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後日談 楓と直樹のその後の話
105. 結婚挨拶 直樹の家族編 後編 side. 直樹
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急いで買い物を終え、実家に戻って来た。
楓が召使い認定されていないか気が気じゃなく、はやる気持ちのまま、玄関のドアを開ける。
「ただいま」
パタパタと楓が玄関にやってくる。
「直樹さん、おかえりなさい」
「楓、大丈夫だった?」
「はい、もちろんです」
楓はニッコリ微笑んだ。
俺が不在の間、嫌な思いはしていなかったようで、ひとまずホッとする。
だけど楓は、女性相手なら喜んで召使い認定を受けてしまいそうなところがあるから、油断はできない。
遅れて玄関にやって来た姉さんを警戒しつつ、オムツを渡した。
「姉さん、買ってきたよ」
「直樹、……ありがとう」
「……え?」
あの姉さんが、俺に、お礼を言った……?
予想外の出来事に俺が反応できないでいると、姉さんは一つ息を吐いてから、再び予想外の言葉を続けた。
「今までも、悪かったわね」
「え? 何が?」
「……コハナが最近ね、ミノルが遊んでるおもちゃを取るのよ。それで号泣するミノルを見てね、……ワタシ、直樹のこと思い出して」
「俺のこと?」
「そう。ワタシも直樹にコハナと同じことをして、直樹もミノルと同じように泣いてたなって」
「ごめん、俺は覚えてないや」
「うん、ワタシも小さかったから、ちゃんと覚えてる訳じゃないけどね。ただ、大きくなっても、同じようなこと、直樹にしてたなぁって思ったのよ」
「……あったかもしれないけど、俺もあの頃は特別大事にしてるものはなかったし、今、楓とこんな関係になれたのは、姉さんがいろいろ鍛えてくれたおかげかなとも思ってるよ」
「……そう? ふふん、まぁね。感謝して頂戴」
「ははっ、……うん、感謝してるよ」
いつもの姉さんに戻って、思わず吹き出してしまった。
すると、今度は母さんが切り出した。
「直くん、わたしも、……ごめんなさいね」
「えっ? 母さん?」
「直くんがまだうちにいた時、たくさん家事をしてくれていたでしょう? 直くんに頼りすぎてたなぁって、反省したの」
「……いいよ、母さん。俺が今、効率よく仕事や家事が出来るのって、あの頃からやってたおかげだと思うんだ。だから、幼い俺にわかるように家事を教えてくれたことも、任せてくれたことも、むしろ感謝してる」
「直くん……」
すると、今度は父さんが口を開いた。
「直樹、……実は、おれも悪かったと思っている」
「父さん?」
まさか父さんまでそんなことを言うなんて、思ってもみなかった。
「おれはずっと単身赴任だっただろう? 父親がいなくて、直樹にはずいぶん肩身の狭い思いをさせただろうなと思ってな」
「え?!」
まさかクールで合理的な父さんが、俺の感情を慮る話をするなんて、ものすごく驚いた。
「おれも、ちょうどお前が家を出た時に単身赴任を終えて帰ってきて、お義父さんがお前を必死にこの家から出そうとした理由がやっと理解できてな」
高校進学の際、じぃちゃんが俺をこの家から出そうと必死になってくれた時、父さんが後押ししてくれたのは『有名な進学校だったから』だとじぃちゃんは言っていたけど。
父さんは、後からじぃちゃんの意図に気付いたようだ。
「単身赴任は会社の指示でしょうがなかったとはいえ、もう少し帰省の頻度を増やして、家族の時間を作ってもよかったと思った」
「もちろんもっと父さんと過ごせたら嬉しかったとは思うけど、父さんだって家族のためを思って、父さんなりの優先順位を大事にしてくれてた訳だから、感謝してるよ」
「直樹……」
すると、母さんが父さんにおずおずと口にした。
「あなた、わたしも感謝してるんだけど、……でも、やっぱり寂しかったわ」
「そうか。悪かったな」
「パパ、ママに感謝することね。年4回しか帰って来ない上に、年末年始もすっぽかす夫なんて、ワタシだったら即、別れてるわよ?」
「千種……」
「ふふっ、もう、ちーっちゃんったら」
すると、父さんが母さんに向き直って言った。
