異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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7章  白旗争奪戦   『神を穿つ宿命』

書の2後半 見失った朝『ダブルフェイスの秘密』

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■書の2後半■ 見失った朝 No, Day breaks

 さて、地下大陸に降りるにはまず、湖の上に浮いているサンドラという町に行かけりゃならないそうだ。
 その町から地下大陸ノースグランドに続く……連絡通路に進む事が出来る。

 これも色々あるらしい、俺達は一番新しく出来たという広いトンネル型の道を選んだ。
 垂直に近い穴をエレベーターみたいな仕組みで行き来したりするのもあるみたいだけどな。出入りする人数によっては混雑するってんで近年、今俺らが使っている大型トンネルが開通したんだそうだ。

 照明の魔鎮トラブルが有るからと言って、シェイディは入国を拒否する訳にもいかんよな。
 割と門扉である地下への連絡通路はいつも通りな感じで開いていた。てっきり入国制限でも受けるのかと思ったが……別段警戒している様な気配はないな。
 緩やかな螺旋カーブを描きつつこれまた、緩やかな階段および坂道が続いている。
 いつもはもっと人の往来があるそうだが、トラブルの所為か比較的少なめだとマツナギが言っている。

 薄暗い照明が所々灯っているだけの階段は裸眼でもいけそうだったが……折角あるんだしな。早速暗視魔法を付加したゴーグルを掛けて俺はあたりを見渡している。
 でもがっかりな事に……単調な広いトンネルが続くだけなんだな。このトンネルの側面に絵や彫刻を施そうという計画があるらしい。こういう細工や芸術にうるさい国であるシェイディの事だ。完成するまで軽く数十年を費やす事もありえるとかで……長生きの魔種主体の国ならではの牛歩展開。今現在は削り出された岩肌が向きだしのまんまでやんの。

 で、道中飽きちゃって展開を思いっきりスキップ。


 気が付いたらそのトンネルごしに四角い建物っぽいのが下から上から横からと、秩序なく突きだしているという不思議な区画を通り掛かっている。トンネルも暗視ゴーグルでもっても見渡せない程広くなってて……よく見たら十字路みたいになっていた。

「……もしかして、もう町に入ったとか?」
「ええ、首都はまだ先ですけれど。ここら辺はだいぶ区画整理が進みましてね……首都付近までの乗り物もありますよ」
「はぁー……ここがノースグランドかぁ」
「区画によってかなり特徴が異なりますからね、首都についたらまた同じ事を言うはめになると思いますけど」


 どうして地図を立体ホログラフィにしたか、その理由がよぉく分かった。
 というかこの世界にはホログラフィだなんて言葉は普遍的じゃないようだ。この魔法によるフシギ地図は『立体幻視装置』と……って、そのまんまやん!3Dって言いたい所だが、それはNG用語なので使っちゃダメだぞ!
 とにかくだ、横にスライスして階層表示したり、通路ごとの地図を作れない事情をよぉく理解した。

 これぞ迷路だ。
 ダンジョンの中のダンジョン。上を歩いていると思えばいつの間にか下を歩いていて、最上階と思えば最下層だったりする。基礎となる地面というものが無いからだ。建物の上に建物が立ち、建築物だと思っていたのが岩盤だったり。下の階層に行けると思ったら宙吊りだったり。

「こういう騙し絵があったわよねー」
 すっかり目を回している。ここまでややこしい町だと恥も何も無いらしい……いつの間にやらアベルは俺のマントをしっかりと握り締めてはぐれないように必死だ。
「エッシャーですね」
 と、答えたのは当然歩く百科事典のレッドである。ちなみに、俺はエッシャーなる人物も彼の仕事も良く分からん。
「魔導都市とタメ張れるややこしさだ、ひでぇなこりゃ」
「空気が淀んでる、人口密度が半端ないわね」
 テリーが頭を掻くその肩には鼻の聴くアインがひっきりなしに首を回して鼻をひくひくさせている。
「あたし、ここはちょっと自信無いなぁ」
「何が?」
「臭いが集中し過ぎていて迷わないという自信が、無いかも」 

