176 / 366
11章 禁則領域 『異世界創造の主要』
書の3後半 思い出さない『二度と思い出される事の無い』
しおりを挟む
■書の3後半■ 思い出さない I never will do not remind
「お楽しみは一応残ってたみたいで、安心したぜ」
聞き慣れた声に顔を上げた。
……視界が狭い。というか、体が重い。
あれ?俺、なんか全身鎧着てないか?武器……構えてるけどこれは俺の剣じゃねぇぞ?
ここはどこだ?俺、イシュタル国に居たはずなんだが?
俺は武器を収め、視界の狭い鉄仮面を脱いでみた。
……見た事がある。これは……!新生魔王軍が被っていた兜だ。内側に不気味な紋様が発光しながら渦巻いている。二頭立ての馬頭の魔導士、エルドロゥの再生光だ。
俺は愕然となって自分の顔を確認するように手を伸ばす。手応えが分からん、手袋に鉄の手甲の手、なんだ?
ちょっと待て『俺』!
これは、どこに来ている?
「今更そんなん見せられても無駄だぜ。むしろ逆に手加減しねぇからな」
そう言ってこの広い建物の入り口で拳を固めているのは、その声の主の通り……
「お前らとは……その顔の知り合いのよしみだ。俺がきっちり片付けてやる」
……テリーだ。
「……待て」
声が出る、大丈夫だ。話が出来る。
「ちょっと待てテリー!……そうだ、俺の頭上を見ろ!」
「ああん?」
その途端怪訝な顔になった相手を放っておいて俺は、辺りを見回した。自分の姿が良く分からないが、都合良く鏡があるわけじゃない。がしかし、よく磨かれた鋼のラウンドシールドが落ちているのを見つけて急いで拾い上げる。
鈍く写り込んでいる姿。
はっきりとは見えないが……俺だ。見慣れない鎧を着ている、赤茶けた髪に緑がかった目の……そこには俺が写り込んでいる。
「……ヤト?」
「ここどこだ?なんで俺……こんな格好してんだ?」
するとテリー、ため息を漏らして頭を掻く。
「もしかして、ログアウトとインを挟んで接続不良か?」
「接続不良?」
「まぁいい、叩いたら『直る』だろ」
早速こちらに向かって駆け出してくる姿を確認。あちこちに倒れている鎧を避けて、拳を振り上げて遠慮無く叩き込まれてきた一撃を俺は、とっさに今拾った盾で防いでいた。
防げてないか、防げるとも思ってない。
途端破壊された盾をおとりに俺はテリーの突撃を避け、ついでに足下に転がっている鎧の……兜を蹴り上げて取り外す。
倒れている鎧の中身、恐らく事切れている横顔、これも紛れもなく俺の顔。
「ちょー!?」
なんだ!これ!
「分かるだろ、そろそろ把握しても良いと思うがな!」
武器を構える余裕が無く、テリーの回し蹴りを無謀にも俺は右手で防御。
もちろん、途端に破壊されて腕が鎧ごとねじ切れて吹き飛んでいった。
脳天を貫く凄まじい痛みに晒されて蹌踉めく、その胸に遠慮無く次の蹴りが入れられて抵抗のしようがなく、壁まで吹き飛ばされて叩き付けられる。
「マトモにやれよ、おもしろくねぇ、手加減しちまったじゃねぇか」
手加減して鎧着た奴を壁まで吹き飛ばすのかよ!
痛みに感覚が痺れ、かわりに……押さえ込んだ果てしない『飢え』が襲いかかってくる。
それが気持ち悪くて俺は、それに軽々しくも道を譲った。
染まってなるものか。流されたくない。
となりゃ、やっぱそういうわけの分からないものは受け流してしまうのが一番楽だ。
途端俺は弾かれたように立ち上がり、足下に倒れている奴の右腕を左腕で引きちぎって……自分の右腕に押しつけていた。
多分『俺』は剥がれたな。
『俺』と云う存在を保証する青い旗が、怪物から剥がれたんだ。
そ……そんなのはアリなのか?
今ちぎれた腕を代替えにして、再生しやがった!全身鎧に開いたわずかな隙間の中で、何か得体のしれない黒いものがうごめいているのが見える。まるで形を保つためにあるような入れ物としての『鎧』の隙間から、わずかにあふれ出る……怪しい黄緑色の光。
歯をむき出して笑う自分の姿を俺は俯瞰して……。
この場で起っている事を冷静に把握してぞっとしてきた。
ここに倒れている鎧姿の新生魔王群、これ、全部俺か!
あれは、全部同じ規格ではないかとリオさんは言っていた。それはつまり、同じ肉体構造を持っているという意味!
カルケード国にこいつらが現れた時、俺は兜を取り上げてみて中身に驚いたっけな。
顔がぐちゃぐちゃに潰れていて、顔としての機能をすでに失っているようだった。これでどうやってこっちを認識しているんだろうと思って、恐らく誰かに操られた人形なんだろうなとか思ったわけだけど……。
あの時、襲いかかってきた顔の潰れた魔王軍はクオレの管轄だった。
確認のしようがない、クオレは俺がこの手で殺した。けれど……何となく分かる。
クオレは自分の管轄になった魔王軍の顔を任意で潰したんじゃないだろうか。
あいつは自分の顔にコンプレクスがあって、自分の顔が嫌で仮面を被っている……と言っていた。
顔が同じ存在を『気持ちが悪い』と嫌悪していた……同じ顔の兄の事が、いや、兄と同じ顔をしている自分なのかもしれない。
もし、自分の管轄となった魔王軍が全部同じ顔していたらクオレは、それをもの凄く嫌だと思っただろう。ついでに言えば、クオレは俺も代替品だって事に気が付いていた。俺と同じ顔の人がいるという事を知っていた……。
何で知っていた?
新生魔王軍の顔が、この通りだからか!
「ヤト、お前がどこにいようが俺達にはお前の存在が分かる」
テリーの声が俺に、まだ届く。俺は、この異様な場をどこからか俯瞰して見ていた。エントランスの窓から見ているのかもしれないが、なんだか中途半端に覗きこんでいる様な不思議な感覚だ。
剣を抜いて、奇声のような笑い声を響かせながら躍りかかった俺の姿をした怪物、それをテリーは拳で往しながら、見えなくなっただろう『俺』に向けて叫んでいる。
「世界はお前の存在を許さないかもしれない。だから、お前に正しい居場所を用意しないかもしれない」
その叫びは壁に反響して奴自身に跳ね返り、自らで浴びているようにも思える。
「けれど少なくとも俺達には分かる!」
突き出された剣を真正面から受止めるべくテリーは腰をすえて構え、正拳突きを繰り出す。衝撃破でもって相手の勢いを相殺したが……完全に押し返す事は出来ずに突き出した拳から鮮血が舞った。
まぁ、反対側では怪物の武器は右腕ごと砕け散ってるけど。無駄に血は流さない、流石は我が永久の好敵手。
その血を振り払い、テリーは虚空に向けて好戦的に笑った。
「分かっているぜ、お前が確かにそこにいるって事は、な!」
間違いない、お前はヤトだ。
その言葉に本当は根拠も何も無かったのだという事を俺は、思い出している。
俺達の頭上にある青い旗など世界は、認識しない。
見えないものを、見えるものだけがその存在を証明する。
その、狭い一部が共有する『世界』が俺達の真実。
「まだ逃げんなよ!俺はそれ、許さねぇからな!」
目の前の怪物に言っているのでは無いな。
それは間違いなく『俺』に向けられている言葉だと俺は、理解出来る。
ばっか、当たり前だろ。戦士ヤトはチキンじゃねぇ。
サトウ-ハヤトとは違うんだ。
逃げたりしねぇよ!
「お前とはまだちゃんと、決着付けてねぇんだからなぁ!」
テリーは俺の顔をした怪物へ、再生の余裕を与えず迫り、逃げられず不気味に笑うだけの相手の顔へ……渾身の拳が叩き込んだ。
その衝撃に俺は目を覚ましていた。
目を見開き、重い衝撃を受け止めている。
相手の一撃を槍の柄で……。覚醒に驚き、大きく見開いた視線の先に困惑したアービスの顔があった。
そのまま力比べになり俺はなんとかアービスの剣を押し返す。距離を置き、槍を下ろし相手を牽制。
ふぅ、なんだ?今のは?
