異世界創造NOSYUYO トビラ

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8章  怪奇現象    『ゴーズ・オン・ゴースト』

Ahead off LOG COMMON COPY ◆俯瞰-謎-記録◆

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 Ahead off LOG COMMON COPY ◆俯瞰-謎-記録◆

※ これは現時点俺に許可されていない、エントランスで取得しているログ・CC記録だ ※
※   要するに……俺の意識が無い時の、俺以外の皆さんの足取り的な記録になる   ※
※ 重要な部分は本編リコレクトなり、コモンコピーなりすると思うから
          飛ばしておいても構わない記録だ、気になる人は読んでみるといいぜ※

 エントランスで俺は、自分の居ないパーティの様子を見ている。
 俺、あんまりエントランス使わないって事情は言ったっけ?まぁ単なるものぐさなんだけどさ。
 使えって言われたり、緊急だと思った時には入ってるのは本編でメージンと会ってる時の会話の通りだ。
 ……エントランス退避した位では青旗が無くなる訳じゃないんだが、俺の意識が無い時暴走とか起こすと嫌だな……みたいな気持ちも実は、ぶっちゃけてあるのだ。
 本当は、寝るのだってちょっとおっかなかったんだ、最初の頃には。

 それはともかく今回も緊急事態だ。どれどれ、連中は俺がいなくなってどんな行動を取るのだろう?
 この記録全部にログ・CCが下りるかは分からんが、とりあえず観察させてもらうぜ。
 これはそんな俯瞰記録であります。


 ログCCは俯瞰図で見ている事が多い、森の木々の間から見下ろしている感じの風景である。
 アインがパタパタと小さな円を描いて飛び回っているんだが……何してんだアイツ?
 そこへアベルとマツナギが走り込んできて……見えない壁に手を付いている。
 そうか、あれは俺じゃなくて……アインが結界魔法で閉じこめられていたんだな

 赤旗を警告する大陸座のデバイスツール、ジーンウイントから貰ったヤツだ。それを手にナッツが駈け込んでくるのが見える……。
 その光が、徐々に消えていくのは即ち俺が、この場を遠ざかっている意味なのだと理解出るな。

 俺の所為じゃないけど……だけど、ごめん。エントランスで俺はうなだれた。
 迷惑掛けたくないのに、結局迷惑掛けてしまうみたいだ。


 別行動になると、エントランスで会う事すら出来なくなっちまう。ログアウトしてのエントランスならこの限りじゃないが、俺は今青旗が取れるとバグ赤旗が発動する『体』になっているからな……。
 離れた所に居ると、同じ時間軸の保持が難しくなって階層が異なってしまうらしい。そもそも、同じ時間にトビラの中でセーブに当たる睡眠を取っても、システム上の時間的にはそれは同時だとは限らないのだそうだ。だから、トビラ世界の中に入ってからエントランスでプレイヤーが一堂に会する事は、難しい事なんだ。エントランスはあくまで個人のゲーム仕様的な『キャンプ』画面でしかない。
 それこそ、メージンのような特別な存在がプレイヤーをエントランスに導かない限り、エントランスでプレイヤーが会って会話する事は出来ない。エントランスに待避している、という事実はは分かるんだ。なんというか、エントランスはゲームにおけるキャンプ、セレクトボタンでで退避している場面であるからして、フラグのオンオフやセーブ作業をしているかどうか、などをある程度ログが同じプレイヤーを絞り込んで調べるコマンドが用意されている、みたいな感覚を想像してもらって構わない。
 しかしそこで会話が成立するかどうかは別である。
 そしてオンライン中のエントランスでの会話は当然ログに残らない訳だし。
 ログとして残らないんだから、殆ど無かった事同然だ。トビラ世界の中で思い出せる事は稀である。

 俺はエントランスからの窓でログ・CCを見ている。連中のスキップ具合も見事に反映されるから、場面が突然切り替わる事があるし、俺が見なくていいと思った部分は閉じておくことも出来るらしい。
 俺が、今目の前にある窓から目を逸らせばいい。

