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10章 破滅か支配か 『選択肢。俺か、俺以外』
書の2前半 大分裂『話が違うみたいです』
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■書の2前半■ 大分裂 That's against the contract!
鎧だけ残った……謎の集団。
赤旗付いてたしな、ぶった切っても復活して生きてるとか、生物の規格越えてるし。でも、どうにも今まで見てきた混沌の怪物とは姿が異なる。今までの赤旗バグのザコ、魔王軍という怪物はあらゆる生物が混じったような姿だったからこそ『混沌の怪物』と呼んでいた訳だが、今回の魔王軍は全部人の形をしていた。
全体的に鎧に隠されているが、中身が無いとか、中身が混沌としているという感じではない。一部鎧を引きはがして確認したが間違いない……形は『人間』に収まっている。
ただし俺が一匹試しに鉄仮面を引きはがした所、よって顔はぐちゃぐちゃ、目も潰れているというありさまだった。コイツだけだったかと思って一応、数匹隙を見て同じく鉄仮面引っ剥がしてみたが同じく、顔が原型無いまでに潰されていた。
目まで潰されてて、それで一体どうやってこっちを認識しているんだろうか?誰かが操っているという可能性もあるって事か?
そんな風に観察する間にもドロドロと黒い液体になってこの怪物は溶けていってしまった。肉が焼けるような何とも形容しがたい匂いの煙を伴って最終的には……消えてしまう。ここは前の怪物と仕様が同じ。
新生魔王軍と呼んではみたが、本当にこれらはあの魔王八逆星が展開している魔王軍なのだろうか?そもそも、誰の命令で地下牢なんぞ襲撃なんかしたんだ。テニーさんを助けるために……ランドールが?
話を聞いて纏めてみると、それはちょっと違うみたいなんだよな。
ランドールがどうやって現れたか、というのを月白城に残っていた連中に聞くに、こうだ。
突然、ドラゴンヒノトに乗ったシリアさんが地下牢の所にやってきたらしい。シリアさんは俺達が死の国にいた頃、すでに南国入りして別件で動いていた。俺達からの案内書も持たせてあったからミストラーデ王の指示の元、滞在を許されていたはずなんだが……。
結局死国を前に、シリアさんと合流を待つと時間が掛かると云う事で赤い海を前にして伝令を飛ばして、シリアさんは南国で待機する様形になったはずだ。リオさんの話ではそうだという。しかし、実際その手紙を書いたのはテニーだし、届けたのはエース爺さんの魔法によるので内容の詳しい所まではリオさんは分からないのだそうだ。せめてワイズの意識があれば詳しい事は分かるはずだ、との事。
とにかく、大きなドラゴンと一緒に行動しているシリアさんとは、合流にしない内に突然に、ランドールパーティーは空中分解をしてしまった。
どうにもランドールが乱心し、死国のパスとペレー姉妹を切り殺し、ワイズとナッツを殺そうとして……最終的に赤旗が立っていない方のナドゥに連れられてどこかに行ってしまった。
南国で待つ、というランドールが最後に言い残した言葉の意図は、あまり分かっていない。
とりあえず、近いのと移動手段があるって都合で俺達は、南国カルケードのミストラーデ国王を頼り、今後についての対策を練っていた所だ。
どうやってシリアにランドールが魔王八逆星側に着いて行った事を説明するのか、話しにくいよなぁとか思いながら南国に来た所なのだ。
ところが、どうにもシリアさんは行方不明になっていた。合流予定の所にシリアさんは居なかった。
先にランドールと接触して……すでに彼に従う事を決めていたかもしれない。何しろ、ランドール側にエース爺さんも着いて行ってしまっている。先回りしてシリアに連絡を取っていてもおかしくは無い。そういう危惧はあったけど……だからといって、敵を決めつけて警戒するのもどうかなと思って。
もしかすれば何が都合があって、合流先に居なかっただけかもしれない。
とまぁ、そういう配慮が結局それが悪い方向に転んだ形だ。
シリアさんを余り警戒していなかったカルケード兵は、テニーさんに面会を求めてやって来たというシリアさんを容易く、地下牢に通してしまったんだな。
その時……ランドールも一緒に地下牢に通しちゃってるんだよ!
あちゃぁ、これは致命的な連絡のミスです。
ランドールと一緒にいた場合は警戒すべきであるだろうに。ランドールが現れたら注意しろとは伝達していたが、シリアさんにはそれほど強い警戒情報を流していなかった。多分問答無用、武力で推し通ろうとするから、そういう強引な突破を警戒をするように伝達されていて……極めて穏便な、正当な手続きを経て面会を求める二人組をスルーしてしまったのである。
ところで、シリアさんが連れているヒノトはデカいドラゴンだ。目立つと言えば目立つ。
城の外れにある宿にいたテリーはヒノトが月白城戻ってきた事を知り、悪い方向に転ぶ事を予感してアービスやマース、アインを連れて地下牢へ向かった。ヒノトが牢の方角に居た段階で襲撃に来たとテリーは判断した様だ。
すると、案の定そこに謎の鎧軍団の襲撃があって……即座戦闘に突入してんのな。
テリーは、襲撃に間に合ったと思っていた様だ。ランドールは、牢屋に現れていないと思ったらしい。
微妙に、ランドールと魔王軍の襲撃のタイミングがズレてんのな。一緒じゃない。
そもそも、シリアと一緒にまんまと地下牢に入れているのなら、ランドールは怪物出してくる必要がないじゃないか。無事テニーさんを牢から出すまでの時間稼ぎするつもりなら、最初から引き連れて来ているだろう。何しろテリーは間に合ったと言っているが、実際には牢番の兵士が新生魔王軍に襲われている現場に駆け付けた形でかなりの死傷者が出ている。
違和感があるな、最初から牢番を始末するつもりなら、奴は自分の手でそうするのではないのか?流石にそこまで外道には落ちていない……って事だろうか?いや、奴が手を下さなくても部下にそうさせるなら同じ事だ。だからこそ、襲撃突破するつもりなら奴は……自分でそうするだろう。
ランドールはそういう男だ、それはリオさんもマースもそうだと言っている。
今、中身が真っ黒いドロドロしたものに溶けてしまって鎧だけが残っているこの新生魔王軍。こいつらはランドールと一緒に現れた訳じゃなく、後から現れたって事じゃないか?
……ランドールの行動を、押さえようと駆けつけたものか?それとも……それとも他にどういう意図があるのだろう?