頭を軽く振り少しずつ状況の整理がついてくる。
「あー……なんかご迷惑かけたみたい?」
「ヤト!」
俺が『戻ってきた』事を真っ先に把握したアインが胸に飛び込んでくる。
どうやら……ちょっと……ログイン時にいろいろと……。
アービストは割と本気で戦ってたのか俺?
息が切れている、どっと疲れて俺はアインを胸に抱えたまま腰を下ろしてしまった。
「ど、どうなってたんだ?」
「それが、ええと……突然暴れ出して」
アインは色々省略したがおそらく、俺が『ログアウト』した途端に俺が暴れ出したって所だろう。俺は小さな声でアインに尋ねる。
「その間俺は……赤旗か?」
アインは項垂れた。
それが、答えか。
消えたんじゃなかったのか。一時的に、見えにくくなっていただけか?
もしかすればホストとしての能力が失われただけかもしれない。
赤い旗のランク的に末端に落ちた、ただそれだけ。
旗は、肉体に灯るものではない。少なくとも青い旗は、俺という精神を保護するものであり俺自身でもある。プレイヤーの存在をそこに保証するもの。
赤い旗、バグとしてこの世界に蔓延っているものは青い旗の前に『一時的』にだが消え失せる。
俺の肉体はバグだ。違法コピーだ。そして、そこに宿っているココロもすでに誰かの都合で弄られたものになりつつあるだろう。
ココロとは記憶だ。データ的には歴史の積み重なり、すなわちログでもある。
存在がNGなのに、それなのに俺はまだこの世界に来る事が出来る。トビラを開き、間違っている存在に降り立ち、その存在を仮初に許してしまう。
誰も、デバイスツールと呼ばれる神の道具でさえそんな奇跡は起こせないのに。
「今のは何だ?」
アービスが短く問いかけてきた。
「自分で説明出来るなら先に警告している」
どうやら元に戻ったと理解したようでアービスも剣を収める。暴れ出した俺の相手をして気を引いてくれたんだろう。俺はすまないと謝りつつアービスの差し出した手に捕まって立ち上がった。
「それがあなたの抱える問題なのね」
巻き込まれないようにリオさんは避難していたようだ。崩れかけた柱の影から出てきて困ったような顔をする。
「レッドあたりから聞いていただろ?」
「……暗黒比混種に片足を突っ込んでいる……果たしてそれがそういう『危機』なのかしら?何が引き金になっているの?精霊の……大陸座の恩恵が途切れるとあなたはそうなると言うの?」
それはアベルに言った言葉だ。
『恩恵切れたら俺は死ぬ』
俺の死とはすなわち、俺ではない何者かが現れるという事かとリオさんは解釈したようだ。
うは、そりゃ詳しい事はリオさんに向けて説明は出来ない。フラグシステムなんて、この世界の多くは認識できないんだ。出来る方が問題だ、むしろ……その見えない問題が根本にあるのに、それを多くの人が見える物事に翻訳するのは難しいってのが問題か。レッドも適当に誤魔化したか、素直に分からない事ですとでも説明したんだろう。
「わかんねぇよ、ただ……」
「タトラメルツで発覚した?そういえば……」
リオさん、俺が何を言いたいのか気が付いたようだ。
「……いや、うん。アービス、言ってやれ」
俺は項垂れて困った顔をしているアービスに助けを求めた。もう一回説明するのが辛いくらい嫌なだけだけど。
「何を言うんだ?」
ああ、もぅ話の通じないお兄さんですよこの人は。
「……俺がお前ら魔王八逆星にとっつかまってどーこーされたって事だよ」
結局自分で言うハメになったよ。一応軽くは説明してあるよな、トライアンの某本拠地に突入する前に。
「……でも、今貴方がここにいるという事は」
リオさんはあの時、あまり深く聞き込んでは来なかった。その前に自分の理論の穴を知ってそっちに気が取られた事と、インティが乱入してきた所為もあるだろうな。
「魔王軍怪物化は治しようがない、私の理論をレッドは強く否定したわ。その理由は、貴方がそのその身でもって例外もあるという事を示したという事じゃないの?……いえ、条件的に貴方は意識を保っているという事?何かの拍子で切り替わる……今回みたいに?」
「……やっぱり、そう説明するしかねぇよな」
すっかりアベルにもバラした事だしな。俺は苦笑して頭を掻く。
「……三界接合とやらが使われているとか、理論的な事は俺は分からん。レッドがリオさんのどこの理論を否定しているのかも俺にはさっぱり分からない。けど……殆ど治る事はないって事は俺達は知っている。ただ、多少俺と俺以外で例外な事も発生しているんだ。それが何なのかはちょっと、都合があって言えないけど」
話しながら気が付いた。そうだ、例外のロッダ王妃はカルケード国元王妃である。あんまり軽々しく他に伝播させちゃ悪いよな。案外レッドはその当たりのロイヤルな家庭の事情を鑑みたのかもしれん。
「……それが根本理由なのか、それとも俺が問題なのかはよくわからないんだ。俺も分からんし、レッドらも原因を特定出来ずにいて……だから詳しく言わなかったんじゃね?確定してない事はまるで、未来を決めちまうみたいで嫌だ、みたいな事言ってたし。ただ……俺が暴走したのはどうにも『事故』らしい」
「……貴方も、貴方をそのようにしたかもしれない者も、それを予測していなかった……と言う事?」
そのリオさんの言葉にアービスが小さく頷いている。
「魔王八逆星も別に、タトラメルツを滅ぼしたくて俺にちょっかい出した訳じゃないみたいだ。……タトラメルツの惨状は奴らが目論んだ事じゃない。事故だ、俺が奴らが目論んだ事を拒絶するに起ってしまった、だから俺は」
あれは俺の所為だと言っている。
今、ログイン障害で俺はおかしな現状を目の当たりにしてきた。
テリーが俺の顔をした怪物と戦っているのに乱入してきてしまった。
違法コピーの蔓延る現状、そこに付随する、俺じゃない何者かの精神。
青い旗は世界に一つ。ゲーム的な契約で二つのアカウントが取れないという制約に縛られ、このトビラ世界の中に俺は一人しかいない。
青い旗は一つから分裂しない。増殖しない。伝播もしない。
自分という者を証明する歴史、記憶の積み重なり、ログというものが安易に他の無関係なログに繋がって混乱を起こさないように。
経験を相手にコピーして渡すにも、ログ・CCというめんどくさい方法をとらなければ行けない都合が在る通り。
宿るべき器が多数に増えていても、その中の一つにしか宿らない青い旗。
その中の一つが築いたログとしか接続しない……『俺』
システムという見えない都合上、俺はこういう具合になっている。
多数に分裂して自分というものがすっかり失われて怪物に成り下がっているだろうに……その中に。一つ明確に『俺』だと感情で存在を信じて、存在するに足掻いている。
あるいは、多くの『俺』を保証する他人が俺の存在をこの世界に許している。
海は青いと証明するように、他人の認める『俺はヤトだ』という言葉が俺をここに許しているんだ。
何故そんな事が起きているか、なんて説明しようがないんだろう。
理論マンセーのレッドが明確に答えを告げない所、システムという裏技意外にこの異常な状況を説明する理論が見あたらず、ひたすら沈黙という悔しい状況に陥っているんだろうと思う。
何かもっともらしい理論でもでっち上なきゃいけない。詭弁家のレッドであっても、そのもっともらしい理論とやらがなかなか思いつかないんじゃねぇの?
俺はすでに存在自体がバグだ。それで正式な理論は事足りる。
ところがじゃぁバグとは何だ?と、バグという現象を理解出来ない人には言葉も、理論も足りていない。なんとか説明しようにも、出来ない。経験値マイナス貰うの覚悟で話した所で理解されない。
よしんば理解されたとして。
果たしてその時世界は、上位レイヤーの存在をどのように受け取るだろう?それが神であり、それが神の存在する世界だと素直に理解するだろうか?
