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7章 白旗争奪戦 『神を穿つ宿命』
書の3前半 半覚醒『黙って俺の質問に答えろ』
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■書の3前半■ 半覚醒 Awareness half done
ナーイアストの大陸座はそんなに突っ込んだ、開発者の話はしてくれなかったのに。
てゆーか、一応雰囲気に配慮したのだろうか?
現実事情は置いておくとして、ここは夢の異世界だ。
確かにこんなにぶっちゃけて話されると、空気……いや、世界観読めと言いたくもなる。お前、一応今は世界を守護する大陸座だろう?みたいな。
「ナッツ、今って夜か?」
「そうだね、夕方の6時だ」
俺は黒髪に黒目、肌も浅黒い……でもちょっとだけ背の低い男を……見下ろしてしまった。
見下ろす程低かった!?俺は近くでオレイアデントを見てちょっと驚愕。
そうか、真っ暗で見えないが腰を下ろしていた所は高くなってたんか!
この人……じゃない、大陸座、すげぇ背ぇ低っ!
「地下族なのですね」
「その通り。これで背いっぱい出来る限りの背伸び設定をしたんだけどね、これ以上背を高くするには骨格も太くするしかない。比例して横にも伸びるんだな。それが嫌だからこの高さで妥協したんだけど」
いや、別にそれなら地下族選ばなきゃいいじゃんかよ。
地下族というのは俗に言えばドワーフだ。地下トンネルに適応している骨格のがっしりした種族だな。
俺が思い当たるこっちの人物で言えば、南国のヒュンス隊長。ヒュンス・バラードは地下族種である。あの人も確かに俺より背が低かったがオレイアデント程じゃない。しかし確かにその分横にがっしりしてたかも。
オレイアデントは地下族ってより小人だ。……あえて俗な例えをすると――ホビットと言えば理解出来るだろうか?体格差は人間そのまんま何だけと一回りちっちゃい。ちなみにこの世界におけるホビットに該当するだろう種族は小鬼種になるだろう。鬼とはつくが角は生えてないぞ。生えてるのも居るらしいがそれは地域差
だ。ゴブリンとルビを振りたくなるだろうが、もちろんゴブリンに相当するのも小鬼種である。
こっちの世界設定的には、鬼ってつく種族は人間から派生した、という意味なのでそこん所よろしく。
「それはそうと、外はどんな具合になっているんだ?」
オレイアデントは困った様に肩をすくめて俺達を見上げた。
「神様っても、世界の状況はわかんねぇもんか?」
「そうじゃない。見てくれ、この通り暗闇の膜で覆われてしまって外の人と意志疎通が出来なくなった。おかげで状況がまるっきりわからないんだ」
……周りが突っ込まないから俺が突っ込むぞ?慇懃無礼?知るかそんなもん。
「じゃ、どうして俺らが来るのとか分かるわけ?」
「久しぶりにイザが入ってきたからだろう。大陸座として世界の保守に努めろと俺をここに留めた意識が干渉したからだ」
「……つまり?」
俺には理解不能でした。素直にレッドに振る。
「つまり、開発者達がプログラム修正として一度トビラにログインしたのでしょう。こちらの世界ではあちらの世界の意識干渉を受ける皿が用意されている。その受け皿とは例えば、僕ら青旗のプレイヤーの降り立つ肉体およびキャラクター、そして白旗の開発者人格。青旗の僕らはどうかよく分かりませんが……白旗の場合は特権としてあちらの人格や知識をこちらの皿に残したままに出来るのかもしれません」
「……っと、つまり……オノさんがログインして俺らがコッチに来ている事、デバイスツールをそんな俺らに渡す件なんかの知識情報を……オレイアデントに残した……って感じで合ってるか?」
俺はレッドに聞いたのだが、
「どうでしょう、」
その質問をレッドはオレイアデントにそのまま横スライド。
「まぁそんな所だろう」
オレイアデントはなぜか、少し神妙な顔になって頷いた。
「事情はある程度理解しているが、デバイスツールを渡すとは。よっぽどの事態だぞ」
そのよっぽどの事態が起こっているんだが……そうか。
9人目の大陸座、時間のバルトアンデルトが絡んでいる騒動だというのは……今回のテストプレイで分かった事だからな。
オレイアデントはまだそこまでは知らないんだ。
それは話すべきなんだろうか?……その判断はレッドとナッツに任せよう。
頭の悪い俺が口を出してややこしくすべきじゃないだろうし。
しかし、オレイアデント。少し難しい顔で悩んでから顔を上げて言った。
「それ、どうしても要るのか?」
デバイスツール、の事だろうな。
「え?まぁ、無いと困るので……」
多分俺とレッドが。
「どんな風に」
突っ込まれて追求され、仕方がないのでかくかくしかじかお話する事に。
てゆーか、よもやデバイスツール渡すの渋られるとは思わなんだ。
俺の状態、レッドの状態を説明してナーイアストのデバイスツールで何とかなっているっぽい事を訴えてみる。
「……じゃぁ、ナーイアストはデバイスツールを渡したんだな!」
「はい、最初はデバイスツールとは思わなかったのですけど」
「そうか……彼女が渡したのなら俺も渡さない訳にはいかないか……」
「それより、どうやって使えばいいんだよ?このバグを取り除くにはどうすればいいんだ?」
オレイデントは目をしばたく。きょとんとした顔を返したのち、笑って言ったな。
「そんなの俺らが知ってる訳ないだろう?」
流石にこれにはレッドとナッツも呆れた様だ。
口が開いてるよお前ら。
「ふぅ……仕方がないか。ナカツが渡したんなら俺が渡さないとだだを捏ねる訳にはいかない……君達」
絶句している俺達に向け、オレイアデントは手を差し出す。
「デバイスツールを渡そう。だが条件がある」
「条件?」
差し出された手に、漆黒の中にあって更に黒い存在があるのが……不思議と見える。
そう言えば石にはフラグは立ってないんだよな。白い旗でも立ってりゃデバイスツールとしてすぐ分かるってのに。旗は立っていないが、それが『こっち』の理に属する物である事は分かる。
ゲーム画面で重要アイテムが発光して見えたりするのに似ている感覚、かな。
どうもホワイトフラグというのはそういう単純なものではないようである。
「これを渡してしまうと俺は、消える」