「まぁ、その、なんだ……。千種に言われたからという訳じゃないが、おれが不在の間も家や子供達を守ってくれたこと、それにおれが帰るまで待っててくれたこと、感謝してるよ」
「あなた……!」
姉さんも母さんも父さんも、普段なら絶対に言わなそうなことを言っている。
その信じられない光景を眺めていると、その傍にいた楓と目が合い、楓がニコリと微笑んだ。
すると、姉さんが楓に向かって言った。
「楓さん、ありがとう。アナタがいなかったら、ワタシ、一生伝えてなかったと思うわ」
「楓さん、わたしもありがとう。本当に、伝えてよかったわ」
「おれもだよ。楓さんと2人が話すのを聞いていて、おれも伝えようと思った。ありがとう」
なるほど。どうやら楓が姉さんや母さん、そして父さんにまで何か影響を与えるようなことを言ったらしい。
「いえいえ。私は思ったことを言っただけなので」
無邪気に微笑む楓は、俺だけじゃなく家族まで変えてくれた女神のように見えた。
嬉しそうに楓を取り囲む家族たちの姿を見て、俺は夢で再会した悠斗の姿を思い出す。
ーーー誰だって、きっかけさえあれば、いつでも変われるのかもしれない。
するとその時、玄関のドアが開いた。
「ただいまぁ! ……あっ、おにーちゃん!」
「早苗」
入って来たのは、妹の早苗だった。
「あら、さなちゃん、今日は遅くなるって言ってたのに、早かったわね」
早苗は、母さんの言葉に返事をすることなく、俺に話しかけた。
「おにーちゃん! 駐車場の車、おにーちゃんの? 今日ね、彼氏に急にドタキャンされて、もーほんと腹立って帰って来たんだけど、キープ中の友達の彼氏にさっき誘われて、あんな自分勝手な男はさっさと捨てて乗り換えようかなと思って、もう一度出掛けようと思うんだけど、送ってくれたら嬉しいな」
もうどこからツッコんだら良いかわからない妹の発言に頭を抱えた。
すると、姉さんが呆れたように早苗に言った。
「早苗、アンタもいい歳なんだから、いい加減変わりなさい」
「そうよ、さなちゃん。今ね、みんなで直樹に謝ってたのよ」
「直樹はお前の召使いじゃないんだから。1人で行けないなら予定をキャンセルしなさい」
「ええ~~~!」
するとその時、早苗が楓に気が付いた。
「え……!!! すっごい美人がいるんだけど! もしかして、ママが言ってたお兄ちゃんの……?」
その時、楓が早苗にぺこりと頭を下げて言った。
「はじめまして。直樹さんとお付き合いさせていただいている清宮 楓です」
「……!」
早苗が、瞳をキラキラさせて楓を見た。
「ちょっと待って! お兄ちゃんの彼女、ちょーーー美人じゃん!!! 美女っていうか、……美形すぎる!!! ね、お兄ちゃん。頼りないお兄ちゃんにはもったいないよ! あたしにちょーだ」
俺は慌てて口を挟んだ。
「ダメッッッ!!! 絶対あげないっっっ!」
「はぁぁ?! おにーちゃんのくせに生意気なんだけどっ! それにさ、おにーちゃん、別に彼女のこと、いっつも大して好きじゃなさそーじゃん! この子のこともそーなんでしょ?! あたしにちょーだいよ!」
「絶対ダメっっっ!!! 楓だけは絶対に、誰にも渡さない!!!」
すると、父さんが早苗を嗜める。
「おい、早苗、楓さんに失礼だろう? まずは挨拶をちゃんとしなさい」
「……早苗です。お兄ちゃんの妹です」
「早苗さん、よろしくお願いします」
「さん付けなんてしなくていいよ。楓ちゃん、早苗って呼んで?」
父さんが頭を抱える。
「早苗、楓さんはお前の義姉になるんだし、お前の1つ年上だ。敬語を使いなさい」
「お義父さま、お気になさらないでください。早苗ちゃん、じゃあ、私も早苗ちゃんって呼んでいいですか?」
「うんっ、楓ちゃんっ」
「ごめんね、うちの家族、……特に妹がこんなで……」
父さん同様、俺も頭を抱えたまま楓にそう言うと、楓はニコリと笑って言った。
「いいえ。素敵なご家族だと思いますよ」
「えっ?」
「お義姉さまは私のことまで親身になって考えてくださる優しい方ですし、お義母さまはずっとお1人でご家庭を守られてきた頼れる方ですし、お義父さまはご家族のために家族と離れてお仕事頑張ってたんですもんね。それに、早苗ちゃんは可愛いし」
「……?!」
姉さんが優しい?
