異世界創造NOSYUYO トビラ

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8章  怪奇現象    『ゴーズ・オン・ゴースト』

書の7前半 枝を折る者『守ろう環境!緑は大切に!』

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■書の7前半■ 枝を折る者 Need not have done it..

 山を越える方法、昔これが分からなかったんだよなぁ。
 でも、こんな所に峠道があるなんてマジ知らなかったんですけど?

 もちろん整備されている道じゃない。今にも緑の中に埋もれそうな獣道である。しかし荷馬車の往来はあるらしく轍はくっきり残っていた。道々の枝も折れていて、鉈を振るわなくても歩く事が出来るならコウリーリス国ではれっきとした道だ。
 どんだけ田舎だとか言うな!分かってるんだから!

 昔、俺はこの峠を通ってコウリーリスからペランストラメールに連れて行かれたんだな。残念ながら……その道中の事など殆ど憶えていない。ま、それくらい自分でやらかしといてショックだったと思いねぇ。

 ジュリエの町を後にして、その後いきなり道を逸れて……森の中に入っていく。なんだなんだ?どこに行くんだ?そう思うも俺達は実績的に道案内には適していない。軍師連中の示す通りに進むのが正解なのは、今までの経験から良く分かっている。
 本道から分岐した獣道が少しづつ集約して、少しだけ森が開けた所に出る。なんでか土が露出していて……どうも昔集落があったな、というのが分かるな。

「ここには昔、鍛冶屋で有名な村がありましてね」

 そこを通り過ぎる途中、レッドが前に言っていた事を思い出している。

「系統として、サガラ工房もここの鍛冶屋の流れを組んでいるそうです」
「そうなんだ、知らねぇ」
「随分昔に滅んでそのままみたいですからね」
「何で滅んだんだろうね」
 マツナギの言葉に、レッドは肩をすくめて言った。
「残念ながら、僕は専門ではないのでそこまではリコレクト出来ないようです」
「お前でも分からん事はあるんだな」
「みたいですね」

 恐らく何かがあったな、という形跡だけがある森を通り抜ける。道は勾配がキツくなり、所々森が開けて裾野が見下ろせたりするようになる。どうやら古い道を使ったショートカットだったみたいだ。
 森の中に隠れているが岩肌がむき出しの崖や、昔明らかに掘ったなという炭坑跡があちこちにある。これがまぁ良い感じに魔物の巣になってる気配だ。のぞき込んでみると不穏な気配がする。
「ヤト、変に絡まないでくださいよ」
「分かってるよ。……分かってるよな」
「どうして俺に振る」
 と、テリーが笑っているぜ。俺よりまずコイツに注意したらどうなんだレッド。
「鍛冶屋があったてのはマジっぽいな」
「おかげで炭坑跡が多く……魔物の巣窟が多いという、少々危険な峠道という訳だね。だから地図にも明記されていない場合が多いんだと思うよ」
 あえて危険な方の道を選んだのかよ軍師連中め。
「ならさっさと峠を越えるべきだわ。……でも、どうせこっからずぅっと森なんでしょ?どうせ野宿なのよね」
 深くなりつつある森の隙間から遠くに、すさまじい高さの岩山が立ちはだかっている。奥に進むにつれ、崖の間に森があるような状況になり、立ちはだかる岩肌を迂回して獣道は続いていた。遠く高い山をどうやって向う側に抜けられるのか不安になってくる。今まで雲や前にある山に隠れていた、更にその奥の本性としての山脈グランドラインが見えてきて……げんなりするぜ。
 ところが、昼過ぎも休憩取らずに歩いていると山を一つ漸く迂回して……わずかだが山脈が低く切れて、その遥か奥に果てしなく続く様な緑色の絨毯が、雲の切れ間から見る事が出来るようになった。
 コウリーリス国は森で覆い隠された山の地形が多い、ペランストラメール側だと切り立つ崖に岩肌むき出しの山々が殆どだったのだが、グランドラインの西側に出ると濃い緑に全てが覆い尽くされている様な景色に変わる。
 天候はひっきりなしに移り変わる所まだまだ山の上か、見えていたと思っていた景色はそのうちに雲の中に消えてしまった。