「……あ!」
確かに、ナーイアストは俺に石を渡して消えてしまったな。
「デバイスツールとは……大陸座本人なのですか?」
「というか権限そのもの、という言い方をすれば分かるかな?大陸座が起こす事の出来る奇跡をそっくりそのまま手渡すというものだ。ともすれば俺がここにいる理由が無くなる。というよりも……見えている必要が無くなってしまう」
「消える訳じゃぁないんだな?」
「元の、開発者用レイヤーに戻ってしまうだけだ」
どういう事だとレッドを振り返る。するとレッドも何か理解が行ったみたいに怪訝な顔で顔を上げた。
「……本来、この世界において神というものは触れる事の出来る存在ではない。神とは見えないもの、触れ得ないもの。それが見えるように触れ得るようになった……それがあなた方大陸座だ。つまりその段階で奇跡が……開発者、すなわち神の権限が生きているのですね」
「難しい言い方をすればそんな感じなのかな。『世界』に触れられないのは俺達も同じだ。だから、世界を守る者として大陸に座して世界に干渉する権限を与えられている。それが君達の言う所のデバイスツールだろう。ただこれを使える者は限られている。本来俺達のような開発者レイヤーに在る者にしか使えないものだ。それを今回、青旗である君らも使えるように権限が下りている……これの力は大きい」
オレイアデントは憂いの視線を投げた。
何か?俺達が悪用する可能性を危惧しているってのか?
「どんな力にもなる。気を付けて持って行け。使い方に関しては俺は本当に何も知らん。というか……俺は元来戦士設定だからこういう技術的な事は全く疎いのだ。そう言う事を聞くならナーイアスト……はもう見えないか……ファマメントやユピテルトに聞いてくれ、ジーンでもいいかもしれない。逆にイーフリートやドリュアート、イシュタルトに聞いても無駄だろう」
「本当に使い方わかんないんですか?」
「使い方は千差万別だ、単に俺が力を翳す事に疎いだけかもしれない。不可能を可能にし奇跡を起こす。全ての事象をねじ曲げる事が可能だと言うが」
「……正すのではないのですか?」
確かに、カオスが言ってた話と食い違う。
まぁ……カオスは大陸座じゃない上にこの世界に本来居ないという『悪魔』なんだが。
「君は魔導師だろう、そこは使いようだよ」
レッドが顎に手をやって少し考えて目を上げる。
「右に曲がった物事を左に曲げれば元に戻る……という事ですかね」
「歪みも歪み様によっては元に戻るって事?」
「とにかく、とんでもない使い方が出来るというイメージだけは掴みました……これはやはり魔導都市に行くしかありませんねぇ。あそこで僕らを元に戻す方法を探してデバイスツールで強引に、その方法を実行する必要があるようです」
それで、オレイアデントの条件だったな。それはどんな事かと話を振るにオレイアデントは両腕を組み、一つ小さなため息を漏らす。
「この暗黒の轍、魔王八逆星の仕業だってな?」
「ああ、そこは分かってんのか」
小さく首を振り、オレイアデントはもう一度ため息を漏らした。
「……これの所為で……約束を果たせなくなってしまって困っているんだ」
約束?俺がそう聞き返そうとしたら……突然マツナギが前に出てきた。
今まで背後で黙っていたんだけど。
「やっぱり、やっぱり……間違いじゃないのか!」
「……君は?」
「マツナギだ、私がマツナギだ!」
途端オレイアデントが俺を押しのけてマツナギの前に駆け寄った。背の高いマツナギは跪き、二人が手を取る。
「驚きだ……ずいぶん大きくなってしまったじゃないか」
「違うよ、違うんだ……約束を守れなかったのはこちらも同じなんだノイザー……彼女はもう約束を……守れないんだ」
オレイアデントの手を取ったままマツナギは俯く。
「彼女はあたしの……あたしの名前を受け継ぐ子で……」
俺も含め、きっと色々突っ込む所があったんだろうけど……何も言えなかった。
今の、謎の言葉は彼女が……辛いのを必死に我慢して、それで絞り出した言葉だって分かったから。
この世界にいると、この世界の事情に俺達の意識は飲まれる。すなわち……脳が騙されている。
俺達の脳が設定されている仮想に騙され……展開に流されるんだ。
レッドはともかくマツナギに嘘泣きが出来るだろうか?
そうじゃない、彼女が今抱く気持ちは間違いなくこの世界では真。演技じゃない、彼女は今自分が抱える設定の重さに心を揺らして去来する思いに必死なのだろう。
涙を懸命に堪えてマツナギは震える声を絞り出す。
「違う……やっぱり、やっぱり言えない」
「どうして、どうしてだい?いいんだ……言ってくれ」
「本当に何も知らないのか?」
「知らない、何も分からない。ここから出れないんだ、この状況をどうにかしてくれと逆に、君達に頼まなければいけないと思っていた位で……」
俺は気まずい雰囲気で一同を振り返ってから……マツナギに振る。
「俺達……一端外に出ててようか?」
「いや、それはダメだ」
慌てたように顔を上げたマツナギは立ち上がり、ため込んでいた涙を腕でぬぐう。
「案内した段階で覚悟はしていたんだ、今更迷っていたって仕方がないな……。ノイザー、……あの子は死んだ。貴方がここに閉じられて……間もなくすぐに」
あの子?……お前の名前を受け継ぐあの子とは……どの子なんだ。
「どうしてだ!」
マツナギの胸の真下くらいに頭があるオレイアデントは、彼女の腰のあたりを捕まえて見上げている。
「下らない理由だ」
吐き捨てる、辛そうな顔を俯かせればオレイアデントに行きつき顔をあげれば俺達に晒す。
マツナギは辛そうに首を数度横に振る。
きょとんとしているであろう俺達に向け、事情を説明すべく重い口を開いた。
「あたしはここの巫女をやっていたんだよ。数十年前の話だけどね……当然この神殿に神なんて居ない。形だけの神殿だと思っていた。あたしの家系はこの神殿を守る為に続いているんだけれど……」
「待て、それは……」
俺は気が付いたら止めていた。
彼女が辛そうだと思ったからだし、無用に自分の重い部分……そこを語り明かす必要があるのか疑問だったからだ。
そして同時に……それが辛い事が多いという事を俺は知っている。
自分の事、戦士ヤトの事情は置いておいたとしてもだ。
レッド、ナッツ、それからアベル。テリーだってそうだろ?
