異世界創造NOSYUYO トビラ

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9章  隔たる轍    『世界の成り立つ理』

書の6後半 焦げる鉄『理由はいつも単純だという事』

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■書の6後半■ 焦げる鉄 Routine works

 太陽が沈み行く広い砂浜を暫く歩く。海の方に向かっているな。
「何だよ?」
「ああ、やぼ用だ。最近ろくなのと闘ってねぇから体が鈍りそうでよ」
 この男、どこまでも格闘バカである。
 何の用時かと思えば、手合わせ願いかよ!
「なんで俺なんだよそれ」
 修練に、病み上がりな人柱さんをご指名しないでくださいよもう、というか……。
 遊びでやる闘いは好きじゃないんだ。手加減が出来ないと云う訳じゃない。手加減が通用する相手なら、相手にしてやってもいいだろう。でも、今塩で固くなっている砂の地面を踏みしめて振り返ったこの男、テリー・ウィンは手加減が通用する相手じゃない。そんでもってテリーは、一局の手合わせに向け俺に、殺し合いクオリティを求めてくる。この格闘バカお兄さんの性癖を、俺は嫌というほど理解しているのだ。
 やり辛いだろうが、へたにどっちか怪我でもしてみろ。ナッツさんから雷が落ちるじゃないですか。そこで俺は黙ってついてきたアービスを振り返りその背後に逃げた。
「テリーさん、この剣士さんも結構強いですぜ」
「そりゃ知ってるが、間違ってぶっ殺すと悪いだろ?」
「え?」
 今から何が始まるのか、多分よく理解していなかったアービスが驚いて固まった。
「俺はぶっ殺してもいいのかよ!」
「いいだろ、てゆーかお前、死なないんだろ?どういう理屈かしらねぇけど」
 ………。
 もしかして、それを確かめたいだけかこの男?
「客人に手は上げねぇ」
「パーティーリーダーには上げるのかよ」
「ごちゃごちゃうるせぇ奴だよお前は。事象平和主義の癖に、人を殺したなんだって簡単そうにくっちゃべってやがるしな。そもそもお前にリーダー務まるかって話だ」
 問答無用で飛んできた拳を躱す。砂地ってのは動きづらいものだが、塩でがちがちに固まっている足場は……逆に危険だな。
 ここに叩き付けられたら結構痛いかも。
 その様に思いながら、俺は仕方がなく槍を構えた。
 剣も当然持ってきたけど、強すぎる武器はフェアじゃねぇ。そんな俺の考えをしっかり読んでテリーはにやりと笑った。
「別に剣でも良いんだぜ?」
「バカ言うな、間違ってぶっ殺しちゃったら悪いだろ?」
 ムカついたので言い返してやりました。
「言うじゃねぇか!」
 篭手になって収納されていた槍の間合いに、遠慮無く入り込んでくるテリー。
 ふふふバカめ!などと槍を繰り出した途端、バカは貴様だ!と反撃を食らうハメになる事を俺はよく知っている。
 武器で攻撃するとはすなわち、テリーに武器を破壊させるべく差し出すも同意だ。
 テリー相手に武器の間合いは関係ない。
 かといって、俺に肉弾戦は無理。
 俺とテリーの立ち位置が瞬時に交差し、すぐにも振り返ってお互いが構える。
 アービスは何が起ったのか理解できただろうか?
 沈もうとする夕陽に照らされたテリーの左頬に、つっと血の流れる細い傷がついている。で、俺の左顎下からもちょっとだけ血が滲んでいるだろう。躱したと思ったが皮一枚、届いていたようだ。そしてその感覚はテリーも同じくだろう。
 簡潔に今何が起ったのか説明すると、容赦なく顎狙いで来たテリーの一撃を俺は小細工して回避した。
 俺は槍を振らず、テリーの攻撃範囲外に待避させ……武器破壊を諦めて本体攻撃に瞬間的に切り替えてきたテリーの、死角から槍尻を忍び伸ばした訳だ。
 簡単に言えば、相手の移動先にこっそり障害物を置いた感じである。
 しかしテリーは障害物に気が付いて回避、俺もその動作に合わせてテリーの拳を回避。
 接近戦の鬼に超接近を許しておいて……完全に間合いに入っているのに攻撃を避ける。
