異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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2章 八精霊大陸第8階層『神か悪魔か。それが問題だ』

書の5後半 怪取引き『もしかして、アタリルート?』

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■書の5後半■ 怪取引き odd business 

 朝靄の向こうに霞んで見える、どうやらあれがオーター島らしい。
 ウォーター島とも言うし、唯一シーミリオン国で海上に突き出している大きな領土として、ラストウォーターなどと呼ばれる場合もあるらしい。
 けど、ミンが言うには昔からの正確な地名は『オーター』なんだそうだ。

 何でも随分前にあった天変地異で、この辺りは突然海に沈んじまったんだと。

 おかげでシーミリオン国である海は、天国と地獄という両方の側面を持つ海なんだそうだ。

 レッド曰く、南から流れ込む暖かな海流が広大な大陸棚を形成する事となったシーミリオン一帯に上がりこみ、北から流れ込む栄養豊富な海水とぶち当たってプランクトンが大量発生。数多くの魚や海生類が集まり、そりゃぁもう豊かな海なんだそうだ。この海を、珊瑚海と言うそうだな。
 それもこれも北限に近い冷たい水があるから、この暖かい海流を呼び込むんだとか。
 で、そっちの冷たい海が氷牙海。ヒョウガってくらいだから氷付いている海かと思ったんだがな、などと言ったら、勿論凍ってますよと返答された。
 豊かな大陸棚の海の他に、一歩北に進めば流氷の押し寄せる凍りついた海が広がっているそうだ。
 沈んだ陸と発達した珊瑚と、あとは歴史的なあれこれがあったりして……今だ、この二つの海の海図が正しく引かれていない、船乗りにとっては恐ろしい所なのだそうだ。
 つまりだ、暗礁がどこのあるのか良く調べられていないから、ヘタするとすぐに座礁して船が沈む、非常に航海のしにくい海ってわけな。

「オーター島は今や自然要塞だ」
 豊かな海の幸をぶつ切りにして煮込んだスープは美味だ。潮汁っつーの?リアルにおいては日本人である俺達の味覚に実にマッチしてると思うな。

 そんな朝食を頂きつつ、嵐に便乗して半日で目的地まで到達してしまったエイオール船の上……これからの予定をミンから説明されている。
 船長ミンジャンは海図を壁に張り出し、オーター島付近であろうエイオール船秘蔵の海図を叩く。

 あ、彼の事は勝手に略してミンって呼ぶことにしました。
 ちゃんと本人の了解済み。
 なんつーか、ミンジャンってのがミンじゃん?とかいう言い回しとかぶるというか、何というか。とにかく、ちょっと呼びにくい名前であったというのを察してくれ。

「ケレフェッタ方面からは当然、多くの暗黒海を越えなければ辿りつけず、かといって東から近付けば、北に進路を取りすぎて氷牙海に乗り上げる危険性が高い」
 暗黒海、多分、暗礁地帯って事だろう。
 外海と呼ばれるイシュタル国から西国ファマメントの一大港町、ケレフェッタへの航路は、基本的には氷河の漂う事の無い比較的南寄りのものになるらしい。外海の北側を通るとヘタすれば船と海が凍り付いちまうし、そうでなくても押し寄せる流氷に身動きできなくなる船も少なくないと云う。
 うーん海に船を出すにも、色々あるんだなぁ。
 今回ミンが取った航路って言うのが、時期を睨んで氷牙海ギリギリの外海を世間一般的な常識を破って『逆行』し、かつエイオール秘蔵の海図を頼りに、珊瑚海を外回りにオーター島着ってルート。
 裏側と呼ばれる、そりゃぁもうレアな場所に現在、居るらしい。
「現状、このポイントがオーター島へ最も接近できる場所になる」
「相手との待ち合わせ場所は?」
 ミンは厳しい顔で、一息溜め息をついた。
「島の海岸、とだけ言われていてな、人目に付かない所であればどこでもいいらしいが……。船はこれ以上接近出来そうにない」
「取り引きには、やはり立ち会わないとか」
「……そうだな、それよりまず相手がどのように現れるのかが分からん、退路を確保できるのか、」
 レッドは例によって無い眼鏡を押し上げる仕草をしつつ言った。
「恐らく、相手はこちらの居場所を探知して、転位してくるものと思われます。ともすれば、海、陸、どちらに逃げ場を作っても、逃げ切る事は容易ではないと予測できるでしょう」
「ううむ、やはりそうか……」
「てゆーかさぁ、敵対しようって腹がよくないのよ。とりあえず仕事だけしてりゃ問題無いんじゃないの?」
 そうだな、俺もアベルの意見に同意する。
 エイオール船が狙われている可能性もそりゃ、十分にあるわけだが……とりあえず相手が魔王関係だろうと何だろうと、平和路線で攻めるのも重要だろう。