俺はそうは思わんな。これ、ゲームや物語にはよくあるシチュエーションなんである。それはようするに創造主の存在の是非なのだ。
上位レイヤーにいる存在、大陸座もとい8精霊と方位神。彼らが世界を作り、管理しているという考えがガチという事になる。真実かどうかは『見えない』し『触れ得ない』、それが前提だったあやふやなものが確定してしまうという事だ。この方ずっと不確定という事を前提にしていた世界に、一つ理論の壁が打立てられるとすると……途端に世界には天井が出来る。
よくある事だ。ゲームとかの物語では良くある事で……こういう場合選ぶ事が出来る選択肢は限られている。
天井は無い、と思っていた空の彼方に蓋をした奴ら、ようするに『創造主』に値する奴らを神として崇めるか、その存在と上手い事共存するか、あるいは……蓋なんぞするんじゃねぇよボケ!みたいな感じで反逆するか、だ。
シナリオ的には反逆してあーだこーだというのが多い。アイコンや属性を変えて大抵セカイ系モノは同じような事をやっている。
人間って不思議な事に束縛されると、それを破ろうとして必死に藻掻いちゃう……仕様?みたいなものがあるんじゃないだろうか。
縛られてみると分かります。抵抗しても無駄って頭で分かってても、拘束されたら抵抗しちゃうもんな……。
トビラは開いた。
俺達はそのトビラの向こうからやって来た、異端だ。
そのトビラを閉じる行為を俺達は忌避した。世界を守る為だと言って、世界がただそのままに在る為にと願って、俺達『異端』がバラ蒔いてしまった異質なものを解決するために俺達は、トビラを開き続けている。
今後もそうするだろう。
世界を本当に、本当の意味でそのままに守りたいなら速やかにトビラは閉じるべきだったのだろう。例えそれでリセットボタンが押され、今ある現在が全て消えてしまっても、だ。
……今はそう思う。でもその時、もう二度とこの世界へのトビラは開く事はないだろう。
俺達異端からしてみればそういう事だ。
たった一度の強烈なログインで、俺達はこの世界、この現在に固執した。この世界に続くトビラを壊す事がどうしても……出来なかったんだ。
全てはその因果で、過去を振り返ってあー、やっぱりリセット押すべきだったんだよ!などとは思わない。トビラは閉めるべきだった、とも思っていない。
何故か?
トビラを開けた者として、トビラを開け続ける義務を背負うと決心をしたからだ。
それが要するに、赤い旗のバグを取り除こうとするあらゆる努力をする事だと俺達は信じている。
例え俺がカッコ仮の存在でも、無様に足掻くのはその為だ。
その理由は確実にある。でもそれは……このトビラの中の世界に向けては説明しようがない。
だから感情で言うんだ。
世界を守りたいから守ります。
理由なんかありません。
いりませんそんなもん。
なぁ、そうだろう?
俺は深くため息を漏らした。
リオさん相手に俺、上手い事言えないよ。おバカな俺には理論だとか何だとか、説明出来るはずないんだからとにかく、
「……責任を……逃れようとは思わない。タトラメルツの件から全て、俺は責任取りたいって思っている」
感情論で顔を上げる。
「それだけが俺の、心の拠り所だから」
「ヤトだけの問題じゃないの!あたし達全員に……ああなっちゃった責任あるんだって考えているの。だから……」
アインがそんな俺の言葉を励ますようにリオさんに首を向ける。リオさんは腕を組み直した。
「破壊という面で言えば魔王八逆星よりもむしろ、貴方の方が問題という事なのかしら?だから大陸座に会う事を優先したの?貴方のその危険な状態を封じて貰うために、その為に貴方達は大陸座に会う事を何よりも優先したって事?」
「いや、別にそうじゃない。……正確には、ええと、言っちゃって良いのかな?」
俺はアインと目配せをしてしまう。アインは大きな目を瞬き、もういいんじゃないのかしらと小さく頷いた。
「……この世界が危機にさらされている理由は大陸座にもあるんじゃないかって、俺達は考えている」
「………」
リオさんは更に腕を組みなおす。この人、考えたりするときこういうポーズをする癖があるみたいだ。
「大陸座、突然姿を現した世界の管理者。本来は見えないもの、存在すらしない概念。その後、世界には魔王八逆星と名乗る者達が現れたわ。彼らの出現により一時的に見えていた大陸座が再び見えなくなった……この二つの存在に、因果関係はあると最初に仮定して説明してくれたのは……タトラメルツの使者、第三位悪魔だというカオス・カルマよね」
そうか、そう云う事になるのか。
カオスは、誰よりも先に世界が狂った因果関係に気が付いていた。
「彼の仮定は正しい……と、貴方達は考えているのね」
「いやぁ、俺ちょっと頭弱いから。多分そうなんじゃない?としか言えないけど」
俺の頭の悪い返答にリオさん、ため息を漏らして苦笑する。
「私達はあのタトラメルツでのその後、別段カオスの仮定を重要とは考えていなかったのよね。それよりも……別の、目的があるからって、結局私達は大陸座ファマメントに会っていないの」
「ていうか、会おうと思って会えるものじゃないんだろ?」
「らしいわね、でもワイズが言っていたわよ。……貴方の所のハクガイコウ代理のカイエンさんは唯一、再び見えなくなった大陸座に近づく事が出来る特異な人だって。だから……大陸座に会って事情を聞くという仕事に一番適しているのは私達ではなく恐らく、貴方達だろう……って」
ハクガイコウ代理、カイエンとはナッツの事だ。そりゃそうだろう、ナッツは俺達と同じく見えないものが見える人である。青い旗を立てる事が出来る、世界の中にいる異端だ。
「ランドール・ブレイブにとっての理想は、貴方達が考えているものとは違うわ」
そのランドール・ブレイブというのは、西方で結成した軍隊という意味ではなくこの場合、ランドールを取り巻き結成したパーティの事だ。
ワイズ、テニーさん、リオさんにマース。エース爺さんとシリアさん。あとデカいドラゴンのヒノト。
しかし彼らの結束は中心に頂いているランドールの乱心により崩れた。今、リオさんとマース、あとランドールに殺されかけたワイズは俺達の所にいる。他の連中は……それでもランドールに付いていった。
「彼らも……純粋に世界の安定を望んだ集団よ」
はぁん、そうかねぇ。だったらどーしてその仲間達が真っ二つに割れちまってんだよ。
「でも、リオさんは……」
「そうね、私が彼らに従った理由はどちらかというとランドール達の目的に賛同したというより……私には私の目的があって、一緒にいると都合が良かったから。もうついて行けないわ、ついて行けなくなったのはマースも同じでしょう。彼はランドールが目指す目的をちゃんと理解出来なかったって所も大きいかもしれない。……シリアとは違う、彼女のようにやや盲目に付き従う事は彼には出来なかった。それでも、そうした方がよかったのだろうかって彼は、ちょっと悩んでいるのよ」
そうなのか、あの全身鎧の鱗鬼はそんな様子は見せていなかったように思うけど……それは俺が鈍いだけ……だろうな。
同じく分かっていなかったアービスがそうだったのか!みたいな顔してるし。
「だから、今回マースはこっちに付いてこなかったのよ」
「だから、って?」
「居残りを選んだの。ランドールと再び会える可能性が高い方を彼は選んだのよ。ランドールではなく、すでに仕える事が出来なくなって縁の切れたアービス側に残ったのだというイメージを……誰という訳でもなく……持って貰いたくなかったって事。ランドールに少しでも不満を抱いて、アービスの元に戻った形になってしまった自分の行動に彼は悩んでいるの」
バカだな、そんなの誰も気にしてないのに。的に当のアービスもそのように無言で頷いている。
ああ、それでも他人がどう自分を見ているのかとか気になるという気持ちは……よく分かる。
「もう一度ランドールに会って彼の理想が何なのか。変わりないのか、それを聞いてみたいって言っていたわ。マースはランドールの返答次第ではあちらに戻ると思う」
「いいんじゃねぇの」
いや、赤旗感染の危険があるのだから本当は良くないんだけど。でも、赤旗なんて見えないシステムを説明出来ないなら俺は、戦士ヤトは感情的にそのように答えるしかない。
マースが何を信じて何の為に戦うかは自由だ。ランドールの理想が何であるのか俺にはっきり分かる訳ではないのだから、マースを引き留める強い言葉が俺に在る訳じゃない。
