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7章~8章間+10章までの 番外編
◆戦え!ボクらのゆうしゃ ランドール◆第九無礼武
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※ これは第10章以降の某勇者パーティー 番外編です ※
◆第九無礼武◆『vs元従者御一行! 死国再会大作戦』
欲しいものは全て手に入れたんだよね……坊ちゃん。
それなのになんで、そんないつにも増して不機嫌な顔をしているんだろう。
あれは本当に、僕らが必死に追いすがったランドール・A坊ちゃんなんだろうか?
離れ離れになって、追っかけて、ようやく追いついて。
僕らの前に現れた坊ちゃんは……なんだかちょっと違う人みたい思えちゃったりして。
少しだけ戸惑っている
笑ってよ、いつもみたいに不敵な顔でさ。
遅いぞお前らって、言ってくれればいいのに。
どんなに罵倒されても僕らは坊ちゃんについていく。どこまでもどこまでも付いて行くよ。
だって、坊ちゃんは僕らの勇者なんだから。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
ええと、まず現状説明かな。
色々あって僕らは坊ちゃんとはぐれちゃったんだ。それで、一時的にヤトさん達と同行する事になったんだよね。
ああ、僕らというのは西方国で魔王討伐隊に認定されたランドール坊ちゃんを中心とする『ランドール・ブレイブ』の事だよ。
案内役の僕は、元西方騎士、竜鱗鬼種のマース・マーズ。鱗鬼って外見あんまり綺麗じゃなくて、混血の僕は特にそれが酷くって割とコンプレックスなんだ。基本的には全身鎧に鉄仮面で体という体を覆い隠している。
鱗のついた爬虫類じみた顔なんか晒して歩いたら、なにもしてないのに子供が泣き出すくらい。
心外だなぁ、この通り僕は心の優しいお兄さんなのに。
いろいろあって騎士団を追い出され、国を追われた僕を拾ってくれたのがランドール・ブレイブを作るに尽力しているテニー・ウィンさん。
その後大々的に軍隊結成を目論んで人を募集するから人員はもっと増えるんだけど、基本的に坊ちゃんと長く大変な旅を成し遂げたのは僕ら6人と1匹。
その6人に一番最後に加わった僕だけど、仲間というものを得てもしばらく自分の顔を安易に晒す事が出来なかった。
外見なんか関係ない、使えるか、使えないかが問題だと……坊ちゃんは僕の醜い素顔は『問題ではない』って教えてくれた。
嬉しかったよ。ただそれだけで、それを求めてもらえるだけでここにいてよかったって思えるくらい。
そんな些細な事でって人は笑うかもしれないけど、そういう些細な事で悩んでいきてる人はいるんだから。
たとえ坊ちゃんがとんでもない人でも、それでもこの人について行く、それでいいやと思えるカリスマ性を持っている人だね。
とんでもない自称勇者のランドール坊ちゃんの、武勇伝は数多い。
とんでもないというのはその極端な性格と、極端な強さに由来するもので決して真実だけを語れば武勇伝じゃないんだけど。
でも、今僕は思う。
彼はそれでも僕らにとっては勇者だった。
些細な悩みで前に進むを恐れたりする凡人に比べたら、べらぼうな勇気を持ってる、生きながら伝説の称号『勇者』を名乗るに相応しい超変人……おっと少し本音が出ちゃった、超人なんだろうって思える。
僕らは彼について行くのがやっとだった。追いすがらないといけなかった。
追いかけるのが辛くて、自分が凡人すぎと思うならブレイブを辞めればいいのかもしれないけど……。
それでも、彼の纏ってる『勇者』の称号が眩しい。
彼は決して一人で『勇者』になったんじゃない。
ぶっちゃけテニーさんとグランと、あとリオらの根回しがあったからこそだよね。うん。
一人だったら単なる暴れん坊だろう。
……ヘタをすれば単なる横暴な、世界をかき乱す魔という属性の王にだって成り得る。
彼を魔王にはさせない、勇者であって欲しいと素直に思っているよ。
きっと、追いすがる僕らが彼を『勇者』に押し上げているんだ。
僕らには出来ない事、それをやってくれるランドール坊ちゃん。
彼は、僕らの勇者なんだ。
彼が僕らの勇者であって欲しいから僕らは苦労をして彼を追いかけている。
でも、ついにはぐれちゃったんだよね。
坊ちゃんが走って行くのに僕らが追いすがれなくなっちゃった、そんな感じ。
ランドール坊ちゃんは一人で行っちゃった。僕らを置いて、酷い事に何をしてあげても感謝の言葉なんか言わない人なのに。
ありがとう、なんて最後に言い置いて……さ。
絶対に坊ちゃんを一人にはしない。僕らはどこまでも坊ちゃんを追いかけるつもりだ。
それで、ヤトさん達としばらく一緒に行動する事になったんだね。
ええと、よくわからないけどヤトさん達は魔王八逆星の一人であるナドゥ、という人を追っかけているみたい。で、どうにもその人は今現在……坊ちゃんと行動を共にしているみたいなんだ。
魔王八逆星ナドゥを追いかけてるのがヤトさん達。
大きな蜘蛛の怪物を追いかけてるのは僕ら。坊ちゃんがこの大蜘蛛を目の敵にして追っかけてるからね。
で、その蜘蛛の怪物がひきつれている謎の少年、これを追いかけているのが……。
この大合併パーティのもう一人増えた同行者。
あの人食い少年の兄を名乗るこの人は、黒い鎧に身を包んだこの騎士は……僕の、昔の直属上司、アービス団長。
信じられない事にアービス団長は魔王八逆星の一人なんだって。
そんなの、いきなり暴露されたって信じられないよ。だって、ぶっちゃけてただのドン臭い人でしか無いじゃないか。
どうしてこんなドン臭い人がディアス国の北魔槍団長なんてやっているのか不思議なくらいだったんだから。
団員から舐められまくってて幼稚な悪戯に頭を悩ませているような人が……魔王?
