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8章 怪奇現象 『ゴーズ・オン・ゴースト』
書の7後半 枝を折る者『守ろう環境!緑は大切に!』
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■書の7後半■ 枝を折る者 Need not have done it..
この辺りには人を襲うような動物や魔物はあまり生息していない、ってのは知っている。それでも護身用に武器を帯びずに歩くなんて、今の俺には考えられない事だ。
いや、ちょっと迷ったりしたのだ。軽装でちょっとそこまで散歩に出かける俺は、剣を持っていくべきか。
結局愛剣を掴んで、俺はすっかり道が消えて鬱そうとした蔦植物や下草に覆われた道を乱暴に前進している。すでに道が無い訳だが間違いはない、このルートで正解だ。
と同時に、もう使われた形跡がないのだから……この先がどうなっているのかなど想像に難しくないんだけどな。
いきなり緑が開けた場所に飛び出てしまう。
俺は、呆然とその僅かに開けた空間を見やった。起伏無く均された元、畑にはすっかり草が生え、幼い木が育っている。木が生えてるって事は……畑が放置されて7年以上は経過した事を物語っていた。
俺の胸の高さまで迫る下草の中に、本来立っていた筈の建物が崩れて埋もれている事を理解するのに少しの時間が必要だった。
俺はその場で立ちすくみ、恐らくそうだろうと予測していた景色を目の当たりにして動けなくなっていた。
なんだよ、余りにも想像通りで……くそ、おもしろくねぇんだよ。
その場で回れ右して引き返したい衝動に駆られる。今目の前にある結果から逃げたい、なんて俺らしからぬ感情だろう。
そのように俺は逃亡願望を押さえつけ、ゆっくり草の中に埋もれた小屋の残骸に近づく事にする。
煤によって殆ど酸化しきったような真っ黒い木材が散らばっている。ヤニが雨を弾き、同時に草木の育成を阻んでいる。
崩れた小屋の付近はおかげでまだ下の土が見えた。ただ、四方から蔓性の植物が進入して覆い被さって来るのは防げなかったようで緑色の絨毯が広がっている。
燃えた訳ではないようだ、単なる自然崩壊だと小さな小屋の周りを回ってみて俺は結論付けた。人は寄りつかなくなって久しいらしく、小動物の住処になっている。
昔、竈があった付近の瓦礫を任意でどかしてみた。転がっている穴の開いた鍋の取っ手は腐って無くなっていたが、へこみ具合から……昔、間違いなく俺が使っていたものだと判断できた。
途端、今までリコレクト出来なかった多くの記憶が雪崩のように俺の中に押し寄せてくる。
好きではなかった、でも……唯一の家族が居た場所。
戦士ヤトにとって唯一の肉親だった人との、余り多くはない思い出が押し寄せてきて……野ネズミが走り出して行った元竈付近の黒い土に俺は、手を付いてうずくまってしまった。
じいさん、じいさんはその後……どうなったんだ。
ドコにいったんだ?もうくたばったんだろうか?それとも。
まだどこかで、生きていたりして。
俺はそんな自分の浅はかな考えに笑ってしまう。それが単なる夢絵空事だってのに俺はとっくに気が付いているのだ。
潰れた小屋の中に焼き物の皿などが散乱しているのがかすかに見える。
戦士ヤトが知っている。
こういう所では金属製品や陶磁器は貴重品なんだ。いくら忌避された家とはいえ、略奪もされずにこうやって放置されているのは普通じゃない。
そしてこれらを持ち出さず、この小屋の主がどこかに行ったなんて事、まず考えられない。
この潰れた小屋の中に、もしかして……じいさんは埋まったままなのか。
そう思ったら俺は居ても居られなくなった。煤で汚れた木材に手を置いてそれを、どうにかしようと思ったが……深呼吸して自分を止める。
……止めよう。
一人残してしまったら、こうやって誰も看取る者も無くじいさんは、一人寂しく死ぬ事になるだろう事を俺は、ちゃんと知っていた。知っててこうやって一人にしたんだ。
ジジイの最後なんてそれでいいんだと、俺はそう思って無関心を決め込んだ程にかつて、この村が大嫌いだった。村から除け者にされているくせに、村から離れようとしないじいさんが大嫌いだった。
でも今は分かる。
どうしてそれでも村から離れられなかったのか。今の俺には、かつてのじいさんの思いが嫌って程に理解出来ちまう。
じいさんは村を離れたくなかったんじゃない。離れられなかったんだ。
俺がいたから。
巣から落ちてしまった雛を元の巣に戻してやるように、俺を村の中に帰してやるのにじいさんは必死だったんだ。外に行ったって幸せにはなれない。そして幸せになどならない事を俺は、嫌と言う程学んで今ここに戻ってきているじゃないか。
村で生まれたからには、その中に居る事が一番幸せなのだとじいさんは知っていたんだ。
どうしてじいさんが俺みたいな孤児の子供を育てるハメになったのか、その詳細は分からない。
じいさんが俺にとって血の繋がった人なのかどうかも俺は知らない。
血の繋がりなんてものはどうだっていいのだ。そうだ、『どうして』なんてそんなの関係ない。
俺は雪崩のように押し寄せる子供の頃の記憶に晒されて、必死に暴れそうになる感情を抑えつける。感情のままに行動していいのなら俺は、今目の前にある崩れた小屋をかき乱しその『どうして』の部分を必死になって探すだろう。
正しい事が得られる訳でもないのに、自分のこの荒ぶる気持ちを静めてくれる都合の良い言葉が欲しくて、今にもシエンタの村に乗り込んで行きたい気分になるだろう。
そして再び鬼となり、暴力でもって真実を聞き出すのか。
俺は溜まらず持ってきていた剣を鞘から引き抜き、力任せに目の前の固い粘土層の地面に突き刺した。
ずぶりと突き立った剣に寄りかかり再び項垂れる。
「……ただいま」
そう呟くのが俺の、精一杯だった。
脱力して、高い空を見上げている。
崩れた小屋の梁に腰を下ろし俺は……鮮明に思い出している過去を反芻している。
要するにリコレクトだ。
深く深く、何度も何度も。
しつこく俺は過去の扉を叩き、ここであった出来事を詳しく思い出そうと現実から、意識を遠ざけている。
俺は一体何時からここに住んでいたのか?