俺達はすっかり暮れて真っ暗になった牢屋の入り口で、まだ現場検証的な事をしている。
「なんだか聞いていた説明と随分違うわ」
空っぽの鎧の様子を見ていたリオさんが突然呟いた。
「ねぇ、あれは本当に……ランドールなのかしら?私が知っている彼とはなんだか……違う気がする」
すると、先ほどから何やら考えていたナッツが姿勢を崩してしゃがみ込む。
「そうだな……もしかすると怪しいかもしれない」
「どういう意味だよ」
「……君がワイズから渡された護符、あれに封じられていた魔法が解放されたおかげで僕は、強力な物理盾魔法の封印が解かれて、それ使えるようになった訳だけど」
ナッツは珍しく目元を厳しくして空っぽの鎧をのぞきこみながら言葉を続けた。
「ランドールの剣は、あの魔法盾を切り裂いたんだよ」
「何?」
ナッツが言っているのは、タトラメルツで俺が解放した魔法盾だ。これで、俺を残して他全員を魔王八逆星から隔離、仲間たちが逃げるように仕向けた。それは本来ナッツの魔法で、使えないようにワイズが封じていた、というなんかいわく付きのものだった。
その魔法盾、魔王八逆星でさえ強制消去を諦めた位には協力な魔法だったが、理論をレッドに説明されたけど俺にはちんぷんかんぷんだったぜ。
ただ……インティの口調からすると苦労はするけけど破れなくはない、といった感じではあったけどな。ただしよほど面倒らしくて、かなり不機嫌な口調だったっけ。
「僕も半月あれで閉じこめられましたからね。魔法的に破るのも困難な、非常に原始的な盾魔法です」
レッドがその魔法盾の強さを保証するように頷いている。
「それで地下牢ごとランドール達を閉じこめようとしたんだけどねぇ。あの通り。あっさり破られてしまった」
それで地下牢の入り口が半壊、という事らしい。
ナッツさんは俺と一緒に『俺のそっくりさん』の件で城の中に居たが、羽持ちだから外に出れば素早い移動が出来る。俺よりも先に現場入りし、何をしたかって襲撃された牢番兵の介抱をした。テリーらの戦闘から負傷者を引きはがし、息が在る者の治癒に回った所……牢の中に二人組が入った事を知ったという具合だ。
自分ひとり、地下牢に入っても相手がランドールだったら止めようがない。
ならば、せめて閉じ込めれば良いという判断をして、魔法盾を使ったという流れである様だ。
「閉じ込められたと察して、ランドールが剣を振りかぶったのが見えてね」
ナッツは鎧を覗きこむのを止め、立ち上がって頭を掻く。
「……何となく、ワイズが狙われた理由からしてもしかして……とは思っていたんだ。おかげで咄嗟に盾の種類を切り替えた。それで何とか剣を止められたんだけど」
「盾の種類を変えるって、何だよ」
魔法の事は、本当に良く分からないのだって!出来れば理解したいんだけど、やはり戦士ヤトとして備わる特殊背景『魔法素質は高いが魔法は使わない』という奴に色々縛られている所があるらしく、魔法の理論理解がどうにも上手く行かない。
「……原始魔法は基礎魔法とも言いまして……物理や魔法の効果を遮断する盾という魔法は、唯一発動した魔法を打ち消す運動、すなわち逆の属性に向けた逆の働きによる相殺効果によって作られる場合が多い。ところが原始基礎魔法による盾はそういう、小難しい理屈ではない」
「何だってんだ?」
「拒絶する、ただそれだけの『願い』の元に全てを遮断するのがナッツさんの魔法盾です。壁を作るのですよ、行き来を許さない、絶対の壁を心で打ち立てる」
おお、数十年前に流行ったと言う心の壁って奴ですねわかります。
「そもそも魔法とは、意思の元に歪む理力の事。感情、心によって物理法則を無視するというのが『基礎』としてあるのです。ただそう漠然とされると上手く習得出来ない場合が多い。そこで魔導師という魔法を上手く使う方法論を考える者達が現れ、元来ある理に適った力の作用を模倣する事で魔法を発動させる、もう一つの『基礎』が作られました」
少し長いが、レッドのウンチクに付き合う事にしよう。
「魔法には二つの『基礎』があるという訳です。後天的に魔法を発達させる場合に学ぶ『基礎』と、先天的に魔法を扱える者が行う『基礎』。人間は先天的に魔法を使える事は稀です。技術として習得する必要があります。所が種族によっては最初から手段として魔法を使える場合もある」
俺は腕を組んだ。
「成る程、つまり有翼族っつーのはその手段として魔法を最初っから得意とする、先天って奴って事だな」
「ふむ、ちゃんと理解して付いて来ているようですね」
関心気味に言うなッ!俺はムカついたので軽くレッドの頭を小突いていた。
……最近アベルの癖が移ってきた気がしてきた。いかん、暴力はいかん。悪いと思っていても……環境に感化されるって怖いな。小突かれた頭をわざとらしくさすりながらレッドは言葉を続ける。
「僕は一応後天的に魔法を得た方ですが……最初から魔法を使える場合、つまり魔導師として手段を倣わない魔法使いの事を『魔術師』あるいは『魔法使い』と分けて呼びます」
裏切ってランドール側に行っちまったが、竜顔のエースじいさんがまさしく魔術師だったな。
「魔導師から魔術師に成る場合もありますが、基本的に最初から魔法を使う者は系統的に先天の『基礎』を身につけている。それは自分の願いや強い気持ちを力で表す、という方法です。魔導師が行った分類で言えば、先天の『基本』とは祈願魔法に集約される。あらゆる全てを願いで引き起こす。……これは『基礎』である通り、原始的でありながら思いの外、強力なのですよ。願いや思い、というモノは……」
レッドは眼鏡のブリッジを押し上げた。
「フォーミュラ、すなわち理論的に分解する事が難しい。だからこそ理論の内側で魔法を組み立てる魔導師は祈願系の魔法が得意とは言い難い。同じ理由で、祈願系の魔法の対処が下手です」
「あー、確かに。お前そういうの下手そうだ」
俺は納得して何度も頷いていた。
レッドさん、間違いなく典型的な魔導師ですものね。奴には理論が全てなんだろう。感情で動く事を『理解出来ない』と言ってたもんな。おかげさまで自分がやった事も上手く『理解出来ない』とはっきり言ってたし。
「祈願系魔法は属性を振るならイシュタルトであるとされているわ。とっさに理論型の魔法盾に切り替えてなんとかランドールの剣を止めた、という所ね」
元白魔導のリオさん、白魔導ってのは魔法は使えないけど魔法知識だけは豊富っていう魔導師の事だ。彼女はレッドの推測理論と思われる話の途中、起った事を把握したようである。
俺には……うーん?それでナッツがどうしてランドールの剣を辛うじて止めたのかよく分からんが?