辛いのならそんな事、いちいち俺らに暴露する必要は無いじゃねぇか。人間痛くて口に出せない出来事の一つや二つあるもんだぜ?サトウハヤトとして俺はそれをわきまえている。
しかしマツナギはやや俯いて吐き捨てるように言った。
「いいんだ、頼む。吐き出させてくれ」
強い反発に俺は口を閉ざしてしまった。
「……年に数度の密祭に多くの信者がここを訪れる。それ以外の時に訪れる者は信者ではない……排除すべき敵として、この神殿の秘密を守るのが……巫女と神殿守の役割なんだ」
それは彼女の背負う、重い背景。
でもなぜ今更それを暴露する?それで本当にお前の気持ちは晴れるのか?
「……この事は本来部外者には語れないんだよ。言った通りここに祀られているのは秘密の神なんだ。暗黒神を奉っている事が世間的によく思われていないのは知っていて信仰している。知っているけれどあたし達は、その神を信仰せずには居られない。生まれてからずっとそういう教えを叩き込まれている……疑う余地が無かったんだ」
「マツナギ……」
オレイアデントは俯く彼女から少し離れた。そして少し困った様に頭を掻く。
「俺は暗黒神じゃない、それは連中にも説明したんだけどな。でもすっかり実態を失ってるここの神様の代わりになっちまって……。仕方がないからここに住んでたんだ。こうやって閉ざされるまで……悪い生活じゃぁなかった。元より俺、二重人格だろう?多くの人の前で生活するよりはこうやって隠匿の暮らしの方が合っている。でも……昼はともかく夜の俺には退屈だ」
……話が俺にはよく見えないがとりあえず、気が付いた所から余計な横やりを入れさせて貰うけど……。
「じゃぁ、マツナギはやっぱりオレイアデントと会ってたんじゃないか」
「知らなかったんだ、二重人格だなんて」
マツナギは俯く。
「神の社に現れた大陸座は神殿から出ないものだと聞かされていた。時たまに神殿の外にいて、あたしの娘と遊んでいる……子供みたいな見知らぬ子がいるとは知っていたけど……。分かるだろう?あたしの家系はこの神殿を守る守護の家だ。色々と――仕来たりがあって厳しいんだよ。かく言うあたしも寂しい子供時代を送ったものさ……」
マツナギは苦笑し、だから誰にも言わずに彼女と、見知らぬ少年との逢瀬を許してやっていたと呟いた。
「娘が厳しい巫女修行を行う中、そのストレスをこっそり吐き出す為に。彼女が楽しそうに笑っているのを見てあたしは、……取り上げては行けないと思った。貴方はノイザーと名乗り、大陸座の使いだとか名乗ったそうだね」
「ああ……俺も神殿から出ないと約束しちゃったみたいだからな……俺じゃないんだけど」
成る程、オレイアデントは二重人格で、その片方が引きこもりニートという訳か。なんか納得。
んー、そろそろ核心の所、突っ込んでいいかな?
「てゆーかマツナギさん?」
「……」
何を聞かれるのか分かっているらしい。ちょっと困った顔で俯いた。
「もしかして……俗に言うバツイチッスか?」
「まさか、あの仏頂面が旦那とか言わないわよね?」
なぜか憤慨してアベルが聞いている。……政略結婚じゃねぇかと勘ぐってんだな。そういうネタは大嫌いだからな、彼女。
するとマツナギは可笑しかったのか、笑いながら俺らの言葉を否定する。
「あの人はあたしの父だよ。それに旦那も健在さ」
「何ぃ?」
「だから交渉の余地ありと思ったのさ。……あたしの旦那は残念ながら部外者になるからね、ここには住んでないし住めない」
「なんだ、健在なのか。ならたまには会いに行ったらどうなんだよ」
「……会えないよ」
マツナギは寂しそうに笑った。
「もしかしたら優しく出迎えてくれるのかもしれないね。でも……あたしが会いに行きたくないんだ。子供を死なせてしまったなんて……きっと密祭の都度に疑問に思っているのかもしれない。巫女役である娘の『マツナギ』がどこにも見当たらない。あたしもここを逃げ出した……聞きたい事が沢山あるのかもしれない。でも……」
マツナギは涙を拭わずに顔を上げる。
瞬きをするたびに赤い瞳から流れ落ちる涙をそのままに自分の肩を抱く。
「……怖くてたまらないんだ、そんな事をする人じゃないって信じているけれど、でももし……もし、否定されたらと思うと怖くて」
オレイアデントが手を伸ばし、マツナギの袖を引く。
「……俺の所為なんだな」
必死に首を振る……それしか出来ないマツナギ。
「いいんだぞ、俺は暗黒神じゃない、その偶像にされてるだけだ。憎いなら憎いと言えばいい」
「憎めば娘が戻るわけじゃない」
穏やかな声でマツナギは呟き、その後低く呻く。
「憎むとするなら神じゃない、それを奉る者達だ、そこにあるしきたり」
しかしその暗い思いを払うように首を振り、涙を拭う。
「あたしはもうここには属せない、だから地上に出た。掟を破って……世界を目指した。あたしにはもうここに足を運ぶ事も許されないし暗黒神を奉る一団とも決別している……会えないんだよヤト。どんなに今でも愛していても。彼に迷惑掛けるわけにはいかないんだ」
「信仰が正しくないって分かってるなら、ソイツを引っ張ってでも一緒に、外に連れてけばいいじゃない!」
アベルが強烈に反発しているが俺、何となく彼女の反撃を予想してしまっていた。
しかしマツナギはそうじゃないだろう、案の定困惑した顔で俯いてしまう。