 奇抜な景観についつい、辺りを見回して歩いちまうんだよなぁ。田舎モン丸出しです。

 全体的な照明システムがダウンしているらしいが、首都に入る頃にはあちこちに照明がついててそれ程暗くはない。あと、その照明の近くにはそれぞれが個性的なデザインの時計が置いてある。
 試しに暗視ゴーグル取ったら殆ど闇の中だった。月明かりも無い、圧倒的な闇が四方八方から迫ってくる。
 懐中電灯一本……いや、この世界なら松明かランプ?そんなんじゃ全然心もとない。暗視魔法付加して正解だ。

 アナログ時計が指す針は7時を回っている。すっかり夜って事か。明かりが灯っていようがいまいがそもそも、太陽が昇る空がここには無い。時間感覚が恐ろしく狂うんだろう。だから時計があちこちに設置されてんのだろう。
 ちなみに、この世界において時計というのはまだまだ高級品である。フツーに村では日時計がスタンダードだ。……という所までリコレクトするのが俺の知識限界。比較的文化水準が高い、とされる遠東方イシュタル国でさえ時計は高級品であり、時間を知らせる鐘塔が機能していた。
 シェイディは、イシュタル国より技術的な事はさらにとびぬけている、って事だろう。

 宿屋に部屋を取り、明日まで休息という事になったが町がダンジョンだ、ちょっと一人で繰り出す勇気が無い。そこでマツナギの件も含めて色々聞き出そうと、ナッツ単独を誘い出す為に俺はどうやって声を掛けようか作戦を練る。
 何しろ今回も相部屋だ。全員出かける気配が無く、例の地図を広げてどうでもいい事を話している。
 疑問を投げるアベルらにレッドが応答という感じだな。
 その話題に強引に、マツナギが引っ張り込まれたのを察知した俺は、離れて手荷物の整理をしているナッツに近づく。
「何か聞きたい事があるのかい?」
 するとすでに心得ているみたいに小声で聞かれた。
「あ、……うん」
 出鼻をくじかれた俺にナッツは、広げた薬草を丁重にしまい込みながら笑った。
「お前はそういうのを隠すのが下手なんだから」
 俺は奇妙な顔をした。と云う事は、バレバレって事ですか。
「ごめん、手持ちの薬草で足りないのがあるから、ちょっと買いに行ってくる」
 ナッツは一同にそう声を掛けつつ立ち上がり俺に小さく目配せ。ああ、俺も何か一芝居打てってか。
 ってもなぁ俺、そういうのすげぇ苦手なの位皆さんお分かりでしょうに。
「荷物持ちに志願します」
 手を挙げて、俺は精一杯の一芝居を打った。どこがとか言うな。
「えー、じゃぁあたしもー!」
 ヒマなんだろうアベルが振り返る。やべぇ、これじゃぁ余計なオプションが芋づる式に……。
「いや、同行はおすすめはしないなぁ」
「え?」
 俺も思わず聞き返す、ナッツは苦笑を浮かべつつ忠告を一つ。
「僕の薬の原材料は、知らない方がいいと思うよ?」
 途端一同渋い顔になったのは当然だな。
 ほぼ全員ナッツの薬に色々お世話になってる。酔い止めとか、胃薬とか、鎮痛剤とか……女性陣がさり気なくビタミン剤に当たるようなサプリメントを要求しているのだって俺は知ってるからな。

 がしかし、間違いなく一番お世話になってるのは俺じゃね?

