異世界創造NOSYUYO トビラ

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7章~8章間+10章までの 番外編

◆戦え!ボクらのゆうしゃ ランドール◆第四無礼武

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※ これは第9章直前までの某勇者パーティーの番外編です ※

◆第四無礼武◆『vs食人鬼!猟奇殺人事件大作戦』

 さてさて、いつまでも過去の話をやってる場合じゃない。
 現在進行形の話もしていかないといけない所だね。

 僕はマース、坊ちゃん……自称勇者を名乗るランドール坊ちゃんの脇を固める冒険者の一人で、頭から爪先まで重鎧に身を固める竜鱗鬼の重騎士だ。

 いろいろあって今、坊ちゃんははっきりと自分の事を『勇者』と名乗っている。
 ある意味、その行為自体が勇者だと思う僕だ。言わないけど。心の中にしまっておくけど。

 僕らはほとんど西方で活動している。というのも……魔王軍と呼ばれる黒い怪物の被害が減らなくってね、これを殲滅するのにかかりっきりなんだ。
 奴らの目的ははっきりとしていない。だが人攫いなどをやっているらしい……という事はぼちぼち把握している所。
 けど、グランソールが言うにはイマイチ納得できない行動をするらしいね。
 昔と今の行動に一貫性が無い、とか。
 昔町を滅ぼしたり、無秩序な破壊行動をしたり、陰で領主を暗殺して町を実質的に乗っ取ったりとかいろんな事をやっているのに、今はどうしてこんなにハデに怪物を暴れさせたりするんだろう?とか。僕は頭脳派じゃないからね、そんなの考えたって分からない。
 うまい事僕らを揺さぶっているだけじゃないのか、とか心配しているみたいだ。
 それで、長らく収集したデータから……魔王軍の本拠地と思われる所へ殴りこみに行こう!という話になったんだよね。当然坊ちゃんがそれを急いだからなんだけど。

 どうも、坊ちゃんの関心は魔王軍じゃぁないっぽいんだ。故郷を滅ぼした魔王に復讐をする、というのは勿論あるんだけれど、どうにもそれはきっかけでしかない様な……お金や名声を集めるのも堂々とやってるんだけどそれだって、ついでのような気配を感じる時がある。
 坊ちゃんは何かを探している……魔王軍に連なる何か、僕にはその何かが何なのか、良く分からないんだけど。
 行動を見ているとどうやら、その『本命』の手がかりが全く掴めていないみたいだ。だから時に、焦ってる感じさえ受ける。

 で、グランソールとリオが睨んだのがタトラメルツという町だ。今はディアス国の領土になっている、三国境界と呼ばれる一角を担っている古い都市だ。

 早速行こう!という話になる所なんだけど……実際坊ちゃんが焦っていても軍師を担ってるグランやリオは、タトラメルツに行くのは反対みたいなんだよね。
 珍しく真面目に行く、行かないって口論になってた。

 僕らは……とばっちりを食らわないように距離を置いて傍観だね~。エース爺さんのお茶にお付き合いして、坊ちゃんを説得するのに必死なグランとリオのやり取りを聞いていたり。

 しかし結局、タトラメルツに行くことになった。謎の人物から招待されてしまったからだ。魔王討伐の為に力を貸して欲しい、なんてタトラメルツ側から要請されたら、そりゃぁグランとリオの旗色は悪い。
 タトラメルツは魔王の被害があって困っているんだって、これでグランもリオも坊ちゃんを止めれなくなっちゃった。我々を必要とする者がいるなら行かなければいけない、しかも……相手がタトラメルツ領主となりゃねぇ。得られる名誉とか、お金とかの都合、蹴るに蹴れないじゃない。



 それで、遠東方イシュタル国で結成されたという魔王討伐隊のグループと遭遇したのは記憶に新しいよね。
 あ、グラン曰く二回目らしいんだけど。僕は一回目の遭遇は知らなかったんだ。グラン曰くちゃんと説明はしたらしいけど、坊ちゃんが無関心だったからね。

 なんだかよく分からない展開になってた、成程。二回目だっていうのは本当みたいだ。坊ちゃん、女の人には相変わらず態度が違う。
 赤い眼と赤い髪という珍しい……たぶんイシュターラーだと思うけど、どうも彼女がお気に入りみたいだ。堂々とナンパに走ってた。いや、その件はご迷惑をおかけしました。
 ああいう風に女性に対して態度を一変させるのって、割といつもの事だから驚かないけどね。というか、割と最初のいざこざをごまかそうとした所があるよなと思ったんだけど……相手の女性は珍しい態度に出た。

 あの坊ちゃんに対し、全く態度を軟化させなかったんだ。
 そして見事に、あしらってしまった!

