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9章 隔たる轍 『世界の成り立つ理』
書の4後半 三つの真実『一人か二人か三人か?』
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■書の4後半■ 三つの真実 Divide into three side
はっきりと解った事からまず整理しよう。
魔王軍と呼ばれている混沌の黒い怪物はみんな元、人間だ。あるいは、在る程度高等な生物から発生する。発生手段については……すでにご存じの通り。
魔王八逆星やそれ以外の宿主、赤旗バグを感染させる事が出来る者との物理的な融合だな。触れただけでは感染しない。解りやすく言えば、ホストの血肉を体内に取り込んでしまうと魔王化するリスクが発生するようだな。
ナドゥが俺に話した事から推測するに、融合割合が高い程に魔王化の成功率が向上するのではないか、とレッドは言っている。効率の良い血液製剤作って注射による投与ってトコでそのように、レッドは推測しているようだ。
魔王化の要因となっている『物質』とやらがあるのかどうかは解らない。しかし少なくともプレイヤーである俺達から言わせれば、魔王化の要因となっているのは赤旗だ。それは物質ではなく概念だったりする。
概念は目に見えないから具体的な原因は解らない……って事になる。
レッドの言葉を借りれば生命を構成する三つ、三界のうち一つでも失われてしまうと成り立たなくなる。果てに一つになってしまうと……観測する手段が無くなる、って奴か。概念になる……レッドフラグに限らずフラグというゲーム・システムは『幽体』にのみ依存した何らかのもので、フラグを得て居なければ、この世界に置かれたフラグが『分からない』。見れない、当然触れえない。
その解らないはずのフラグの『作用』に、何らかの法則性を見つけ出す名目で研究し、その結果感染拡大させてしまっているのが……ナドゥという事になるだろうな。これくらいのまとめくらいは俺だって出来るんだぜッ!
最早、研究は次の段階に進んでいるようだ。
ナドゥは目には見えない概念としての『魔王化』を、より強力なものとして引き出し、発動させる方法を探っているように思える。
俺という、魔王化耐性なんてものを発見しちゃってワクテカだったんだろうなぁ。耐性のある俺、あるいは俺達を調べれば、魔王化という現象をもっと詳しく解明出来るはずだと考えたのだろう……と、レッドが言っている。
アービスがいるのでフラグの話には触れないで、言葉を色々選んで誤魔化しながらまとめは進んでいるぞ。
そのアービスが語るに、ナドゥは数多くの魔王化実験を行い、その過程大量の魔王軍や廃棄物が発生していると云う。
アービスは自分が思っている事を素直に、俺達に伝えてきた。
そもそも、ナドゥにとっては何が成功なのか、自分には解らない、と。
そして彼の実験で出来たはずの『自分』は、どうやら成功とはほど遠く、あのギルでさえ成功した事例ではないらしい事を漏らした。
何かを必死に作り出そうとしている。あるいは何かの為に、最良のものを作ろうとしているように思うとアービスは結んだ。
失敗したのならもう一度はじめからやり直せばいい。
だが、その為に検体は失われていく。数多くの魔王軍と廃棄の存在は、一度そのように失敗したら元に戻せない、という事情を語っているというアービスの話にレッドは頷いているな。理屈的にはやはりそうなる訳で。
だから、ナドゥは検体の『物質的複製』なんてえげつない手段に出ているのだ。
赤旗に感染したらほぼ死んだも同じなんだな。
致命的な破壊を及ぼして、生命の理を破綻させている。
唯一元に戻す事が出来たロッダ元王妃の件はあるが、正常に戻せた訳じゃないんだ。『故障・修理中』を示す黒い旗が元王妃の頭上に灯っているのを俺達は知っている。
「俺の弟が……魔王化していたら。もう手遅れかも知れない」
「そんな……」
魔王八逆星は恐らく知らない、少なくともそうとは知らない、デバイスツールという神の道具が実在する。だから安心だ、いずれこの道具で、赤い旗を取り除く事が出来る……。
そんな希望を唯一持ち続けているだろうアベルは、だからといって『それ』をアービスに向けて語れる状況にはない事は、流石に分かっているな。
なぜなら、デバイスツールというのはあくまでプレイヤーである青旗のキャラクター、俺達の間だけで通用する次元の話だ。
それに、実際問題デバイスツールでは赤旗を除去出来て無い。今の所デバイスツールで出来たと実証されているのは、レッドフラグの致命的な発動を押さえて一時的に、元の状態を保ってくれるという事。
俺の赤旗、今は『何故か』赤旗取れちゃったらしいけど……それを実質、除去できなかったという事実があるだろう?
そのあたり、アベルも理解していない訳じゃないと思う。
彼女は言葉を詰まらせた後顔を上げた。
「……大丈夫よ、きっと……直す方法はあるわ」
だから結局根拠もなく、そのように言うしかないのだろう。
これを否定する訳にも行かないので……俺やレッドは軽く同意するように頷いておいた。
内心酷く複雑だ。
「……頼む。弟を、この手で救いたい」
方法がどうであれ……ってか。俺はアービスの決意がどういうものか理解できるだけに……辛いな。
「では、貴方の目的は最終的に……弟君の救済と、復讐ですか」
「……そう、なるのかな」
伏せがちのアービスの目にも、静かに決意の光が灯る。
「何よりこれ以上、DSの実験の被害者を出したくない」
ふむ、これでおおよそアービスの都合は解った訳だ。
アービスはナドゥの『作品』みたいなものであって監視されていた。
そして蜘蛛が連れていた子供、アービスの弟らしい。これもまたナドゥの『作品』である可能性が高い。
それらの監視には蜘蛛の怪物が使われていて、転移門を開く紋を兼ねてあちこちに張り巡らされているようだな。
と云う事は、例のランドールが追っかけている大蜘蛛ウリッグと俺に噛みついてきた毒蜘蛛は別である可能性が濃厚になってきたって事か。
ナドゥは、蜘蛛の背中などに転移門を開く紋を刻んでいる。だからあのおっさんは突然、どこでも何時でも現れるのだな。
世界各地に扉を置いて、自由にそれを行き来する。それで神出鬼没っぷりを発揮した訳である。
生物に転移紋章を刻むのはレッド曰く『不可能ではない』というレベルであるらしい。
しかし昔、エイオール船に乗った時に説明されたよな。
転移紋章というのは『大地に根ざす』ものを媒体にする必要があるという。おかげで海に浮かんでいる船には転移紋章が刻めないって話だったんだが、リコレクトしたか?随分前の話だからなぁ。
だから、転移門を開く時目印になる紋章は、木や石などに刻むのがスタンダードであるという。それに対しナドゥが媒体としているのは歪であれ生物だ。……果たして本当に蜘蛛の背中に刻まれている転移紋章で門を開けるものだろうか?
そこの所、やけにレッドは疑っているなぁ。
それはともかくだ、アービスはランドールが追いかけ回している大蜘蛛に、自分の弟がくっついて移動しているのに気が付いてしまった。北魔槍騎士団として川船を使い、ウリッグに助力する為派遣されたんだそうだが、その時時についに出会ってしまったんだ。しかし、そうしろと指示して来たのはナドゥなのだから、ついにアービスにバレる事は承知でウリッグの助力を要請したって事だよな?実際、川向うに運べと命じられたものが何であるのか、詳しく説明されていた訳では無いらしい。運ぶべき荷物があると命じられただけで……。
あれ?もしかして運んだのはウリッグじゃないのか?
その、アービスの弟の方なんだろうか?俺達の認識が逆かもしれない。ランドールが蜘蛛に執着するからそっちがメインだと思い込んでいたが、もしかすると弟に、ウリッグっていう蜘蛛が監視で張り付いているんだろうか?