 俺も同じく渋い顔でナッツに訴えた。それは俺も行きたく無いんですけどナッツさんやー!?
「じゃ、行こうか」
「って、待てよ!」
 問答無用で俺の腕を掴むナッツ。
「荷物持ってくれるんだろ?」
「俺も原材料知りたくねぇーッ」
「お前は今後の教訓として知るべきだ。増血剤の材料をしっかり見せてあげよう。もう二度と出血多量に陥るような無茶をしたく無くなるに違いないからね」
「ぐわーっ!ちょっと!ちょっとーッ!?」


 と言う事でナッツから引っ張られて俺は宿屋を出た訳だ。
 流石ナッツさん、グッジョブです。まんまと二人だけで脱出成功しました。

「うまいなぁお前」
「何言ってるんだい。僕は芝居を打ったつもりはないからね」
「んあ?」
 俺の惚けを躱わしてナッツは俺を振り返ってため息を漏らす。
「芝居を打ってくれたというのならレッドだよ。マツナギも含めて気を引いてくれてただろ?……どうしたんだい。マツナギは鈍いから気づいてないけど……君が彼女を気にしているのがモロわかりなんだけど」
 俺は苦笑して頭をかきむしった。
「いやぁ、悪い。じゃぁお前は彼女が『平気』じゃねぇのも分かってるんだな」
 歩き出したナッツを慌てて追いかけつつ、俺はその隣に並ぶ。
「まぁね……彼女をここから連れ出したのは僕なんだし」
「何があったんだ?」
 ナッツは視線を前に向けたまま、少し間をおいて口を開いた。
「……ねぇヤト。それは彼女自身が口にする事じゃぁないかな?部外者の僕の口から話してもいい事だろうか?」
「っても、何が地雷なのか分からないと俺、ヘタな事を彼女に振っちまいそうで……」
「お前は今まで誰かから、地雷を踏まれた事はないのか?」
 この場合の地雷とやらがどういう意味なのかは、分かるよな?苦手な事とか、触れてもらいたくない話題の事だ。
 俺の、地雷?口を結んで鼻から息を吹き出す様な溜め息で応えてやるぜ、何をいまさら、だ、何度も言わすな。
「俺は地雷になるような過去は持ってない」
「……じゃぁやり方を変えるよ。一つ教えて欲しい事があるんだ。お前は僕に語る事が出来るかい?アベルの過去の事」
 俺は黙った。黙ってしまった。
 驚いた、俺は自分の事について洗いざらい語れる位自分の過去を軽いものとして捕らえていた。
 それは間違いないんだが……困った事にアベルの過去については――ー俺の口からは語れない。

 そうか……。
 自分の事は語れても、他人の過去は気軽に話す事など出来ないって事か。

「……悪かった」
「分かったのならいいよ」
「お前、それ……知りたいのか?」
 アベルの過去。
 ……俺は多分、奴がその『過去』を語りたくないだろう事情すら知っていたりするのだ。
「正直に言えば興味はあるよ。でもお前には聞かない。アベルが話せるようになったら彼女から聞くよ」
「……」
 ……む?……なぜだか微妙な気分だ。どうしてだろう?

 暫く無言で歩いていて、俺はその微妙な気分を悟った。

 アベルが俺の過去を、自分の話と一緒に語る可能性があるから、か。俺が奴の事情を知っているのと同じく、奴は俺の事情をある程度知っている。
 俺はナッツが見ていないだろうと苦笑いを零している。おかしな話だ。自分から語るのはいいのに他人から語られるのは嫌なのか俺。
 成る程、そう言う事だな。そう言う事なんだ。
 俺は酷く納得したし同時に理解もした。

 アベルは自分の過去を開かす時、多分俺と同じで自分の事しか話さないだろう。
 もしナッツが俺の過去を聞きたいと言って来て、俺がそれを語るとするなら……アベルに関わる事は間違いなく避けて語る。
 それと同じだ。

 最悪だあの女、あいつの所為で俺の過去が重くなってるみてぇじゃねぇか。

「分かったね」
「あ?……ああ」
 ナッツには何もかもお見通しだなぁ、全く。かなわねぇや。
 となると、もう何も聞けないんだよな。

 俺は黙ってナッツに着いて歩いていったんだが……なんか微妙な臭いがしてきた。細い路地に入った先に生薬店が並んでいるのに俺は尻込み。
「ちょ、マジで俺に材料を見せるつもりかっ!」
「僕は嘘つきじゃないからねー」



 その後げんなりした具合で戻ってきたと思いねぇ。草、キノコ、虫と虫と虫と爬虫類、骨骨、得体の知れない有機物……エトセトラエトセトラ。
 分かった。もう二度とあの増血剤は飲まない。飲みませんから俺!

