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第四章 後輩ちゃんの再起と同期さんの自覚
16. 罰されるべきは side. 楓
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弱音を吐いてばかりの自分は迷惑だと思っていた。
でも、同期さんは迷惑なんかじゃないと、それどころか「会いたい」と言ってくれた。
私も、同期さんの弱音を聞きたくないとは思わない自分に気付く。
むしろ言ってほしいとさえ思った。
それに、私は同期さんに話を聞いてもらう度、心が軽くなる。
弱音を吐き出すことは、今の私にとって必要なことだったのかもしれない。
そう考えると、今まで私が『話してもどうしようもないこと』だと切り捨てて来た陰口や愚痴も、それを吐き出すことは誰かにとって必要なことだったのかもということにも気付いて、反省する気持ちになった。
同期さんも、私と同じなのだろうか?
誰かに話を聞いてもらったら、同期さんの傷付いた心が軽くなるのだろうか?
次の約束の日は、同期さんの話を聞きたいと思った。
◇◇◇
4ヶ月目の約束の日は、10月の日曜日だった。
公園の並木道の向こうに見える空は、爽やかな秋晴れで澄み渡っていた。
待ち合わせ場所に現れた同期さんは、私の姿を見つけると、気恥ずかしそうに微笑んだ。
それを見て、ひと月前に私が同期さんを泣かせてしまったことを思い出して、申し訳ない気持ちになる。
何か空気を変えるのに良い話題はないだろうかと考えて、同期さんの話を聞きたかったことを思い出し、早速聞くことにした。
「同期さん、私に『葵先輩の話を聞かせて欲しい』って言ってくれましたよね」
「うん」
「私も、同期さんに、悠斗さんの話を聞かせてほしいです」
「……えっ」
同期さんは、目を瞬かせた。
もしかして嫌だったのだろうか?
「あの、もし嫌なら……」
「ううん、嫌じゃない。……むしろ、反対で。そう言ってもらえたのが嬉しくて、驚いただけなんだ」
「えっ……」
その発言に、今度は私が驚いた。
もしかしたら、同期さんはあまりにも聞き上手すぎて、普段から聞き役にまわりがちなのかもしれない。
だから、嬉しいと思ったんだろうな、と思った。
「……話しても、いい?」
「ぜひ! お願いします」
私がそう言うと、同期さんは嬉しそうに微笑んだ。
「……悠斗と葵ちゃんが亡くなった日、俺が『二人が生まれ変わって欲しい』って願ったのは、悠斗と『生まれ変わり』の話をしたからなんだ」
「そうだったんですね」
「でも、悠斗は『来世で今の記憶を持っていたくない』って言ってたんだよね」
「えっ! 何でですか?」
「我慢しちゃう性格の記憶を持ってることで、来世の性格に影響を与えたくないんだって」
「……じゃあ、同期さんが言ってた『俺様な性格になっちゃえばいい』っていうのは……」
「そう、悠斗の願いなんだ。……まぁ、悠斗は『俺様な性格になりたい』とまでは言ってなかったけどね」
そう言って、同期さんがイタズラっぽく笑うので、私もつい吹き出してしまった。
「でも、俺、悠斗に『来世で今の記憶を持っていたくない』って言われた時、何故だか寂しい気持ちになって」
同期さんは目を伏せ、どこか寂しそうに微笑む。
「……今思うと、俺のことを忘れないでいて欲しかったのかもしれない」
悠斗さんの想いを尊重したくて、同期さんは自分の素直な気持ちをすぐに自覚できなかったのかもと思って、切なくなった。
「……だったら、来世の悠斗さんが成人した頃に、今世のことを思い出してもらえたらいいですね」
「……え? 成人?」
同期さんは目を瞬いた。
「たぶん成人する頃には、来世の悠斗さんはすっかり俺様な性格になってると思うんです! だから、成人してから記憶を取り戻せば、俺様の悠斗さんのまま今世の記憶も持っていられるんじゃないかって思いました」
「……!」
同期さんは目を見開いた。
そして、クスクス笑い始めた。
