異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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7章~8章間+10章までの 番外編

◆戦え!ボクらのゆうしゃ ランドール◆第八無礼武

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※ これは第9章直前までの某勇者パーティーの番外編です ※

◆第八無礼武◆第八無礼武『vs人柱勇者御一行! 緑地横断大作戦』

 なんだかんだ言って森歩きに慣れてきてしまったのがうれしくないね。
 どうしてジャングルの中を一ヶ月近く歩き回らなきゃいけないんだ。とか考えるのもそろそろ飽きてきた。
 異常だよこの状況。絶対異常。
 おかしい、変、危ない、狂気!

 ついでに言うと、その異常な行動を持続させている僕らも相当に異常。

 なーんでこんなに元気なんだろうなぁ、ランドール坊ちゃん。
 ホント不思議だ。

 色々な話を聞くに、坊ちゃんの原動力は復讐心なのかな?と思っていた。
 でも、そんな単純じゃないんだよね。復讐だけが原動力なら、西方で金儲……いや、じゃなく。ブレイブなんか結成して人気を集めたりする必要無い。
 復讐するためだけの行動だった、なんてそんな理由だったらもっと理解しやすい人なんだけど……どうにも単なる復讐じゃない気がする。復讐も重要だけどそれだけじゃない。それ以外にも目的がある……そんな感じ。
 てゆーか、魔王討伐はどうなったんですかテニーさん。
 え?今はそれどころじゃない?

 うーん、いいのかなぁ……僕は何か言える立場じゃないので黙って付き合うだけだけど……。

 僕はマース・マーズ。竜鱗鬼種という外見が醜い種族のコンプレックスから重鎧に身を固めている、元騎士だ。今はランドール・A坊ちゃん率いる『魔王討伐隊』ブレイブに属している。
 西方ファマメント国は魔王軍と呼ばれる怪物たちに攻撃されていて脅かされていた。西方ファマメントで結成されたランドール・ブレイブなんだから、西方を主に活動しなきゃいけないんだろうけど……。
 ちょっとした坊ちゃんの確執の為、ファマメントの東側となり。田舎国コウリーリスをさ迷っている。
 今追いかけているのは坊ちゃん本命、謎の大蜘蛛。
 そいつは坊ちゃんの故郷、オーンを滅ぼした本当の怪物なんだって。世間的にはギルの仕業って事になっているらしいけど、違うのだって坊ちゃんが断言していた。オーンを滅ぼしたのは破壊魔王のギルじゃない。大蜘蛛の怪物なんだという。

 でもさ、最近タトラメルツが半壊したって話があるらしいじゃない。
 あれ、どうにも魔王八逆星の仕業らしいね。

 それこそギルの仕業だったって話だ。
 オーンの事は、それと同じじゃないのかな?坊ちゃんははっきり違うって言ったけど、間違いなくギルの評価は破壊魔王だよね?もしかして、坊ちゃんの主張が正しいなら破壊魔王は世界に2人あるいは二匹居るって事?
 うわ、嫌だなぁそれ……。

 ルドランに魔王軍製造工場、みたいなのがあったらしくてぶっ壊して来た……僕らの勇者様。その時グランはもう一つ、目的を持ってルドランに行ってたんだ。
 タトラメルツで大規模な破壊行動があったのではないか?っていう情報が入って、それを確認しに行ったんだ。