 これは、テリーの攻撃手段を熟知している人しか取れない戦略、と言えるだろう。
 先に手を出したら手折られる、そして連続で致命的な二撃目を叩き込むというのがテリーの戦闘スタイルだ。カウンターなんて生やさしいものではない。相手の武器も破壊してさらに相手も叩く。破壊力とスピード、どちらも備え持つから出来る攻撃スタイルだ。
 コイツと対峙する者はエンカウントしたら、最低2回の攻撃を耐えなければいけない。
 先制したらしたで致命的なカウンターを貰ってしまう。こっちもはやぶさ効果で2回攻撃出来れば多少は釣り合うのだがな。俺にはそんな器用な真似は出来ない。なら攻撃は、空振りさせるに限る。
 こっちが避けるのではなく、あっちに空を切らせる。少なくとも相手に先制させるに限るだろ?
 テリーが拳一つに拘るのはちゃんと理屈があるのを俺は知っている。武器を持つ者の攻撃を、間合いの広さから鑑みて『先制を相手に譲る』という意味があるのだ。
 ところが、そうと知って警戒しぼーっと突っ立っていてもまずい。
 そういう時テリーは問答無用で相手の武器を折りに来る。何故なら人は攻撃されると武器や盾などで防御態勢に入ったり、回避運動に入るからだ。そこであえて本体を狙わない。
 武器を先に壊す。そっちの方が無防備で、狙いやすいからだな。
 そのように、相手の『手段』を奪ってから本体への攻撃に移るというのがこいつの常套手段。
 もっとも、これは人を相手にする場合に限られる訳だが。装備を剥ぐ事で戦意をも殺ぐ。そうやって、なるべく人の命まで取らないようにしているようだ。……俺よりも甘い主義を貫いている、そんでもって貫く技量があったりする。テリーは、ほぼ『不殺』とも言われていたな……本当に真正の、戦いバカなのだ。
「やっぱり通用しねぇな、」
 テリーは好戦的な笑みを浮かべている。
「当たり前だろ、何回殺し合った仲だと思ってんだ」
「はっ、闘う時だけは『戻ってくる』ってんだ。都合のよいこった」
 その言葉で頭にきた。今はその理由を冷静に考えている余裕がなく、俺は瞬間固い地面を蹴り先制に出ていた。槍を真横から薙ぎテリーの左腕を折りに行く。
 一瞬で間合いを詰めたはずなのだが、俺が折るべき左腕は攻撃に反応し槍を字の通り『はじき飛ばす』。
 左の肘を突き出した体勢で右の拳が真っ直ぐに突き出されてくるのを……俺は、左で抜きはなった剣の刃で受止めた。
 すさまじい衝撃で体ごと吹き飛ばされそうになる所、俺は体を捻りテリーの顎を下から、思いっきり蹴り上げてやった。
 地面が足についてねぇんだから二撃目防いだ所で吹っ飛ばされるのは知っている。なら、その駄賃に一発蹴りでも入れてやらぁって目論んで、これがヒットしたな。
 吹き飛ばされ固い塩の地面で一回転、鋭い塩の結晶が、接地した背中と指の先を切る鋭い痛みを感じる。
 剣を突き刺し転倒は免れた。良い具合にテリーの顎にクリーンヒット入れた筈なのだが、奴はまだ倒れてはいない。まぁ地に足付いてなかった一撃だ、もっとも俺はただ顎を蹴ったんじゃねぇぞ、角度によっては人間にとって一番弱い首と、頭に衝撃を叩きこめるんだ。素人ならば軽い一撃でもダウンさせる一撃を奴に食らわせたつもりだ。
 速度、破壊力、それに加えて異常にタフとい備えていたら無敵だろうお前。
 テリーは頭を振り、顎をさする。
「悪ぃな、ちょっと手加減しちまった」
 早くもヒットを貰った事に、テリーは謙遜らしい言葉を謙遜らしからぬ笑い顔で言いやがった。
「………」
 だが俺は……その前にテリーが言った言葉が耳にまだ残っていてそれを今、冷静に反芻していた。無言を返す。
 そも、今の攻撃は感情的な反射だった。それを反省もしている。
「お前から同じ二撃目を貰うなんてな」
 顎をさすっていた手を除けて、再びテリーが構える。
「……違う」
 俺は、こいつと何度も闘技場エズで殺し合った仲だ。
 その経験は確かに俺のものかもしれない。
 けど、その『記録』は俺のものじゃなかったんだ。

