ワナビスト龍

理乃碧王

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第七十二筆 ストッパー古田島!

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 龍が振り向くと古田島がいた。
 服装はオリーブ色のロングコート、黒のVネックニット、青のデニムパンツ。
 そして、珍しくもメガネではなくコンタクトをつけている。
 つまり、プライベートの古田島がそこにいたのである。

「こ、古田島さんが何故ここに?」
「近くに有名なラノベ作家が来るって聞いたもんだから、どんなものか確かめたくてね。ほら、私も一応プロの小説家志望だったじゃない? 折角の機会だから聞こうと思ってさ」
「そ、そうですか」

 黒鳥はこの美女の登場にフンハフンハと鼻息を荒くする。
 この黒きラノベ作家は女性 (しかも美人さん)に慣れていないので、動きが挙動不審だった。

「チ、チミは誰かね! 教えて欲しいんだしんよー!」
「ただのアマチュア作家よ」

 古田島は龍の傍につかつかと近寄ると、

「そして、この人は私の友達以上、恋人未満」

 肩にソフトタッチした。

「「はっ!?」」

 龍と黒鳥は創作への志は相反するが、ここは仲良くハモった。
 この古田島が実に微妙な言い回しをしたからである。

「アマチュア作家! つまりプロデビューが出来ないワナビということだしんねー!」

 黒鳥はクルリと回転してから、英国貴族風のご挨拶をする。

「ボウ・アンド・スクレープ! 何か質問はあるかね? 君のような美人さんなら、私は喜んであなたを書籍化作家に導いてあげましょう!」

 ジェントルを気取る黒鳥。
 しかし、古田島はブタさんを見つめるような表情で黒鳥に一言。

「……気持ち悪い」
「え!?」
「気持ち悪いって言ったのよ」

 場が凍りついた。
 なんちゅーひどいことを言うんだ古田島さん。
 黒鳥は唖然とした表情で古田島を指を差した。

「わ、私が……気持ち悪いだとっ!?」
「言葉の通りよ。それはあんただけじゃなくて、この会場の殆どの人達がそうだけどね」

 アイス! フリーズ! ブリザード!
 ヒエヒエに凍てつく場の雰囲気、古田島は威風堂々と「気持ち悪い」と申しつけたのだ。

「なんて言うかな、迷惑なオタクってやつ? まずこの場所は公共施設の図書館なワケでしょう。あんた達が何で大声で騒げるのか意味わかんない。ここはライブ会場でも、カラオケボックスでもないのよ、講演会ならもう少し静かにやりなさいよ。それにあんたの言動や仕草の一つ一つがイラつく」
「わ、私は現代ラノベの最高峰! 黒鳥響士郎であるぞ!」
「ごめんだけどさ、あんたのことよく知らないのよ。参加する前に少しだけ調べて、それなりの作家さんだってことは知ったけどさ。でも、実際見ると精神年齢の低い大人子供って感じでガッカリ」

 古田島の火の玉ストレートが唸った。
 それはかつて、勇者のチームにいたと言われる昭和の剛速球投手『Y氏』の速球と同じエグさがあった。
 Y氏とは誰だ? と思うそこの君、いちいち説明するのは面倒くさいからカットだ。

「わ、私が精神年齢の低い大人子供だと!?」
「あんた講演の初めにさ、わざわざそこのゲストの坊やに遠回しに自分を褒めるように仕向けてたじゃない」

 古田島の視線の先はまうざりっと。
 視線を向けられたまうざりっとは小さく呟いた。

「ぼ、坊やって……」

 ふうとため息をつく古田島、眉をひそめ呆れながら言い放った。

「あの時点で仕込みが行き過ぎてて痛かったわ。自分を凄いと思って欲しいわけ? そういうのって壮絶にダサくて目も当てられない」
「ダ、ダサいだと……この私が……」
「それと講演と聞いたから、もっと作家としての蘊蓄のある話を聞けると思ったら、あんたの下らない創作論を聞かされてげんなりしたわ。途中でセンスのないタイトル大喜利も始まるしさ」
「く、下らない創作論……センスのないタイトル大喜利……」
「というか、あれって創作論というより攻略法じゃない。Web小説のことはよくわからないけど、最近のライトノベルってあんな悲惨なことになってるのね。だからね、本屋さんに行ってもライトノベルのコーナーって隅の方に追いやられてるもの」
「ど、どういう意味だッ!」
「自分の目で確かめたら? ライトノベルって、ティーンエイジャー向けの本だと思ってたけど、表紙絵を見ただけで何だかオタクの人向けに作られてるって感じね。普通の人はあんな本は手にしないから、迷惑オタクの悪ノリが強すぎるもの。今日の講演会でそれを確信したわ」

 めちゃくちゃだ!
 めちゃくちゃに言い過ぎだ古田島!
 ディスり過ぎだし、そんなことをSNSでポストしたら大炎上間違いなし!
 流石の龍もこれには黙っていられなかった!