「さっきのあれは、やっぱり緑の森か?」
「ええ、恐らくは」
 地図から顔を上げてレッドが答えた。緑の森、亜熱帯気候に近い感じの果てしない落葉広葉樹林地帯の事だとレッドが言っていた。実際そこの裾野に住んでたのでどういう気候かは説明できる。冬はあるが凍り付くほどに厳しくは無い。稀に寒い冬も在るし、雪も積もるが閉ざされる程じゃない程度だ。一年通して雨が多くて、その恩恵に与る様に豊かな森が広がっているんだが、山と谷が入り組んでいる地形に被さる様に森が広がっており、人が住めるのはあくまでその裾野まで。後は入ったら玄人でも迷う可能性のある、所謂樹海だ。
 その『緑の森』と呼ばれる樹海の中央辺りにあるとされるのが……大陸座、ドリュアートである。
 目下の目的地が見えた事で少しだけ気分は楽になったぜ。……海を目指していて遙か遠くに海が見えた、みたいな気分だな。


 昼はとっくに過ぎて太陽が傾き、かなり森が深くなった頃合いだな。一旦休憩を取る事になって俺は、例によって淹れて貰ったコーヒーを飲みながら灰色の空を伺っている。どうも一雨来そうだというのは精霊使いの気質を持っているマツナギが言わなくても分かる。
 残念ながらまだ峠を越え切っていないから一時的な雨じゃないな。恐らくこれからずっと降り続けるタイプの雲だ。
 実は休憩するつもりはなかったんだが、どうも雨に降られ続けると予測して、ちょっと雨装備に変更するついでに休む事になったんである。
 地図上だとこう、すぐなんだがなぁ。
 実際歩くと遠いのだ。当たり前だが。

 1日で今攻めてる峠を越えるのは無理だろうと最初から予定は組まれていたようだ。いっそ明日雨が止むまで待つかどうか、というのを今ナッツがマツナギと状況を見て検討している。
 アベルとアインは雨を防げる場所が無いか少しだけ、先見に行った。途中雨が降ってもアインが一緒ならちゃんと戻ってこれるはずだ。
 しかし結局良さそうな場所もなく、雨が降り出した頃アベルとアインは引き返してきた。ナッツが持ってきた天気図とマツナギの精霊干渉の結果、長雨になりそうだという予測になり……結局進軍が決まっちまったよ。

 どろどろのグチャグチャ道の中、雨音にただ黙って足を前に運んでいる俺達。固い地面を歩くよりはるかに疲れるし、所々滝になって道が半分川になってたりするし。
 進めば進むだけ道は悪くなって崖沿いだ。ヘタをすれば足を滑らせ崖を滑落、なんて所も歩かなきゃいけなかったり。

「やー、正直季節が良くないかも」

 今更言うなよナッツさんや!
 辺りが真っ暗になっても歩き続け、ようやく雨風を凌げる乾いた洞窟を見付けたのは……真夜中じゃねぇかな。月が見えないから何時なのかはよく分からん。分からないがこの俺が相当に疲れてるんだから、相当長い間歩いていたと思う。
 岩山を少し登った所にあった、岩の隙間に出来た洞窟には……。
 ご多分に漏れず先客がおられました。
 巨大なイノシシの怪物だな、思わずどこぞの神様?とか聞きたくなるような明らかに生物の域を超えている魔物が住み着いていた。いや、住み着いてて良いのですよ?巣穴荒らしてるのは間違いなく俺らの方だ。
 生物の枠を超えている生物は全面的に『魔物』として分類する事になっている。よく見ると手足が余計についてるんだ、このイノシシ。
 知ってるか、イノシシってかなり雑食なんだぜ。何でもかんでも食っちまう。植物も食べるが肉も食う……そう、人間にも襲いかかってくるんだぜ。
 このデカさだと明らかに一帯の森の頂点に君臨しているんだろうな……と予測。
 が、残念ながら鬱憤が溜まっていたテリーさんがこれをあっさり討ち取ってしまった、この辺りの生態系が乱れるかもしれないが、降りかかる火の粉は喜んで払ってしまう、血の気の多いパーティーですみません。
 イノシシさんは今後の非常食になろうか、という具合になっております。ええと、手を合わせて……ごちそうになります……と。

