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8章  怪奇現象    『ゴーズ・オン・ゴースト』

書の8後半 王の渇望『生死を分ける種』

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■書の8後半■ 王の渇望 An Ambitious Person

 ……どうやら、俺が木に激突するのを助けてくれたみたいな謎の大蜘蛛さん、しっかり逃げてしまったらしい。
 怪我人なんてほっといて蜘蛛追っかければよかったのに。赤旗立てた怪物なんだぞ、近くに一応シエンタっていう集落もあるんだ。二次被害が出る可能性があるんだから放っておくべきじゃない。
 しかしその後、あの蜘蛛のバケモノ退治の件はランドールに渡してしまったみたいで、話を聞くに追いかけるに追いかけられない状況になった、との事だ。なんじゃそりゃ?

 俺は傷の手当てを受けながら隣で、黙って座っているアベルを伺う。

「いいのか、」
「いいって、何が?」
 惚けて答えやがる。あのガキは蜘蛛に連れていかれたんだぞ?
「で、なんで大蜘蛛を放置したんだよ」
「ランドールの連中が、あれは自分たちの獲物だって頑として譲らなかったからな。奴らが追いかけて行っちまったからさ」
 テリーが肩をすくめて笑いながら言った。
「情報交換を、とか一応持ちかけてみたけどね、どうもあっちはそれどころじゃないみたい。さっさと蜘蛛を追いかけて行っちゃったな」
 てことは、ランドールは比較的即座、意識を取り戻したって事か。剣が飛んできた時、明らかに凶悪な殺気を感じたからな……よっぽど御執心してたのか。
 ナッツも苦笑している。テリーは俺と同じく気を回してか、アベルを伺いながら言った。
「あの勢いだと連中、あのガキも殺すんじゃねぇのか」
「……仕方ないわよ、やっぱり赤旗で……外見はともかく。結局怪物だったんでしょ」
 アベルはそう言って、今包帯が巻かれている俺の脇腹に視線を投げた。
「……ごめん」
 素直に謝られるとなー。なーんか調子狂うっていうか。
「別に、俺も油断したし」
「……でも、あたしが話した時は別に何も……おとなしくしてたのよ?」
「おとなしくって、奴は『おなか減った』とか言わなかったか?」
「言ってた。だから……」
「そう言った後、突然俺に襲いかかってきたけどな」
 ナッツに状況を説明するついでだ。俺は目を閉じる。
「お前、帯剣してなかったろ」
「そりゃ、邪魔だもの。荷物の所に置いたままだったわ」
「俺は生憎、寝る時だって剣を側に置いておく、」
 俺の隷属剣闘士時代、普段から武器の所持はある程度認められていた。ルールは闘技場によって様々だが基本的にケンカはご法度である。それでも何かしら諍いが起こった時、中途半端になっているといつまでも決着がつかないだろ?だから……お互いの牽制という意味で武器の所持が許されていたんだ。ルールを破ればそれなりに罰は受けるハメになるがな、その方がマシだという事態もある。そういう殺伐とした世界だったのは否めない。
 そんな過去からの癖だと俺は、リコレクトする。
 もしアベルが武器を所持していたらあのガキ、それを奪ってアベルに襲いかかっていたのかもしれない。
 あれはバカじゃぁないぞ。どうも血の臭いに反応して、後先考えなく行動する衝動みたいなのはあるみたいだけどな。
「彼と何か話した?他に」
 ナッツの質問にアベルは詳細を語った。
 目を覚まして、やっぱり第一に『おなか減った』とか言ったらしい。その後一応名前を聞いたそうだ。だが……困った顔らしいものをして悩みだし、名前って何とか答えたそうだ。なんだそりゃ?
 とりあえず食べ物持ってくるからおとなしくして居てと言ったら、無言で頷いたんだからとアベルは主張し……なぜか黙り込んだな。
「ナッツ、どう思う」
「正直、納得する所はあるんだ」
 包帯を巻き終わり、シャツを俺に手渡しながらナッツは俯いた。
「彼、栄養失調なんだけど……一時的なものだなんだよね。なんというか……代謝が激しいみたい。体温とか腕にある小さな傷の治りとか……そういう具合から見ても、相当に栄養の高い状況に体が、慣れてる感じがする。で、一時的にその供給が絶たれて貧血をおこしている、みたいな……」
「わかんないわ」
 アベルの率直な意見に、ナッツは言葉を換える。
「リバウンドって言葉があるだろ、ダイエットにさ」
「……ええ、それが?」
「あれはずっと食べてないから体が節約状態になってて……少ない栄養を必死に取り込もうとする状態になっている。それがダイエットを止めた途端、普通に食べたら栄養過多になって更に太る……そういう理屈なのはアベルも知ってるだろ」
 俺はダイエットなどという言葉には無縁だが、そういう話は聞いた事があるな……どこでだ?恋愛シミュレーションゲームの女の子の会話だったっけか?