信じられないけど、アービス団長は……魔王と呼ばれるに相応しい所業をやってしまっているみたいだ。
詳しくは聞いてない。僕からは……どうにも直接聞けなくて推測の域を出ないけど。たぶん。
……僕ら元北魔槍騎士団は重装歩兵団と斥候部隊が主で、多くが顔を隠しての任務が多い。仕事内容や、所属隊員の構成的に割と、胸張って名乗る事が出来ない肩書なんだよね、北魔槍って。魔種や魔種混血の団員が多いし、誰が相手であれ前線で直接暴力を振るう役割を振られるし、斥候なんてよーするに暗殺部隊だ。昔からの伝統というわけでは無い、数世代前にそういう、悪い方向付けが出来てしまったと聞いている。
ぶっちゃけてディアス国って色んな差別が激しい所でね、そうだっていう事は、僕が国を出てから理解した事でもあるんだけどさ。まず、男女の差がある。軍隊に、女性は居なくは無いけど少ないし、出世はし難いとされている。女性は家庭を守るモノで、男性の引き立て役に徹するのが最上だ。
次に、身分の差がある。明確な、血や家格での差別が当然と存在し、労働力としての人の売り買いが横行している。ええと、人権を与えないレベルの奴隷制度は世界的な取り決めで人理に悖るとして禁じられているらしいよ。リオが教えてくれた。でもそれが末端まで守られてはいないのがディアス国。ディアス国内でもこの奴隷、人買い問題はちょっとした悩みの種らしく、人権問題の保守派とタカ派があって喧々囂々している事は僕も知っていたけど、そんな事やってるのは今やディアス国位だと世情を聞いて……とても、がっかりしたよ。
そして、人種の差かな。今は魔種や魔種混血も平然とまかり通る世の中でディアス国内でもその動きは止めようも無い。人種の差別は、他国でもまだまだ問題の一つだという事だったけど、それでもディアスでの差別は特にひどい方には違いないだろうな。
差別は今あげたものだけじゃない、もっとある。産まれ方、生業、地域、上げたらキリが無い。
ディアスは至る所にある『差』に敏感で、いつも順位を付けたがり、その順列ですべてが動いて行くんだ。
数世代前の北魔槍騎士団に、とても志の高い人が着いたそうだ。
その人は、女性だった。ほぼ初めてレベルでの騎士団長だったという。その団長は、様々な差別による重圧を跳ね除けるために沢山仕事をしたんだ、誰にも負けないように、必死に……人がやらない事でも平然とやり遂げてしまうような人だった。
彼女は容姿で侮られる事を嫌い顔を隠し、厳つい全身鎧を身に纏って、汚れ仕事でも何でもやった。
そうして……北魔槍騎士団は一つの差別を作った。差別の内の序列を定め、多分……悪しきと言えるんだろう『方向性』を持つ様になってしまったんだ。
騎士団の序列っていうのは実際にはっきりとしたモノではなく、なんとなく雰囲気とか空気感で漂ってるモノなんだけど、なんたって差別の国だからそこは誰しも敏感でね。勿論、四方騎士団の中では『最底辺』とされている北魔槍だもの、団員同士の仲は良くない。
命令に淡々と従うだけの個人主義者が多い。
僕もかつてはそうだった。
団員全体が関係が希薄で、団長は……それらをまとめる立場として、あえて団員と親しくなろうという意欲が無かったように思う。
自分が団長である事を快く思わない人がいる事も『仕方がない』と、絶対それ不遇だよねという状況を淡々と受け入れるだけで変えようという意思が見られなかった。
僕は、そういうよくわからないどーしよーもない天然な団長をいつしか、どうにも放っておけなくなっちゃってた。それで強権使って部署変えしてもらって、アービス団長の補佐みたいな仕事やってたんだよね。
補佐なんて言えば聞こえはいいけどよーするに超雑用係だよ。
団長は北魔槍という希薄な関係性の中で唯一、僕にだけは……多分。北魔槍騎士団所属団員という立場以上のものを認めてくれていたのだと思う。
だから逆も言えるんだ。
アービス団長は僕以外の北魔槍団員には全く『興味を抱いていない』んだ。
冤罪で国を追われた僕。何も悪い事はやってないのに一方的に追い出されたのは僕だけ。
全部逆だった。
見捨てられたのは僕ではなく僕以外であって、助かったのは僕以外じゃなくて……僕だった。
北魔槍騎士団はすでに魔王軍の手に落ちている。
僕もこの目で見てしまった。
姿を変え、黒い混沌の怪物に変わっていった事を。
そのように『魔王軍化』を行えるのが『魔王八逆星』だという。そういう能力を持っているのだと、ヤトさん達のパーティーが把握していて警告するし、アービス団長もそれを否定しなかった。
団長は『団長としての』命令なくして統率が出来ない、北魔槍騎士団をもっと能率的な集団に変えてしまったんだ。
団長の事を悪く言わないし陰口もたたかない、幼稚な嫌がらせもしない。
無言で、命令につき従うだけの怪物に。
酷い事をする、初めて魔王軍化した元同僚たちを知って確かに僕はそう思った。
でも、同時に……少しだけざまぁみろと思ってた事を素直に認めるよ。
僕は団長程陰湿なイジメは受けてないけど、あの卑屈に歪んだ北魔槍騎士団というものの体質は好きじゃなかった。
みんな僕と同じ魔種や、魔種混血だ。ディアス国じゃ混血の扱いは魔種と同じかそれよりも酷い。
人民として等しく受け入れもらえない現実が辛いのは分かるけど、だからって……誰かを下げずんで虐めて良いって話じゃないよね。
辛い立場だから支え合うべきだと思うんだ。
けどディアス政府は巧妙で、人間よりも優秀な魔種や魔種混血が自分たちの『政治領域』に入り込み、国を操るのをよく思わないが為に、僕らを何かと目の敵にする。
北魔槍騎士団にあえて魔種を集めて汚れ仕事をやらせるのも、騎士道精神が失われて荒んでいるのを放置するのも全部全部、政府のずるいやりくちなんだ。
……と、言ったのはかつての僕だ。
いつだか団長にそんな事、グチっちゃった事がある。
魔王八逆星のナドゥ、大蜘蛛の……名前があったんだ、ウリッグって云うらしい、あと団長の弟だという少年、そしてランドール坊ちゃん。
彼らの行方を追いかけてヤトさん達とアービス団長が加わった大所帯。
そんな長い時間じゃなかったけど数日野営は共にした。
団長と話をする時間があったのに、実は僕は……団長が何を思って団員を魔王軍に変える行動に出たのか、その真相を聞き出すのが怖かったりした。そして実際、切り出すことはできなかった。
真実なんて……知らなくてもいいよね?
でも『かもしれない』と疑い続けているのも辛い。
団長にはなんて言えばいいのかな?
北魔槍騎士団の中で僕が一人、魔王軍化を逃れ助かった事を『ありがとう』って言えばいいのかな?
それともどうして僕だけ除け者にしたんですって、怒った方がいいのかな。
僕の感情としてはどっちなのか、素直になればいいのだろうけど……実は、自分がどっちの感情を抱いているのかよくわからないんだ。
だって、北魔槍騎士団を出てなければ僕はランドール・ブレイブには所属していない。坊ちゃんには出会えていないんだ。
最初はとんでもないトコに来てしまったと思っていたけど今はそうじゃない。
坊ちゃんに出会えてよかった。
だからあの最悪な北魔槍騎士団を追い出してくれてありがとうって、結構本気で思ってるトコがある。
でも……最悪だと思っていてもやっぱり、元同僚が怪物化した現象が頭から離れない。
僕だけ免れてよかったのだろうか、という後ろめたさもあったりする。
そりゃ、団長とは唯一親しくしていたんだし、団長は問答無用で部下を全員魔王軍化するつもりだったのなら、……あのお人よしの塊みたいな人だもの。
僕だけ免除するとかしたくなった気持は、分からないでもないけどさ。
どうしてそういう事を僕に黙って……一人で。
もしアービス団長がずっと傍で働いてくれって言ったなら、僕はきっと喜んでそうしただろう。
つまり僕は勇者じゃなくて、魔王の傍にいたかもしれない訳だ。
喜んで、天然でどーしよーもない魔王のお世話をせっせと焼いて、ランドール坊ちゃんとは敵として剣を交えていたかもしれない。
どっちが良かったのかな。
僕自身としてはどっちが良かったのだろう。
考えれば考えるほど、僕はどっちでもよかったかもしれないって思えたりする。
そして、その考えが変わらない限り……団長には『ありがとう』も、その逆も言えなかったりするんだ。
死の国、とかいうトコに向かう道中、僕はずっと……そんな事を考えていたりする。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
そして僕らはようやくたどり着く。
追いついたのかな?それとも坊ちゃんは、僕らが追いついてくるのを待っていたのだろうか。
シコクというなんだか変な所で、魂泥棒とかいうのをパスさんに案内されて追いかけてみれば。
赤い海がさざ波を立てる穏やかな白い砂浜で……待っていたのはランドール坊ちゃんだった。
「……貴方は、何をした?」
現場に一緒にやって来て居たシコクのパスさんっていう謎の女性が、こちらに背中を向けて海を見ている坊ちゃんに一歩、踏み出す。
「貴方の魂は『異質』にブレている……盗んだものを今すぐ手放しなさい」
魂って、何だろう?
死んだ人の肉体からは魂というものが無くなる、とはいうね。
でも結局それって何だろう?僕にはよくわからない。
変わりない、いつも僕らはあの背中を追いかけ続けた。
赤い海の岸で、いつもの背中を僕らに見せる坊ちゃんは……振り返る事なくパスさんの言葉に答えた。
「盗んだ……?何の事かよくわからない」
「私も貴方の状況がよくわからないが」
パスさん、そう言って……隠している左目を覆う布に手をかけた。
「……邪悪な存在は立ち去れ。我々の静かなる制裁の日々を乱すのは……」
「ああ、用事はもう終わった」
砂を踏んで、ようやく坊ちゃんが振り返る。
僕らを見ていない。まっすぐパスさんを見ている。
坊ちゃん、僕らは追いついてきたんですよ……?坊ちゃん!