「そうなのか?」
分からない、こういう時は本人に聞くのが一番だ。
「それも物理的に破られそうで危機一髪だったよ」
「イシュタルト属性ってな、何の事だ?」
テリーの質問にはリオさんが答える。
「八精霊に集約される精霊王の相対属性よ。真実と理の精霊イシュタルトは『中立』なの。どの精霊とも相対しない……分かりやすい例えをするならユピテルトとオレイアデントかしら。闇を操る魔法を打ち消すには、闇を消し去ってしまう光の魔法で対抗する。魔法に限らず属性には相反する属性で対抗する訳だけど……祈願魔法を打ち消せるのは祈願魔法になる、って事」
「つまり、ランドールも何らかの魔法を使ってきているって事かな?ナッツの盾魔法を容易く破ってしまうような……」
マツナギの言葉に、成る程。レッドやナッツやリオさんがいる所ににようやく追いついた。
「そう言う事なのか?」
「……理論的に考えると、そうなるかと」
リオさんは少し考えてから、しゃがみ込んでいた所立ち上がる。
「ランドールが魔法を使う……とは、聞いた事がないわ。魔法は使えないけど私は理力使い、魔法を無意識に使っていたならそれと分かる。今の彼と、私が知っている彼とは何かが違う……」
「リオさん、ワイズ達からウリッグについては何か、聞いている?」
……何故そこで再びウリッグ?ナッツの質問に、リオさんは少し目を細めてから口に手を当てる。
「町一つ滅ぼした、三界接合によって生まれた可能性のある……怪物だ……と。聞いているけれど。でもどうかしら?今までの情報を鑑みるに……滅びた町オーンで生まれた三界接合の怪物は……むしろ。ランドール・アースドの方のようにも思えてくるわ」
その滅ぼされたオーンとやらの町の出来事は俺、聞いていないのでよくわからん。
しかし……そこで生まれた怪物?それが……ウリッグ。その怪物に執着するランドール。
そこで生まれた怪物は本当はランドールの方じゃないか……って?おいおい、何の話だ。
「三界接合か、魔導師の禁忌術だったよね。実際僕はランドールの件には本当に縁が無い。おかげでその、三界接合という技術についても正直、詳しい訳じゃない。前に聞いた知識くらいしかないよ」
「お前が知らないなら関係ないんだろ、そのウリッグには」
なんでかテリーが苛ついた声で口を挟んできた。確かに、どうして今またウリッグなのか俺にもよく分からん。
「……お前はどうなの?」
「どうって、何がだ」
腕を組んで、ナッツからの質問にテリーは眉を顰める。
「長らくファマメント国から離れていたみたいだけど、少なからずファマメント政府の都合は分かってるみたいじゃないか。まぁ、ウィン家の関係者なら仕方がない事だろうけれど。お前はあの蜘蛛の怪物について何か知ってる?」
「知らねぇに決まってるだろ」
当たり前だろ、という風に少し笑いながらテリーは大げさに両手を広げた。ナッツは何か試すように目を細めて笑いながら鼻を鳴らした。
「ふぅん?でも、緑国の鬼については知ってるんだろ」
「……だから、何だ」
どうにもその緑国の鬼、という単語も地雷らしい。緑国の鬼、についてはナッツ曰く魔王討伐第一陣に連れて行かれた罪人の事だという話を聞いている。その第一陣の話についてもそうだが、テリーはかなり厳つい顔をして『その話はするな』と威嚇すんのな。
「それなのにどうして『知らない』んだ?」
しかしそれに怯まないナッツの執拗な質問に暫く黙ってガンを飛ばしていたテリーだったが……ふっと、思い至ったように目を逸らす。
「……まさか、」
「ふぅ、今それに気が付いたんじゃぁ知らない事になるか」
ナッツは苦笑して肩を落とす。
「何の話をしている?」
当然、俺達には何の話なのかさっぱり分かりませんかならぁ。ナッツはテリーを伺う。
「……話しても良いかい?」
「いや、よくない」
速攻暴露を拒否したテリーに、俺とかアベルがブーイング。
「うるせぇ、大体ナッツ、その話は別に関係ないだろう!ウリッグが何だってんだ。ランドールの仇だったとかそんなんは知らんが……決着付いたって奴も言ってたじゃねぇか。ぶっ殺された……んだ……ろ」
途中でテリーの勢いが消えたな。
自分で言ってそのぶっ殺された『可能性』が薄い事に気が付いた、みたいな。
「……カイエン?」
テリーはそのまま額に手を置いて項垂れて、あえてナッツの名前の方を呼んだ。
「悪いが俺はウリッグなんて本当に知らねぇ。知らねぇけど……この場合、どうなるんだ?」
「ちょっと、まずい事になってる可能性があるねぇ」
いまいち何を話しているのかよく分からんが、どうにも怪しい雰囲気だというのに。
こう言う時に限ってナッツはのほほんと答える。
「ランドールは知ってるのか?」
「うん、そこが微妙だ。知っているのか知らないのか。慎重に聞き出さなきゃ行けない所だよ」
「だから、何をだ。お前らは何の話をしている」
「だから。ランドールがどうにも別人っぽいよねって話さ」
別人も何も、あんま奴の事は知らないが。後にも先にもとんでもない奴だとマースは言っているぜ。
「お前はどう思う?やっぱり、今のランドールはおかしいと思うか?」
な、訳ですから俺は重鎧のマースに尋ねる事にした。
「……雰囲気は変らないけど……うん。僕も今の坊ちゃんは何か『違う』ように思う。元々理解しにくい我が儘な性格だったけどさ、それでも……今よりもっと分かりやすい理屈で動いていたと思うんだ。今の坊ちゃんは……よく分からない」
ようするに、本来ランドールは行動が幼稚でバカっぽくて『分かり易かった』って事だな。
今の奴にはその幼稚でバカっぽい、マース曰わく彼の重大な持ち味って奴が欠けている……そう言う事だろう。
え、何?それって欠点補ったって事だから良い事じゃないのかって?うんまぁ、俺もそんな風に思うが。
「この、新手の魔王軍とおぼしき軍隊も気になりますね。まさか、これで全部というわけではないでしょうし。女性の誘拐事件との関連性があるのかどうか顛末も気になる所です」
え?なんでこいつらと誘拐が結びつくんだ?
俺は首をかしげたが、どうやら軍師連中には何か思い当たる事でもあるみたいで黙りしやがる。
ふっと月の光が遮られてただでさえ薄暗い風景に影が掛かる。レッドは怪訝な様子で空を見上げた。
ナッツが目を細め、懐に忍ばせていたデバイスツールが強く発光しているのを俺達にこっそり知らせる。この謎の石が、魔王八逆星の接近を知らせる役目がある事はリオさん達にも伝えてある。
「ああ、綺麗に片づけたな」
随分若い声が聞こえて俺は振り返る。
夜だ、唯一の月明かりも遮られた漆黒の中、黒い影が崩れた石壁の上に立っているのが分かる。
月白城は丘の上に立っている。星明りだけがちらつく夜の空は地平線に向けて微かに青白いグラデーションを描いていた。その僅かな空の色を遮る細身の人間の形をした闇。
姿は見えない。だけど、デバッカーである俺達には見える。
その人影の頭上に、バグを知らせる赤い旗が在るのが。
「ちょっとは手こずったみたいだな……やっかいな軍隊に仕上がっているようだ」
俺は収めていた剣の柄に手を当てる。
「……何者だ?」
僅かな雲が覆っていた月が顕わになって、さっとか細い光が差し込む。その僅かな光に白い仮面を被った青年の姿が魔法のように現れた。声からして女じゃねぇ、線は細いが体格も男と分かる。
