異世界創造NOSYUYO トビラ

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9章  隔たる轍    『世界の成り立つ理』

書の6前半 焦げる鉄『理由はいつも単純だという事』

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■書の6前半■ 焦げる鉄 Routine works

 赤い海の正体を理論的に説明されると……おもしろくねぇな。
 一見、赤い砂の大地かなーとも思うんだが、広い砂浜を越えてそれに近づいてみると、高くはない波が寄せては返し打ち寄せて蠢いて……これが、赤い水だと分かる。
 なんというか、青色とか緑色とかだと穏やかな気分になるんだが……赤黒いと生理的に受け付けてくれないもんだな、なんとも不気味だ。
 美しいものに目を奪われるのと同じくらいに目を逸らせない、不思議な光景ではあるものの。

 ん?赤い海の正体?
 おもしろくないのに聞きたいのか?

 レッド曰く、水が赤くなる要因は三つ程あるんだと。タンニンとかいうのの作用か、けい藻の仕業か、金属系の汚染か。で、このように外から見て視覚的に赤く見える場合はけい藻か科学汚染でしょう、だとよ。
 近づいてみて塩と一緒に岸に打ち寄せている泡を見ると……藻の仕業じゃねぇな、これ。
 匂いも酷く錆臭い。
 ナッツが透明な容器に水をすくい上げてみれば薄茶色に濁っている。さび付いた水道管から、朝一蛇口から出てくる赤水みたいな感じだ。

 海岸は、近づいてみて解ったがばりッばりに固まっている。砂浜を固めているのは塩だ、赤い海はどうにも異常に塩分濃度が濃い。結晶化した塩がギラギラと南の強烈な日差しを反射する。
 海を渡って、頬を撫でて来る風が熱い。

 気持ち悪い。気持ちの悪い海、と感じて一瞬、俺は現実で知る某海の記憶を喚起してしまった。
 もうそういうリアル事情への記憶への関連付けはしないと心に決めているものの……脳ってのはそういうの、連鎖を自動的に起こすものであるらしい。

 俺は更に気分が悪くなって目を細めていた。
 刺激的な匂いが遠慮無く鼻孔をくすぐる。この赤い海の向うが死の国、黄泉だというのか。余りにも似合いすぎだろう。
 死の国すなわち地獄って訳じゃないが……酸化鉄混じりの海なんか見ちゃうと、日本人である俺らは勝手に地獄というイメージもわき上がるよな。
 間違いなく天国じゃぁなさそうだ。この海の果てでは、もっと壮絶な景色が見れるかもしれない。


「シリア、こんな所までこれるかしら?」
「飛行しての移動手段があるなら『ここまでは』大丈夫です。おおよそ死熱の海付近らしい事は分かっていましたし……しかし、このような風景を岸から眺める事が出来るとは想像しておりませんでした。シリアさんには伝言を残しておきましょう。問題はこの海を、どのように渡るかという事」
 ランドールパーティーんトコのドラゴン、人を4人ほど乗せて飛べるという大ドラゴンのヒノトだけサイズ的に、転移門を潜れなかったのだ。で、セットで然るべき平原貴族種のシリアを置いてく訳にもいかないし、それをシリアが承知しないだろうって事で、彼女だけ別行動になっているのだ。
 ナドゥから奪った粘土板に封じられた転位門、その行先がここであるのはレッドの探査魔法で分かっている。かなり正確な座標まで特定できた、とか言ってた。むしろ、特定出来た事の方が怪しいと感じているらしいな。本来ナドゥの転位門は、蜘蛛を筆頭に生物に封じられている事が多いらしい。ともすれば、転位門の先が動く気配が無いというのは確かに、逆に怪しい。
 そうやって来てみれば、すでに蜘蛛は死骸で、転位門装置として抜け殻だけが残されているという状況だったわけだが……。とにかく、シリアさんとはちゃんと合流出来るようになんか、魔法の目印みたいなのはお互い持っているらしい。
 話を聞くにあえて合流は急いでいない、とかなんとか。何やら別の用事を頼んでいる気配があるが詳細は聞いてない。俺らのパーティの都合というより、ランドール側の問題らしいし。