 現在ディアス国所属になっている、いろいろとややこしい歴史を持つタトラメルツ。ランドール坊ちゃん含めた僕らも招致されたね。元からそこが、魔王八逆星の本拠地になっているらしい、という疑いは在った。
 ところがタトラメルツの領主が魔王八逆星に下っている訳じゃないらしく、確かに近くに連中のアジトと思われる場所があり、本拠地だと街を含めて疑われている事に迷惑してたみたい。
 タトラメルツ領主が、フェリアでの活躍の後ついに魔王討伐隊として認知されてしまったランドール・ブレイブに魔王討伐を願い出てきた。
 自分の領土に救う為、魔王八逆星を倒してください、ってね。
 ところが、そこでもう一組、魔王討伐隊を名乗るグループが招致されていた。実際にはそこで初顔合わせじゃないんだけど……。ヤトさんという人が率いる、遠東方イシュタル国からちゃんと認められて派遣されている魔王討伐隊。
 ぼっちゃん、気にくわないみたいだね。
 ものすごーく嫌いみたいだよ。
 実はフェリアでギルと睨みあった一件が終わったあと、ランドール・ブレイブ宣伝講演一環としてヘルト辺りまで行ったんだけどその時、ヤトさん達とは会ってるみたい。僕は気がつかなかったんだけど、テニーさんが宿で一緒だったって言ってた。
 で、その時どうにも気にくわない事があったみたいだ。
 おかげで、そのヤトさん一行の動向についてのグランの報告を、坊ちゃんは全く聞く耳持たずなんだよ。
 だから僕もタトラメルツで会うまで、そんな事が密かにあった事ほとんど知らなかったりした。
 領主に承知されてテーブル越しに、なんでまぁこんなに険悪なんだろうと首をかしげていたけどそう云う事だったのか。

 最も、あの時は領主の所に行く前に、テニーさんとテニーさんの弟のテリオス君とのやり取りでちょっとした修羅場があった所為もあるだろうけど。
 それで、ふたつの魔王討伐隊が手を取り合って本拠地をぶっつぶしに行ったか、というと。
 そうはならなかったんだね。まぁお互い喧々してたから仕方が無いけれど……。
 同じ目的があるなら手を取り合ってもいいと思うんだけどなぁ?
 でも僕には難しい話でよくわかんないけど、流石に魔王八逆星とやり合うには力量不足、みたいな話になったみたいだ。
 感情的には認めたくないみたいだけど、確かに。
 あのギルと対峙してみて、もしかすると手に負えない相手かもしれないという予感は僕にもあった。
 で、大陸座っていう存在が世界にはあるんだけど、その大陸座が魔王達から狙われているみたいだよねーという話になって。狙われるには理由があるだろうって事になって、大陸座に助力を仰いだらどうか?みたいな話になったみたい。

 それで、僕らはファマメント国の天使教の中におさまっている大陸座『ファマメント』に会ってみる事になった。
 ええと、実際には会えなかったんだけどね。
 天使教の都合により……要するに『神様みたいなもの』は多数存在されては困る、みたいな大人の事情だね。そういうので、ファマメントは天使教の偶像であるハクガイコウという称号におさまっているんだ。で、ハクガイコウというのは生き神様なので、一般的に面会を求めた所で会えるような存在じゃないみたい。
 いくらグランソールが天使教の偉い幹部でも、いや、だからこそ、なのかな。
 前例無い事は出来ないので、ファマメントには会えなかったね。

 ファマメントに会おうったって、すぐに会えないという事をグラン達は知ってたみたいだ。でもランドールがそっちを自分たちの次の目的にすると宣言したから、とりあえずあの場では引き下がれなかった感じだね。
 それに対し、ヤトさん達に命じられた事はとっても困難な事だったんじゃないのかなぁ。

 だって、魔王本拠地に乗り込んでいってどういう状況になっているか偵察してこい、だもん。
 しかも、それ坊ちゃんが一方的に命じちゃったよね。
 ふざけんな命令すんならテメェで行けよ!という口論に発展するかなぁと思ったんだけど……ヤトさん達、その条件を素直に飲んじゃった。
 多少渋い顔はしたけど、そんなの無理だと言わなかったところ、勝算はあるのだろうと思う。
 それでも僕は心配だったな。破壊魔王ギルを目の当たりにした後だったし。

 それで、タトラメルツで魔王討伐という同じ目的を持ちながらそれぞれ、別の進路を取ったんだよね。
 僕らは取り急ぎファマメント首都レズミオに戻り、ヤトさん達はタトラメルツにとどまって魔王八逆星の本拠地と疑われる古城跡……リオさんが言うには『禁忌三界接合研究所跡』……に乗り込んでいったみたいだ。


 それで、ヤトさん達がどうなったかという情報を上手く掴めないうちに僕ら、変な大蜘蛛の事件を引き当てて追いかけっこを始めてしまった。
 ついにはコウリーリス国をエンスから、南端のザイールまで突っ切るはめになっちゃったり。
 その頃にはタトラメルツがどうやら、大変な事になったらしい噂を聞きつけた。
 それで、タトラメルツの東側にあるルドランに出張する形で、僕らはついにタトラメルツで起こった出来事を少し遅れて把握する事になったんだ。