「ようするにそれだよ、彼は栄養過多な状況で消費が激しい状態にもかかわらず、一時的に何も食べてない」
「……だから、何だっていうのよ」
「多分相当に栄養価の高いものを常時食べている、と考えられる。で、このご時世良い暮らしをしたって良い食事が出来るとは限らない、美食家は逆に栄養バランスの崩れた食生活をしていて成人病……この世界だと贅沢病とかまだ言われてるものだけど。そういうのを引き起こすんだ。彼はそうじゃない、きっちり作り込まれた筋肉を君も見ただろ」
 そうだな、ガリガリなのかと思いきや、きっちり筋肉ついてたな。
 それに、剣の使い方が不自然な程様になっていた。
 なんだ?なんだか違和感なんだよな。何だろう?
「だから、何が言いたいのよ?」
 ナッツはため息を漏らしてから、言った。
「レバーだよ、ビタミン類も豊富に取れて最も栄養価が高い食べ物って言ったら、基本的に生物の肝臓。というか……多分、彼は人食い鬼だな。肉食動物はね肉より、実は真っ先に獲物の内臓を食べるんだ」
 美味しいからな。
 ……ホルモンとか、たまらんのは俺ら、よーく知ってますから。先だってイノシシの胎児とかウマウマ食ったじゃねぇか。
 俺は、多分そうだろう事は腹を指でえぐられた時点で察しているので別に、驚かねぇぞ。
 でも……アベルは相当にショックみたいだ。
「……あの子が?」
「でも良かったかもね、行き倒れていた彼を僕らが見付けて保護していなければ、もしかしたらシエンタで……殺戮が起っていたかもしれない」
 だな、俺もアベルの行動は結果的に良かったと思う。
 出来れば息の根止めておくのがベストとはいえ、やっぱりそれは外見があんな子供で生き倒れてたらなぁ。例え赤旗立てていても躊躇はするだろう、その気持ちも分からんでもない。
 真っ直ぐ村に連れて行かなかったのは正解だ、偶然、偶然だと思うが……遭遇出来たのもな。
 どうもランドールの奴らが追いかけていたみたいだが、奴らは到着が一晩遅い。奴らは先にシエンタに居た訳じゃない。
 奴らがたどり着いた頃、シエンタでは人食い鬼の被害がすでに出ていたってケースもあっただろう。
「全く、なんなんだあの連中は」
 と、テリーがグチっぽい口調になる。ランドールはともかく、奴と一緒に行動している兄の存在にはこれ以上なく嫌な顔をするからなぁ。そこまでしてなぜ嫌悪するのかよく分からんけど……要するに、それがテリーにとっての『重い過去』なのだろう。
「そういやお前、村にアイツの親かどうかとか聞きに言ったんだろ?」
「ああ、当然行方不明の子供なんて居ないって話で無駄足だったぜ。俺が帰った頃お前はもう寝てたもんな」
「……その話が本当として、じゃぁあの蜘蛛といいガキといい。どっから来たんだ?」
 ナッツは薬箱に道具をしまいながら答える。
「ワイズからこそっと聞いたけど、どうも彼らは西からずっと、アレを追いかけてきているみたいだよ。目的は蜘蛛の方らしいけどね、どうも……蜘蛛が少年を連れ歩いているらしい。少年が何者なのかはさっぱり分からないってさ」
「西から?じゃ、奴らコウリーリス国を西からぶったぎってここまで来たってのかよ」
 テリーが呆れている。テリーじゃなくても俺でも呆れるな。
「彼らにしてはそこまでしてあの蜘蛛を追わなきゃいけない、って事だよね」
「そうか?単に意地になってるんじゃないのか?」
「確かに、それはあると思うわ」
 テリーとアベルの言葉にナッツは珍しく意見を変えずに首を横に振った。
「いくら何でもコウリーリス横断なんて、ワイズの性格上無駄な事なら何が何でも阻止するはずだよ。彼がおとなしく付き従っているって事は、それだけ重要って事だと僕は思う」
 思うって、意見を述べるにしては珍しく強い断定のようにも聞こえるが……まあいい。ランドールの目的なんざどーでもいい。どうせろくでもない目的なんだろ?
「どうする」
 テリーが言った。どうするもなにも……。
 俺は何か無言で訴えているアベルを横目で確認し、頭を掻いた。
「探査の糸、付けたか?」
 追尾するための目印魔法、な。
「いや……残念ながらその隙は無かった。他の探査魔法も使ってみてるんだけどダメだね、気配が掴めない」
「どうにも『切られた』気配もしますね、今回の事でそう確信しました、僕を欺くとは警戒すべき相手でしたね」
 ナッツと、レッドがそれぞれ探査の糸を使った様だが上手く行かなかったようだ。
「ランドールの奴らは何か目印付けてるか、追いかける手立てがあるって事か?」
「そうみたいだね」
 つまり、奴らを追いかければ……蜘蛛の足取りも掴めるって事だ。
「……行くか?」
 ここでちんたら休憩していないで……ドリュアートの前にあの謎の赤旗問題を片づける……か?
 ぶっちゃけ、あの大蜘蛛がホストだという可能性も捨てきれない。全く、少しは情報を俺らにも流せよランドールパーティめ。
 とにかく追っかけて、何が起きているのか聞き出すしかない。