 真っ赤な海を前に、俺達はいったん作戦会議がてら休息って運びになった。

 ナドゥにのこのこと付いて行ってしまったランドール。
 それから、謎の大蜘蛛ウリッグを俺達は追いかけて来たわけだが……その足取りはこの海で、ぷっつりと切れてしまった。大蜘蛛は転位門の出口で死体になって砂に埋まっていた、匂いで物事を追いかけているマースが、間違いなくこの蜘蛛だと言ってたからな。
 とりあえず、他に手がかりがないので奴ら、この赤い海を渡ったのは間違いないんだろう。フツーの海にぶつかったらそこで手がかり無しだが、何しろ、目の前にあるのは異様な赤い海。怪しいだろ?しかも、この海には『向こう側』が在るって分かってるんだ。アインは、その向こう側が出身地であったりする。行って戻ってきた人がほぼ居ない、などとレッドは脅すが、この海の先が間違いなく『在る』事だけは間違いない。
 ここから更に転移門を開いてどっか行った可能性もあるんじゃないかと聞いたが、それらしい魔法行使の残滓が無い、とかレッドが言っている。
 この海を超えるしかないだろうな……。こんな怪しい風景に出くわしちまったんだ。この、鉄が錆びた匂いのする海の向うへ俺達も、行ってみるしかない。

「遠浅じゃの、見える限りずっと赤い海じゃが……酷い匂いと熱気で息をするも辛いのぅ」
 浮遊飛行魔法で海の様子を見に行った、エースじいさんが戻ってきて、しきりに首を振っている。
 レッド、ナッツ、ワイズ、リオさんが地図を広げ……今俺らがいるであろう場所の付近に印を付けて睨めっこしてるが……
 おっと、もう一匹いた。
 ウチのチビドラゴン、死国出身と言って憚らない、アインがデカいワイズの影に隠れていた。
「何してんだ?」
「ん、その死国とやら、地図の上だとドコにあるんだろうって話をしていたんだ」
「どこなんだよ」
 俺はアインに向かってしゃがみ込む。
「さぁ、わかんない」
「わかんないって」
 そも、アインと初めて会ったのは……魔導都市ランだな。ペラントスラメール国だ。でも出身はシコク、南国の果てにある死国だとアインは、最初からはっきりと認知していた。
「大体、お前どうして魔導都市で……とっ捕まってたんだ?」
 俺みたいに自分で『俺を連れてけ』などと間抜けな事をするはずないよな?実験研究生物として捕まっていたと云う事は……どこかで拉致られたって事だと思うんだが。
「……魔導都市の事は話したくない」
 長い鼻先を羽で隠してそっぽを向いて、アインはちょっとふて腐れてしまったようだ。
 色々勘違いが重なってなぁ、魔導都市ランで俺ら、彼女をで助ける事になっちゃったんだよ。このおしゃべりするチビドラゴンを、さ。別に助けたくて助けたわけじゃない。アインには悪いが、本当に偶然たまたま色々勘違いが重なって……なんだ。
 もっとも、当時は助けて貰った事にアインさん、舞い上がって喜んでたんだ。それでもの凄い懐いちゃってさぁ。勘違い、間違いだった言えずに大分旅を進めてしまいましたね……。それをはっきりさせたのはつい最近、嫌がるアインを宥め賺して再び魔導都市に行った時だ。ついに、言えなかった本当の事をテリーがばらしてしまっている。

 レッドやナッツらと合流する前の話、俺とアベルとテリーで、魔導都市を目指して旅していたその……旅の終盤の事である。とある魔導師にとっ捕まっていたアインを、俺達はたまたま、偶然にも助ける形になっちゃったのである。