 俺を引っ捕らえて行った大蜘蛛を追いかけるべく急ぎ、彼らが出発したのを見送っている。

 川沿いルートを歩いている、奇しくも蜘蛛野郎も川沿いで進んでいるって事かな?どうもたまに、わざと川を横断したりしする。珍妙なルートだ。

 ナッツ曰く、蜘蛛に探査の糸を付けられなかった代わりに、蜘蛛を確実に追いかけているワイズ達の方を追いかけているそうだ。それが、この珍妙なルートというわけだろうか。
 ランドールパーティの後を追いかける事で、なんとか蜘蛛の足取りを追いかけている……だから道中、奴らの野営の跡なんかがあるな。

 川を渡る蜘蛛の行動から見て、ランドール達は恐らく、匂いで追跡しているのだろうとレッドが予測を述べている。

 ……ウチの犬属性チビドラゴンみたいな奴でもいるんだろうか?
 ランドールのパーティ構成を考えてみると……魔法使いはいるが魔導師はいない。ワイズはあれは、魔導師っていうより魔法使いの類じゃねぇか?特出した魔術師属性があっちは二人なんである。こっちは逆に魔導師属性が二人だ。
 その違いは何だって?
 魔法の種類を絞り込んで特化して使うか、幅広くいろんな魔法を操るかの違いになるそうだ。
 そのあたりの知識、レッドから説明されたらしいと俺はリコレクトしている。

 で、森な訳だろ?
 モンスターとか嫌でも遭遇するんだな。

 割と蜘蛛を追いかけて、未開の森を前進するのに一杯一杯みたいである。
 ランドールの野郎、本当に蜘蛛しか見てないみたいで遭遇したモンスターなどにトドメを差さずに放置してやがる。おかげでなんか、余計に相手にしているんじゃねぇか?手負いとかの遭遇率が嫌に高い。

 そんなんで何日立った?もう面倒だから俺、数えないけど。一応義務的にログ・CCしてみたがひたすら森を進む毎日でこれといって……展開はないな。連中も無駄に喋らないし。

 それぞれが黙って、恐らく共通に思っている事を逡巡しているように見える。

 ああ、俺……合流したらみんなから袋叩きかもしれねぇなぁ。無事合流出来ればいいんだけど、まだそれが可能かどうかわからない状況でそんな事考えなくてもいいのに。

 俺は記録には残らないエントランスで鬱な気持ちを吹き飛ばすようになんとか面白おかしく次の展開を予測してみる。
 でも気が付くと落ち込むんだよな。

 方法は違えど、展開はタトラメルツと同じじゃん。
 ……はぁ、あの出来事以上に嫌な出来事など、俺には無いかもしれん。


 ヒマな展開だし、もうログ取るのやめようかなぁなどと思い始めた頃、かな。
 ようやく新しい展開が現れ始める。
 シエンタ以外の小さな集落なんかも川沿いに現れるようになって……そこで悲惨な結果を発見する。
 誰かしらに『搾取』されたと思われる集落なんかも見かけるようになったんだな。
 大蜘蛛と少年の食事の作法は『異常』だと言わざるを得ないだろう。酷い仕打ちの話をエントランスから又聞きしていて俺は、窓の前でしかめっ面をしてしまっていたはずだ。

 内臓を抜き、血肉を吸い上げて人間を食い散らかす。

 集落の全員がやられている場合もあれば、数人行方不明という事例もあったようだ。生き残っていた人達は口をそろえて大きな蜘蛛だと言っている。
 森の中には人間の他にも多くの生物がいる。連中が道ちゅう多くの手負いモンスターなどを相手にしている通り。貧弱な、人間を取って食おうと襲いかかってくる大型野生生物も多い。
 赤旗を立てた蜘蛛と少年はそういう環境であえて……人間だけを狙っているようにも取れるじゃねぇか。

 ランドール達はその村人達の訴えを汲む形でどんどん前に進んでいるらしい、……おかしいよなぁ。
 蜘蛛はともかく……どうして奴らはこんなに森歩きが早いんだ?見た感じ相当無茶して歩いているって思うのに、それでも俺を抜いたパーティは未だ、ランドールには追い付けないでいる。
 確実に後を追っているのはこうやって、被害者の跡をたどれる事から間違いないだろうに。