母さんが頼れる?
父さんはともかく、楓の女性に対する判定の甘さに思わず絶句した。
特に早苗なんか、もし男だったら楓が絶対許せない部類の人間のはずなのに、まさか『可愛い』の一言で済ませてしまうとは。
「「「楓サマ……!!!」」」
声の方を見ると、母さんと姉さんと早苗が楓をキラキラした瞳で見ていた。
「「「もしよかったら連絡先を……」」」
「ダメッッッ!!!」
「何でおにーちゃんが禁止するのよ!」
「直樹、しゃしゃり出てこないで」
「直くん、わたし、楓さんともっと仲良くなりたいな……?」
「絶対ダメッ!!! 楓への連絡は必ず俺を通してください」
さながら熱狂ファンに「連絡は事務所を通してください」と言う有名人の所属事務所のマネージャーのように、楓の連絡先を死守した。
父さんは必死になる俺を物珍しそうに見ながら微笑んでいて、俺の背に守られた楓は、不思議そうに、でも可笑しそうに笑った。
◇◇◇
「……ということがあってね。じぃちゃんが心配してたみたいに、楓が搾取されることはなさそう」
「そうか、それならワシも一安心だ」
電話の向こうで、じぃちゃんは心の底から安堵したような声を出した。
だけど俺の内心は、じぃちゃんとは異なるものだった。
「だけど、俺は不安でいっぱいで……」
「え? どこに不安になる要素がある?」
「だって、楓はさ、俺の顔にドキドキしてる時があるんだよ?」
「ただの惚気じゃないか」
「俺、母さん似なんだよ?! 母さんは人に頼るのが上手いでしょ? 楓、頼られたらすぐにコロッといっちゃいそうなんだよ……! それに姉さんは父さん似だけど、真っ向から俺の物を奪いにくるでしょ? 楓は俺と出会う前は『男に言い寄られてるうちに恋愛感情を抱くことが多かった』らしいんだけど、楓の両親に会って、流されやすいのは楓のご両親からの遺伝だってことがわかって。姉さんにも言い寄られてるうちに、楓は流されちゃうかもしれない……! それに、早苗なんか俺に似てる上に、いつの間にか俺の物を奪ってるでしょ? いつの間にか早苗に楓が奪られたらと思うと、本当に気が気じゃなくて……!」
「……」
「それに姉さんの娘のコハナちゃんだって油断ならないし、俺は一体どうしたら……!」
「………………」
じぃちゃんは電話の向こうで長い長い沈黙のあと、深いため息をついた。
「……お前のそれは、一生変わらなそうだな」
「……うん。俺も一生こうなのかなって思ってきた……」
電話の向こうで、じぃちゃんが朗らかに笑って、俺も思わずつられて笑ってしまった。
◇
じぃちゃんとの電話を終えて、リビングに戻ると、ソファに座る楓が何か言いたげな顔をした。
「聞こえてた?」
楓は気まずそうにこくんと頷いた。
「……ごめんなさい。聞いちゃいけないと思って、イヤホンで何か聞こうかと思ったんですけど、つい、……そのまま聞いちゃいました」
楓は俺の右腕をとった。