この辺りの事情は……よく分からん。
運ぶ荷物が弟だと気が付いたアービスは、当然ナドゥ・DSにこれはどういう事なのだと問い正した。
ナドゥは、その北魔槍の船に乗っていて、積み荷が無事に川を渡ったかを見届けていたのだそうだ。
積み荷が何なのか分かればアービスが黙っていない事は、分かっていたと見えてナドゥは隠しもせずに事実を教えてくれたらしい。いつまでも秘密にするつもりはなかったような事を言われ、流石にこのお兄さんもブチ切れてしまったようです。
ナドゥを捉えて船に拘束、詳しい事情を聞き出す事になったのだが、そのおかげさまでアービスは目を覚まし、迷うのを止め……魔王八逆星はともかくナドゥ・DSを裏切る事を決めた訳だな。
更にその一種修羅場のクライマックスに、ランドール・ブレイブが川船に踊り込んできたのだという。
なんか良く分からないがあっという間に船を沈められてしまった、とアービスが言っています。
……今、ランドール・パーティの連中はまだ寝てるので詳しい話はあとで聞くが……まぁ、なんとなく状況は想像出来るような気がする。ランドールが追っかけていた大蜘蛛、ウリッグの追跡が匂い等で上手く行っていたとすれば、そこに蜘蛛が匿われていると知ったら奴の事だ、問答無用で殴り込むだろう。ランドールはそーいう奴だ。
そのどさくさで、拘束していたナドゥからは逃げられたそうである。アービスは勿論追いかけたが転位門を使われて追いかけられず、あとは沈む船から脱出するので精いっぱいだった様だ。
船を失い、川に投げ出されたアービスであるがその後、森の中を逃げていく弟君を引き連れている大蜘蛛、ウリッグの所に追いついたのにもちょっとした仕掛けがあった。
「……もう一つ残っている」
そういってアービスは小さな粘土板を取り出した。
簡素な記号が爪で彫られている、素焼きっぽいものだ。見るだけでレッドはそれが何なのか、理解出来たようで興味深く小さな粘土板を受け取って、まじまじと見ている。
「転移門を開く魔法を封じたアイテムですね、これを使ってウリッグに追いついたという訳ですか……その合否は……粘土板を壊してみれば事実になる、」
レッドの奴、単に魔導師として探求心がうずいているな、なんか、目がキラキラしてるぞ。
「これは、どこに通じているのですか?」
「すまないがそこまでは解らない。ただ……必死に奪い取ったから。もしかすれば同じ所に通じているかも知れないし、違う所かも知れない」
ナドゥを拘束した時に、使おうとしたので奪い取ったもの、との事だ。残念ながら他にも隠し持った転位門アイテムがあり、それによってナドゥからは逃げられてしまった訳だが。
レッドは粘土板を摘まみ上げてこつりと額に当て、目を閉じる。
「魔法の性質は読めそうですね……僕に預けて頂けませんか?なんとか行き先を割り出してみましょう」
「ああ、構わない」
するとレッド、にやりと笑って目を開ける。
「上手く行けば、ナドゥの転移門に僕らがすっかり便乗する事も可能ですよ」
「それって……つまり」
「蜘蛛ネットワークに乗っかって好きな所に飛んでいけるという話です。もっとも、転移門を開く魔力は消費しなければいけませんけどね」
「そりゃいい、それならウリッグ探すのに手間要らずだ。ランドールはその近くにいるはずなんだろ?」
テリーの言葉にアービスは無言で頷く。
「しかし……その話、本当かな」
と、怪訝な顔で心配しているのはマツナギだ。
「間違いないだろ、あの男は『そう云う事』をする奴だ」
俺は断言するね。
何の『話』かってぇのは今から説明する。
ランドール・A。
あれは……生粋の勇者だ。俺みたいに後ろ向き、巻き込まれ、気が付いたら勇者道に突っ込んでいたとかいうのじゃぁ無い。
あれは好き好んで勇者道を行っちゃうような傑物なんだよ。
勇者って呼ばれる者になるリスクを知っている。
知っていて全てを切り捨て、自分が身を投げ出すに値する事に全力で突っ走っている。
それが、世界を救う事ではなくむしろ、実は奴にとってはただの復讐だった、という事だけがフツーの物語の中における勇者と違うだけだ。
だから、な。
その復讐たるものに『決着を着ける』に、良いステージを用意してやった、君の為に。
だからついて来い。
――などと言われたら間違いなく、
おもしろい、行ってやろうではないか
……などと二つ返事で応答する――ランドールはそういう勇者、すなわち生粋のヴァカって話な。
罠と知っていて、それを恐れもせず飛び込んでいく。恐るるものなど何もないのだ、と云わんばかりに。
全く、お前はホントに勇者の鏡だよ。
え?だからどういう事かって?
アービス曰く、こういう事だ。
ナドゥから転移門の封印された粘土板を強奪した……あるいは『奪い取らせる方法』で譲渡されたアービスは、弟君と一緒に移動している転移紋章を背負った蜘蛛、即ちウリッグの所に一瞬で転移移動したのだ。
実際には、アービスはナドゥから暴露された話に途方に暮れて数日何をすればいいのか森で立ち往生したらしい。北魔槍騎士団に属し続ける事にも、魔王八逆星の元に戻る事にもいかない、それだけは決めたものウリッグと弟君がどこに行ったのか分からないし、分かったとしてどうすればいいのかも皆目見当が付かない。
やはりナドゥをもう一度捕らえて、何が出来るのか聞き出す方が先だという結論に達するまでこのお兄さん、ちょっと時間が掛かりすぎていると思われる。それで結局この怪しい粘土板を使ったのだ。
それがどこに繋がるとも知れず、しかしナドゥが使おうとしたのだから奴が逃げる方向にはたどり着けるだろうと思って――そうして、何故かウリッグの所に飛ばされたというのだから、これはアービスが偶発的にナドゥから奪い取ったモノであるのかは怪しいよな。
で、それはそれでアービスには有り難い展開なのだ。ナドゥを追及したい所ではあるが、弟の所に行けたのならば弟を救い出すチャンスがあるって事だ。当然ウリッグに対し、正気を殆ど失っている弟くんを返せ!的に迫ったらしい。
しかしウリッグはそれを承知しなかったようだな。交渉は決裂、そのあと出来る事と言ったらあれだ。
暴力的解決。
ならば倒す!と、アービスが迫って抜刀しようと構えた所に……
ええと、解るだろ?流れ的に。
奴が再び乱入した訳ですよ。
俺の獲物に手を出すな!ってな。
俺が蜘蛛に挑みかかろうとした時も同じ流れで乱入してきやがったもんなぁ……。
いやほら、その生粋の勇者様は復讐の為に蜘蛛……ウリッグに執着している訳だから。
アービスが弟を自分の手で『救いたい』と思っているのと同じくらいの重さで、ランドールもまたウリッグを自分の手で『殺したい』と思っている訳だよ。
……そういう横取りされるという気配だけは凄い敏感なのな。執着しているだけはある。
もはや体力の限界でひーこら行っている仲間を捨て置き、ランドールは一人蜘蛛を目がけて突っ走って行ってしまったんだろう。疲れているという条件は同じであろうに、それでも大蜘蛛に挑み掛かろうとするランドール、お前すげぇな。
すげぇ執着心、すげぇ……復讐心だ。
すると、アービス氏はランドールと初顔合わせだからな、キョトンな訳です。
アービスも突然ウリッグを目の前にして相当に怒り狂っていただろうが元が天然なお兄さんです、一瞬状況を把握出来ずに動けない状況に陥ったらしい。
とそこへ、やはり唐突に訪れるのは白衣のおっさん事ナドゥ・DS。
ウリッグに挑み掛かろうとするランドールに提案をしたそうだ。
君の為に相応しい舞台を用意してやろう。
横やりを入れて貰いたくはあるまい?
……とかなんとか。
それで、ノコノコとランドールの奴、自分らのパーティーほっぽって意見も聞かず、事も在ろうかナドゥについていってしまったという訳なのだ!例によって突然現れたDSは、そのままランドール、ウリッグ、そして弟君を連れてその場から居なくなってしまった――
アービス、いきなりの展開で、ましてやDSの登場にびっくりしてこれをすっかり見送ってしまったらしい。
おいおい。
その時全く動けなかった事を悔しがっていたけど、悔しいという問題か?
……そういう所がホント間抜けなお兄さんです。
そこへ、ようやく追いついてきたランドール・パーティがやってくる。
取り残された形のアービスは事情を説明してやると、とりあえず手がかりを探しに近くなのだからドリュアート跡に行こうという話で纏まったらしい。どうやら目的が一緒に行動しているみたいだから共に行こう!と言う事で彼らは結託した訳である。
ははぁ、成る程なぁ。
ところで……今まであえて突っ込まないでいたが……重要なところはどこらへんなのか皆さん分かってます?
神出鬼没なナドゥのおっさんだな。その、ナドゥとDSは同じだろうって思うだろう?