僕は一歩前に踏み出そうとしたけど、それをエース爺さんが杖で止める。
「連れて行った者達はどこへ!?」
ん?あれッ!?
魂泥棒は『怪物』だって、パスさん……言ってなかったけ……!?
怪物は?ウリッグはどこなんだろう。そもそもウリッグって何なんだ。蜘蛛だと思っていたけどグランやナッツさんと、このパスさんっていう神官はどうにも違う、みたいな事を言ってた気がする。
紫魔導のレッドさんが言っていた。ウリッグは、蜘蛛の中身の事を言うのではないのかって話、認めたくはないけどそうだろうって。
じゃぁ、パスさんが言っていた『怪物』って、ランドール坊ちゃんの事なの!?
魂を持って行ったのはランドール坊ちゃん?
それならウリッグはどこにいるんだ。坊ちゃんをどうにも拐しているらしいナドゥって奴はどこ?
それから、団長が探している弟という少年は……。
「良くは分からんが……下らん運命とやらに縛られこのシコクとかいう所にいるんだろう?お前も、この国のモノ言う連中は全てそうだと聞いた」
「下らなくはない、これは犯した罪の清算だ」
「死んでまで過去に縛られるのか」
そんな話は聞いたことが無い。
誰かが仕組んだ余計な『仕組み』じゃないのかと、坊ちゃんは完全に振り返ってこっちに歩いてくる。
やっぱり僕らの方は一切見ない。視界には入っているはずだ。でもあえて見ようとして無いようにも思う。それくらいまっすぐにパスさんを見据えている。
「神とかいう、本来存在するべきではないものに世界は、縛られるに終わらず支配されつつある」
右手を前に出し、静かに握りこんでから……ゆっくり開く。その動作の中で坊ちゃんはようやくいつものように不敵に笑った。
「世界を支配できるのは見えない、触れられない神じゃない、世界に存在して生きるものの権利だ」
「ランドール様」
ここでようやくテニーさんが動いた。シリアがこの場にいればすぐにでもランドールに駆け寄っていただろう。いや、テニーさんだって本来ならそうしたはずじゃないのかな?
「ようやく貴方は手に入れたのですね」
「本当に、手に入れた……!?」
僕の後ろに控えるグランソールが小さく、怪訝につぶやいたのが聞こえる。
「自由にしてやったのだ。あれはお前に何か縁でもあったのか?神の代理を気どり管理者のつもりか。……必要であれば俺は、神をも殺そう」
傲慢に、両手を開いて坊ちゃんはそう言って少し、笑った。
なんだか違和感があるな、何だろう?パスさんは目を覆う布を取るべきか、迷っているように唇をかみ、一歩後ろに下がった。ランドール坊ちゃんに気圧されている。
「神、イーフリート!?いいや……彼女を例え殺せたとして、それはこのシコクを開放する事にはならないよ。……その方法はすでにペレーが試して失敗している」
「ではどうすれば自由になる?」
坊ちゃんは、右手をパスさんに差し出しながら問いかける。
「俺が、全ての世界の王として全ての望みを叶えよう」
状況が良く分からないよ。
でも、確実に一つ言える事がある。
この人は誰だろう?
僕らが追いかけていたランドール坊ちゃん?本当に?
パスさんは魂がブレてるって言ってたけど……それが、どういう状況なのかよくわからないけれど――僕でも感じる、違和感の事かな?何処が違うかと尋ねられたら首をかしげるしかないんだけど。
ちょっと芝居がかってる感じがするんだよね、坊ちゃんなら、もっとこう……直線的に動く気がするんだ。
僕にはどうにも目の前の青年があのランドール・Aには思えない。
「ランドールはどうしたんです?」
珍しくグランが僕より前に出てきた。坊ちゃんを、名前で呼んで……その質問の仕方はどういう事?
「南国の森の中に死骸が落ちていましたが、あれはやっぱり貴方が」
「しらばっくれるなワイズ、」
ようやく坊ちゃんは僕らを見た。
「お前は、俺が何なのか知ってるんだろ?」
「……何かって……」
そう言ってグランは一瞬テニーさんを窺ってから顔を戻す。
「なるほど、これが目的なのか……やられたな」
ぼそりと呟いたのが僕の良い耳にはちゃんと聞こえたよ、グラン。
「ど、どーすればいいのかな?」
反対側後ろで黙って様子を窺っているリオに、僕は助けを求めてみる。
さっぱり状況が見えないんだよ。明らかに坊ちゃんに向けてパスさんは敵意むき出しだけど僕ら、パスさんのお手伝いをする為に怪物退治に来ているんだ。
その怪物が、坊ちゃん?
「ねぇ、パス……なぜランドールを怪物って言ったの?」
リオの静かな問いかけに、パスさんは少しこちらを振り返りすぐに坊ちゃんに向き直って答えた。
「直観に近い感覚だ。……彼は何かがおかしい。精霊干渉力を持つ貴方も同じ違和感を感じているのではないのか」
「……わたしは、その感性を直観として信じる事はあまりしないわ。これで魔導師のはしくれだもの。感じた事を基に理論的に調べてから事実として組み立てる……。でも、私もそうやって彼と長らく付き合ってみて、時間をかけて判断するにある意味、彼は『怪物』と呼んで差し支えが無いかもしれないという結論には達している」
そんなリオの言葉に、少し鼻で笑うように口を出してきたのはテニーさん。
「関係ない、そのような直観も、理論も存在の前に封じてしまえば無いも同じだ」
「テニー、坊ちゃんに統べさせたいのは西国だけじゃぁなかったの?」
「狭い考えだな、グランソール」
テニーさんの言葉にグランソール・ワイズは小さく口を曲げた。
「ランドール様は『王の器』」
その言葉に、少しだけ坊ちゃんの肩が揺れたのを僕はちゃんと見た。
「ファマメントに限らず、いずれ南国カルケードも含め全ての世界の王として君臨し全てを一つとまとめてくださる」
「その為に生まれた、いいや?作られた……と」
グランがいつもの調子で軽口を叩くように……え?なんだって?
「作られた?何それ!」
瞬間坊ちゃんが剣を引き抜いた。それに一番前に出て対峙しているパスさんが身構える。
「滅ぼしたいんじゃなかったのか……そうか。それじゃぁ僕的には困るねぇ。貴方ならきっと滅ぼしてくれるのだと思ってついてきたのに。まさかそれを『中身』に欲しかっただなんて」
「グランソール!」
辞めろと、止めたのはそれでも、テニーさんだった。なんでかって……たぶん、グランの言葉が坊ちゃんにとって激しく地雷になっているの、分かってたからだろうなぁ。
でもグランソールははっきりと言いきった。
「酷いですよ坊ちゃん、貴方の望みは本当にろくでもない」
それがどういう意味の言葉なのかもちろん僕には分からないけど、少なくとも挑発の意味合いがあった事はよくわかる。
抜刀していたランドール坊ちゃんから、誰かれ構わず叩きつけられる殺気に反応して僕もつい身構えてしまうよ。
でもどうすればいいんだ。
倒さなきゃいけないのは誰?悪いのは誰なの?
それを指し示してくれる坊ちゃんはどうして僕らに向けて剣を向けるんだ。
剣を振り上げ砂の地面を蹴り、間違いない。坊ちゃんは僕らに向けて襲いかかってきたんだ。それは分かる、理解出来るんだけど体が動かない。
中空で剣を振る、何か見えないものとぶつかって砕けた音がする。
はっとなって見渡したら、パスさんが左目を覆うバンダナを取って僕らの前で、坊ちゃんに立ちはだかっている。
「時が来るまで、石の中で眠れ!」
坊ちゃん、再び剣を振るって何か見えないものを切った。水が凍るようなパリパリという音を立てて……坊ちゃんの足もとの砂が、あの石で出来た森みたいに固まったのが見える。
そうか、パスさんは全てを石化させて停めちゃう、そういう力があるって事?