なぜか楓は俺の右腕をまじまじと見つめながら、ふにふに触っている。
その様子が気になって、俺は思わず尋ねた。
「ううん、聞かれて困る話じゃないからいいけど、……どうしたの?」
「……私、お義姉さまとお義母さまに聞いちゃったんです」
「え?! 何を?!?!?!」
「……直樹さんが中学で3人の女の子と付き合ってたこととか、その子たちにバレンタインチョコを手作りしたこととか、そのうちの1人とお義姉さまと早苗ちゃんの3人で、直樹さんを引っ張り合いっこしたこととか……」
俺は盛大に項垂れた。
きっと俺が買い物に出た時だ。
姉さんと母さんに、こんな余計なことを楓に吹き込まれていたとは。
「……ごめん。嫌な気持ちにさせちゃったね」
楓はふるふると首を横に振る。
「謝らせたかった訳じゃないんですけど、……私だって、直樹さんよりもずっと嫉妬してて、直樹さんよりもずっと不安なんですよ?」
「俺、絶対負けないと思うけど……」
「いいえ、私の方が負けません。……だけど、過去に嫉妬したって、どうしようもないんですよね」
楓が瞳を伏せた。
俺は楓の髪を撫でながら、口を開く。
「俺もさ、……未来を不安がったってどうしようもないんだよね」
「……」
「……ねぇ、楓。こういう俺のどうしようもない不安の解消方法は、楓に俺で気持ち良くなってもらうことなんだけど、……楓は?」
楓が驚いたように目を瞬き、そのあと真っ赤になって言った。
「わ、私も……です」
「……じゃあ、2人で不安、解消しようか」
楓がこくんと頷いたので、俺は楓と一度軽くキスをしてから、楓を横抱きにして立ち上がる。
楓の脇腹に置いた俺の右手を、楓が右手でぎゅっと握った。
寝室に到着し、ベッドに楓をおろすと、楓は一度離したた俺の右腕にしがみつく。
「楓、どうしたの?」
「……」
楓は気まずそうに逡巡した後、恥ずかしそうに口を開いた。
「……引っ張り合いっこの時、3人目の彼女さんが、直樹さんの右腕を引っ張っていたと聞いたので」
「……!」
あまりにも可愛くて、俺は心の中で悶絶した。
「……今日はずっと、こうしてようか?」
楓は真っ赤になってこくんと頷いた。
その後、手を繋いだまま3回もしてしまったのは、……楓が可愛すぎたからで、仕方がないと思う。
楓が召使い認定されていないか気が気じゃなく、はやる気持ちのまま、玄関のドアを開ける。
「ただいま」
パタパタと楓が玄関にやってくる。
「直樹さん、おかえりなさい」
「楓、大丈夫だった?」
「はい、もちろんです」
楓はニッコリ微笑んだ。
俺が不在の間、嫌な思いはしていなかったようで、ひとまずホッとする。
だけど楓は、女性相手なら喜んで召使い認定を受けてしまいそうなところがあるから、油断はできない。
遅れて玄関にやって来た姉さんを警戒しつつ、オムツを渡した。
「姉さん、買ってきたよ」
「直樹、……ありがとう」
「……え?」
あの姉さんが、俺に、お礼を言った……?