 僕は坊ちゃんの裏での態度を知っているだけに、どうして女性からあれだけ絶大な人気を誇るのかよく理解できない。それでも町に行くと自然と、黒集りが出来るんだから不思議だ。女性陣からはよっぽど好意的に見えて、坊ちゃんも女性陣にはものすごくかっこよく振る舞うのだろう。

 基本的に女性から好印象を得ている坊ちゃんが、あそこまで徹底的に女性側から振られているのを初めて見た。
 しかし、どうやらこれが彼女との二回目の遭遇らしい。一回目もあっさりと無視されてたんだそうだ。
 もしかすると……一度ふられたから自棄になってていたりするのかな?坊ちゃんだと割とそういうのありうる。

 当然、そのあとものすごい不機嫌になってたよ。ここだけの話だけどね。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
 

 で、その後の詳しくは本編でご確認ください~などと書く訳にもいかないので簡単に、僕が分かってる程度に説明するけど。

 魔王八逆星の目的がどうやら大陸座であるらしいって話になったんだよね。
 それで僕らは一旦ファマメント国に戻る事になった。テニーさんとグランが仕えている国が西方大国ファマメント。そして……そこに神として座しているのが空の大陸座であるファマメントだ。国の名前は元々、大陸座……昔は精霊王って言ったらしいけど……それから取ったものだから唯一『同じ』になっているんだって。
 ファマメント国というのは凄い標高の高い所に首都を置いている国なんだ。天使教と呼ばれる独特の宗教を信仰している国なんだけど、そういう経緯から『天空』という意味があるらしいファマメントという名前の国になったらしいよ。
 それはともかく。
 僕らは国の首都に戻り、もはや会う事も触れる事も出来なくなった大陸座……ファマメントと話が出来ないかというのを天使教の所に問い合わせる事になった。

 とはいえ、無茶言わないで下さいよもぅ……と。
 天使教の神官であるグランソールはひそかに愚痴っていたけどね。


「可能だと思うか?」
「いや、この時期じゃ無理でしょ」
 坊ちゃんが先に部屋で休んでいる事を確認してから、リオさんとグラン、テニーさんが額を合わせて宿屋下の酒場で作戦会議をしている。
 僕はたまたまヒマで、ファマメント国に戻る道中の小さな村でお客が少ないのをいい事に、鉄仮面を脱いで存分に寛ぎ、久しぶりにお酒を飲みながらそのやり取りを聞いていたんだ。
「あっちが何も言ってこなかったでしょ?ありゃ分かってるの。今の時期はファマメントと会うのは無理だって事を」
 あっちって、あのヤトさん達のパーティーの事だね。
「あちらにはハクガイコウ代理がいるからな。事情は分かっていただろう」
「ともあれ、坊ちゃんの鶴の一声だから逆らうわけにもいかないし。ぶっちゃけて……」
 グランは長い前髪に半分以上隠れた顔をふっと真面目にする。
「魔王本拠地に殴りこむのもお勧めしませんがねぇ」
 テニーは神妙な顔で腕を組む。
「……彼らは大丈夫なのか?」
「あら、心配なの?」
 テニーはリオから少し笑われて憮然と、グラスの水を仰いでいる。
「放蕩とはいえ、血の繋がった兄弟だからな……心配して何が悪い」
「ああ、あの弟さんがいるんだっけ」
 グランはすぐにヘラッと笑って自分もグラスの中身を仰ぐ。グランは、お酒飲んでるね。
「連中も見た目はアレだけどなぁ、ナッツもいるし。紫魔導が付いている時点で全体的なレベルも分かるというものでしょう。引き際くらいはちゃんと分かってると思うよ……むしろウチと同じだなぁ。あの先頭に立ってる奴が危なそうだなぁと」
 だからちょろっと細工してきたけどーと、グランが小さくつぶやいたのが聞こえた。僕は感覚系が鋭いから耳が良いんだ。
 何をしたんだろう、僕が首を伸ばすとニヤリと笑ってグランがこちらを振り返った。
「マースもそんな所に居ないで、こっちにおいでよ」
 断る理由が無い。作戦会議かと思って邪魔しちゃいけないと思っていたんだけど。僕はおつまみとグラスを持って彼らのテーブルに移動した。
「どうするんです、無理ならレズミオに行っても仕方がないんでしょう?」
 正直、僕ファマメント国の首都レズミオに行きたくないんだよね。……首都がある山の雰囲気が悪くて、近づきたくない。
「その気持ちは分からんでもないけどね、」
 魔種の血を引いている連中はみんなそう。首都のあるスター山脈には魔法除けの結界が働いていてとっても腰の座りが悪い。何よりエース爺さんが行くのを嫌がっていた。
「何しろまずは山登りですよ?そこらへんを引き合いに出して、ぼっちゃんのメンドクサイをなんとか引き出して下で待っていて貰うというのはどうだろう。仕方がないから僕が登って、形式だけでも問い合わせたことにしてくる」
 グランソールはため息を漏らして肘をつく。嫌そうな顔をしているけれど……。
「とりあえず数か月はお預け喰らうの確実だからねぇ、実際レズミオに行くのは、ファマメントに会えるだろうその数ヶ月後にしよう。登って無駄足だったとキレられるのだけは回避すべきでしょ?」
 キレるのは、坊ちゃんね。
「その間、何してましょうか」
 と、黙って待てないであろう坊ちゃんを慮ってだろう、リオが首をかしげる。
「そうだな、どこか別に足を向けさせる目的地は必要か」
「じゃぁとりあえず、適当に魔王軍の拠点でも叩いておきましょうか」
 とりあえず適当に、って……リオさん、確かに色々と動機が不純なのは認めるけどぶっちゃけすぎじゃない?
「そんなんだからマース君、坊ちゃんの機嫌取りよろしくな」
 グンランソールは間違いなく笑いながら言った。僕は口を尖らせる。
「ずるいやグラン」
 グラン、ファマメント首都レズミオ行きで単独行動って事でしょ?暫らくぼっちゃんの世話を焼かないで済むからって僕にその役どころを任せないでよ。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 なんとかグランソールの言ったとおりに、坊ちゃんを丸めこんでだねー。グランが首都に問い合わせに行っている間、僕らは引き続き魔王軍と戦う勇者ランドール、という宣伝活動を再開する事になった。
 と、これもぶっちゃけすぎなのかな。