ところがこれが、そうでもないのだよ。
森を包んでいた霧がようやく収まる頃、叫び声でもってランドールパーティーの一部が飛び起きたらしい。
俺はまったり昼餉の準備を手伝っていて、その悲痛な声を聞いた。
「ちょっと!どういう事!」
白魔導、要するにそれは魔法が使えない魔導師の事なんだそうだが……それに、昔属していたというリオさんが大股に歩いてくる。
「もうお昼じゃない!睡眠薬盛ったわね!」
昼の……薬膳……だと思う……普段見ない香草類を大量にぶち込んでいる――を煮炊きしながらナッツが平然とこれに応対した。
「君達に必要なのは休息だ。疲れた頭で焦っても、良い答えは見つからないよ」
「………」
正論だと思ったらしい、感情的になった事を反省したようにリオさんは肩を落として深くため息を漏らした。
「事情は聞いたのね?」
「うん、おおよそ。今うちの紫魔導がランドールの行方を調べているよ」
「解るのね?」
驚いたというよりは確定事項を確かめるようにリオさんが腕を組む。
流石元魔導師、紫の位がどれほどの実力者か、と言う事は把握しているのだろう。
「そこの系統については僕より貴方の方が詳しいはずだ。レブナントの紫魔導が何を専攻しているのかは、ね」
俺には当然何の事だかさっぱりだが……少なくともリオさんは把握したらしい。
「そう……ありがとう、手を貸して頂けるのね」
「僕らの事情も色々あるからね、利害一致はしているだろう?」
薬膳の味を見て、どうやら悪くないらしい。ナッツは笑いながら立ち上がった。
「さて、お昼の準備が整ったから。他の人も起こしてあげて。行き先についてはウチの魔導師がなんとかはっきりさせる。それまでまず体調を整える事」
レッドは急いだはずだ。
別にナッツの治療の都合に合わせてゆっくりとナドゥの転移門粘土版を解析した訳じゃない。
急かしたい気持ちはあるが急かす訳にもいかず、ランドールパーティ一行は2日間、ひたすら無言で過ごしている。
果たして解析が終わり、レッドは全員に二つの提案をする事となった。
ランドールパーティと合流して三日目の夜の話だ。
「罠にはまるか、回避するかという選択肢です」
実際、またそれかよと俺はうんざりですが……ナドゥのおっさんの十八番なんだろうなぁ、罠……とか思う。
予測予測また予測で、お互い出し抜きあってるのだがどうにも、こっちの行動についてしっかりイニシアチブ握られてるんだなぁ。
全ての事情をまだ把握し切れていない、俺達はまだあのおっさんより前に行動する事が出来ない。追いついていないのだ、全体的に。
「何だって言うの?」
ランドールがいないのが心細いのだろう、常に近づきがたいオーラを纏って神経質な様子を隠さない平原エルフのシリアさんが思わず腰を浮かしている。
「アービスさんから転移魔法を封じた粘土板を奪われた所為か、あるいは、それを渡す事さえ最初から予定なのかどうかは解りません。とにかく、こちらがナドゥの使役している蜘蛛で張り巡らされたネットワークを乗っ取りに来る事は予測したのでしょう」
「回線、切られたって事か?」
レッドは俺の言葉に小さく頷いた。
魔法の事はは解らないが、回線とかネットワークとかいう例えを出されるとなんとなく、状況が把握できるのはプレイヤー知識による。
「ええ、見事に断絶されております。転移門を逆に辿る魔法の忌避対策がしっかり施されておりますね、それに思っていたより世界に散らばっているであろう蜘蛛の数が少ない。恐らく転用・悪用を避けて自主的に切ったものと考えられます……が。幸いこの粘土板の魔法については生きているようです」
それは、幸いか?
「成る程、それが罠だってか」
テリーが好戦的に拳を打ち合わせた。その様子を横目で伺ったテニーさんはため息を漏らしているぞ。
「ランドール様はどちらにいると予測されるのですか?」
テニーさんは答えを急いている風だが、レッドはそれを明言するのは避けているな。
「ウリッグを追いかけているのですからウリッグの側に居るでしょう。この粘土板はアービスさんが、ナドゥから取り上げた二つのうちの一つです。使用済みのものも含め調べた結果、二つの粘土板は同じ転移門へ繋がっている事が分かりましたので、大蜘蛛ウリッグの元に飛んで行くのは間違いないです。あちらは、少なくとも僕によってそのように感知される事は知っていて、あえて繋いだままにしているものを考えられます」
罠の匂いがぷんぷんしますな、それは。
「選択の余地はない」
しかし迷うことなく即座にテニーさんは立ち上がる。
「開いてくれ、行かなければならない」
ランドールパーティー他一同、テニーさんに前倣えして立ち上がって同調。
こりゃ、即座、今すぐ、行く気満々だ。
しかしレッドは、粘土板をアービスに戻してしまった。その意図が分からずアービスはちょっと迷うように受け取っている。
レッドは嘘つきだが律儀だ。自分が定めたルールは順守する。少し『貸してくれ』と言ったのだからお返ししただけだろう。
「罠であろうと行く、というのは結構です。恐らくうちのリーダーもそっちを選ぶでしょう」
うはは、よく分かってらっしゃいますねレッドさん。
「そして状況が皆さんと逆であれば、僕らもその様に決断をしたでしょう」
……と上手い事切り返されて俺は一人、目を逸らしてしまう。
罠と知っていて踏みに行く行為は、自分がそうする場合はともかく。他人の行動は嬉しくない。
「一応どうしますかと提案しただけです。僕が確認したかったのは……あのランドールさんを大切に思うあなた達の意思の強さです」
「それは当然でしょ?あなた達だってそうするって言ったじゃない」
「ええ、僕らにはその行動を選ぶ『理由』がある。同様に、あなた達にも『理由』があるはずですよね」
シリアさんの言葉にレッドは、例のにっこり腹黒スマイルを付け加えた。
シリアさんは困ったようにワイズとテニーさんを交互見やっている。
「それを説明しろ、と言うのだな」
「上から目線で申し訳ありませんが。僕は魔導師だ、理屈全としていないと何かと、しっくりこない」
相変わらず在る事無い事言う奴だ。
しかしランドールがあの性格あの気性で、どうしてここまで慕われているのか気になる所ではある。
「いいじゃねぇか、今更迷ってる場合じゃねぇんだろ」
すると、突然口を出したのはテリーだ。腕を組んでそっぽを向きつつぶっきらぼうに言う。
「今更秘密とか言ってる場合じゃねぇだろうが?少なくともこいつらにバラした所で何か問題になる訳じゃない」
「そうかな?」
俺は事情はよく分からないが、レッドとか見る限り不安だったのでそのようにぼやいてしまったが。
テリー。本名テリオス・ウィン。
奴はテニーさんと同じく西方ファマメント国の公族ってだけあって……色々裏事情は知っていた訳か。テニーさんはワイズと視線だけで何やら、会話したようである。そうした上で静かに切り出した。
ちらりとアービスを伺ってから口を開く。
「……ファマメント国北部にオーンという町があった」
「そうなのか?」
世相に疎い俺ですから。ナッツおよびレッドに確認してみる。
「例の、破壊魔王に滅ぼされたと言われている町の名前です」
「げ……」
と云う事は、テリーも知っている訳だな。知らないのは俺と、アベルとマツナギと、アインってトコだろう。
「そこにね、どうやら住んでいたらしいんだよね」
ワイズがなぜか口をいつものように笑わせながら言った。
「調べは着いたんだ」
「ま、色々権力使わせて貰いましたけど」
ナッツの問いに、ワイズは笑って少しだけ頭を前に傾ぐ。
「オーンには古い時代の地下施設がありましてねぇ。丁度、タトラメルツやフェイアーン、ルドランやメヘル、それからエンスにもあったらしいと聞いてますが」
地下施設ねぇ……タトラメルツでは魔王八逆星の連中が拠点として使っていた。そしてフェイアーンでは地下牢として機能していてテリーが閉じこめられていたっけ。
割と同じ系統の施設?とか思ったけど……本当に同じ系統だったって事か?
ワイズの確認の言葉にリオさんが何故だか深く頷いている。
「しかし『それ』がオーンにもあるとは、ファマメント天使教管理職にあるにも関わらず知り得なくて。認知するのに時間が掛かった訳です」
「まどろっこしいわね、」
「そこに誰が住んでいたの?」
と、ステレオで聞いたのはシリアさんとウチのアベルである。どうやらシリアさんも事情をよく知らないらしい。
「ナドゥ、という名前の魔法使いだそうです」
さぁ、なんだか事情が再びこんがらがって参りましたよ……!