もしそれでマースがランドールの所に戻って、ランドールを取り囲む連中にも赤いバグの旗が感染していたとしたら……。
いや、感染なんぞしても、いなくとも、俺とランドールが戦う事は確定している。少なくともランドールはバグに感染しているしな。俺とランドールが戦うなら、ランドールを取り巻いている連中に赤旗付いていようが居まいが……俺と敵対する事になるだろ。
ランドールには近づくな、バグが染るから危険だとは言えない。
他に、どのように奴の『危険性』を説明すれば良いって言うんだ。
出来るなら赤旗の感染者をこれ以上増やしたくはない。怪物化されたら戦えない、なんて弱っちぃ事はもぅ言わんけどさ、それでもなるべくなら被害は最小限に抑えたいという感情もある。
……赤旗の点灯は、その存在の死を意味する訳だし。
俺は、これ以上死人が増えるのを別にどうでも良い事だとは思っていない。出来るならば止めたい。
けど、実際どうやって赤旗感染源即ちホストに近づくなと説明すればいいのか分からないんだ。
理由もなくダメだと言ったって説得力無いのは分かってる。理由ってのは大事だ。それが無い意見は後回しにされる。
頭の悪い俺でもこんな風に悩む訳だから、勿論アインもこの件は把握していると思う。
マースがランドールの所に戻るかもしれないというリオさんの言葉を肯定した俺に、アインは何か言いたそうに口を開いてから……何も喋らずに閉じた。
俺は顔を上げる。
「リオさんは?どうするんだ」
「わたしはいいわ、……この状況でランドールの方に戻るつもりはない。正直彼らの理想はスゴいとは思うけどそれだけ。腐っても協会追い出されても魔導師よ、わたしの興味はそこじゃないもの。これ以上……ランドールの仕事を手伝えと言われても私には何も益が無いしね」
「奴ら、何しようってんだ?」
「……国をひっくり返そうとしているのよ」
俺はアインと顔を見合わせる。
「いや?それは全然世界の安定に繋がってないと思うけどな?」
「そうね、その前に多少の混乱はあるかもね。でも最終的に……今ある国家を打ち倒す事が世界安定に繋がると信じているからテニーもワイズも付き従ったんでしょ。そして、ランドールなら次の来る世界の頂きに立てるって、ウィン家も天使教も可能性を否定はしなかったのよ」
「……王の器って奴か?」
テリーが漏らした言葉を反復する。リオさんは苦笑して少し身を翻した。
「その事情は私も詳しくは把握出来なかったわ、テニーとワイズで無言で牽制し在っている雰囲気だったわね。もしかすれば……テニーとワイズ、政府と天使教でその、王の器という何かを取り合っていた可能性もあるわ」
ようするにリオさんもランドールについては詳しく知っている訳じゃないって所だろう。
俺達も、奴を追いかけた方が良いのかもしれない。
魔王八逆星の問題や、大陸座を開発者レイヤーの追いやる作業も急がなきゃいけない事だろう。だが、思うにランドールの所に魔王八逆星が……というより、ナドゥが居るような気がする。
王の器、それを作ったのはナドゥなんだろ?どこのナドゥなのかははっきりしない。DSか、リュステルなのかは分からない。
とにかく奴の意図をはっきりさせないと……奴の思いはどちらに傾くのか、それは世界を救うのか、壊すのか。
はっきり知りたい。
知ればきっと俺は、もう何に迷うことなく選び取った結論に向けて突っ走っていけると思うんだ。
あのおっさんの事だ、貴様は何をしていると訊ねれば、いつまでも本音を黙りはしねぇだろう。意図が読めずにいるのは俺達だけじゃないはずだ。おっさんから見た俺達だって同じくだろうと俺は思う。
「戻ろう」
どこに、というのは正直はっきり言えないので俺は、それだけを強く唱えて顔を上げた。同じく、具体的にドコを目指せば『戻れる』のか、明確な答えを知らないリオさんも苦笑して頷いた。
「とりあえずイシュタル島は出ましょう。船は用意してくれるみたいだから、とりあえずファマメント国に戻りましょうか」
「ああ、それなんだけどさ、なんとかエイオール船捕まえられねぇかな?」
「ふくろう船を……?でも、彼はまだ南国に居るみたいよ。エズの支部で事情は聞いてきたの。詳しい情報が緊急命令により閉ざされていてよく分からない、というのが正確な所みたいだけれど……」
お、ミンジャンの情報屋ってエズにも支部があるんだ?そう訊ねたら、利用者は限られているから表看板は基本的に無いそうだけど、と言っていた。エイオール情報屋は基本的に、港町を拠点にしていると言う。エズは大陸の中にある町で港は無いからなぁ。
多くの情報を扱う彼らは、各国各町に情報収集する隊員を配置しているそうだ。情報屋の窓口を開いてないだけなんだと。
ちなみに、リオさんはちゃんとAWL船の情報屋の顧客登録をしている。魔導師協会追い出されてからすぐに、魔導師協会から引っこ抜いた情報をダシにしてエイオールと契約結んだそうだ。なかなかに強かな人だよ。
「奴らの船はこの世界で一番速いんだろ?」
「そうらしいけど……でも、情報の伝達速度はどうなのかしら?……ううん?もしかすれば」
リオさんは少し嬉しそうに顔を上げる。
「彼らの情報伝達方法は『極秘』だそうよ、どういうネットワークを駆使しているのか、というのは私も知らないし、聞いたけど企業秘密だって教えてくれなかった。でも……もしかすれば」
その時誰かが遠くから呼ぶ声がして俺達は一斉に、声のする方に振り返る。
遠くから、俺達を見つけた役人っぽい衣装の奴が大きく手を振りながら駆けてくるのが見えて来た。
こちら、廃墟のクルエセル元闘技場の敷地内。
アインと一緒にブラブラ散歩に行って、その先で突然大陸座イシュタルトに遭遇して戦うハメになり、その後。
ログアウト挟んでるんだよな。今回はあんまりログアウトしている時間は長くなかったようである。
ずっとログインは無理なんだ。例えばスキップや、寝ている間にセーブしたり、ログCC取る為にエントランスに退避したりしないでいる事は無理だからな。寝なくても良いキャラってのは作れない。どんな種族であれ、同じスパンでと決まっている訳ではないにせよ……必ず眠って、夢を見る時間がある。
そういう意味で言えば、寝なくても良い魔王軍という怪物はかなりイレギュラーだ。
たとえトビラのプレイヤーが俺だけだったとしてもほんの少し、ログアウトして意識を戦士ヤトに渡してしまう時間というのは生まれてしまう。
エントランス退避ではプレイヤー在中の旗は取れない。エントランスからトビラを出て初めて、プレイヤー在中を示す青い旗はキャラクターから剥がれる。
戦士ヤトの場合、その青い旗が剥がれてしまう時が問題だ。途端、本性が現れる。
すでに生物としてまともに存在していない、怪物としての側面が顔を出す事になってしまう。
で、どうにも暴走したらしい。暴走するとすっかりその間のログは残らない。どこから暴走始めたのかは俺はさっぱり、リコレクト出来ない。
前回、魔導都市ランに居た時のログアウト中はこれ俺がやったのか?という位何をしでかしたのかよく分からない破壊をやらかしたが、今回はそこまで酷くないのは……イシュタルトからデバイスツールを受け取っているから、なのかもしれない。
いや、推論ですけどね。
とにかく一時的に俺の意識が無くて、暴れ出したのをアインとアービスが何とか押しとどめてくれていた。
なわけだから、人がいない所に押しとどめておくのは当然なワケでして。
俺達は元クルエセル闘技場から移動はしていないのだ。
アインさん、その辺りは計算していて俺をここに留めたのかもしれない。リオさんも俺が暴走する可能性についてはレッドから何か聞いてたと思うんだよな、ともすればアービスを近くに控えさせて、そうなった時に抑える事を念頭に置いてくれていたのかも。
「お楽しみは一応残ってたみたいで、安心したぜ」
聞き慣れた声に顔を上げた。
……視界が狭い。というか、体が重い。
あれ?俺、なんか全身鎧着てないか?武器……構えてるけどこれは俺の剣じゃねぇぞ?
ここはどこだ?俺、イシュタル国に居たはずなんだが?
俺は武器を収め、視界の狭い鉄仮面を脱いでみた。
……見た事がある。これは……!新生魔王軍が被っていた兜だ。内側に不気味な紋様が発光しながら渦巻いている。二頭立ての馬頭の魔導士、エルドロゥの再生光だ。
俺は愕然となって自分の顔を確認するように手を伸ばす。手応えが分からん、手袋に鉄の手甲の手、なんだ?