 その後、外見の通りお子様であるアインは、家である『シコク』に一人では到底帰れないと泣き付かれ……仕方なく連れ歩いているという状況なのだ。
 具体的に誰が連れて歩いているか、というとこれまた微妙だなぁ。俺と、アベルとテリー三人で行動している時にアインが加わったてしまった形だ。
 思い出す。
 確か最初、俺とテリーは動物の世話なんてめんどくさいと、泣きついてきたアインの同行を拒否したはずだな。ところがそれをアベルが『かわいそうでしょ?』とか言い出して……ならお前が世話すりゃいいだろ?とかいう話になり……。
 そうだ、魔導都市ランでの諸々あった『目的』が達成し、俺達はそれぞれ別の道を行く。丁度そういう話をしなければいけない所だったはずだ。

 リコレクトして記憶の整理がてら、当時の事情を詳しく思い出すか。

  


 6人と一匹でイシュタル国レイダーカで始まった、この物語。
 当然だがパーティー結成したそれより過去の出来事がある、そうなった一連の流れってもんがあった。
 誰が中心となって現在の『魔王討伐』になったかとえば、言い出しっぺはレッドになるだろう。だからといって全員がレッドを中心に集まったわけじゃない。初期パーティーってのがある。それがレッドに唆されて……今の現状ってのが正しいだろ。

 俺達がレッドの元に集ったのではなく、レッドが俺達の所に入ってきて新しい目的を与えてきたのだ。

 とすると、初期パーティーは俺とアベルとテリー。この三人になるんじゃねぇのかな。で、次に入ってきたのがアインになる。レッドはその後だ。
 ちょこっとその辺りの流れをリコレクトして説明しよう。


 俺とテリーはアベルの付き添いだった。
 いや、正確に言うと……テリーが付き添いだな。ぶっちゃけて俺も田舎者だからなぁ。俺、自力でイシュタル国のエズから外に出た事ないわけだし。それはアベルも同じくだけれど。
 俺は、故郷シエンタからエズまでは……人買い山賊の馬車の中だった。
 なんでアベルらに付き合って魔導都市に行ったかって……そりゃぁ勿論、用事があったからだ。しかし割と些細な用事だったと言えるだろう。少なくとも俺にとっては些細な事だった。

 事実として、俺は何かと適当な理屈を付けてアベルに着いて行った、というのが正しいのだろう。

 ……後に俺の些細な『用事』は、とてもやっかいな事を引き起こす事になるのだが、今はとりあえずそれは置いといて、だな。

 俺の用事は……『言い訳』だったんだ。俺はただ、アベルに着いて行って魔導都市で……彼女が会いたいと願っていた奴の面を一目拝んでやりたいと思っていたんだ。ただ、それだけだった。それが俺の本当の、本命の用事だった。勿論、そうだとはアベルにもテリーにも明言してないけど、多分……バレバレだとは思う。

 好きな人と再会して、アベルはその後……そいつと幸せになれるだろうか?

 俺はその結果に興味があった訳だよ。だから、些細な用事をでっち上げてアベルに同行し、魔導都市を目指した。そんな俺とアベルの事情を第三者として理解しているテリーが仕方なく?なのかなぁ。いや、アベルの道案内してやれよと一応、俺もテリーに頼まなかった訳じゃないけど、それを素直に引き受けるような奴ではないのだが。
 なんでかテリー、エズでの専属拳闘士という肩書きを捨てて俺達の道案内を引き受けてくれた。
 そういや、はっきりとテリーの『理由』も聞いてないな。
 何でアイツも一緒にエズを出る事に成っちゃったんだっけ?
 なんか、気が付いたら壮絶方向音痴という在る意味『特技』を持つ、アベルの道案内を奴が引き受けていたみたいだし……。これも関わっちまった成り行きって奴なのか?
 俺と同じで結末に興味があった。それだけかもしれない。