予想外の出来事に俺が反応できないでいると、姉さんは一つ息を吐いてから、再び予想外の言葉を続けた。
「今までも、悪かったわね」
「え? 何が?」
「……コハナが最近ね、ミノルが遊んでるおもちゃを取るのよ。それで号泣するミノルを見てね、……ワタシ、直樹のこと思い出して」
「俺のこと?」
「そう。ワタシも直樹にコハナと同じことをして、直樹もミノルと同じように泣いてたなって」
「ごめん、俺は覚えてないや」
「うん、ワタシも小さかったから、ちゃんと覚えてる訳じゃないけどね。ただ、大きくなっても、同じようなこと、直樹にしてたなぁって思ったのよ」
「……あったかもしれないけど、俺もあの頃は特別大事にしてるものはなかったし、今、楓とこんな関係になれたのは、姉さんがいろいろ鍛えてくれたおかげかなとも思ってるよ」
「……そう? ふふん、まぁね。感謝して頂戴」
「ははっ、……うん、感謝してるよ」
いつもの姉さんに戻って、思わず吹き出してしまった。
すると、今度は母さんが切り出した。
「直くん、わたしも、……ごめんなさいね」
「えっ? 母さん?」
「直くんがまだうちにいた時、たくさん家事をしてくれていたでしょう? 直くんに頼りすぎてたなぁって、反省したの」
「……いいよ、母さん。俺が今、効率よく仕事や家事が出来るのって、あの頃からやってたおかげだと思うんだ。だから、幼い俺にわかるように家事を教えてくれたことも、任せてくれたことも、むしろ感謝してる」
「直くん……」
すると、今度は父さんが口を開いた。
「直樹、……実は、おれも悪かったと思っている」
「父さん?」
まさか父さんまでそんなことを言うなんて、思ってもみなかった。
「おれはずっと単身赴任だっただろう? 父親がいなくて、直樹にはずいぶん肩身の狭い思いをさせただろうなと思ってな」
「え?!」
まさかクールで合理的な父さんが、俺の感情を慮る話をするなんて、ものすごく驚いた。
「おれも、ちょうどお前が家を出た時に単身赴任を終えて帰ってきて、お義父さんがお前を必死にこの家から出そうとした理由がやっと理解できてな」
高校進学の際、じぃちゃんが俺をこの家から出そうと必死になってくれた時、父さんが後押ししてくれたのは『有名な進学校だったから』だとじぃちゃんは言っていたけど。
父さんは、後からじぃちゃんの意図に気付いたようだ。
「単身赴任は会社の指示でしょうがなかったとはいえ、もう少し帰省の頻度を増やして、家族の時間を作ってもよかったと思った」
「もちろんもっと父さんと過ごせたら嬉しかったとは思うけど、父さんだって家族のためを思って、父さんなりの優先順位を大事にしてくれてた訳だから、感謝してるよ」
「直樹……」
すると、母さんが父さんにおずおずと口にした。
「あなた、わたしも感謝してるんだけど、……でも、やっぱり寂しかったわ」
「そうか。悪かったな」
「パパ、ママに感謝することね。年4回しか帰って来ない上に、年末年始もすっぽかす夫なんて、ワタシだったら即、別れてるわよ?」
「千種……」
「ふふっ、もう、ちーっちゃんったら」
すると、父さんが母さんに向き直って言った。
「まぁ、その、なんだ……。千種に言われたからという訳じゃないが、おれが不在の間も家や子供達を守ってくれたこと、それにおれが帰るまで待っててくれたこと、感謝してるよ」
「あなた……!」
姉さんも母さんも父さんも、普段なら絶対に言わなそうなことを言っている。
その信じられない光景を眺めていると、その傍にいた楓と目が合い、楓がニコリと微笑んだ。
すると、姉さんが楓に向かって言った。
「楓さん、ありがとう。アナタがいなかったら、ワタシ、一生伝えてなかったと思うわ」
「楓さん、わたしもありがとう。本当に、伝えてよかったわ」
「おれもだよ。楓さんと2人が話すのを聞いていて、おれも伝えようと思った。ありがとう」
なるほど。どうやら楓が姉さんや母さん、そして父さんにまで何か影響を与えるようなことを言ったらしい。
「いえいえ。私は思ったことを言っただけなので」
無邪気に微笑む楓は、俺だけじゃなく家族まで変えてくれた女神のように見えた。