 どうやら、タトラメルツの町が半壊してしまったそうだ。
 町の殆どが砂となって消え失せ、多くの人が住む場所を追われ、多くの人間がその砂の中に失われたと噂されている。
 あまりにも恐ろしい出来事でみんな怖がって、事実を確かめに街に近づけないらしい。

 タトラメルツの住民達は、魔王の恐るべき所業に恐れをなしてあっちこっちに避難を始めている。
 その難民が、コウリーリス国まで流れているというのだから、その半壊したという噂は事実なのだろう。

 タイミング的に……怪しいそうだ。だから、その……ヤトさん達が偵察に行った後に町の半壊が起こったみたいで。ヤトさん達、何か不味い事をやっちゃったんだろうか?
 ただ、タトラメルツの町の人たちや他も含め、僕らブレイブやヤトさん達がそのタイミングで、魔王の本拠地らしい場所に向っていたという情報は知られていないはずだ。大手を振って出撃した訳じゃない。
 その、何もかも破壊されたあり様から、北西に滅びたオーンの町を西方人は関連付けて考えるのだろう。

 事実は分からないけど、タトラメルツは破壊魔王ギルの仕業だって言われているみたい。

 グランソールは珍しく神妙な顔になって言った。
 蜘蛛を追いかけるのもいいけれど、ヤトさん達が無事なのかどうかも気になる……って。

 そうだね、だって推定本拠地に行けって命じたの、坊ちゃんだもん。
 もしタトラメルツの半壊に巻き込まれていたら……そしてもし、半壊の原因にヤトさん達が関わっていたなら。
 タトラメルツを破壊してしまった責任の少しは僕ら……というか。坊ちゃんにあるよね。
 ……いやいや、坊ちゃんを止めなかった僕らも同罪かな。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 ザイールを出発して再び、森の中を北上。
 謎の大蜘蛛はリーリス川っていう広大な川の主流を、ディアス国に隠れていた魔王軍、北魔槍騎士団の川船を使って向こう岸に渡ってしまったんだ。北魔槍騎士団の船に乗り込んでいって燃やして沈めてしまった僕らだけど、すでに蜘蛛も謎の少年も居なかった。そして、北魔槍に潜む魔王軍の要、アービス団長にも逃げられてしまった。
 僕らはその後、タトラメルツの情報などを確認しつつリーリス川主流を渡り、現在再び森歩きに戻っている訳です。