「オーンに住んでいた……その、隠されていた地下施設を使っていたのがナドゥで……オーンを破壊したのはギルだって話だったよな?」
「ギルか、実際には僕は違うと思うよ。オーンを壊したのはオーンを故郷としているランドールが執着する通り、大蜘蛛のウリッグの方だろうと思うけど」
「正解です代理、でもウリッグだけでは町の全破壊は出来ないと思いますよ?」
話を聞くに、オーンの町は生き残りがほとんどいない程全破壊されてしまったんだそうだ。
人が再び住めない、廃墟となっているという話である。……俺の脳裏には当然と、タトラメルツに広がる砂地がちらついている。
「……つまり後付け的に、ギル達魔王八逆星がオーン壊滅に関与した訳だよね。と云う事はそこらへんに少しは、ナドゥの思惑が噛んでいるように思う。ナドゥにしろDSにしろだけど……『彼ら』はオーンを破壊したかったんだろうか?」
「そこら辺がなんともね、見事に輪郭がぼやけてて解らんわけですよ」
思えばあのナドゥのおっさん、名前もそうだし、肩書きも多い気がしていた。
蜘蛛の転移門ネットワークがあるにしたって、あっちこっちで遭遇しすぎだという認識がある。
最近会った奴なんか、何故か赤い旗立ててるだろ?
そんで、どうも今まで見たナドゥとは別者じゃないかと疑いたくなる違和感があるし。
しかし、どれもこれも俺達の事は知っているように話す。
今初めてお前らとは会ったぞ?などというボケを一度たりともかまして来なかったから俺達は、疑う余地を得られなかった。
そこらへん、こう考えてみると色々納得するんだよな。
まず、本名だと思われる……キリュウの兄、リュステル・SS。
魔王八逆星の連中に付き従っているが『私が魔王?悪い冗談じゃないのかね?』とか言ったのが……ナドゥ。
そんでもって先日、俺をかっさらってドリュアートにくくりつけたのが三人目……アービス曰くの『DS』だとしたら……どうよ?
同じ顔をして、同じ記憶を持ち、ほぼ同じ精神を持ちうる三人が同じ世界にいるなら、そりゃ嫌でも遭遇率は高まるよな?些細ではあるが少なくとも一人よりは高い訳である。
そんな事があり得るのかって?
いやまぁ、普通はあり得ないんだけど……さ。
しかしその推理、アービスも想像していなかったようで驚いている。そりゃそうだ、第一に『同じ記憶を持ち』というトコが問題だ。次に同じ精神、というのも同じく。問題ありまくりで、存在としてありえないと思って当然の事態だ。
生物をコピーする技術ってのが……リアルにあるだろ?そうだ、クローン生物だよ。人間のは作っちゃ行けない事になっているが、万能細胞による部品生成などは合法化されている。
技術的には人間まるまる一人再生も出来ちゃうらしく、実はそういう人も存在する、などという話もあるくらいだ。
そんなリアルの話はともかく、なのだが。
同じ事をナドゥはすでにやっちゃっている。ほら、魔王軍っていう出来損ないを多量に作っちゃってる過程で、検体の『物理的複製』をやっている事をランドールパーティー側で確認してるだろ?その現場を一つぶっ潰してきたらしい。
ようするにそれはリアルで言う所のクローン人間の事だ。
この世界、すなわちエイトエレメンタラティスにおいても、物理的な問題は現実世界に前倣えである。現実で可能な事はこの世界でも文化レベルが引き上がれば可能なんである。物理法則ほぼ同じで、むしろ更に余計な『魔法』とかいう力が働くだけだからな。
単純に技術力の文化レベルが低いだけで、その代わりに魔法という意思で理屈をねじ曲げる方法が横行している。
理論を夢想し、ある程度破綻無く魔法で理屈をねじ曲げる労力を極端に削減した場合……クローン生物を作るのに近い事は可能だ。
レッドとリオさんがそのように技術の存在を肯定した。
ナドゥが成している事はナドゥだから出来るという話ではなく、割と魔導都市とか倫理感の伴わない所では平然と横行しているという事だな。ああ、恐ろしい。
ただし、元となった生物の完全複製は理論的に出来ない。
なぜか。
肉体を複製出来たとしても、残念ながら経験は複製できないからだ。
……経験値譲渡が出来ない、というこのゲームにあるルールにも通じる問題だ。
だから、複製出来たとしてもその後、全く同じに育つという保証はない。得る経験を同じにする事は難しいという理屈による。
外見こそ似るが、性格形成は成長経緯に準ずるという研究成果があるとか……って事で魔導師連中め、クローン人間作成はかなり昔から研究されているらしい事をほのめかしやがりましたよ。
倫理的にクローンを作るのは良くない、などと弾圧するメディアやマスが在る訳でもないので、この世界の特に、何でもアリな魔導都市では倫理を理由に誰かを取り締まる事すら出来ない訳で。……それはとりあえず置くか、話が長くなる。
とすると、同じ外見の人を物質的に三人作るのはクリアするとして、同じ性格と同じ記憶を共有するのはどのように説明つければいいのか?
この世界、魔法があったとしても一般論から鑑みるにの項目、アウトである。出来なくはないがかなり難しいとレッドが言っている。
しかし、だ。
俺達はこれで高い次元の異邦人、ゲームのデバッカー兼テストプレイヤーな訳だろう?それ故に、思いつく一つの可能性がある。
記憶の共有は、人格ログの共有で説明が付くんである。
性格というのはその積み上げた経験、記憶という情報に基づいているのなら、記憶を共有した時点で同じものになる可能性が高いはずだ。
精神は触れ得ない。そういう次元にある事になっている。
あるいは脳のどこかにあるとされる、――高い文化レベルでの話ではあるけどな。
この世界、即ちトビラ、即ち八精霊大陸の法則設定として、精神のコピーすなわち『経験の移動とコピー・ペースト』は出来ない事になっている。これは、世界を作る法則、すなわち約束・ルールとしてきっちり決められている事だ。だから破ろうと思っても破れない事になっている。
俺達が仕えるコマンド、ログ・コモン・コピーは名前とは裏腹にデータのコピーじゃないという解説は、すでにやったはずだな。実際にはコピーしているのではなく、データベースから作った『コモン・コピー』という名前のモジュールへ、他人がアクセスする事を許す事だ。
しかしてそういうルールであると決めて在り、破れないはずの約束を破っちまうのが……オーケーその通り。
赤い旗で示される、世界に今はびこっているバグ。
そして場合によっては『人の心』だ。具体的には『魔法』だな。
約束、ルール、すなわち『理』というものをねじ曲げる力がある。そうやって約束を破綻させた現象に『魔法』があり『魔物化』がある。そもそも、ルールで使用禁止にしているのにバグとして発動したという事は……そういうプロトコル(命令文)も世界の中には紛れているという証拠でもある。
だから魔法や魔物化によって全て、実現しうるのだ。
……ゲームという規格に収めた場合の話になるけれど。
最終的に使用不可にしているはずなのに、バグが『その方法』を引っ張り出して使っている。
その方法とは、すなわちキャラクターという一つのデータベースは、世界に一つの器しか持たないというルールを突破する手段だな。
本来一つしか掛からないはずの橋を、三つあるいはもっと多数に架けてしまう方法だ。
あり得ない話ではない。
データベースという高次レイヤーの話にしてしまうと、不可能ではないんである。そしてシステム的には使用不可として禁じている事をやってしまうのが……今問題の赤い旗、バグプログラム。
レッドが作った、疑似的なレッド・フラグとしてアーティフカル・ゴーストっていうのがあっただろ?あれってつまり問題のバグの『魔法による再現』だ。大変に高度なので簡単ではないが、レッドくらい高位で、得意分野が合致すれば基本ルールを破った『魔法』だって成立していまう――それが世界の凄くて酷い所でもある。同時に、そのトンチキな力でもって、現実から修正できないでいるレッドフラグで歪んだシステムを元に戻す事も出来る『可能性』を秘めているんだ。
俺達は、それを望んで今もこのゲームの中に居る。
さて、……どうにも『魔法』で、基本ルールをがっつり逸脱しやがった奴がいる訳だな。
奴は、一人か、二人か、三人か?
それとももっと多数であるのか?