「急いだ方がいいのでしょうかね?」
「追いついたら蜘蛛の前にランドールと戦わなきゃいけねぇぜ……ま、それならそれでも俺はいいけどな」
 短い夜の番をしながら地図を確認しているレッドに、テリーが笑っている。
 実際笑えるような状況じゃなく、強引な森歩きに疲れ切っているに違いない。

 陽が落ちたら野営の場所探し、朝は陽が昇ったら即出発だ、休憩は長くはないだろう。

 またしても近くに、蜘蛛に襲われた集落があった。被害の様子を詳細に聞き出すに、やっぱり内臓を抜かれて血等を全部抜かれて干からびていた、との事である。
 大蜘蛛と、謎の少年が赤旗感染源であるホストなのかどうかは分からないが……おかげで魔王軍モンスターが発生して二次被害みたいなものが出ていないのは救いと言って良いものか……。
 搾取されている人数が余りに多すぎる。
 どんだけ食い散らかしてるんだって酷い様子を、新しい墓の俯瞰図から俺は、息苦しく感じていた。
 アベルはどう思っているだろう。こんなに多くの被害者が出るなら、あの少年を助けたりしなければよかった。などと思い始めているかもしれない。
 どうしようもないじゃないか……と、ここで慰めの呟きを言ってもしょうがないんだけどな。
 きっと、一番苦しい思いをしているのはあいつかもしれないなぁなどと……考えている。
 だけどこの思いは、エントランスでの事だから正しい記録としてトビラに持っていけない。

 大蜘蛛、俺が木や地面に激突するのを助けてくれたからもしかして、良い奴?とか思ったが……思えばそれは『俺が必要だから』だよな。
 仕舞いにゃ俺に噛み付いて……ん?
 ちょっと待てよ?
 ……俺を捕まえたのがあの大蜘蛛なら、今こうやって被害を出している奴は……何だ?
 いや、目撃者がいて大蜘蛛だと証言している。
 ……どういう事なんだ?
 なんかよくわからない。

 とにかく奴らの存在を許しては置けないだろう。早く目を覚ませ、俺……!

「……ナッツさんとは相談しているのですけれどね」
「何だ?」
 本日はテリーが見張りの様だな。レッドはナッツと交代で地図を付けてルートの確認をしている様である。
「どうも、目的地がね。このまま進むと……本来の目的地と同じになりそうなんですよ」
 つまりそれは、どうも蜘蛛の奴らもドリュアート目指している気配がするという意味だろう。
 テリーは奇妙な顔をしつつ、小さな火の中に薪をくべた。
「……なんで奴らもドリュアートを目指すんだよ?」
「赤旗なのです、何かしら魔王との繋がりひいては意図を持っていると考えれば、大陸座を目標とするいくばかの可能性は在ると思います」
「他にドリュアート付近に村の集落とか、そういうのは無いのか?」
 その辺りの地図っつーか地形は、俺もよく知っている。
 集落?そんなの無い、山脈の交差点でどん詰まり、緑の森の最深部である。もっともテリーにはそんな知識はないのだから、蜘蛛達にはこの近辺のどこかに、別の目的地があるのではないかと疑っているのだろう。
「賭けませんか?」
 ふいとレッドがため息がちに言って顔を上げた。
「いっそ、目的地がドリュアートだと賭けてみませんか?」
「………」
 テリーは寝ている連中……特に、アベルあたりを無言で伺っているな。
「お前らに任せる、出来る最良の道を選ぶしかねぇだろ」


 で、俺は未だにエントランスに居っぱなしですよ。
 いい加減目を覚ましましょうよ俺……。
 流石になかなかお呼びが掛からないのでもしかして、再び俺……死んだんじゃねぇよな?とメージンに聞いちまった位だ。
 メージンは苦笑していた。
 死んでいればこのエントランスに居続ける事も出来ませんよと言われ、そうだったと俺は肩を落とすばかりだ。そういうの以外あまり、メージンとの会話はしていないな。
 俺の状況が分からないメージンじゃない、何と声掛けていいか流石に困ってるのかもしれない。

 そんな事思っていたらようやく……俺はこの世界に置ける『現実』で目を覚ましたようだ。

 俺がエントランスから出来たログ・CCは……ここまでだ。




 が、しかし。

 『俺』の記憶領域には続きがある。
 正確にはログ・CCデータではない、何しろ俺はその後エントンランスに退避していないのだ。
 だが確実に作られている、不思議な記録データがある事は……結構後にならないと分からない事だったりする。一端ログアウトして記録を見て、リコレクトできる事が分かってから判明する事だ。