 もう、大蜘蛛さん!何処を目指して歩いているんだろう!
 そんな事を流石にグチってしまったら、リオが地図を広げて急いだ方がいいわと言った。
 急いだ方がいい!僕ら、散々急いでいるよね!?休みもろくに取らないで歩いているって言うのに、これ以上どうやって急いだ方がいいって言うんだ!
 そんな風に口には出さないけど鉄仮面の下、僕は呆れて口をあけていた。
「見て、このまま行くとシエンタ方面に出てしまう」
 だから、何なの?シエンタ?知らないなぁ。そう思いながら地図を覗くと、コウリーリスの大半を占める緑の森の中央、グランドライン山脈沿いに確かに、そういう名前が書いてある。
「……うーんと、東方ペランまで逃げられちゃうって事?」
 シリアが気が付いて眉をひそめた。
 え?どうしてペランストラメールの話が出るんだろう。
 確かに、地図の上ではコウリーリスとペランストラメールは隣り合っている。でもさ、その間に今横断しているこのうんざりするような森と、物凄く高くて複雑な山脈地帯……グランドラインがあるから完全に隔たっているじゃないか。交流が無い位なんだよ?交流があればもっとコウリーリスは開拓の手が入っているはずだ。
「ここの峠道が、生きているという事か?」
 テニーさんがシエンタの文字の近くの山脈を指さした。うん?たしかにここ、少し他の山脈より途切れてて……向こう側であるペランストラメールに抜けられる……かも?
「ああ、通れるらしい事をそう言えば、代理が言ってましたね……これはまずい。もしペランに逃げられたら……」
「逃げられたら?」
 コウリーリスよりも人は多く住んでいる。被害は増えるだろう。確かに、急がないといけないかもしれないと思った僕だったが、グランが危惧した事は別だった。
「横取りされちゃう可能性がある」
「は?」
 僕は当然惚けてしまった。神妙に装って腕を組み、グランソールは坊ちゃんを窺った。
「ペランストラメールは魔導師協会の縄張りです。珍しいモンスターとか認識されたら、横取りされます」
「何だと?」
 凶悪な顔で坊ちゃんは立ち上がった。
「……よし、夜も歩くぞ」
「えーッ!」
 流石にこれには素直にブーイングしてしまった僕である。
「シリア、ヒノトを使う」
 坊ちゃんはそう言って力強く地図を指さした。
「シエンタまで大した集落はない。奴らが人食いの気質があるなら……シエンタまでろくなものが食えない事になるだろう。シエンタを経由しない事はない。奴らは絶対に人を襲うはず、先周りだ!」
 な、成程!坊ちゃんの推理にすごく関心してしまった。だめだ、疲れてて僕、殆ど頭が回って無いんだなぁ……。
 目的地がある程度分かっているなら、先回りする事は出来る。幸い、ぼくらの現在地はザイールやザイールから東の海沿いにあるマリアからかなり離れた所にいるはずである。
 僕らが大蜘蛛達を追い越していても、ザイールやマリアに引き返す事はないだろう。
 ここまでくれば、奴らの次の目的地がシエンタである事は間違いない。行先さえわかれば、空を飛ぶヒノトを使ってある程度先回りが出来る……ただし、ヒノトは荷物を含めたら3人から4人しか乗せられない。ピストン便になるので実際には、簡単な問題じゃないんだけど。


 僕らは隊を二つに別け、交互にヒノトにのって距離を稼ぐ事にした。
 行先をシエンタに定め、大蜘蛛の後を追いかけずに最短距離で歩く事に。

 …… …… ……。
 それでも遠いんだよぉおぉッ!!

 足が棒になって久しいんだけど、相変わらず女性陣が弱音を吐かないために痛い・辛い・もういやだが言えない僕。
 その代り、ワイズがウザいほど喚いてはうんざりさせてくれる。
 ヒノトで長距離移動する間、双方少し長めの休息が取れるのが幸いだ。

 そんなわけでとりあえず、一つの目的地を定めてそれだけを頼りに僕らは森を再び歩くわけなんだけど……。
 坊ちゃん、前にも増した勢いになっている。なーんでこんなに元気なんだろうなぁ。その力は、体力は一体どこから湧いて出てくるんだろう?
 ホント……不思議だ。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 元から無茶して歩いていたはずなのに、それよりももっと無茶をして僕らは森を歩いたはずなんだよね。
 シエンタで決着をつけるつもりで限界に挑んだくらい。
 それなのに、残念ながら完全な先回りが出来なかったんだ。

 彼らの食糧が無い、という坊ちゃんの読みは当たったみたい。
 そう、当たってしまったからこそ……どうにも、蜘蛛達も急いでシエンタを目指しちゃった気配がある。明らかに今まで追いかけていたペースより速く森を横断しているような跡が見受けられる。
 それでもすぐそこに迫っているのは間違いない。
 でもシエンタって、街じゃないよね。広大な森を指してあちこちに人が住む集落がある、そういう地域全体をシエンタってルビが降られてるんだ。シエンタに入ったとはいえ、その範囲で人が樵やら狩猟やらして営んでいるのは分かるとして、実際住んでいる集落までが遠い!!

