【完結】前世、婚約目前で私を捨てた元カレそっくりな男に「妊娠しないと出られない部屋」への入居を迫ったら溺愛されました

福重ゆら

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10. 俺が「愛しい女を溺愛する部屋」のご両親に結婚挨拶した結果

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「アイデシア、悪かったって」

「……」

 研究室に向かう途中、午前中と同じセリフで、俺はアイデシアに平謝りし続けた。

 アイデシアは昼食の行為の後、シャワーを浴び服を着替えて出てきた。
 シャワーで体の方は落ち着いたらしかったが、怒りの方は収まってくれなかったようだ。
「研究室へ向かいます」と一言だけ言うと、俺の返事を待たずに部屋を出て歩き出してしまった。

「……アイデシア」

 俺は相当情けない顔をしていたと思う。だが、そんな俺の顔を見て、アイデシアが複雑そうな顔をした。

「……ユークリッド様、私、……あんな風になってしまった自分が恥ずかしいだけなんです……。なので、今も、怒っている訳じゃないんです。……ごめんなさい」

「アイデシア……!」

 眉を下げてそんなことを言うアイデシアを、俺は堪らず腰を抱いて引き寄せた。

「ちょっと!ユークリッド様!部屋の外ですよ?!」

「アイデシア、恥ずかしいだなんて思う必要は無い。俺にとっては可愛いだけなんだから」

「……!」

 俺がそのまま額にキスを落とすと、アイデシアが真っ赤になった。
 そして少し口を尖らせて言う。

「……そのお言葉は嬉しいのですが、外でこういったことをされると私、また恥ずかしくて嫌な態度をとってしまうので、……外では控えてください」

「……わかった」

 俺はアイデシアの言葉に素直に従い、腕を離した。
 そして、アイデシアの指に自分の指を絡める。

「ユークリッド様?!」

 前世、恋人繋ぎと呼ばれていた手の繋ぎ方だ。

「これならいいか?」

「……はい」

 繋いだまま歩き出した瞬間、今までで一番の既視感が俺を襲った。
 アイデシアと出会ってからずっと感じているものだったが、今までとは比べ物にならなかった。

 生まれ変わってから手を繋ぐ機会なんて全くなかったので、恐らく前世の俺が幾度も経験したことなんだろう。

 最初は恥ずかしそうにしていたアイデシアも、今は幸せそうな、何かを懐かしむような笑顔を見せた。

「研究所では、月に一度、飼育している生き物を国民が観覧できる『観覧解放日』があるんです」

「そうなのか」

 前世の動物園みたいだな、と思う。
 前世の俺は動物が好きだったのか、前世の動物に関する知識が豊富だ。
 今世も動物が好きで、旅の途中で野生動物を観察したりしている。

「それ以外の日も、職員は観覧することが許されていて、私もよく観覧させていただいてるんです」

「ふぅん、それは楽しそうだな」

 俺がそう答えると、アイデシアが少し躊躇いながらも口を開いた。

「……ユークリッド様。今度、一緒に観覧しませんか?」

 デートみたいだな、と思った。
 思わず顔が綻んでしまう。

「ああ、もちろんだ。アイデシア、一緒に行こう」

「ユークリッド様、ありがとうございます!楽しみです」

 アイデシアはそう言って、満面の笑みを浮かべた。
 俺はその笑顔を見て、幸せを噛み締めた。


 ◇


「こちらがドラゴンの研究室です」

「ああ。アイデシア、案内ありがとう」

 これから、アイデシアを飼育する職員二人に、今後について相談をする。
 繁殖に成功した後も、俺が研究所に残りアイデシアと共に子育てをすることは可能なのか?
 反対に、俺がアイデシアを研究所の外に連れ出すことは可能なのか?
 アイデシアの手前、できれば穏便に済ませたいが、もし研究所が俺とアイデシアを引き裂くことがあれば、俺はアイデシアを攫うつもりだ。

 ……何だか、前世の『結婚相手のご両親にご挨拶』するような気分だな。
「娘さんをください!子育て中、あなた達と同居するか、別の地で2人でやっていくか、娘さんと相談したいんですけど、どっちも許してもらえますよね?まぁ、どっちも許されないなら駆け落ちしますけどね」ってとこか。