 今更それを思い出し、俺は剣を投げていた。
 塩で固い砂地に、聞き慣れない音を立てて剣が転がる。

「……何だよ」
「やめた、お前が何を言いたいか了解したから、止めた」
「ん?ああ。別に俺は『それ』を非難してる訳じゃぁ無いぜ?」
「……じゃぁなんで」
「まぁ大体は分かったからいいか……。間違いねぇな、お前はヤトだ」
「……だから、何?」
「偽物じゃねぇって保証がドコにある」
 その言葉は心外で、それ以上に意外だったので俺は目を丸くしてしまっていただろう。
「肉体のコピーか可能で、精神的な繋がりが二つ以上に分岐している可能性があるとするなら……お前がヤトじゃねぇって場合もあるだろうなと思ってな」
「なんだと?」
 なんだ、それは?
 自分が自分であるという他人に意識を疑われるというのは……もの凄く理不尽だなこれ。
 と同時に、もの凄い不安が俺を襲う。
 それでもし本当に、俺が俺じゃなかったらどーするんだお前……それ……。
 俺が俺ではなかったらという可能性を突きつめて考えてしまい、胸が締め付けられるような不快感を憶える。そうだ、よく考えれば……そういう状況になってしかるべき立場に俺は立っていたんだった。
「で、どうすりゃそれが分かるだろうって考えた訳だよ。記憶は共有できるとして、経験まではそうとはいかねぇだろ」
「……それを、試す為にか」
 すっかり陽の沈んだ砂地に、黒い鎧のアービスが突っ立っている。
「よう、アービス。お前、お前の弟さんが戦ってる所……見た事在るか?」
 アービスは首を横に振ったようだ。するとテリー真顔になって俺を振り返る。
「俺は、見た事がある。奴がこいつに斬りかかっていった様子を見ていた」
「それがどうかしたのか?」
 テリーは何を言いたいのか分からず、俺はそのように首をかしげてしまった。
「お前、分からんのか?まぁ……自分と戦うなんて経験はそうそう無いだろうからなぁ」
 ……ちょい待て。
 俺は、あの時あの人食い少年……アービスの弟という少年と戦った時に感じた違和感を思い出す。
「……やけに剣の立ち筋が……素人には思えなかったけど」
 しかし、その割に戦いは素人に思える。最後には剣投げて掴みかかって来やがったし。
「お前の戦いは散々見てきたからな、俺には分かるぜ。あのガキの剣技はお前のもんだ」
 きっぱりと言い切られてしまった。
 これがアベルとか他の奴らならまさかぁと、笑いながら否定する所だが……テリーから言われると否定のしようがない。同業で、実力を認めている。素直に背中を任せても良い奴だ。
「まさか!」
 それでも、やっぱり姿勢的には否定してしまう訳ですけれど。心の中ではかなり致命的なものとして突き刺さっている。
「俺もまさかと思ったぜ。けどまぁ、ナドゥについての仮説を聞いていたら『あり得る』って思ってな。それで考えていくとお前だって存在が危う訳だが、多分それについては軍師連中、ある程度展開予想はしていたらしい……大丈夫だろ、」
 テリーは俺が投げた剣を拾い上げる。
「お前はヤトだ、間違い無い」
 肯定されるのはいいが、俺は途端に全ての可能性の分岐を理解してしまって……逆に不安になった。
「……なんで?」
 疑うのも嫌だけど、何でもって俺が証明されているのかが分からず不安で、尋ねてしまった。ほぼ無意識に差し出された剣を俺は取る。剣を俺に差し出していた手でテリーは、自分の脇腹を指さす。
「ナーイアストの石、お前はちゃんとそれを持ってただろ。お前の腹裂いて何を確認したいって、どうやらそれが本命だったらしいからな」
 そういやドリュアートを出る前に開腹されたな、割と問答無用で……。
 ナーイアストの石を最初に俺にねじ込んだのはレッドだ。
 その後も赤旗ついたまんまだったりで、デバイスツールは俺の体内に一つ保持されたままになっている。魔導都市ランで一旦取り出そうとしたらしいが……結局それで『俺』は暴走したらしい。
 確かに今も、そのまま俺の腹の中にあるはずだ。
 いや、でもさぁ。
 俺は不安な顔を上げる。
「タトラメルツでとっつかまった時に『入れ替わってたら』どうなんだよ?」