「タトラメルツ以来、になるかな」
「クオレ!」
その姿を見て、驚いて声を上げたのはアービスだ。
「やぁ、裏切ったとは聞いていたけど本当だったんだな。ま、君なんて居ても居なくても問題じゃない……所詮その程度だったって事だ。最も、それは僕も同じだろうけれど」
自嘲気味に笑いながらアービスからクオレと呼びかけられた白い仮面の青年……のような気配の人物は崩れた石壁の上から飛び降りた。
なんか、癪に触る物言いをする奴だな。
「貴様がこの、魔王軍を嗾けてきたってのか?」
俺は転がっている空の鎧を蹴飛ばして示す。
「嗾けるつもりはなかったんだけど、状況が変ったのさ」
クオレは両手を広げ、さて僕は何だい?と不思議な問いかけをしてくる。
意味が分からず口を閉じた俺に……奴は。簡単だろうと首を小さく傾げた。
僕は魔王八逆星の一人、クオレだよと青年は笑いながら言って……つかつかとこちらに近づいて来る。
「下手に護衛なんか侍らせるより、こっちの方が手っ取り早いのさ」
俺は剣を引き抜き近づくなと警告。
「やだなぁ、そんなに警戒しなくたって僕は何もしないよ。正確には出来ないんだ。そこのアービスよりも劣る、魔王職にしてみりゃお飾りみたいなもんだからね。魔王軍を容易く蹴散らす君達を相手に出来る程、僕は芸達者じゃないんだ」
その分口は達者みたいだがな。
俺は警戒を解かず、構わずゆっくり近づいてくるクオレに剣を向けた。
「魔王八逆星だってんなら、俺は容赦なんぞしねぇ」
「だったらそこのアービスもさっさと始末したらどうだい?」
う、それもまぁ、正論だが。
「僕ね、ちょっとカルケード国の王様に話が合って来たんだけど……君達案内してくれないかな?」
「出来る訳ねぇだろうが」
「別に、暴力的な事は何もしないよ?」
「何もしない保証が何処にある」
クオレは、仮面の下で笑った様だ。唐突に両手を前に上げる。
「何なら腕の拘束も許すよ。でも、この仮面は取らないでね」
「……見られるとまずい顔か?」
「そうだね、穏やかじゃないな」
そう言ってクオレはその場で後ろを向き、両手を背後に回した。拘束しなよと誘っている。
「僕は自分の顔が好きじゃぁないんだよ」
俺らの独断で連れてく訳にはいかない。
国の人達と連絡を取り、怪しい人物、ぶっちゃけ魔王の一人がミスト王と会話を望んでいるんだけどどうする?とお伺いを立ててみた。
あー、嫌な予感がするなぁ。
戻ってきた従者と説得しに行ったレッドが戻ってくる。説得ったって是非お会いしてください、って方向性じゃねぇぞ?この場合、相手の要求は呑んでは行けません、の説得だ。
だがしかしレッドの奴、苦笑してます。守備はよくなかったようだ。
守備が良くなかった場合どうなるかというと……こうなる。
厳重な警備の敷かれた謁見の間にて、両腕を後ろで縛られた魔王八逆星のクオレとミストラーデ王がご対面……という場面になる訳です。
カルケード王の気っ風の良さというか。好奇心旺盛というか。
それって、仇になってるよなぁと俺は結構心配だぜ……。
仮面を被った頭を下げていたクオレは、ミストラーデ王の命によりゆっくり頭を上げ、立ち上がった。
ミスト王は険しい表情で仮面の青年を見下ろしている。
「話は聞いている……。魔王八逆星が私に、我が国に何の話だ。事によっては……無事では返さぬ所だぞ」
「仮面越しの無礼をお許しください」
そのように断った割に……クオレの言葉には侮蔑が含まれているように思える。何でだろう?俺とマース、テリーとアベルでクオレの不審な行動に備え、奴の隣と後ろに控えている訳だが……。暴力的に抑えるのは簡単だが、暴力的な言葉を控えさせる方法はねぇよなぁ。
ミストラーデ王は固い表情を変えず暫く何か考えるように黙っていたが静かに、目を閉じる。
「挨拶は良い、本来であれば話し合いに応じない所だ」
嘘付け王様!本当はこの展開にわくわくしちゃってレッドの忠告や忠臣の反対を押し切った癖にッ!
「先ほど……地下牢付近で暴れ回った我々の軍隊、貴方がたが魔王軍と呼んでいる者達についてはお耳にいれておりますか?」
「聞いている。人型の……かつて我が国にも蔓延った混沌の怪物達とも少し違った怪物だ……と、聞いている」
苦しみを隠さずにミスト王は不快だという感情を顕わにして静かに答えた。
カルケードの前王が偽物で、その上魔王八逆星だったんだよな。
実の王、ミストの父は殺されていて、父の兄が魔王八逆星となってカルケード国に蔓延っていたのだ。ミストはそれを正す事になってなんとか、玉座は勝ち取ったものの……。
避けられない悲劇が幾つかあった。それらを思い出しているのだろう。
本当の王、ミストの父親はすでに死んでいた。母親も危うく怪物にされかけた。魔王化した叔父は捕えたものの、ミストの双子の弟エルークがこれを殺して逃亡。
今もエルークの行方は分かっていない。
その上、ミスト王は知っている。
魔王軍と呼ばれる怪物がどのように生まれ出るか、という……余り世間に公にされていない真実を。
魔王軍という混沌の怪物はみな全て、元は人間だ。南国カルケードに溢れた怪物の殆どは……元カルケードの偽の王に仕えた軍人だ。元を辿れば親民である。おかげさまでその事実には、未だ口を閉ざしたままにしている。本当の事を伝えて国に混乱を招くより、魔王軍によって殺されていた事にしておいた方が親民達の精神的負担も少ないだろう、という……ミストラーデ国王の配慮による。
努めて明るく俺達に向かって振る舞うミストラーデ王ではあるけれど、内心それら多くの悲劇は今も王の心に傷となってあるだろう。
ミスト王は……優しい人だ。カルケードの王様は、代々厳しさを持つと同時に底なしの優しさを兼ね備えているというがその通りだと信じられるくらい、このお兄さんは優しい。時にその優しさが仇になるくらいにな。
「ご理解頂いているなら結構です……ですが、我々があの新しい形の魔王軍をすでに南国に進入させている事は?」
「……貴様」
目を細め、体裁を欠いてクオレを睨み付けるミストラーデ王。
「前のと違いましてね、少々、維持するコストが掛かるのです国王。それが何を意味するのかはすでに……ご存じかと思われますが」
「今すぐその駐在場所を吐く事だ。我々は全力でお前達を滅ぼす事にしよう」
「そう言うと思いましたよ。だが……それは止めた方が良い」
「どういう意味だ?」
クオレは少し顎を引く。そして少し改まって低く言った。
「近いうちにファマメント国がカルケード国に攻めてくるだろうから」
「……そのような情報は得てない。ファマメント国には我が国に攻め入るだけの大義名分も、余裕もないはずだ。それに、それが貴様とどう関係をするというのだ」
「それがそうでもないのです。ご存じですか?ファマメント国フェリアで魔王軍の大群を蹴散らした特殊な軍隊が結成されつつあるのを」
重鎧のマースが呟いた。呻き声に近い。
「ランドール・ブレイブ……!」
「ああ、そんな風に呼ばれてましたっけね。それが貴方の国を得る為に攻めてきますよ」
「……馬鹿な」
ランドールが結成した、対魔王八逆星の為の軍隊だ……と、俺も聞いている。しかし、それが『ファマメント国』として南国に攻め入るって……マジか、そんな事は在るのか?いや、何かしらその様に仕組まれているって事か?