 今ではもう、すっかり名は知れ渡っている。
 街に落ち着いて窓口を用意すれば、自然と色々な情報が入ってくるようになっているんだ。こうなるまでに色々な活動をしてきたとの爺さんの話だ。先の、地下水路盗賊団退治とか、ああいうのを実はいっぱいこなして来たのかもしれない。

 坊ちゃんは何かを探している。
 僕には今だそれがよく分からない。詳しく話をしてくれれば僕も、何かお手伝いが出来ると思うんだけどなぁ。


 魔王に連なる何かの情報、不機嫌に頬杖をついて入って来る情報の報告をリオから聞いていた坊ちゃんはその日、初めて目をギラギラ光らせて立ち上がった。
 多分僕は初めて見る。
 これかな、これが例のシリアの村を救った時に嫌になく積極的な態度って奴だろうか。


 グランが首都に旅立って二週間立つかって所、もうそろそろ彼も戻ってくるだろうと思っていた所だ。
 それで、リオさんが次の目的地を決めるためにも坊ちゃんに情報報告を行っていたんだ。

 これから数か月、ファマメントに会うまで時間稼ぎしなきゃいけないのは……先に打ち合わせしていた訳だし。

「リオ、」
「あ、はい?」
 今まで寄せられた情報をまとめた報告書を読み上げていたリオは、唐突に遮られて驚いて顔を上げる。
「今のをもう一度」
「……これですか?……リュースト近辺の村での無差別殺人」
「それだ、詳しく話せ」
 リオは一瞬坊ちゃんの態度を訝しむも、迷いなく書類を前に戻した。
「リュースト近辺の村で無差別と思われる殺人事件が起きている……でもこれは犯人が捕まっていないだけで他に何も進展も、正式な解決依頼もありませんよ」
「目星がつかずに俺の所に話が来たんだろう?」
「……最近困った時の勇者様扱いですからね、そりゃぁもう」
 僕が小さくぼやいた声は坊ちゃんには聞こえていないみたいだ。でも基本的に坊ちゃん都合の悪い事は聞かない……聞こえないという実に便利な耳を持っている。
「被害の程は?」
「はっきりと書いていませんね、素人な情報で困ります。とにかく大変だから助けてくれれば助かる、としか」
「そこに行く」
「ええっ?」
 突然の宣言にリオは目を瞬かせる。
「グランソールがまだ戻ってきていませんけど……」
「奴なら勝手に追いかけてくる、急ぎだ!」