 とにかく、俺抜きで進んだ展開はまだある訳で、なぜだか俺はその様子を『俯瞰記録』している。

 ……ついでだからこれも、公開しておくか。
 興味があったら覗いてみると良い。もちろん、面倒だったらスキップしてもいいぞ。


 その後、エントランスに退避していない『俺』は一体どこでこいつらの様子を見ていたのだろう?
 それは俺なのか?それとも……俺じゃない誰かなのか。だとしたら一体、誰が……?




※  ここからは、現時点プレイヤーに許可されていない、取得場所不明の記録です  ※
※本編理解には支障はありませんので必読ではありません。重要な部分は本編反復します※



 あー……ええと、俺。
 何してるんだっけな。
 なんだか全てがどうでもいいような気分になっている。
 こんなグダグダじゃぁいけないよなぁと思うんだけど、居心地の良さに目を閉じたら永遠と眠ってしまいそうな不思議な気分だ。

 そもそも俺って誰だっけ?
 危うく融けてしまいそうな自我。
 違和感、というか……不快感?
 やめろよお前、うっとおしいんだよと手を振り追っ払いたい気分になるんだがそれも一瞬。
 次にはまぁ、別にいいかという気持ちに落ち着いた。
 不快感こそあるがただそれだけだ。

 俺が我慢すればいいだけの話。


 見降ろしている、何者かが俺の腹を乱暴に暴き、強引に何か重要なものを引きちぎり、奪い取っていく。
 まるで高い枝に実った果実を、まだ完全に熟していない大切な、種として引き継ぐべきものをもぎ取られてしまう喪失感。

 だがまぁいい、俺が我慢すればいいだけの話だ。

 俺はいつでも我慢をして来て、これからもずっと我慢をし続けるだろう。
 そういうキャラで、そういう……運命の元に生きているようなものだ。
 
 焦る事はない。
 また準備を整えて……再び実を実らせればいい。

 少しだけ焦る俺に、そのように囁くのは誰だ?

 何も不思議がる必要はない。
 それは俺が俺に問答した言葉。
 決して交わらないものが交ってしまって境界が失われていく、それを妨げる、致命的な……これは世界に打ち込まれているバグプログラム。





 連中はそれで、あわよくば先回りをしようって事にしたみたいだ。

 蜘蛛の足取りは追っ手を振り切るように多少、ぐねぐねと森の中を迂回している。彼らは比較的それを直線的に追っかけているはずなんだが……それでもちょっと追いつけなかったらしい。
 ランドールパーティーすげぇな、何時休んでいるんだろ?リアルデスマーチだ。
 そこで連中は、蜘蛛の実際の足取りを無視して……最短距離でドリュアートを目指す事にしたようだ。
 ドリュアートが、蜘蛛通過コースに含まれている事を予測して、先回りして待ち伏せる。それに賭けてみようという話になったわけだ。蜘蛛やらの乱入が無ければそもそも、ドリュアートに行く予定だった訳だし。
 勿論、ゴールがそこだという保証は全くない。たまたまドリュアート付近を彷徨っているだけかもしれない。だが、蜘蛛野郎を本命として追いかけているのはランドールだ、奴らに任せてしまってもそれまでだとも思うけどな。

 アベル以外は蜘蛛を無視してドリュアートに進路変更した事情を理解しているようだ。
 逆に言うとアベルにだけははっきり、行先を告げていないようである。

 なぜアベルに説明しないかって?奴は方向音痴だ。地図など見ないし地理などさっぱり理解しない。説明する必要がないってのが一つだろう……もう一つは、やっぱり奴が一番蜘蛛、および謎の少年に気を掛けているからだろうな。