 予定より三日程早く出発する事になっちまった。まぁ、準備はほぼ整っていて、後は天候とか体力的な調整だけだったし。
「あ、その前にちょっと……村に顔出してくる」
 俺は準備を終えてふっと思い出し、テリーにテントの後始末を任せて……シエンタの集落を覗いてみる事にした。と、恐らく手伝い出来る事もなくヒマをもてあましていたらしい、チビドラゴンが俺の頭に着地。
「あたしも一緒に行っていい?」
「ん?まぁ、いいけど」

 アインさんを頭に乗せて、俺は今まで決して近づかなかった道を進んだ。
 朝霧が晴れつつある、新しいシエンタの集落はどの建物も新しく、早朝から井戸で水を汲む人達が行き交っている。
 子供達が勢いよく戸口から飛び出し、俺をちょっと珍しそうに見てから……はしゃぎながら走って行ってしまった。
 人見知りが激しいのはやっぱり村の立派な特徴だよな。
 そういえばフル装備だった、もうこれから出発する予定だったし。鎧に篭手、マント姿で帯剣した明らかに冒険者の様子は目立つのだろう。視線がイタイぜ。
 でもとりあえず、俺の『正体』には誰も気が付いてないみたいだ。
 決定的になったのは、道具屋の親父の一声。
「どうしたい、何か要りようのものでも出来たか?」
 俺はその声に正直怯んだ。……この道具屋の親父、俺は……知ってる気がする。しかし振り返らないのも不審に思われるからな、ぎこちなく振り返って……親父だと思ったけど割と若い人である事に一寸驚いてしまった。
 あ、そうか……道具屋の息子さんだ。俺より7つ程年上の、何時もサボってばっかりの。そんな事をリコレクト。
「どうした?俺の顔に何かついてるか?」
「い、いや……その、火種が切れてて」
 俺はとっさにそんな嘘を付いていた。火種には困ってない、俺の頭上に火を吐くドラゴンが居る訳だからな。しかし道具屋の人は俺の頭上のトカゲっぽいものが火を噴くなど想像もしないのだろう。
「いくら必要だ?」
「生憎とグラム通貨とかしかないんだけど、いいか?」
 グラムというのは主に西方で流通している通貨の単位の一つだ。世界に展開する銀行が取り扱っているから、割とどこの国でも使えたり、換金出来たりするが……バックアップオペレーターのメージン曰く、国によっては換金レートが高い場合もあるらしい。こんな田舎町で使えるか微妙である。
 しかし、戦士ヤトお金に関しては相当に無頓着らしい。未だに上手くグラム通貨のレートが憶えられません。買い物する時はメージン頼りデス。
「いいよ、でも相場とか分からないな……貰った肉は本当に良かった、あれだけたっぷり貰ったんだから心ばかりでいいよ、火種くらい分けてやる」
 俺が肉トレードで情報引き出してきたパーティの一人だ、っていう想像は出来ている訳だな。