 それとも、すでに平和路線は望めない状況なんだろうか?

「イシュタル国からシェイディ国へ、最短で運べる船と言えばウチの船だけだ。最初はそういう意味で、ウチらを指定して来てるのかと思ったのさ」
 ついでに言うと、最初は『イシュタル国の極秘任務』として、ミンん所に仕事が持ち込まれた仕事らしい。 

 蓋を開ければどうやらそれは魔王関係だったと、そういうわけだ。

「引き渡し場所としてシェイディを止めて、ラストウォーターに変えるなんてのも、そりゃエイオール船だから可能な事だ。他の船じゃ、ここまで来れない」
「じゃぁ、そんな仕事キャンセルすりゃよかったじゃねぇか」
 テリーの言葉に、ミンは厳しい顔で腕を組む。
「そりゃ出来ねぇ」
 テリーの言う事ももっともだと思った俺だったが、まぁ現状を考えれば、何か不都合があって断れないって気配はするよな。
「俺らの仕事は依頼者完全登録制だ、仕事を持ち込む人間に、俺たちもそれなりの信頼を置いている」 
「矛盾してない?」
 そうだよな、依頼人って魔王関係って話なんだろ?
「魔王については調査中だ。今回の依頼人が魔王一派に加わった事を俺たちは、初めて知った」
 「そうか、今回の仕事が魔王関係の事だという事にエイオール船は気付いて、気が付かない振りをしているのね?それで、密かに情報を探ろうとしている……」
 アベルの言葉にミンはゆっくり頷いく。
「そういう側面もある」
 なるへそ、逆にエイオールで魔王について知ってしまえば……エイオールという組織自体が、魔王一派に睨まれる確率は一段と高まる事になるわけか。

 でもな、そもそもその魔王一派の今回の重要度はどっちなんだろう?

 荷物か、それとも、それを運ぶべきエイオールなのか?