確かにお前はそうするんだろうけどな。
アベルがそういう『性格』である事をよく知っている俺は、あきれ顔で止めろと振り返って主張したが……。
マツナギは俯いたまま小さく呟いて語り出す。
「掟は古く、信仰は深い。あたしの事はいいんだ、でも彼らには彼らの生活があり平穏があるんだよ。あたし一人の都合でかき乱していい事じゃない。あたしと同じ、大切なものを失って途方に暮れるような事にはさせたくないんだ」
そう言って強く、アベルに負けじと顔を上げる。
「大切?見えない神様が大切だって言うの?」
「そういう場合もあるんだ、……何かに縋ってないと生きて行けない人は沢山いる。人は弱いんだ、誰かを憎んで責任を転嫁していかないと生きていけない。貴族種だって例外じゃない、いや……本来貴族種の方がそういう度合いは強いと思うよ。貴族種は集団の魔物だから」
リコレクトして補足しておこう。
魔物、魔種の発生には個の場合と集団の場合がある。今は多く魔種が確立安定しているが昔はそうではなかったらしい。
詳しい話は俺には無理なんだが、鬼とつくのが人間派生だという話はしたな?鬼の名前はついていないが貴族種もやはり人間から派生した魔種だ。鬼種よりも先に魔種として安定した歴史があるので特別扱いになっている。
貴族種は迫害された人達による集団魔物化が始まりだ。ようするに没落した人達が世間体を避けて人里離れた所で閉鎖的かつ禁欲的な生活をしたのが始まりなんである。
えーと、時代的には西教って言われる宗教が全盛期だったとか。背景的には貴族種は敬虔な西教信者でもあったそうだ。人間から距離は置いたが神は奉ってその教えを守った暮らしをしていたそうで。
……そんな訳で、貴族種は今の宗教とはまた違った派閥宗教をかたくなに守っている事が珍しくない。
今回のマツナギの例のように。
特殊な神を信奉してそれを中心に集団を形成してその中で生きる事が重要なんだ。
耳が痛いと思わないか?
少なくとも俺には痛い。そして胸にぐっさりと刺さる事だ。知っているから尚更に、ばらさなくたっていいじゃないかと弱音を吐きたくなる。
置き換えればどんな事も言えるんだ。
この世界では人間が、人間ではない種族が、リアル世界で規模は違えど誰もがやっている事をわかりやすく展開している。
コミュニティに属してなきゃいけない。属していないと人は心配で、寂しくて、心細くて『生きていけない』と来た。
確たる神のいない国ニホンにおいて、人々がどんな集団を作り上げているか知っているか?この俺にいちいち説明してもらいたいか?……余計なお世話だよな。そう思うから俺はあえてこれ以上は突っ込まん。
自分も少なからずそう云う何かの集団に属して安心を得ている事は間違いないんだ。たとえば、今こうやってゲームオタクという属性を元に集っているように。
「いいじゃない!たった二人でも!」
そんな世間の仕組みに疎いこの……女は、全く……。
俺はアベルの腕を引っ張ってもう止めろと主張。容赦なく飛んでくる肘を避ける。いつものコンボだぜ。
「お前な、いい加減自分勝手振る舞うのは止せ」
人の事は言えんけど、学習しねぇ奴だよなぁホント。
「はぁ?何言うのよアンタは!」
「たった二人で心細くないってか。それでも集団に属していたい、それが人の性だろうぜ?マツナギは我慢してんだ、それを悪く言うのは止せ」
「我慢してるのが許せないの、どうして妥協するのよ!」
「アベちゃん、ナギちゃんだって色々考えて苦渋の選択をしたんだと思うよ。必死に考えて、最良と思って……誰も自分の都合に巻き込んじゃいけないって思って一人で外に出たんだと思う」
アインの宥めにアベルは思う所があったんだろうか、途端ばつが悪くなったように黙り込んだ。
「……ありがとうアベル」
「……ごめん、」
マツナギの許した言葉にアベルは小さく応える。
「いいんだ……あたしの事を思ってなんだろう?……今はそれはいい。オレイアデント」
名前を呼んで大陸座を振り返り、マツナギは覚悟を決めたように告げる。
「あたしの名前を受け継ぐ筈のあの子は、オレイアデントが沈黙したのは自分の所為だと思ったようだ。掟に背く事をしていたという罪悪感が彼女に、そう思わせてしまったのだと思う」
だからあたしにも罪はある。伏せそうになった目を瞬いてしっかりと前に向ける。
しかしオレイアデントは沈鬱に暗闇だけがある床を眺めていた。
「……くそ、……こんな事になるならこんなもの」
手の中にある黒い固まりを握りしめて目を閉じる。
オレイアデントは覚悟を決めた風で顔を上げた。
「なら……俺がここにいる理由はもう一つもない。心おきなく世界を去れる」
「すまない、」
「それを言うのは俺の方だ」
世界を狂わせているのはどっちだ?ってのが……問題なんだよな。
大陸座か、それとも……魔王八逆星なのか。
なんだかマツナギの一件を見ていると……。
あながち大陸座の存在を良いものとして捕らえる事が出来なくなる。
今までになかったものが現れた。その所為で起こっている不幸な出来事がある。
極々些細な行き違いから……いずれも大きく重い物事となって。
不幸ではなくて、誰かが救われた出来事もあって欲しいと密かに願う……俺だ。
ナーイアストの大陸座はそんなに突っ込んだ、開発者の話はしてくれなかったのに。
てゆーか、一応雰囲気に配慮したのだろうか?