「目障りだ……!」
坊ちゃんが、そのように叫んで振りかぶった剣の衝撃が風になって吹きつけられる。
剣風だけで普通の人なら吹き倒されるような衝撃が叩きつけられるんだ、彼の力はどこからくるんだろう。海岸の細かい砂が吹き付けて来て思わず、反射的に目をつぶってしまうよね。
これは、パスさんには致命的だったりしたんだ。
瞬間的な事だったはずだ。一瞬目を閉じ砂嵐から目を庇ったあと、僕が目をあけたとき坊ちゃんは、パスさんの顔面に向けて遠慮なく剣を叩きつけていた。
顔だよ!?僕は見た、坊ちゃんは事も在ろうか女性の顔目掛けて剣を振りかぶっている。
そこが脅威だとはっきり知って、的確に潰す為に。
細い鮮血が舞う、女の人の顔を切るなんて……!
僕は全てを忘れて走りだしていた。何をすればいいのか、もちろんまだ良く分かっていない。わからないけどただ黙って突っ立っているのが出来なくて、斬られて顔をかばって蹲るパスさんに駆け寄ろうとしていた。
そんなに遠い距離じゃないのに一瞬が全てを、分かつんだ。
蹲ったパスさんに向け坊ちゃんは追撃に動いている。斬りはらったその剣で遠慮なく、背中を突き刺してトドメを刺そうとしている。
パスさん、僕はきっとそのように叫んでいたと思う。気がつけば剣を抜いて握っていた。この剣で誰と戦うつもりなのか、頭では全く認識していないのに体は、殺気に機敏に反応し応対する。
気がついたら坊ちゃんと剣を交えてた。
坊ちゃんは片手で、僕は両手で剣を握ってがっつりと切り結んでいる。坊ちゃん、この重い一撃が片手で出せちゃうの……!
力はこれで結構、自信あるのになぁ!微動だにしない坊ちゃんに向け、僕は冷静になってきて拮抗したまま叫んでいた。
「どうして斬ったんですか!」
涼しい顔で僕の剣を受け止めながら、坊ちゃんはわずかに首をかしげる。
「邪魔だったからだ」
不敵な笑みの向こうに、得体のしれない気配を感じる。
「お前も邪魔するのか?」
肩に少し力を込めるだけで僕は弾き飛ばされている。この馬鹿力、今まで何度も目の当たりにしてきたけどそれが、いつにも増して強く感じる。
これが本気って事なのか?
弾き飛ばされてバランスを崩した僕に向け、坊ちゃんは前に2歩程踏み出して来て……切り払いながら僕の向こう側へ通り抜けた。全く戸惑いも無い一撃だ、
切られた。
熱い痛みが胸から脇腹かけてに走っている。
分厚い鎧と、僕自身で纏う硬い鱗の鎧、この二つを一度に切り裂くなんて相手、僕は初めて出あった。
それだけにただの1撃で致命傷を負った事実が良く把握できない。
踏ん張ったつもりだ、でも、足に力が入らなくって気がついたら倒れてた。
「ぼっちゃん……」
砂を掴み、何とか頭をあげて空を窺う。
僕を一瞥するように立っている、坊ちゃん。その目がどんな感情を宿しているのかは……逆行で見えなくて。僕もまた、この仮面の所為で悲しいんだって事を訴える表情を坊ちゃんに届ける事ができなかったりする。
と、その眩しい太陽が一層眩しく輝いたような気がした。
幻かなぁ……よくわからない、僕の意識はそこで暗転。
ひどいよ坊ちゃん……僕らの、僕らの勇者ランドールはいったいどこにいっちゃったの?
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
その後、どうやら坊ちゃんは魔王八逆星側に行ってしまったらしい事が分かった。
なぜだかエース爺さんもそっちについてっちゃったんだって。
怪我を負った僕らはヤトさん達に助けられたみたい。傷や疲れを癒す為に……今度は南国カルケードのお世話になっている。
どうしてこんな事にって、呆然としている間に、僕らで拘束してたはずのテニーさんがランドール坊ちゃんから連れていかれてしまい、さらに先に南国で待っているはずだったシリアさんも……これは当然と、なのかな。
坊ちゃんの方に付いたみたい。
僕はどっちを選ぶべきなのだろう。
とりあえずアービス団長も含めてヤトさん所のパーティに居候してるけど……。
僕は誰を信じればいいの?
出来ればランドール坊ちゃんの傍にいたい。でも、パスさんを切り伏せた坊ちゃんを僕はちょっと許せないかもしれない。
なぜそんな事したのか理解できないし、なんかいつもの坊ちゃんじゃない気配がする。
グランは、テニーさんから剣を投げつけられて重症を負っていた。
いったい何が起こってそういう事になったのか。話を聞きたいけどグランは、まだ目を覚まさなくて……
とりあえず、もうランドール坊ちゃんの傍にいる必要はないって言ってヤトさん達に動向しているリオに相談に乗ってもらったり。
魔王討伐を目的とするヤトさん達の前に、多分また……ランドール坊ちゃんは立ちはだかるか、あるいはどこかで交差するだろうってリオは予測している。
ぐらぐらと揺れたけど、でも変わらない。
まだ僕の中にはしっかりと、あのとんでもない勇者が刺さりこんでる。あの人を魔王にしたくない。あの人には勇者でいて欲しい。
だから、僕はランドール・ブレイブとして彼を追いかけようと思う。
僕の事、もういらないからと、切り捨てられたのかもと……落ち込んだりした僕だ。でも坊ちゃんの隣にいる事を諦めたらもう僕には居場所がない。じゃぁアービス団長に身を寄せようかなとも思ったけどそれって、都合よすぎるよね。
団長は元魔王として、魔王八逆星を追うって言ってる。
ヤトさん達はもちろん最初からその方向性みたいだし、重傷を負ったグランの世話も彼らに任せっぱなしだし、リオは自分の目的の為にヤトさん達と一緒に行く事を選んだ様だし。
僕だけ逃げ出すのは出来ないよね。できるはずない。
ヤトさん達は隊を分けて、一方は西方トライアンへ、もう一方はディアス国へ向かうという。
ディアス国に戻るのは嫌だ。冤罪とはいえ僕はお尋ね者だから国には入れない……けど。
逃げてちゃいけないから僕は……ここでディアスを選ぼう。
もしかすれば僕が手伝える事があるかもしれない。地理とか、城の内部とかそれなりに詳しい方だよ。アービス団長がおとぼけすぎて、僕が後方支援する為に余計な事を一杯勉強するハメになったからね。差別を越えて理解を示してくれた、友人と呼べる人も少ないけど居るんだ。
ディアス国が乱れている影に、魔王八逆星の介入があるという。それはアービス団長だけの話ではないみたいだ。
裏切られたと思って手放した国への忠誠心を思い出していた。
坊ちゃんに出会ってなければ二度と思いだす事はなかっただろう。
僕はディアス国を……救いたい。あのどうしようもない国を、どうしようもないからと切り捨てる事は出来ないんだ。酷い所だと思うけど、それでもあそこは僕の故郷なんだしね。
そうやって世界の大きな流れの中にいればまた、きっと世界の流れを大きく変えようとしているあの坊ちゃんに会える気がする。
もう一度会って確かめたいんだ。
あの人が、僕らにとって何であるのか。
もしあの坊ちゃんが何か迷う事があるなら今度は、僕らで手を差し出して救い出すんだ。
いやぁ、そんな事する必要ないんじゃないかな、とかも思ったりするけどさ。
僕は思い出してる。コウリーリスの森で別れた時ありがとうと、素直に言ったあの言葉を。
あれは自分の本質を疑い迷うに、信じてついてきてくれてありがとうって意味だったんだって思うんだ。
終わらせないよ。
完結させてたまるか。
もし存在に迷うなら僕らがちゃんと証明するんだ。
貴方は僕らの勇者ランドールだって。
◆第九無礼武◆『vs元従者御一行! 死国再会大作戦』
欲しいものは全て手に入れたんだよね……坊ちゃん。
それなのになんで、そんないつにも増して不機嫌な顔をしているんだろう。
あれは本当に、僕らが必死に追いすがったランドール・A坊ちゃんなんだろうか?