これで一つ真実に近づいたはずなのに、不思議と真実が三つに分裂しやがった気配がしやがる……。
はっきりと解った事からまず整理しよう。
魔王軍と呼ばれている混沌の黒い怪物はみんな元、人間だ。あるいは、在る程度高等な生物から発生する。発生手段については……すでにご存じの通り。
魔王八逆星やそれ以外の宿主、赤旗バグを感染させる事が出来る者との物理的な融合だな。触れただけでは感染しない。解りやすく言えば、ホストの血肉を体内に取り込んでしまうと魔王化するリスクが発生するようだな。
ナドゥが俺に話した事から推測するに、融合割合が高い程に魔王化の成功率が向上するのではないか、とレッドは言っている。効率の良い血液製剤作って注射による投与ってトコでそのように、レッドは推測しているようだ。
魔王化の要因となっている『物質』とやらがあるのかどうかは解らない。しかし少なくともプレイヤーである俺達から言わせれば、魔王化の要因となっているのは赤旗だ。それは物質ではなく概念だったりする。
概念は目に見えないから具体的な原因は解らない……って事になる。
レッドの言葉を借りれば生命を構成する三つ、三界のうち一つでも失われてしまうと成り立たなくなる。果てに一つになってしまうと……観測する手段が無くなる、って奴か。概念になる……レッドフラグに限らずフラグというゲーム・システムは『幽体』にのみ依存した何らかのもので、フラグを得て居なければ、この世界に置かれたフラグが『分からない』。見れない、当然触れえない。
その解らないはずのフラグの『作用』に、何らかの法則性を見つけ出す名目で研究し、その結果感染拡大させてしまっているのが……ナドゥという事になるだろうな。これくらいのまとめくらいは俺だって出来るんだぜッ!
最早、研究は次の段階に進んでいるようだ。
ナドゥは目には見えない概念としての『魔王化』を、より強力なものとして引き出し、発動させる方法を探っているように思える。
俺という、魔王化耐性なんてものを発見しちゃってワクテカだったんだろうなぁ。耐性のある俺、あるいは俺達を調べれば、魔王化という現象をもっと詳しく解明出来るはずだと考えたのだろう……と、レッドが言っている。
アービスがいるのでフラグの話には触れないで、言葉を色々選んで誤魔化しながらまとめは進んでいるぞ。
そのアービスが語るに、ナドゥは数多くの魔王化実験を行い、その過程大量の魔王軍や廃棄物が発生していると云う。
アービスは自分が思っている事を素直に、俺達に伝えてきた。
そもそも、ナドゥにとっては何が成功なのか、自分には解らない、と。
そして彼の実験で出来たはずの『自分』は、どうやら成功とはほど遠く、あのギルでさえ成功した事例ではないらしい事を漏らした。
何かを必死に作り出そうとしている。あるいは何かの為に、最良のものを作ろうとしているように思うとアービスは結んだ。
失敗したのならもう一度はじめからやり直せばいい。
だが、その為に検体は失われていく。数多くの魔王軍と廃棄の存在は、一度そのように失敗したら元に戻せない、という事情を語っているというアービスの話にレッドは頷いているな。理屈的にはやはりそうなる訳で。
だから、ナドゥは検体の『物質的複製』なんてえげつない手段に出ているのだ。
赤旗に感染したらほぼ死んだも同じなんだな。
致命的な破壊を及ぼして、生命の理を破綻させている。
唯一元に戻す事が出来たロッダ元王妃の件はあるが、正常に戻せた訳じゃないんだ。『故障・修理中』を示す黒い旗が元王妃の頭上に灯っているのを俺達は知っている。
「俺の弟が……魔王化していたら。もう手遅れかも知れない」
「そんな……」
魔王八逆星は恐らく知らない、少なくともそうとは知らない、デバイスツールという神の道具が実在する。だから安心だ、いずれこの道具で、赤い旗を取り除く事が出来る……。
そんな希望を唯一持ち続けているだろうアベルは、だからといって『それ』をアービスに向けて語れる状況にはない事は、流石に分かっているな。
なぜなら、デバイスツールというのはあくまでプレイヤーである青旗のキャラクター、俺達の間だけで通用する次元の話だ。
それに、実際問題デバイスツールでは赤旗を除去出来て無い。今の所デバイスツールで出来たと実証されているのは、レッドフラグの致命的な発動を押さえて一時的に、元の状態を保ってくれるという事。
俺の赤旗、今は『何故か』赤旗取れちゃったらしいけど……それを実質、除去できなかったという事実があるだろう?
そのあたり、アベルも理解していない訳じゃないと思う。
彼女は言葉を詰まらせた後顔を上げた。
「……大丈夫よ、きっと……直す方法はあるわ」
だから結局根拠もなく、そのように言うしかないのだろう。
これを否定する訳にも行かないので……俺やレッドは軽く同意するように頷いておいた。
内心酷く複雑だ。
「……頼む。弟を、この手で救いたい」
方法がどうであれ……ってか。俺はアービスの決意がどういうものか理解できるだけに……辛いな。
「では、貴方の目的は最終的に……弟君の救済と、復讐ですか」
「……そう、なるのかな」
伏せがちのアービスの目にも、静かに決意の光が灯る。
「何よりこれ以上、DSの実験の被害者を出したくない」
ふむ、これでおおよそアービスの都合は解った訳だ。
アービスはナドゥの『作品』みたいなものであって監視されていた。
そして蜘蛛が連れていた子供、アービスの弟らしい。これもまたナドゥの『作品』である可能性が高い。
それらの監視には蜘蛛の怪物が使われていて、転移門を開く紋を兼ねてあちこちに張り巡らされているようだな。
と云う事は、例のランドールが追っかけている大蜘蛛ウリッグと俺に噛みついてきた毒蜘蛛は別である可能性が濃厚になってきたって事か。
ナドゥは、蜘蛛の背中などに転移門を開く紋を刻んでいる。だからあのおっさんは突然、どこでも何時でも現れるのだな。
世界各地に扉を置いて、自由にそれを行き来する。それで神出鬼没っぷりを発揮した訳である。
生物に転移紋章を刻むのはレッド曰く『不可能ではない』というレベルであるらしい。
しかし昔、エイオール船に乗った時に説明されたよな。
転移紋章というのは『大地に根ざす』ものを媒体にする必要があるという。おかげで海に浮かんでいる船には転移紋章が刻めないって話だったんだが、リコレクトしたか?随分前の話だからなぁ。
だから、転移門を開く時目印になる紋章は、木や石などに刻むのがスタンダードであるという。それに対しナドゥが媒体としているのは歪であれ生物だ。……果たして本当に蜘蛛の背中に刻まれている転移紋章で門を開けるものだろうか?
そこの所、やけにレッドは疑っているなぁ。
それはともかくだ、アービスはランドールが追いかけ回している大蜘蛛に、自分の弟がくっついて移動しているのに気が付いてしまった。北魔槍騎士団として川船を使い、ウリッグに助力する為派遣されたんだそうだが、その時時についに出会ってしまったんだ。しかし、そうしろと指示して来たのはナドゥなのだから、ついにアービスにバレる事は承知でウリッグの助力を要請したって事だよな?実際、川向うに運べと命じられたものが何であるのか、詳しく説明されていた訳では無いらしい。運ぶべき荷物があると命じられただけで……。
あれ?もしかして運んだのはウリッグじゃないのか?
その、アービスの弟の方なんだろうか?俺達の認識が逆かもしれない。ランドールが蜘蛛に執着するからそっちがメインだと思い込んでいたが、もしかすると弟に、ウリッグっていう蜘蛛が監視で張り付いているんだろうか?