 そも、連中が追いかけているのは蜘蛛じゃない。行方の知れないこの『俺』の方だろ?
 アインがその様子を見送ってしまったわけだから、赤旗立てた魔王八逆星っていう謎仕様ナドゥの介入を理解しているはずだ。その時大蜘蛛の怪物が関与した事も知っているだろう。
 とはいえ、ナドゥと大蜘蛛が一緒に行動しているという保証は出来ないだろうしな。
 連中は迷っているはずだ。
 何を追いかけ、何を目的に動けばいいのか。
 目指すべき目標をはっきりと見出せずに緑の森の中であがいている。そんな様子を俺は感じる。

 そうやって足掻き進む森。

 連中はようやく、ドリュアートもとい『世界の真ん中にあった木』跡地へと足を踏み入れたようである。


 唐突に森が開け、湿地が現れる。
 沼に浮かぶように森もあるのだが……四方が霞む程の見渡しの聞かない広大な規模の湿地だ。それだけの規模森が『途切れている』には、それなりの理由がある。
「ここがドリュアート跡か……」
 テリーが呟いた言葉に目ざとくアベルが反応している。
「え?蜘蛛は?」
 もういいだろ、アベルにも説明してやれとナッツに告げて、テリーが広い沼地の奥に視線を投げている。

 枯れて腐った巨木は数百年前に完全に朽ち落ちたそうだ。暫くは枯れ木が残ってたらしいけどな。
 靄の掛った景色は見晴らしが良いとは言えない。ナッツもテリーと同じく湿地の奥を眺め目を細めている。
「……木は完全に朽ちたはずなんだけどな……」
「何か見えるのか?」
「……ぼんやりと大きな影が見えるんだけど、気の所為かな?空気が不安定でよく見えない」

 かつて存続していた巨木の根元には……当然と大きな木が作る影があっただろう。枝が太陽の光を遮り、どうしても出来てしまう巨大な陰。
 ドリュアートの木って他の植物と上手い事共存できないらしい。他の木々の侵入をなかなか許さない巨木の根元には、広大な沼地が広がっていた……そして今はその沼地だけが残っている。
 湿地の中央には大樹の残りが少しあるらしいが、その中に新生ドリュアートがある。

 デカい木だったんならそれだけ種なんていくらでも飛散して増殖してそうなもんだがな。
 ドリュアートの大樹って他の森の植物に比べて『変化していない』為に『競合性・協調性が全くない』だとかレッドが言っていた。
 それが要するに、他植物と上手い事共存出来ないって事らしい。競合者がいると育たない。かといって協調性が無いから他の木と一緒に育つ事も出来ない。
 なんつー協調性の無い木だ、とかテリーが誰を指して笑ったのか、俺は大体察しましたから!覚えとけよテリー!この記録覚えてられないかもしれないけど!!
 だから、巨木が朽ち果てたその中で、他の植物の侵入が無い場所で唯一、種が発芽して。
 なんとか若木が育っているという状況らしい。
 他にも育った要因がある訳だがそれはまず、後で。
「……ナッツ、蜘蛛は?」
 マツナギの短い問い掛けに、ナッツは静かに目を閉じる。蜘蛛には探査の糸は付けられなかったらしいが、その代りランドールパーティの居場所ははっきり分かるらしい。ナッツは、天使教幹部グランソール・ワイズの位置を把握できるようにしてあるんだとか。よくは分からんが……互いに秘密なのか同意の上なのか知らんが『お互い身を隠せない』という関係って事なのか?
「まだ遠いけど、やっぱりこっちに近づいてきているな」
「よし……まずはドリュアートの問題片づけておこうぜ、奴らが来たらまたややこしい事になる」

 さて沼地だ、歩いては行けないだろうな。船なんかも沈むんだろう。所々水があるところもあるが……こういう所だとアレだ、特有のプランクトンが発生していてほぅら。
 フラミンゴとかテレビモニターの向うで見た事がある野生の王国的な世界が広がっておりますよ。鳥王国です。見えるあの鳥がフラミンゴかどうかは分からないが、どうにも赤っぽい鳥の大群が群れて居るのが遠くに見える。