俺は孤児だ、父母の事は本当に何も憶えていないが。もしかしたら今なら、何か手がかりを過去から掬い上げられるのではないかと思っているんだ。
ひいてはそれが俺の現状すなわち、赤旗や暗黒比混種を発動させた要因の一つと結びつくはずだ。
でもやっぱり無理だったな……
だめだ、何度リコレクトしてもじじいしか出てこない。
気が付いた時、俺の視界の先にいたのはすでに皺の刻まれた顔のじいさんだけだった。
何時間とそうやってグダグダしていたか分からない。
夕に鳴く鳥の声を聞き、俺はようやく正気に戻ってのろのろと立ち上がった。剣を鞘に戻す。
いい加減戻らないと、みんな俺がここにいる事は知っているだろうけど……心配かける訳にはいかない。そんなの、俺のキャラじゃねぇ。
でも後ろ髪引かれちまって足が前に動かない。
俺は何度も小屋を振り返る。
……分かった、全部に決着ついて一人になったら俺はもう一度ここに来よう。それでいいだろう俺?
いい加減未練を捨てろよ。
必死に自分を言い聞かせるのだが……くそ、すでに知らない過去に失ってしまったものに、こんなに執着してどうするんだ。
俺は自分の感情を上手く整理出来ずに……元集落のキャンプに戻る道を、逆方向に力強く歩き出す。
まだ陽は落ちていない、俺は崩れた小屋を通り越し更にその奥の森にずんずんと歩いていった。
何、という事はない。
昔狩りコースだった森でも歩いて、気を紛らわせようと思ったのだ。体を動かせば少しは気持ちが落ち着くかも知れない。黙って悶々としているから踏ん切りが突かないんだ。
一部折れてしまった木などもあったが、大体森の様子は変わった様子はなかった。俺は黙々と起伏の激しい森の中を歩き、過去の記憶と照らし合わせて……更に多くの記憶をリコレクトする。
そうだ。
大きな山になっている裾道で、俺は一つ思い出す。右手に聳える急勾配、登りづらいしその奥は崖になっているので危険だから……ここはむやみに登るなとじいさんから言われてたっけな。
一度言いつけ破って登ってみたけど、本当にその先が崖になってて草臥れ損をしたもんだ。でも……地形的に確かにこの山の先には川があって崖があるけど……危険な地形はここに限った話じゃないよな。
思うにこの先に行くなと唯一言われていたような気がする。
好奇心が勝って俺は気を許せば転げ落ちそうな坂を木の枝に捕まりながら登っていった。ガキの頃より身体能力は向上したのかな。キツかったはずが当時程辛くはない。
あっという間に登り終えて、頂から再び急勾配となっている窪地に目をやる。崖、と言えば崖だが割とそうではなかったんだな。子供の頃の認識とは違うものだ。
小さな川が流れていた、岩山の一部から湧き出しているらしい、こんな所に露出した清流があるなんて俺、知らなかったな。しかしソレより驚いた事には、見覚えのある大きな羽の奴が川の麓に立っている事だよ。
俺は目を細め、少し坂を下りてみて確信する。ナッツだ、何でこんな所にいる?
……いや、奴は空が飛べるし……近場に川があるからってんで水くみにでも来たのか。
シエンタの集落跡に井戸もあったが衛生面から言うと飲用としては決してお勧め出来ないからな。
「あれ、なんでお前がここにいるんだよ」
俺は足を滑らせながらちょっとした崖を下り降りる。ガキの頃は降りる事は勿論、登る事も出来ないだろうが今なら、なんとか足場を見つけて戻る事は出来そうだ。
ナッツは驚いて振り返るかと思ったが……なんか余裕に笑ってるな。何で笑うんだ?逆に俺の方が怪訝な顔をしちまうだろうが。
「ああ、ちょっとした縁があってね」
「縁だぁ?」
……この川に?な、訳ないよな。
俺は……ナッツがたたずんでいる小さな流れの対岸、小さな中瀬となっている所に……どうも人工的に置いたとしか考えれない大きな石が置いてあるのに気が付いた。
「そういうお前はこんな奥まで何の用だよ?」
逆に聞かれて俺は困ってしまう。いや、別に……何となくフラフラとしているわけで特に意味はない。何って説明すればいいのか。
「何って……そりゃ、お前……」
「僕の縁……知りたいかい?」
俺が返答に困っているとナッツは自分の都合を先に話し出した。対岸のそのちょっと大きな石を指さす。
「昔仕事でね、死霊調伏しにここに来た事があるんだよ。いや、それだと正確じゃぁないね。宣教師の視察に来てついでに頼まれて、死霊調伏する事になったっていうのが正しいか」
「ようするに、弔いだろ?」
死霊調伏ったって『悪霊退散!』とかいうのが常ではない。死体の弔い儀式から実際に悪霊となって彷徨っているものの沈静化まで。広い意味で天使教では死霊調伏と言う。
「そりゃ、天使教の宣教師がする仕事なんだろ?」
「天使教は弔い業が西教より盛んとはいえ、聖職者全員が精通している訳じゃないよ。実際には調伏部門は僕が属していた部門とは全く別で、僕が調伏出来るのはたまたま」
つまり、シエンタの宣教師のブランクス先生は弔い作法は知っていても死霊化したものを調伏するような技能は持っていなかったって事か。
「それって、何時の話だ?」
「お前、僕の事見た事無いだろ?」
無いな、羽生えている人なんて見たら間違いなく憶えてる。
「多分お前がこの村出て行った後じゃないかな」