 俺は、俺じゃない。

 二回目ログインの後、何度も感じていた違和感を思い出し、俺の不安はなかなか去っていかない。
「そうやって墓穴掘る必要があるのか?お前、」
「う、まぁそうだけど……」
「その可能性がアリだとしても、とにかく。ここまで旅をしてきたのはお前だ、それは間違いないだろう。俺が思うにデー……じゃねぇ。記憶が繋がっているのはあくまで『記憶』だろ、経験じゃねぇと思うぜ」
 今、データベースって言いかけたなコイツ。
 アービスがいるのでそれをここで言っちゃうと経験値マイナス。そも赤旗とかいう問題を考えながらゲームしている時点で俺達は、ゲームのプレイ方法論がちょっとだけ間違ってんだな。でもまぁ仕方がない。一応肩書きに『デバッカー』がついてるわけだし。
 とりあえず、不安は少しだけ払拭されたわけだ……が。
 同時にもう一つの不安が迫り上がってくる。アービスはすでにその可能性を考えてだんまりしてるし。
 何って?……その、俺の太刀筋を持つ……アービスの弟さんの事だよ。
 それを鑑みてナドゥが出来る事を考えると、可能性が一気にひらけてしまう。俺が二人いるなんて事は、この世界のリアルに言っても、ゲームとしてのリアルで言っても在っていけない事であると思うが……どうよ。
 でも、もしかするとそれに良く似た事が起っている可能性が……あるわけだな。
 あのおっさんの『可能性』を考えると。
 バグらしいバグと言えばそれまでだ。
 しかし、そのバグはゲームシステムの事なんて大して分かっていないだろう、テリーが危惧する程安易じゃないぞ。
 ちょっとだけ知識がある俺が考えるに、それでは『理屈』が合わない。
 俺が二人以上になっている、すなわち多数が一つのデータベースを共有しているのではないか、というテリーの危惧は……ちょっと現状、理屈に合わないのだ。
 どこが理屈にって適って無いかと言うと、あの人食い鬼になっているアービスの弟と俺が、同じデータベースを参照しているというトコだ。それは疑わしい、そうだとするなら、俺はあの人食い鬼が積み上げた記憶、データにもアクセス出来なきゃおかしいからな。つまり、俺はあの弟君の今現在の経験も何らかの形でリコレクトしているはずである。
 ただ……データベースの中でトビラみたいに『一方通行』になっているセクションがあるとするなら……その領域は、俺にとっては邪魔なものでしかない。領域が限られているなら正規領域を圧迫する原因にもなりうるのだから邪魔どころの話じゃねぇ。
 コピーだとするなら尚悪い。
 なんでかって話は面倒だからしねぇ。大体、それはリアルの話だ。
 ここでデータベースがどうのこうのテリーに話す訳にも行かないので俺は黙り込んでいる。これはレッドやナッツに話をして、詳しい奴らに可能性を絞り込んで貰った方が良いだろう。あるいはすでに奴ら、気が付いてるかもしれない。
 最も問題は、どうしてそんな事が可能になっているのかって事だけど。
 暗闇で虚空を睨む。
 ナドゥ、あいつは……赤い旗を発現させて何を望み、どんな力を手に入れたというのだろう?



 テリーに付き合って手合わせしている間にどうやら、海を越える方法については決まったらしい。明日昼に行きますと言われ、俺はちょっと色々可能性について考えてしまっていて適当にああ、そうかと返事したと思う。
 ちゃんと聞いておけば良かったかの知れないな、海を越える方法。
 いや、話を聞いた所で結局理解出来なかったかも知れない。
 今、方法をレッドから講釈頂いているのだがさっぱり分からん。俺の頭が理解してくれない。


 ぼーっとしていて展開をスキップしたな、俺。


 砂浜に立っていたその後、何が起こったのか思い出せない。というか、理解出来ない?