ちょっと待て『俺』!
これは、どこに来ている?
「今更そんなん見せられても無駄だぜ。むしろ逆に手加減しねぇからな」
そう言ってこの広い建物の入り口で拳を固めているのは、その声の主の通り……
「お前らとは……その顔の知り合いのよしみだ。俺がきっちり片付けてやる」
……テリーだ。
「……待て」
声が出る、大丈夫だ。話が出来る。
「ちょっと待てテリー!……そうだ、俺の頭上を見ろ!」
「ああん?」
その途端怪訝な顔になった相手を放っておいて俺は、辺りを見回した。自分の姿が良く分からないが、都合良く鏡があるわけじゃない。がしかし、よく磨かれた鋼のラウンドシールドが落ちているのを見つけて急いで拾い上げる。
鈍く写り込んでいる姿。
はっきりとは見えないが……俺だ。見慣れない鎧を着ている、赤茶けた髪に緑がかった目の……そこには俺が写り込んでいる。
「……ヤト?」
「ここどこだ?なんで俺……こんな格好してんだ?」
するとテリー、ため息を漏らして頭を掻く。
「もしかして、ログアウトとインを挟んで接続不良か?」
「接続不良?」
「まぁいい、叩いたら『直る』だろ」
早速こちらに向かって駆け出してくる姿を確認。あちこちに倒れている鎧を避けて、拳を振り上げて遠慮無く叩き込まれてきた一撃を俺は、とっさに今拾った盾で防いでいた。
防げてないか、防げるとも思ってない。
途端破壊された盾をおとりに俺はテリーの突撃を避け、ついでに足下に転がっている鎧の……兜を蹴り上げて取り外す。
倒れている鎧の中身、恐らく事切れている横顔、これも紛れもなく俺の顔。
「ちょー!?」
なんだ!これ!
「分かるだろ、そろそろ把握しても良いと思うがな!」
武器を構える余裕が無く、テリーの回し蹴りを無謀にも俺は右手で防御。
もちろん、途端に破壊されて腕が鎧ごとねじ切れて吹き飛んでいった。
脳天を貫く凄まじい痛みに晒されて蹌踉めく、その胸に遠慮無く次の蹴りが入れられて抵抗のしようがなく、壁まで吹き飛ばされて叩き付けられる。
「マトモにやれよ、おもしろくねぇ、手加減しちまったじゃねぇか」
手加減して鎧着た奴を壁まで吹き飛ばすのかよ!
痛みに感覚が痺れ、かわりに……押さえ込んだ果てしない『飢え』が襲いかかってくる。
それが気持ち悪くて俺は、それに軽々しくも道を譲った。
染まってなるものか。流されたくない。
となりゃ、やっぱそういうわけの分からないものは受け流してしまうのが一番楽だ。
途端俺は弾かれたように立ち上がり、足下に倒れている奴の右腕を左腕で引きちぎって……自分の右腕に押しつけていた。
多分『俺』は剥がれたな。
『俺』と云う存在を保証する青い旗が、怪物から剥がれたんだ。
そ……そんなのはアリなのか?
今ちぎれた腕を代替えにして、再生しやがった!全身鎧に開いたわずかな隙間の中で、何か得体のしれない黒いものがうごめいているのが見える。まるで形を保つためにあるような入れ物としての『鎧』の隙間から、わずかにあふれ出る……怪しい黄緑色の光。
歯をむき出して笑う自分の姿を俺は俯瞰して……。
この場で起っている事を冷静に把握してぞっとしてきた。
ここに倒れている鎧姿の新生魔王群、これ、全部俺か!
あれは、全部同じ規格ではないかとリオさんは言っていた。それはつまり、同じ肉体構造を持っているという意味!
カルケード国にこいつらが現れた時、俺は兜を取り上げてみて中身に驚いたっけな。
顔がぐちゃぐちゃに潰れていて、顔としての機能をすでに失っているようだった。これでどうやってこっちを認識しているんだろうと思って、恐らく誰かに操られた人形なんだろうなとか思ったわけだけど……。
あの時、襲いかかってきた顔の潰れた魔王軍はクオレの管轄だった。
確認のしようがない、クオレは俺がこの手で殺した。けれど……何となく分かる。
クオレは自分の管轄になった魔王軍の顔を任意で潰したんじゃないだろうか。
あいつは自分の顔にコンプレクスがあって、自分の顔が嫌で仮面を被っている……と言っていた。
顔が同じ存在を『気持ちが悪い』と嫌悪していた……同じ顔の兄の事が、いや、兄と同じ顔をしている自分なのかもしれない。
もし、自分の管轄となった魔王軍が全部同じ顔していたらクオレは、それをもの凄く嫌だと思っただろう。ついでに言えば、クオレは俺も代替品だって事に気が付いていた。俺と同じ顔の人がいるという事を知っていた……。
何で知っていた?
新生魔王軍の顔が、この通りだからか!
「ヤト、お前がどこにいようが俺達にはお前の存在が分かる」
テリーの声が俺に、まだ届く。俺は、この異様な場をどこからか俯瞰して見ていた。エントランスの窓から見ているのかもしれないが、なんだか中途半端に覗きこんでいる様な不思議な感覚だ。
剣を抜いて、奇声のような笑い声を響かせながら躍りかかった俺の姿をした怪物、それをテリーは拳で往しながら、見えなくなっただろう『俺』に向けて叫んでいる。
「世界はお前の存在を許さないかもしれない。だから、お前に正しい居場所を用意しないかもしれない」
その叫びは壁に反響して奴自身に跳ね返り、自らで浴びているようにも思える。
「けれど少なくとも俺達には分かる!」
突き出された剣を真正面から受止めるべくテリーは腰をすえて構え、正拳突きを繰り出す。衝撃破でもって相手の勢いを相殺したが……完全に押し返す事は出来ずに突き出した拳から鮮血が舞った。
まぁ、反対側では怪物の武器は右腕ごと砕け散ってるけど。無駄に血は流さない、流石は我が永久の好敵手。
その血を振り払い、テリーは虚空に向けて好戦的に笑った。
「分かっているぜ、お前が確かにそこにいるって事は、な!」
間違いない、お前はヤトだ。
その言葉に本当は根拠も何も無かったのだという事を俺は、思い出している。
俺達の頭上にある青い旗など世界は、認識しない。
見えないものを、見えるものだけがその存在を証明する。
その、狭い一部が共有する『世界』が俺達の真実。
「まだ逃げんなよ!俺はそれ、許さねぇからな!」
目の前の怪物に言っているのでは無いな。
それは間違いなく『俺』に向けられている言葉だと俺は、理解出来る。
ばっか、当たり前だろ。戦士ヤトはチキンじゃねぇ。
サトウ-ハヤトとは違うんだ。
逃げたりしねぇよ!
「お前とはまだちゃんと、決着付けてねぇんだからなぁ!」
テリーは俺の顔をした怪物へ、再生の余裕を与えず迫り、逃げられず不気味に笑うだけの相手の顔へ……渾身の拳が叩き込んだ。
その衝撃に俺は目を覚ましていた。
目を見開き、重い衝撃を受け止めている。
相手の一撃を槍の柄で……。覚醒に驚き、大きく見開いた視線の先に困惑したアービスの顔があった。
そのまま力比べになり俺はなんとかアービスの剣を押し返す。距離を置き、槍を下ろし相手を牽制。
ふぅ、なんだ?今のは?
頭を軽く振り少しずつ状況の整理がついてくる。
「あー……なんかご迷惑かけたみたい?」
「ヤト!」
俺が『戻ってきた』事を真っ先に把握したアインが胸に飛び込んでくる。
どうやら……ちょっと……ログイン時にいろいろと……。
アービストは割と本気で戦ってたのか俺?
息が切れている、どっと疲れて俺はアインを胸に抱えたまま腰を下ろしてしまった。
「ど、どうなってたんだ?」
「それが、ええと……突然暴れ出して」
アインは色々省略したがおそらく、俺が『ログアウト』した途端に俺が暴れ出したって所だろう。俺は小さな声でアインに尋ねる。
「その間俺は……赤旗か?」
アインは項垂れた。
それが、答えか。
消えたんじゃなかったのか。一時的に、見えにくくなっていただけか?