 すぐそこだって云うのは分かっている。
 分かっているんだけどもう、体力が限界に近い。歩く速度がこれ以上上がらない。
 先回り出来なかったという気配を感じているだけに、僕らは必死に夜も歩いた。休まず、すぐそこに迫っているシエンタの村を目指して歩き続けた。
 朝日が昇る、遠くに煙が上がっている様子が見えてくる。
 村だ、集落がある。ただそれだけの情報にどれだけ安堵しただろう。
 でも目的は休息じゃないんだよね、大蜘蛛をやっつけなきゃいけないんだ。

 鳥がかしましく囀り始めるころ、僕らはようやく……シエンタの村に辿り着いた。

「んー……地図とずれてますが」
「見てグラン、建物が新しい。新しい集落じゃないかしら」
 とか何とか話しているけどそんなのはどうでもいいや、僕は深いため息を漏らして平和な村の様子を見まわした。

 ……集落に、違和感は無い。平和だ、何かしらの悲劇が起こった、という緊張感が見当たらない。

 大蜘蛛は先にこの村に入っているんじゃないのか?それなのに、まだ何も起こっていないというのならそれに越した事はないけれど……。
「どう云う事だ?」
 坊ちゃんも少し拍子抜けしている。
「マース、蜘蛛はどっちにいる?」
 グランから言われて、匂いを探ってみる。
 居る、かなり近くにいるけど村に入った気配はないな。僕は素直にそのように伝えた。
 しかし、近い内に襲撃がある、と坊ちゃんは考えた様だ。
「ここで、待ち伏せるか?」
「……では少し休もう」
 はいー!少し休もう入りましたー!
 待ってました、顔には出さないし出した所で鉄仮面だから誰にもばれないけれど、僕はテニーさんの言葉に歓喜して深いため息を漏らした。
 とりあえず、この近辺に襲撃があるのは間違いないだろう。大蜘蛛を待ち構える為にも、僕らの体力の限界の為にも休息は必要です。坊ちゃんもしぶしぶ従い、村の中心部に向かう事にした。
 その途中、のら作業にでも向かうのかな。老夫婦が軽く頭を下げて通りすぎる。
「昨日はどうもぅ」
「………」
 すれ違った老夫婦を背後にして……なぜか感謝された理由を僕らは無言で探した。
「……何、かしら?」
「うん……?いや、僕ら今この村に入ったよね?」
「誰かと勘違いされてるんじゃぁ?」
 その途端、グランソールが驚いて立ち止まった。そして、額というかこめかみに手を当てて呻く。
「気がつかなかった!居るんだ!」
「え?誰がですか?」
「いや、詳しい所在は分からない、分からないけど……ハクガイコウ代理がすぐ近くに居る!」


 走りだした、坊ちゃんが突然走りだしたのを僕らは止められない。
 かといって、坊ちゃんの走る速度に追いつけない、もう疲労困憊なんだもの、歩くのが精一杯なのに!


 村の集落を横切り、その向こうに嗅ぎ慣れた匂いが近づいてくる。
 要る、蜘蛛が、謎の少年が近くにいる。
 ついでに……タトラメルツで分かれた『彼ら』の匂いを僕は察して展開が読めてきた。
 集落をつっきって更に奥、何やら物騒な騒ぎが聞こえてくる。
 そして、聞き慣れた人の叫び声がはっきりと聞こえた。

「手を出すな、」

 その叫び声に僕は呆れ、グランは口を引きつらせ……テニーさんは額に手を当てて天を仰いだ。

「それは、俺の獲物だーッ!」


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 その後、久しぶりのちょっとした休息をした後僕らは、再び森を行く事になった。
 そう、大蜘蛛。
 逃がしちゃったんだ。

 まさかこんな所で再会する事になるとは思ってなかった、ヤトさん達と大蜘蛛が対面してたんだね。穏便な雰囲気ではなく、蜘蛛は少なからず傷を負っていた、当然彼らが攻撃していたからだ。それを悪くは言えない。シエンタが無事なのは、彼らがシエンタに先に、偶々居たからなのだからそこは良かったと評価する所。
 でも坊ちゃんにとってはそうじゃない。
 自分の『獲物』と執着している訳だから彼らの手出しが気に入らない。
 完全にブチきれちゃって、ヤトさんに危うく斬りかかろうという雰囲気だったので、僕らは慌てて坊ちゃんを取り押さえなければいけなかったね。
 少し強引だったけど睡眠魔法で眠らせて、大人しくさせた。これは本当に緊急事態用にテニーさんとシリアで打ち合わせてあった手段だよ。
 でもその隙に大蜘蛛は逃げ出しちゃったんだ。