離れ離れになって、追っかけて、ようやく追いついて。
僕らの前に現れた坊ちゃんは……なんだかちょっと違う人みたい思えちゃったりして。
少しだけ戸惑っている
笑ってよ、いつもみたいに不敵な顔でさ。
遅いぞお前らって、言ってくれればいいのに。
どんなに罵倒されても僕らは坊ちゃんについていく。どこまでもどこまでも付いて行くよ。
だって、坊ちゃんは僕らの勇者なんだから。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
ええと、まず現状説明かな。
色々あって僕らは坊ちゃんとはぐれちゃったんだ。それで、一時的にヤトさん達と同行する事になったんだよね。
ああ、僕らというのは西方国で魔王討伐隊に認定されたランドール坊ちゃんを中心とする『ランドール・ブレイブ』の事だよ。
案内役の僕は、元西方騎士、竜鱗鬼種のマース・マーズ。鱗鬼って外見あんまり綺麗じゃなくて、混血の僕は特にそれが酷くって割とコンプレックスなんだ。基本的には全身鎧に鉄仮面で体という体を覆い隠している。
鱗のついた爬虫類じみた顔なんか晒して歩いたら、なにもしてないのに子供が泣き出すくらい。
心外だなぁ、この通り僕は心の優しいお兄さんなのに。
いろいろあって騎士団を追い出され、国を追われた僕を拾ってくれたのがランドール・ブレイブを作るに尽力しているテニー・ウィンさん。
その後大々的に軍隊結成を目論んで人を募集するから人員はもっと増えるんだけど、基本的に坊ちゃんと長く大変な旅を成し遂げたのは僕ら6人と1匹。
その6人に一番最後に加わった僕だけど、仲間というものを得てもしばらく自分の顔を安易に晒す事が出来なかった。
外見なんか関係ない、使えるか、使えないかが問題だと……坊ちゃんは僕の醜い素顔は『問題ではない』って教えてくれた。
嬉しかったよ。ただそれだけで、それを求めてもらえるだけでここにいてよかったって思えるくらい。
そんな些細な事でって人は笑うかもしれないけど、そういう些細な事で悩んでいきてる人はいるんだから。
たとえ坊ちゃんがとんでもない人でも、それでもこの人について行く、それでいいやと思えるカリスマ性を持っている人だね。
とんでもない自称勇者のランドール坊ちゃんの、武勇伝は数多い。
とんでもないというのはその極端な性格と、極端な強さに由来するもので決して真実だけを語れば武勇伝じゃないんだけど。
でも、今僕は思う。
彼はそれでも僕らにとっては勇者だった。
些細な悩みで前に進むを恐れたりする凡人に比べたら、べらぼうな勇気を持ってる、生きながら伝説の称号『勇者』を名乗るに相応しい超変人……おっと少し本音が出ちゃった、超人なんだろうって思える。
僕らは彼について行くのがやっとだった。追いすがらないといけなかった。
追いかけるのが辛くて、自分が凡人すぎと思うならブレイブを辞めればいいのかもしれないけど……。
それでも、彼の纏ってる『勇者』の称号が眩しい。
彼は決して一人で『勇者』になったんじゃない。
ぶっちゃけテニーさんとグランと、あとリオらの根回しがあったからこそだよね。うん。
一人だったら単なる暴れん坊だろう。
……ヘタをすれば単なる横暴な、世界をかき乱す魔という属性の王にだって成り得る。
彼を魔王にはさせない、勇者であって欲しいと素直に思っているよ。
きっと、追いすがる僕らが彼を『勇者』に押し上げているんだ。
僕らには出来ない事、それをやってくれるランドール坊ちゃん。
彼は、僕らの勇者なんだ。
彼が僕らの勇者であって欲しいから僕らは苦労をして彼を追いかけている。
でも、ついにはぐれちゃったんだよね。
坊ちゃんが走って行くのに僕らが追いすがれなくなっちゃった、そんな感じ。
ランドール坊ちゃんは一人で行っちゃった。僕らを置いて、酷い事に何をしてあげても感謝の言葉なんか言わない人なのに。
ありがとう、なんて最後に言い置いて……さ。
絶対に坊ちゃんを一人にはしない。僕らはどこまでも坊ちゃんを追いかけるつもりだ。
それで、ヤトさん達としばらく一緒に行動する事になったんだね。
ええと、よくわからないけどヤトさん達は魔王八逆星の一人であるナドゥ、という人を追っかけているみたい。で、どうにもその人は今現在……坊ちゃんと行動を共にしているみたいなんだ。
魔王八逆星ナドゥを追いかけてるのがヤトさん達。
大きな蜘蛛の怪物を追いかけてるのは僕ら。坊ちゃんがこの大蜘蛛を目の敵にして追っかけてるからね。
で、その蜘蛛の怪物がひきつれている謎の少年、これを追いかけているのが……。
この大合併パーティのもう一人増えた同行者。
あの人食い少年の兄を名乗るこの人は、黒い鎧に身を包んだこの騎士は……僕の、昔の直属上司、アービス団長。
信じられない事にアービス団長は魔王八逆星の一人なんだって。
そんなの、いきなり暴露されたって信じられないよ。だって、ぶっちゃけてただのドン臭い人でしか無いじゃないか。
どうしてこんなドン臭い人がディアス国の北魔槍団長なんてやっているのか不思議なくらいだったんだから。
団員から舐められまくってて幼稚な悪戯に頭を悩ませているような人が……魔王?