 洞窟の主は今、すっかり蒸し焼きにされてそりゃぁもう香ばしい匂いを……やべぇ、疲れてるからかな?夕飯はちゃんと食った後なんだけどまだ匂いに幻惑される、なんかもうたまんねぇ。さっきから込み上げる生唾と戦ってて睡魔はどっかいっちまってるよ。
「でもさ、基本的に一人で生殖活動出来るかな?」
「……何が言いたい?」
 どっさり大量の香草で燻しながら、ナッツが火の加減を見つつ俺を振り返る。香草は道中、ナッツが群生地を見ていたのでそこから摘んできた奴だ。
 ちなみにもう相当に夜も遅い。他は先に横になっている。野宿なので二人体勢で番をしているのだ。
「これはメスだったからなぁ、おなかに胎児があったし、どこかにオスもいるはずなんだけど」
「俺はスレイプニールな豚なんぞ見た事なんか無いぞ?」
「僕もだ、こんな生物世の中にはいるんだね」
 思うに、豚……もとい、イノシシに足が8本あったって何も良い事がないよな。こういう余計な造形をしているものが『魔物』の第一特徴ではあるものの。
 食肉的にも上級部位のヒレが増える訳じゃぁないと思う。俺に限らず野営をする奴だとある程度生物の捌き方ってのは心得ているもんで、皮剥いで内臓抜いて油をそいで肉に切り分けながらそんな事を思ってみたり。
 無駄に足が付いている。二の腕の部分で蹄が二対ずつ付いている構造だ。こんな8本足、イノシシにとっても邪魔だと思うがどうよ?
「種として確立してなきゃ、子供なんか産まないだろう?」
「連れ合いが報復しにくるとか?」
「どうだろう、子供を襲ったら親が、というのは聞くけどな。イノシシって夫婦仲よいのかな?」
「知らんて、そんなの」
 会話からお分かりの通りテリーが拳一つで打ち倒してしまった巨大な、8本足のこのイノシシ、腹を割いてみて子持ちのメスだと藩命。残念ながらまだ胎児でな、子供だけ助けるという事は出来なかったし大体、子供だけ残したって上手く生き残れるとは限らんだろ。その前に、テリーが問答無用で息の根を止めてたし。
 残酷?何がだ?
 生まれてたら生まれたで、生け捕りにして今後の食料になっただろう事は変わりない。それに、生物は必ず何かを捕食しなきゃ生きていけないのだ。
 俺達が食うのがトカゲか、鳥か、イノシシだったかの違いだ。何も残酷な事など無い。
 してやれるのはきっちり食らってやる事くらいだろう。自然生物なので親イノシシの内臓は流石にヤバくて食えないからな。精肉だけ燻製し塩漬けにして持ち運ぶ事にして、今蒸し焼きにしている通りである。
 対し胎児はまだ口径的な感染症や寄生虫の心配がないので……内臓まで頂けるんですよ、これが。という事で……すでに俺達の腹の中に殆ど収まっております。
 最高に美味かったです!
 おかげで幸せなくらい満腹だぜ。
「万が一お父様が襲ってきたって、テリー先生が喜々としてお相手してくださるに違い在りませんぜ」
「確かにね、なんか気が付いたら倒しちゃってたもんな」
 一応、暴力に訴えない方法もあったんだぜ?催眠魔法などで操って追っ払うとかいう手も無かった訳じゃない。だが先にテリーが手ぇ出しちまったんだからしょうがない。
 おかげで腹割いて子持ちって分かった時、女性陣から一斉にブーイングされてたからな。ざまぁ見ろ。
 しかしその後、その胎児を美味い美味いとか女性陣も言って食い散らかした訳だが。
 ……レッドが『こういうのって、大人になるとひたすら失われるだけのコエンザイムQ10やアルファリポ酸がたんまり含まれていて美容と健康にとっても良いんですよ』とか言ったからだけど。
 レッドの奴、テリーを救ったつもりだったのか、それとも確信犯なのか。見事に全員の罪悪感を取っ払ったな。
 俺的には食えるならどっちでもいいや、美味しかったし。