 材料の酷さに、半泣きの俺はそのままベッドでふて寝。そしてセーブだ。

 朝になっても朝日は差さない。何しろここは地下なのだ。目を覚ましても暗闇だ。セーブ明けだからかな、なんだかデジャヴする。
 リアルだと俺、こうやって昼夜が逆転する事も珍しくないのな。

「ナッツ、今何時だ?」
 頭を掻いて暗闇の中、枕元においてあった暗視ゴーグルを探す。別に奴が起きているとは限らないのだが、俺の予想通り起きていたようだ。
「朝の7時過ぎだよ、よく起きたね」
「俺は寝坊じゃねぇぞ、こっちだと」
 リアルだと……アレだけどな。
 戦士ヤトだと割に寝起きは良い。大体就寝時間が早いんだよ、最悪でも11時には寝てるからな。野営した時なんかは火の番もやってるし。宿に泊まっていると若干夜更かし気味になるかな。
「目的地まで長いし……そろそろ起こそうか」
 真っ暗の部屋に魔法の灯火を付ける。ふむ、まだ寝てたのは……アインだけだな。
「彼女、リアルでも無敵だからな……」
「とりあえずこのまま持ち運ぶか」
 テリーは長い髪を結わえながらため息を漏らしている。


 朝食は軽く取った。歩きながら、パンに野菜やらを挟み込んだものを食べている。サンドイッチか?と尋ねられると一般的なソレとは違う様な気がする。まずパンの種類が違うし、サイズがデカいし、挟み込まれている具材が多くて多彩。なんて云う料理なんだろうな、これ……。
 間違いなく一日移動に費やすんだとよ。
 ヘタするとその目的の暗黒神殿まで行けない可能性もあると云う。地図は見たが何しろ、全体的な景色が見渡せないから距離間が全く掴めない。
 まず、地上から首都に来るとあのレッドの持ってる地図で言う所の『中心部』に着く訳だ。
 で、目的地はその首都の真上び上層部になるのだが、上から降りてきてるのに俺達はその近辺を一切掠りもしていない。垂直移動ではなく長いトンネルで移動していたから、斜めに下っていたという事だ。途中で階層を選んで降りることが出来ないトンネルである、故にまず一端中心部に出て、俺達はそこから真上の階層へと移動するルートを取らなければならない。
 首都を上に移動するわけだが、都市は基本的に左右に広がっていて上下への移動はマイナールートであるらしい。上あるいは下に行くほど田舎、と考えてもらって間違いではない。
 とすると、そこに行く乗り物があまり無くて使えない。出来るだけ無駄なルートを取らないように階段、坂、転移装置やらを使ってひたすら上層部を目指すのだが、垂直に穿かれた空間があるわけじゃぁないから、これがジミに大変だ。
 レッドが都度事前に練り込んだルート確認を行っている。

 どこまで行ってもノースグランドの遙か上層部に居るという実感が沸いてこない。
 だって、景色が単調なんだもん。
 どこまで行ってもトンネルだ、時たまに広い空間に建物が埋まっている、その建物を通り抜けてはまたトンネル。
 上下に移動しているという感覚はあるがもう、どこにいるのかさっぱりだ。暗闇だというのもあるが、これは照明システムがあっても大差ねぇだろ。閉鎖的な空間の連続に段々イライラが募ってくる。