この辺りの事情は……よく分からん。
運ぶ荷物が弟だと気が付いたアービスは、当然ナドゥ・DSにこれはどういう事なのだと問い正した。
ナドゥは、その北魔槍の船に乗っていて、積み荷が無事に川を渡ったかを見届けていたのだそうだ。
積み荷が何なのか分かればアービスが黙っていない事は、分かっていたと見えてナドゥは隠しもせずに事実を教えてくれたらしい。いつまでも秘密にするつもりはなかったような事を言われ、流石にこのお兄さんもブチ切れてしまったようです。
ナドゥを捉えて船に拘束、詳しい事情を聞き出す事になったのだが、そのおかげさまでアービスは目を覚まし、迷うのを止め……魔王八逆星はともかくナドゥ・DSを裏切る事を決めた訳だな。
更にその一種修羅場のクライマックスに、ランドール・ブレイブが川船に踊り込んできたのだという。
なんか良く分からないがあっという間に船を沈められてしまった、とアービスが言っています。
……今、ランドール・パーティの連中はまだ寝てるので詳しい話はあとで聞くが……まぁ、なんとなく状況は想像出来るような気がする。ランドールが追っかけていた大蜘蛛、ウリッグの追跡が匂い等で上手く行っていたとすれば、そこに蜘蛛が匿われていると知ったら奴の事だ、問答無用で殴り込むだろう。ランドールはそーいう奴だ。
そのどさくさで、拘束していたナドゥからは逃げられたそうである。アービスは勿論追いかけたが転位門を使われて追いかけられず、あとは沈む船から脱出するので精いっぱいだった様だ。
船を失い、川に投げ出されたアービスであるがその後、森の中を逃げていく弟君を引き連れている大蜘蛛、ウリッグの所に追いついたのにもちょっとした仕掛けがあった。
「……もう一つ残っている」
そういってアービスは小さな粘土板を取り出した。
簡素な記号が爪で彫られている、素焼きっぽいものだ。見るだけでレッドはそれが何なのか、理解出来たようで興味深く小さな粘土板を受け取って、まじまじと見ている。
「転移門を開く魔法を封じたアイテムですね、これを使ってウリッグに追いついたという訳ですか……その合否は……粘土板を壊してみれば事実になる、」
レッドの奴、単に魔導師として探求心がうずいているな、なんか、目がキラキラしてるぞ。
「これは、どこに通じているのですか?」
「すまないがそこまでは解らない。ただ……必死に奪い取ったから。もしかすれば同じ所に通じているかも知れないし、違う所かも知れない」
ナドゥを拘束した時に、使おうとしたので奪い取ったもの、との事だ。残念ながら他にも隠し持った転位門アイテムがあり、それによってナドゥからは逃げられてしまった訳だが。
レッドは粘土板を摘まみ上げてこつりと額に当て、目を閉じる。
「魔法の性質は読めそうですね……僕に預けて頂けませんか?なんとか行き先を割り出してみましょう」
「ああ、構わない」
するとレッド、にやりと笑って目を開ける。
「上手く行けば、ナドゥの転移門に僕らがすっかり便乗する事も可能ですよ」
「それって……つまり」
「蜘蛛ネットワークに乗っかって好きな所に飛んでいけるという話です。もっとも、転移門を開く魔力は消費しなければいけませんけどね」
「そりゃいい、それならウリッグ探すのに手間要らずだ。ランドールはその近くにいるはずなんだろ?」
テリーの言葉にアービスは無言で頷く。
「しかし……その話、本当かな」
と、怪訝な顔で心配しているのはマツナギだ。
「間違いないだろ、あの男は『そう云う事』をする奴だ」
俺は断言するね。
何の『話』かってぇのは今から説明する。
ランドール・A。
あれは……生粋の勇者だ。俺みたいに後ろ向き、巻き込まれ、気が付いたら勇者道に突っ込んでいたとかいうのじゃぁ無い。
あれは好き好んで勇者道を行っちゃうような傑物なんだよ。
勇者って呼ばれる者になるリスクを知っている。
知っていて全てを切り捨て、自分が身を投げ出すに値する事に全力で突っ走っている。
それが、世界を救う事ではなくむしろ、実は奴にとってはただの復讐だった、という事だけがフツーの物語の中における勇者と違うだけだ。
だから、な。
その復讐たるものに『決着を着ける』に、良いステージを用意してやった、君の為に。
だからついて来い。
――などと言われたら間違いなく、
おもしろい、行ってやろうではないか
……などと二つ返事で応答する――ランドールはそういう勇者、すなわち生粋のヴァカって話な。
罠と知っていて、それを恐れもせず飛び込んでいく。恐るるものなど何もないのだ、と云わんばかりに。
全く、お前はホントに勇者の鏡だよ。
え?だからどういう事かって?
アービス曰く、こういう事だ。
ナドゥから転移門の封印された粘土板を強奪した……あるいは『奪い取らせる方法』で譲渡されたアービスは、弟君と一緒に移動している転移紋章を背負った蜘蛛、即ちウリッグの所に一瞬で転移移動したのだ。
実際には、アービスはナドゥから暴露された話に途方に暮れて数日何をすればいいのか森で立ち往生したらしい。北魔槍騎士団に属し続ける事にも、魔王八逆星の元に戻る事にもいかない、それだけは決めたものウリッグと弟君がどこに行ったのか分からないし、分かったとしてどうすればいいのかも皆目見当が付かない。
やはりナドゥをもう一度捕らえて、何が出来るのか聞き出す方が先だという結論に達するまでこのお兄さん、ちょっと時間が掛かりすぎていると思われる。それで結局この怪しい粘土板を使ったのだ。
それがどこに繋がるとも知れず、しかしナドゥが使おうとしたのだから奴が逃げる方向にはたどり着けるだろうと思って――そうして、何故かウリッグの所に飛ばされたというのだから、これはアービスが偶発的にナドゥから奪い取ったモノであるのかは怪しいよな。
で、それはそれでアービスには有り難い展開なのだ。ナドゥを追及したい所ではあるが、弟の所に行けたのならば弟を救い出すチャンスがあるって事だ。当然ウリッグに対し、正気を殆ど失っている弟くんを返せ!的に迫ったらしい。
しかしウリッグはそれを承知しなかったようだな。交渉は決裂、そのあと出来る事と言ったらあれだ。
暴力的解決。
ならば倒す!と、アービスが迫って抜刀しようと構えた所に……
ええと、解るだろ?流れ的に。
奴が再び乱入した訳ですよ。
俺の獲物に手を出すな!ってな。
俺が蜘蛛に挑みかかろうとした時も同じ流れで乱入してきやがったもんなぁ……。
いやほら、その生粋の勇者様は復讐の為に蜘蛛……ウリッグに執着している訳だから。
アービスが弟を自分の手で『救いたい』と思っているのと同じくらいの重さで、ランドールもまたウリッグを自分の手で『殺したい』と思っている訳だよ。
……そういう横取りされるという気配だけは凄い敏感なのな。執着しているだけはある。
もはや体力の限界でひーこら行っている仲間を捨て置き、ランドールは一人蜘蛛を目がけて突っ走って行ってしまったんだろう。疲れているという条件は同じであろうに、それでも大蜘蛛に挑み掛かろうとするランドール、お前すげぇな。
すげぇ執着心、すげぇ……復讐心だ。
すると、アービス氏はランドールと初顔合わせだからな、キョトンな訳です。
アービスも突然ウリッグを目の前にして相当に怒り狂っていただろうが元が天然なお兄さんです、一瞬状況を把握出来ずに動けない状況に陥ったらしい。
とそこへ、やはり唐突に訪れるのは白衣のおっさん事ナドゥ・DS。
ウリッグに挑み掛かろうとするランドールに提案をしたそうだ。
君の為に相応しい舞台を用意してやろう。
横やりを入れて貰いたくはあるまい?
……とかなんとか。
それで、ノコノコとランドールの奴、自分らのパーティーほっぽって意見も聞かず、事も在ろうかナドゥについていってしまったという訳なのだ!例によって突然現れたDSは、そのままランドール、ウリッグ、そして弟君を連れてその場から居なくなってしまった――
アービス、いきなりの展開で、ましてやDSの登場にびっくりしてこれをすっかり見送ってしまったらしい。
おいおい。
その時全く動けなかった事を悔しがっていたけど、悔しいという問題か?
……そういう所がホント間抜けなお兄さんです。
そこへ、ようやく追いついてきたランドール・パーティがやってくる。
取り残された形のアービスは事情を説明してやると、とりあえず手がかりを探しに近くなのだからドリュアート跡に行こうという話で纏まったらしい。どうやら目的が一緒に行動しているみたいだから共に行こう!と言う事で彼らは結託した訳である。
ははぁ、成る程なぁ。
ところで……今まであえて突っ込まないでいたが……重要なところはどこらへんなのか皆さん分かってます?
神出鬼没なナドゥのおっさんだな。その、ナドゥとDSは同じだろうって思うだろう?