 気が付いたら見知らぬ森の前に倒れていたんだ……。


 ほんと、何が起ったのか分からん。しかも俺一人になってるし。


 見た事がない、色彩の欠けた木をぼんやりと見上げ、ここはどこだと辺りをウロウロしていたらそこに、ぶぁーんという不快な音を立てて、甲虫が飛んできて俺のマントに止まった。
「人間、だなお前」
 声に俺は振り返ったが当然、そこには誰もいない。
「アインの友人だろ?」
 もう一回別の方向から振り返ってみたがやっぱり誰もいないな。
 仕方が無く俺は……ブルーメタリックで小さい角が生えている甲虫に目を落とした。サイズはニホンカブトムシくらい。コガネムシよりは上等そうな感じだ。
「……お前か?今喋ったの?」
「分かっているならボケるんじゃない」
 いや、普通虫はおしゃべりしませんから。
 俺は別に森の妖精でも何でもないし、虫の言葉なんて分からないし。サイの能力もありませんから。……ん?虫にPSY能力があるとかか?
 前足二本を差し上げて、ブルーメタリックの甲虫は『言った』。
「みんなバラバラになってるみたいだな、それで俺達みんなでお前達を手分けして探しているんだ」


 死国、たどり着く方法もアレなら、住民もなかなか魔訶不思議だ。


 町だと案内された所はどう見ても森。しかも灰色で……暫くしてようやく気が付いた。
 この森、全部石で出来ている。あるいは、石になってしまった森、みたいな感じだ。そこに住んでいる住人達がすさまじい個性を俺達に見せつけてくれている。

 アインさん、言ってたもんなぁ。
 シコクに、人間はあまり居ない……って。

 俺を石化した死の森に導いてくれた、ブルーメタリックの甲虫さんの名前はノーデライ。ノイと呼ばれているとか言っている。
 石の森の合間から現れては俺を物珍しそうに見て、密かに手……?を振ってくる多くの……人間以外の生物達に目を回している、俺。ノイは、呆然としている俺に色々一方的におしゃべりして教えてくれた。
 彼らは人間を久々に見るから珍しがっているらしい。
 この町には人間は、数える程しかいないとか。
 展開に目を回している場合じゃない。重大な事を聞くべきだ。俺はようやく石で出来た森にも慣れ、俺の腕にしがみついているノイに尋ねた。
「なんで……虫が喋るんだ?」
 重要だろ、そこ。
「疑問に思っている割に受け入れは早かったよな」
 ノイの口調は辛口だな。口らしいところをもごもごさせているが、音を発音できる器官ではない。フツーに虫だ。しかし、確かに声はそこから聞こえてくる。
「アインだってあれ、トカゲだけど喋るだろ?」
「いや、あれはドラゴンじゃねーか」
「同じようなものじゃないか。それに竜だってすぐには喋ったりしない。長生きするうちにそういう能力を得る場合があるだけだぞ」
 ノイが言っている事は事実だ。アインが喋れるのは特例、神竜種という珍しい生物、あるいは種族だからだ。しかし……アインとか最近だと小さな蛇のマーダーさんとか、あと大蜘蛛とか、そういったイレギュラーと会話していた所為だろうか?別段、現状に違和感が無かったりする。だから俺は虫が喋ったのにあんまり驚かなかったのだ。
 案外このトビラの世界では、某有名童話のようにどんな生物であれ喋るものだろうか?と、リコレクトしてみたがそんな話は聞いた事がない。
「とにかく、ここでは誰でもおしゃべりするのが当たり前なんだよ。しゃべらないものは『食べても』いいんだ」
「……なんだそれは?」
「ここのルール。ほら、見ろ」
 小さなトゲのついた足を差し上げるノイ。俺はその方向に顔を向ける。すると、石で出来た木の枝に小鳥がとまっていて、こっちを見て挨拶をするように片羽を上げて見せる。
「鳥はアインの好物だ。でもあの鳥はこの町の住人でもある。みんな姿が様々だからお隣さんが天敵の姿をしている事もあるのさ。……俺なんて鳥から喰われちまう方だし」
 だから、ああやって挨拶をして住人だって主張しているのか。
「……変な所だなぁ」
「俺から言わせりゃ外だってよっぽど奇妙だと思うけどな。もっとも、外の世界から生きてここに来る奴なんて稀だけど」
 さらりと恐ろしい事言ったな、この虫。
 外の世界から生きてここに来る奴なんて稀!
 流石はシコクだ。まさしくここは……その名前の通り、死の国なのか!