「そこで一つ提案をしに来たのです」
クオレは仮面の下、口の中で笑いながら言った。
「その軍隊はファマメント国の正規軍とは違いますが……かなり際どい存在になるでしょう。下手に対応すればそれこそ本当にファマメント国で貴方の国に攻め入る口実になる。そこで……替わりに我々魔王軍がその軍隊と戦って差し上げようかと思いましてね。で、その代価に小さな集落一つでいいんです。町を一つ魔王軍に譲って頂けませんか、と」
ミストラーデ王は勢いよく立ち上がり、浅い階段を数段下りようとして護衛に押し戻された。
「その様な取引に、我々が応じるとでも思うか!」
クオレはウザったい口調を止めて、俺達に対応してきたような言葉遣いでミスト王に言った。
「そのように感情的に言っていられるのも今のうち。貴方は僕を頼らざるを得なくなる。何を否定的になるんだ?何が問題なのかよく考えて判断して欲しいものだね」
鎧だけ残った……謎の集団。
赤旗付いてたしな、ぶった切っても復活して生きてるとか、生物の規格越えてるし。でも、どうにも今まで見てきた混沌の怪物とは姿が異なる。今までの赤旗バグのザコ、魔王軍という怪物はあらゆる生物が混じったような姿だったからこそ『混沌の怪物』と呼んでいた訳だが、今回の魔王軍は全部人の形をしていた。
全体的に鎧に隠されているが、中身が無いとか、中身が混沌としているという感じではない。一部鎧を引きはがして確認したが間違いない……形は『人間』に収まっている。
ただし俺が一匹試しに鉄仮面を引きはがした所、よって顔はぐちゃぐちゃ、目も潰れているというありさまだった。コイツだけだったかと思って一応、数匹隙を見て同じく鉄仮面引っ剥がしてみたが同じく、顔が原型無いまでに潰されていた。
目まで潰されてて、それで一体どうやってこっちを認識しているんだろうか?誰かが操っているという可能性もあるって事か?
そんな風に観察する間にもドロドロと黒い液体になってこの怪物は溶けていってしまった。肉が焼けるような何とも形容しがたい匂いの煙を伴って最終的には……消えてしまう。ここは前の怪物と仕様が同じ。
新生魔王軍と呼んではみたが、本当にこれらはあの魔王八逆星が展開している魔王軍なのだろうか?そもそも、誰の命令で地下牢なんぞ襲撃なんかしたんだ。テニーさんを助けるために……ランドールが?
話を聞いて纏めてみると、それはちょっと違うみたいなんだよな。
ランドールがどうやって現れたか、というのを月白城に残っていた連中に聞くに、こうだ。
突然、ドラゴンヒノトに乗ったシリアさんが地下牢の所にやってきたらしい。シリアさんは俺達が死の国にいた頃、すでに南国入りして別件で動いていた。俺達からの案内書も持たせてあったからミストラーデ王の指示の元、滞在を許されていたはずなんだが……。
結局死国を前に、シリアさんと合流を待つと時間が掛かると云う事で赤い海を前にして伝令を飛ばして、シリアさんは南国で待機する様形になったはずだ。リオさんの話ではそうだという。しかし、実際その手紙を書いたのはテニーだし、届けたのはエース爺さんの魔法によるので内容の詳しい所まではリオさんは分からないのだそうだ。せめてワイズの意識があれば詳しい事は分かるはずだ、との事。
とにかく、大きなドラゴンと一緒に行動しているシリアさんとは、合流にしない内に突然に、ランドールパーティーは空中分解をしてしまった。
どうにもランドールが乱心し、死国のパスとペレー姉妹を切り殺し、ワイズとナッツを殺そうとして……最終的に赤旗が立っていない方のナドゥに連れられてどこかに行ってしまった。
南国で待つ、というランドールが最後に言い残した言葉の意図は、あまり分かっていない。
とりあえず、近いのと移動手段があるって都合で俺達は、南国カルケードのミストラーデ国王を頼り、今後についての対策を練っていた所だ。
どうやってシリアにランドールが魔王八逆星側に着いて行った事を説明するのか、話しにくいよなぁとか思いながら南国に来た所なのだ。
ところが、どうにもシリアさんは行方不明になっていた。合流予定の所にシリアさんは居なかった。
先にランドールと接触して……すでに彼に従う事を決めていたかもしれない。何しろ、ランドール側にエース爺さんも着いて行ってしまっている。先回りしてシリアに連絡を取っていてもおかしくは無い。そういう危惧はあったけど……だからといって、敵を決めつけて警戒するのもどうかなと思って。
もしかすれば何が都合があって、合流先に居なかっただけかもしれない。
とまぁ、そういう配慮が結局それが悪い方向に転んだ形だ。
シリアさんを余り警戒していなかったカルケード兵は、テニーさんに面会を求めてやって来たというシリアさんを容易く、地下牢に通してしまったんだな。
その時……ランドールも一緒に地下牢に通しちゃってるんだよ!
あちゃぁ、これは致命的な連絡のミスです。
ランドールと一緒にいた場合は警戒すべきであるだろうに。ランドールが現れたら注意しろとは伝達していたが、シリアさんにはそれほど強い警戒情報を流していなかった。多分問答無用、武力で推し通ろうとするから、そういう強引な突破を警戒をするように伝達されていて……極めて穏便な、正当な手続きを経て面会を求める二人組をスルーしてしまったのである。
ところで、シリアさんが連れているヒノトはデカいドラゴンだ。目立つと言えば目立つ。
城の外れにある宿にいたテリーはヒノトが月白城戻ってきた事を知り、悪い方向に転ぶ事を予感してアービスやマース、アインを連れて地下牢へ向かった。ヒノトが牢の方角に居た段階で襲撃に来たとテリーは判断した様だ。
すると、案の定そこに謎の鎧軍団の襲撃があって……即座戦闘に突入してんのな。
テリーは、襲撃に間に合ったと思っていた様だ。ランドールは、牢屋に現れていないと思ったらしい。
微妙に、ランドールと魔王軍の襲撃のタイミングがズレてんのな。一緒じゃない。
そもそも、シリアと一緒にまんまと地下牢に入れているのなら、ランドールは怪物出してくる必要がないじゃないか。無事テニーさんを牢から出すまでの時間稼ぎするつもりなら、最初から引き連れて来ているだろう。何しろテリーは間に合ったと言っているが、実際には牢番の兵士が新生魔王軍に襲われている現場に駆け付けた形でかなりの死傷者が出ている。
違和感があるな、最初から牢番を始末するつもりなら、奴は自分の手でそうするのではないのか?流石にそこまで外道には落ちていない……って事だろうか?いや、奴が手を下さなくても部下にそうさせるなら同じ事だ。だからこそ、襲撃突破するつもりなら奴は……自分でそうするだろう。
ランドールはそういう男だ、それはリオさんもマースもそうだと言っている。
今、中身が真っ黒いドロドロしたものに溶けてしまって鎧だけが残っているこの新生魔王軍。こいつらはランドールと一緒に現れた訳じゃなく、後から現れたって事じゃないか?
……ランドールの行動を、押さえようと駆けつけたものか?それとも……それとも他にどういう意図があるのだろう?