「オーター島海岸を指定してきている事、エイオール船を指定する形で仕事を持ち込んで来ている事……これらの事から、相手は荷物の運搬よりはむしろ、エイオール船を何らかの形で狙っているとも考えられるでしょう。その場合荷物はさほど重要ではないと思います。むしろ、扱いに困る物を無理な指定で運ばせる事で、因縁をつけるつもりかもしれません」
 ふぅむ、レッドがそう言うとなんか説得力ありすぎるなぁ。
 相手も、お前くらい頭が廻るんならその可能性は高いだろうが……例えて、おつむが俺程度だとしたら、きっとそんな根回して交渉場なんか指定しねぇと思うんだがなぁ……。
 などと、ああ、自分で考えておいてちょっと虚しくなってきた。
「船なら相手がどんなんであれ、逃げ切れる自信があるんだが」
 船乗りが陸に上がっちゃ、皿の乾いた河童同然、てか。ふむ、そんな名言を言う奴がいたよな、ゲームで。
「転位魔法なら僕も引けます。退路として、一気に船に引き上げる事は可能ですよ?」
「相手がそれを許せばいいのだけど」
「問題無いでしょう。僕等はエイオール船を逃がせばいいのです」
 成る程な。レッドの意図に俺は気が付く。
 つまり、最悪俺たちはあの島に残る算段か。それにミンも気が付いた様で深刻な顔を向ける。
「……本当に、大丈夫なのか?」
 レッドは俺に目配せしやがるので、俺は逆に他一同に視線を投げて一巡させてから、頷いた。
 取りあえず、俺たちこっちの世界の人間じゃぁないからな。死ぬのは恐くないってのが、ある意味勇者たる証しっていうか、特権というか。しかし、そんな俺達の裏と言える事情を相手に説明するわけにもいかない。
 とにかくミンを安心させて、俺たちは大丈夫だってのを信じさせないと、か。そうしないと、いざって時に逃げ出さずに応援に戻って来ちまいそうだ。ヤバそうだったら俺たちに構わずとっとと逃げてもらう確約をしておかない事にはな。
「俺たちだってバカじゃないさ、ヤバそうだったら、多少の交渉の余地はあるぜ?玉砕はしない」
「ラストウォーターは陸路も海路も殆ど閉じてるんだぞ?もし、ここが魔王の根城だったらどうする、」
「そん時は棚ぼたラッキーって奴だろ、」
「ああ、魔王って奴をぶっ飛ばしてやる」
 テリーが拳を打ち合わせて俺の言葉に同意してくれました。いやぁ、そう言う所ばっかり気が合うのもなぁ、どうなんだろうなー……。
 と、レッドは溜め息を漏らして呆れた風に首を振る。
 何だよ、何か問題があるかよ。……いや、ありまくりか。

 ミンを安心説得させるには、ちょっと根拠が、なぁ?

「一日です」
 レッドの言った言葉に俺たちも頭上にハテナマーク。レッドは、構わず人差し指を立てて言った。
「上級魔法である転位門を開くにはそれなりに、回数限度があります。近距離までなら何度か可能ですが、逃亡する為に相手との距離を取るには、僕の一日分の魔力を全て、消耗します」
「転位門を開けるだけで相当なもんだがな……どこまで逃げられる」
「転位門というものは、自由に行きたい場所にいけるものではありません。先に目印となる紋を記しておかなければ、この魔法は発動させる事が難しい。僕はこの転位紋をあまり多くに刻んではいないのです」
「結論を言えよ」
「……刻む事も面倒なのでね、それで心当たりがあるとすれば、一箇所だけ。……僕の故郷である南国」
 そりゃぁお前、地球で言う所の裏側にいっちまう様な距離を転位するって事、じゃ……ねぇのか?
「だから、全部使い切るんです」
 レッドは溜め息をつき、肩を竦めて苦笑した。
 だが、それですっかりミンは納得したみたいだな。
「南国まで逃げれるってんなら、そりゃ安心だ」
「最後の手段ですよ……全部使い切ったら、暫く僕は使い物になりませんからね。魔力は一日寝た程度では回復しません。それに完全な発動には時間が掛かります。問題が無いわけではありません。ですが、僕等のレベルがいか程のものか。それは納得していただけたかと」
 ミンは腕を組み、少し苦笑って首を傾げた。
「逆にお前等みたいなすげぇ冒険者を、俺たちがスカウトしてねぇ事の方が不思議だがな……さすが、イシュタル国が選んだ魔王討伐隊だ」
「他の国でも、討伐隊を出しているんだっけ?」
 アインの言葉にミンは頷いて小竜を振り返る。
「ああそうだ、お礼ついでに教えてやるよ。西の討伐隊リーダーはランドールってな、西方公族のぼっちゃんなんだが、剣の腕は確かだ。金とコネに物を言わせて貴族やら龍種やら巨人やら、めったやたらと強力なメンツを揃え、それこそお前等みたいに飛び抜けたパーティ組んでやがるんだ。今西じゃぁ、ちょっとしたヒーローだぜ」
 へぇぇ……。もしかしてそれって俺達のライバルって事なのかなぁ?いやいや同じ志を持つ者同士、手を取り合って協力し合うのが筋か?