 なんだかすさまじい世界観がある様である。
 そんな国があるなんて、勿論俺の知識には無いが……
 暫く死の森を歩くと見慣れた物が見えてきた。
 小屋だ、しかしこれも……石で出来ている。というよりはやっぱりこれも石になってしまったという雰囲気だ。丸太を組んで作られている頑丈な建物が見事に石になっている。
 窓や戸はない、ふいと赤い色彩のものが顔を覗かせ俺に飛びついてきた。
「アイン!」
「ヤト、一番乗り!どう、あたしの故郷の感想は?」
 俺は、素直に言う事にしたぜ。
「変なトコだな……」
「外の世界観があればそう思うのだろう」
 聞き慣れない声は扉の無い小屋の入り口から聞こえた。顔を上げると灰色のローブみたいなものを纏った髪の長い『人間』が立っている。俺の腕からノイが飛び立ち、現れた人間の肩に着地した。
「初めまして、アインを助けてくれたそうだね。……見ての通り、この町の一握りに該当する人間の一人だ」
 ぶっきらぼうな口調だが、声からするに女性らしい。何となく……どこかで見たことがあるような顔をしているような気がするが、なぜだろう?天然パーマのような髪に所々枝や蔓などと一緒に石や貝殻などを編み込んでいる、どこか野趣溢れる雰囲気なのは……左目を斜めに回した布で隠しているから……かな。
 どちらかと言えば整っている顔だな。肌は少し浅黒い感じ。
「あ、初めまして。ヤトです。……アインはここの出身って聞いているんだけど……ここが、死の国ってマジなんですか?」
 そもそも、どうやってここに来たのかも理解不能なのだけど。
 レッド……海渡るの無理だ、とか言ってなかったっけか?俺、ぼんやりしていて海をどうやって渡るのか聞いてないらしくリコレクト出来ない。
「……地名は特にないはずだが、一部がここを『死の国』と表現していたな。……私はパスと呼ばれている」
「パスさん、か。俺の他の仲間は?」
「この国は物理的に閉ざされている、少々乱暴な上陸をしたようだな。それで、皆離れ離れになってしまったようだ。勿論その様になる事は承知していたようだが?」
 アインが頷いているが……すまん、そのあたりちゃんと話を聞いてなかった。俺は苦笑してそうだっけかと頭を掻いてます。

 その後、様々な生物に道案内された俺の仲間達がやってきた。ほ乳類、鳥、爬虫類、両生類。話を聞くに、ここの住人の多くはほ乳類系動物らしい。トカゲや蛇、人型、虫の住人は少ない方だとか。
 当然、ドラゴンも少ないらしいぜ。それでも至上二匹目らしいが。
 実は……ランドールパーティの竜顔の魔術師、エース・ソードがその一匹目なんだそうだ。仲間達にその事実を教えていなかったのは、エース爺さんがこの死の国を出て、八精霊大陸で暮らすようになって久しいからだ。そして、二匹目がウチのチビドラゴンのアインである。
 エースじいさんはマツナギと面識が在った通り、シェイディ国の魔術師だがランドールパーティ側はてっきりシェイディ出身なのだろうと思っていた、との事。エースの方でシェイディ在住より過去については公言していなかったという事だな。
 なら、エースも死の国に行く手段を知っているだろうって話になると思うが、どうにもエースもアインと同じで、どうやってシコクを脱出したのかは分からないらしい。曰く、事故で外に出ちゃったみたいだな。
 それで長らく八精霊大陸に居た間に、自分がどうやら『死の国』出身である事は突き詰めたらしい。死の国が、死熱の海の果てにあるという話はその都合、よく知っていたという事だ。とはいえ、実際来て見てようやくそれが正しかった事を知った感じであるらしい。
 ……エースは、別にこの国に戻ろうととは考えていなかった様だ。
 本来、閉ざされた死の国で終えるはずの人生、長く生きなければいけないドラゴンとして生まれ、外に出てしまったのは宿命であろう、とか割り切っているみたいだ。

