彼氏更生計画(失敗)

つなかん

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七月

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「てかなんで俺がプール掃除なんて……」

 思ったより面倒な作業だ。こすっていれば良いというものでもない。こんなことなら今日の部活はサボればよかった。まぁそううまくいかないのが運動部ならではの上下関係のきついところなんだけれど。

「しょうがないでしょ、陸上部の部長が水泳部に借りをつくって――」

「そこ喋らない!」

 同じ学年の部員の一人と喋っていたら注意されてしまった。まったく、これだから下級生は嫌だ。これじゃあ、良いように使われているだけじゃないか。

「あの、あれ、まだ終わってなかったんですか?」

 聞き覚えのある声がしたほうを見ると、山下が立っていた。なぜここにいるのか。

 時計を見ると、たしかにもう部活は終わっている時間だ。最終下校時刻まではまだあるが、これは桐生が待ってるかな。

「あー、もうこんな時間か。撤収するかぁ」

 部長の声に、部員たちが安堵の声を漏らす。軽いミーティングをして、部活は終わった。

「吉村君!」

「どうしたの?」

 着替えて、帰り支度を整えると、山下が走り寄ってきた。

 周囲が「彼女かぁ?」などと囃し立てるのを無視し、山下を見る。

「あのね、今から旧校舎に取材に行かなくちゃいけなくって……よければ一緒に行ってくれないかな?」

「え。あぁでも俺――」

 桐生が待っていると思うし、断ろう。そう思った。

「これ付き合ってくれたら、本当に諦めるから!」

 山下の言葉に、事をおおごとにしたくなくて、思わず頷いてしまった。

 旧校舎へと向かう。夏だというのに肌寒い風がどこからか流れているのはなぜだろう。

「ここ、来たことあるの?」

「え、あぁ。うん、まぁ」

 あまり思い出したくない。よく考えると人気がなく不気味な雰囲気だ。本当に幽霊が出てきてもおかしくないかもしれない。

「あのね、七不思議の取材なの、今度の特集で」

「へー」

 しばらくの沈黙に耐えかねたのか山下が口を開く。

 ていうかなんで自分が……。他にも取材に付き合ってくれる友人の一人や二人いるだろうに。なにか自分に話したいことでもあるのだろうか。

「あの、さ……この前のこと、だけど……桐生先輩とは、本当に――」

「月冴!」

 後ろから桐生の声がして振り返る。こいつなんでこんなに神出鬼没なんだ。GPSとかついてないよな。

「何? 君?」

「あの、私――」

「ここ、危ないから、送ってくよ。月冴は一人で帰れるよね?」

「え。あぁ」

 山下の言葉を遮って、話を進める。

 桐生は吉村を引っ張って、鍵を手渡す。

「今日、うち来て、いろいろ話、あるし。それはもう、あげるから」

 そう言って、桐生は山下の手を引く。

「じゃあね」

 あの二人を二人きりにして大丈夫だろうか少し不安だったが、言われた通り、桐生の家へ向かった。



「はぁ」

 なんだか疲れた。あとで桐生になにを言われるか分からない。

「え?」

 部屋には知らない人が立っていた。

「えっと、あの……すいません。部屋、間違えました」

 慌てて、部屋を出ようと後ずさる。

「間違えてないよ」

「……え?」

 あまりにも冷たい声。思わず動きが止まる。目の前の人物はゆっくりとこちらへと近づき、距離を詰めた。

「吉村月冴君、だよね?」

「えっと、俺は……」

 近くに立つと、相手が思ったより背が高いことが分かった。おまけに逃がすまい、というように吉村の腕を掴んできた。桐生よりも力が強い。痛みで少しだけ眉をひそめた。

「あぁ、俺は桐生夕午。朔夜の兄の」

 兄がいるという話は聞いたことがある。でも本当に兄弟なのか、あまりにも似ていない。

 夕午は、外国人なのかと思うほどの顔立ちだ。桐生のほうは、クォーターだという話を聞いたことがあったが、あまりそんな風には見えない。

「朔夜と、付き合ってるんでしょ?」

「は?」

 名前や、そんなことまで知っている夕午に、恐怖を覚えた。これは思ったよりまずい状況かもしれない。

「で? もうやったの?」

「えっと……」

 まっすぐこちらを見つめてくるそれをやり過ごし、口ごもる。

「俺男は興味ないけど、あいつがあそこまで執着するやつってのはちょっと気になるからさ」

 そう言うと、夕午はさらに近づいてきた。近くで見ると、肌は白いし、色素も薄い。髪は茶髪に近かった。

「でも、別に普通な感じだよな、とりたてて可愛いわけでもないし」

「あの、離してくださ――」

 そう言い終わらないうちに、腕を引かれた。後頭部に手を回され、唇を塞がれる。

「んんっ……」

 嫌な感触に支配される。離れようともがくが、しっかりと押さえられている。

 そのときだった。背後のドアがガチャリと音をさせる。

「兄さん? なにしてるの?」

 桐生の聞き慣れた声に安堵する。パッと夕午が離れ、ひらひらと手を振った。

「なにって、ちょっと味見? 意外と帰り、早かったね」

「セラピーは?」

 怒りを抑えているような桐生の声。夕午は気にも留めない風で、言葉を続けた。

「その話はもういいだろ。母さんと……その彼氏は? 久しぶりに会いたいなぁ」

「今日は帰ってこない。いいから帰りなよ。あと父さんのことそういう言い方するのやめて」

「えー、ひどいなぁ、朔夜は」

 せっかくはるばる来たっていうのに、と続ける。

 桐生のほうを見ると、手招きをしてきたので早足で玄関へ向かう。靴を履くやいなや、外へ連れ出される。

「月冴、大丈夫? ごめんね。まさかあいつがいるとは思わなかったから」

 突然に抱きしめられて、焦る。

「離せよ!」

 周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。

「てか、怒らないのかよ!」

 てっきり怒られるものかと思っていた。あんなところを見られたわけだし、それなりに覚悟しなければならないと思った。

「怒ってるよ。でもあいつが一番悪いから」

 そう言って桐生は重い口を開く。

「あいつ、サイコパスだから、関わらない方が良い。いや、こっちでは反社会性人格障害か」

「え?」

「アメリカに住んでたとき、何回か警察に捕まって、今はセラピーを受けてる。診断でてたから、間違いない」

 なんだかとんでもない話だ。あまりのことに理解が追いつかない。

「え……、それって大丈夫なのかよ」

「なんでここにいるのか分からない。入院してたはずなのに。危ないから、月冴はもう帰って」

 携帯電話を片手に桐生はいつになく深刻な表情だ。

「えっと、桐生は大丈夫なのかよ」

「心配してくれる?」

「は、ちが……」

「大丈夫、とりあえずあっちの病院に連絡してみるし、なにかあったら警察呼ぶから」

 そう言って、扉の向こうへ消えて行った。

 なにか英語でまくし立てているのが聞こえたが、なにを言っているのかまでは聞き取れなかった。

「はぁ、疲れたし、かえろ」



「あいつ、病院に戻ったから今日うち来て」

 その言葉で、桐生の家を改めて訪れた。相変わらずの殺風景な部屋だ。

 夕午とのことは、なんとかうまくいったようで安心する。しかし山下とのことはまだ話していない。

 山下はクラスにも来ていたし、特に普段と変わったところもないことから、心配していたことは起きていないと安心した。

「ねぇ……」

 肩に触れられてドキッとする。

「あの女に全部聞いた。ちゃんと説明しといたから」

「お前、変なこと言ってないだろうな!」

「大丈夫。月冴が嫌がることはしないから」

「ならいいけど」

 怒っている様子はない。だが確実に距離が近い。

「なぁ、近くね?」

「この前あいつのせいでしそこねたから」

 そう言って、唇を重ねてきた。抗議する間もなく、するりと舌が入ってくる。

「はッ……ふ」

 もう何度もしていることのはずなのに、慣れない。どうしたら良いのか分からなくなってしまう。

 戸惑っていると、今度は首筋に舌を這わせてきた。声を出すまいと下唇を噛み、身体を強張らせる。

「どしたの?」

 肩を押されて、自然とベッドに横たわる形になる。

「緊張してる?」

「は、ちがっ――」

「あいつのせい、だよね」

 思わず桐生を見ると、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「あんなやつに、気遣わなくていいよ」

 怒りを抑えているような言葉。

「いや別にそういう訳じゃ……」

 そう言ったが、その言葉がさらに桐生を怒らせたらしい。何の前触れもなく、強く肩を掴んでくる。抗議する暇もなく、制服のボタンを外される。

 首回りがあらわになると、鎖骨のあたりに唇を這わす。歯を立てられる感触に、思わずうめき声が漏れた。

「った、やめろって」

 軽く桐生を押し退けようとしたが、逆に手を取られてしまう。やっと唇が離れたそこには、鬱血の痕が残った。

「なにすんだよ!」

「だめ?」

 軽く首を傾げて尋ねる様に、苛立つ。

「夏なんだからやめろよ」

 薄着になるので、隠しづらい場所はやめて欲しい。

「夏じゃなきゃ、いいの?」

「そ、そうは言ってねぇだろ!」

 焦って言い返す。変な誤解をされたら堪らない。

「かわいい」

「うっせ」

 髪を撫でる手を払いのけた。

「怒った?」

 再び髪に手を伸ばしてくる。そんなことで不機嫌になるほど子供ではないが、あえてそっぽを向く。

「別に……」

 そっけなく返事をしたはずなのだが、桐生は満足気に笑みを浮かべていた。

「そう」

 返事をして、再びボタンを外す作業に戻る。

「いい、俺、自分で……」

 桐生を制止して、自分でボタンを外す。

「あ、そ。今日はあんまり積極的じゃないんだね」

 桐生は少し不満気に言ってから、自分の服に手を掛けた。

 吉村は、それを止めるように腕を掴んだ。

「なぁ」

 そう話し掛けて、言葉を切る。羞恥で戸惑ったが、口を開いた。

「もっかい」

「なに?」

 声が小さかったのか、届かない。勇気を出して、息を吸い込む。

「もっかいキスしろよ」

 ぶっきらぼうに言って、目を逸らす。

「そうだね、分かった」

 微笑むと、ゆっくりと唇を重ねる。二人の吐息が漏れる。息が苦しいとか、もうそんなことは考えられなかった。

「ねぇ、こういうことするのって、僕だけだよね」

 服を脱がせながら、そんなことを尋ねる。

「な、何言って……当たり前だろ!」

 照れてしまって、顔を背ける。ただでさえ恥ずかしい状態なのに、変なことを尋ねられ、混乱する。

「当たり前、なんだ」

 嬉しそうな声。なにを意図した質問だったのか考える暇もなく、そこを刺激された。

「はっ……うんっ」

 気持ちのよさに思わず声が出る。目を瞑ってその感覚に身を任せていると、ぬめりのない状態で、するりと指が入ってきた。

「や、だ……いた、い」

 身をよじって逃げようとするが、押さえられて、それはかなわない。

「ごめんね」

 見れば余裕のない表情だ。思えばこんなことは初めてだ。

「ちょっと、我慢して」

 眉間に皺を寄せ、膨張したそれを押し付けてくる。

「やだ……こわいし……口でするから」

 恐怖で涙が溢れる。寒くもないのに鳥肌が立った。

「……月冴」

 優しい声に、見上げる。目尻に溜まった涙を舐め取られた。

「ごめんね。手、貸して」

 そう言われ、恐る恐る手を差し出すと、桐生のそれを握らされた。

 真正面から見るのも憚られ、目を逸らす。

「目、瞑ってていいよ」

 こんなに切羽詰まった様子の桐生を見るのは久しぶりだ。余裕のあるような風をしているが、実はそうでもないのが伝わってくる。

「うん」

 小さく頷くと、上下に動かされる。最初はゆっくり、だんだん速く。

 桐生の小さな喘ぎ声を聞くと、掌に生暖かい液体の感触が伝わった。


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