現実事情は置いておくとして、ここは夢の異世界だ。
確かにこんなにぶっちゃけて話されると、空気……いや、世界観読めと言いたくもなる。お前、一応今は世界を守護する大陸座だろう?みたいな。
「ナッツ、今って夜か?」
「そうだね、夕方の6時だ」
俺は黒髪に黒目、肌も浅黒い……でもちょっとだけ背の低い男を……見下ろしてしまった。
見下ろす程低かった!?俺は近くでオレイアデントを見てちょっと驚愕。
そうか、真っ暗で見えないが腰を下ろしていた所は高くなってたんか!
この人……じゃない、大陸座、すげぇ背ぇ低っ!
「地下族なのですね」
「その通り。これで背いっぱい出来る限りの背伸び設定をしたんだけどね、これ以上背を高くするには骨格も太くするしかない。比例して横にも伸びるんだな。それが嫌だからこの高さで妥協したんだけど」
いや、別にそれなら地下族選ばなきゃいいじゃんかよ。
地下族というのは俗に言えばドワーフだ。地下トンネルに適応している骨格のがっしりした種族だな。
俺が思い当たるこっちの人物で言えば、南国のヒュンス隊長。ヒュンス・バラードは地下族種である。あの人も確かに俺より背が低かったがオレイアデント程じゃない。しかし確かにその分横にがっしりしてたかも。
オレイアデントは地下族ってより小人だ。……あえて俗な例えをすると――ホビットと言えば理解出来るだろうか?体格差は人間そのまんま何だけと一回りちっちゃい。ちなみにこの世界におけるホビットに該当するだろう種族は小鬼種になるだろう。鬼とはつくが角は生えてないぞ。生えてるのも居るらしいがそれは地域差
だ。ゴブリンとルビを振りたくなるだろうが、もちろんゴブリンに相当するのも小鬼種である。
こっちの世界設定的には、鬼ってつく種族は人間から派生した、という意味なのでそこん所よろしく。
「それはそうと、外はどんな具合になっているんだ?」
オレイアデントは困った様に肩をすくめて俺達を見上げた。
「神様っても、世界の状況はわかんねぇもんか?」
「そうじゃない。見てくれ、この通り暗闇の膜で覆われてしまって外の人と意志疎通が出来なくなった。おかげで状況がまるっきりわからないんだ」
……周りが突っ込まないから俺が突っ込むぞ?慇懃無礼?知るかそんなもん。
「じゃ、どうして俺らが来るのとか分かるわけ?」
「久しぶりにイザが入ってきたからだろう。大陸座として世界の保守に努めろと俺をここに留めた意識が干渉したからだ」
「……つまり?」
俺には理解不能でした。素直にレッドに振る。
「つまり、開発者達がプログラム修正として一度トビラにログインしたのでしょう。こちらの世界ではあちらの世界の意識干渉を受ける皿が用意されている。その受け皿とは例えば、僕ら青旗のプレイヤーの降り立つ肉体およびキャラクター、そして白旗の開発者人格。青旗の僕らはどうかよく分かりませんが……白旗の場合は特権としてあちらの人格や知識をこちらの皿に残したままに出来るのかもしれません」
「……っと、つまり……オノさんがログインして俺らがコッチに来ている事、デバイスツールをそんな俺らに渡す件なんかの知識情報を……オレイアデントに残した……って感じで合ってるか?」
俺はレッドに聞いたのだが、
「どうでしょう、」
その質問をレッドはオレイアデントにそのまま横スライド。
「まぁそんな所だろう」
オレイアデントはなぜか、少し神妙な顔になって頷いた。
「事情はある程度理解しているが、デバイスツールを渡すとは。よっぽどの事態だぞ」
そのよっぽどの事態が起こっているんだが……そうか。
9人目の大陸座、時間のバルトアンデルトが絡んでいる騒動だというのは……今回のテストプレイで分かった事だからな。
オレイアデントはまだそこまでは知らないんだ。
それは話すべきなんだろうか?……その判断はレッドとナッツに任せよう。
頭の悪い俺が口を出してややこしくすべきじゃないだろうし。
しかし、オレイアデント。少し難しい顔で悩んでから顔を上げて言った。
「それ、どうしても要るのか?」
デバイスツール、の事だろうな。
「え?まぁ、無いと困るので……」
多分俺とレッドが。
「どんな風に」
突っ込まれて追求され、仕方がないのでかくかくしかじかお話する事に。
てゆーか、よもやデバイスツール渡すの渋られるとは思わなんだ。
俺の状態、レッドの状態を説明してナーイアストのデバイスツールで何とかなっているっぽい事を訴えてみる。
「……じゃぁ、ナーイアストはデバイスツールを渡したんだな!」
「はい、最初はデバイスツールとは思わなかったのですけど」
「そうか……彼女が渡したのなら俺も渡さない訳にはいかないか……」
「それより、どうやって使えばいいんだよ?このバグを取り除くにはどうすればいいんだ?」
オレイデントは目をしばたく。きょとんとした顔を返したのち、笑って言ったな。
「そんなの俺らが知ってる訳ないだろう?」
流石にこれにはレッドとナッツも呆れた様だ。
口が開いてるよお前ら。
「ふぅ……仕方がないか。ナカツが渡したんなら俺が渡さないとだだを捏ねる訳にはいかない……君達」
絶句している俺達に向け、オレイアデントは手を差し出す。
「デバイスツールを渡そう。だが条件がある」
「条件?」
差し出された手に、漆黒の中にあって更に黒い存在があるのが……不思議と見える。
そう言えば石にはフラグは立ってないんだよな。白い旗でも立ってりゃデバイスツールとしてすぐ分かるってのに。旗は立っていないが、それが『こっち』の理に属する物である事は分かる。
ゲーム画面で重要アイテムが発光して見えたりするのに似ている感覚、かな。
どうもホワイトフラグというのはそういう単純なものではないようである。
「これを渡してしまうと俺は、消える」
「……あ!」
確かに、ナーイアストは俺に石を渡して消えてしまったな。
「デバイスツールとは……大陸座本人なのですか?」
「というか権限そのもの、という言い方をすれば分かるかな?大陸座が起こす事の出来る奇跡をそっくりそのまま手渡すというものだ。ともすれば俺がここにいる理由が無くなる。というよりも……見えている必要が無くなってしまう」
「消える訳じゃぁないんだな?」
「元の、開発者用レイヤーに戻ってしまうだけだ」
どういう事だとレッドを振り返る。するとレッドも何か理解が行ったみたいに怪訝な顔で顔を上げた。
「……本来、この世界において神というものは触れる事の出来る存在ではない。神とは見えないもの、触れ得ないもの。それが見えるように触れ得るようになった……それがあなた方大陸座だ。つまりその段階で奇跡が……開発者、すなわち神の権限が生きているのですね」
「難しい言い方をすればそんな感じなのかな。『世界』に触れられないのは俺達も同じだ。だから、世界を守る者として大陸に座して世界に干渉する権限を与えられている。それが君達の言う所のデバイスツールだろう。ただこれを使える者は限られている。本来俺達のような開発者レイヤーに在る者にしか使えないものだ。それを今回、青旗である君らも使えるように権限が下りている……これの力は大きい」
オレイアデントは憂いの視線を投げた。
何か?俺達が悪用する可能性を危惧しているってのか?