俺達はすっかり暮れて真っ暗になった牢屋の入り口で、まだ現場検証的な事をしている。
「なんだか聞いていた説明と随分違うわ」
空っぽの鎧の様子を見ていたリオさんが突然呟いた。
「ねぇ、あれは本当に……ランドールなのかしら?私が知っている彼とはなんだか……違う気がする」
すると、先ほどから何やら考えていたナッツが姿勢を崩してしゃがみ込む。
「そうだな……もしかすると怪しいかもしれない」
「どういう意味だよ」
「……君がワイズから渡された護符、あれに封じられていた魔法が解放されたおかげで僕は、強力な物理盾魔法の封印が解かれて、それ使えるようになった訳だけど」
ナッツは珍しく目元を厳しくして空っぽの鎧をのぞきこみながら言葉を続けた。
「ランドールの剣は、あの魔法盾を切り裂いたんだよ」
「何?」
ナッツが言っているのは、タトラメルツで俺が解放した魔法盾だ。これで、俺を残して他全員を魔王八逆星から隔離、仲間たちが逃げるように仕向けた。それは本来ナッツの魔法で、使えないようにワイズが封じていた、というなんかいわく付きのものだった。
その魔法盾、魔王八逆星でさえ強制消去を諦めた位には協力な魔法だったが、理論をレッドに説明されたけど俺にはちんぷんかんぷんだったぜ。
ただ……インティの口調からすると苦労はするけけど破れなくはない、といった感じではあったけどな。ただしよほど面倒らしくて、かなり不機嫌な口調だったっけ。
「僕も半月あれで閉じこめられましたからね。魔法的に破るのも困難な、非常に原始的な盾魔法です」
レッドがその魔法盾の強さを保証するように頷いている。
「それで地下牢ごとランドール達を閉じこめようとしたんだけどねぇ。あの通り。あっさり破られてしまった」
それで地下牢の入り口が半壊、という事らしい。
ナッツさんは俺と一緒に『俺のそっくりさん』の件で城の中に居たが、羽持ちだから外に出れば素早い移動が出来る。俺よりも先に現場入りし、何をしたかって襲撃された牢番兵の介抱をした。テリーらの戦闘から負傷者を引きはがし、息が在る者の治癒に回った所……牢の中に二人組が入った事を知ったという具合だ。
自分ひとり、地下牢に入っても相手がランドールだったら止めようがない。
ならば、せめて閉じ込めれば良いという判断をして、魔法盾を使ったという流れである様だ。
「閉じ込められたと察して、ランドールが剣を振りかぶったのが見えてね」
ナッツは鎧を覗きこむのを止め、立ち上がって頭を掻く。
「……何となく、ワイズが狙われた理由からしてもしかして……とは思っていたんだ。おかげで咄嗟に盾の種類を切り替えた。それで何とか剣を止められたんだけど」
「盾の種類を変えるって、何だよ」
魔法の事は、本当に良く分からないのだって!出来れば理解したいんだけど、やはり戦士ヤトとして備わる特殊背景『魔法素質は高いが魔法は使わない』という奴に色々縛られている所があるらしく、魔法の理論理解がどうにも上手く行かない。
「……原始魔法は基礎魔法とも言いまして……物理や魔法の効果を遮断する盾という魔法は、唯一発動した魔法を打ち消す運動、すなわち逆の属性に向けた逆の働きによる相殺効果によって作られる場合が多い。ところが原始基礎魔法による盾はそういう、小難しい理屈ではない」
「何だってんだ?」
「拒絶する、ただそれだけの『願い』の元に全てを遮断するのがナッツさんの魔法盾です。壁を作るのですよ、行き来を許さない、絶対の壁を心で打ち立てる」
おお、数十年前に流行ったと言う心の壁って奴ですねわかります。
「そもそも魔法とは、意思の元に歪む理力の事。感情、心によって物理法則を無視するというのが『基礎』としてあるのです。ただそう漠然とされると上手く習得出来ない場合が多い。そこで魔導師という魔法を上手く使う方法論を考える者達が現れ、元来ある理に適った力の作用を模倣する事で魔法を発動させる、もう一つの『基礎』が作られました」
少し長いが、レッドのウンチクに付き合う事にしよう。
「魔法には二つの『基礎』があるという訳です。後天的に魔法を発達させる場合に学ぶ『基礎』と、先天的に魔法を扱える者が行う『基礎』。人間は先天的に魔法を使える事は稀です。技術として習得する必要があります。所が種族によっては最初から手段として魔法を使える場合もある」
俺は腕を組んだ。
「成る程、つまり有翼族っつーのはその手段として魔法を最初っから得意とする、先天って奴って事だな」
「ふむ、ちゃんと理解して付いて来ているようですね」
関心気味に言うなッ!俺はムカついたので軽くレッドの頭を小突いていた。
……最近アベルの癖が移ってきた気がしてきた。いかん、暴力はいかん。悪いと思っていても……環境に感化されるって怖いな。小突かれた頭をわざとらしくさすりながらレッドは言葉を続ける。
「僕は一応後天的に魔法を得た方ですが……最初から魔法を使える場合、つまり魔導師として手段を倣わない魔法使いの事を『魔術師』あるいは『魔法使い』と分けて呼びます」
裏切ってランドール側に行っちまったが、竜顔のエースじいさんがまさしく魔術師だったな。
「魔導師から魔術師に成る場合もありますが、基本的に最初から魔法を使う者は系統的に先天の『基礎』を身につけている。それは自分の願いや強い気持ちを力で表す、という方法です。魔導師が行った分類で言えば、先天の『基本』とは祈願魔法に集約される。あらゆる全てを願いで引き起こす。……これは『基礎』である通り、原始的でありながら思いの外、強力なのですよ。願いや思い、というモノは……」
レッドは眼鏡のブリッジを押し上げた。
「フォーミュラ、すなわち理論的に分解する事が難しい。だからこそ理論の内側で魔法を組み立てる魔導師は祈願系の魔法が得意とは言い難い。同じ理由で、祈願系の魔法の対処が下手です」
「あー、確かに。お前そういうの下手そうだ」
俺は納得して何度も頷いていた。
レッドさん、間違いなく典型的な魔導師ですものね。奴には理論が全てなんだろう。感情で動く事を『理解出来ない』と言ってたもんな。おかげさまで自分がやった事も上手く『理解出来ない』とはっきり言ってたし。
「祈願系魔法は属性を振るならイシュタルトであるとされているわ。とっさに理論型の魔法盾に切り替えてなんとかランドールの剣を止めた、という所ね」
元白魔導のリオさん、白魔導ってのは魔法は使えないけど魔法知識だけは豊富っていう魔導師の事だ。彼女はレッドの推測理論と思われる話の途中、起った事を把握したようである。
俺には……うーん?それでナッツがどうしてランドールの剣を辛うじて止めたのかよく分からんが?