「後輩ちゃん、ほんと、最高……っ!」
同期さんが笑ってくれたのが嬉しくて、私は調子に乗って言った。
「私、今日から『悠斗さんが成人したら今世の記憶を思い出しますように』も追加して願いますねっ!」
「うん、俺もそうする!」
そう言って2人で笑い合ったあと、願った。
そして願い終えたあと、同期さんは私の方を見た。
少し緊張している様子で、瞳が揺れている。
そこで、再び、ひと月前のことを思い出した。
私がひと月前のあの日、首を横に振ってしまったから、きっと、躊躇っているのかもしれない。
「……後輩ちゃん、来月も会いたい」
「同期さん、来月も、会いたいです!」
私が同時にそう言うと、同期さんは面食らったような顔をした後、とても嬉しそうに笑ってくれた。
今日みたいに、もっともっと、同期さんの話を聞きたいと思った。
同期さんの笑顔のためなら、同期さんの心を軽くするためなら、私が楽しいと思うことも許されるような気がした。
◇◇◇
5ヶ月目の同期さんとの約束の日は、11月の水曜日だった。
今日も会社帰りに公園で待ち合わせだ。
お昼休憩に入り、『今日は同期さんに何の話を聞こうかな』と考えながら給湯室に向かうと、中からベテラン女性社員2人の声が聞こえてきた。
「離田主任、今度は呉東さんがターゲットみたいね」
「えっ、どういうこと?」
「またこき使って、飲み会にも連れ回してるみたいよ」
「それじゃ、湖月ちゃんの二の舞じゃない!」
「ほんとそうよ!」
「……部長は動かないのかしら?」
「部長は湖月ちゃんのこともみ消すので必死で、呉東さんのことまで頭が回らないみたいよ。湖月ちゃん、明らかに過労死なのに、労災認定されたら降格が免れないからって、たぶん保身に走ってるのよ」
「酷すぎるわね。……そういえば、湖月ちゃんの前任の子もメンタル休職だったわよね。そろそろ本社は動かないのかしら? ……人が亡くなってるんだから、正しく処分を受けるべきよね」
「ええ、罰されるべきだと思うわ。……でも、本社が動いたとして、呉東さんが潰れる前に間に合うのかしら?」
それを聞いて、いても立ってもいられず、私は踵を返した。
フロアに戻り、呉東さんの姿を探す。
お昼休憩だというのに、案の定、働いていた。
顔色があまり良くなさそうで、その姿が、少しずつ弱っていった時の葵先輩の姿に重なった。
話しかけようとしたのに、足がすくむ。
ーーー『お前が余計なことをしたから』
その時、後ろから声がかけられた。
「清宮ァ、また懲りずに、余計なことしようとしてるんじゃないだろうなァ?」
「……」
胸がつかえ、足が震える。
喉が詰まったように声が出ない。
でも、私は、必死に、声を絞り出した。
「り、離田主任、……こ、こんなこと、繰り返していたら、いつか、罰され、ますよ?」
私がそう言うと離田主任は、はぁーーーっと深い溜息を吐いた。
そして、心底うんざりだというような顔で、私を見る。
「お前さ、自分だけが正しいと思ってるだろう? 自分の正義を振り翳して余計なことされるの、こっちは本当いい迷惑なワケ」
自分の正義。迷惑。余計なこと。
……あの日、私を拒絶した葵先輩の姿がフラッシュバックする。
「お前さえ首を突っ込まなければ、葵は死ななくて済んだんだ」
そして、離田主任が嘲るように笑った。
「ま、葵みたいに呉東のことも殺したいなら、自分の正義を振り翳して、首突っ込んだら?」
ーーー『自分の正義を振り翳して』
自分の正義を振り翳して、葵先輩に仕事を休むよう迫った。
そして、葵先輩は更に悪い状況に追い込まれた。
自分の正義を振り翳して、悠斗さんにメッセージを送った。
そして、悠斗さんからの『僕も会いたい』という返信がきた。
自分の正義を振り翳して、会議室に乗り込んだ。
そして、葵先輩は悠斗さんからの返信を誤解してしまった。
ーーー『お前が余計なことをしたから』
かけがえのない、大切な人を傷付けて、失った。
何で、私は自分の正義を振り翳して、あんな酷いことをしたのか?