嬉しそうに楓を取り囲む家族たちの姿を見て、俺は夢で再会した悠斗の姿を思い出す。
ーーー誰だって、きっかけさえあれば、いつでも変われるのかもしれない。
するとその時、玄関のドアが開いた。
「ただいまぁ! ……あっ、おにーちゃん!」
「早苗」
入って来たのは、妹の早苗だった。
「あら、さなちゃん、今日は遅くなるって言ってたのに、早かったわね」
早苗は、母さんの言葉に返事をすることなく、俺に話しかけた。
「おにーちゃん! 駐車場の車、おにーちゃんの? 今日ね、彼氏に急にドタキャンされて、もーほんと腹立って帰って来たんだけど、キープ中の友達の彼氏にさっき誘われて、あんな自分勝手な男はさっさと捨てて乗り換えようかなと思って、もう一度出掛けようと思うんだけど、送ってくれたら嬉しいな」
もうどこからツッコんだら良いかわからない妹の発言に頭を抱えた。
すると、姉さんが呆れたように早苗に言った。
「早苗、アンタもいい歳なんだから、いい加減変わりなさい」
「そうよ、さなちゃん。今ね、みんなで直樹に謝ってたのよ」
「直樹はお前の召使いじゃないんだから。1人で行けないなら予定をキャンセルしなさい」
「ええ~~~!」
するとその時、早苗が楓に気が付いた。
「え……!!! すっごい美人がいるんだけど! もしかして、ママが言ってたお兄ちゃんの……?」
その時、楓が早苗にぺこりと頭を下げて言った。
「はじめまして。直樹さんとお付き合いさせていただいている清宮 楓です」
「……!」
早苗が、瞳をキラキラさせて楓を見た。
「ちょっと待って! お兄ちゃんの彼女、ちょーーー美人じゃん!!! 美女っていうか、……美形すぎる!!! ね、お兄ちゃん。頼りないお兄ちゃんにはもったいないよ! あたしにちょーだ」
俺は慌てて口を挟んだ。
「ダメッッッ!!! 絶対あげないっっっ!」
「はぁぁ?! おにーちゃんのくせに生意気なんだけどっ! それにさ、おにーちゃん、別に彼女のこと、いっつも大して好きじゃなさそーじゃん! この子のこともそーなんでしょ?! あたしにちょーだいよ!」
「絶対ダメっっっ!!! 楓だけは絶対に、誰にも渡さない!!!」
すると、父さんが早苗を嗜める。
「おい、早苗、楓さんに失礼だろう? まずは挨拶をちゃんとしなさい」
「……早苗です。お兄ちゃんの妹です」
「早苗さん、よろしくお願いします」
「さん付けなんてしなくていいよ。楓ちゃん、早苗って呼んで?」
父さんが頭を抱える。
「早苗、楓さんはお前の義姉になるんだし、お前の1つ年上だ。敬語を使いなさい」
「お義父さま、お気になさらないでください。早苗ちゃん、じゃあ、私も早苗ちゃんって呼んでいいですか?」
「うんっ、楓ちゃんっ」
「ごめんね、うちの家族、……特に妹がこんなで……」
父さん同様、俺も頭を抱えたまま楓にそう言うと、楓はニコリと笑って言った。
「いいえ。素敵なご家族だと思いますよ」
「えっ?」
「お義姉さまは私のことまで親身になって考えてくださる優しい方ですし、お義母さまはずっとお1人でご家庭を守られてきた頼れる方ですし、お義父さまはご家族のために家族と離れてお仕事頑張ってたんですもんね。それに、早苗ちゃんは可愛いし」
「……?!」
姉さんが優しい?
母さんが頼れる?
父さんはともかく、楓の女性に対する判定の甘さに思わず絶句した。
特に早苗なんか、もし男だったら楓が絶対許せない部類の人間のはずなのに、まさか『可愛い』の一言で済ませてしまうとは。
「「「楓サマ……!!!」」」
声の方を見ると、母さんと姉さんと早苗が楓をキラキラした瞳で見ていた。
「「「もしよかったら連絡先を……」」」
「ダメッッッ!!!」
「何でおにーちゃんが禁止するのよ!」
「直樹、しゃしゃり出てこないで」
「直くん、わたし、楓さんともっと仲良くなりたいな……?」
「絶対ダメッ!!! 楓への連絡は必ず俺を通してください」
さながら熱狂ファンに「連絡は事務所を通してください」と言う有名人の所属事務所のマネージャーのように、楓の連絡先を死守した。
父さんは必死になる俺を物珍しそうに見ながら微笑んでいて、俺の背に守られた楓は、不思議そうに、でも可笑しそうに笑った。
◇◇◇