 外は雨だ、やっぱり止む気配がない。
 このままだと峠道は相当に歩き辛い道になるのは間違いない。明日もこの調子かと思うと正直げんなりするぜ。


 こういう時こそ展開スキップ活用だ。
 村らしい集落までの、野営を含めた辛い道中をスキップ。獣道ってんで途中、例の8本足イノシシのオスらしいのに遭遇したり、滝が出来てて道が流されてたり、湿地になってて足止め食らって迂回する羽目になったり、それで変な植物の群生地に足突っ込んでみたり……他にも色々あったが、まぁ危機一髪という展開ではないので詳細は俺の記憶の中にしまっておくぜ。

 だが、スキップ明けて見て俺が思った事は特筆すべきだろ。

 俺、疲れて今にもぶっ倒れそう!!
 確かに俺は人間種族で全体的なポテンシャルっつーの?そういうのは他魔種に劣っているぞ?でも俺は魔法使いじゃなく生粋の戦士設定で、散々な言われよう及び取り扱いになっているが一般人より遙かに強靱な肉体を持っている。
 そこ、えー、じゃない!
 ともかく、そんな俺が疲れてへろへろだってんだ。他ナッツとかレッドとかは更に酷い状況に陥っているのは想像に難しくない。

 気が付けば、俺達は幽鬼のような足取りで森の獣道をひたすらに歩いていた。
 小雨のぱらつく天候がふいと晴れ渡り、雲の隙間から光が差し込んで青空が覗いたのを俺は、眩しく見上げる。
 他も恐らく同じように空を見上げていただろう。とかく、植物とか曇天とか、代わり映えのない風景ばっかり見て……ジュリエ出発から実に4日3晩、もううんざりしていた所だ。
 冒険者ったって、俺達結成はつい最近で……元々旅慣れしている同士ではないのだ。こういうキツい道中体験があんまりないのだな。シェイディ国の地下迷路の時も言ったと思ったが。

「……あれ、何だ?」
 俺は義務的に運んでいた足を止め、疲れ切った顔で振り返る。思った通り全員空を見上げていた。
「……しだれ雨……ではなさそうですね」
「間違いない、煙だ……集落が近い」
 その途端、一同の口から次々と安堵のため息が漏れたのは言うまでもないな。