 ……奴らの気質によるな、うん。

「南国での動きは?」
「結成はしたらしいが、その後の詳しい情報がな」
 ミンは腕を組みレッドを窺った。
「南国に逃げるのもいいだろうが、はっきり言ってカルケードは現在、シーミリオンくらいにヤバいぞ?」
「……戦争ですか」
「らしいな。これも魔王一派の仕業なのか、まだ調査中だ。俺の店を見かけたら絶対寄れよ?安否確認もかねてな。そしたら持ってる情報全部渡してやる」
 ミンはそう言って豪快に笑った。そして立ち上がり、大声で上陸の準備を告げる。

 どこからとも無く返事の声が木霊した。

「では、僕等も準備しましょうか」
「ああ、」



 いっそ、エイオール船に転位紋って奴を刻んじまえば?と気軽に言ってみたが、無理だなと、副船長のラガーとレッドはハモって答えやがった。
 何でもこの船が余計な魔法付加を受け付けないらしいから、紋を刻むのは無理なんだと。
「大体、転位門とは大地に連なる魔法です。空間転位ですから大気に属する魔法と思われがちですが、そうではありません。海に浮いている船に紋を刻む事など、聞いた事がありませんね」
「じゃぁ、今回はどうするんだよ」
 エイオール船員をいざって時に、船に送り返すっていう話な。
「比較的近距離ですし、一度きり開く『転位扉』を準備しますよ。これなら、相手から逆門を開かれる恐れもありません」

 トビラ、か。
 ふぅむ、こんな時は思い出すコマンド。

 どうやら門と違って扉ってのは、一方通行を意味するらしいな、こっちの世界では。とすると俺達の都合でこっちの世界を『トビラ』って言うのは……何か深い意味でもあるのかな。

 今はちょっと、他の人達も居るから不用意な事は喋れない。でもいずれレッドにその辺り、どう思っているか聞いてみよう。


 陸からおよそ数十キロ、小船三隻に乗り合わせ俺たちはついに、オーター島を目指すことになった。

 やけに重くてデカい荷物で一隻、残り二隻に7人とミン、それから箱を運ぶ船員を数人乗せている。
 魔法を使って運ぶって手もあるんだが、俺達の力の温存って事で、手漕ぎだ。現在俺とテリーと、マツナギが一緒に漕がされている。
 ……ったく、魔法はケチっても、戦士の体力はケチらないのかよ。

 穏やかな波間に覗く海は、物凄い透明度だ。エメラルドグリーンって言うの?珊瑚礁特有の明るい海には、時折カラフルな魚達が海面近くまで上がって来て泳ぐ姿が目に入る。
「やっべ、吐きそう」
 そんな穏やかな雰囲気を打ち砕く、低い声。
 船をこぎつつテリーが早速青い顔してるが……頼むから、この綺麗な海でゲロんなよ。色々と幻滅するから。
「ホント、船に弱いわねぇ?」
「海を覗くからいけないのよ。遠くを見てなさいって」
「ぐぇぇッ、なんとかしろォレッド、」
 って、レッドさん……だんまりですが、もしかして同じく具合が悪くて喋る気力も無い状態ですか。
 珍しく、弱々しい目線でその通りだと訴えてます。うひゃひゃ、二人とも大変だな~。ちょっといい気味。
「ダイジョブ、かな?」
「待ち合わせ時間にはまだあるからな、何とかしてもらうしかねぇ」