ところがこれが、そうでもないのだよ。
森を包んでいた霧がようやく収まる頃、叫び声でもってランドールパーティーの一部が飛び起きたらしい。
俺はまったり昼餉の準備を手伝っていて、その悲痛な声を聞いた。
「ちょっと!どういう事!」
白魔導、要するにそれは魔法が使えない魔導師の事なんだそうだが……それに、昔属していたというリオさんが大股に歩いてくる。
「もうお昼じゃない!睡眠薬盛ったわね!」
昼の……薬膳……だと思う……普段見ない香草類を大量にぶち込んでいる――を煮炊きしながらナッツが平然とこれに応対した。
「君達に必要なのは休息だ。疲れた頭で焦っても、良い答えは見つからないよ」
「………」
正論だと思ったらしい、感情的になった事を反省したようにリオさんは肩を落として深くため息を漏らした。
「事情は聞いたのね?」
「うん、おおよそ。今うちの紫魔導がランドールの行方を調べているよ」
「解るのね?」
驚いたというよりは確定事項を確かめるようにリオさんが腕を組む。
流石元魔導師、紫の位がどれほどの実力者か、と言う事は把握しているのだろう。
「そこの系統については僕より貴方の方が詳しいはずだ。レブナントの紫魔導が何を専攻しているのかは、ね」
俺には当然何の事だかさっぱりだが……少なくともリオさんは把握したらしい。
「そう……ありがとう、手を貸して頂けるのね」
「僕らの事情も色々あるからね、利害一致はしているだろう?」
薬膳の味を見て、どうやら悪くないらしい。ナッツは笑いながら立ち上がった。
「さて、お昼の準備が整ったから。他の人も起こしてあげて。行き先についてはウチの魔導師がなんとかはっきりさせる。それまでまず体調を整える事」
レッドは急いだはずだ。
別にナッツの治療の都合に合わせてゆっくりとナドゥの転移門粘土版を解析した訳じゃない。
急かしたい気持ちはあるが急かす訳にもいかず、ランドールパーティ一行は2日間、ひたすら無言で過ごしている。
果たして解析が終わり、レッドは全員に二つの提案をする事となった。
ランドールパーティと合流して三日目の夜の話だ。
「罠にはまるか、回避するかという選択肢です」
実際、またそれかよと俺はうんざりですが……ナドゥのおっさんの十八番なんだろうなぁ、罠……とか思う。
予測予測また予測で、お互い出し抜きあってるのだがどうにも、こっちの行動についてしっかりイニシアチブ握られてるんだなぁ。
全ての事情をまだ把握し切れていない、俺達はまだあのおっさんより前に行動する事が出来ない。追いついていないのだ、全体的に。
「何だって言うの?」
ランドールがいないのが心細いのだろう、常に近づきがたいオーラを纏って神経質な様子を隠さない平原エルフのシリアさんが思わず腰を浮かしている。
「アービスさんから転移魔法を封じた粘土板を奪われた所為か、あるいは、それを渡す事さえ最初から予定なのかどうかは解りません。とにかく、こちらがナドゥの使役している蜘蛛で張り巡らされたネットワークを乗っ取りに来る事は予測したのでしょう」
「回線、切られたって事か?」
レッドは俺の言葉に小さく頷いた。
魔法の事はは解らないが、回線とかネットワークとかいう例えを出されるとなんとなく、状況が把握できるのはプレイヤー知識による。
「ええ、見事に断絶されております。転移門を逆に辿る魔法の忌避対策がしっかり施されておりますね、それに思っていたより世界に散らばっているであろう蜘蛛の数が少ない。恐らく転用・悪用を避けて自主的に切ったものと考えられます……が。幸いこの粘土板の魔法については生きているようです」
それは、幸いか?
「成る程、それが罠だってか」
テリーが好戦的に拳を打ち合わせた。その様子を横目で伺ったテニーさんはため息を漏らしているぞ。
「ランドール様はどちらにいると予測されるのですか?」
テニーさんは答えを急いている風だが、レッドはそれを明言するのは避けているな。
「ウリッグを追いかけているのですからウリッグの側に居るでしょう。この粘土板はアービスさんが、ナドゥから取り上げた二つのうちの一つです。使用済みのものも含め調べた結果、二つの粘土板は同じ転移門へ繋がっている事が分かりましたので、大蜘蛛ウリッグの元に飛んで行くのは間違いないです。あちらは、少なくとも僕によってそのように感知される事は知っていて、あえて繋いだままにしているものを考えられます」
罠の匂いがぷんぷんしますな、それは。
「選択の余地はない」
しかし迷うことなく即座にテニーさんは立ち上がる。
「開いてくれ、行かなければならない」
ランドールパーティー他一同、テニーさんに前倣えして立ち上がって同調。
こりゃ、即座、今すぐ、行く気満々だ。
しかしレッドは、粘土板をアービスに戻してしまった。その意図が分からずアービスはちょっと迷うように受け取っている。
レッドは嘘つきだが律儀だ。自分が定めたルールは順守する。少し『貸してくれ』と言ったのだからお返ししただけだろう。
「罠であろうと行く、というのは結構です。恐らくうちのリーダーもそっちを選ぶでしょう」
うはは、よく分かってらっしゃいますねレッドさん。
「そして状況が皆さんと逆であれば、僕らもその様に決断をしたでしょう」
……と上手い事切り返されて俺は一人、目を逸らしてしまう。
罠と知っていて踏みに行く行為は、自分がそうする場合はともかく。他人の行動は嬉しくない。
「一応どうしますかと提案しただけです。僕が確認したかったのは……あのランドールさんを大切に思うあなた達の意思の強さです」
「それは当然でしょ?あなた達だってそうするって言ったじゃない」
「ええ、僕らにはその行動を選ぶ『理由』がある。同様に、あなた達にも『理由』があるはずですよね」
シリアさんの言葉にレッドは、例のにっこり腹黒スマイルを付け加えた。
シリアさんは困ったようにワイズとテニーさんを交互見やっている。
「それを説明しろ、と言うのだな」
「上から目線で申し訳ありませんが。僕は魔導師だ、理屈全としていないと何かと、しっくりこない」
相変わらず在る事無い事言う奴だ。
しかしランドールがあの性格あの気性で、どうしてここまで慕われているのか気になる所ではある。
「いいじゃねぇか、今更迷ってる場合じゃねぇんだろ」
すると、突然口を出したのはテリーだ。腕を組んでそっぽを向きつつぶっきらぼうに言う。
「今更秘密とか言ってる場合じゃねぇだろうが?少なくともこいつらにバラした所で何か問題になる訳じゃない」
「そうかな?」
俺は事情はよく分からないが、レッドとか見る限り不安だったのでそのようにぼやいてしまったが。
テリー。本名テリオス・ウィン。
奴はテニーさんと同じく西方ファマメント国の公族ってだけあって……色々裏事情は知っていた訳か。テニーさんはワイズと視線だけで何やら、会話したようである。そうした上で静かに切り出した。
ちらりとアービスを伺ってから口を開く。
「……ファマメント国北部にオーンという町があった」
「そうなのか?」
世相に疎い俺ですから。ナッツおよびレッドに確認してみる。
「例の、破壊魔王に滅ぼされたと言われている町の名前です」
「げ……」
と云う事は、テリーも知っている訳だな。知らないのは俺と、アベルとマツナギと、アインってトコだろう。
「そこにね、どうやら住んでいたらしいんだよね」
ワイズがなぜか口をいつものように笑わせながら言った。
「調べは着いたんだ」
「ま、色々権力使わせて貰いましたけど」
ナッツの問いに、ワイズは笑って少しだけ頭を前に傾ぐ。
「オーンには古い時代の地下施設がありましてねぇ。丁度、タトラメルツやフェイアーン、ルドランやメヘル、それからエンスにもあったらしいと聞いてますが」
地下施設ねぇ……タトラメルツでは魔王八逆星の連中が拠点として使っていた。そしてフェイアーンでは地下牢として機能していてテリーが閉じこめられていたっけ。
割と同じ系統の施設?とか思ったけど……本当に同じ系統だったって事か?
ワイズの確認の言葉にリオさんが何故だか深く頷いている。
「しかし『それ』がオーンにもあるとは、ファマメント天使教管理職にあるにも関わらず知り得なくて。認知するのに時間が掛かった訳です」
「まどろっこしいわね、」
「そこに誰が住んでいたの?」
と、ステレオで聞いたのはシリアさんとウチのアベルである。どうやらシリアさんも事情をよく知らないらしい。
「ナドゥ、という名前の魔法使いだそうです」
さぁ、なんだか事情が再びこんがらがって参りましたよ……!