……どうも、はっきりと何時だと言いたくないみたいな言い方だ。まぁいい。
「シエンタの村が移動した、理由にもなるのかな」
「……なんだ?死霊が出て大騒ぎだってか?俺がいた頃はそんな噂聞いた事ねぇけどな。幽霊騒ぎってのはあったけど、子供の肝試し程度だったし」
「ふうん、幽霊は見た事ないんだ」
「……シエンタではな」
幽霊とか、この世界ではアリだ。
実際に居るのでそこん所ガッテンしておいてくれ。ちなみに幽霊とかオバケというのはガチに言うと死霊というものに分類される。死霊と魔物は別分類だ。勘違いの幽霊とか勘違いのオバケなんてのも混在しているからややこしいのだが、本物の幽霊というのも稀にいて、案外出る所には出る。
生物は、死ぬと生前持っていた『意思』によっては死霊化しちまう事がある。なわけだから基本的には弔う事が国で法律化されている事が多い。とりあえず他者が『お前は死んだ、安らかに眠れ』的に意識するだけで死霊化って現象は押さえられるんだと。当然俺は詳しい仕組みは知らないが、習慣として人を殺したりした時は冥福を祈る癖はしっかり付いている。
剣闘士時代の作法の一つに組み込まれているものだ。
……祈るのが面倒な時は天使教や西教に頼んでもいい。
メシ食う前に『頂きます』とか言ったり、祈ったりするのも同じような理屈だとか言うぜ。要するに今食べる元となった命に祈ってる訳だからな。
「そうか、僕もブランクスも結局どういう経緯でここの死霊が出たのかよく分からなかったんだよね。死霊騒ぎを納めたにもかかわらず追い出されてしまった訳だからさ」
「何が言いたいんだ」
「うん……いや、大体理屈が分かってきたなって思って」
そう言って、ナッツはよくテリーがするように祈りの仕草をして頭を下げた。
「これで強引に調伏する必要は無くなったよ」
俺は、なんとなくナッツの真似して対岸に向かって頭を下げる。いや、嫌な予感がするんだよ。
「……誰の幽霊だ」
本当は聞きたくないんだけどな。俺はおそるおそる聞いていた。
「分からないんだよ」
「……分からないって?」
少なくとも……村の連中が知らないって事か。じゃぁ俺のじいさんじゃねぇんだな。
俺は内心酷く安心する。
理屈で言えば、もしかするとじいさん未練タラタラで死んだかもしれないからな。俺の所に化けてでないとは言い切れないのだ。
まぁ、だからさっき……じいさんの眠りを祈って一応、縁は切ってきた訳だけど。
ああ、これもこっちの世界の特殊用語かな?ようするに弔いは『縁切り』なのだ。死者の思念が世に留まらないように生者の方からも縁を切るのが合掌や、天使教の祈り作法などに込められている意味であったりする。
「誰の幽霊なのか分からない、だから大騒ぎ」
ナッツはそう言って顔を上げる。
「普通の弔いじゃ押さえられない、何しろ誰の縁なのか分からない訳だろう?そう言う理屈は分かっているよね?」
結局の所、死霊化する死体ってのは縁が無いものが多い。そういうのは誰も祈ってくれないから死霊化する。そういう理屈だ。
だから調伏師が強引に魂を鎮め縁を切る必要性が出てくる場合もある。
この調伏は技術がいるって訳だな、ナッツ曰く専門職だという。調伏で死霊を鎮静化する作法として、途切れた縁を正しく切る、っていうのがあるそうだ。
シエンタでナッツが調伏した死霊の様に、縁が全くどこに繋がっているのか分からない場合もあり……その場合の調伏は難しいものとなり、高い技術力を求められる。
「もう大丈夫だろう、ここから死霊は出ないよ。でも村人は怖がっちゃってね、この土地は呪われているから清めて、別の地に移ろうって話になっちゃったみたい」
呪われている、か。
勝手な事言いやがる。呪わしく仕立て上げたのはどこのどいつらだ。
俺はそのように小さく悪態をついてしまった。
「で、お前は?」
「う、いや……だから、昔歩いた道をブラブラしていた所です……けど?」
正直ただそれだけだと暴露する。
「へぇ、こんな所も歩いてたんだ。……幽霊とか出なかった?」
いや、正確にはここには1度しか来た事ないんだけど。ナッツから聞かれて俺はそれらしいのは見てないな、などとうやむやに答えてしまった。
「そっか、……で、気は済んだのか?」
俺は……ふっと気持ちが軽くなっているのに気が付く。
「うん、そうだな。そろそろ帰るか。レッド達も帰っていると思うし」
「はい、なら丁度良い」
そう言われ大きな水筒……牛類の内臓から作られた袋だが……を、渡されるのであった。
えー、これ持ってあの崖を登るのかよ。
長期野営で体力を回復させてから、ドリュアートに向かうって話になっているらしい。要するに少し長いキャンプ生活になるって事だな。
それでナッツはナッツで大量に水汲んで、飛んで持って行きやがった。俺は俺で水を担いでキャンプまで戻るはめに。
くそ、水くらい魔法で生成すりゃいいじゃねぇかよ。とか口答えをしたのですが、こういう山の水で淹れるコーヒーは格別だよ~?とか言いくるめられました。
さて、レッドの嘘八百はシエンタの村人にも上手く通用したものだろうか。
陽が傾いて赤い日差しが森の隙間から注ぐ中、漸く俺はキャンプに戻ったのだった。
すると……何やら騒がしい?