信じられないけど、アービス団長は……魔王と呼ばれるに相応しい所業をやってしまっているみたいだ。
詳しくは聞いてない。僕からは……どうにも直接聞けなくて推測の域を出ないけど。たぶん。
……僕ら元北魔槍騎士団は重装歩兵団と斥候部隊が主で、多くが顔を隠しての任務が多い。仕事内容や、所属隊員の構成的に割と、胸張って名乗る事が出来ない肩書なんだよね、北魔槍って。魔種や魔種混血の団員が多いし、誰が相手であれ前線で直接暴力を振るう役割を振られるし、斥候なんてよーするに暗殺部隊だ。昔からの伝統というわけでは無い、数世代前にそういう、悪い方向付けが出来てしまったと聞いている。
ぶっちゃけてディアス国って色んな差別が激しい所でね、そうだっていう事は、僕が国を出てから理解した事でもあるんだけどさ。まず、男女の差がある。軍隊に、女性は居なくは無いけど少ないし、出世はし難いとされている。女性は家庭を守るモノで、男性の引き立て役に徹するのが最上だ。
次に、身分の差がある。明確な、血や家格での差別が当然と存在し、労働力としての人の売り買いが横行している。ええと、人権を与えないレベルの奴隷制度は世界的な取り決めで人理に悖るとして禁じられているらしいよ。リオが教えてくれた。でもそれが末端まで守られてはいないのがディアス国。ディアス国内でもこの奴隷、人買い問題はちょっとした悩みの種らしく、人権問題の保守派とタカ派があって喧々囂々している事は僕も知っていたけど、そんな事やってるのは今やディアス国位だと世情を聞いて……とても、がっかりしたよ。
そして、人種の差かな。今は魔種や魔種混血も平然とまかり通る世の中でディアス国内でもその動きは止めようも無い。人種の差別は、他国でもまだまだ問題の一つだという事だったけど、それでもディアスでの差別は特にひどい方には違いないだろうな。
差別は今あげたものだけじゃない、もっとある。産まれ方、生業、地域、上げたらキリが無い。
ディアスは至る所にある『差』に敏感で、いつも順位を付けたがり、その順列ですべてが動いて行くんだ。
数世代前の北魔槍騎士団に、とても志の高い人が着いたそうだ。
その人は、女性だった。ほぼ初めてレベルでの騎士団長だったという。その団長は、様々な差別による重圧を跳ね除けるために沢山仕事をしたんだ、誰にも負けないように、必死に……人がやらない事でも平然とやり遂げてしまうような人だった。
彼女は容姿で侮られる事を嫌い顔を隠し、厳つい全身鎧を身に纏って、汚れ仕事でも何でもやった。
そうして……北魔槍騎士団は一つの差別を作った。差別の内の序列を定め、多分……悪しきと言えるんだろう『方向性』を持つ様になってしまったんだ。
騎士団の序列っていうのは実際にはっきりとしたモノではなく、なんとなく雰囲気とか空気感で漂ってるモノなんだけど、なんたって差別の国だからそこは誰しも敏感でね。勿論、四方騎士団の中では『最底辺』とされている北魔槍だもの、団員同士の仲は良くない。
命令に淡々と従うだけの個人主義者が多い。
僕もかつてはそうだった。
団員全体が関係が希薄で、団長は……それらをまとめる立場として、あえて団員と親しくなろうという意欲が無かったように思う。
自分が団長である事を快く思わない人がいる事も『仕方がない』と、絶対それ不遇だよねという状況を淡々と受け入れるだけで変えようという意思が見られなかった。
僕は、そういうよくわからないどーしよーもない天然な団長をいつしか、どうにも放っておけなくなっちゃってた。それで強権使って部署変えしてもらって、アービス団長の補佐みたいな仕事やってたんだよね。
補佐なんて言えば聞こえはいいけどよーするに超雑用係だよ。
団長は北魔槍という希薄な関係性の中で唯一、僕にだけは……多分。北魔槍騎士団所属団員という立場以上のものを認めてくれていたのだと思う。
だから逆も言えるんだ。
アービス団長は僕以外の北魔槍団員には全く『興味を抱いていない』んだ。
冤罪で国を追われた僕。何も悪い事はやってないのに一方的に追い出されたのは僕だけ。
全部逆だった。
見捨てられたのは僕ではなく僕以外であって、助かったのは僕以外じゃなくて……僕だった。
北魔槍騎士団はすでに魔王軍の手に落ちている。
僕もこの目で見てしまった。
姿を変え、黒い混沌の怪物に変わっていった事を。
そのように『魔王軍化』を行えるのが『魔王八逆星』だという。そういう能力を持っているのだと、ヤトさん達のパーティーが把握していて警告するし、アービス団長もそれを否定しなかった。
団長は『団長としての』命令なくして統率が出来ない、北魔槍騎士団をもっと能率的な集団に変えてしまったんだ。
団長の事を悪く言わないし陰口もたたかない、幼稚な嫌がらせもしない。
無言で、命令につき従うだけの怪物に。
酷い事をする、初めて魔王軍化した元同僚たちを知って確かに僕はそう思った。
でも、同時に……少しだけざまぁみろと思ってた事を素直に認めるよ。
僕は団長程陰湿なイジメは受けてないけど、あの卑屈に歪んだ北魔槍騎士団というものの体質は好きじゃなかった。
みんな僕と同じ魔種や、魔種混血だ。ディアス国じゃ混血の扱いは魔種と同じかそれよりも酷い。
人民として等しく受け入れもらえない現実が辛いのは分かるけど、だからって……誰かを下げずんで虐めて良いって話じゃないよね。
辛い立場だから支え合うべきだと思うんだ。
けどディアス政府は巧妙で、人間よりも優秀な魔種や魔種混血が自分たちの『政治領域』に入り込み、国を操るのをよく思わないが為に、僕らを何かと目の敵にする。
北魔槍騎士団にあえて魔種を集めて汚れ仕事をやらせるのも、騎士道精神が失われて荒んでいるのを放置するのも全部全部、政府のずるいやりくちなんだ。
……と、言ったのはかつての僕だ。
いつだか団長にそんな事、グチっちゃった事がある。
魔王八逆星のナドゥ、大蜘蛛の……名前があったんだ、ウリッグって云うらしい、あと団長の弟だという少年、そしてランドール坊ちゃん。
彼らの行方を追いかけてヤトさん達とアービス団長が加わった大所帯。
そんな長い時間じゃなかったけど数日野営は共にした。
団長と話をする時間があったのに、実は僕は……団長が何を思って団員を魔王軍に変える行動に出たのか、その真相を聞き出すのが怖かったりした。そして実際、切り出すことはできなかった。
真実なんて……知らなくてもいいよね?
でも『かもしれない』と疑い続けているのも辛い。
団長にはなんて言えばいいのかな?
北魔槍騎士団の中で僕が一人、魔王軍化を逃れ助かった事を『ありがとう』って言えばいいのかな?
それともどうして僕だけ除け者にしたんですって、怒った方がいいのかな。
僕の感情としてはどっちなのか、素直になればいいのだろうけど……実は、自分がどっちの感情を抱いているのかよくわからないんだ。
だって、北魔槍騎士団を出てなければ僕はランドール・ブレイブには所属していない。坊ちゃんには出会えていないんだ。
最初はとんでもないトコに来てしまったと思っていたけど今はそうじゃない。
坊ちゃんに出会えてよかった。
だからあの最悪な北魔槍騎士団を追い出してくれてありがとうって、結構本気で思ってるトコがある。
でも……最悪だと思っていてもやっぱり、元同僚が怪物化した現象が頭から離れない。
僕だけ免れてよかったのだろうか、という後ろめたさもあったりする。
そりゃ、団長とは唯一親しくしていたんだし、団長は問答無用で部下を全員魔王軍化するつもりだったのなら、……あのお人よしの塊みたいな人だもの。
僕だけ免除するとかしたくなった気持は、分からないでもないけどさ。
どうしてそういう事を僕に黙って……一人で。
もしアービス団長がずっと傍で働いてくれって言ったなら、僕はきっと喜んでそうしただろう。
つまり僕は勇者じゃなくて、魔王の傍にいたかもしれない訳だ。
喜んで、天然でどーしよーもない魔王のお世話をせっせと焼いて、ランドール坊ちゃんとは敵として剣を交えていたかもしれない。
どっちが良かったのかな。
僕自身としてはどっちが良かったのだろう。
考えれば考えるほど、僕はどっちでもよかったかもしれないって思えたりする。
そして、その考えが変わらない限り……団長には『ありがとう』も、その逆も言えなかったりするんだ。
死の国、とかいうトコに向かう道中、僕はずっと……そんな事を考えていたりする。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
そして僕らはようやくたどり着く。
追いついたのかな?それとも坊ちゃんは、僕らが追いついてくるのを待っていたのだろうか。
シコクというなんだか変な所で、魂泥棒とかいうのをパスさんに案内されて追いかけてみれば。
赤い海がさざ波を立てる穏やかな白い砂浜で……待っていたのはランドール坊ちゃんだった。
「……貴方は、何をした?」
現場に一緒にやって来て居たシコクのパスさんっていう謎の女性が、こちらに背中を向けて海を見ている坊ちゃんに一歩、踏み出す。
「貴方の魂は『異質』にブレている……盗んだものを今すぐ手放しなさい」
魂って、何だろう?
死んだ人の肉体からは魂というものが無くなる、とはいうね。
でも結局それって何だろう?僕にはよくわからない。
変わりない、いつも僕らはあの背中を追いかけ続けた。
赤い海の岸で、いつもの背中を僕らに見せる坊ちゃんは……振り返る事なくパスさんの言葉に答えた。
「盗んだ……?何の事かよくわからない」
「私も貴方の状況がよくわからないが」
パスさん、そう言って……隠している左目を覆う布に手をかけた。
「……邪悪な存在は立ち去れ。我々の静かなる制裁の日々を乱すのは……」
「ああ、用事はもう終わった」
砂を踏んで、ようやく坊ちゃんが振り返る。
僕らを見ていない。まっすぐパスさんを見ている。
坊ちゃん、僕らは追いついてきたんですよ……?坊ちゃん!