もしかすればホストとしての能力が失われただけかもしれない。
赤い旗のランク的に末端に落ちた、ただそれだけ。
旗は、肉体に灯るものではない。少なくとも青い旗は、俺という精神を保護するものであり俺自身でもある。プレイヤーの存在をそこに保証するもの。
赤い旗、バグとしてこの世界に蔓延っているものは青い旗の前に『一時的』にだが消え失せる。
俺の肉体はバグだ。違法コピーだ。そして、そこに宿っているココロもすでに誰かの都合で弄られたものになりつつあるだろう。
ココロとは記憶だ。データ的には歴史の積み重なり、すなわちログでもある。
存在がNGなのに、それなのに俺はまだこの世界に来る事が出来る。トビラを開き、間違っている存在に降り立ち、その存在を仮初に許してしまう。
誰も、デバイスツールと呼ばれる神の道具でさえそんな奇跡は起こせないのに。
「今のは何だ?」
アービスが短く問いかけてきた。
「自分で説明出来るなら先に警告している」
どうやら元に戻ったと理解したようでアービスも剣を収める。暴れ出した俺の相手をして気を引いてくれたんだろう。俺はすまないと謝りつつアービスの差し出した手に捕まって立ち上がった。
「それがあなたの抱える問題なのね」
巻き込まれないようにリオさんは避難していたようだ。崩れかけた柱の影から出てきて困ったような顔をする。
「レッドあたりから聞いていただろ?」
「……暗黒比混種に片足を突っ込んでいる……果たしてそれがそういう『危機』なのかしら?何が引き金になっているの?精霊の……大陸座の恩恵が途切れるとあなたはそうなると言うの?」
それはアベルに言った言葉だ。
『恩恵切れたら俺は死ぬ』
俺の死とはすなわち、俺ではない何者かが現れるという事かとリオさんは解釈したようだ。
うは、そりゃ詳しい事はリオさんに向けて説明は出来ない。フラグシステムなんて、この世界の多くは認識できないんだ。出来る方が問題だ、むしろ……その見えない問題が根本にあるのに、それを多くの人が見える物事に翻訳するのは難しいってのが問題か。レッドも適当に誤魔化したか、素直に分からない事ですとでも説明したんだろう。
「わかんねぇよ、ただ……」
「タトラメルツで発覚した?そういえば……」
リオさん、俺が何を言いたいのか気が付いたようだ。
「……いや、うん。アービス、言ってやれ」
俺は項垂れて困った顔をしているアービスに助けを求めた。もう一回説明するのが辛いくらい嫌なだけだけど。
「何を言うんだ?」
ああ、もぅ話の通じないお兄さんですよこの人は。
「……俺がお前ら魔王八逆星にとっつかまってどーこーされたって事だよ」
結局自分で言うハメになったよ。一応軽くは説明してあるよな、トライアンの某本拠地に突入する前に。
「……でも、今貴方がここにいるという事は」
リオさんはあの時、あまり深く聞き込んでは来なかった。その前に自分の理論の穴を知ってそっちに気が取られた事と、インティが乱入してきた所為もあるだろうな。
「魔王軍怪物化は治しようがない、私の理論をレッドは強く否定したわ。その理由は、貴方がそのその身でもって例外もあるという事を示したという事じゃないの?……いえ、条件的に貴方は意識を保っているという事?何かの拍子で切り替わる……今回みたいに?」
「……やっぱり、そう説明するしかねぇよな」
すっかりアベルにもバラした事だしな。俺は苦笑して頭を掻く。
「……三界接合とやらが使われているとか、理論的な事は俺は分からん。レッドがリオさんのどこの理論を否定しているのかも俺にはさっぱり分からない。けど……殆ど治る事はないって事は俺達は知っている。ただ、多少俺と俺以外で例外な事も発生しているんだ。それが何なのかはちょっと、都合があって言えないけど」
話しながら気が付いた。そうだ、例外のロッダ王妃はカルケード国元王妃である。あんまり軽々しく他に伝播させちゃ悪いよな。案外レッドはその当たりのロイヤルな家庭の事情を鑑みたのかもしれん。
「……それが根本理由なのか、それとも俺が問題なのかはよくわからないんだ。俺も分からんし、レッドらも原因を特定出来ずにいて……だから詳しく言わなかったんじゃね?確定してない事はまるで、未来を決めちまうみたいで嫌だ、みたいな事言ってたし。ただ……俺が暴走したのはどうにも『事故』らしい」
「……貴方も、貴方をそのようにしたかもしれない者も、それを予測していなかった……と言う事?」
そのリオさんの言葉にアービスが小さく頷いている。
「魔王八逆星も別に、タトラメルツを滅ぼしたくて俺にちょっかい出した訳じゃないみたいだ。……タトラメルツの惨状は奴らが目論んだ事じゃない。事故だ、俺が奴らが目論んだ事を拒絶するに起ってしまった、だから俺は」
あれは俺の所為だと言っている。
今、ログイン障害で俺はおかしな現状を目の当たりにしてきた。
テリーが俺の顔をした怪物と戦っているのに乱入してきてしまった。
違法コピーの蔓延る現状、そこに付随する、俺じゃない何者かの精神。
青い旗は世界に一つ。ゲーム的な契約で二つのアカウントが取れないという制約に縛られ、このトビラ世界の中に俺は一人しかいない。
青い旗は一つから分裂しない。増殖しない。伝播もしない。
自分という者を証明する歴史、記憶の積み重なり、ログというものが安易に他の無関係なログに繋がって混乱を起こさないように。
経験を相手にコピーして渡すにも、ログ・CCというめんどくさい方法をとらなければ行けない都合が在る通り。
宿るべき器が多数に増えていても、その中の一つにしか宿らない青い旗。
その中の一つが築いたログとしか接続しない……『俺』
システムという見えない都合上、俺はこういう具合になっている。
多数に分裂して自分というものがすっかり失われて怪物に成り下がっているだろうに……その中に。一つ明確に『俺』だと感情で存在を信じて、存在するに足掻いている。
あるいは、多くの『俺』を保証する他人が俺の存在をこの世界に許している。
海は青いと証明するように、他人の認める『俺はヤトだ』という言葉が俺をここに許しているんだ。
何故そんな事が起きているか、なんて説明しようがないんだろう。
理論マンセーのレッドが明確に答えを告げない所、システムという裏技意外にこの異常な状況を説明する理論が見あたらず、ひたすら沈黙という悔しい状況に陥っているんだろうと思う。
何かもっともらしい理論でもでっち上なきゃいけない。詭弁家のレッドであっても、そのもっともらしい理論とやらがなかなか思いつかないんじゃねぇの?
俺はすでに存在自体がバグだ。それで正式な理論は事足りる。
ところがじゃぁバグとは何だ?と、バグという現象を理解出来ない人には言葉も、理論も足りていない。なんとか説明しようにも、出来ない。経験値マイナス貰うの覚悟で話した所で理解されない。
よしんば理解されたとして。
果たしてその時世界は、上位レイヤーの存在をどのように受け取るだろう?それが神であり、それが神の存在する世界だと素直に理解するだろうか?
俺はそうは思わんな。これ、ゲームや物語にはよくあるシチュエーションなんである。それはようするに創造主の存在の是非なのだ。
上位レイヤーにいる存在、大陸座もとい8精霊と方位神。彼らが世界を作り、管理しているという考えがガチという事になる。真実かどうかは『見えない』し『触れ得ない』、それが前提だったあやふやなものが確定してしまうという事だ。この方ずっと不確定という事を前提にしていた世界に、一つ理論の壁が打立てられるとすると……途端に世界には天井が出来る。
よくある事だ。ゲームとかの物語では良くある事で……こういう場合選ぶ事が出来る選択肢は限られている。
天井は無い、と思っていた空の彼方に蓋をした奴ら、ようするに『創造主』に値する奴らを神として崇めるか、その存在と上手い事共存するか、あるいは……蓋なんぞするんじゃねぇよボケ!みたいな感じで反逆するか、だ。
シナリオ的には反逆してあーだこーだというのが多い。アイコンや属性を変えて大抵セカイ系モノは同じような事をやっている。
人間って不思議な事に束縛されると、それを破ろうとして必死に藻掻いちゃう……仕様?みたいなものがあるんじゃないだろうか。
縛られてみると分かります。抵抗しても無駄って頭で分かってても、拘束されたら抵抗しちゃうもんな……。
トビラは開いた。
俺達はそのトビラの向こうからやって来た、異端だ。
そのトビラを閉じる行為を俺達は忌避した。世界を守る為だと言って、世界がただそのままに在る為にと願って、俺達『異端』がバラ蒔いてしまった異質なものを解決するために俺達は、トビラを開き続けている。
今後もそうするだろう。
世界を本当に、本当の意味でそのままに守りたいなら速やかにトビラは閉じるべきだったのだろう。例えそれでリセットボタンが押され、今ある現在が全て消えてしまっても、だ。
……今はそう思う。でもその時、もう二度とこの世界へのトビラは開く事はないだろう。
俺達異端からしてみればそういう事だ。
たった一度の強烈なログインで、俺達はこの世界、この現在に固執した。この世界に続くトビラを壊す事がどうしても……出来なかったんだ。
全てはその因果で、過去を振り返ってあー、やっぱりリセット押すべきだったんだよ!などとは思わない。トビラは閉めるべきだった、とも思っていない。
何故か?