 俺だけじゃないみたいだ。昼メシを取る為に飲食店を見つけて一服しているんだが……ナッツが特にげんなりしている。しかたねぇよな、本来空を飛ぶ有翼族な訳だし。
「……へたをすると気が狂いそうだ」
 小さな声でテリーが呟いた。
「人間にゃ、こういう環境合ってないんだろうなー」
「微妙よね、都会ってどこ行ってもこんな感じじゃない。あたしは仕事場のオフィスをさまよってるみたいな感覚よ」
 テーブルの上でコップに頭を突っ込んで水を飲んでいたアインがリアル事情の事を言ったな。
「そりゃそうだが、こっちの俺らには経験のない地形だ」
「冒険者家業ともなると、このような閉鎖的な洞窟や地下墓地などをウロウロするんでしょうけどね」
「俺らは元々冒険者なんて肩書きじゃねぇからな」
 と、それは俺も含めて言ったのかテリー。まぁ、そうだけど。
「そうなのですか、僕はてっきりこういう場所にも慣れているのだと思いましたが」
 そっか、別に話してある訳じゃないから俺ら(テリー含む)の本来の経歴をレッドは把握してねぇんだな。

 ついでだから話しておこう、俺とテリーは3年前まで闘士をやってた事をここで話しておいた。不思議と今までそれを話す機会が無かったんだな。
 今のように、徒党を組んであちこちフラフラしだしたのはごく最近なんである。金に困ってなかったからな、目的もあったし……。
 魔導都市に向って俺達っていうのは俺と、テリーとアベルなんだが――ー初めて『冒険者』という名のフリーター肩書きになったんである。
 俺とテリー、アベルの3人はすったもんだしてイシュタル国から半年掛けて魔導都市ランに辿り着いた。普通半年も掛かんないらしいけどな、すったもんだあったのだその間に。
 で、その魔導都市でまた色々あってだな……アインとレッドが同行するハメになったのである。
 レッドに誘われてイシュタル国に戻るハメになり、そこでナッツとマツナギに出会った寸法だ。

 その後は物語冒頭の通り。
 首都レイダーカに行く流れになって船に乗って……あれ、本当に嵐で打ち上げられた設定だったんだな。
 あの時はリコレクト制限されてたから思い出せてねぇけど。で、魔王討伐の依頼を受けると言う所まで実は決まった『流れ』だったんだろうと思う。
 俺達の冒険の冒頭がレイダーカだったのは、魔王討伐隊として認定を受ける為だった訳だよ。



 さてと。飲食店を出てここからは天然の洞窟が多くなる。俺は乾いた空気を吸い込んで伸びをしたが全然緊張が解れねぇ。
 嫌と言っても空は戻ってこない。朝もやってこない。
 取り戻したければさっさとオレイアデントに会って、この地下大地をを脱出する事だ。

 その後も俺達はひたすら歩き続けた。
 休息を最低限にして、すっかり民家らしい建物群も少なくなって、坑道跡らしいものも混じり始めた洞窟をひたすら歩いた。もう上の階層に行く為に階段とか無いのな。連絡通路が圧倒的に減ってきた。

 時間感覚が完全に狂ってしまっている。

 時計は前にも言ったが高級品だが、ナッツはぜんまい仕掛けの懐中時計を持っているらしいぞ。らしいが、あえてが何時だとかは言わなくなった。
 ああ、ちなみにナッツは暗視を持ってるんだが時間制限がある、夜になると無条件に視界が聞かなくなる鳥目というマイナス特徴持ってんのな。そうなるとどうなるかっていうと、俺のマントを掴むアベルのマントを掴む……という……ちょっと間抜けな状況になっている。
 休息した時間と歩いた時間だけを告げる。
 それでいい、今が朝か夜か、気にしたら余計気が狂いそうだ。


 経過した時間すらもうよく分からなくなりつつある。何しろ俺ら、何も展開がないとスキップするし。


 と、突然一番後ろを歩いていたテリーが側面の岩盤を思いっきり叩いた。
 フツーに拳で叩いたな、鈍い音がわずかに反響して響き渡る。
「どうしました?」
「どうもこうもねぇ、ストレスだっただけだ」
 今、俺達が歩いているのは完全に天然っぽい洞窟の中だ。岩がゴロゴロしていて非常に歩きにくい縦に広い通路で……上は暗視ゴーグルでも暗闇で天井が見えない。地盤がずれて出来た裂け目を歩いている気配がする。
 テリーが岩盤を叩いた音が反響し……。
「……?」
 ざわざわとした感覚に俺は先頭だったので振り返り、背後のアベルを見た。
 ……気のせいじゃないな。アベルの目つきが真剣になっている。
「……何だ、この気配」
「もう、だからってモンスターを呼ばなくったっていいじゃない」
 甲高い声が反響して戻ってくる。
 ばさばさと羽音を立てて到来したのは……巨大なコウモリだ。数が半端無い、あたりの壁を覆い隠す程に群れを成して襲いかかってきたコウモリ達。
 だがお気の毒様だ。

 ストレスフルの俺達に襲いかかるとは良い度胸だ。
 てゆーか、よく来てくれたなモンスター!