 そんなわけで、今が夜とか関係なく僕らはリューストに向けて出発する事になっちゃった。リュースト近辺ってホント色々問題あってしょっちゅう行ってる気配がするけど気の所為かな?
 僕らの移動は基本的に乗り物なんだけど……流石に夜は貸馬屋も定期馬車も走ってない。こうなると徒歩なんだよね、坊ちゃんは行くと言ったらとにかく何が何でも行く。
 他に……大きなドラゴンが僕らの大事な戦力として居たりするんだけど……これはちょっと乱暴には扱えない生物なんだ。シリアが世話してるんだけどものすごく規則正しい生活を好む、難しい性格をしているらしい。こんな夜中に叩き起こしたらまた愛想尽かしてどっかに行ってしまう……というのも、一度そうやって逃げられた事があるからなんだけど。

 僕らが夜中に移動するのに、シリアと坊ちゃんだけ後から来る事になった。

 最大積載量3人前後であるドラゴン、ヒノトに乗って。


「リオさんも残ればいいのに」
「嫌よ、」
「どうして」
「どーせ今頃2人でイチャイチャしてるんでしょ?そんなのの間に入り込むなんて冗談じゃない」

 あれれー?
 いつの間にかそういう仲になってたんだー?
 もしかして、普段坊ちゃんがシリアに素っ気ない態度取るのって……そういう事なの……!?

「こんなのは何時もの事じゃて、さっさとリューストに行って起きている事件について、納得させるしかあるまい」
「そうよね、リュースト地方なんて猟奇殺人くらい日常茶飯事でしょ?ああいうネタに彼は反応しすぎ」
 リオさんとエース爺さんは僕とテニーさんと違って……飛行移動である。実際にはエース爺さんがリオさんも一緒に魔法で運んでいる。
「しかたあるまい、それだけ心を痛めておられるのだ」
「どーだか、」
 坊ちゃんが居ないのでリオさんは肩をすくめて鼻で笑う。
「私に言わせれば彼の執着はもはや、異常よ?」
「そう言うな、ラン様は自らの傷を超えたいと望んでおられる……それだけだ」
「まぁリオ、可能性は低いがゼロとは言い切れん。この所連中の動きも激しいし……タトラメルツで会ったあの連中が何か、新しい動きを生み出している可能性も無くは無い。この所ブレイブを頼った情報ばかり入ってきて他の話がとんとない。リューストは幾分タトラメルツ地方にも近いからのぅ、何か目新しい話を聞けるかもしれんぞ」
「……そうね、前向きに考えるか」
 ため息を漏らしてリオさんは割り切ったみたいだ。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 移動についてのアレコレは省こう、特に書くべきことは無い。
 ちょっとだけ、シリアさんと坊ちゃんを見る僕の眼が変わったくらいだから。

 僕ら、レイオールよりもずっと西側の町を拠点にしていたからリュースト地方に行くにはぐるりとミラーエア湖を迂回しないといけないんだよね。船で渡る手もあるんだけど、それだと一度レイオールまで行かなきゃいけない。

 あれこれ手段を講じて、僕らが問題のリュースト外れの村に付いたのは出発して5日目の朝だった。
 坊ちゃんたちは先に着いてた、待たせた形だけどシリアが何か上手い事機嫌を取ってくれてたみたいで御叱り一つで済んだよ。

「寂れてる所だなぁ」
 良い方に言えばそうだなぁ、自然あふれてる所、って感じ?……これは正直褒め言葉にならないけどね。

 魔物が多く出る例の山脈からはずいぶんと離れた地区だ。だから平和と云う訳では無い様だね、変わり種が出向いて来て凶行に及んでいる可能性も捨てきれない。

「とりあえず依頼を出した家を訪ねてみましょう」
 とリオさんは言っているけれど、どこかげんなりしている。しかたがない、どうもこの地区の村の生業は樵業と酪農みたいでね。一つの家が管轄にしている地区が広すぎて次の家に行くまでずいぶん離れているんだ。
 誰が依頼主なのか、名前を聞いて探さないといけないんだからそりゃ気も滅入るよ。ちょっと大きい集落ならそんなに頭を悩ますことじゃないんだけど。

 朝霧にうっすらと霞む中、ようやく見つけた一軒の扉をたたいた。
「ごめんください」

 基本的にこういう家の人達って朝早いんだよね。早朝にかかわらず遠慮なく扉を叩くのはそういう事を分かってての事かな。
 しかし、人が出てくる気配が無い。
「家にはいないのかしら?」
「マース、中を覗いてこい」
「えー」
「えーじゃない」
 坊ちゃんから窓を指さされて、僕は仕方なくそこに回り込んで中を覗く。
「あッ!」
「どうした」
「家の中、荒らされてるよ!」