ーーー葵先輩が『特別な人』だったから。
そうだ。そもそも、私が。
ーーー私が、葵先輩を『特別な人』だなんて思わなければ。
離田主任が去り際、吐き捨てるように言った。
「罰されるべきは、お前の方だろうが」
葵先輩を傷付けた私が、他の誰かのためであっても、楽しいと思うことなんて、許されるはずがない。
ーーー罰されるべきは、私だ、と思った。
でも、同期さんは迷惑なんかじゃないと、それどころか「会いたい」と言ってくれた。
私も、同期さんの弱音を聞きたくないとは思わない自分に気付く。
むしろ言ってほしいとさえ思った。
それに、私は同期さんに話を聞いてもらう度、心が軽くなる。
弱音を吐き出すことは、今の私にとって必要なことだったのかもしれない。
そう考えると、今まで私が『話してもどうしようもないこと』だと切り捨てて来た陰口や愚痴も、それを吐き出すことは誰かにとって必要なことだったのかもということにも気付いて、反省する気持ちになった。
同期さんも、私と同じなのだろうか?
誰かに話を聞いてもらったら、同期さんの傷付いた心が軽くなるのだろうか?
次の約束の日は、同期さんの話を聞きたいと思った。
◇◇◇
4ヶ月目の約束の日は、10月の日曜日だった。
公園の並木道の向こうに見える空は、爽やかな秋晴れで澄み渡っていた。
待ち合わせ場所に現れた同期さんは、私の姿を見つけると、気恥ずかしそうに微笑んだ。
それを見て、ひと月前に私が同期さんを泣かせてしまったことを思い出して、申し訳ない気持ちになる。
何か空気を変えるのに良い話題はないだろうかと考えて、同期さんの話を聞きたかったことを思い出し、早速聞くことにした。
「同期さん、私に『葵先輩の話を聞かせて欲しい』って言ってくれましたよね」
「うん」
「私も、同期さんに、悠斗さんの話を聞かせてほしいです」
「……えっ」
同期さんは、目を瞬かせた。
もしかして嫌だったのだろうか?
「あの、もし嫌なら……」
「ううん、嫌じゃない。……むしろ、反対で。そう言ってもらえたのが嬉しくて、驚いただけなんだ」
「えっ……」
その発言に、今度は私が驚いた。
もしかしたら、同期さんはあまりにも聞き上手すぎて、普段から聞き役にまわりがちなのかもしれない。
だから、嬉しいと思ったんだろうな、と思った。
「……話しても、いい?」
「ぜひ! お願いします」
私がそう言うと、同期さんは嬉しそうに微笑んだ。
「……悠斗と葵ちゃんが亡くなった日、俺が『二人が生まれ変わって欲しい』って願ったのは、悠斗と『生まれ変わり』の話をしたからなんだ」
「そうだったんですね」
「でも、悠斗は『来世で今の記憶を持っていたくない』って言ってたんだよね」
「えっ! 何でですか?」
「我慢しちゃう性格の記憶を持ってることで、来世の性格に影響を与えたくないんだって」
「……じゃあ、同期さんが言ってた『俺様な性格になっちゃえばいい』っていうのは……」
「そう、悠斗の願いなんだ。……まぁ、悠斗は『俺様な性格になりたい』とまでは言ってなかったけどね」
そう言って、同期さんがイタズラっぽく笑うので、私もつい吹き出してしまった。
「でも、俺、悠斗に『来世で今の記憶を持っていたくない』って言われた時、何故だか寂しい気持ちになって」
同期さんは目を伏せ、どこか寂しそうに微笑む。
「……今思うと、俺のことを忘れないでいて欲しかったのかもしれない」
悠斗さんの想いを尊重したくて、同期さんは自分の素直な気持ちをすぐに自覚できなかったのかもと思って、切なくなった。
「……だったら、来世の悠斗さんが成人した頃に、今世のことを思い出してもらえたらいいですね」
「……え? 成人?」
同期さんは目を瞬いた。
「たぶん成人する頃には、来世の悠斗さんはすっかり俺様な性格になってると思うんです! だから、成人してから記憶を取り戻せば、俺様の悠斗さんのまま今世の記憶も持っていられるんじゃないかって思いました」
「……!」
同期さんは目を見開いた。
そして、クスクス笑い始めた。
「後輩ちゃん、ほんと、最高……っ!」
同期さんが笑ってくれたのが嬉しくて、私は調子に乗って言った。