「どうした?」
「あ、お帰りヤト」
と言って俺の前に躍り出たドラゴン。荷物置き場のテントに水を運ぼうと足を前に出したら、羽を広げて止まれの合図だ。
「……何?」
「いや、ちょっと……待ってね」
とアインさんが長い首を後ろに向けた所、つまみ上げて俺はズカズカとその先に進む。
「あ!一寸待ってって!」
「何だよ、全く……」
と、……今通り過ぎそうになった女陣テントに変なモノが居たような?
……俺は行きすぎた歩数を戻ってテントを覗く。
「何?」
アベルが努めて平静を装い俺にツン対応。
ぼさぼさ頭が……簡易寝床の中から覗いている。ナッツ、マツナギ、アベルで囲んだその小さなふくらみからして、どうも人、しかも子供……らしいと把握。
「……何拾ってきたお前?」
「ごめん」
アベルは俺を振り向きもせずに唐突に謝った。
「……何が?」
「……放っておけなくて、助けて連れて来ちゃった」
おいおいおい、何をだよ。
俺は怪訝な顔でテントの前にしゃがみ込む。どうやらシーツを被って丸くなって寝ているらしい何者かを伺う。
「ああ、戻りましたねヤト」
レッドが俺の隣に立った。
「何拾ってきたって?」
「子供です、村の子供かもしれませんので今テリーさんが確認を取りに行きましたけど。どうもそうは考えられませんけどね」
なんでだよ?それが一番可能性高じゃんか。他に集落なんかないんだぞ?
「この子は栄養失調だね、でも……食べてないという訳ではないみたいだ。食べてはいるみたいだけどかなり偏っているんじゃないかな、最近ろくなものを口にしていない感じがする」
どうやら診察は終わったらしい、ナッツは状況をレッドに説明する。
「何かの病気などは?」
「ぱっと見た感じだと何もないけど……問題は」
そこで言葉を止めたので俺は、怪訝な顔で聞き返す。
「問題は?」
マツナギが気を利かせて……自分の頭上を指さした。む、何かその仕草とても見覚えがありますね。
俺は再びシーツにくるまった人物に視線を投げる。
意識してみて、そこに例の赤い旗が立っているのを見て額を抑えてしまった。
シーツのふくらみからはみ出ているぼさぼさ頭の上に、警戒色の赤い旗が立っているではないか。
フラグはな、意識しないと見えないように俺の方で設定してるからなー……。いや、魔王軍とかと立ち回っているとあの赤い色が結構視覚的に邪魔なんだよ。だから、任意で視覚レベル調整が出来るのだが、俺はフラグを見ようと思った時にだけ見える様にしてたんだわ。
「おいおいおい。こらこら、お前、何拾ってきてるんだよ!」
「……だって!」
そう言ってアベル、なぜか俺にそっぽを向いて黙ってしまう。レッドが俺の隣にしゃがみ込み、メガネのブリッジを押し上げながら言った。
「状況説明から申し上げますが、村との交渉は上手く行きました。恙無い結果だとお伝えしておきます。で、そこからの短い帰り道の道中ですね。この通り、赤旗モンスターと遭遇する事になってしまいました」
「……これは行き倒れてたんだろ?じゃ、他にもバグモンスターが居たって事か」
「ええ。詳しく状況を言いますと……先にこの子供が倒れておりました。でも『赤旗』付きと気が付いて、どうしようかと警戒はしたのです。まぁ結局介抱する事にしたんですけどね。そうこう迷っている間に突然、大きな蜘蛛の赤旗モンスターが現れて、という具合ですね」
俺は口に手を置いて考えてしまう。
「大きな蜘蛛の……赤旗モンスター?怪物じゃないのか」
そこが通常と違うのですよねとレッドは小さく頷いた。
「見た感じ地味な色にはなっていましたが女郎蜘蛛のような模様がありました。それが巨大になった感じです、姿が全体的に混沌としている魔王軍とは違う気配を感じます」
「……ホストか」
「ありうるでしょう」
ようするに、赤旗の感染源になる特別な怪物だな。
俺達が遭遇した事があるものでは魔王の皆さん、それからリラーズという蛇女がいた。
「生き倒れの子供にも……赤旗か」
感染してるって事なのか?いや、なら形を正常に保っていられないはずだ。姿を偽る事はできるらしいしけど……あれはリラーズの派生だったからかもしれないし。……いまいち流れがよく見えない。
「何か、その蜘蛛はこいつを、助けに入ったとかじゃねぇのか?」
赤旗同士だから仲間だ、とは一概に言えない場合も在る事は俺達了承してる。南国のアイジャンの件なんかあったし。
「そこらへんはよく分かりませんが、でも……蜘蛛と人の子供ですよ?関連性が分からないじゃないですか。とりあえず助けようって話になりましてね、僕は正直どうかと思いましたけど」
蜘蛛からは結局逃げられたらしいが、致命傷は与えたそうだ。一応探してみたらしいがどうにも気配が消えていて探せない。もしかしたら傷が元で死んだかもしれないと比較的、楽観しているようだな。
何はともあれこの少年が目を覚ませば……状況は分かるだろう。そういう訳で見守っている訳か。
俺は寝返りを打った少年の頭がシーツから出たのを見て……理解、出来るな。どうしてアベルがこれを助けてしまったのか。
……子供だ。
伸びっぱなしの頭髪と薄汚れた顔の、10歳前後ぐらいの子供の顔をアベルが無言で眺めている。
「……お前、ホントこういうパターンダメだよな」
「……うるさいわね、仕方ないでしょ」
アンタの所為だ、とまでは流石に言わないか。まぁ、俺だけとは限らない事だし。
俺は立ち上がり、ため息を漏らして頭を掻いた。全く、余計な事しやがって。
外見に惑わされてるだけだと俺は思うぜ?思うにレッドと俺とナッツとかいうメンツだったら、問答無用でこのガキ共々始末を付けていたかも知れない。
「知らんぞ、んな物騒なガキ助けちまっても俺は」