 火種となる、燐を練り込んだ縄みたいなものを手にぶら下げて俺はシエンタを後にした。
 結局俺が、昔ここに住んでいたガキだって事は誰も気が付かなかったみたいだ。いや……俺をじろじろ見た目の中には、それに気が付いた奴もいたのかもしれない。
 10年以上離れていたからな。俺も道具屋の元お兄さん以外にこれといって、顔の分かる人はあまり見付けられなかった。

「……拍子抜け?」
 アインから聞かれて俺は、無言で首を振った。それから少し歩いて口を開く。
「いや、別に。トラブルなんて起らない方がいいだろ」
「うん、そうだね」
 と、村を後にする俺の視界の向うから、子供達が棒きれ振り回しながら走ってくる。
「おいお前、剣士だろ!」
 すれ違い様、言われた言葉に俺は思わず子供達を振り返ってしまう。はしゃぎながら棒でたたき合う無邪気な子供を見ていて俺は、思わず立ち止まり小さく呟いた。
「来ない方が良かったかも」
「どうして」
「……あの中から、未来の俺が出るかも知れないって思ったらなんだか。たまんなくなってきた」
 アインが小さな手で俺の頭を軽く叩いた。
「大丈夫よ、ヤトみたいな後先考えないようなおバカな子がそうそういるはずないじゃない」
「アインさん、それ絶対褒めてませんよね?」
 俺は苦笑しアイン式の慰めになんだかとても……まぁそりゃそうだよなと納得して、さらに落ち込んだりしました。

「本当に……君はここの出身なんだな」

 と、突然声を掛けられて俺は驚いて振り返った。
 いや?森があるだけだ。しかし間違いなくそこの、木の辺りから声が聞こえたぞ。
 俺は無言でアインに誰かいるか?と視線だけで訊ねる。アインは少し戸惑った様子で俺の首にしがみついてくる。
「半信半疑ではあったが……一応網を張っていた甲斐があったな」
 鮮やかな、禍々しい赤の警告が姿を現す。
 赤いバグを示す旗を頭上に持つ、見慣れた人物が静かに木の影から姿を現した。
 いや?本当に俺はこいつを見慣れているのか?

 おかしいじゃないか。
 白衣のおっさんナドゥ事、本名リュステル・シーサイドには――赤旗は立っていなかったはずなのに。

 毎度毎度何の予兆も無く、突然現れるこのおっさんの頭上には今しっかり、レッドフラグが付いている。
 ……何か条件を満たして感染したのか?
 俺は警戒して剣の柄に手を掛ける。
「ようやくこちらの『準備』が整った」
「準備、だと?」
 ナドゥは顎を引いて少し笑い、俺を真っ直ぐに見ている。
「君にも協力を仰ぐ必要があってね……出来れば穏便に済ませたいのだが。頭でも下げればこちらの要望に応えてくれるのかな?」
 なーにがッ、はなっから頭なんぞ下げるつもりが無い癖にいけしゃあしゃあと言いやがる。
 俺は剣を抜こうとして……あれ?……抜けない……事に気が付く。
 一瞬目を柄にやるハメになった。
 そして、その事実を知って状況を悟る。
 俺は素早く頭に乗っているドラゴンを……嫌がるのは知っているが、しっぽを掴んで強引に引き剥がした。そして思いっきり投げ飛ばす。ごめんアインさん!
 俺はその投げ飛ばした格好のまま固まってしまった。
 何か見えないモノ……例えば糸とか……に引っ張られる感覚に無意識に抵抗し、体を縮めた途端さらに何かが巻き付いてくる。
「にゃー!」
 おおよそドラゴンとは言い難い悲鳴を漏らすアインがこちらに特攻しようとした所……激しい勢いで見えない壁にぶつかってはじき飛ばされたのが見えた。
 現状俺の方がヤバいのだが、それでも他人を気遣ってしまうのが人柱……もとい、盾役って奴です。
「アインに手を出すな!」
「勿論だ、用事があるのは君だからね」
 虫系って……巨大化するとスゲェ不気味なんだよな。
 実際蜘蛛は虫って言うより節足甲殻類に近い生物らしいけど。いやまぁ、そーいうリアル知識は置いておいて。
 俺の肩に、ゴツゴツとしたトゲや髭の生えた不気味な足が掛かる。
 逃げたんじゃなかったのか?ランドールが追っかけて行ったんじゃぁなかったのかよ大蜘蛛!
 無数の複眼が付いている、毛むくじゃらの小さな頭が迫ってくるのが横目に見える。最早糸で、体全体頭まで固定されているのでこれ以上、振り向けない、動く事が出来ない!
 固い牙をギチギチと鳴らしながら、それが俺の露出している首の後ろに食いついた気配に体が固まる。
 そして走る悪寒……震え、生理的なものじゃない……!
 毒だ。

