ――顔写真と共に、目が回るような文字が踊っていた。なにより目を引いたのは。

「懸賞金……?」
 見たことのない数字だった。驚いて、何度も桁を確認する。俺ら、そんなに悪いことしたか? たしかに元々、一部の層に煙たがられてはいたが……。

「えー、俺らもしかして有名人? いくらいくら?」

 リドルが無邪気な声を上げた。お前は元から悪名高いだろ、なんて嫌味を言う余裕すらもない。今更ベルリンに戻ったとして、命がいくつあっても足りない。

「……い、一万マルク」

 唇や口、喉の奥がカラカラに乾いた。新聞を丁寧に折りたたんでリーゼロッテに返却する。心配そうに俺の顔を覗き込んできたが、演技にしか見えなかった。いつ通報するかわからない。本当は殺したかったが、彼女の能力を思うと実行に踏み切れなかった。
 それに、先に声をかけてきたのは向こうからだ。黙って通報することだってできたはず。俺の心配事を知ってか知らずか、リドルはゲラゲラと手を叩いて笑った。恥も外聞もない。往来の人々が、何人か俺たちを振り返った。

「最高じゃん! それだけあれば、最新型のベンツが買えるな?」
「笑い事かよ」

 これだけ目立つ行動をしていれば、いつ通報されるかわからない。幸い、このシュヴァルツシャイン領では、犯罪者の身柄の引渡しは義務ではない。すぐに殺されるということはない、と思う。

「ねぇ、これからどうするの?」

 リーゼロッテの緑の瞳が真っ直ぐに俺を射る。もしかして、本当に心配しているのか。どのみち、頼る相手は彼女しかいない。

「な、なぁ。レーゼンハウゼンって知ってるか?」

 俺の言葉に、リーゼロッテは一瞬面食らった表情をみせた。リドルは笑うのをやめ、腕を組んで建物に寄りかかった。太陽が翳り、路地がますます鬱蒼とした様相を醸す。

「えぇ、そりゃもちろん。魔法連盟の重鎮だもの。何年か前、ベルリンから引っ越してきたのよね」
「まじかそれ!?」

 大声を出してしまって、今度は俺が注目を集める番だった。気恥ずかしくなって、気分を落ち着けるために下唇を噛む。しきりに吹いている北風のせいか、カサカサに乾燥していた。

「それはどこにある?」

 今度は小声で言葉を続けた。興奮して鼻息が荒くなる。なんせ俺たちには、俺にはこれしか希望がない。
 リーゼロッテの手をぎゅっと握った。彼女ら照れたように顔を逸らしたが、短い髪から覗く耳は真っ赤に染まっていた。

「えっと、その……」

 すぐに手が振り払われた。北風で寒く、乾燥する気候だというのに、しっとり汗で濡れていた。
 リーゼロッテはせかせかとバッグを開いて手帳を取り出した。ペンでなにやら走り書きのメモを施している。ページを破くと、それを俺に押し付けた。

「これ、住所……一緒に行ってあげたいけど、お父様が今の御当主様のこと嫌いなのよ」
「ありがとう!」

 やべー女だと思ったけど、めちゃくちゃいい人みたいで安心した。リドルがフン、と鼻を鳴らすのが聞こえる。なにが不満だっていうんだ、こんな貴重な情報が手に入ったってのに。

「その……頑張ってね」

 リーゼロッテは小さく手を振って踵を返した。来たときと同じように唐突に姿を消す。人混みに紛れてしまえば、もう彼女を認めることは叶わなかった。
 リドルは不満げな表情を崩さないまま、退屈そうに唇を尖らせた。俺のことを、じっとりした目つきで見上げる。

「あのさぁ、これは親切心からの忠告なんだけど、あの女はやめたほうがいいと思うぜ」

 何の話だ。まさか俺が、今日会ったばかりの女を好きになるとでも? 見当違いもいいところだ。呆れてしまって、なんだか少し笑えてきた。

「安心しろ、俺はもっと巨乳が好きだ」

 あんなちんちくりんな女、タイプでもなんでもない。たしかにいい人ではあったが、それとこれとは話が別だ。まぁ、俺の顔好きそうだったし、使えそうな人材ではあるが……。

「うわぁ、お兄ちゃんきもーい」

 リドルが不満そうな表情を崩して笑った。巨乳が好きで、なにが悪いってんだ。
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