 んー、思い出すと俺ら3人が集った理由ってグダグダだな。

 それぞれの思惑がものの見事に誤魔化されている。まぁ、そんなんだから建て前の用事が終わった途端、じゃぁこれからどうしようって話になっちまうんだけど。

 エズの闘技『大』大会で優勝して『自由』を手にした俺は、通例で一旦イシュタル国の首都レイダーカに登る事になっていた。お約束だからまぁ、自動で手続きが終わってて連れて行かれたという感覚だ。
 長い事俺の両腕を噛んでいた隷属・剣闘士という枷が外され、だらしなかった格好なんかも正されてだな……。
 初めてお城に登って、眠くなりそうな話を聞いて……莫大な賞金を約束されて。

 そんで、俺はぽいっと無防備に、放り投げ出された訳です。
 知らない世界のただ中に。

 エズ『大』大会優勝者ってのは、色々と再就職先をレイダーカで誘致される事になる、とは聞いていた。確かにレイダーカの城を出た途端、手練れの戦士を求める様々な組織なんかがどどーっと押し寄せてきたんだけど、その中にテリーがいやがったんだ。

 なんでそこにテリーがいるのか、俺はすぐに理由が分かったんだ。つまりアベルがレイダーカにいる。そういう事だとすぐに、俺には理解出来た。
 なんでかって?まぁ、色々あったのだよ……エズで。
 アベルの行き先は魔導都市ランだってのにテリーの奴、出発前に俺も拾っていくつもりだったらしい。レイダーカで待ち伏せしてやがったんだんな。
 思い出してきた。

 どうせお前も魔導都市に行くつもりだったろ?

 そう言われて言い返す言葉がなかったなぁ。
 俺は……そう、アベルに会いたかった。ただ会って、顔を合わせるだけ。それだけの事をしなければいけないと確かに思っていた。これからどうするのかはぶっちゃけ、どうでも良かったが……何をするにも、どこに行くとしても一旦アベルに会っておかなければ、などと思っていた所だった。
 奴がいずれ魔導都市に行くのは知ってたしな。散々、昔好きだった先生に会いに行く、とか言ってたの聞かされていたし。それで俺も色々魔導都市についてちょっと興味とかあって、そこで出来る事とかを知って……魔導都市に行けば、俺が『求める全て』は手に入るはずだから、魔導都市を目指すのは予定通りではあるけどさ……。
 まさか一緒に行くハメになるとは思ってなかったんだよなぁ。あと、こんなに早くアベルに会えるとは思っていなくて、色々目論んでいた事が狂っちまって。
 お前の『結末』が気になるから野次馬で着いて行くと、本音を言ってしまったら殴り殺される所だろうし。かといって俺の本心を言ったら、もっと修羅場だろうし。

 言い訳だ、些細な事を仕方なく言い訳にして俺は、アベルの旅に着いて行ったんだ。

 で、だ。
 まず魔導都市に行くまでの間散々すったもんだやって、着いたら着いたで俺の『もくろみ』は見事に外れ……。
 更に、例のレアメタル混同事件が起り、その間にアインを勘違いで助けてしまった訳だよ。