僕は一歩前に踏み出そうとしたけど、それをエース爺さんが杖で止める。
「連れて行った者達はどこへ!?」
ん?あれッ!?
魂泥棒は『怪物』だって、パスさん……言ってなかったけ……!?
怪物は?ウリッグはどこなんだろう。そもそもウリッグって何なんだ。蜘蛛だと思っていたけどグランやナッツさんと、このパスさんっていう神官はどうにも違う、みたいな事を言ってた気がする。
紫魔導のレッドさんが言っていた。ウリッグは、蜘蛛の中身の事を言うのではないのかって話、認めたくはないけどそうだろうって。
じゃぁ、パスさんが言っていた『怪物』って、ランドール坊ちゃんの事なの!?
魂を持って行ったのはランドール坊ちゃん?
それならウリッグはどこにいるんだ。坊ちゃんをどうにも拐しているらしいナドゥって奴はどこ?
それから、団長が探している弟という少年は……。
「良くは分からんが……下らん運命とやらに縛られこのシコクとかいう所にいるんだろう?お前も、この国のモノ言う連中は全てそうだと聞いた」
「下らなくはない、これは犯した罪の清算だ」
「死んでまで過去に縛られるのか」
そんな話は聞いたことが無い。
誰かが仕組んだ余計な『仕組み』じゃないのかと、坊ちゃんは完全に振り返ってこっちに歩いてくる。
やっぱり僕らの方は一切見ない。視界には入っているはずだ。でもあえて見ようとして無いようにも思う。それくらいまっすぐにパスさんを見据えている。
「神とかいう、本来存在するべきではないものに世界は、縛られるに終わらず支配されつつある」
右手を前に出し、静かに握りこんでから……ゆっくり開く。その動作の中で坊ちゃんはようやくいつものように不敵に笑った。
「世界を支配できるのは見えない、触れられない神じゃない、世界に存在して生きるものの権利だ」
「ランドール様」
ここでようやくテニーさんが動いた。シリアがこの場にいればすぐにでもランドールに駆け寄っていただろう。いや、テニーさんだって本来ならそうしたはずじゃないのかな?
「ようやく貴方は手に入れたのですね」
「本当に、手に入れた……!?」
僕の後ろに控えるグランソールが小さく、怪訝につぶやいたのが聞こえる。
「自由にしてやったのだ。あれはお前に何か縁でもあったのか?神の代理を気どり管理者のつもりか。……必要であれば俺は、神をも殺そう」
傲慢に、両手を開いて坊ちゃんはそう言って少し、笑った。
なんだか違和感があるな、何だろう?パスさんは目を覆う布を取るべきか、迷っているように唇をかみ、一歩後ろに下がった。ランドール坊ちゃんに気圧されている。
「神、イーフリート!?いいや……彼女を例え殺せたとして、それはこのシコクを開放する事にはならないよ。……その方法はすでにペレーが試して失敗している」
「ではどうすれば自由になる?」
坊ちゃんは、右手をパスさんに差し出しながら問いかける。
「俺が、全ての世界の王として全ての望みを叶えよう」
状況が良く分からないよ。
でも、確実に一つ言える事がある。
この人は誰だろう?
僕らが追いかけていたランドール坊ちゃん?本当に?
パスさんは魂がブレてるって言ってたけど……それが、どういう状況なのかよくわからないけれど――僕でも感じる、違和感の事かな?何処が違うかと尋ねられたら首をかしげるしかないんだけど。
ちょっと芝居がかってる感じがするんだよね、坊ちゃんなら、もっとこう……直線的に動く気がするんだ。
僕にはどうにも目の前の青年があのランドール・Aには思えない。
「ランドールはどうしたんです?」
珍しくグランが僕より前に出てきた。坊ちゃんを、名前で呼んで……その質問の仕方はどういう事?
「南国の森の中に死骸が落ちていましたが、あれはやっぱり貴方が」
「しらばっくれるなワイズ、」
ようやく坊ちゃんは僕らを見た。
「お前は、俺が何なのか知ってるんだろ?」
「……何かって……」
そう言ってグランは一瞬テニーさんを窺ってから顔を戻す。
「なるほど、これが目的なのか……やられたな」
ぼそりと呟いたのが僕の良い耳にはちゃんと聞こえたよ、グラン。
「ど、どーすればいいのかな?」
反対側後ろで黙って様子を窺っているリオに、僕は助けを求めてみる。
さっぱり状況が見えないんだよ。明らかに坊ちゃんに向けてパスさんは敵意むき出しだけど僕ら、パスさんのお手伝いをする為に怪物退治に来ているんだ。
その怪物が、坊ちゃん?
「ねぇ、パス……なぜランドールを怪物って言ったの?」
リオの静かな問いかけに、パスさんは少しこちらを振り返りすぐに坊ちゃんに向き直って答えた。
「直観に近い感覚だ。……彼は何かがおかしい。精霊干渉力を持つ貴方も同じ違和感を感じているのではないのか」
「……わたしは、その感性を直観として信じる事はあまりしないわ。これで魔導師のはしくれだもの。感じた事を基に理論的に調べてから事実として組み立てる……。でも、私もそうやって彼と長らく付き合ってみて、時間をかけて判断するにある意味、彼は『怪物』と呼んで差し支えが無いかもしれないという結論には達している」
そんなリオの言葉に、少し鼻で笑うように口を出してきたのはテニーさん。
「関係ない、そのような直観も、理論も存在の前に封じてしまえば無いも同じだ」
「テニー、坊ちゃんに統べさせたいのは西国だけじゃぁなかったの?」
「狭い考えだな、グランソール」
テニーさんの言葉にグランソール・ワイズは小さく口を曲げた。
「ランドール様は『王の器』」
その言葉に、少しだけ坊ちゃんの肩が揺れたのを僕はちゃんと見た。
「ファマメントに限らず、いずれ南国カルケードも含め全ての世界の王として君臨し全てを一つとまとめてくださる」
「その為に生まれた、いいや?作られた……と」
グランがいつもの調子で軽口を叩くように……え?なんだって?
「作られた?何それ!」
瞬間坊ちゃんが剣を引き抜いた。それに一番前に出て対峙しているパスさんが身構える。
「滅ぼしたいんじゃなかったのか……そうか。それじゃぁ僕的には困るねぇ。貴方ならきっと滅ぼしてくれるのだと思ってついてきたのに。まさかそれを『中身』に欲しかっただなんて」
「グランソール!」
辞めろと、止めたのはそれでも、テニーさんだった。なんでかって……たぶん、グランの言葉が坊ちゃんにとって激しく地雷になっているの、分かってたからだろうなぁ。
でもグランソールははっきりと言いきった。
「酷いですよ坊ちゃん、貴方の望みは本当にろくでもない」
それがどういう意味の言葉なのかもちろん僕には分からないけど、少なくとも挑発の意味合いがあった事はよくわかる。
抜刀していたランドール坊ちゃんから、誰かれ構わず叩きつけられる殺気に反応して僕もつい身構えてしまうよ。
でもどうすればいいんだ。
倒さなきゃいけないのは誰?悪いのは誰なの?
それを指し示してくれる坊ちゃんはどうして僕らに向けて剣を向けるんだ。
剣を振り上げ砂の地面を蹴り、間違いない。坊ちゃんは僕らに向けて襲いかかってきたんだ。それは分かる、理解出来るんだけど体が動かない。
中空で剣を振る、何か見えないものとぶつかって砕けた音がする。
はっとなって見渡したら、パスさんが左目を覆うバンダナを取って僕らの前で、坊ちゃんに立ちはだかっている。
「時が来るまで、石の中で眠れ!」
坊ちゃん、再び剣を振るって何か見えないものを切った。水が凍るようなパリパリという音を立てて……坊ちゃんの足もとの砂が、あの石で出来た森みたいに固まったのが見える。
そうか、パスさんは全てを石化させて停めちゃう、そういう力があるって事?