この辺りには人を襲うような動物や魔物はあまり生息していない、ってのは知っている。それでも護身用に武器を帯びずに歩くなんて、今の俺には考えられない事だ。
いや、ちょっと迷ったりしたのだ。軽装でちょっとそこまで散歩に出かける俺は、剣を持っていくべきか。
結局愛剣を掴んで、俺はすっかり道が消えて鬱そうとした蔦植物や下草に覆われた道を乱暴に前進している。すでに道が無い訳だが間違いはない、このルートで正解だ。
と同時に、もう使われた形跡がないのだから……この先がどうなっているのかなど想像に難しくないんだけどな。
いきなり緑が開けた場所に飛び出てしまう。
俺は、呆然とその僅かに開けた空間を見やった。起伏無く均された元、畑にはすっかり草が生え、幼い木が育っている。木が生えてるって事は……畑が放置されて7年以上は経過した事を物語っていた。
俺の胸の高さまで迫る下草の中に、本来立っていた筈の建物が崩れて埋もれている事を理解するのに少しの時間が必要だった。
俺はその場で立ちすくみ、恐らくそうだろうと予測していた景色を目の当たりにして動けなくなっていた。
なんだよ、余りにも想像通りで……くそ、おもしろくねぇんだよ。
その場で回れ右して引き返したい衝動に駆られる。今目の前にある結果から逃げたい、なんて俺らしからぬ感情だろう。
そのように俺は逃亡願望を押さえつけ、ゆっくり草の中に埋もれた小屋の残骸に近づく事にする。
煤によって殆ど酸化しきったような真っ黒い木材が散らばっている。ヤニが雨を弾き、同時に草木の育成を阻んでいる。
崩れた小屋の付近はおかげでまだ下の土が見えた。ただ、四方から蔓性の植物が進入して覆い被さって来るのは防げなかったようで緑色の絨毯が広がっている。
燃えた訳ではないようだ、単なる自然崩壊だと小さな小屋の周りを回ってみて俺は結論付けた。人は寄りつかなくなって久しいらしく、小動物の住処になっている。
昔、竈があった付近の瓦礫を任意でどかしてみた。転がっている穴の開いた鍋の取っ手は腐って無くなっていたが、へこみ具合から……昔、間違いなく俺が使っていたものだと判断できた。
途端、今までリコレクト出来なかった多くの記憶が雪崩のように俺の中に押し寄せてくる。
好きではなかった、でも……唯一の家族が居た場所。
戦士ヤトにとって唯一の肉親だった人との、余り多くはない思い出が押し寄せてきて……野ネズミが走り出して行った元竈付近の黒い土に俺は、手を付いてうずくまってしまった。
じいさん、じいさんはその後……どうなったんだ。
ドコにいったんだ?もうくたばったんだろうか?それとも。
まだどこかで、生きていたりして。
俺はそんな自分の浅はかな考えに笑ってしまう。それが単なる夢絵空事だってのに俺はとっくに気が付いているのだ。
潰れた小屋の中に焼き物の皿などが散乱しているのがかすかに見える。
戦士ヤトが知っている。
こういう所では金属製品や陶磁器は貴重品なんだ。いくら忌避された家とはいえ、略奪もされずにこうやって放置されているのは普通じゃない。
そしてこれらを持ち出さず、この小屋の主がどこかに行ったなんて事、まず考えられない。
この潰れた小屋の中に、もしかして……じいさんは埋まったままなのか。
そう思ったら俺は居ても居られなくなった。煤で汚れた木材に手を置いてそれを、どうにかしようと思ったが……深呼吸して自分を止める。
……止めよう。
一人残してしまったら、こうやって誰も看取る者も無くじいさんは、一人寂しく死ぬ事になるだろう事を俺は、ちゃんと知っていた。知っててこうやって一人にしたんだ。
ジジイの最後なんてそれでいいんだと、俺はそう思って無関心を決め込んだ程にかつて、この村が大嫌いだった。村から除け者にされているくせに、村から離れようとしないじいさんが大嫌いだった。
でも今は分かる。
どうしてそれでも村から離れられなかったのか。今の俺には、かつてのじいさんの思いが嫌って程に理解出来ちまう。
じいさんは村を離れたくなかったんじゃない。離れられなかったんだ。
俺がいたから。
巣から落ちてしまった雛を元の巣に戻してやるように、俺を村の中に帰してやるのにじいさんは必死だったんだ。外に行ったって幸せにはなれない。そして幸せになどならない事を俺は、嫌と言う程学んで今ここに戻ってきているじゃないか。
村で生まれたからには、その中に居る事が一番幸せなのだとじいさんは知っていたんだ。
どうしてじいさんが俺みたいな孤児の子供を育てるハメになったのか、その詳細は分からない。
じいさんが俺にとって血の繋がった人なのかどうかも俺は知らない。
血の繋がりなんてものはどうだっていいのだ。そうだ、『どうして』なんてそんなの関係ない。
俺は雪崩のように押し寄せる子供の頃の記憶に晒されて、必死に暴れそうになる感情を抑えつける。感情のままに行動していいのなら俺は、今目の前にある崩れた小屋をかき乱しその『どうして』の部分を必死になって探すだろう。
正しい事が得られる訳でもないのに、自分のこの荒ぶる気持ちを静めてくれる都合の良い言葉が欲しくて、今にもシエンタの村に乗り込んで行きたい気分になるだろう。
そして再び鬼となり、暴力でもって真実を聞き出すのか。
俺は溜まらず持ってきていた剣を鞘から引き抜き、力任せに目の前の固い粘土層の地面に突き刺した。
ずぶりと突き立った剣に寄りかかり再び項垂れる。
「……ただいま」
そう呟くのが俺の、精一杯だった。
脱力して、高い空を見上げている。
崩れた小屋の梁に腰を下ろし俺は……鮮明に思い出している過去を反芻している。
要するにリコレクトだ。
深く深く、何度も何度も。
しつこく俺は過去の扉を叩き、ここであった出来事を詳しく思い出そうと現実から、意識を遠ざけている。
俺は一体何時からここに住んでいたのか?