 レブナント某からちょっかいを出されるようになるのはその後、である。



「お願い、あたしをこの町から連れてって!」
 と、言って泣きついたのがアイン。
 散々な目にあったわけだから、早いとこ魔導都市から逃げ出したいのだろう。とりあえず、この町が全体的におかしいのであって町の外は、まだ少しはマシだ。俺はそう思う。イシュタル国の基準で考えると、ペランストラメールというのはなんとも可笑しな国だった。それくらい、当時俺は他国を知らなかったって事でもある。
 魔導都市でさんざんな目にあったという意味で言えば、その時すでに俺も同じだ。
「あー、確かに俺もさっさとこんな町おさらばするつもりだけどさぁ」
「じゃ、あたしも一緒に!」
 足元に飛びついて来たチビドラゴンを見下ろす。
 「……しゃべるドラゴンと一緒か……」
 まだアインさんラブに目覚めていない俺であるが、ぶっちゃけて。
 さっさと『この場から』おさらばしなければいけない、という焦りもあったりしたので、ドラゴンと一緒でもいいか、とかちょっと傾いていた。
「どこに行くつもりだ?」
 テリーに尋ねられ、ドラゴンを抱え上げて俺は答える。
「んー、別に目的はねぇけど。暫くフラフラするのもいいかもな。目的は旅をしながら探すってな。暫く金には困らないし」
 大会で優勝した金で例の『サガラの剣』リメイクを手に入れた訳だが、それ以外にも一応隷属していたトコから賃金出てたんだよ、ちゃんと。それをあんまり使ってなかったので、結構溜まってたりするんだ。チリもつもればなんとやらって奴。豪遊するつもりはない。そういう習慣が無い貧乏性なのですよ俺は。
「お前は」
 そうやって、テリーが目配せしたのは……アベルだ。
「……あたしは」
 アベルは少し俯いてから答えた。
「暫くここにいようと思う」
「ん、そっか。とりあえずこれだけ変態の集まってるトコなら、お前の存在なんて簡単に隠してくれぐガッ!」
 ええと、俺が殴られたモーションです。
「うっさいわね!どっかに行こうったって、あたしは何処にも行けないの!」
「別に、どっか行きたい町があるならついでに連れてくぜ」
 テリーがめんどくさそうに言った。
「何よ、随分親切じゃない」
「たいした理由じゃねぇ、俺も別にこれから予定が無いだけだ」
「エズには戻らないの?」
「ああ、何よりもう船に乗りたくねぇしな」
 テリーはげんなりと言った。ご存じの通り、こいつ乗り物酔いが酷い。
「じゃぁお前、どうやってイシュタルに来たんだ?」
 イシュタルは島国だぞ、行くにも帰るにも、船は必須だろう。転位門というものに、まだこの時俺達はお世話になった事が無く、そういう手段があるって知識が無い。
「……船じゃねぇのは確かだな」
 そう。転移門とか、乗り物以外の移動の方法もあるんだよな、でもなぜかテリーはこの時、自分がイシュタルに来た時の手段をはっきりと答えなかった。
 と、アインが俺に抱えられた状況でだだをこねるように首を振り暴れだす。
「つーれてって!あたしをここじゃない所に連れてって!」
 アインは子供だ。一応、10歳未満なチビドラゴンであるという。
 それが捕まって、閉じこめられて……何かは知らんが酷い目に合う間際。
 アインの明確ではっきりとした主張に間違いなくその時……アベルは鼻白んでしまっていただろう。かく言う俺もちょっと怯んでいた。
 そんあアベルの手前、よしよし俺がどっかに連れてってやるとは軽々しく言えずについ、黙ってしまっていた。
 ……なんでかって?
 だから。色々あったのだよエズで。
 アインのその一言が無ければなし崩しで俺が、チビドラゴン引き取って魔導都市を後にしていたかもしれない。俺達三人はそこで、旅仲間を解散していた可能性もあっただろう。

 連れて行って。

 その一言を素直に言えたら、そもそもこんなややこしい事にはなっていない気がする。
 俺は、地面に視線を投げてしまったアベルを伺いながらその時、そう思っていた。俺は俺でアレだろ?連れてけと言ってしまったばっかりに酷い経歴背負う訳になったし。
 さて、俺は……今後、どうすればいいのだろう。
 そのように俺が色々迷っている事をテリーの奴、知ってやがるからな。つんつん肘で突いて無言で訴えている。
 お前が全員連れてきゃいいだろうが、と言われているのは分かっている……分かっているが。
 俺は、俺にはそれは出来ない。する資格がねぇんだ。
 でも、そうだな。
 アベルがそれを望むならそれでもいいだろう。俺はそのように妥協し、アベルの声を待っていた。
 女に言わせるのは最低だ?
 違うって、だから、いろいろあったんだってばエズで!