トビラを開けた者として、トビラを開け続ける義務を背負うと決心をしたからだ。
それが要するに、赤い旗のバグを取り除こうとするあらゆる努力をする事だと俺達は信じている。
例え俺がカッコ仮の存在でも、無様に足掻くのはその為だ。
その理由は確実にある。でもそれは……このトビラの中の世界に向けては説明しようがない。
だから感情で言うんだ。
世界を守りたいから守ります。
理由なんかありません。
いりませんそんなもん。
なぁ、そうだろう?
俺は深くため息を漏らした。
リオさん相手に俺、上手い事言えないよ。おバカな俺には理論だとか何だとか、説明出来るはずないんだからとにかく、
「……責任を……逃れようとは思わない。タトラメルツの件から全て、俺は責任取りたいって思っている」
感情論で顔を上げる。
「それだけが俺の、心の拠り所だから」
「ヤトだけの問題じゃないの!あたし達全員に……ああなっちゃった責任あるんだって考えているの。だから……」
アインがそんな俺の言葉を励ますようにリオさんに首を向ける。リオさんは腕を組み直した。
「破壊という面で言えば魔王八逆星よりもむしろ、貴方の方が問題という事なのかしら?だから大陸座に会う事を優先したの?貴方のその危険な状態を封じて貰うために、その為に貴方達は大陸座に会う事を何よりも優先したって事?」
「いや、別にそうじゃない。……正確には、ええと、言っちゃって良いのかな?」
俺はアインと目配せをしてしまう。アインは大きな目を瞬き、もういいんじゃないのかしらと小さく頷いた。
「……この世界が危機にさらされている理由は大陸座にもあるんじゃないかって、俺達は考えている」
「………」
リオさんは更に腕を組みなおす。この人、考えたりするときこういうポーズをする癖があるみたいだ。
「大陸座、突然姿を現した世界の管理者。本来は見えないもの、存在すらしない概念。その後、世界には魔王八逆星と名乗る者達が現れたわ。彼らの出現により一時的に見えていた大陸座が再び見えなくなった……この二つの存在に、因果関係はあると最初に仮定して説明してくれたのは……タトラメルツの使者、第三位悪魔だというカオス・カルマよね」
そうか、そう云う事になるのか。
カオスは、誰よりも先に世界が狂った因果関係に気が付いていた。
「彼の仮定は正しい……と、貴方達は考えているのね」
「いやぁ、俺ちょっと頭弱いから。多分そうなんじゃない?としか言えないけど」
俺の頭の悪い返答にリオさん、ため息を漏らして苦笑する。
「私達はあのタトラメルツでのその後、別段カオスの仮定を重要とは考えていなかったのよね。それよりも……別の、目的があるからって、結局私達は大陸座ファマメントに会っていないの」
「ていうか、会おうと思って会えるものじゃないんだろ?」
「らしいわね、でもワイズが言っていたわよ。……貴方の所のハクガイコウ代理のカイエンさんは唯一、再び見えなくなった大陸座に近づく事が出来る特異な人だって。だから……大陸座に会って事情を聞くという仕事に一番適しているのは私達ではなく恐らく、貴方達だろう……って」
ハクガイコウ代理、カイエンとはナッツの事だ。そりゃそうだろう、ナッツは俺達と同じく見えないものが見える人である。青い旗を立てる事が出来る、世界の中にいる異端だ。
「ランドール・ブレイブにとっての理想は、貴方達が考えているものとは違うわ」
そのランドール・ブレイブというのは、西方で結成した軍隊という意味ではなくこの場合、ランドールを取り巻き結成したパーティの事だ。
ワイズ、テニーさん、リオさんにマース。エース爺さんとシリアさん。あとデカいドラゴンのヒノト。
しかし彼らの結束は中心に頂いているランドールの乱心により崩れた。今、リオさんとマース、あとランドールに殺されかけたワイズは俺達の所にいる。他の連中は……それでもランドールに付いていった。
「彼らも……純粋に世界の安定を望んだ集団よ」
はぁん、そうかねぇ。だったらどーしてその仲間達が真っ二つに割れちまってんだよ。
「でも、リオさんは……」
「そうね、私が彼らに従った理由はどちらかというとランドール達の目的に賛同したというより……私には私の目的があって、一緒にいると都合が良かったから。もうついて行けないわ、ついて行けなくなったのはマースも同じでしょう。彼はランドールが目指す目的をちゃんと理解出来なかったって所も大きいかもしれない。……シリアとは違う、彼女のようにやや盲目に付き従う事は彼には出来なかった。それでも、そうした方がよかったのだろうかって彼は、ちょっと悩んでいるのよ」
そうなのか、あの全身鎧の鱗鬼はそんな様子は見せていなかったように思うけど……それは俺が鈍いだけ……だろうな。
同じく分かっていなかったアービスがそうだったのか!みたいな顔してるし。
「だから、今回マースはこっちに付いてこなかったのよ」
「だから、って?」
「居残りを選んだの。ランドールと再び会える可能性が高い方を彼は選んだのよ。ランドールではなく、すでに仕える事が出来なくなって縁の切れたアービス側に残ったのだというイメージを……誰という訳でもなく……持って貰いたくなかったって事。ランドールに少しでも不満を抱いて、アービスの元に戻った形になってしまった自分の行動に彼は悩んでいるの」
バカだな、そんなの誰も気にしてないのに。的に当のアービスもそのように無言で頷いている。
ああ、それでも他人がどう自分を見ているのかとか気になるという気持ちは……よく分かる。
「もう一度ランドールに会って彼の理想が何なのか。変わりないのか、それを聞いてみたいって言っていたわ。マースはランドールの返答次第ではあちらに戻ると思う」
「いいんじゃねぇの」
いや、赤旗感染の危険があるのだから本当は良くないんだけど。でも、赤旗なんて見えないシステムを説明出来ないなら俺は、戦士ヤトは感情的にそのように答えるしかない。
マースが何を信じて何の為に戦うかは自由だ。ランドールの理想が何であるのか俺にはっきり分かる訳ではないのだから、マースを引き留める強い言葉が俺に在る訳じゃない。
もしそれでマースがランドールの所に戻って、ランドールを取り囲む連中にも赤いバグの旗が感染していたとしたら……。
いや、感染なんぞしても、いなくとも、俺とランドールが戦う事は確定している。少なくともランドールはバグに感染しているしな。俺とランドールが戦うなら、ランドールを取り巻いている連中に赤旗付いていようが居まいが……俺と敵対する事になるだろ。
ランドールには近づくな、バグが染るから危険だとは言えない。
他に、どのように奴の『危険性』を説明すれば良いって言うんだ。
出来るなら赤旗の感染者をこれ以上増やしたくはない。怪物化されたら戦えない、なんて弱っちぃ事はもぅ言わんけどさ、それでもなるべくなら被害は最小限に抑えたいという感情もある。
……赤旗の点灯は、その存在の死を意味する訳だし。
俺は、これ以上死人が増えるのを別にどうでも良い事だとは思っていない。出来るならば止めたい。
けど、実際どうやって赤旗感染源即ちホストに近づくなと説明すればいいのか分からないんだ。
理由もなくダメだと言ったって説得力無いのは分かってる。理由ってのは大事だ。それが無い意見は後回しにされる。
頭の悪い俺でもこんな風に悩む訳だから、勿論アインもこの件は把握していると思う。
マースがランドールの所に戻るかもしれないというリオさんの言葉を肯定した俺に、アインは何か言いたそうに口を開いてから……何も喋らずに閉じた。
俺は顔を上げる。
「リオさんは?どうするんだ」
「わたしはいいわ、……この状況でランドールの方に戻るつもりはない。正直彼らの理想はスゴいとは思うけどそれだけ。腐っても協会追い出されても魔導師よ、わたしの興味はそこじゃないもの。これ以上……ランドールの仕事を手伝えと言われても私には何も益が無いしね」