 現状を把握するのに一日掛った。リオさんはもう疲れ切っている。


 最初の一軒、ここは例の凶行と思われるものに遭遇しすでに数日が立っていた状況だった。
 ひどい有様だったよ、そのままにするわけにもいかないので穴を掘って遺体は埋めて軽く弔ってやって……それで数時間が経過。それから急いで次の家を探して……先の家の事を話したら震えあがってまともに話が聞けない状態に。
 とにかく依頼を出した人物をなんとか探し出し、そこを目指してひたすら歩いて……気がついたら夕方だったわけ。一日で探し出しただけでもエラいよ、僕たち。


「確かに、少々おかしな事件のようですね」
「そうなんですよ、被害が無差別で……家畜もやられてるんです」
「家畜も……同じように肝臓が抜かれてその上、干からびてる?」

 被害者と思われる家族の遺体の状況が痛ましかったんだ。
 3世代家族みたいだったんだけど、このうち女性と子供が食い荒らされたような感じで遺体が酷く損傷していて……その他は形をそのまま保ったままで……干からびていた。水分を全部抜かれたような状態で皮と骨だけになって、頭髪も真っ白になってほとんど抜け落ちていたよ。
 損傷を受けていた遺体を調査という名目で、僕と爺さんとテニーさんで少し解剖させてもらったんだけど、どうやら肝臓が抜かれているというのが分かった。

「臓物食いか……しかしそのあとに生気を抜く?……単一犯ではないのかもしれんな」
「目撃者は?」
 依頼を出した、このあたりの地区の長老みたいな人なのかな。立派なひげのおじいさんなんだけど、ふるふると頭を振って震えあがる。
「無差別ですぞ、被害にあった家は尽く」
 リオは疲れ切っている顔を隠しはしないが、起こっている事の事態を重く見て地図を取り出し、すぐにも状況を整理し始めた。
「被害のあった場所を詳細に教えてください」

 その日はその、長老さんと思われる人の家に泊まる事になって……。
 でもリオさんは徹夜してせっせと情報分析していた。

「大丈夫?」
 僕は一応と夜の番をしている。邪魔しちゃ悪いかなと思いつつちょっと、声を掛けてしまった。
「これはただ事ではないわ、全く。彼の勘には驚かされてばかりね……」
「大事なんですか?」
「ええ、そうよ。……そうか、君は知らないのかもしれない。少しだけ違うけどここで起こっている出来事は同じなのよ」
「同じ……?」
 僕はランプをともして何やら考えているリオさんを完全に振り返る。
「昔、オーンで起こった虐殺と手口がとてもよく似ているわ」
「えッ?オーンって……」
 リオさんはため息を漏らし、ペンを置いた。
「彼が住んでいた、今はもう無い町の事よ」

 僕は首かしげた。
 それはおかしい。だって……スター山脈の北側にあるオーンを滅ぼしたのは『破壊魔王』と呼ばれている八逆星と言われているじゃないか。
 全滅した、とは聞いたけど……その所業を成したのは破壊魔王と言われているんだ。その魔王の所為で、徹底的に町が破壊されたという事じゃぁないのか?

「……オーンではね、大勢の人が干からびて死んでいたと言うわ。血を一滴残らず吸い取られた死因から、最初は吸血鬼の発生かと疑われたそうだけどね……」
「おかしいですよ、それ」
「ええ、おかしいわね」
 リオさんは僕の言葉を肯定して小さくうなづいた。
「貴方はまだ知らないものね、彼が何と戦ってるのか」
「坊ちゃんが戦っているもの?」
 リオさんはふっと視線をそらして遠くを見る。
「彼が戦っているのは国家で、世界よ。真実を覆い隠そうとする、そういうものと戦っているの」
 僕は黙ってしまった。
 それがどう云う事のなのか僕には、さっぱり分からない。国家と戦う?世界と?全くスケールが大きすぎて理解が及ばない。
「とにかく……彼は凄い人だって事ですか?」
 僕がそう答えると、リオさんは笑った。
「そうね、それでいいのかもしれない」
 難しい。だから僕は、今しばらくはその答えに満足する事にしようと思う。

 
 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 地図で情報を統合してみると一目瞭然で……汚染領域が分かる。