「そうなのか?」
分からない、こういう時は本人に聞くのが一番だ。
「それも物理的に破られそうで危機一髪だったよ」
「イシュタルト属性ってな、何の事だ?」
テリーの質問にはリオさんが答える。
「八精霊に集約される精霊王の相対属性よ。真実と理の精霊イシュタルトは『中立』なの。どの精霊とも相対しない……分かりやすい例えをするならユピテルトとオレイアデントかしら。闇を操る魔法を打ち消すには、闇を消し去ってしまう光の魔法で対抗する。魔法に限らず属性には相反する属性で対抗する訳だけど……祈願魔法を打ち消せるのは祈願魔法になる、って事」
「つまり、ランドールも何らかの魔法を使ってきているって事かな?ナッツの盾魔法を容易く破ってしまうような……」
マツナギの言葉に、成る程。レッドやナッツやリオさんがいる所ににようやく追いついた。
「そう言う事なのか?」
「……理論的に考えると、そうなるかと」
リオさんは少し考えてから、しゃがみ込んでいた所立ち上がる。
「ランドールが魔法を使う……とは、聞いた事がないわ。魔法は使えないけど私は理力使い、魔法を無意識に使っていたならそれと分かる。今の彼と、私が知っている彼とは何かが違う……」
「リオさん、ワイズ達からウリッグについては何か、聞いている?」
……何故そこで再びウリッグ?ナッツの質問に、リオさんは少し目を細めてから口に手を当てる。
「町一つ滅ぼした、三界接合によって生まれた可能性のある……怪物だ……と。聞いているけれど。でもどうかしら?今までの情報を鑑みるに……滅びた町オーンで生まれた三界接合の怪物は……むしろ。ランドール・アースドの方のようにも思えてくるわ」
その滅ぼされたオーンとやらの町の出来事は俺、聞いていないのでよくわからん。
しかし……そこで生まれた怪物?それが……ウリッグ。その怪物に執着するランドール。
そこで生まれた怪物は本当はランドールの方じゃないか……って?おいおい、何の話だ。
「三界接合か、魔導師の禁忌術だったよね。実際僕はランドールの件には本当に縁が無い。おかげでその、三界接合という技術についても正直、詳しい訳じゃない。前に聞いた知識くらいしかないよ」
「お前が知らないなら関係ないんだろ、そのウリッグには」
なんでかテリーが苛ついた声で口を挟んできた。確かに、どうして今またウリッグなのか俺にもよく分からん。
「……お前はどうなの?」
「どうって、何がだ」
腕を組んで、ナッツからの質問にテリーは眉を顰める。
「長らくファマメント国から離れていたみたいだけど、少なからずファマメント政府の都合は分かってるみたいじゃないか。まぁ、ウィン家の関係者なら仕方がない事だろうけれど。お前はあの蜘蛛の怪物について何か知ってる?」
「知らねぇに決まってるだろ」
当たり前だろ、という風に少し笑いながらテリーは大げさに両手を広げた。ナッツは何か試すように目を細めて笑いながら鼻を鳴らした。
「ふぅん?でも、緑国の鬼については知ってるんだろ」
「……だから、何だ」
どうにもその緑国の鬼、という単語も地雷らしい。緑国の鬼、についてはナッツ曰く魔王討伐第一陣に連れて行かれた罪人の事だという話を聞いている。その第一陣の話についてもそうだが、テリーはかなり厳つい顔をして『その話はするな』と威嚇すんのな。
「それなのにどうして『知らない』んだ?」
しかしそれに怯まないナッツの執拗な質問に暫く黙ってガンを飛ばしていたテリーだったが……ふっと、思い至ったように目を逸らす。
「……まさか、」
「ふぅ、今それに気が付いたんじゃぁ知らない事になるか」
ナッツは苦笑して肩を落とす。
「何の話をしている?」
当然、俺達には何の話なのかさっぱり分かりませんかならぁ。ナッツはテリーを伺う。
「……話しても良いかい?」
「いや、よくない」
速攻暴露を拒否したテリーに、俺とかアベルがブーイング。
「うるせぇ、大体ナッツ、その話は別に関係ないだろう!ウリッグが何だってんだ。ランドールの仇だったとかそんなんは知らんが……決着付いたって奴も言ってたじゃねぇか。ぶっ殺された……んだ……ろ」
途中でテリーの勢いが消えたな。
自分で言ってそのぶっ殺された『可能性』が薄い事に気が付いた、みたいな。
「……カイエン?」
テリーはそのまま額に手を置いて項垂れて、あえてナッツの名前の方を呼んだ。
「悪いが俺はウリッグなんて本当に知らねぇ。知らねぇけど……この場合、どうなるんだ?」
「ちょっと、まずい事になってる可能性があるねぇ」
いまいち何を話しているのかよく分からんが、どうにも怪しい雰囲気だというのに。
こう言う時に限ってナッツはのほほんと答える。
「ランドールは知ってるのか?」
「うん、そこが微妙だ。知っているのか知らないのか。慎重に聞き出さなきゃ行けない所だよ」
「だから、何をだ。お前らは何の話をしている」
「だから。ランドールがどうにも別人っぽいよねって話さ」
別人も何も、あんま奴の事は知らないが。後にも先にもとんでもない奴だとマースは言っているぜ。
「お前はどう思う?やっぱり、今のランドールはおかしいと思うか?」
な、訳ですから俺は重鎧のマースに尋ねる事にした。
「……雰囲気は変らないけど……うん。僕も今の坊ちゃんは何か『違う』ように思う。元々理解しにくい我が儘な性格だったけどさ、それでも……今よりもっと分かりやすい理屈で動いていたと思うんだ。今の坊ちゃんは……よく分からない」
ようするに、本来ランドールは行動が幼稚でバカっぽくて『分かり易かった』って事だな。
今の奴にはその幼稚でバカっぽい、マース曰わく彼の重大な持ち味って奴が欠けている……そう言う事だろう。
え、何?それって欠点補ったって事だから良い事じゃないのかって?うんまぁ、俺もそんな風に思うが。
「この、新手の魔王軍とおぼしき軍隊も気になりますね。まさか、これで全部というわけではないでしょうし。女性の誘拐事件との関連性があるのかどうか顛末も気になる所です」
え?なんでこいつらと誘拐が結びつくんだ?
俺は首をかしげたが、どうやら軍師連中には何か思い当たる事でもあるみたいで黙りしやがる。
ふっと月の光が遮られてただでさえ薄暗い風景に影が掛かる。レッドは怪訝な様子で空を見上げた。
ナッツが目を細め、懐に忍ばせていたデバイスツールが強く発光しているのを俺達にこっそり知らせる。この謎の石が、魔王八逆星の接近を知らせる役目がある事はリオさん達にも伝えてある。
「ああ、綺麗に片づけたな」
随分若い声が聞こえて俺は振り返る。
夜だ、唯一の月明かりも遮られた漆黒の中、黒い影が崩れた石壁の上に立っているのが分かる。
月白城は丘の上に立っている。星明りだけがちらつく夜の空は地平線に向けて微かに青白いグラデーションを描いていた。その僅かな空の色を遮る細身の人間の形をした闇。
姿は見えない。だけど、デバッカーである俺達には見える。
その人影の頭上に、バグを知らせる赤い旗が在るのが。
「ちょっとは手こずったみたいだな……やっかいな軍隊に仕上がっているようだ」
俺は収めていた剣の柄に手を当てる。
「……何者だ?」
僅かな雲が覆っていた月が顕わになって、さっとか細い光が差し込む。その僅かな光に白い仮面を被った青年の姿が魔法のように現れた。声からして女じゃねぇ、線は細いが体格も男と分かる。
「タトラメルツ以来、になるかな」
「クオレ!」
その姿を見て、驚いて声を上げたのはアービスだ。
「やぁ、裏切ったとは聞いていたけど本当だったんだな。ま、君なんて居ても居なくても問題じゃない……所詮その程度だったって事だ。最も、それは僕も同じだろうけれど」
自嘲気味に笑いながらアービスからクオレと呼びかけられた白い仮面の青年……のような気配の人物は崩れた石壁の上から飛び降りた。
なんか、癪に触る物言いをする奴だな。