 坊ちゃんに魔法が効いている間だけが休息時間だ。
 起きたら再びデスマーチが待っている……!
 ましてや、坊ちゃんに魔法がかかっている時間なんてそんなに長くない。睡眠魔法を行使したシリアが言うのだから間違いないだろう。
 その短い間、ヤトさん達と情報をまともに交換するヒマも無かったなぁ。


 獲物が逃げた事を知った坊ちゃんは、逃がした事実や坊ちゃんを留めたシリア、獲物を横取りしようとした――という事に坊ちゃんの中ではなっているだろう、ヤトさん達に構う事無く追いかける事を選んだ。
 そうなる事は分かっていた、僕は大急ぎで逃げる蜘蛛の足取りを追跡済み。
 ヤトさん達とのあいさつもそこそこに、再び蜘蛛を追いかける為に最後の追跡を始める事になる。



 あと少し、もう少しなのに追いつけない。
 しかたがない、坊ちゃんもまだまだ元気だけど最初ほどの勢いがない。
 僕らはもう体力的に限界なんだよ。
 シエンタのはずれにある小さな集落が襲われていた、大蜘蛛達に食い散らかされているのに歯噛みする。
 ただ、かなり距離を詰めたのは間違いない。おかげで上空からも血の匂いを纏ったまがまがしい匂いを辿る事が出来る。
 ヒノトを使って距離を縮めつつ、限界の体力を振り絞って僕らは蜘蛛を追いかけた。
 かなり体力を消耗していたらしい。食事も兼ね、しばらく大蜘蛛達は人の集落がある場所を狙うように川沿いを進んでいた。森の中を歩くよりは川沿いの方が進みやすい。少なくとも、分かりやすい道を辿っていると思う。

 ここまで来たらヤケクソだよね。
 ここまで来て、逃がしてなるものかって云う意地が、全てに勝る。
 僕の頭の中にはもう嫌だ、辛い、痛いという言葉が無くなり、グランもグチを洩らさなくなった。

 そうやって数日間、足を止めたら死ぬ、という位の気迫を持って僕らは大蜘蛛を追いかけたはずだ。
 大蜘蛛達も必死で逃げている。どこに向かうのだろう?行先はよく見えないけれど、ペランストラメール方面に逃げなかったのは良かったのかもしれない……その、坊ちゃん曰く、獲物を横取りされないという意味で。

 突然、蜘蛛の動きが止まった。
 わからない、森のただ中で進行が止まった事を僕は感じ取る。
「止まった?」
「うん、なんだかわからないけど……動いてない、動いてないで立ち往生している!」
 チャンスだ、僕らは最後の力を振り絞り森を進んだ。一部をヒノトに乗せ先に行く。僕は大蜘蛛の位置が分かるという事で、坊ちゃんと一緒にヒノトで上空から迫ったんだけど……木の高さが軽く数十メートルあるという森だもの。上空からはっきりと場所が特定出来ない。エース爺さんも一緒に乗っかって辺りをうかがっているが、かんばしい結果は得られないみたい。
 すぐそこらへんにいる、というのは分かるんだけど……崖にでもなっているのか?と思ったけどそうでもない。川もない、ただの森の中。そうなると逆に、下に降りれない。