 俺は都合で、約束で。

 そういう事をコイツに言える立場ではないのだ。
 言えるなら、言葉なんてうざってぇ。

 さっさと手ぇ掴んでどっかに逃げとるわい。

「テリーちゃん」
「ちゃん付けはやめろ」
 アインの言葉を速攻で推敲するテリー。
「ここのお二人さんはなんでだんまりなの?」
「さぁな。何でだろうな」

 あくまで第三者を貫くつもりのテリーの言葉に、俺とアベルが弾かれたように顔を上げていた。

「いいわよ、ここまで散々迷惑掛けたし。あたし、迷惑掛けるだけでしょ、あんたの側にいたって」
「だよなぁ、お前と居るとろくな事がねぇよ」
「人の事言える訳それ?大体今回の騒動はアンタの所為でしょ?」
「巫山戯んなお前、それ俺に大人しく死ねって言っているようなもんだろ!」
「はいはい、ここで暴れるのはもう止せ」
 お互いに構えて顔をつきあわせて戦闘態勢に突入しそうになっているのをテリーが引き剥がす。

 それもそのはず。

 辺り一帯瓦礫の山なのだ。魔導師の人達が数人、伸びて倒れていてピクリとも動かない。

「とりあえず、その話長くなりそうだから場所変えねぇ?」
「そうね、これ以上トラブルに巻き込まれるは沢山だわ!」
「ムカつくが同意!こんな所にいつまでも居たくねぇ!」

 といった感じでケンケンしたまま、アインをとっつかまえていた某魔導師の屋敷を後にした所、だな。
 同じ一派と思われる連中が報復か、それとも別の目的か。
 俺達を追っかけてきやがって。
 話し合い所じゃなく、とにかく逃げろという展開になり……。

 そこにレブナント某が、妖しい策略の手を差し出してきたと言う訳ですよ。
 『匿ってやる』という話に乗るしかなくなり、獣鬼種魔導のレオパードと精吸鬼のサトーのお世話になる事になってしまったんである。
 その後平穏になったかというと勿論、そうではないのはご存じの通りだ。そこでもすったもんだあって、最終的にそこからも逃げなきゃいけない事になり……。

 最終的にレッドが手を差し伸べてきた訳だな。

 一緒に魔王討伐いきませんか?とな。

 ちなみに俺達がその提案を受けざるを得ない状況に追い込んだのはそもそも、レッドである。何しろレッドの魔導都市での名前は『レブナント・ジュニア』だかんな!あるいは、レブナント・アールとか呼ばれてたと思う。その後本名はレッドなので以後はその様にお呼びください、とか言われたんだ。
 魔導師でマトモな奴なんて見た事ねぇ。
 いや、前言撤回。アベノ・アダモスさんだけ例外。あの人はいい人だった。