「目障りだ……!」
坊ちゃんが、そのように叫んで振りかぶった剣の衝撃が風になって吹きつけられる。
剣風だけで普通の人なら吹き倒されるような衝撃が叩きつけられるんだ、彼の力はどこからくるんだろう。海岸の細かい砂が吹き付けて来て思わず、反射的に目をつぶってしまうよね。
これは、パスさんには致命的だったりしたんだ。
瞬間的な事だったはずだ。一瞬目を閉じ砂嵐から目を庇ったあと、僕が目をあけたとき坊ちゃんは、パスさんの顔面に向けて遠慮なく剣を叩きつけていた。
顔だよ!?僕は見た、坊ちゃんは事も在ろうか女性の顔目掛けて剣を振りかぶっている。
そこが脅威だとはっきり知って、的確に潰す為に。
細い鮮血が舞う、女の人の顔を切るなんて……!
僕は全てを忘れて走りだしていた。何をすればいいのか、もちろんまだ良く分かっていない。わからないけどただ黙って突っ立っているのが出来なくて、斬られて顔をかばって蹲るパスさんに駆け寄ろうとしていた。
そんなに遠い距離じゃないのに一瞬が全てを、分かつんだ。
蹲ったパスさんに向け坊ちゃんは追撃に動いている。斬りはらったその剣で遠慮なく、背中を突き刺してトドメを刺そうとしている。
パスさん、僕はきっとそのように叫んでいたと思う。気がつけば剣を抜いて握っていた。この剣で誰と戦うつもりなのか、頭では全く認識していないのに体は、殺気に機敏に反応し応対する。
気がついたら坊ちゃんと剣を交えてた。
坊ちゃんは片手で、僕は両手で剣を握ってがっつりと切り結んでいる。坊ちゃん、この重い一撃が片手で出せちゃうの……!
力はこれで結構、自信あるのになぁ!微動だにしない坊ちゃんに向け、僕は冷静になってきて拮抗したまま叫んでいた。
「どうして斬ったんですか!」
涼しい顔で僕の剣を受け止めながら、坊ちゃんはわずかに首をかしげる。
「邪魔だったからだ」
不敵な笑みの向こうに、得体のしれない気配を感じる。
「お前も邪魔するのか?」
肩に少し力を込めるだけで僕は弾き飛ばされている。この馬鹿力、今まで何度も目の当たりにしてきたけどそれが、いつにも増して強く感じる。
これが本気って事なのか?
弾き飛ばされてバランスを崩した僕に向け、坊ちゃんは前に2歩程踏み出して来て……切り払いながら僕の向こう側へ通り抜けた。全く戸惑いも無い一撃だ、
切られた。
熱い痛みが胸から脇腹かけてに走っている。
分厚い鎧と、僕自身で纏う硬い鱗の鎧、この二つを一度に切り裂くなんて相手、僕は初めて出あった。
それだけにただの1撃で致命傷を負った事実が良く把握できない。
踏ん張ったつもりだ、でも、足に力が入らなくって気がついたら倒れてた。
「ぼっちゃん……」
砂を掴み、何とか頭をあげて空を窺う。
僕を一瞥するように立っている、坊ちゃん。その目がどんな感情を宿しているのかは……逆行で見えなくて。僕もまた、この仮面の所為で悲しいんだって事を訴える表情を坊ちゃんに届ける事ができなかったりする。
と、その眩しい太陽が一層眩しく輝いたような気がした。
幻かなぁ……よくわからない、僕の意識はそこで暗転。
ひどいよ坊ちゃん……僕らの、僕らの勇者ランドールはいったいどこにいっちゃったの?
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
その後、どうやら坊ちゃんは魔王八逆星側に行ってしまったらしい事が分かった。
なぜだかエース爺さんもそっちについてっちゃったんだって。
怪我を負った僕らはヤトさん達に助けられたみたい。傷や疲れを癒す為に……今度は南国カルケードのお世話になっている。
どうしてこんな事にって、呆然としている間に、僕らで拘束してたはずのテニーさんがランドール坊ちゃんから連れていかれてしまい、さらに先に南国で待っているはずだったシリアさんも……これは当然と、なのかな。
坊ちゃんの方に付いたみたい。
僕はどっちを選ぶべきなのだろう。
とりあえずアービス団長も含めてヤトさん所のパーティに居候してるけど……。
僕は誰を信じればいいの?
出来ればランドール坊ちゃんの傍にいたい。でも、パスさんを切り伏せた坊ちゃんを僕はちょっと許せないかもしれない。
なぜそんな事したのか理解できないし、なんかいつもの坊ちゃんじゃない気配がする。
グランは、テニーさんから剣を投げつけられて重症を負っていた。
いったい何が起こってそういう事になったのか。話を聞きたいけどグランは、まだ目を覚まさなくて……
とりあえず、もうランドール坊ちゃんの傍にいる必要はないって言ってヤトさん達に動向しているリオに相談に乗ってもらったり。
魔王討伐を目的とするヤトさん達の前に、多分また……ランドール坊ちゃんは立ちはだかるか、あるいはどこかで交差するだろうってリオは予測している。
ぐらぐらと揺れたけど、でも変わらない。
まだ僕の中にはしっかりと、あのとんでもない勇者が刺さりこんでる。あの人を魔王にしたくない。あの人には勇者でいて欲しい。
だから、僕はランドール・ブレイブとして彼を追いかけようと思う。
僕の事、もういらないからと、切り捨てられたのかもと……落ち込んだりした僕だ。でも坊ちゃんの隣にいる事を諦めたらもう僕には居場所がない。じゃぁアービス団長に身を寄せようかなとも思ったけどそれって、都合よすぎるよね。
団長は元魔王として、魔王八逆星を追うって言ってる。
ヤトさん達はもちろん最初からその方向性みたいだし、重傷を負ったグランの世話も彼らに任せっぱなしだし、リオは自分の目的の為にヤトさん達と一緒に行く事を選んだ様だし。
僕だけ逃げ出すのは出来ないよね。できるはずない。
ヤトさん達は隊を分けて、一方は西方トライアンへ、もう一方はディアス国へ向かうという。
ディアス国に戻るのは嫌だ。冤罪とはいえ僕はお尋ね者だから国には入れない……けど。
逃げてちゃいけないから僕は……ここでディアスを選ぼう。
もしかすれば僕が手伝える事があるかもしれない。地理とか、城の内部とかそれなりに詳しい方だよ。アービス団長がおとぼけすぎて、僕が後方支援する為に余計な事を一杯勉強するハメになったからね。差別を越えて理解を示してくれた、友人と呼べる人も少ないけど居るんだ。
ディアス国が乱れている影に、魔王八逆星の介入があるという。それはアービス団長だけの話ではないみたいだ。
裏切られたと思って手放した国への忠誠心を思い出していた。
坊ちゃんに出会ってなければ二度と思いだす事はなかっただろう。
僕はディアス国を……救いたい。あのどうしようもない国を、どうしようもないからと切り捨てる事は出来ないんだ。酷い所だと思うけど、それでもあそこは僕の故郷なんだしね。
そうやって世界の大きな流れの中にいればまた、きっと世界の流れを大きく変えようとしているあの坊ちゃんに会える気がする。
もう一度会って確かめたいんだ。
あの人が、僕らにとって何であるのか。
もしあの坊ちゃんが何か迷う事があるなら今度は、僕らで手を差し出して救い出すんだ。
いやぁ、そんな事する必要ないんじゃないかな、とかも思ったりするけどさ。
僕は思い出してる。コウリーリスの森で別れた時ありがとうと、素直に言ったあの言葉を。
あれは自分の本質を疑い迷うに、信じてついてきてくれてありがとうって意味だったんだって思うんだ。
終わらせないよ。
完結させてたまるか。
もし存在に迷うなら僕らがちゃんと証明するんだ。
貴方は僕らの勇者ランドールだって。
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