 理解するより早く、意識が失われていく。
 あー……そういや、毒って蜘蛛は尻から分泌するもんじゃねぇよな。某大蜘蛛の大御所様は尻に毒針仕込んでたけど。そもそも尻にあるのは糸の分泌線であって……などと、どーでもいい事を考えながら……。

 俺の意識はエントランスに待避した。



 暗闇の中で倒れている……のは、俺だな。そんな俺を見下ろしている……この、そばかす顔の少年は……。
「……メージン?」
「大丈夫ですか?」
 起き上がる……うん、エントランスだな。やっぱり俺、気を失ったようです。
 俺はまだ戦士ヤトの姿をしている自分をエントランスで確認し、メージンに恐る恐る聞いた。
「……まだ、死んだ訳じゃないよ……な」
「ええ……場面は憶えていませんか?」
 ええと……ナドゥのおっさんが俺に用事があるって言って突然現れたたな。そんで蜘蛛の怪物に噛まれた。毒を食らって意識が途切れたが、殺すつもりは無いっぽい。つまり、まだ死なれちゃ困るって方向にも考えられる。
「くっそぅ……まさかシエンタで待ち伏せされているとは……」
 思い返せば出身地シエンタという情報は……ばれてるよな。ギルに言っちまったし。でも冒険者稼業の者が生家に戻る事なんて稀だ。待ち伏せポイントとしては適しているとは全く、思わない。ますますもってナドゥが現われた理由が分からなくなって俺は額を抑えてしまった。
 ……案外、アインが俺に着いて来たのは好奇心からだけじゃなかったのかもしれない。割とレッドやナッツから、監視するようにこっそり言われてたのかもしれないな。
 ふぅ……つまり……俺が狙われている?
 何でだよ。赤旗に感染しているからか?

 上半身だけ起き上がった格好で俺は、片膝を抱えて少し項垂れてから顔を上げる。
「気絶している俺の状況をログ・CCは出来るのか?」
「残念ながら、青旗のプレイヤーがその場に居ないとログ・CCは出来ないんです」
 うー、特に説明はされてなかったがやっぱり、そういう事になるんだよなぁ……。つまり、俺は単独で現在連れ去れ中であるという事かよ、あー、これまたナッツから怒られる奴じゃねぇ?
「じゃぁ、俺が推定連れ去られた状況を知ったアイン達の様子はログ・CC出来るんだな?」
「ええ、」
 そう言ってメージンは顔を上げ、その先に窓を開いた。

 皆から散々罵られてるんだろうなー。また一人で暴走しやがってとか。
 俺だって好きで単独行動になってんじゃねぇよ!
 ああ、もうッ!