俺は孤児だ、父母の事は本当に何も憶えていないが。もしかしたら今なら、何か手がかりを過去から掬い上げられるのではないかと思っているんだ。
ひいてはそれが俺の現状すなわち、赤旗や暗黒比混種を発動させた要因の一つと結びつくはずだ。
でもやっぱり無理だったな……
だめだ、何度リコレクトしてもじじいしか出てこない。
気が付いた時、俺の視界の先にいたのはすでに皺の刻まれた顔のじいさんだけだった。
何時間とそうやってグダグダしていたか分からない。
夕に鳴く鳥の声を聞き、俺はようやく正気に戻ってのろのろと立ち上がった。剣を鞘に戻す。
いい加減戻らないと、みんな俺がここにいる事は知っているだろうけど……心配かける訳にはいかない。そんなの、俺のキャラじゃねぇ。
でも後ろ髪引かれちまって足が前に動かない。
俺は何度も小屋を振り返る。
……分かった、全部に決着ついて一人になったら俺はもう一度ここに来よう。それでいいだろう俺?
いい加減未練を捨てろよ。
必死に自分を言い聞かせるのだが……くそ、すでに知らない過去に失ってしまったものに、こんなに執着してどうするんだ。
俺は自分の感情を上手く整理出来ずに……元集落のキャンプに戻る道を、逆方向に力強く歩き出す。
まだ陽は落ちていない、俺は崩れた小屋を通り越し更にその奥の森にずんずんと歩いていった。
何、という事はない。
昔狩りコースだった森でも歩いて、気を紛らわせようと思ったのだ。体を動かせば少しは気持ちが落ち着くかも知れない。黙って悶々としているから踏ん切りが突かないんだ。
一部折れてしまった木などもあったが、大体森の様子は変わった様子はなかった。俺は黙々と起伏の激しい森の中を歩き、過去の記憶と照らし合わせて……更に多くの記憶をリコレクトする。
そうだ。
大きな山になっている裾道で、俺は一つ思い出す。右手に聳える急勾配、登りづらいしその奥は崖になっているので危険だから……ここはむやみに登るなとじいさんから言われてたっけな。
一度言いつけ破って登ってみたけど、本当にその先が崖になってて草臥れ損をしたもんだ。でも……地形的に確かにこの山の先には川があって崖があるけど……危険な地形はここに限った話じゃないよな。
思うにこの先に行くなと唯一言われていたような気がする。
好奇心が勝って俺は気を許せば転げ落ちそうな坂を木の枝に捕まりながら登っていった。ガキの頃より身体能力は向上したのかな。キツかったはずが当時程辛くはない。
あっという間に登り終えて、頂から再び急勾配となっている窪地に目をやる。崖、と言えば崖だが割とそうではなかったんだな。子供の頃の認識とは違うものだ。
小さな川が流れていた、岩山の一部から湧き出しているらしい、こんな所に露出した清流があるなんて俺、知らなかったな。しかしソレより驚いた事には、見覚えのある大きな羽の奴が川の麓に立っている事だよ。
俺は目を細め、少し坂を下りてみて確信する。ナッツだ、何でこんな所にいる?
……いや、奴は空が飛べるし……近場に川があるからってんで水くみにでも来たのか。
シエンタの集落跡に井戸もあったが衛生面から言うと飲用としては決してお勧め出来ないからな。
「あれ、なんでお前がここにいるんだよ」
俺は足を滑らせながらちょっとした崖を下り降りる。ガキの頃は降りる事は勿論、登る事も出来ないだろうが今なら、なんとか足場を見つけて戻る事は出来そうだ。
ナッツは驚いて振り返るかと思ったが……なんか余裕に笑ってるな。何で笑うんだ?逆に俺の方が怪訝な顔をしちまうだろうが。
「ああ、ちょっとした縁があってね」
「縁だぁ?」
……この川に?な、訳ないよな。
俺は……ナッツがたたずんでいる小さな流れの対岸、小さな中瀬となっている所に……どうも人工的に置いたとしか考えれない大きな石が置いてあるのに気が付いた。
「そういうお前はこんな奥まで何の用だよ?」
逆に聞かれて俺は困ってしまう。いや、別に……何となくフラフラとしているわけで特に意味はない。何って説明すればいいのか。
「何って……そりゃ、お前……」
「僕の縁……知りたいかい?」
俺が返答に困っているとナッツは自分の都合を先に話し出した。対岸のそのちょっと大きな石を指さす。
「昔仕事でね、死霊調伏しにここに来た事があるんだよ。いや、それだと正確じゃぁないね。宣教師の視察に来てついでに頼まれて、死霊調伏する事になったっていうのが正しいか」
「ようするに、弔いだろ?」
死霊調伏ったって『悪霊退散!』とかいうのが常ではない。死体の弔い儀式から実際に悪霊となって彷徨っているものの沈静化まで。広い意味で天使教では死霊調伏と言う。
「そりゃ、天使教の宣教師がする仕事なんだろ?」
「天使教は弔い業が西教より盛んとはいえ、聖職者全員が精通している訳じゃないよ。実際には調伏部門は僕が属していた部門とは全く別で、僕が調伏出来るのはたまたま」
つまり、シエンタの宣教師のブランクス先生は弔い作法は知っていても死霊化したものを調伏するような技能は持っていなかったって事か。
「それって、何時の話だ?」
「お前、僕の事見た事無いだろ?」
無いな、羽生えている人なんて見たら間違いなく憶えてる。
「多分お前がこの村出て行った後じゃないかな」
