【完結】男運ゼロな高身長ド貧乳女の私が、過保護なスパダリイケメンに溺愛執着された理由

福重ゆら

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番外編 楓両親の過去編

番外編 楓両親の過去 3. 不誠実 side. 杏子

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 地獄の日々は、ところどころ記憶が抜け落ちている。

 おーくんの顔を見るのも嫌で、わたしが会いに行かなくなったから、家に押しかけられるようになった。
 会うたび別れを切り出すのに、またあの怒濤の勢いで「別れたくない」と懇願されて、わたしはまた何も言えなくなった。

 おーくんだって、こんな女に固執するのをやめた方が、よっぽど幸せになれるだろうに。
 わたしに固執するおーくんも、流されてしまう自分も嫌で嫌で仕方なくて。

 この日々がいつ終わるのかがわからなくて、色を失った水の中で生きているみたいに息が苦しかった。


 その日は気付いたら、颯くんの下宿先にいた。
 たぶん颯くんママに住所を聞いて来たんだと思うけど、その辺りの記憶も曖昧だ。

 わたしを見て驚く颯くんの部屋に入れてもらって、わんわん泣いた。
 そしたら突然、颯くんが「おーくんと話してくる」と言って出て行ってしまった。

 それがお昼前の出来事。

 「話してくる」って、まさかおーくんの家まで行ってるんだろうか?
 ここから片道3時間なのに……。

 鍵をもらっていないので、家を空ける訳にはいかず、家で待つ一択だ。

 戸惑ったけれど、颯くんの部屋で昔よく遊んでいたからか、実家から下宿先に変わったのに、なんだか居心地が良かった。

 颯くんの部屋は物が少ない。
 6畳の部屋には、ベッドと、勉強机と、その隣に置かれた本棚がひとつ。
 実家の部屋も、颯くんは物が少なかったことを思い出す。

 だけど、綺麗に片付けられた机の上に、見覚えのある物が置かれていた。

 あれは、……昔、わたしがあげたプレゼントの貝殻だ。

 家族で海に行った時に拾って、綺麗で颯くんにもあげたいと思ったんだよね。
 砂浜に落ちてる二枚貝は、たいてい切り離されて片側しかない。だけどこの貝殻は珍しく、二枚がくっついていた。
 切り離した片割れを、颯くんにこっそりあげた。おーくんは『自分も欲しい』って怒濤の勢いで言うんだろうから、こっそり。

 あれは確か、小学2年生の頃だったと思う。
 好きだと自覚したのは4年生だったけど、その前から既に、颯くんは特別だったのだと気付く。

 わたしは、そのお揃いの貝殻を、おーくんに見つからないように引き出しの奥にしまい込んでいた。
 颯くんが離れて行ってしまう前までは、たまに取り出して、颯くんへの想いを募らせながら見つめていた。

 颯くんも、実家では見える場所に置いてなかったはずなのに。
 今はいちばん目につく場所に置いてあって、ずっとふさぎ込んでいた気分が高揚した。


 途中で喉が渇いて、勝手に冷蔵庫のお茶とコップを使わせてもらった。
 そのうちにお腹が減って、勝手に食材と調理道具を使わせてもらうことにして、お昼を作って食べた。一応颯くんの分も作った。

 颯くんの家は、おーくんの家よりも調理道具が充実している。フライパンと、片手鍋が2種類もあるし、ボウルまである。
 キッチンも一人暮らしにしては広めだし、コンロは2口あるし、……。

 そこで、ずっと考えないようにしてきた不安が一気に沸き上がった。

 颯くんに、彼女はいるんだろうか?
 彼女に料理を作ってもらったり、一緒に作ったりしてるんだろうか。

 その後、トイレに行った時にサニタリー用品や、洗面所を使う時にはメイク用品など、女の痕跡がないか必死に探してしまった。
 とりあえず目に見える場所にはなかった。
 わたしは今日アポ無しで突撃してきたし、来たらすぐ部屋に上げてくれたし、隠す時間もなかっただろう。

 そもそもただの幼馴染に、隠したいとも思わないだろうし、とりあえず「定期的に家に来る、付き合いの長い彼女はいない」と結論付けた。


 颯くんの彼女について考えてしまったところで、ふと、思った。
 颯くんはそういう類の本やビデオを持ってる……のかな?