「この単純な広がり方だと、吸血鬼説も捨てがたいな」
「そうでしょ、何しろリューストでは大昔吸血鬼が住んでいたという歴史が残っているわ」
 ええと長い話なので要約して僕が理解したところだけで書く。
 昔々、大昔。数十世紀前というんだから、期さえまたぐ昔の話。まだ西方が四大国家の時代に北西トライアン地方……リューストを含むこのあたり一帯を差す古い方言だ。そこに、正体不明の怪物が蔓延った事があったそうだ。
 ええと『麗しき沈黙』……とかいう記録が残っているとか。
 のちに研究が重ねられて、どうやらこれの正体は疫病だったと言われているそうだけどね。昔は対処のしようもなく人がバタバタ奇妙な死に方をするもんだから魔物の仕業だと考えられていたんだそうだ。
 で当時、疫病と知らなかった当時だね……この見えない沈黙の殺害者を探すようにというお達しが出て、多くの罪の無い魔物や人物が処刑されたんだという。その中で一番犯人として有力視されて根強く、反感を長らく買ったのが吸血鬼だ。
 吸血鬼というのは鬼とつくから、魔物の鬼種と勘違いされる所なんだけどここが少しややこしい。一応、吸血鬼種というのもいるんだけど、今はその本物の『吸血鬼』と区別されて精吸鬼の亜種扱いされている。

 本物の吸血鬼、というのは魔物じゃないんだ。

 テニーさんが汚染とか言った通り、吸血鬼というのは一種の病気……疫病の一種として今は、考えられている。
 ちなみに、昔トライアンでとばっちりを食らった吸血鬼は今で言う所の精吸鬼の方ね。でも、リューストは実際に『本物の吸血鬼』が蔓延った歴史も同時に残っている。だから余計に混同されてとばっちり食ったみたいだけど。

 吸血鬼、というのは分かりやすく言えば死霊の一種かな。一度死んだものが動くんだから間違いなく死霊だ。

「しかし……ともすれば、肝臓を抜くという行為がよく分からん」
 テニーさんはあごに手を置いて鼻を鳴らした。
「ごちゃごちゃうるさい」
 あーだこーだ可能性考えていたら、業を煮やしたのか我らが勇者、突然立ち上がった。
「明白だ、奴が現れるなら間違いなく、次はここだ」
 ばんと地図を叩きつけ、坊ちゃんは凶悪な顔を上げる。
「実物を見てみれば一発で何者かは分かる、行くぞ!」
 どうせこう云う事になるとは思っていたよ。そんな風にリオさんは肩をすくめた。情報をまとめて感染経路をたどれば、次の被害がどこに出るかも一目瞭然だしね。
「なにはともあれ……次の被害者を出すわけにはいかないわ」
「うむ、そうだな。……このままいけば汚染進路は……西を出てしまう。吸血鬼は西の汚点、コウリーリスに広げるわけにはいかん」

 例の、被害にあっていた家の次にあった家。っても、一軒一軒が持つ敷地が広いから結構遠くにある。
 そこがそいつの次の予定進路だ。

 幸いまだ被害は出ていないみたい。家の人達は隣の家の惨状を知って、一旦家を離れようかなどと家族会議の最中だったみたい。
 何があっても僕らが守るからと張り込みさせてもらって……一日。
 実に、ギリギリなタイミングだったと思う。


 そいつは本当に来てしまった。


 夜中でも狙ってくるのかと思いきや、そうでもなかった。朝日が昇って来て、今日はもう襲撃が無いと油断していた所はあると思う。
 交替で見張りをしていたんだけど早朝、すがすがしい朝だよ。僕はテニーさんから叩き起こされた。
「むぅ~どうしたんです~?」
「分からんか、奴だ」
 小声でささやかれ、僕は飛び起きた。慌てて坊ちゃん達を起こしに行く。


 朝霧の中、ずるずる……という具合の足取りで歩いてきたみすぼらしい少年を僕らは、一斉に取り囲む。


 長くほったらかしにした感じの髪に埋もれた顔は伏せている。その口が吊り上って笑ったのを僕は見た。
『大層な奴らが出てきたな』

 でも声が……別から聞こえる?

「上だっ!」
 坊ちゃんの声に僕は、はっとなって頭上を見上げた。
 木々の間から洩れて来る朝日を遮り、巨大なものが落下してくる。僕らは慌てて散開していた。

「く、蜘蛛~ッ!」
 と、悲鳴を上げたのは虫嫌いのシリア。
 巨大な腹と長い脚を持った蜘蛛の怪物が、うつむいたままの少年に覆いかぶさるようにして立ちふさがった。複眼で僕らを……隙なく見ている、気がする。
 その間、乞食みたいな姿の少年がのろのろと引き出したのは……剣だ。それだけはやけに手入れされていてギラギラと、朝靄の合間に差しこむ朝日を反射する。
 下段に構え、視線は多分まだ地面を見ている。ぽつりと、笑った口から言った言葉に僕はぞっとした。

「おなか減った……」

『お前がチンタラ歩くから悪いんだぞ?』
 口をもぞもぞさせて……蜘蛛が、この耳障りな声は蜘蛛が喋ってるのか!
 いやぁ、蜘蛛がおしゃべりするなんて僕、初めて見たよ!世界って広いなぁ。腹話術じゃないんだね?
 しかし……この一人と一匹はどういう御関係なんだろう?