 俺はそんな様子を遠く、広く眺めている。

 連中はこの沼地をどのように進むつもりなのかと観察していると……どうも、翼があれば飛んでいける!と言う事で、飛行魔法で突破するみたいだな。
 羽持ち一人、ドラゴン1匹。レッドの負担は俺がそこに居ないのだからたったの自分含めて4人だ。余裕だろうと思いきや……そうでもないらしいな。
「いいですか、紫魔導の僕でも飛行魔法で4人分も飛ばしたら他の魔法には手が回りません。モンスターなど出ても相手にしないでくださいね」
 そんな事気にしなくてもと楽観的に思うが、何起るか分からないのが……野生王国の掟でもあるよなと考え直す。
 この石橋を叩く性格があるから俺達、いろいろとおかしなトラブルに見舞われずにすんでいるんだろうし。
 ナッツが重い荷物を一部預かり、いざ出発。
 レッドの魔法詠唱の後、杖で軽く叩かれるマツナギ、テリー、アベルの体が浮かび上がる。沼地ギリギリ上くらいの所に持ち上げられてしまうと……アベルがジタジタしてみているが……当たり前だが『動けなくなる』よな。
「つまり、動力魔法でこのまま俺達を向う岸まで運んでいくって……事か?」
「地味なんだね」
「ぴょーんッて自由自在に空飛べるようになる訳じゃないんだ」
「そんな便利な魔法を他人に使えるなら、僕らは一々歩いて森を横断なんかしないと思いませんか」
 当然の事を指摘されて全員黙ってしまってます。
「なんだっけ?レビテトとかさ……こう、1ハイト浮遊出来るみたいな魔法はないの?」
 某老舗RPGの魔法を引き合いに出しておりますなぁアベル。
「理論的にそんな便利な魔法はありません。あったとして理論的はそういう事ではありません」
 一蹴されてますな。きっと、俺がその場にいたらその質問は俺がしてるんだろうな、などと苦笑してしまうけど。確かに……空中に浮かんだ状況でどうやって地面を歩けばいいのだ。地面に足をついていないのにな。

「では、行きます」
 レッドの言葉に、静かに空中につり上げられた連中は沼の上を滑るように移動しだした。

 次第に速度がつき風が気持ちいいのだろう。アベルが悲鳴とも歓声ともとれる声を上げている。高所恐怖症の人はウチにはいないしな、そもそも視点が低いので怖いというのはないだろう。上下運動はないが障害物は避けるので左右への移動はある。
 ちょっとしたジェットコースターみたいな感じなのかもしれない。

 慌てて飛び立つ水鳥を頭上に、時に歓声を上げて飛行魔法を楽しんでしまっているらしい約3人。
 このやろう……楽しんでいる場合か?などとちょっと憎々しく思ってしまうのはなんででしょうね?
 移動時間、1時間強。
 どんだけ広いんだこの沼、しかしその1時間魔法継続させたレッドもレッドだ。

「……流石に疲れました」
 ようやくちゃんとした陸地に辿りつくとさっさと飛行魔法を解除し、レッドは素直にそう吐露して苔で覆われた地面に座り込んでしまっている。
 霧は一層濃く立ち込めているな。だが太陽が頭上にあるのは見える。

 なぜだか俺も空を見上げている。

 空を飛んで状況を見てきたらしい、ナッツが静かに苔の上に降り立った。その隣でアベルがしゃがみ込み、ふかふかするのだろう苔に蔽われた足下を少し掘る……というよりむしってみている。
「砂とか土が出てこないわね、なんか変な感じ」
 アインもその隣で地面に足を付き、両足をそろえてジャンプしながらふざけている様子を俺は……やっぱりにやけながら見ているな。
「ふ~わふわしてるのねぇ!」
「繊維質のものが降り積もっていますね……ふむ、朽ちたかつてのドリュアートでしょうか」
 レッドも座り込んでしまった所、手元を弄って呟いているな。ナッツがそんなレッドに振り返って困ったように肩をすくめる。
「レッド、この状況じゃ対岸に戻るのは無理だよねぇ?」
「何を言うんです?」
 怪訝な顔で息を整えていた顔を上げる。ナッツが、懐から取り出したトゲトゲの石は……ジーンウイントからもらったデバイスツールだな。そういや奴が預かっていたんだった。
 普段は鋭い結晶が突きだした石だが、今それは……奴の手の中でまばゆい光を放って大きな発光体のようだ。
「……赤旗?」
 アベルがしゃがみ込んでいた所素早く立ち上がる。背負っていた荷物を全部降ろして、剣の柄に手を掛けている。
「……ナッツ、何を見た」
「いや……この石が告げてる通りだよ」
 視線を、濃い霧の奥へ向けた。