 そんなこんなで陸につくと、早速ですがテリーとレッドは海岸沿いに疎らに生えた、松の木っぽい林の奥へ小走りに退避していきました。

 ……連れゲロか。

 哀愁を感じて遠くを見た俺だったが、船員達の野太い掛け声に驚いて振り返る。
 するとおお、問題の荷物だ。無駄にデカくて、無駄に重いらしいこの荷物を船から運び出す為に、梃子を利かせて持ち上げて、丸太を敷いて運び出す算段をしている。
「何だろうな、これ」
「黒曜石、みたいだけど」
 ピカピカだ、一見プラスチックを思わせるがそんなモノはここにあるはずが無い。と言う事は、こういう光沢をするものとしてガラス質の黒い石だろうとマツナギは思った様である。俺の知識も大体それと前倣えなんだが、イシュタルには木製なのにこういう光沢を放つ器があるよな、っていうのがぼんやりと思い出せる。
 うーん……それは、あれかな、もしかすると漆喰塗りかな。知識判定に弱い為、俺にはここまでが限界であった。
「ミンの話じゃあれは箱で、問題は中身らしいけど。っと、手伝うか」
「そうだね」
 マツナギと俺は、そう言って前からロープで荷物を引っ張る一群に加わった。

 アベルとアインは先にレッドから言われていて、付近の偵察をしに行っている。ナッツも同じく、空から偵察中だ。


 そんなこんなで、一時間はドタバタしてたかな。

 ようやく波の届かない所まで荷物を運び、交渉人以外の船員を船に戻して……俺とマツナギは、吹き出した汗を拭いつつ砂浜に寝転んでいた。

「交渉は午後からだ、昼の用意は俺たちでするから休んでいてくれ」
「悪いな、ミン」
「こっちこそ、手伝ってもらって助かったぜ」
 辺りに人が居なくなった事を確認してから、俺は隣で砂浜に寝転んでいるマツナギを窺う。
「なぁ、お前は海って今回始めて?」
 起き上がって、マツナギは静かな美しい色の海に瞳を投げた。
 ……その横顔も美しい、ああ、いつでもどこでもどんな作品でも美形設定な貴族種(エルフ類)だ、俺は何と無くドキドキしてしまって慌てて顔を背けたりしてました。
「そうだね……あたしはノースグランドで育ったから、地上に出るのだって今回が初めて……」
「って、違う!」
 俺は話がかみ合っていない事に気が付いて、頭を振る。
「そっちじゃなくて!」
「、ああ」
 マツナギは少し照れたように赤くなり、苦笑した。
「あたしの本当の身の上話?」
 当たり前だろう?と、言いそうになって止めた。
 当たり前かどうかは微妙だ、バーチャルにいてバーチャルの話をしてはいけないというルールは無いし、だからといってリアルの話をしなくちゃいけないというのもしかりだ。
「俺は、さ……こんな海、今回はじめてだ」
「そうだね、こんな綺麗な海はあたしも初めてだよ」
 長い銀髪を攫う潮風は冷たい。だけど、降りそそぐ日差しはポカポカと暖かく、さっきまで肉体労働してたおかげか火照った体には、丁度いい気温だ。
 まったりとした、沈黙の時間が過ぎる。
 一瞬なんだろうが、やけに長く感じるのは……俺がマツナギと話す話題を探して実は目を泳がせているからだろうな。
「の……喉渇いたな」
 と、突然背後から伸びてくる手に俺とマツナギは驚いて後を振り返った。突き出されたのは、黄緑色のココやしの実である。
「どうぞ、」
「お、おお」
 手渡された椰子の実にはナイフで切り込みが入っている。これで中のジュースを飲めと、そういうわけか。無駄に用意周到だが……渡してきたのはレッドだからな。
「具合は、大丈夫?」
 と、背後にテリーも立っていて、椰子の実をいくつか抱えている。
「ゲロったらスッキリした」
 奴のストレートな回答に、苦笑しているマツナギ。
 下品だぞテリー。一応美形フラグ立ってんだから、そういう事は言わないで置けよお前!
 レッドが咳払いをして、ご心配かけましたと取り繕う。
「アベルさん達は?」
 俺は、辺りの空を窺う。
「まだ戻ってきてねぇな……」
 と、空に輪を描く鳥の姿を見つけて目を細めた。
 カモメ?いや……にしては、ちょっとおかしな形をした影が、ぐんぐんこちらに向かってくるのに俺は思わず立ち上がる。
「ナッツ!」
 ぶわっと、風と共に急降下してきたのは有翼族であるナッツだ。
 頭上を一瞬通り過ぎて、もう一度辺りをぐるりと廻りながら減速、ゆっくり羽ばたいて砂の上に着地した。
 あぶねぇな、そのまま減速無しで突っ込んでたらこっちは間違いなく砂塗れになってたところだぞ?
「どうでしたか?」
「寂れてますねぇ、人気がない」
 さくさくと砂を踏み締め、俺達の方へ歩いてきながらナッツはレッドに答えた。
「やはり、シーミリオン国の殆どは、今や海中にあるようだね」
 海中?と、疑問に思うだろう。
 もちろん俺も思い出すコマンドが無ければ、当然とその疑問を口にしただろうな。