 少年の構えた剣に応えるように坊ちゃんも抜刀する。そして……まっすぐに一人と一匹に向けた。
「貴様らの仕業か!」
『仕業?何を腹を立てているのか知らんが……もしかすると俺らの食事の作法に文句があるのか?』
 大蜘蛛は耳障りな声で言った。その上少し早口だね。
『腹が減ったら誰だって何か食べるだろう?それに、何か悪い事があったか?』
 蜘蛛は笑った。明らかに、こちらをバカにするように笑って大げさに、まるで肩をすくめるしぐさをするように前足二本を上げる。
『全く、ようやく次の食事にたどりついたと思ったらこれだ。やってられん』
 剣を構えるというよりは……引きずるようにみすぼらしい少年がふっと、一歩前に出た。
 顔を上げる。べとべとに汚れた顔と長い髪の間から……明らかに尋常じゃない目つきが見え隠れしている。
「テニーさん、こいつら……何なんでしょう?」
「分からん、リオ、」
「少なくとも死霊の類じゃないわね……どっちも生物、だけど……」
 リオさんは占い師だからね、希少な能力らしいからあまり明言しないんだけど……精霊干渉能力を持っている。魔法使い以上に感性で目の前の状況を正確に理解出来るっていう一種の先天的な能力者であると云う。
「魔王軍に近い……かしら?」
『……田舎の自警団とは違うようだなぁ』
 蜘蛛は前足を数本出して前に歩きだそうとする少年を止めた。少年はうめき声を漏らしている。
 ……この子、やばいかも。何かイっちゃってる。

 でも……。

 血の腐ったあの、どこか成熟した果実を思わせる甘ったるい匂いと一緒に……。……あ、この匂いに関する感覚は竜鱗鬼特有かもしれない、種族によっては無条件で吐き気を感じる匂いとの事だ。
 えと、その血が腐った匂いと一緒に僕は別の、何か別の……重要な何かを嗅ぎ取った気がする。
 僕は竜鱗鬼種、暗闇でも目が利くし半分爬虫類に近い能力を持っているから温度感知や嗅覚は凄い優れているんだ。音を聞く機能としての耳は良くないんだけど、耳以外で受け取る振動とかには鋭いから、情報を再構築して大体の小さな音は『理解できる』。でも、頭の回転がよくないのは自覚している、だからかなぁ、すぐにはそれが何なのか、思い出せないんだ。

「……探したぞ」
 ぞっとする、氷点下の呟きに僕は前方に集中していた緊張を解い、隣を見てしまった。

 ランドール坊ちゃんだ。
 今までに見たことが無い程に全ての感情を押し殺したような、それでいて……爆発寸前のような危うい気配。
「間違いない……貴様だ……!」
『ん……?ああ……お前か』
 坊ちゃんが睨んでいるのは大蜘蛛の方だった。蜘蛛の方も何か心当たりがあったようで……上げていた手をすり合わせるようにしながら笑う。
『これは、分が悪いぞ相棒、』
 しかし言う程都合が悪そうには聞こえない。大蜘蛛は笑い、尚も前に出ようとする怪しい少年をしっかり前足で捕まえる。
『今のお前がかなう相手ではない、かといって……俺は奴と違って一方的に蹂躙するのは好きだが、無駄に戦うのは好きではないのだ』
 坊ちゃんが跳んでいた。というよりも、飛んだというのが正しいのかもしれない。
 一瞬で数十メートルの距離を駆け抜けている、とんでもない瞬発力。
 しかし大蜘蛛の方も動きが早い、相手が動いた瞬間には逃げようと木の上に跳躍していた。
 しかし迷いなく坊ちゃんは木の幹を蹴りながら上へ追いかけ、跳躍している。
 剣が一閃する、木の枝がばさばさと降ってくる。それと一緒に……何か白いものがベチャベチャと降り注いできた。
 すぐ近くの木に付いたものを手で突っついてみて後悔した。ものすごい粘着力を持った蜘蛛の糸の塊だったんだ。おかげで僕は触った人差し指がその白いものに絡みとられてしまった。仕方がないので小手を脱ぎ捨てた。こんな時に、全身鎧は役に立つもんだね。
 必殺!トカゲのしっぽ切り戦法。
「これなら効くじゃろ」
 エース爺さんが火の玉を飛ばす。降り注いでくる糸を次々に焼き払った。ふいと上から何かが落ちてきて……僕はその正体に気が付き火のついた糸の中に自分から突っ込んでいく。
「坊ちゃん!」
 絡みついていた糸を火に飛び込んで焼き切り、マントにくるまってランドール坊ちゃんが火の中から飛び出してきた。
「くそ、逃がすかッ!」
 すさまじい形相で上を見上げ、坊ちゃんが剣を構える。
「マース、彼を抑えなさい!」
「え?」
「いいから!」
 リオの命令に僕は走りだそうとした坊ちゃんに掴みかかり、背後から羽交い絞めにする。予想した通り凄まじい力で抵抗される、容赦ない肘鉄を避け僕はたまらずシリアの名前を呼んで助けを求めた。
 ものすごい間近で坊ちゃんの横顔を見ていた。
 真っ直ぐに敵だけを追っている、何も見ていない瞳。
 それは……どこか、あの得体のしれない少年の瞳とよく似ていると……思った。