 ようやく俺達の面子が揃った所で、パスさんから、詳しくこの死の国についてを聞く事になった。
「出て行く事は出来るんですか?」
 それについてはエースが長い顎を摩りながら言った。
「望んで『出て行く』者は居たはずだ。わしは別に望んだつもりはなかったが……だから、どうやって外に出たのかは知らぬ。しかし、案外出入りは簡単なのかもしれんのぅ?」
 どうやって死の海を越えたか?レッドが詳しく話してくれたが俺にはさっぱりだった。そんなさっぱりした顔をしていたらナッツが助言してくれてだな……要するに、オズの魔法使いパターンだとか。ヒントはハリケーン。……さっぱり分からん。
「僕は魔導師ですからね、理をねじ曲げてもなんとかするのが本業です」
 眼鏡のブリッジを押し上げてレッドが言った。
 ……何やったんだこの腹黒魔導師。
「好んでここを出て行く者は……限られている。そして、二度とここに戻ってくる事はないよ。恐らく戻る手立てがないか、戻る必要性を失ったか……外の世界に辿り着けなかったかだと思っていた」
 パスさんはそのように語り、少し嬉しそうにアインの額を撫でている。
「無事で良かった、お前は別に外を選んだ訳ではないのだしね」
「心配掛けたわ。でも、あたし外に行っちゃった事、今はもう悪くは思ってないの。最初は散々だったし、今も……別に幸せって訳じゃないんだけどね」
 アインはそのように言いながら俺達を見渡すように首を回した。
「あたしの事、仲間って言ってくれる人達がいるの」
「そうか……では、今は望んで外を目指すのだな」
「……うん」

  死の国。
 『外から来た者』曰く、この石化して死んでいる森を見てそのように言ったそうだ。そうやってこの国を比喩した者は、必ず死の国の外を目指す。
 誰も辿り着けないのに『外から来た者』?とか思うか?
 つまり……こういう事である。

 思い出すからだ。

 自分がかつて何者で、どこに住んでいて……そして、ここに来たのかと言う事を。

「勿論、思い出しても外を目指さない者もいる。そもそもすでに人の姿をしていないんだ。過去誰であったかなど、理解されるとは限らない。外に出て行っても再びここに『戻ってくる』者も少くは無いと言うしな」

 死の国、ようするにここは……条件転生者の国である。

 全ての終わりを司る精霊イーフリートのお膝元、その炎で全てが焼き切られる事を免れ、何らかの記憶……すなわち経験だな。
 それを残したまま次の生を始めなきゃきけない者の、始まりの地。
 条件転生は『難しい』とドリュアートの大陸座、マーダーさんが言っていたはずだ。
 人間から人間に移るには、相当に良い条件をそろえないといけないと言っていた。行いが悪いとどんどん下等生物に転生していく。
 実は、そうなってしまう理由があるんだな。
 つまり、道徳値という『見えない値』が低いと『死にやすくなる』という宿命と書いてシステムがあるのだ。システム的解説すればファンブル値というのが高くなり、不運な出来事に遭遇しやすくなるという仕組みになっているらしい。
 フツーに生きていれば道徳値などはそんなに下がらない。下がる程の事をする者は限られている。道徳値が下がるという事はすなわち、システム上では『経験値がマイナスになっている』という事でもある。良くない行い、良くないゲームプレイをすると経験値下がる事になるのだからつまり、そうだよな。
 ちなみに、不幸続きな人生がすなわち道徳値が低いという事ではない。
 俺の経歴の不幸さは経験値マイナス関係在りません。仕様です。むしろ経験値積み上げて不幸というアビリティを取得したようなもんだな……T・RPGならマイナスは、逆に経験値貰える所なのに……。
 経験値という、この世界の生物には見えないこの値、新しい技能などを憶えたりするのに消費する事になるわけだが、情報としては、だな。
 記憶、ログと比例して総合取得数が増えてなければいけない。
 それがマイナス値を取得するという事は、総経験値数は反比例で下がるという事である。経験値貰う所マイナスで貰っちまうんだから二倍の速度で落ちていく。落ちれば落ちる程マイナス値が大きくなると云うルールがあるので、いったんマイナスにしてしまうと整数に戻すのが大変だという理屈に成る訳である。
 これは、もちろん前提として『経験値はマイナスにしないでください』という開発者からのお願いが込められている訳です。
 悪い事しても良い事何もありませんからー、という仕様だ。
 それでも、マイナスにする奴がいる事は分かっていてその辺り、マーダーさんは実証して何が起るのか調べて……あの姿だ。