 だがシーミリオン国の本土は、珊瑚海の『中』にあるというのは田舎コウリーリスの人間にとっても常識だったりするんだ。

 シーミリオンはシェイディに並ぶ北方人の国。
 北方人の事をノーザーと言うんだが、ノーザーにおける人間の割合は今や1割を切るとも言う。
 北方人は殆どが魔種や亜種や混血が占めている。さらに、シーミリオンの住人は殆どが海中生になっているそうだ。そういうワケで今、シーミリオン国は、海の底にある。

 海貴族種ってのが今の王族らしい。俺の知識だから、どこまで当てになるかは分らないが、こっちの世界常識的に考えるとそうだろう。しかし貴族ってのが、俺達の世界で言う所の『エルフ』みたいなものの事を言うようだから、海のエルフ?……美形つながりで、人魚って事か?
 うーん、正直田舎者であるらしい戦士ヤトの知識は以上で一杯一杯だ。
 ……ちょっと悔しい。
 レッドに詳しく話を聞くべきか……いや、どうも現在のメンツで、詳しく事情を分かっていないのはどうやら、俺だけっぽい気配がするので今はやめよう。

 きっとアベルかアインが同じような事訊くだろうと、その時を待ってみる。

 しかし、彼女らはどこまで偵察に行ったんだ?


 そうこうしてるうちに、いい匂いが漂ってくる。
 煙の上がる方を見れば、デカい重い箱の風下で、ミン達が昼ご飯の準備をしているのが見える。
 どっから見つけてきたもんか大きく平らな石に渡りをつけて、ばんばん下から火を入れて焼いている。

 石焼き料理か?北海道のちゃんちゃん焼きみたいなもんだろうか。

 そこらへんで取ってきたらしいカニを豪快にぶった切り、同じく大口な根野菜も一緒に湯気を上げる石の上に乗っけていく。赤い色の粘土?と思ったら、香ばしい匂いの元はこれか!もしや、味噌?
「イシュタル国の赤豆味噌だ。船乗りには今や必需品だぜ。栄養価も高くて、自家発酵もできるしな」
 そうそう、どっか懐かしい匂いだと思ったら味噌だよこれ。なんかピンク色ともいえる、見慣れない赤色をしてたから何だと思ったけど。
 そこへ巨大な赤身の魚を三枚におろして、豪快にのっけていく。顔っ面や鱗の色は違うが……切り身にしちまうと、まるっきり鮭だなこれ。
 まさしく石狩焼きだよ。
 豪快に上から酒をぶっかければ、その匂いは空腹感を誘う。強いアルコールが燃えて、火の手が強く躍り上がった。
「いい匂い~」
 ふらふらと、まさしくそう形容すべき様子で飛んで帰ってきたのはアインだ。その向こうに、ぐったりとしたアベルも居る。
「どこまで行ってたんだよ」
 俺の心配の声を聞いていないのか何なのか。アベルは疲れて砂に座り込んだまま、しばらく沈黙。
 レッドがココやしを差し出すと、ようやく顔を上げてアベルはそれを頭を下げて受け取った。口を付けて溢れるのも構わずに一気飲み。一息ついてからアベルは、肩を落としたまま言った。
「ごめん、凄い事が判明したわ」
 怪訝な顔をしたレッドに、アベルはそりゃぁすこぶるまじめな顔を上げる。
「あたしとアイは、方向音痴だったの……!」
 沈黙する場に、ナッツの乾いた笑みがこぼれた。
「そういえば、アベルは地図見るの苦手だったね」
 特に言うと彼女は『ゲーム内の』地図を見るのが……ヘタだ。苦手なんてもんじゃねぇよナッツ、あれは、ヘタなんだよ……!