 とはいえそこからまだ集落らしい場所までは結構あるのだが、村が近いと言う事でようやく、ナッツさんが重要な事を言い出した。
「間違いなく、宿屋みたいな施設は無いんだよね」
「そりゃぁ、そうだろ」
 テリーはそこまで楽観的に期待はしてない、という風に苦笑いやがった。ええ、どうせ田舎村ですよ。
 シエンタだ。俺が、昔住んでいた場所。
 森の中に人の手が入っている跡がちらほら見受けられるようになる。分からん奴には分からんだろうがな。
 西みたいに土地を納める領主とかが居る訳じゃない。ここいら一帯広い範囲、人が生活している場所全体をシエンタと言う。で、物々交換なんかをするために集落を作り、森に入らない女子供はそこで共同体作って暮らしている。そういう所だ。
 余所者の進入を余り好まない、閉鎖的な人間の集まりだ。
 快くソトからやってきた奴を迎え入れるような、暖かい心を持った村人など皆無である事は、昔ここに住んでいた俺はよーく知っている。
 でもナッツ曰く、集落によっては気質は異なるとか言ってたな。コウリーリスの海沿いにある集落は割と外人の受け入れが盛んで交友的だけど、とか言ってたけど。ホントかそれ?
「しかし、天使教の支部があるのでしょう?先のジュリエの宣教師は元シエンタ担当だとか」
「うーん、そもそもどうしてシエンタからジュリエにブランクスが移動したか、分からないかな?」
「……追い出されたのですか」
「まぁ、そう云う事だねー」
 レッドはちょっと絶句している。
「そこまで排他的な集落は余り聞きませんけどねぇ……」
「ちょっと他の集落と切り離され過ぎてる所為かな。独自の文化が出来上がっちゃってる気配はあるね」
「先生が追い出されたなんて、」

 俺は今初めてそういう事情を聞く訳だから、かつての故郷の余りに変化の無さっぷりに残念なため息が漏れてしまう。
 今更だけどちょっと、近づきたく無くなってきた。
「まー、そんな訳で僕、村に近づけないんだー」
 ナッツさん、笑いながら頭を掻いている。今更言う事かよそれは。
「何やったのよ、天使教」
 アベルの呆れた言葉にナッツは笑いながらため息を漏らした。
「いや、とばっちりって奴なんだけどね。警戒されると思うから僕は村には入らない。悪いけどレッドに全面的な交渉をお願いする事になる。基本的に下手に出て相手の領域に踏み込まなければ大丈夫だから」
「あー、だからこんなクソ重いおみやげを担がされている訳だな」
 全員で分担して背負って来ている……数日前遭遇したイノシシの生ベーコン。とりあえず上等な部位だけ薫製にして香草と塩でくるみ、劣化しないようにレッドの凍結魔法が施されたものを椰子の一種の葉で包み込んで荷物として背負ってきた。
 果てしない疲れの原因はコレの所為もあるかもしれん。
 人を丸飲みするようなサイズのイノシシだからな。いくら野生生物とはいえ、どんだけ肉取れると思って。デカいのだと100キロ近くある固まりだぞ?こんなん多数背負って山越えしてきたなんてもう修行の域である。
 確かに味とか良かったからなぁ、捨てるのはもったいない気持ちはよく分る。荷物を背負う事に当初は文句はなかった。……当初はな。後に後悔したけど。
「必要な分だけ取っておいて、換金出来るなら換金してもらって……あとは交渉用に使うって事でいいかな?」
「とりあえず、これ以上持ち歩かないという意見には賛同だ」
 テリーの言葉に俺達は同意、ナッツの提案通りにする事になった。ちゃんとした町の肉屋に持っていったらそれなりに換金できるだろうが、多分タダ同然で村にばらまくハメになるんだろうな。ま、金には困ってないからいいけどさ。


 夕暮れ前にはなんとか、集落の相当近くまでたどり着いたんじゃないのかな。獣道が増えて、大きな道となって開けていた。所々畑をやった跡らしいものがあったり……。
 何より、不思議と景色を憶えている。
 俺はうっそうとした森をキョロキョロと見渡し、今では率先して木々の間を選んで歩いていた。相当に景色は変わっているはずなのにな、木々の立ち並びは変わる訳じゃない。