「古田島さん! 確かに黒鳥響士郎イカスミまんが時折見せる言動や行動! あれを俺も『気持ち悪い』と思った! でも、それはこの黒鳥響士郎イカスミまんがダメなだけ! ラノベというジャンルをディスり過ぎではありませんか!?」

 ダメだ、あまり擁護になっていない。
 とりあえず、龍はラノベのことを古田島はディスり過ぎだと思った。
 確かに表紙絵はアニメっぽいイラストだ。
 露出度の高い服を着る可愛い女の子が目立つが、肝心の内容はいいものだってある。
 それに古田島はオタク、オタクと連呼し過ぎだ。オタクの仲間である龍はほんのり心が傷ついている。

「阿久津川くん……後ろを見てみなさい」
「え?」

 古田島に言われ、龍は後ろを向いた。
 ダークワナビスト達で殆ど席を埋めている状態であるが、いくつかの空席があった。

「私は最後列でこの講演を聞いてたからわかる。あそこのラノベ作家の講義が始まり、みんなが書籍化だの何だのでうるさくなったときにね、顔を青ざめたり、呆れたりして部屋から出る人達を見たのよ。悲しいけどそれが一般の評価じゃないかしら」
「い、一般の評価……」
「身内のノリ、カルト的な熱狂、エコーチェンバーの可視化、そんなものが大衆に受け入れられるはずがないわ」

 席を立ったのはおそらくサクラ。
 講演を盛り上げるために星ヶ丘に雇われた学生達だ。
 あまりにも独特なノリに恐怖を覚え、会場を後にしたのだろう。
 しかし、席を立ったのはそれだけではない。
 この黒鳥という当代一流のラノベ作家の講演を聞きに来た、文芸やSF、ミステリーなど異世界もの以外を書く作家も訪れていた。
 全員がこの異様で、奇怪で、カルト的な雰囲気に違和感を感じて会場を後にしたのである。

「私自身、ライトノベルってジャンルは否定しないし、最近流行りの転生もの? あれも否定しないわ。みんなが思い思いのものを表現すればいいし、楽しめばいいと思う。ただ、私が残念に思うのは、この人達が自分達のものだけを絶対視する部分が見えるところに気味の悪さを感じてるの。それが結果として、ジャンル全体の多様性や魅力を損なっているように思う」
「古田島さん……長文でありがとうございます……あなたの言いたいことは心で理解しました」

 穏やかな口調の古田島、それはさながら阿弥陀如来のようであった。
 龍は心の中で深く深く手を合わせるのであった。

「長文で偉そうなことを言いやがって! そんな長い台詞はブラバイものだ!」

 しかし、激昂するは黒鳥。
 その顔は酒吞童子のように紅潮していた。
 黒鳥は両手を広げ、こう叫んだ。

「私は現代ラノベの最高峰! 私はあらゆる作品を書籍化させ! コミカライズさせ! アニメ化させてきた! お前如きのワナビが『最強』の私を愚弄するなアアアアアッ! クソ女アアアアアッ!」

 白目となり、歯をむき出し、顔を真っ赤にする黒鳥。
 その体からは僅かであるが暗黒の闘気を放っている。
 龍はごくりと唾を飲み込み、古田島を見る。
 あなたにこの怪物を倒せるのか、この強打者を抑えることは出来るのか。
 相手はラスボス、ゲームセットは容易いことでは――。

「うるさい! いい加減にしろ! この大バカ!」
「お、大バカ……だと……?」

 古田島の目は鋭く光り、その口調はまるで大地を切り裂く雷鳴だった。

「ネットで調べたわよ、あんたの作品。デビュー作以外の評価が散々で、レビューの星なんてほとんどついてないじゃない! どう考えても『奇跡の一発屋』でしょ!」
「うぐっ!」
「コミック化? 見たけど、コメント欄が酷かったわよ。『また同じ話だ』とか『テンプレばかりでおもんない』とか。あなたは作家として全然進化してる気配がしない!」
「ぐふっ!」
「アニメ化? 深夜の1クールだけ! どこの局で放送してたかすら怪しい。そもそも、視聴率だって誰も知らないレベルじゃないの?」
「あひんっ!」
「それに開催するっていう何とか賞のコンテスト? 賞金の額すら書かれてないわよ! 本当は資本金が足りないんじゃない? 経営のセンスは大丈夫なの?」
「ウボァー!」

 黒鳥はまるで滝に打たれる修行僧のようだった。
 古田島の嫌味トークの雨を絶え間なく浴び、ついには膝をついてしまった。
 忘れていたが黒鳥は豆腐メンタル。
 事実陳列罪によるダメージは深刻なものであったのだ。

「め、めっちゃ調べてるじゃないですか!」

 龍の言葉に古田島は答えた。

「聞く限りは作家さんのことを知りたいと思ったからね」

 古田島の目がキラリと光った。
 データの勝利、彼を知り己を知れば百戦殆からずというやつだ。

「ひぐっ……ひぎぐ! ボ、ボックンは……ボックンは『現代ラノベの最高峰』なんだぶぁい……『天才』なんだぶぁい……黒ちゃんは『売れっ子』の……ラノベ作家だしんよ……」

 えげつない古田島の鬼感想。
 黒きラノベ作家、黒鳥響士郎の繊細なハートはブレイクしていた。
 ただただ嗚咽上げながら、目から涙、鼻からは鼻汁、体全身からは汗を流していた。
 黒鳥響士郎、古田島梓の鬼直球によりアウト。
 ――ゲームセット。
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