「貴様がこの、魔王軍を嗾けてきたってのか?」
俺は転がっている空の鎧を蹴飛ばして示す。
「嗾けるつもりはなかったんだけど、状況が変ったのさ」
クオレは両手を広げ、さて僕は何だい?と不思議な問いかけをしてくる。
意味が分からず口を閉じた俺に……奴は。簡単だろうと首を小さく傾げた。
僕は魔王八逆星の一人、クオレだよと青年は笑いながら言って……つかつかとこちらに近づいて来る。
「下手に護衛なんか侍らせるより、こっちの方が手っ取り早いのさ」
俺は剣を引き抜き近づくなと警告。
「やだなぁ、そんなに警戒しなくたって僕は何もしないよ。正確には出来ないんだ。そこのアービスよりも劣る、魔王職にしてみりゃお飾りみたいなもんだからね。魔王軍を容易く蹴散らす君達を相手に出来る程、僕は芸達者じゃないんだ」
その分口は達者みたいだがな。
俺は警戒を解かず、構わずゆっくり近づいてくるクオレに剣を向けた。
「魔王八逆星だってんなら、俺は容赦なんぞしねぇ」
「だったらそこのアービスもさっさと始末したらどうだい?」
う、それもまぁ、正論だが。
「僕ね、ちょっとカルケード国の王様に話が合って来たんだけど……君達案内してくれないかな?」
「出来る訳ねぇだろうが」
「別に、暴力的な事は何もしないよ?」
「何もしない保証が何処にある」
クオレは、仮面の下で笑った様だ。唐突に両手を前に上げる。
「何なら腕の拘束も許すよ。でも、この仮面は取らないでね」
「……見られるとまずい顔か?」
「そうだね、穏やかじゃないな」
そう言ってクオレはその場で後ろを向き、両手を背後に回した。拘束しなよと誘っている。
「僕は自分の顔が好きじゃぁないんだよ」
俺らの独断で連れてく訳にはいかない。
国の人達と連絡を取り、怪しい人物、ぶっちゃけ魔王の一人がミスト王と会話を望んでいるんだけどどうする?とお伺いを立ててみた。
あー、嫌な予感がするなぁ。
戻ってきた従者と説得しに行ったレッドが戻ってくる。説得ったって是非お会いしてください、って方向性じゃねぇぞ?この場合、相手の要求は呑んでは行けません、の説得だ。
だがしかしレッドの奴、苦笑してます。守備はよくなかったようだ。
守備が良くなかった場合どうなるかというと……こうなる。
厳重な警備の敷かれた謁見の間にて、両腕を後ろで縛られた魔王八逆星のクオレとミストラーデ王がご対面……という場面になる訳です。
カルケード王の気っ風の良さというか。好奇心旺盛というか。
それって、仇になってるよなぁと俺は結構心配だぜ……。
仮面を被った頭を下げていたクオレは、ミストラーデ王の命によりゆっくり頭を上げ、立ち上がった。
ミスト王は険しい表情で仮面の青年を見下ろしている。
「話は聞いている……。魔王八逆星が私に、我が国に何の話だ。事によっては……無事では返さぬ所だぞ」
「仮面越しの無礼をお許しください」
そのように断った割に……クオレの言葉には侮蔑が含まれているように思える。何でだろう?俺とマース、テリーとアベルでクオレの不審な行動に備え、奴の隣と後ろに控えている訳だが……。暴力的に抑えるのは簡単だが、暴力的な言葉を控えさせる方法はねぇよなぁ。
ミストラーデ王は固い表情を変えず暫く何か考えるように黙っていたが静かに、目を閉じる。
「挨拶は良い、本来であれば話し合いに応じない所だ」
嘘付け王様!本当はこの展開にわくわくしちゃってレッドの忠告や忠臣の反対を押し切った癖にッ!
「先ほど……地下牢付近で暴れ回った我々の軍隊、貴方がたが魔王軍と呼んでいる者達についてはお耳にいれておりますか?」
「聞いている。人型の……かつて我が国にも蔓延った混沌の怪物達とも少し違った怪物だ……と、聞いている」
苦しみを隠さずにミスト王は不快だという感情を顕わにして静かに答えた。
カルケードの前王が偽物で、その上魔王八逆星だったんだよな。
実の王、ミストの父は殺されていて、父の兄が魔王八逆星となってカルケード国に蔓延っていたのだ。ミストはそれを正す事になってなんとか、玉座は勝ち取ったものの……。
避けられない悲劇が幾つかあった。それらを思い出しているのだろう。
本当の王、ミストの父親はすでに死んでいた。母親も危うく怪物にされかけた。魔王化した叔父は捕えたものの、ミストの双子の弟エルークがこれを殺して逃亡。
今もエルークの行方は分かっていない。
その上、ミスト王は知っている。
魔王軍と呼ばれる怪物がどのように生まれ出るか、という……余り世間に公にされていない真実を。
魔王軍という混沌の怪物はみな全て、元は人間だ。南国カルケードに溢れた怪物の殆どは……元カルケードの偽の王に仕えた軍人だ。元を辿れば親民である。おかげさまでその事実には、未だ口を閉ざしたままにしている。本当の事を伝えて国に混乱を招くより、魔王軍によって殺されていた事にしておいた方が親民達の精神的負担も少ないだろう、という……ミストラーデ国王の配慮による。
努めて明るく俺達に向かって振る舞うミストラーデ王ではあるけれど、内心それら多くの悲劇は今も王の心に傷となってあるだろう。
ミスト王は……優しい人だ。カルケードの王様は、代々厳しさを持つと同時に底なしの優しさを兼ね備えているというがその通りだと信じられるくらい、このお兄さんは優しい。時にその優しさが仇になるくらいにな。
「ご理解頂いているなら結構です……ですが、我々があの新しい形の魔王軍をすでに南国に進入させている事は?」
「……貴様」
目を細め、体裁を欠いてクオレを睨み付けるミストラーデ王。
「前のと違いましてね、少々、維持するコストが掛かるのです国王。それが何を意味するのかはすでに……ご存じかと思われますが」
「今すぐその駐在場所を吐く事だ。我々は全力でお前達を滅ぼす事にしよう」
「そう言うと思いましたよ。だが……それは止めた方が良い」
「どういう意味だ?」
クオレは少し顎を引く。そして少し改まって低く言った。
「近いうちにファマメント国がカルケード国に攻めてくるだろうから」
「……そのような情報は得てない。ファマメント国には我が国に攻め入るだけの大義名分も、余裕もないはずだ。それに、それが貴様とどう関係をするというのだ」
「それがそうでもないのです。ご存じですか?ファマメント国フェリアで魔王軍の大群を蹴散らした特殊な軍隊が結成されつつあるのを」
重鎧のマースが呟いた。呻き声に近い。
「ランドール・ブレイブ……!」
「ああ、そんな風に呼ばれてましたっけね。それが貴方の国を得る為に攻めてきますよ」
「……馬鹿な」
ランドールが結成した、対魔王八逆星の為の軍隊だ……と、俺も聞いている。しかし、それが『ファマメント国』として南国に攻め入るって……マジか、そんな事は在るのか?いや、何かしらその様に仕組まれているって事か?
「そこで一つ提案をしに来たのです」
クオレは仮面の下、口の中で笑いながら言った。
「その軍隊はファマメント国の正規軍とは違いますが……かなり際どい存在になるでしょう。下手に対応すればそれこそ本当にファマメント国で貴方の国に攻め入る口実になる。そこで……替わりに我々魔王軍がその軍隊と戦って差し上げようかと思いましてね。で、その代価に小さな集落一つでいいんです。町を一つ魔王軍に譲って頂けませんか、と」
ミストラーデ王は勢いよく立ち上がり、浅い階段を数段下りようとして護衛に押し戻された。
「その様な取引に、我々が応じるとでも思うか!」
クオレはウザったい口調を止めて、俺達に対応してきたような言葉遣いでミスト王に言った。
「そのように感情的に言っていられるのも今のうち。貴方は僕を頼らざるを得なくなる。何を否定的になるんだ?何が問題なのかよく考えて判断して欲しいものだね」
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