 俺はもう一度項垂れてから、窓の中の景色に視線を移した。

 っても、この窓の向こうの出来事は……無事に青旗を立てたプレイヤーと合流しなければ……俺は『この世界の現実』ではリコレクトする事出来ないんだけど……な。





 それで……俺の正式なログが再開されてこれは……何日ぶりになるんだろうな。
 トビラの中で目を覚ました瞬間、良くない状況に晒されているといくらエントランスでログ・CCを取っていても許可は下りていないので大抵、上手く状況をリコレクト出来ない。リコレクトという仕組みが在っても無くてもそーいう状況は変わりない訳である。
 長期間自分の意思とは裏腹に気を失っていれば尚更そうなる。
 気を失っていたのが1時間か、一日か、三日か、1週間か一ヶ月か。そんなのは分からない。
 眩しい光を痛いと感じながら俺は、重い瞼を上げた。
 長い間展開をスキップした、という感覚がぼんやりとある。うっすらと気を失うまでの状況をリコレクトし、その後の展開を予想してみて頭が痛くなってきた。
 ぼんやりとした視界が上手く定まらない、意識が戻ってきたら途端に、体全体に重石が巻き付いているみたいに怠い。
「いつまで寝ているんだ君は?」
 それ……俺の所為か?
 目の前に小さな注射器を構えた人物が影になっているのを、俺は……見上げる事になる。首を少し上げただけでかゆいような痺れを感じた。
 ああ、そういや首を蜘蛛から噛まれたんだった。
「危機感が無いのは同じだな、」
「……何と、同じだって……?」
 口の中が粘つく。激しい喉の渇きを認識し、俺は疑問を口に出すのを諦めた位だ。会話で失われる水分がもったいない。
 俺は目の前にある注射器を睨み付ける。
「個人差はあるものだが……ここまで爆睡されるとは。仕方がないから……解毒剤を打ってやったのだ。一度目を覚まして貰わないと困るものでね」
 水を飲ませろ、とは言えないよなぁ。
 途端、にやりと笑って怪しい薬入りの怪しい液体渡されそうだし。
 ……しかし解毒剤はマジらしい。怠かった体が少しずつ軽くなる不思議な高揚感がある。それに伴い頭もスッキリしてきて……俺はぼやけた視線の更に先を認識出来るようになった。
 遅ればせながら状況を理解、整理してみよう。
 まず、今俺の前に立っている例の人物……ナドゥのおっさんな。強い日差しに激しい逆光になってまるで影のように見える。
 その背後に……俺に噛み付きやがった大蜘蛛が微動だにせず控えている。
 日差しが半端無くキツい。白っぽい不思議な……土じゃない何かにくっきりと黒い影が落ちている。俺は、寝ているのではなく尻を付いて両膝を曲げた形で座り込む体制なので、密かに足を動かし地を踏みしめてみたが……なんか、ふわふわする?
 強い日差しに黒い影があってそれがすっぽりと俺達を覆っている。この巨大な影を作っているのは……何だ?
 ……俺の背後にあるのは何だろう?
 振り返る、とっ捕まった手前自由になっているわけはないのだから当然と、体には糸が絡みついていて動けない訳だが、首は回った。首の後ろが非常にかゆい。水が飲みたいのと同じくらいに掻いて欲しいくらいかゆい。それはともかく我慢するしかないのだが……俺はどうやらここに縛り付けられている、ごつごつとした、決して冷たくはないもの。
 木の幹か……。
 開けた白っぽい景色の中、空には雲がほとんど無い青空、そんで……一本の木。
 俺は目を閉じて状況を予測してみた。
「……まさか、ドリュアート跡じゃぁなかろうな?」
「君の今居る現在地かね?その通り、今君の背後にあるのが新生『世界の真ん中にあった木』だよ」
 ああ、目的地に一人だけ吹っ飛ばされちまったんだなぁ。
 なんかこう、バシルーラで吹っ飛ばされたけど実は目的地は最初からアリアハンだった、みたいな。
 俺は頭上を見上げた。まだぼんやりとした視界の先に、青々とした葉が茂っているのが見える。腰を下ろしている高さから見ている訳だが枝葉は、そんなに高い所にあるという感じではないな。幹は太いみたいなんだが……。
 想定していたよりもずっと、その木はフツーの大きさの木だった。
 申請ドリュアートは若木である、という話は聞いていたけど……まさかまだこんなに小さなものだとは。
 
 俺の意識を取り戻させて、そんで何をするつもりだ?これからどうするつもりだ。

 もちろん、囚われている人間にそんな事を質問する資格は無い事くらいは分かるし、ぶっちゃけ喉が渇いているので喋りたくないんだが。上手い具合解説とかしてくんねぇかなぁと、俺は白衣っぽい衣装のポケットに両手を突っ込んでいるナドゥのおっさんを精一杯、睨み付けている。
「まずは、放置したにもかかわらず君がちゃんと生きている事に感謝しよう。最も……一度死んだ者がまだ『生きている』というのも奇妙なものだろうがね」
 確かに、一回と言わず死んだよなという不思議な自覚が俺にはある。
 どうにも死んでる展開をレッドフラグで発症した謎の蔦で回避している事は伝えてあるが、それでも俺には『確かに死んだ』という感覚があって、それを消すことが出来ない。
 だが、俺一回死んでるよな?という真面目な確認はレッドとしかしていないな。他にはとてもじゃないが……そんな事シリアスに聞けねぇよ。正直抱え込んでいるのも嫌なんだけど、出来るならぶっちゃけて『いや、俺一回死んでるし~』とか笑いたいんだけど。

 でもそれは、かつて俺が魔物や鬼と呼ばれるのが嫌で、その気持ちを何でもないと誤魔化す為に自分を鬼だ魔物だと言った行為と同じだろう?