 と云う事で少し、長いリコレクト終わり。

「なし崩しでここまで来たよなぁ……」
 色々リコレクトして後、俺はしみじみと呟いてしまった。
「なぁアイン、別に魔導都市の事は聞かねぇよ。お前、死の国とやら出身なんだろ?しかも大陸座イーフリートと面識がある。……つまり、そこにイーフリート居るって事なんだよな?」
「うん、そう」
「その死の国から、どうして魔導都市に連れてこられたんだよ」
 アインは仕方がないなぁ、という風なため息を漏らした。
「あたしもよく分からないの。……あたしは、その日いつもそうするように散歩をしていたの。ソラを飛んでいたわ」
 ふんふんと、俺達は話の続きを促してみる。
「憶えてないの」
 しかしアインはすぐに長い首を垂れ、力無く言葉を続ける。
「気が付いたら……知らない森の中で目を覚ましたわ」
「それは、ドコですか?」
 分からないとアインはゆっくり長い首を振る。
「びっくりして大騒ぎして、あたしは覚えのある場所を探したの。話を聞こうと思ったけど『話が通じない』んだもの。全然見覚えがない所ばっかりで、匂いも知らないのばっかりで……そのうちになんとか、小さな集落にたどり着いたわ。シコクには人間はあんまり住んでないから……でも、アタシ必死だったから人間に助けを求めたの。ここはどこ……って」
「……それで、捕まった訳ですね」
 こくんとレッドの言葉にアインは無言で頷いた。
「ドラゴン分類学という悪書のおかげで、ドラゴンすなわちお金になるモンスターという認識が未だに根強いですからねぇ……子供のドラゴンともなれば希少価値は更に高い。生け捕りにしたら金になる、と思われた訳ですね」
 レッドさん、解説乙。
「……そうみたい」
「ドラゴンって金になるんだ?」
 と、アベルが何気なく言った一言にアインさん、ちょっと憤った。売られる危険性を今更ながら感じたのだろう。ちなみに、俺はそのドラゴン分類学というレッド曰く『悪書』を知っている。テリーも多分、知ってるだろう。あれは子供向けの言語を教える『教科書』として最適な作りをしているらしく、お蔭様で文字の読み書きを習った事がある人なら大抵通る道なのだ。アベルだってもちろん読んだことがあるだろうが、俺と違ってちゃんと家庭教師が付いていたにもかかわらず学の狭いアベルは、子供の頃の教科書の事など忘れ去っているのだろうな……あるいは、男の子と女の子の差であろうか?それも、あるかもしれない。
「何よ、アベちゃん!別にお金に困ってないでしょ!?」
「知らなかったのよ、ドラゴンって確かにあんまり見かけなくなった、とかいう話は聞いた事あるけど……だから?」
「そうですね、今はそう云う意味で珍しい。しかし、ただのドラゴンの幼生なら魔導都市に目を付けられる事はないでしょう。確か、ペランではドラゴンを絶滅危惧種に指定し、保護するという活動があったはずです」
「まじかそれ」
 どっかで聞いたような話だな。
 するとレッド、にやりといつもの微笑みを浮かべる。
「角、牙、鱗、肉、血、骨、それに魂までも。研究しつくされた、知名度の高いドラゴンは廃棄する場所がない程全てに価値がつく存在です」
「生薬材料にも竜って名前の付くのは多いよね」
 ナッツはのほほんと呟いた。悪意は……なさそうである。
「いぇえぇぇぇッ!」
 アインさん、恐怖の余り逃げ出さそうとした所ワイズからとっつかまった。
「逃げない逃げない、だから。ドラゴンというのは乱獲されて、個体数が減ってしまって困っている訳だよ。絶滅されては困るから一定数保護しようって話になるんだろう?」
「……マグロと同じか……」
「マグロ?」
「あ、いや。こっちの話で」
 いつぞやイシュタル国で乱獲により個体数が減り、保護されている黒亀の話を聞いたよな。変な事するよなぁという話をしたら、レッドがマグロを例に出してその理由を実に明確に説明してくれたっけ。
 黒亀、玄武の保護するのはその甲羅がとても良い素材になるからだって。
 あれはサガラ工房の剣すら砕くってんだから、確かに素材としてはすさまじい。