 黒土の露出した……森の途切れた場所に出て俺は足を止める。焼けこげた梁が所々残っていて、家があった残骸が見て取れる。
 一部森も燃えた跡があるな。
 今は再び静かに緑に浸食されつつある……間違いない。
 かつてシエンタの集落があった所は、すっかり草臥れて放棄されていた。
「……移動したのか」
「村をか?そんな事あるのかよ?」
 テリーの言葉に俺は……何とも言えずナッツを振り返ってしまった。天使教支部の件で、割と俺よりこの村については詳しそうだ。
「集落の移動はあるだろう?狩猟民族なら当然」
「……でもコロニーまで移動する必要あるのか?」
 樵や狩りをする奴らは集落に家族を残して森に入る。一日で帰ってこない事はよくあり、森の中に小さな小屋をいくつか建ててそれを共同で使ったりして、遠くまで狩りに出かけたりもする。
「環境が悪ければするとは思うけどね」
 ナッツはそう言って自分の荷物を降ろしてしまった。
「ここなら村人は勿論、野生生物も近づかないだろう」
 テリーは焼けた土を蹴って同じく荷物を降ろした。ちゃっかりその荷物の中で丸くなって寝ていたアインを発見し、一寸怪訝な顔になりながら言った。
「撤退するのに一々、火は付けねぇだろうからな」
 全くだ、火を放つなんて正気じゃねぇぞ?雨が多い地区だから野火で山火事なんてめったに出ないが、季節によっては危ないんだからな!?
 いくら自然豊か過ぎて困ってる位とはいえ……緑は大切にしなきゃいけねぇもんだろうが。シエンタは森に依存しきって生きている村だ。そんな事は痛いほど分かっているはずなのに。

 何かあったのか。

 俺は嫌な予感を胸に隠し、ここで俺達は野宿と理解して荷物を降ろした。 



 シエンタの新しい集落は、俺達がキャンプ地に選んだところからそれ程遠くではない様だった。夜闇に紛れて偵察に行った……いや、曰く行かされたと主張するアインからの話を聞き、明日朝一番に交渉に行く事が決まったな。
 どうもソトから来た奴が近くにいる事くらい、村の連中は察しているだろう。早めに挨拶して敵意がない事を示さなきゃいけない。

 俺は……ナッツと一緒に留守番だな。あとマツナギも残るそうだ。割と魔種とかも敬遠するみたいでな、ナッツが昔ここに来た時も散々変な目で見られたそうだ。奴はデカい羽背を負っているので、よっぽどうまく隠さない限り天使教関係者とバレるだろう。
 外見が違うっていうとアベルもそうだが、耳が長い暗黒貴族種よりはごまかしが利くと思う。

 交渉道具の肉を背負って、レッドとテリー、アベルと……アインもなぜかついて行った。奴の場合は珍しがられてなんぼだからな。とりあえず幼生ドラゴンだから怖いというイメージは与えないだろう。
 間違いなく万人から『可愛い』という評価を貰うに違いない。
 ドラゴン好きの俺の偏見?いや、そんな事はない!お前らアインさんを見た事ないからわからんのだ、普段トカゲ嫌いの人も思わずキャァッ、とか言ってナデナデしたくなる、そんな問答無用の愛くるしさがあるのだ。
 ゴツゴツの鱗もさわり慣れるとふわふわの毛を撫でてるのと同じくらいクセになるってもんである。ホントだぞ?ホントなんだから!