 本来上がるはずの値が下がる―――経験値とは、情報と等価でもある。

 この世界はゲームであるという絶対回避出来ないオチがあるわけだから、ゲームというシステムの都合で言ってしまえば『世界』は『情報の蓄積』によって出来ている。
 マーダーさんが話していた事をぼんやりと俺はリコレクトしていた。他にも色々話を聞いたんだが、まぁ関係ない事かなと聞き流していたトコでしたすいません。

 生物の死は、生物が背負った経験という情報を世界に還元する……らしい。なのにその還元する情報がマイナス値ってのはよくないらしいのだ。

 ぶっちゃけ、マイナス値は還元できないらしい。

 ではどうなるのかというと、マイナス値になったキャラクターは強制的に条件転生になるんだよーとかいう話を……一応、聞いておりました。はい。
 俺らには関係ない話だろうと、ふーんそうなんだと聞き流してスキップしておりましたゴメンナサイ。
 ぶっちゃけ、プレイヤーはマイナス値でキャラクターを死なせてしまってもマイナス値の条件転生に付き合う必要がないのだそうだ。それは、マーダーさんが検証した結果を元にして、流石にこのままシステムを残すことは娯楽のゲームとして如何なものか?という判断になり、基本的には免除になる。
 だから、関係ねぇやとスキップしたんだ。まだテストプレイの段階、そこまで極めてゲームする奴が出るかどうかは分からんので完全に隠し仕様である。今はまだ、開発者達だけが知っていればいい事情であろうと思っていた。
 死んだら、マイナスだろうがどんなにプラスだろうが、プレイヤーにとって全部リセットだからな。そこらへんはせめてゲームの仕様として、あってほしいリセットだろ?
 経験値が引き継げないというのに、マイナスにした分は引き継がなければいけないなんてシステムじゃ、明らかにお客を失ってしまう。それでは、お客様の二回目からのご利用が見込めない訳ですよ。
 ヒドいプレイをした客に、民度を求めると云うのは昨今、無理な話だ。ゲームを作って売る『商売』をしている以上は、残念ながらゲームの作品性よりも大事な事がある。
 だから、マイナスになってしまった分はどこかで帳尻を合わせる為に調整が必要だ。

 実は、死の国ってのはそのシステム上の保守の為にある場所という訳である。

 一定の経験値は特例で持ち越しが出来たり、上位への条件転生も出来なくもない、が……その場合は稀な事だと云う。
 ……もしかすると。
 マーダーさんがマイナス値の条件転生をあえてやってみたと言っている訳だから、付き合う必要はないのに悪性転生に付き合っても良いというルールがあるのではないだろうか?
 マイナスの値を元に戻す。
 その為に、死の国はある。ここはゲームシステム上作られた、特殊な世界。だから物理的には隔離されている。それでも、理を曲げてたどり着く事が可能ってのが……魔法という手段のスゲェ所だ。俺達はこの世界で使える『魔法という手段』を頼り、赤旗のバグプログラムを世界から取り除く作業をしている訳である。
 死国に動物が多いのは、余計な煩悩に左右される人間より道徳値を回復しやすいからだそうだ。人と違い姿が小さく比較的人生が短く、生きる為に余計な事をする必要がない。
 悪性転生したキャラクターの経験値をこの国で『過去を失って』稼ぐ。そうやって限りなくプラスに戻して世界に還元する。
 輪廻転生という理屈が密かに、この世界にはあったりするのだな。
 死国の動物が喋るのは、マイナスキャラクターの経験を引き継いでいるからだ。つまり、経験値がマイナスになっているデータベースに繋がったままになっているからという理屈になる。当たり前だな、データベースに繋がる経験値がマイナスになっているのが問題なのだから、そのマイナス値を正常値に戻すまでデータベースは生きてなきゃいけない。その為の強制転生だ。

 死国の存在理由。
 システムだなんて話を挟まなければさほど難しくはない、単純だ。
 生前悪い事をした罰としてその人の魂はここで、浄化を待っている。
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あざとしの副軍師オデット 〜脳筋2メートル義姉に溺愛され、婚外子から逆転成り上がる〜

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