 なんというか、彼女は地図が理解出来なくて、それで読めてないんだ!
 そこに描いてある川とか道とか森とか山という記号を、何でかわからんが、理解以しないんだよこの女は!
 ……そんなんで、俺たちがよくやるオンラインネットゲームでだな。よくよく彼女は迷子になり、SOSを飛ばしてくる。分からんのだったらむやみやたらに歩きまわるな!と、よく俺とアベルはその都度ケンカするわけだ。 
 不思議な事に、リアルだとそれほどオンチじゃねぇんだよなぁ?ナビゲーター役は務まらないという話だが。だからきっとこっちの世界では、そんな地図オンチっぷりを発揮する事はないだろうと思ったんだが……甘かったか。
「アインさんは?」
「あたしはねー、アベちゃんと逆なのよ。RPGやる分には迷ったりしないんだけど実際にはダメね。気合い入れて道を歩かないと、すぐに見当違いな道に出ちゃうの」
 それでも困るほどじゃぁないんだけどね、と笑っているが……彼女、本当に相当にマイペースだな……。
「何だお前等、島一周でもして来たのか?」
 ミンが笑って言った言葉に、アベルは愕然とした顔のまま頬を両手で抑えた。
「危うくしそうになったわ……!煙が見えて、いい匂いがするとかアイが言うから戻ってこれた様なものね」
 レッドは額を抑え僅かに苦笑する。
「……その特性、憶えておきましょう」
「ごめんね、役に立たなくて」
「いえ、いいんですよ。そもそも僕が酔って吐き戻したりしていたのも悪いんですから」
 同じく、吐いていたであろうテリーも苦笑している。

 ほんと俺たち、一長一短だな。
 いいバランスになっちまってるぜ。


 昼食は、そうだとは言わなかったが分かっている面子だけで視線で同意、……石狩焼きだ。
 ミンがオーター焼きとか何とか言おうと、俺達の中ではそれは断固石狩焼きとして記憶に残るだろう。間違いない。
 俺は画面の向こうのバーチャルでしか見た事は無いが、きっと本物の石狩焼きもこんな味に違いない。
 それと分厚い皮ごと火に放り込んで焼いた芋らしきもの。
 甘みも何もないんだがだからこそ、味噌と酒と海鮮ダシの利いた魚料理にすげぇ合う。すっかり和やかに昼食を美味い美味いと頂いて、いやぁ、これから魔王一派と鉢合わせるって事、すっかり忘れそうになってますが。


 あとは先方がやってくるだけ。
 俺たちは黒い石で出来ている様な箱をヒマそうに見ていて……そして、ようやく。


 ようやく、事の重大さに気が付くのだった。


 それを誰が先に見付けたかと言うと、多分、誰ともいえないだろう。
 あえて言うなら、その時箱を見ていた全員が同じように可能性に気が付いた。
 そして、ただ無言で声を待っていた。
『……ええと、はい。間違いありません』
 そんな俺達の心の声を聞いたかのような、メージンの遠慮がちな声。
 だよなぁ、
 多分とか、きっととか、もしかしたらとか。そんなのは無粋だよ、これ。
「もしかして、アタリなんじゃね?こっちのルート」
「……道を間違えたのに?」
「だって、俺たち結局のところ、アレを調べるのが仕事なんだろ?」
 ミン達が気が付いていない事を窺ってから……俺は、箱の上に僅かに、わずかーに、めり込む様に見えている赤い布の切れ端のようなフラグの先端を、あごでしゃくった。
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