 こういう時、というのは要するに精神的に高ぶっていて冷静さを欠いている時ね。
 精神に働きかける魔法はよく効くんだって。

 シリアは僕の助けの意味を心得ていて、睡眠の魔法で坊ちゃんを眠らせてくれた。力の抜けた坊ちゃんの体を僕は安堵のため息をついて抱え上げる。

「この細身のどこからあんな怪力が出るんだろ」
「……それはともかく……」
 リオは、炎のくすぶる森の奥をじっと見た。蜘蛛の怪物が去っていた方向を凝視している。
「これはとんでもないものを引き当ててしまったわよ?」
「何なんでしょう、あれは」
 リオは僕の質問に少しの沈黙を返し、ため息を漏らす。
「全く、こういう時グランはいなんですものね、困ってしまうわ」
「何はともあれ……追いかける必要があるぞ」
「そうね」
 リオさんはテニーの言葉に頷いた。そうだね、ぼっちゃんが目を覚ましたら絶対、追いかけると言い出すだろう。
「とんでもないものと戦っているのね……彼は」


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 絶対この人、都合の悪い時を避けてる気配がする。

 グランソールはその日の午後、ようやく僕らに追い付いてきた。
 あ、前言撤回。

 今回ばかりは間が悪いのかも。

 機嫌が絶好調に悪いランドールの前に現れたグランソールは……問答無用で殴られたという。
 ……僕はその実際の絵は見ていない。これは、聞いた話。正直がっかりだ。おしいなぁ、僕もその現場を見たかったなぁ。

 僕の鉄仮面をひん曲げるような一撃を見舞う人だからね、そもそも、手加減の仕方が分からないんじゃないか?っていうような人だ。
 グランは見事に左頬を腫らした状態で僕らの前に現れたよ。

「予定通……じゃなかった。違う違う」
 わざと間違ったのか、幸い坊ちゃんは未だに殺気を撒き散らしているのでグランソールの失言には気がつかなかった様だ。
「ファマメントは例の降臨祭にならないと出てこないね、それまでは会う手だてが無い」
「そうか」
 テニーさんは知っていた事とはいえしっかり、今承知した、みたいに深く頷いている。……この人天然だけど凄い役者だ。
「ま、事情は聞いてますから……坊ちゃん。その獲物を追いかけますよ」
「当たり前だ」
 強く云い捨て、坊ちゃんは乱暴に椅子から立ち上がった。

 謎の巨大蜘蛛、そして。
 あの不気味な少年……いや?気配からして坊ちゃんの狙いは蜘蛛だけなのかな?
 僕らは長らく西を拠点にしていたけれど、これを期に再び西の大陸を出て活動する事になった。今回はそんな発端をお送りした訳だけど……。

 しかしあの子は何だろうなぁ?
 どっかで見たことがあるような気も……しないでもない。

 僕は仮面の下で目を閉じて苦笑する。
 いや、僕にはよく分からない。分からないのに考えたって仕方がない。


 あの蜘蛛を長らく探していたんだとようやく、僕にも分かった。あの巨大な蜘蛛なのかな……坊ちゃんの故郷オーンを滅ぼしたという……本当の『破壊魔王』。


 僕らの旅はそんなわけで、大蜘蛛を追いかけて東へ続くんだ。
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