……どうも、はっきりと何時だと言いたくないみたいな言い方だ。まぁいい。
「シエンタの村が移動した、理由にもなるのかな」
「……なんだ?死霊が出て大騒ぎだってか?俺がいた頃はそんな噂聞いた事ねぇけどな。幽霊騒ぎってのはあったけど、子供の肝試し程度だったし」
「ふうん、幽霊は見た事ないんだ」
「……シエンタではな」
幽霊とか、この世界ではアリだ。
実際に居るのでそこん所ガッテンしておいてくれ。ちなみに幽霊とかオバケというのはガチに言うと死霊というものに分類される。死霊と魔物は別分類だ。勘違いの幽霊とか勘違いのオバケなんてのも混在しているからややこしいのだが、本物の幽霊というのも稀にいて、案外出る所には出る。
生物は、死ぬと生前持っていた『意思』によっては死霊化しちまう事がある。なわけだから基本的には弔う事が国で法律化されている事が多い。とりあえず他者が『お前は死んだ、安らかに眠れ』的に意識するだけで死霊化って現象は押さえられるんだと。当然俺は詳しい仕組みは知らないが、習慣として人を殺したりした時は冥福を祈る癖はしっかり付いている。
剣闘士時代の作法の一つに組み込まれているものだ。
……祈るのが面倒な時は天使教や西教に頼んでもいい。
メシ食う前に『頂きます』とか言ったり、祈ったりするのも同じような理屈だとか言うぜ。要するに今食べる元となった命に祈ってる訳だからな。
「そうか、僕もブランクスも結局どういう経緯でここの死霊が出たのかよく分からなかったんだよね。死霊騒ぎを納めたにもかかわらず追い出されてしまった訳だからさ」
「何が言いたいんだ」
「うん……いや、大体理屈が分かってきたなって思って」
そう言って、ナッツはよくテリーがするように祈りの仕草をして頭を下げた。
「これで強引に調伏する必要は無くなったよ」
俺は、なんとなくナッツの真似して対岸に向かって頭を下げる。いや、嫌な予感がするんだよ。
「……誰の幽霊だ」
本当は聞きたくないんだけどな。俺はおそるおそる聞いていた。
「分からないんだよ」
「……分からないって?」
少なくとも……村の連中が知らないって事か。じゃぁ俺のじいさんじゃねぇんだな。
俺は内心酷く安心する。
理屈で言えば、もしかするとじいさん未練タラタラで死んだかもしれないからな。俺の所に化けてでないとは言い切れないのだ。
まぁ、だからさっき……じいさんの眠りを祈って一応、縁は切ってきた訳だけど。
ああ、これもこっちの世界の特殊用語かな?ようするに弔いは『縁切り』なのだ。死者の思念が世に留まらないように生者の方からも縁を切るのが合掌や、天使教の祈り作法などに込められている意味であったりする。
「誰の幽霊なのか分からない、だから大騒ぎ」
ナッツはそう言って顔を上げる。
「普通の弔いじゃ押さえられない、何しろ誰の縁なのか分からない訳だろう?そう言う理屈は分かっているよね?」
結局の所、死霊化する死体ってのは縁が無いものが多い。そういうのは誰も祈ってくれないから死霊化する。そういう理屈だ。
だから調伏師が強引に魂を鎮め縁を切る必要性が出てくる場合もある。
この調伏は技術がいるって訳だな、ナッツ曰く専門職だという。調伏で死霊を鎮静化する作法として、途切れた縁を正しく切る、っていうのがあるそうだ。
シエンタでナッツが調伏した死霊の様に、縁が全くどこに繋がっているのか分からない場合もあり……その場合の調伏は難しいものとなり、高い技術力を求められる。
「もう大丈夫だろう、ここから死霊は出ないよ。でも村人は怖がっちゃってね、この土地は呪われているから清めて、別の地に移ろうって話になっちゃったみたい」
呪われている、か。
勝手な事言いやがる。呪わしく仕立て上げたのはどこのどいつらだ。
俺はそのように小さく悪態をついてしまった。
「で、お前は?」
「う、いや……だから、昔歩いた道をブラブラしていた所です……けど?」
正直ただそれだけだと暴露する。
「へぇ、こんな所も歩いてたんだ。……幽霊とか出なかった?」
いや、正確にはここには1度しか来た事ないんだけど。ナッツから聞かれて俺はそれらしいのは見てないな、などとうやむやに答えてしまった。
「そっか、……で、気は済んだのか?」
俺は……ふっと気持ちが軽くなっているのに気が付く。
「うん、そうだな。そろそろ帰るか。レッド達も帰っていると思うし」
「はい、なら丁度良い」
そう言われ大きな水筒……牛類の内臓から作られた袋だが……を、渡されるのであった。
えー、これ持ってあの崖を登るのかよ。
長期野営で体力を回復させてから、ドリュアートに向かうって話になっているらしい。要するに少し長いキャンプ生活になるって事だな。
それでナッツはナッツで大量に水汲んで、飛んで持って行きやがった。俺は俺で水を担いでキャンプまで戻るはめに。
くそ、水くらい魔法で生成すりゃいいじゃねぇかよ。とか口答えをしたのですが、こういう山の水で淹れるコーヒーは格別だよ~?とか言いくるめられました。
さて、レッドの嘘八百はシエンタの村人にも上手く通用したものだろうか。
陽が傾いて赤い日差しが森の隙間から注ぐ中、漸く俺はキャンプに戻ったのだった。
すると……何やら騒がしい?