 多分、コウモリ達の哀れな悲鳴と一緒に……歓喜の笑い声が混じってたんじゃないかと思う。
 うん、俺も笑いながら新調した剣でばったばったとなぎ倒していた気がする。

 アインのブレスで焼き尽くされ、レッドの魔法で凍り付き、ナッツが起こした真空に切り裂かれ……。

 体の大きさが子供程もあるという、羽を広げれば人間ほどにもなろうかという巨大コウモリの群れは哀れものの数分の内に通路を埋め尽くして死に絶えていた。

「これだ、モンスターが襲いかかってくればいいんだ!それでヒマしなくても済む!」
 テリーが拳を打ち付けて歓喜の叫びをあげている。
 俺は……奴から頭をたたき割られたコウモリをまじまじと見つめた。確かに俺もこれで、かなりうっぷん晴らしたけど……。
「これ、襲いかかってきたのか?」
「うーん、どうでしょうね……吸血種じゃぁないみたいですけど」

 その後は進むどころの話じゃなくなったぞ?
 誰だ、これでヒマしなくても済むなんて言ったのは!

 俺達が屠ったコウモリの死骸を求め、一方通行の道をだな、スライムやら犬っぽい生物やら他コウモリ一群やらと立て続けに遭遇。
 最初こそ鬱憤を晴らしていた俺らだったが、そのうち流石に飽きた。
 テリーが真っ先に相手にするのを放棄し出した。強敵じゃねぇもんな、てめぇの戦いの美学とやらに反するってかこの野郎!
「ちょっと、みんなこっちに寄って」
 波状攻撃の途中、ナッツは散会していた全員を集めてなにやら魔法を行使。
「何やったんだ?」
「臭い消し、このあたりは照明システムもないんだ。モンスターの殆どは目が著しく退化している。余計な敵はこれでやりすごそう。魔法探知は寄ってくるけど……多少はマシだろう」
 地味な魔法ながらこういうのって重宝するんだよな。
 俺も某多人数参加型オンラインゲームでお世話になってます。

 おかげで多くのモンスターをやり過ごす事ができるようになった。とはいえ、音探知と魔法探知でよって来やがる奴もいるからな。襲いかかってくる奴は容赦なくジェノサイドしながら……少なからず前よりストレスは無くなって俺達は洞窟を進んだ。

 昼飯を食った集落から出発して……さて、何時間が経過したのだろう。
 間違いなく24時間は軽く超えている。へたすると三日目に突入してるんじゃねぇだろうか?

 俺達は時々に恐ろしく狭くなる洞窟をくぐり抜け、ようやく……よーやっと目的の場所にたどり着く事が出来た様だ。

 突然空間が開ける。
 空気がしんと澄んでいて……磯っぽい。海?いや……天井であろうソコに穴が開いていたら、ノースグランドは間違いなく海中に没しているだろうが。
 だけど……海の臭いがする。


「ここからは気を付けて、多くはないけど神殿を守護している兵がいるはずだ」
「気配は……しないけどな。どうするレッド、話を付けて入れてもらうのか?それとも、強行突破か」
 レッドは眼鏡のブリッジを押し上げ、暗闇の中にぼんやりと見える、白い石で作られた人工物を遠くに見やる。
 暗視がなければあたりは当然、真っ暗だ。
 すっくと、マツナギが立ち上がった。
「とりあえず、あたしが話を付けてくるよ」
「マツナギ、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃなければ強行突破さ……手段を選んでいる場合じゃぁないだろ」
 俺は気まずく頭を掻いた。急いでいるのは俺の所為だ。そしてレッドの所為。