「どんな力にもなる。気を付けて持って行け。使い方に関しては俺は本当に何も知らん。というか……俺は元来戦士設定だからこういう技術的な事は全く疎いのだ。そう言う事を聞くならナーイアスト……はもう見えないか……ファマメントやユピテルトに聞いてくれ、ジーンでもいいかもしれない。逆にイーフリートやドリュアート、イシュタルトに聞いても無駄だろう」
「本当に使い方わかんないんですか?」
「使い方は千差万別だ、単に俺が力を翳す事に疎いだけかもしれない。不可能を可能にし奇跡を起こす。全ての事象をねじ曲げる事が可能だと言うが」
「……正すのではないのですか?」
確かに、カオスが言ってた話と食い違う。
まぁ……カオスは大陸座じゃない上にこの世界に本来居ないという『悪魔』なんだが。
「君は魔導師だろう、そこは使いようだよ」
レッドが顎に手をやって少し考えて目を上げる。
「右に曲がった物事を左に曲げれば元に戻る……という事ですかね」
「歪みも歪み様によっては元に戻るって事?」
「とにかく、とんでもない使い方が出来るというイメージだけは掴みました……これはやはり魔導都市に行くしかありませんねぇ。あそこで僕らを元に戻す方法を探してデバイスツールで強引に、その方法を実行する必要があるようです」
それで、オレイアデントの条件だったな。それはどんな事かと話を振るにオレイアデントは両腕を組み、一つ小さなため息を漏らす。
「この暗黒の轍、魔王八逆星の仕業だってな?」
「ああ、そこは分かってんのか」
小さく首を振り、オレイアデントはもう一度ため息を漏らした。
「……これの所為で……約束を果たせなくなってしまって困っているんだ」
約束?俺がそう聞き返そうとしたら……突然マツナギが前に出てきた。
今まで背後で黙っていたんだけど。
「やっぱり、やっぱり……間違いじゃないのか!」
「……君は?」
「マツナギだ、私がマツナギだ!」
途端オレイアデントが俺を押しのけてマツナギの前に駆け寄った。背の高いマツナギは跪き、二人が手を取る。
「驚きだ……ずいぶん大きくなってしまったじゃないか」
「違うよ、違うんだ……約束を守れなかったのはこちらも同じなんだノイザー……彼女はもう約束を……守れないんだ」
オレイアデントの手を取ったままマツナギは俯く。
「彼女はあたしの……あたしの名前を受け継ぐ子で……」
俺も含め、きっと色々突っ込む所があったんだろうけど……何も言えなかった。
今の、謎の言葉は彼女が……辛いのを必死に我慢して、それで絞り出した言葉だって分かったから。
この世界にいると、この世界の事情に俺達の意識は飲まれる。すなわち……脳が騙されている。
俺達の脳が設定されている仮想に騙され……展開に流されるんだ。
レッドはともかくマツナギに嘘泣きが出来るだろうか?
そうじゃない、彼女が今抱く気持ちは間違いなくこの世界では真。演技じゃない、彼女は今自分が抱える設定の重さに心を揺らして去来する思いに必死なのだろう。
涙を懸命に堪えてマツナギは震える声を絞り出す。
「違う……やっぱり、やっぱり言えない」
「どうして、どうしてだい?いいんだ……言ってくれ」
「本当に何も知らないのか?」
「知らない、何も分からない。ここから出れないんだ、この状況をどうにかしてくれと逆に、君達に頼まなければいけないと思っていた位で……」
俺は気まずい雰囲気で一同を振り返ってから……マツナギに振る。
「俺達……一端外に出ててようか?」
「いや、それはダメだ」
慌てたように顔を上げたマツナギは立ち上がり、ため込んでいた涙を腕でぬぐう。
「案内した段階で覚悟はしていたんだ、今更迷っていたって仕方がないな……。ノイザー、……あの子は死んだ。貴方がここに閉じられて……間もなくすぐに」
あの子?……お前の名前を受け継ぐあの子とは……どの子なんだ。
「どうしてだ!」
マツナギの胸の真下くらいに頭があるオレイアデントは、彼女の腰のあたりを捕まえて見上げている。
「下らない理由だ」
吐き捨てる、辛そうな顔を俯かせればオレイアデントに行きつき顔をあげれば俺達に晒す。
マツナギは辛そうに首を数度横に振る。
きょとんとしているであろう俺達に向け、事情を説明すべく重い口を開いた。
「あたしはここの巫女をやっていたんだよ。数十年前の話だけどね……当然この神殿に神なんて居ない。形だけの神殿だと思っていた。あたしの家系はこの神殿を守る為に続いているんだけれど……」
「待て、それは……」
俺は気が付いたら止めていた。
彼女が辛そうだと思ったからだし、無用に自分の重い部分……そこを語り明かす必要があるのか疑問だったからだ。
そして同時に……それが辛い事が多いという事を俺は知っている。
自分の事、戦士ヤトの事情は置いておいたとしてもだ。
レッド、ナッツ、それからアベル。テリーだってそうだろ?