「……ということがあってね。じぃちゃんが心配してたみたいに、楓が搾取されることはなさそう」
「そうか、それならワシも一安心だ」
電話の向こうで、じぃちゃんは心の底から安堵したような声を出した。
だけど俺の内心は、じぃちゃんとは異なるものだった。
「だけど、俺は不安でいっぱいで……」
「え? どこに不安になる要素がある?」
「だって、楓はさ、俺の顔にドキドキしてる時があるんだよ?」
「ただの惚気じゃないか」
「俺、母さん似なんだよ?! 母さんは人に頼るのが上手いでしょ? 楓、頼られたらすぐにコロッといっちゃいそうなんだよ……! それに姉さんは父さん似だけど、真っ向から俺の物を奪いにくるでしょ? 楓は俺と出会う前は『男に言い寄られてるうちに恋愛感情を抱くことが多かった』らしいんだけど、楓の両親に会って、流されやすいのは楓のご両親からの遺伝だってことがわかって。姉さんにも言い寄られてるうちに、楓は流されちゃうかもしれない……! それに、早苗なんか俺に似てる上に、いつの間にか俺の物を奪ってるでしょ? いつの間にか早苗に楓が奪られたらと思うと、本当に気が気じゃなくて……!」
「……」
「それに姉さんの娘のコハナちゃんだって油断ならないし、俺は一体どうしたら……!」
「………………」
じぃちゃんは電話の向こうで長い長い沈黙のあと、深いため息をついた。
「……お前のそれは、一生変わらなそうだな」
「……うん。俺も一生こうなのかなって思ってきた……」
電話の向こうで、じぃちゃんが朗らかに笑って、俺も思わずつられて笑ってしまった。
◇
じぃちゃんとの電話を終えて、リビングに戻ると、ソファに座る楓が何か言いたげな顔をした。
「聞こえてた?」
楓は気まずそうにこくんと頷いた。
「……ごめんなさい。聞いちゃいけないと思って、イヤホンで何か聞こうかと思ったんですけど、つい、……そのまま聞いちゃいました」
楓は俺の右腕をとった。
なぜか楓は俺の右腕をまじまじと見つめながら、ふにふに触っている。
その様子が気になって、俺は思わず尋ねた。
「ううん、聞かれて困る話じゃないからいいけど、……どうしたの?」
「……私、お義姉さまとお義母さまに聞いちゃったんです」
「え?! 何を?!?!?!」
「……直樹さんが中学で3人の女の子と付き合ってたこととか、その子たちにバレンタインチョコを手作りしたこととか、そのうちの1人とお義姉さまと早苗ちゃんの3人で、直樹さんを引っ張り合いっこしたこととか……」
俺は盛大に項垂れた。
きっと俺が買い物に出た時だ。
姉さんと母さんに、こんな余計なことを楓に吹き込まれていたとは。
「……ごめん。嫌な気持ちにさせちゃったね」
楓はふるふると首を横に振る。
「謝らせたかった訳じゃないんですけど、……私だって、直樹さんよりもずっと嫉妬してて、直樹さんよりもずっと不安なんですよ?」
「俺、絶対負けないと思うけど……」
「いいえ、私の方が負けません。……だけど、過去に嫉妬したって、どうしようもないんですよね」
楓が瞳を伏せた。
俺は楓の髪を撫でながら、口を開く。
「俺もさ、……未来を不安がったってどうしようもないんだよね」
「……」
「……ねぇ、楓。こういう俺のどうしようもない不安の解消方法は、楓に俺で気持ち良くなってもらうことなんだけど、……楓は?」
楓が驚いたように目を瞬き、そのあと真っ赤になって言った。
「わ、私も……です」
「……じゃあ、2人で不安、解消しようか」
楓がこくんと頷いたので、俺は楓と一度軽くキスをしてから、楓を横抱きにして立ち上がる。
楓の脇腹に置いた俺の右手を、楓が右手でぎゅっと握った。
寝室に到着し、ベッドに楓をおろすと、楓は一度離したた俺の右腕にしがみつく。
「楓、どうしたの?」
「……」
楓は気まずそうに逡巡した後、恥ずかしそうに口を開いた。
「……引っ張り合いっこの時、3人目の彼女さんが、直樹さんの右腕を引っ張っていたと聞いたので」
「……!」
あまりにも可愛くて、俺は心の中で悶絶した。
「……今日はずっと、こうしてようか?」
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