 何とも言えなくて、俺はマツナギを送り出してしまった。
 心配だ、彼女の過去がどんなものか分からないだけに……。

 しかし俺のハラハラは無駄に終わったみたいである。

  暗闇の中、二つの人影が戻ってくる。嫌が応にも緊張する俺達。
「話は付いたよ」
 だが、人影の一人はマツナギだった。ただでさえ背の高い彼女の背後に更に、背の馬鹿高い男が突っ立っている。
「その方は?」
「ああ……ここの守護兵長の……」
「ウラスだ」
 ……耳が長くて暗闇の中に溶けてしまいそうな黒い肌。
 マツナギと同じく暗黒貴族種だな。どこか冷たいと感じてしまう、相手を突き放したような強面顔のこのおっさんは腕を組み、俺達を見回した。
「……ついて来い」
 素っ気なく顎をあげてきびすを返すウラスに、俺達は仕方なく無言で従った。どうも俺達に興味はない、みたいな感じだよな。こっちの名前なんか聞いてない、みたいな。

 どうやら会話を交わしてはいけないらしい。
 俺が沈黙に耐えきれずに軽口を叩いたら無言で睨まれましたよおっさんに。致し方なく、黙っておっさんの後に続く。
 そうしてたどり着いた白い色の、飾りっ気のない巨大な正方形、これが暗黒神殿らしい。
 所どころ溶けていたり鍾乳洞が育っていたりする。相当昔からある建物らしい。
 長方形の広いとは言い難い通路を潜ると、その幅のままずっと奥まで続いている。数十メートル歩いたかな、そうしたら突然空間が開けて……。
 目の前に漆黒の闇が現れた。暗視ゴーグルは機能している、天井を見上げると角が見えるんだが、その部屋の途中から暗闇に飲まれて見えなくなっているんだ。
 何だ、と聞きたい所なのだが何せしゃべれない訳で。
 ウラスは無言で顎でしゃくる。中に入れというらしい。

 しかたねぇ。

 俺は一同を振り返る。分かってる、人柱はどーせ俺ですよ!自主的に真っ先に足を運んだ俺は……。

 いつの間にやらエントランスに立っていた。いや、違う。エントランスにそっくりだがここは、違う。


「ようこそ青い旗の勇者殿。いい時間に来てくれたな」
「……!?」
 まだ律儀に沈黙を守る俺。その背後から、他の連中も現れる。
 目の前で両手を広げている男は……ああ、これは分かる。間違いなく分かるぞ俺。

 この人は見覚えがある。
 リアルで……俺にシャワー室はあそこだと案内した『もうダメだ』の人だ。

「よくぞ夜に来てくれた。朝にやってきたらどうしようかと密かに悩んでいたくらいだよ」
「あんたが?」
「大陸座、オレイアンデントだ。元々はオノイザヨイだな、あちらの俺はちゃんとまっとうな生活が出来ているか?」
 奇妙な感じだな。仮想世界の人間が現実人格を心配するだなんて。
「小野さんか、あの人確かに変わった人だよね」
 俺はあの『もうダメだ』くらいしか会話交わしてねぇからな。アベルの言葉には同意……するな。確かにあれ、何がダメなのかよく分からんかった。
「余計な人柱になってしまってね……俺は昼と夜で別人格になってしまうのだ」
「え?」
 それは、リアルの方の話か?それとも、トビラの中での話なのか?
「一つのアカウントに二つの人格を設定して同期させたらどうなるか?という実験において完全に、これの障害を受けたようだ。とはいえ」
 オレイアデントは苦笑して闇の中、座っていた所立ち上がる。
「元々そういう気質があったから、みたいだけどな。だから今はキャラクターを多数所有する事が出来ないようになっているはずだな……その後はよく知らないんだが」
 おぉおっ?なんか、この人……すげぇリップサービス良いな!?
 それになんというか、フレンドリーじゃねぇか?
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エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

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