辛いのならそんな事、いちいち俺らに暴露する必要は無いじゃねぇか。人間痛くて口に出せない出来事の一つや二つあるもんだぜ?サトウハヤトとして俺はそれをわきまえている。
しかしマツナギはやや俯いて吐き捨てるように言った。
「いいんだ、頼む。吐き出させてくれ」
強い反発に俺は口を閉ざしてしまった。
「……年に数度の密祭に多くの信者がここを訪れる。それ以外の時に訪れる者は信者ではない……排除すべき敵として、この神殿の秘密を守るのが……巫女と神殿守の役割なんだ」
それは彼女の背負う、重い背景。
でもなぜ今更それを暴露する?それで本当にお前の気持ちは晴れるのか?
「……この事は本来部外者には語れないんだよ。言った通りここに祀られているのは秘密の神なんだ。暗黒神を奉っている事が世間的によく思われていないのは知っていて信仰している。知っているけれどあたし達は、その神を信仰せずには居られない。生まれてからずっとそういう教えを叩き込まれている……疑う余地が無かったんだ」
「マツナギ……」
オレイアデントは俯く彼女から少し離れた。そして少し困った様に頭を掻く。
「俺は暗黒神じゃない、それは連中にも説明したんだけどな。でもすっかり実態を失ってるここの神様の代わりになっちまって……。仕方がないからここに住んでたんだ。こうやって閉ざされるまで……悪い生活じゃぁなかった。元より俺、二重人格だろう?多くの人の前で生活するよりはこうやって隠匿の暮らしの方が合っている。でも……昼はともかく夜の俺には退屈だ」
……話が俺にはよく見えないがとりあえず、気が付いた所から余計な横やりを入れさせて貰うけど……。
「じゃぁ、マツナギはやっぱりオレイアデントと会ってたんじゃないか」
「知らなかったんだ、二重人格だなんて」
マツナギは俯く。
「神の社に現れた大陸座は神殿から出ないものだと聞かされていた。時たまに神殿の外にいて、あたしの娘と遊んでいる……子供みたいな見知らぬ子がいるとは知っていたけど……。分かるだろう?あたしの家系はこの神殿を守る守護の家だ。色々と――仕来たりがあって厳しいんだよ。かく言うあたしも寂しい子供時代を送ったものさ……」
マツナギは苦笑し、だから誰にも言わずに彼女と、見知らぬ少年との逢瀬を許してやっていたと呟いた。
「娘が厳しい巫女修行を行う中、そのストレスをこっそり吐き出す為に。彼女が楽しそうに笑っているのを見てあたしは、……取り上げては行けないと思った。貴方はノイザーと名乗り、大陸座の使いだとか名乗ったそうだね」
「ああ……俺も神殿から出ないと約束しちゃったみたいだからな……俺じゃないんだけど」
成る程、オレイアデントは二重人格で、その片方が引きこもりニートという訳か。なんか納得。
んー、そろそろ核心の所、突っ込んでいいかな?
「てゆーかマツナギさん?」
「……」
何を聞かれるのか分かっているらしい。ちょっと困った顔で俯いた。
「もしかして……俗に言うバツイチッスか?」
「まさか、あの仏頂面が旦那とか言わないわよね?」
なぜか憤慨してアベルが聞いている。……政略結婚じゃねぇかと勘ぐってんだな。そういうネタは大嫌いだからな、彼女。
するとマツナギは可笑しかったのか、笑いながら俺らの言葉を否定する。
「あの人はあたしの父だよ。それに旦那も健在さ」
「何ぃ?」
「だから交渉の余地ありと思ったのさ。……あたしの旦那は残念ながら部外者になるからね、ここには住んでないし住めない」
「なんだ、健在なのか。ならたまには会いに行ったらどうなんだよ」
「……会えないよ」
マツナギは寂しそうに笑った。
「もしかしたら優しく出迎えてくれるのかもしれないね。でも……あたしが会いに行きたくないんだ。子供を死なせてしまったなんて……きっと密祭の都度に疑問に思っているのかもしれない。巫女役である娘の『マツナギ』がどこにも見当たらない。あたしもここを逃げ出した……聞きたい事が沢山あるのかもしれない。でも……」
マツナギは涙を拭わずに顔を上げる。
瞬きをするたびに赤い瞳から流れ落ちる涙をそのままに自分の肩を抱く。
「……怖くてたまらないんだ、そんな事をする人じゃないって信じているけれど、でももし……もし、否定されたらと思うと怖くて」
オレイアデントが手を伸ばし、マツナギの袖を引く。
「……俺の所為なんだな」
必死に首を振る……それしか出来ないマツナギ。
「いいんだぞ、俺は暗黒神じゃない、その偶像にされてるだけだ。憎いなら憎いと言えばいい」
「憎めば娘が戻るわけじゃない」
穏やかな声でマツナギは呟き、その後低く呻く。
「憎むとするなら神じゃない、それを奉る者達だ、そこにあるしきたり」
しかしその暗い思いを払うように首を振り、涙を拭う。
「あたしはもうここには属せない、だから地上に出た。掟を破って……世界を目指した。あたしにはもうここに足を運ぶ事も許されないし暗黒神を奉る一団とも決別している……会えないんだよヤト。どんなに今でも愛していても。彼に迷惑掛けるわけにはいかないんだ」
「信仰が正しくないって分かってるなら、ソイツを引っ張ってでも一緒に、外に連れてけばいいじゃない!」
アベルが強烈に反発しているが俺、何となく彼女の反撃を予想してしまっていた。
しかしマツナギはそうじゃないだろう、案の定困惑した顔で俯いてしまう。