 朝靄に包まれたテントで、俺は3人と一匹を送り出した。
「めんどくさい村だね」
「俺もそう思う」
 食事の後片づけをしていたマツナギを手伝い、その後道具整理をする。今日は天気が良さそうという彼女の言葉を信じて、雨に濡れた道具の整備に勤しもう。天日干しすべく並べながら会話だな。
「ここまで来たのに、本当に人に会わなくても良いのかい?」
「正直、めんどくさいからなぁ。ここに来れただけで俺は満足なんだけど……。でも、少しはどうなっているだろうっていう興味はあるぜ」
「確かにヤトの経歴を鑑みるに、正体がばれたら……ちょっとした騒ぎにはなってしまうかもね」
 俺がここでどういう扱いだったのか、という記録については公開済みだ。ログ・CCしているからな。マツナギだって了承している。
「とりあえず、出発前に一寸覗くくらいでいいや」
「そうだね、とりあえず交渉全部終わってからの方がいいかも」
 その通りだ。
 もし俺の事を村が憶えてて、それで一気に出て行けムードになったらドリュアートまでの道に関する情報も得られないし、物々交換も成り立たない。
 広げたなめし革の上に湿気を含んだ道具を並べていたら、ナッツが話に加わりながら手伝ってきた。
「一応今後の食料とかの準備もしようと思うんだ。ひと休みしてから出発しようと思う。グランドラインは越えたから雨には振られるけど……長期的な嵐には遭遇しないと思うし」
「ドリュアートまではどんくらい掛かるだろうね」
「地図で見るとそんなに遠くはないんだけどな」
 俺は、昔飽きる程に……学校を兼ねていた天使教の教会に唯一あった地図を眺めて『外の世界』を思っていた。だからドリュアートと呼ばれるものがどこにあるのかは地図上は知っている。
 ドリュアート、大陸座の一つだな。リコレクトするとコウリーリス国では森そのものとして精霊信仰に近く敬っている所がある。
 これはディアス国の神シュラードのように具体的に民を救ってくれるような神じゃない。豊かな恵みを与える一方で、厳しい自然も突きつけて来る。
 歴史的に言うと人間ってのは、大体西方から流れて来ているものだ。今の東方人だって割とルーツを辿ると西方人だったりするそうだからな。シエンタも、そんな元西方人の東方移民の一部が源流にあるらしく誰から教えられた訳でもないのにシュラード神っぽいものを神として奉ってたりする。
 これは実際村の外に出て、俺がどうも同じらしいと悟った事だな。
 だが厳密には違うみたいでどことなくシュラードと大陸座の存在が混じったような、独特な信仰がになっているようだ。
 俺がまだこの村にいた頃、密かに西教シュラード神とは別の宗派である天使教が入ってきた訳だが……結局何やらあって追い出されと言う。
「なぁ、ナッツ」
「……天使教が追い出された理由かい?」
 鋭いな、俺は投げナイフを湿った革のポケットから出して並べながら顔を上げる。
「ブランクスはよくやっていたよ、多分……子供達は彼を追い出す事には反対だったかもしれないね」
「先生だって……例え最低最悪な村だったとしても……出て行きたいって思ってた訳じゃないと俺は思うけどな」
「よく分かっているね、勿論彼だってシエンタを放棄したかった訳じゃないんだよ。でも当時の人達が彼の存在を拒否した。居られなくなってしまったんだよ」
 俺はナイフを並べ終え、拾って引きずって来た椅子替わりの倒木に座り込む。
「まさか、俺……が、出て行ったからとかじゃぁないよな?」
 ナッツは無言で最後の革袋に着手して小道具を並べている。マツナギも作業を終えて、俺の隣に腰掛けた。
「あたしは……そういう事はどこでもある事だと思うよ。正直に言えばね。攻撃対象がブランクスさんに移ってしまったって事は考えられなくはないと思う」
 俺が危惧している事をちゃんと理解したうえでマツナギは言っているな。そう、まさしく村八分されてた俺みたいな『鬱憤のはけ口』が居なくなってしまったから、攻撃対象が村の外から来た外人である、先生に移ったのではないかと危惧した。
「いや、それだけとは限らないさ」
 ナッツは立ち上がり、俺達に背中を向けて小さく言った。
「さて、……じゃ、少し自由時間にしようか」
 笑って振り返ったナッツに、俺は無言を返してしまった。まぁ、俺の過去はぶっちゃけられている訳だから……俺の今後の行動パターンはしっかり読まれていると考えるべきだよな。
 無言で立ち上がった俺に、マツナギが意味を取れずにちょっと怪訝な顔を俺とナッツに向けた。
「………?」
「じゃ、ちょっと行ってくるな」
「ああ、行ってらっしゃい」
 軽く手を振るナッツに俺は。敵わねぇと頭を掻いた。
 その頃マツナギもようやく合点したんじゃねぇかな。どこへ?などとヤボな事は聞いてこなかった。

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