「私、今日から『悠斗さんが成人したら今世の記憶を思い出しますように』も追加して願いますねっ!」
「うん、俺もそうする!」
そう言って2人で笑い合ったあと、願った。
そして願い終えたあと、同期さんは私の方を見た。
少し緊張している様子で、瞳が揺れている。
そこで、再び、ひと月前のことを思い出した。
私がひと月前のあの日、首を横に振ってしまったから、きっと、躊躇っているのかもしれない。
「……後輩ちゃん、来月も会いたい」
「同期さん、来月も、会いたいです!」
私が同時にそう言うと、同期さんは面食らったような顔をした後、とても嬉しそうに笑ってくれた。
今日みたいに、もっともっと、同期さんの話を聞きたいと思った。
同期さんの笑顔のためなら、同期さんの心を軽くするためなら、私が楽しいと思うことも許されるような気がした。
◇◇◇
5ヶ月目の同期さんとの約束の日は、11月の水曜日だった。
今日も会社帰りに公園で待ち合わせだ。
お昼休憩に入り、『今日は同期さんに何の話を聞こうかな』と考えながら給湯室に向かうと、中からベテラン女性社員2人の声が聞こえてきた。
「離田主任、今度は呉東さんがターゲットみたいね」
「えっ、どういうこと?」
「またこき使って、飲み会にも連れ回してるみたいよ」
「それじゃ、湖月ちゃんの二の舞じゃない!」
「ほんとそうよ!」
「……部長は動かないのかしら?」
「部長は湖月ちゃんのこともみ消すので必死で、呉東さんのことまで頭が回らないみたいよ。湖月ちゃん、明らかに過労死なのに、労災認定されたら降格が免れないからって、たぶん保身に走ってるのよ」
「酷すぎるわね。……そういえば、湖月ちゃんの前任の子もメンタル休職だったわよね。そろそろ本社は動かないのかしら? ……人が亡くなってるんだから、正しく処分を受けるべきよね」
「ええ、罰されるべきだと思うわ。……でも、本社が動いたとして、呉東さんが潰れる前に間に合うのかしら?」
それを聞いて、いても立ってもいられず、私は踵を返した。
フロアに戻り、呉東さんの姿を探す。
お昼休憩だというのに、案の定、働いていた。
顔色があまり良くなさそうで、その姿が、少しずつ弱っていった時の葵先輩の姿に重なった。
話しかけようとしたのに、足がすくむ。
ーーー『お前が余計なことをしたから』
その時、後ろから声がかけられた。
「清宮ァ、また懲りずに、余計なことしようとしてるんじゃないだろうなァ?」
「……」
胸がつかえ、足が震える。
喉が詰まったように声が出ない。
でも、私は、必死に、声を絞り出した。
「り、離田主任、……こ、こんなこと、繰り返していたら、いつか、罰され、ますよ?」
私がそう言うと離田主任は、はぁーーーっと深い溜息を吐いた。
そして、心底うんざりだというような顔で、私を見る。
「お前さ、自分だけが正しいと思ってるだろう? 自分の正義を振り翳して余計なことされるの、こっちは本当いい迷惑なワケ」
自分の正義。迷惑。余計なこと。
……あの日、私を拒絶した葵先輩の姿がフラッシュバックする。
「お前さえ首を突っ込まなければ、葵は死ななくて済んだんだ」
そして、離田主任が嘲るように笑った。
「ま、葵みたいに呉東のことも殺したいなら、自分の正義を振り翳して、首突っ込んだら?」
ーーー『自分の正義を振り翳して』
自分の正義を振り翳して、葵先輩に仕事を休むよう迫った。
そして、葵先輩は更に悪い状況に追い込まれた。
自分の正義を振り翳して、悠斗さんにメッセージを送った。
そして、悠斗さんからの『僕も会いたい』という返信がきた。
自分の正義を振り翳して、会議室に乗り込んだ。
そして、葵先輩は悠斗さんからの返信を誤解してしまった。
ーーー『お前が余計なことをしたから』
かけがえのない、大切な人を傷付けて、失った。
何で、私は自分の正義を振り翳して、あんな酷いことをしたのか?
ーーー葵先輩が『特別な人』だったから。
そうだ。そもそも、私が。
ーーー私が、葵先輩を『特別な人』だなんて思わなければ。
離田主任が去り際、吐き捨てるように言った。
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