 まだ3人ともあのマンションに住んでいた時、おーくんのベッドの下にあるのを見つけてしまったわたしと颯くんで、ドギマギしたこともあった。
 見つけた時の颯くん、目を見開いたあと、ちょっと頬を赤くして、ほんと可愛かった……。
 あの時は、喉仏が出たり、声が低くなったり、『男』になりつつあった颯くんが遠く感じ始めていた時で、でも可愛い颯くんを見て、『颯くんは変わってない』と安心したのだ。

 颯くんの実家の部屋では見たことがないけど、……。
 ベッドの下を盗み見るように横目でチェックする。
 颯くんはいないから堂々とキョロキョロすればいいのに、ちょっと後ろめたい気がして。
 だけど横目で見る限り、棚に入った本は、そーくんの大学の専攻らしい難しそうな専門書ばかりだ。

 よく見たらそもそもテレビがない。だからビデオはないのだろう。

 おーくんのは中身まで気にしたことはないのに、颯くんのはものすごく気になる。
 たぶん、パッケージの女優さんに似せようと、髪型やメイクを頑張ってしまうと思う。
 それで、顔や体型だけは似ても似つかず、ショックを受けるんだろうことまで想像してしまった。

 あとは、……パッケージだけじゃなく中身も、見たい。

 颯くんがしたいこと、知りたい。
 したいことがあるならわたしで叶えてほしいし、してほしいことがあるならしてあげたい。

 部屋に満たされた颯くんの匂いが、急にわたしをそわそわさせるものになった。

 颯くんと抱きしめ合いたい。
 キス、したい。
 奥まで、触れ合いたい……。

 更に想像を進めかけて、ハッと我に返った。

 何を考えてるんだ、わたしは。

 慌てて窓を開けた。
 窓の外に少し顔を出し、秋の夕方の少し冷たい空気と、夕日に色付く空を見上げると、邪な気持ちが凪いでいった。

 だけど次にトイレに行った時、衝撃を受けた。
 下着がぐっしょりと濡れていたのだ。

 一瞬、何かわからなかったけど、すぐに蜜をこぼしてしまったのだと思い至った。

 誰にも触られてないのに?
 想像だけで、こんな風になるものなの?

 自分の痴女具合に落ち込んだ。
 でも、それと同時に、なんだか吹っ切れた気分になった。

 やっぱり、わたしは颯くんが好きなんだ。

 また、颯くんに避けられるのは怖い。
 颯くんがわたしを置いて、遠くに離れて行ってしまうのも怖い。

 でも、どんなに怖くて、流される選択を何度しても。
 わたしの心はきっと、颯くんに戻ってきてしまう。

 颯くんに伝えよう。
 あの時、言えなかったことを。

 その先に絶望が待っていたとしても、颯くんに伝えないと、わたしはきっと前に進めない。

 するとその時、ドアがガチャリと開いた。

 颯くんだ。
 颯くんに、言うんだ!

 そんな決心をして玄関へ行くと、颯くんが立っていた。

「おかえり、颯くん、あのね……」

 颯くんは仄暗い空気を纒っていた。
 影が濃い気がするし、なぜか瞳孔が開いている気がする。

「……颯くん?」

 颯くんはわたしの両手を握った。
 颯くんに触れられて、わたしの心臓がバクンと跳ねる。

「杏ちゃん! あんな男とは一刻も早く別れろ!」

「うん」

 颯くんへの想いを、不安も含めて受け入れることが出来たから。
 今度こそ、親を頼ってでも、おーくんとは別れると決めていた。

「それでね、杏ちゃん、ぼくと付き合って。ぼくがアイツの代わりになるから……っ」

「……っ、……うん……!」

 ずっと言って欲しかった言葉を言われて、世界が虹色に輝いた。

 代わりじゃないの。
 颯くんがいいの。
 ずっと、ずっと、颯くんが良かったの。
 ずっと、ずっと、颯くんだけが……。

「颯くん、わたしね……」

 ずっと颯くんが好きだったの、と口にする前に、颯くんが言った。

「あんな不誠実な男に、杏ちゃんを任せることなんてできない……っ!」


 ーーーふせいじつ。


 その言葉がわたしの胸に突き刺さった。


「ごめんね、杏ちゃん、辛いと思うけど……」

 辛くない。ぜんぜん辛くなんてなかった。
 だって、わたし、ずっと、颯くんだけが……。

 なのに、わたしは颯くんじゃない人と付き合った。
 それどころか唇を許し、体を許し、4年も付き合い続けた。

 その上……、

 違う人と交際中なのに、颯くんへの片想いを再燃させた。
 違う人と交際中なのに、颯くんの家に来た。
 違う人と交際中なのに、颯くんとの行為を想像して、蜜をこぼした。

 違う人と交際中なのに、颯くんに告白しようとした。


 ーーーわたしの方が、よっぽど、不誠実だ。


 虹色に輝いた世界が、暗転した。
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