 今、都合で同行している魔王八逆星の一人、アービスが纏っている鎧がまさしくその黒亀玄武の鎧だ。

 俺はそれを連鎖的に思い出して、座るでもなく突っ立って少し離れた所でこちらの話をうかがっているアービスに向って振り返る。
「その鎧、」
「ん?」
「……ギルから貰ったのか?」
 思い出して問いかけた俺に、アービスは苦笑する。俺は怪訝な顔をしていたらしい。
「あ……、ああ。……あの人は乱暴だけど、そんなに悪い人じゃないんだけどな。でも君には良い思い出はないかも知れないね」
「あいつらから貰ったもんなんかよく使うよなっ、て話」
 いや、俺も剣直してもらって今使ってますけどッ!でもこれはもともと俺の剣なんだから!プレゼントとは違うぞ!大体、直して元に戻したのだって、多分ナドゥの何かしらの計画の内だったっぽいし。
 俺は砂地に座り込み、片肘を膝の上について体を預けながらため息をもらしていた。
「……私が許せないのはナドゥだけだ。彼も、利用されているだけかもしれないだろう?」
 少しだけこちらに近づいて来て、アービスがその様に言った言葉に俺はなおもため息を重ねる。
「確かにアイツは脳味噌まで筋肉っぽいもんな。暴れる所があるならどこでも構わないって奴だろうさ。だからこそ俺は、連中を許せないんだけど」
 すると、あくまでギルの肩は持ちたいらしいアービスは少し表情を強ばらせる。
「彼は無作為に壊している訳じゃない」
「ナドゥの言われるままに振る舞ってる段階で同じだろ。それは、お前だってそうだかんな」
 顎に手を置き、だらしのない格好の俺はそれでも、厳しく言ってやった。
「………」
「俺は、連中許さねぇぞ」
 それと同じく俺は、俺自身も許せないのだ。
 だからこそ連中はこの俺が、倒す。タトラメルツでの一見が俺の脳裏に未だにちらつき、忘れるなと警告してくる。大丈夫、忘れる事なんてありえねぇ。
「最終的な目的がどうあれ、それで……無抵抗な人を巻き込んでいいって話じゃねぇだろ。犠牲出してもいいって話じゃねぇんだ。しかたがないって諦めるなら、なるべく戦争をやらないようにしようって努力している国の意向はどうなる。お前ら魔王八逆星は、そういう……ずっと昔から積み上げてきた人々の願いを踏みにじっている」
「……それは、」
 何か葛藤があるのか、少し目元を険しくしてアービスは砂の地面を睨んでいる。
「どうして物騒な手段に出るんだ。大陸座をやっつけるにしろ、もっと他に方法があるだろ。お前ら、望むままに振る舞える力があるんだからよ」
「君は、人を憎んだ事は無い?」
 唐突に思える質問に、俺は苦笑していた。
「あるよ、些細な憎しみでぶっ殺した人間一杯いるけど、それが何か?」
「その人達は、居なくなっても良いと思ったからそうしたんだろう?」
 まぁな、殺しても良いと肯定された場にあったからこそ、選択肢が二択になっていたからこそ……天秤が憎しみで傾き、俺は報復を晴らす為に多くの人を屠ってきた。
 エズの、闘技場での事だ。
 殺し合いも是とする闘技場で戦う剣闘士の宿命だ。殺さずを貫く事など出来ない所だ。そんな重い手枷をつけたままじゃ、生き残る事なんざできねぇ世界なんだ。
「なら、それと同じだ。居なくなっても良いと思っているから平然と、巻き込めるんだ」
「巻き込んだ町の人達をか?面識ねぇのに、そんな事を判断できるのかよ」
「私達は……人じゃない」
 アービスは自嘲を掌で隠す様にして言葉を続ける。
「……怪物だ。この世界にはそぐわない、縁のない者だから。だからきっと痛む『心』がないんだろう」
「弟君は救いたいってのにか?」
「そうだよ」
 あっさりと認めてアービスは、突っ立っていた所俺の隣にやってきて座った。
「縁があるものにだけ痛みを感じるんだ。その仕組みは怪物も人も同じなんだろう。縁のない者の痛みまで感じていたらきりがない」
「上に立つ奴の理屈だな、そりゃ」
 んぁ?気が付いたら俺、アービスと話し込んでたな。
 声に振り返ると、他はアインを囲んで別の話をしている。
 口を挟んできたのはテリーだ。
 マツナギらと食料調達に行っていたはずだが戻ってきたんだろう。熟れて甘酸っぱい匂いを漂わせる、拳大程の見た事がない果実を抱えている。
 痛みやすい果実を手渡された。喉渇いていたし、遠慮なくいただく事にする。薄皮を剥くとジューシーな果肉が現われる。野生味の残るあまり甘ったるくない爽やかな後味に、もう一個頂く事に。
 中心にある種を吐き出した所、テリーはふっと顎をしゃくる。
「ヤト、お前にちょっと用事があるんだが」
「……俺に?」
「付き合え、なんだったらお前も来るか?」
 と、慣れない果実食べるのに必死になってたアービスも誘ったようだな。


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