「オーンに住んでいた……その、隠されていた地下施設を使っていたのがナドゥで……オーンを破壊したのはギルだって話だったよな?」
「ギルか、実際には僕は違うと思うよ。オーンを壊したのはオーンを故郷としているランドールが執着する通り、大蜘蛛のウリッグの方だろうと思うけど」
「正解です代理、でもウリッグだけでは町の全破壊は出来ないと思いますよ?」
話を聞くに、オーンの町は生き残りがほとんどいない程全破壊されてしまったんだそうだ。
人が再び住めない、廃墟となっているという話である。……俺の脳裏には当然と、タトラメルツに広がる砂地がちらついている。
「……つまり後付け的に、ギル達魔王八逆星がオーン壊滅に関与した訳だよね。と云う事はそこらへんに少しは、ナドゥの思惑が噛んでいるように思う。ナドゥにしろDSにしろだけど……『彼ら』はオーンを破壊したかったんだろうか?」
「そこら辺がなんともね、見事に輪郭がぼやけてて解らんわけですよ」
思えばあのナドゥのおっさん、名前もそうだし、肩書きも多い気がしていた。
蜘蛛の転移門ネットワークがあるにしたって、あっちこっちで遭遇しすぎだという認識がある。
最近会った奴なんか、何故か赤い旗立ててるだろ?
そんで、どうも今まで見たナドゥとは別者じゃないかと疑いたくなる違和感があるし。
しかし、どれもこれも俺達の事は知っているように話す。
今初めてお前らとは会ったぞ?などというボケを一度たりともかまして来なかったから俺達は、疑う余地を得られなかった。
そこらへん、こう考えてみると色々納得するんだよな。
まず、本名だと思われる……キリュウの兄、リュステル・SS。
魔王八逆星の連中に付き従っているが『私が魔王?悪い冗談じゃないのかね?』とか言ったのが……ナドゥ。
そんでもって先日、俺をかっさらってドリュアートにくくりつけたのが三人目……アービス曰くの『DS』だとしたら……どうよ?
同じ顔をして、同じ記憶を持ち、ほぼ同じ精神を持ちうる三人が同じ世界にいるなら、そりゃ嫌でも遭遇率は高まるよな?些細ではあるが少なくとも一人よりは高い訳である。
そんな事があり得るのかって?
いやまぁ、普通はあり得ないんだけど……さ。
しかしその推理、アービスも想像していなかったようで驚いている。そりゃそうだ、第一に『同じ記憶を持ち』というトコが問題だ。次に同じ精神、というのも同じく。問題ありまくりで、存在としてありえないと思って当然の事態だ。
生物をコピーする技術ってのが……リアルにあるだろ?そうだ、クローン生物だよ。人間のは作っちゃ行けない事になっているが、万能細胞による部品生成などは合法化されている。
技術的には人間まるまる一人再生も出来ちゃうらしく、実はそういう人も存在する、などという話もあるくらいだ。
そんなリアルの話はともかく、なのだが。
同じ事をナドゥはすでにやっちゃっている。ほら、魔王軍っていう出来損ないを多量に作っちゃってる過程で、検体の『物理的複製』をやっている事をランドールパーティー側で確認してるだろ?その現場を一つぶっ潰してきたらしい。
ようするにそれはリアルで言う所のクローン人間の事だ。
この世界、すなわちエイトエレメンタラティスにおいても、物理的な問題は現実世界に前倣えである。現実で可能な事はこの世界でも文化レベルが引き上がれば可能なんである。物理法則ほぼ同じで、むしろ更に余計な『魔法』とかいう力が働くだけだからな。
単純に技術力の文化レベルが低いだけで、その代わりに魔法という意思で理屈をねじ曲げる方法が横行している。
理論を夢想し、ある程度破綻無く魔法で理屈をねじ曲げる労力を極端に削減した場合……クローン生物を作るのに近い事は可能だ。
レッドとリオさんがそのように技術の存在を肯定した。
ナドゥが成している事はナドゥだから出来るという話ではなく、割と魔導都市とか倫理感の伴わない所では平然と横行しているという事だな。ああ、恐ろしい。
ただし、元となった生物の完全複製は理論的に出来ない。
なぜか。
肉体を複製出来たとしても、残念ながら経験は複製できないからだ。
……経験値譲渡が出来ない、というこのゲームにあるルールにも通じる問題だ。
だから、複製出来たとしてもその後、全く同じに育つという保証はない。得る経験を同じにする事は難しいという理屈による。
外見こそ似るが、性格形成は成長経緯に準ずるという研究成果があるとか……って事で魔導師連中め、クローン人間作成はかなり昔から研究されているらしい事をほのめかしやがりましたよ。
倫理的にクローンを作るのは良くない、などと弾圧するメディアやマスが在る訳でもないので、この世界の特に、何でもアリな魔導都市では倫理を理由に誰かを取り締まる事すら出来ない訳で。……それはとりあえず置くか、話が長くなる。
とすると、同じ外見の人を物質的に三人作るのはクリアするとして、同じ性格と同じ記憶を共有するのはどのように説明つければいいのか?
この世界、魔法があったとしても一般論から鑑みるにの項目、アウトである。出来なくはないがかなり難しいとレッドが言っている。
しかし、だ。
俺達はこれで高い次元の異邦人、ゲームのデバッカー兼テストプレイヤーな訳だろう?それ故に、思いつく一つの可能性がある。
記憶の共有は、人格ログの共有で説明が付くんである。
性格というのはその積み上げた経験、記憶という情報に基づいているのなら、記憶を共有した時点で同じものになる可能性が高いはずだ。
精神は触れ得ない。そういう次元にある事になっている。
あるいは脳のどこかにあるとされる、――高い文化レベルでの話ではあるけどな。
この世界、即ちトビラ、即ち八精霊大陸の法則設定として、精神のコピーすなわち『経験の移動とコピー・ペースト』は出来ない事になっている。これは、世界を作る法則、すなわち約束・ルールとしてきっちり決められている事だ。だから破ろうと思っても破れない事になっている。
俺達が仕えるコマンド、ログ・コモン・コピーは名前とは裏腹にデータのコピーじゃないという解説は、すでにやったはずだな。実際にはコピーしているのではなく、データベースから作った『コモン・コピー』という名前のモジュールへ、他人がアクセスする事を許す事だ。
しかしてそういうルールであると決めて在り、破れないはずの約束を破っちまうのが……オーケーその通り。
赤い旗で示される、世界に今はびこっているバグ。
そして場合によっては『人の心』だ。具体的には『魔法』だな。
約束、ルール、すなわち『理』というものをねじ曲げる力がある。そうやって約束を破綻させた現象に『魔法』があり『魔物化』がある。そもそも、ルールで使用禁止にしているのにバグとして発動したという事は……そういうプロトコル(命令文)も世界の中には紛れているという証拠でもある。
だから魔法や魔物化によって全て、実現しうるのだ。
……ゲームという規格に収めた場合の話になるけれど。
最終的に使用不可にしているはずなのに、バグが『その方法』を引っ張り出して使っている。
その方法とは、すなわちキャラクターという一つのデータベースは、世界に一つの器しか持たないというルールを突破する手段だな。
本来一つしか掛からないはずの橋を、三つあるいはもっと多数に架けてしまう方法だ。
あり得ない話ではない。
データベースという高次レイヤーの話にしてしまうと、不可能ではないんである。そしてシステム的には使用不可として禁じている事をやってしまうのが……今問題の赤い旗、バグプログラム。
レッドが作った、疑似的なレッド・フラグとしてアーティフカル・ゴーストっていうのがあっただろ?あれってつまり問題のバグの『魔法による再現』だ。大変に高度なので簡単ではないが、レッドくらい高位で、得意分野が合致すれば基本ルールを破った『魔法』だって成立していまう――それが世界の凄くて酷い所でもある。同時に、そのトンチキな力でもって、現実から修正できないでいるレッドフラグで歪んだシステムを元に戻す事も出来る『可能性』を秘めているんだ。
俺達は、それを望んで今もこのゲームの中に居る。
さて、……どうにも『魔法』で、基本ルールをがっつり逸脱しやがった奴がいる訳だな。
奴は、一人か、二人か、三人か?
それとももっと多数であるのか?
これで一つ真実に近づいたはずなのに、不思議と真実が三つに分裂しやがった気配がしやがる……。
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