「どうした?」
「あ、お帰りヤト」
と言って俺の前に躍り出たドラゴン。荷物置き場のテントに水を運ぼうと足を前に出したら、羽を広げて止まれの合図だ。
「……何?」
「いや、ちょっと……待ってね」
とアインさんが長い首を後ろに向けた所、つまみ上げて俺はズカズカとその先に進む。
「あ!一寸待ってって!」
「何だよ、全く……」
と、……今通り過ぎそうになった女陣テントに変なモノが居たような?
……俺は行きすぎた歩数を戻ってテントを覗く。
「何?」
アベルが努めて平静を装い俺にツン対応。
ぼさぼさ頭が……簡易寝床の中から覗いている。ナッツ、マツナギ、アベルで囲んだその小さなふくらみからして、どうも人、しかも子供……らしいと把握。
「……何拾ってきたお前?」
「ごめん」
アベルは俺を振り向きもせずに唐突に謝った。
「……何が?」
「……放っておけなくて、助けて連れて来ちゃった」
おいおいおい、何をだよ。
俺は怪訝な顔でテントの前にしゃがみ込む。どうやらシーツを被って丸くなって寝ているらしい何者かを伺う。
「ああ、戻りましたねヤト」
レッドが俺の隣に立った。
「何拾ってきたって?」
「子供です、村の子供かもしれませんので今テリーさんが確認を取りに行きましたけど。どうもそうは考えられませんけどね」
なんでだよ?それが一番可能性高じゃんか。他に集落なんかないんだぞ?
「この子は栄養失調だね、でも……食べてないという訳ではないみたいだ。食べてはいるみたいだけどかなり偏っているんじゃないかな、最近ろくなものを口にしていない感じがする」
どうやら診察は終わったらしい、ナッツは状況をレッドに説明する。
「何かの病気などは?」
「ぱっと見た感じだと何もないけど……問題は」
そこで言葉を止めたので俺は、怪訝な顔で聞き返す。
「問題は?」
マツナギが気を利かせて……自分の頭上を指さした。む、何かその仕草とても見覚えがありますね。
俺は再びシーツにくるまった人物に視線を投げる。
意識してみて、そこに例の赤い旗が立っているのを見て額を抑えてしまった。
シーツのふくらみからはみ出ているぼさぼさ頭の上に、警戒色の赤い旗が立っているではないか。
フラグはな、意識しないと見えないように俺の方で設定してるからなー……。いや、魔王軍とかと立ち回っているとあの赤い色が結構視覚的に邪魔なんだよ。だから、任意で視覚レベル調整が出来るのだが、俺はフラグを見ようと思った時にだけ見える様にしてたんだわ。
「おいおいおい。こらこら、お前、何拾ってきてるんだよ!」
「……だって!」
そう言ってアベル、なぜか俺にそっぽを向いて黙ってしまう。レッドが俺の隣にしゃがみ込み、メガネのブリッジを押し上げながら言った。
「状況説明から申し上げますが、村との交渉は上手く行きました。恙無い結果だとお伝えしておきます。で、そこからの短い帰り道の道中ですね。この通り、赤旗モンスターと遭遇する事になってしまいました」
「……これは行き倒れてたんだろ?じゃ、他にもバグモンスターが居たって事か」
「ええ。詳しく状況を言いますと……先にこの子供が倒れておりました。でも『赤旗』付きと気が付いて、どうしようかと警戒はしたのです。まぁ結局介抱する事にしたんですけどね。そうこう迷っている間に突然、大きな蜘蛛の赤旗モンスターが現れて、という具合ですね」
俺は口に手を置いて考えてしまう。
「大きな蜘蛛の……赤旗モンスター?怪物じゃないのか」
そこが通常と違うのですよねとレッドは小さく頷いた。
「見た感じ地味な色にはなっていましたが女郎蜘蛛のような模様がありました。それが巨大になった感じです、姿が全体的に混沌としている魔王軍とは違う気配を感じます」
「……ホストか」
「ありうるでしょう」
ようするに、赤旗の感染源になる特別な怪物だな。
俺達が遭遇した事があるものでは魔王の皆さん、それからリラーズという蛇女がいた。
「生き倒れの子供にも……赤旗か」
感染してるって事なのか?いや、なら形を正常に保っていられないはずだ。姿を偽る事はできるらしいしけど……あれはリラーズの派生だったからかもしれないし。……いまいち流れがよく見えない。
「何か、その蜘蛛はこいつを、助けに入ったとかじゃねぇのか?」
赤旗同士だから仲間だ、とは一概に言えない場合も在る事は俺達了承してる。南国のアイジャンの件なんかあったし。
「そこらへんはよく分かりませんが、でも……蜘蛛と人の子供ですよ?関連性が分からないじゃないですか。とりあえず助けようって話になりましてね、僕は正直どうかと思いましたけど」
蜘蛛からは結局逃げられたらしいが、致命傷は与えたそうだ。一応探してみたらしいがどうにも気配が消えていて探せない。もしかしたら傷が元で死んだかもしれないと比較的、楽観しているようだな。
何はともあれこの少年が目を覚ませば……状況は分かるだろう。そういう訳で見守っている訳か。
俺は寝返りを打った少年の頭がシーツから出たのを見て……理解、出来るな。どうしてアベルがこれを助けてしまったのか。
……子供だ。
伸びっぱなしの頭髪と薄汚れた顔の、10歳前後ぐらいの子供の顔をアベルが無言で眺めている。
「……お前、ホントこういうパターンダメだよな」
「……うるさいわね、仕方ないでしょ」
アンタの所為だ、とまでは流石に言わないか。まぁ、俺だけとは限らない事だし。
俺は立ち上がり、ため息を漏らして頭を掻いた。全く、余計な事しやがって。
外見に惑わされてるだけだと俺は思うぜ?思うにレッドと俺とナッツとかいうメンツだったら、問答無用でこのガキ共々始末を付けていたかも知れない。
「知らんぞ、んな物騒なガキ助けちまっても俺は」
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