「アイデシア、お前も来るか?」

 すると、アイデシアが少し翳りのある表情を浮かべて言った。

「いいえ、私は少し、……調べたいことがありますので。あちらの資料室の方に行きますね」

「そうか」

 大変だ!ほぼ結婚挨拶なのに、結婚相手が不在とは!
 まぁ、もし交渉決裂した場合はアイデシアがいない方が好都合か。

「帰り道は一人でも大丈夫ですか?私は少し遅くなるかもしれませんので、先に帰っていただいた方が良いかと思うのですが……」

「ああ。問題ない。では、先に戻っておく」

 俺がそう言うと、アイデシアはホッとした様子を見せた。

「良かったです。ティータイムの頃には戻りますね。では、また後ほど」

「ああ、また後でな」

 そして俺はアイデシアを見送った後、研究室に入室した。


 ◇ 


 研究室に入った俺は、ドラゴンの飼育担当職員二人と自己紹介を交わした。
 自己紹介を兼ねて俺の一人旅の話を大まかに伝えると、職員二人が感嘆の声を上げる。

「ユークリッド君、世界中を旅してたんだね!」

「すごいわ!」

 そして、ふいに職員二人が頭を下げた。

「ユークリッド君、旅の途中だった君の寝込みを襲い、勝手に研究所に連れて来てしまってごめんなさい!」

「勝手に検査までしてしまったことも、本当に申し訳なく思っているわ!」

「……まあ、いいさ。正直に言うと、最初は腹が立ったがな。今はむしろ、アイデシアに引き合わせてくれたことに感謝している」

 職員二人が期待するような顔をした

「えっ?……ということは、ユークリッド君、もしかして?!」

「ああ。俺はアイデシアを愛している。アイデシアと番になり、今後も一緒にいたいと思っているんだが……。
 アイデシアとの繁殖成功後も、俺がここに滞在し、一緒に子育てすることは可能なのか?」

 すると、職員たちは希望に満ちたような表情になった。

「ユークリッド君!もちろんだよ!」

「ワタシたち、実は、ユークリッド君にアイデシアの番になって欲しくて、ここに連れて来たの!」

「アイデシアとユークリッド君が番になってずっとここにいてくれたら、ボクたちとっても嬉しいよ」

「そうか。そう言ってもらえると非常に助かる」

 職員の、予想以上の歓迎ムードに俺は安堵した。

 なんだ、職員は最初から俺をアイデシアの番にしたかったのか。
 愛娘の結婚相手を探す親のようだなと思った。
 つまるところ、「愛娘のお見合いをセッティングしたつもりが、当の娘は、飼育生物自分の繁殖活動だと思い込んでしまった」……ということか。

 職員二人がアイデシアへ向ける溺愛ぶりを、アイデシアはスルーしてしまっているようで、少し不憫に思った。

 まあ、その話はさておき。
 俺は次の質問に入ることにした。

「反対に、アイデシアをこの研究所から連れ出すことは可能なのか?」

 職員たちは息を呑む。
 少し逡巡したあと、眉を下げて、口を開いた。

「……正直、寂しいけど、仕方がないと思う」

「そうね。本来なら、ドラゴンの飼育は禁忌なのに……、アイデシアが特別だっただけだものね」

 俺は質問を重ねた。

「禁忌?……どういうことだ?」

 職員たちは答えた。

「ドラゴンは人間と同じ知性を持ち、ヒト型になれることから、ドラゴンを飼育することは世界中で禁止されているの。だけどアイデシアは、母親の死によって、卵のまま孵化できずにいて……その命を救うため、この研究所で保護することになったの」

「当初は『独り立ちするまで』という取り決めだったんだけどね。研究所で生まれ育ったアイデシアは独り立ちするのが難しくなってしまったんだ」

 そうか。この世界で飼育されているドラゴンがアイデシアしかいないことには、そんな理由があったのか。
 そして、アイデシアが研究所から出れなくなった経緯もわかった。
 俺は過酷な外の世界と、安全で守られた研究所の環境を比較して答えた。