確かにお前はそうするんだろうけどな。
アベルがそういう『性格』である事をよく知っている俺は、あきれ顔で止めろと振り返って主張したが……。
マツナギは俯いたまま小さく呟いて語り出す。
「掟は古く、信仰は深い。あたしの事はいいんだ、でも彼らには彼らの生活があり平穏があるんだよ。あたし一人の都合でかき乱していい事じゃない。あたしと同じ、大切なものを失って途方に暮れるような事にはさせたくないんだ」
そう言って強く、アベルに負けじと顔を上げる。
「大切?見えない神様が大切だって言うの?」
「そういう場合もあるんだ、……何かに縋ってないと生きて行けない人は沢山いる。人は弱いんだ、誰かを憎んで責任を転嫁していかないと生きていけない。貴族種だって例外じゃない、いや……本来貴族種の方がそういう度合いは強いと思うよ。貴族種は集団の魔物だから」
リコレクトして補足しておこう。
魔物、魔種の発生には個の場合と集団の場合がある。今は多く魔種が確立安定しているが昔はそうではなかったらしい。
詳しい話は俺には無理なんだが、鬼とつくのが人間派生だという話はしたな?鬼の名前はついていないが貴族種もやはり人間から派生した魔種だ。鬼種よりも先に魔種として安定した歴史があるので特別扱いになっている。
貴族種は迫害された人達による集団魔物化が始まりだ。ようするに没落した人達が世間体を避けて人里離れた所で閉鎖的かつ禁欲的な生活をしたのが始まりなんである。
えーと、時代的には西教って言われる宗教が全盛期だったとか。背景的には貴族種は敬虔な西教信者でもあったそうだ。人間から距離は置いたが神は奉ってその教えを守った暮らしをしていたそうで。
……そんな訳で、貴族種は今の宗教とはまた違った派閥宗教をかたくなに守っている事が珍しくない。
今回のマツナギの例のように。
特殊な神を信奉してそれを中心に集団を形成してその中で生きる事が重要なんだ。
耳が痛いと思わないか?
少なくとも俺には痛い。そして胸にぐっさりと刺さる事だ。知っているから尚更に、ばらさなくたっていいじゃないかと弱音を吐きたくなる。
置き換えればどんな事も言えるんだ。
この世界では人間が、人間ではない種族が、リアル世界で規模は違えど誰もがやっている事をわかりやすく展開している。
コミュニティに属してなきゃいけない。属していないと人は心配で、寂しくて、心細くて『生きていけない』と来た。
確たる神のいない国ニホンにおいて、人々がどんな集団を作り上げているか知っているか?この俺にいちいち説明してもらいたいか?……余計なお世話だよな。そう思うから俺はあえてこれ以上は突っ込まん。
自分も少なからずそう云う何かの集団に属して安心を得ている事は間違いないんだ。たとえば、今こうやってゲームオタクという属性を元に集っているように。
「いいじゃない!たった二人でも!」
そんな世間の仕組みに疎いこの……女は、全く……。
俺はアベルの腕を引っ張ってもう止めろと主張。容赦なく飛んでくる肘を避ける。いつものコンボだぜ。
「お前な、いい加減自分勝手振る舞うのは止せ」
人の事は言えんけど、学習しねぇ奴だよなぁホント。
「はぁ?何言うのよアンタは!」
「たった二人で心細くないってか。それでも集団に属していたい、それが人の性だろうぜ?マツナギは我慢してんだ、それを悪く言うのは止せ」
「我慢してるのが許せないの、どうして妥協するのよ!」
「アベちゃん、ナギちゃんだって色々考えて苦渋の選択をしたんだと思うよ。必死に考えて、最良と思って……誰も自分の都合に巻き込んじゃいけないって思って一人で外に出たんだと思う」
アインの宥めにアベルは思う所があったんだろうか、途端ばつが悪くなったように黙り込んだ。
「……ありがとうアベル」
「……ごめん、」
マツナギの許した言葉にアベルは小さく応える。
「いいんだ……あたしの事を思ってなんだろう?……今はそれはいい。オレイアデント」
名前を呼んで大陸座を振り返り、マツナギは覚悟を決めたように告げる。
「あたしの名前を受け継ぐ筈のあの子は、オレイアデントが沈黙したのは自分の所為だと思ったようだ。掟に背く事をしていたという罪悪感が彼女に、そう思わせてしまったのだと思う」
だからあたしにも罪はある。伏せそうになった目を瞬いてしっかりと前に向ける。
しかしオレイアデントは沈鬱に暗闇だけがある床を眺めていた。
「……くそ、……こんな事になるならこんなもの」
手の中にある黒い固まりを握りしめて目を閉じる。
オレイアデントは覚悟を決めた風で顔を上げた。
「なら……俺がここにいる理由はもう一つもない。心おきなく世界を去れる」
「すまない、」
「それを言うのは俺の方だ」
世界を狂わせているのはどっちだ?ってのが……問題なんだよな。
大陸座か、それとも……魔王八逆星なのか。
なんだかマツナギの一件を見ていると……。
あながち大陸座の存在を良いものとして捕らえる事が出来なくなる。
今までになかったものが現れた。その所為で起こっている不幸な出来事がある。
極々些細な行き違いから……いずれも大きく重い物事となって。
不幸ではなくて、誰かが救われた出来事もあって欲しいと密かに願う……俺だ。
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