 そうだとばれちまっている今、きっと誰もそれに同意して笑ってくれないのは知っている。
 心配掛けたいんじゃないからな。

 失われたままの、俺の途切れているログの一部をきっと知っているだろう、ナドゥは無表情、無感情に俺を見下ろしている。
 お前はもう死んでいる、などと肯定されている訳だが笑える状況じゃない。シリアスなんだからあべしとかちばっとかは言いません、心の中で呟いておきます。

「私は君に生きていてもらいたい」

 俺は顔を顰めた。
 そのセリフはレッドのものと酷似していて、だからこそ余計に嫌悪感がある。
 そんな俺の様子を見て、口の端を引き上げて目を細める。
 笑っているんだろうが、なんだか笑っているようには見えない、実に不思議な奴だよなぁ……。
「だが、君は必ずしもそうではないのだろう。恐らく、死にたい方であろうな、と……思うが?」
 俺は目を逸らし、指摘された事はあながち間違いじゃないよなぁと自問する。

 苦痛のあった人生だ。今も苦痛に満ちている。
 楽しい事なんて割と何一つ無い人生。
 義務的に生きているよなと……俺は少なからずそう思っていたりするんだ。

「で、俺に何の用事があるって?」
 これ以上くだらない話をするのも嫌になり、俺は乾いた喉でかすれた声を上げた。
 その話は正直したくない。
 バレバレかも知れないが、知られたくない。出来ればずっと心に秘めていたい事だ。
 ナドゥは右手を取り出し、その手で自分の右脇腹を指す。
「君の人格に用事があるわけではない、正確に言えば君の体……体の中に出来ているであろう『種』に用事がある」
 右脇腹か、レバー……だよな。種って、何の事だ?
「なら、俺を起こす必要はねぇだろ」
「それがそうでもないのだ。君は知っているだろう、自分の意思に関係無く君の体は、酷く生きたがっているという事を」
 身動き出来ないから手は届かない、だが……実は俺の目の前に俺の、あの武器が置いてあるのだ。サガラ工房のリメイクのリメイク。
 それをナドゥは腰を曲げて拾い上げる。
 切れ味の鋭い、俺の剣。
「君の、意思が必要なのだ。君が無意識では……上手い事取り出せない事が分かった。失う訳にはいかないと必死に抱え込もうとする、だが『それ』は君に預けていただけで、君のものではないのだ」

 俺は、リコレクトしていた。

 そういえば……魔導都市で俺は無意識に暴走したらしいよな。
 睡眠薬で眠りにつき、目を覚ました時……破壊された辺りの様子に呆然とした。
 その間にログアウトが挟まってるんだけど、まぁその話はもういい。
 俺はもうあえてリアル-サトウハヤトの事はもう混ぜないからお前ら、俺の気持ちが知りたいなら勝手に想像して補間しておけよ。それで多分当っているから。

 俺の意思が無いのを良い事に開腹手術をしようとして……俺の中の何者かが目を覚ました、とかレッドが言っていた。

 暴走しない為には俺が、青い旗の『俺』が居る事が重要なのだ……と。

「じゃぁ、誰に……」
「王、とだけ言って置こう。王の望むに必要なものだ」
 俺には、このおっさんの望む事がさっぱり、見えない。分からない。
「この剣は君と相性が良いのだろう。君にこの剣を譲った者もそれを見抜いていたと思うが」
 サガラ工房のリメイク品、確かに。
 俺は剣の持ち主として一応、認められたからその武器をなんとか買う事が出来たんだったよ、な。
「龍鍛合金、古く今は殆ど失われた技術で作られた金属で作られている剣だな」
 ナドゥは静かに俺の剣を構え、それを……ゆっくりと突き出す。音もなくするりと俺の体の中に刺さり込む、業物の剣はそのまま恐らく背後の木の幹まで到達したのだと思う。
 素人が手にしてもそれくらい、切れ味が良い調整になっているのは知っている。
 一度折れて、それで……それで。
「君をここにつなぎ止めるには具合の良い道具だ」

 なんだよ、じゃぁ全部お前の予定通りって事か?

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