 かなり低い森の上で低空飛行するドラゴンであたりを旋回してみたけどはっきりと場所を特定出来ない。
「下に降りて探した方が早い……かも?」
 と、言った途端坊ちゃんが立ちあがったのを、僕は慌てて腕をのばして捕まえた。何をするのか僕には分かった。
「離せ、マース!」
「一人で行くつもりなんですか!?」
 この人は、ドラゴンから今すぐ飛び降りて大蜘蛛を探すだろう。坊ちゃんなら……やるな。出来る出来ないは置いておいて飛び降りる。
「一時を争う、このチャンスを逃す訳にはいかない!」
 僕は、真剣な表情を使って腕を振り払おうとする坊ちゃんを見つめた。
 とはいっても、鉄仮面があるから意味無いんだけど。
「一人で行かないでください、例え一人で行けたとしても……!」
「黙れ、そもそも奴の問題は俺の問題だ」
 力強く手を振り払われる。
「……これ以上、お前らが俺に付き合う必要もないんだ」
「今更何を言う、ここまで連れて来て置いて……ならば最初から一人でここまで来ればよかろうに」
 流石にこの坊ちゃんの言葉を、今の精神&肉体状況で軽く受け流せなかったらしい、エース爺さんが非難気味に言い返した。僕も口には出さないけど爺さんの言葉に激しく同意。
「ふん、貴様らが勝手に俺の後をついて来ただけだろ?」
「ラン様……」
 とん、と坊ちゃんはシリアの胸を軽くたたいた。
「……ありがとう」
「ラン様!」
 シリアが悲鳴を上げた。
 ああ、どうして僕は再び、この手を伸ばさなかったのだろう?躊躇なく森の中に飛び降りてしまった坊ちゃんを呆然と見送ってしまう。
 酷い事言って、そんな事言って!それで、僕らが貴方を追いかけるのを止めると思っているのかな?!
 今更だよ坊ちゃん、今更過ぎる。
 僕らは知ってるんだ、時に酷い事言って、容易く弱い人を切り捨てているようで実際は、それは彼なりの最大限の気遣いだったりもするんだ。……そんな、とっても捻くれた優しさを彼はちゃんと備えているって事。

 ありがとうって言ったよ、僕聞いちゃった。
 おかげで一瞬呆けてしまったくらい。
 でも、僕はそれをはっきり聞いた。

 坊ちゃんが、ありがとうって言った……!

「……追いかけるよ!」
 そう言って不安定なヒノトの上で立ち上がってみたけど……う、座高の高さが加算されただけだというのにこれは、怖い……!
 木が高いんだよ!地面までものすごい高さがあるっていうのに、流石の僕でもこの高さから飛び降りで無事、下にたどりつけるか自信がない。体力的にフラフラだし……。
「2人飛ばす自信はないが、無いよりはましじゃろう」
 エース爺さんは飛行魔法を行使したうえで、僕の腕をつかんだ。
 怖い、でも迷ってられない。坊ちゃんは行ったじゃないか。僕にだって、僕にだって行けるさ!
 シリアに無理行って、なんとか比較的枝が密集している木に寄ってもらった。
「急いでみんなを連れて来て」
「分かった!」
 僕はそのようにシリアに向けて叫んで、エース爺さんと一緒にヒノトを飛び降りた。
 殆ど落下しながら蔦や葉っぱや枝先に絡まりながら地面を目指す。
 僕は途中、いくつか枝を掴もうとして失敗し、ようやく頑丈な枝を掴んで落下が止まった。体に蔦が絡まってくれたのも幸いしている。まだ僕の左腕を掴んで一緒に落下していたエース爺さんに言った。
「じいさん、僕は大丈夫、何とか下に降ります。先に坊ちゃんを探しておいてください」
「心得た」


 でも……獲物を横取りされると察知した坊ちゃんの感度は、魔法探知や僕のよく聞く鼻なんかよりもよっぽど利くみたい。

 坊ちゃんの暴走に、僕らの手は。
 届かなかったんだ。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 その後、僕らは再びヤトさん達のパーティーと合流する事になる。
 突然掻き消えた大蜘蛛、およびランドール坊ちゃんの行方を捜す為に、彼らとしばらく一緒に行動する事になるんだ。
 なんか、気がついたら魔王討伐とか関係ない流れになっているけどいいのかなって疑問だったりしたけれど、そもそも魔王八逆星内でも色々ごたごたしている事が分かってきたりする。
 もう一人、意外な人物と合流する事になるって話は本編で、ね。

 関係が無い訳じゃないみたい。
 今、僕らが辿ってきた道は全て必然だ。

 魔王八逆星と呼ばれる世界を混乱に導く存在に繋がっていくんだ。

 僕が語れる坊ちゃんの英雄伝はもう少し先があるんだけど、本編が進んでから続けたとしてもあまり多くは無く終わるかな。
 出来ればもっと彼の傍にいて、彼のとんでもないエピソードを語りたいとは思うけど……。

 あとは、ヤトさん達が語ってくれると思う。
 僕らの勇者の とんでもない 物語を。
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エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

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