「奴ら、何しようってんだ?」
「……国をひっくり返そうとしているのよ」
俺はアインと顔を見合わせる。
「いや?それは全然世界の安定に繋がってないと思うけどな?」
「そうね、その前に多少の混乱はあるかもね。でも最終的に……今ある国家を打ち倒す事が世界安定に繋がると信じているからテニーもワイズも付き従ったんでしょ。そして、ランドールなら次の来る世界の頂きに立てるって、ウィン家も天使教も可能性を否定はしなかったのよ」
「……王の器って奴か?」
テリーが漏らした言葉を反復する。リオさんは苦笑して少し身を翻した。
「その事情は私も詳しくは把握出来なかったわ、テニーとワイズで無言で牽制し在っている雰囲気だったわね。もしかすれば……テニーとワイズ、政府と天使教でその、王の器という何かを取り合っていた可能性もあるわ」
ようするにリオさんもランドールについては詳しく知っている訳じゃないって所だろう。
俺達も、奴を追いかけた方が良いのかもしれない。
魔王八逆星の問題や、大陸座を開発者レイヤーの追いやる作業も急がなきゃいけない事だろう。だが、思うにランドールの所に魔王八逆星が……というより、ナドゥが居るような気がする。
王の器、それを作ったのはナドゥなんだろ?どこのナドゥなのかははっきりしない。DSか、リュステルなのかは分からない。
とにかく奴の意図をはっきりさせないと……奴の思いはどちらに傾くのか、それは世界を救うのか、壊すのか。
はっきり知りたい。
知ればきっと俺は、もう何に迷うことなく選び取った結論に向けて突っ走っていけると思うんだ。
あのおっさんの事だ、貴様は何をしていると訊ねれば、いつまでも本音を黙りはしねぇだろう。意図が読めずにいるのは俺達だけじゃないはずだ。おっさんから見た俺達だって同じくだろうと俺は思う。
「戻ろう」
どこに、というのは正直はっきり言えないので俺は、それだけを強く唱えて顔を上げた。同じく、具体的にドコを目指せば『戻れる』のか、明確な答えを知らないリオさんも苦笑して頷いた。
「とりあえずイシュタル島は出ましょう。船は用意してくれるみたいだから、とりあえずファマメント国に戻りましょうか」
「ああ、それなんだけどさ、なんとかエイオール船捕まえられねぇかな?」
「ふくろう船を……?でも、彼はまだ南国に居るみたいよ。エズの支部で事情は聞いてきたの。詳しい情報が緊急命令により閉ざされていてよく分からない、というのが正確な所みたいだけれど……」
お、ミンジャンの情報屋ってエズにも支部があるんだ?そう訊ねたら、利用者は限られているから表看板は基本的に無いそうだけど、と言っていた。エイオール情報屋は基本的に、港町を拠点にしていると言う。エズは大陸の中にある町で港は無いからなぁ。
多くの情報を扱う彼らは、各国各町に情報収集する隊員を配置しているそうだ。情報屋の窓口を開いてないだけなんだと。
ちなみに、リオさんはちゃんとAWL船の情報屋の顧客登録をしている。魔導師協会追い出されてからすぐに、魔導師協会から引っこ抜いた情報をダシにしてエイオールと契約結んだそうだ。なかなかに強かな人だよ。
「奴らの船はこの世界で一番速いんだろ?」
「そうらしいけど……でも、情報の伝達速度はどうなのかしら?……ううん?もしかすれば」
リオさんは少し嬉しそうに顔を上げる。
「彼らの情報伝達方法は『極秘』だそうよ、どういうネットワークを駆使しているのか、というのは私も知らないし、聞いたけど企業秘密だって教えてくれなかった。でも……もしかすれば」
その時誰かが遠くから呼ぶ声がして俺達は一斉に、声のする方に振り返る。
遠くから、俺達を見つけた役人っぽい衣装の奴が大きく手を振りながら駆けてくるのが見えて来た。
こちら、廃墟のクルエセル元闘技場の敷地内。
アインと一緒にブラブラ散歩に行って、その先で突然大陸座イシュタルトに遭遇して戦うハメになり、その後。
ログアウト挟んでるんだよな。今回はあんまりログアウトしている時間は長くなかったようである。
ずっとログインは無理なんだ。例えばスキップや、寝ている間にセーブしたり、ログCC取る為にエントランスに退避したりしないでいる事は無理だからな。寝なくても良いキャラってのは作れない。どんな種族であれ、同じスパンでと決まっている訳ではないにせよ……必ず眠って、夢を見る時間がある。
そういう意味で言えば、寝なくても良い魔王軍という怪物はかなりイレギュラーだ。
たとえトビラのプレイヤーが俺だけだったとしてもほんの少し、ログアウトして意識を戦士ヤトに渡してしまう時間というのは生まれてしまう。
エントランス退避ではプレイヤー在中の旗は取れない。エントランスからトビラを出て初めて、プレイヤー在中を示す青い旗はキャラクターから剥がれる。
戦士ヤトの場合、その青い旗が剥がれてしまう時が問題だ。途端、本性が現れる。
すでに生物としてまともに存在していない、怪物としての側面が顔を出す事になってしまう。
で、どうにも暴走したらしい。暴走するとすっかりその間のログは残らない。どこから暴走始めたのかは俺はさっぱり、リコレクト出来ない。
前回、魔導都市ランに居た時のログアウト中はこれ俺がやったのか?という位何をしでかしたのかよく分からない破壊をやらかしたが、今回はそこまで酷くないのは……イシュタルトからデバイスツールを受け取っているから、なのかもしれない。
いや、推論ですけどね。
とにかく一時的に俺の意識が無くて、暴れ出したのをアインとアービスが何とか押しとどめてくれていた。
なわけだから、人がいない所に押しとどめておくのは当然なワケでして。
俺達は元クルエセル闘技場から移動はしていないのだ。
アインさん、その辺りは計算していて俺をここに留めたのかもしれない。リオさんも俺が暴走する可能性についてはレッドから何か聞いてたと思うんだよな、ともすればアービスを近くに控えさせて、そうなった時に抑える事を念頭に置いてくれていたのかも。
0
あなたにおすすめの小説
アラフォー幼女は異世界で大魔女を目指します
梅丸みかん
ファンタジー
第一章:長期休暇をとったアラフォー独身のミカは、登山へ行くと別の世界へ紛れ込んでしまう。その場所は、森の中にそびえる不思議な塔の一室だった。元の世界には戻れないし、手にしたゼリーを口にすれば、身体はなんと6歳の子どもに――。
ミカが封印の箱を開けると、そこから出てきたのは呪いによって人形にされた大魔女だった。その人形に「大魔女の素質がある」と告げられたミカは、どうせ元の世界に戻れないなら、大魔女を目指すことを決心する。
だが、人形師匠はとんでもなく自由すぎる。ミカは師匠に翻弄されまくるのだった。
第二章:巷で流れる大魔女の遺産の噂。その裏にある帝國の侵略の懸念。ミカは次第にその渦に巻き込まれていく。
第三章:異世界で唯一の友人ルカが消えた。その裏には保護部屋の存在が関わっていることが示唆され、ミカは潜入捜査に挑むことになるのだった。
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
荷物持ちチート(倉庫、翻訳、環境適用)から始める異世界物流革命
ニャルC
ファンタジー
事務屋の僕が授かったのは、勇者の「荷物持ち用」と揶揄される地味なスキルセット(倉庫・翻訳・適応)だった。神には「魔王は倒せない」と笑われ、商業ギルドには「実績不足」と門前払い。算盤一つで砂漠に水道橋を架け、「砂漠の水道王」になる。神のシナリオを越えた、持たざる者の「逆襲」。痛快な異世界インフラ革命!
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる