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1~10話

3a、鼻が忙しいので

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「んぶっ」

 抱き寄せられた勢いで、思いっきり硬い胸板に飛び込んで鼻をぶつけた。

 すんすん何をするんだすん!
 まったくすんすん、急にすんびっくりするじゃすんすんすんすん。

 手荒な扱いに文句の一つも言いたいところだが、今はちょっと鼻が忙しいので発声に回す呼気はない。

 汗だくのグレニスにぐっと抱きしめられ、爽やかな朝にピッタリのかきたてフレッシュな汗の香りに包まれる。

 すんすんすんすんすん

 なんだろうこれは?
 突然なんのご褒美だろう? 私は自分でも気付かないうちに素晴らしい善行でも働いていたのだろうか。

「昨日、甲冑内部の匂いを嗅いでいたと言っていたろう? そんなに嗅ぎたいのならば直接嗅がせてやる」

 願いを叶えようと言う言葉とは真逆の、温かさなんて微塵もない皮肉めいた声。
 しかし今の私にとってそんなことは些事にすぎない。

 石鹸なのか、微かにミントの香りが混じる野性的な香りに包まれて感じるのは脳のとろけるような至福。
 甲冑ほどの熟成された濃厚さはないものの、やはりこの香りは最高に私好みである。

 運動後の体温に熱されムワッと気化していく香りを、ひと嗅ぎも洩らすまいと吸引する。
 頬に触れるじっとりと濡れたシャツから私にも香りが移ってくれないだろうか。そうすれば自給自足ぐへへ。

「———どうだ、そろそろ本当の目的を気になったか?」

 グレニスはまるで私を拷問にでもかけているかのような口振りで言った。

 吐く……? 吐くなんてまさか!
 むしろ先ほどからずっと息は吸いっぱなしである。呼吸じゃなくて吸吸。
 すぅぅぅと大きく吸い上げれば、私の身体の奥の奥まで極上の香りが染みわたっていく。

 この状況をどうだと問われれば、それはもう。

「さ、最高れす……」
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