 影がある、人影だな。そいつの頭上にある赤い旗はなぜかはっきりと見える。
「誰?」
「それはこちらのセリフだ……と、言いたい所だが。お前達か」
 聞き覚えのある声を……俺も非常に『近く』で聞いている。
 見知っている男を俺は『見下ろしている』。
「いずれ来るだろうとは思っていたが、随分早い到着だな……」
 ナドゥだ。相変わらず頭の上に赤い旗がついているが、ナッツが持つデバイスツールはこれに反応したんだろうか?
 しかしこいつの頭上にはそもそも、赤い旗は無かったはずだ。無かったから、ナドゥは魔王八逆星に数えて良いものか、など様々な理論が上手い事当てはまらず頭をひねっていたというのに。
 いや、そもそも……何の予兆で赤い旗がついてしまうのか、それが理解しがたいバグだという事は知っているが俺達は、明確な答えを持っていない。
 赤旗に感染する明確なルールを未だに知らない、確定出来て無い。

「ウチの戦士を、どうしたんだ?」
 ナッツの問いにナドゥはモノクルのずれを直すような仕草をしながら返す。
「どう、とは。具体的に君達にとって、どういう状況になるのがそのように、まずいのかね」
 厳しい顔、もしくは渋い顔をしている一同を見渡してナドゥは少し断定的に訊ね直す。
「それともすでに『まずい』状況だからそのように聞くのかな」
 感情の波を立てず、冷静に連中の焦燥をあおるナドゥの言葉。
「君達が仲間とかいうなんらかの共同体という仕組みをとっていたとして、個人は個人だ。一人欠けた所で……何か非常に致命的な事態にでもなるというのか」
「貴方はどうなのです?貴方達も魔王八逆星としてなんらかの共同体を構成しているはず。貴方にとって、魔王が何らかの事情で欠ける事は重要ではないのですか」
「無いだろうな、我々は似たような思想でたまたま同じ道を歩いているに過ぎない」
 あっさりレッドの言葉に返答し、冷たく断言するナドゥ。
 しばらく無言で対峙していたが、歩みを止めていたナドゥは再び歩き出す。
「まぁいい、必要だと言うなら好きにすればいい。私の用事は終わった」

 そうだ……そうか。

 お前の用事は終わったんだったな。

 必要な事を予定通りに進め、必要なものだけを俺から搾取していった。
 そして、その結果に小さくため息を漏らしたのを俺は、知っている。

「ヤトをどこにやったの?」
 今にも飛び出していきそうなアベルをナッツが抑えている。ナッツは察したな。

 俺が今どこにいるかという事を。

「どうしてドリュアートを選んだ?」
 ナッツが静かに問う。ナドゥは少し笑ってわざとらしく手を広げている。
「愚問だ、相性の問題だよ。それに不動の大陸座だ、色々と都合も良い」
「最初から分かって目的を絞り込んだという事か?」
「いや?必ずしもそうだとは言えんな……偶然を引き当てるのもまた技術の内だ」
 ぎちりと拳を固め、テリーが一歩だけ前に踏み出す。
「どうしたって今回は見逃してやらんぞ、テメェと放って置くとろくな事になりそうじゃねぇしな」
「無駄な事だな……、いや?案外まだ君達は知らないという事か」
 ナドゥは独り言のように呟いて背を向ける。
「私を殺したところで意味がない、その事は……話してはやらんのかね」
 横顔だけ向けて、遥か遠くを見ながらまるで他人事みたいに言った言葉の意味は俺にも分からん。
 そのセリフ、一体誰に向けて言ったのだ?俺は沈黙して突っ立っている連中の顔を伺うように見下ろしている。
「まぁいい……私はここで君達と争うつもりはない。王が急いている。時間をかけ過ぎた感はある」
「……王?」
「いずれ君達にも紹介する事になるだろう……出来れば、真っ先にお披露目してやろうかとも思っていたが……」
 手の中で何かを握りつぶしたような動作をして、ちらりと振り返った。
 俺の方を……ナドゥが振り返り見る。
「君達は来るのが早すぎたな」
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