「確かに、今のアイデシアが一人で外に放り出されたら、……確実に生きてはいけないだろうな」

 すると、職員は二人揃って愕然とした表情になった。

「「アイデシアが外で生きていく力をボク/ワタシ達が奪ってしまったんだーーーーー!」」

 何やら鬼気迫る様子の職員たちに俺は言った。

「いやいやいや、アイデシアは今あんなに健やかに育ってるんだから。お前たちが思い詰める必要はないだろう?」

 あんなにふわふわボディの可愛らしい真面目な癒やし系という、俺の好みど真ん中の女に育て上げるには、外の環境ではかなり難しかっただろう。
 うっかり外に出され、アイデシアが筋肉質の女傑ドラゴンに育ってしまっていたら確実に俺は泣く。
 あのふわふわボディを育ててくれた点については、俺は研究所に感謝しかなかった。

 しかし、そんな俺の考えなど露知らず、思い詰めた様子の職員たちは続ける。

「アイデシアは今まで一度も研究所の外に出ようとしなかったの」

「それで、外で番を探せないアイデシアの代わりに、ボク達が番を探すことにして、……その矢先2ユークリッド君を発見したんだ」

「だからアイデシアが、ユークリッド君と共に旅立つと決めたのなら、私たちに止めることなんてできないわ」

「「でも、でも……たまには里帰りしてね~~~」」

 職員二人は号泣し始めた。

 ……その様子は、まさに『愛娘を嫁に出す親』であった。

「外に出るのは子育てが終わった後を考えている。だから子どもが独り立ちするまではここで世話になるつもりだ。……それにここを出ても、旅が終わったらまた帰ってくるつもりでいる。だから泣くな」

「「え?本当?!」」

「ああ。しかし、アイデシアが承諾してくれたら、だがな」

 職員たちはヘナヘナと机や椅子に身を預けた。

「「なんだ~よかった~~~」」

「……とはいえ、もしアイデシアがすぐにでも出たいと言って、それをお前たちが反対することがあったなら、研究所を破壊してでも連れて行くがな」

「「えぇえええっ?!」」

 職員たちは青ざめて絶叫した。


 ◇


 質問を終えた俺は、研究室を出ることにした。

「では、俺は部屋に戻る。時間を作ってもらえて助かった」

「いえいえ!また何か用事があったら、いつでも来てね」

「ああ。よろしく頼む」

「ワタシ、ちょうど、ティータイムのスイーツを部屋に持って行くところだったの!ワタシも一緒に行くわ」

 職員の手元を見れば、トレーにはパンケーキが載っていた。
 トッピング用に生クリームやチョコクリームやフルーツソースに蜂蜜などがパンケーキと別の皿に盛られていて、かなり豪華である。
 これがアイデシアのふわふわの元、か。

 俺は口を開いた。

「どうせ帰るだけだし、俺が持って行く」

「あら本当?助かるわ!」

「ああ。問題ない」

 むしろ早くアイデシアと二人きりになれるので好都合だ。
 俺は職員からトレーを受け取り、研究室を後にした。


 ◇


 部屋に戻ると、アイデシアはまだ帰っていなかった。

 俺は、リビングテーブルにパンケーキとトッピングが載ったトレーを載せて、ソファに腰掛ける。

 子育て中に俺がこの研究所に滞在する許可も、アイデシアをこの研究所から連れ出す許可も得られた。俺とアイデシアの間にあった憂いが全てなくなった訳だ。
 あとは、俺がアイデシアを愛していると伝え、俺が研究所で一緒に子育てするつもりでいることと、いずれ二人で旅に出ようと伝えるだけである。

 恐らく、アイデシアは俺の決断を申し訳なさそうにすることはあれど、拒否することはしないだろう。
 あれだけ研究所の意向に沿おうとしているのである。
 職員が俺と番になることを望んでいるのに、その希望に背くことは絶対に無いと思うのだ。

『どこでも連れて行ってやる』と言った時に、『楽しみです』と言って、いじらしく微笑んだアイデシア。
 アイデシアが、俺と旅に出ることを研究所から許可されたと知ったら、どんなに喜ぶか楽しみだ。

 そんなことを考えながら微睡んでいく俺は、既に落とし穴にハマりつつあることに全く気付かなかった。

 アイデシアが何故、職員の意向に反して、俺の拘束を『繁殖活動中』に限定しようとしていたのか?

 この時の俺は、もっと深く考えるべきだったのだと思う。
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