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10~11章後推奨 番外編 ジムは逃げてくれた

◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -1-』

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◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -1-』
 ※これは、10~11章頃に閲覧推奨の、アベル視点の番外編です※

 子供の頃、あたしの遊び場は飼育小屋だった。
 多分あれは4、5歳位の頃だと思う。
 今思うと残忍な事だと苦笑を浮かべてしまうわね。何故、あたしの遊び場が飼育小屋だったのか。
 今思い出せばその理由は割りとはっきり自分でも理解できたりする。

 あたしは一人で、寂しかった。
 そういう事なんだ。


 飼育小屋の管理を任されていた男が外見はともかく根はとても優しい男で、いつも一人で退屈していたあたしに珍しい動物を案内してくれたのがきっかけだったと思う。
 闘技場での試合は人同士の戦いとは限らない。時に魔物や獰猛な獣も仕入れて来て、これらの戦いも行われる。そういう獣の飼育を任されている男は、あらゆる獣や魔物を飼い馴らし、飼育する事から戦って傷だらけになって使い物にならなくなったモンスター達の始末までを任されていた。
 無言で、手の施しようの無くなった獣を手に掛けてはこっそり、墓を作って弔ってやる。
 仕事は淡々とこなすが非情にはなりきらない、そういう穏やかな男だった。

 男の名前はラダといい、彼はあたしの事をお嬢様と呼び通したわね。
 散々名前で呼んでと強制したんだけどダメだった。基本的に生真面目な性格らしくて、それは改善の余地が無い、ラダはそんな男。

 ラダは最初、あたしをその小屋には近づけまいとしていた。
 あたしは子供の頃からかなり往生際が悪くて、頑固者なのね。それは父親似だと言われて、言った相手を一度殴った事があったりするわ。
 ……当たっていると自分でも思うからムカつく訳だけどさ。
 とにかく、ラダは根負けしてあたしに飼育小屋を案内するようになったんだけど……それでも一箇所、絶対開けない扉がある事にある日、気が付いたの。

 あたしはラダに、そこには何が居るのだと何度も聞いたわ。
 でもラダはどうしても、その中の事を答えなかった。せめて嘘でもついてごまかしてくれればよかったのに、ラダはそういう嘘がつけない性分みたいなのよね。
 まだ子供だったあたしに対しても、エトオノのお嬢さんと最大限の敬意を払って接するような人なのだ。
 子供なんだから適当にごまかせばいいのに、それが出来ないという、不器用な所がある。
 その後、そんな朴訥なラダの性格をある程度、あたしは矯正する事になるのだけれども。

 嘘でも真実でもいい、はっきりとした答えをラダが示さなかったばっかりに。
 あたしは、実力行使に移ったの。


 ラダが一日の仕事を終えて、早い朝に備えて眠りに付いた夜を見計らい……あたしはその小屋を覗きに行ったわ。

 そこには、幼いあたしが知らなかった残酷な事実があった。
 何故そこを隠そうとしたのか、ラダの意図は実際そこを見てしまって混乱した自分自身の状態で大体察したんだけど、もちろんなぜ自分がこんなに慌てふためき、ショックを受けているのか分からなくて、それを正しく教えてくれる人も居ないから……あたしは、幼いながらも必死にその『意味』を考えたわ。

 知らなかったの、というか……多分幼いあたしは自分の家族がやっている仕事がどんなものなか、正しく理解していなかった。

 隠された小屋の中には、幼いあたしと同年代の、人の、子供が沢山居たの。

 小屋の中の実態を知ったあたしは、その場を混乱の内に逃げ出して、部屋に戻ったものの……次の日の朝まで眠れなかったわ。
 そして寝不足のまますぐにラダの所に行って……お願いをしたの。

 開かない小屋の扉を指さし、この先に居る子供たちの事を教えてくれ、って。

 ここは、この幼いあたしにとって全てであった『この世界』では、いったい何が起きているのか、何ををやっているのか。
 当時『世界』というのはあたしにとって、ファミリーが経営している闘技場。それが全てだった。
 あたしはこの『世界』から外に出た事が無かった。
 その全てを正しくあたしに教えてくれって、お願いしたの。

 夜に小屋を覗きに行った事も素直に白状した。そうしたら……ラダは困った顔をしつつも小さく、あたしの決意に同意してうなずいてくれた。



 あたしの周りには、自分と同世代の子供なんか居なかった。あたしは一人っ子で、ファミリーの子供だったから特別扱いで……他に遊んでくれる同世代の子供が居なかったのね。加えてパパが過保護でしょ?
 闘技場の裏舞台から、あたしは殆ど外に出たことが無かったって訳。

 もう少し大きくなってから世間一般を教えてくれる家庭教師が付いたんだけど……それまであたしは、まるでお人形さんみたいに丁寧に扱われていた。
 あたしは何も知らないし、考えもしないとでも思っていたのかもしれないわ。
 人形みたいに、ただ齎される日常で泣き笑いするだけで、よちよちと遊びまわるだけだと思っていたのかしら?
 いや、もしかしたら5歳児なんてその程度で、目の前にある世界を認識するだけの知恵は無いはずだったのかもしれない。

 不幸にもあたしは赤い目で赤い髪で、イシュターラーに時たまに現れる魔種としての血が濃く発現していて。
 実は普通の子供よりも成熟が早かったのだろう……と、後にあたしの家庭教師を勤めたメルア先生は言っていた。


 とにかく、あたしは5歳位の時に飼育係のラダを説き伏せ、あたしにファミリーの仕事が何であるのか聞きだして理解する事になったのよ


 モンスター達はどうしてここで飼われているの?

 どうして大怪我をして戻ってくるの?

 この小屋に住んでいる、あの子供たちは何?

 ボロをまとって手枷を付けられて、あの子達が夜泣いていたのを見たの。

 どうして彼らは泣いているの?

 彼らの、お父さんとお母さんは?


 ラダはとても困った顔をしながら、あたしがちゃんと理解しているのか……迷いながら。
 それでも、本当の事を話してくれたわ。

 

 *** *** *** *** ***



 大きく伸びをして、遠くから聞こえる歓声に眉をひそめる。
「場所が悪い、」
「窓、閉めますか?」
 メルア先生が気を利かせて席を立とうとするのをあたしは止めた。
「暑いのも嫌よ、……どこに行っても無駄な事だし」

 闘技の町エズは朝から晩まで騒がしい。朝には朝の、昼には昼の、夜には夜の。
 そして、深夜には深夜にふさわしい深夜の。
 血生臭い闘争と、戦いと、カネと、それと欲望のやり取りが繰り広げられる。

 今年は暑くなりそうだった。雨の季節を通り越して照り出した初夏の日差しに、湿度の下がらないこの時期空気はむっとするほど水気を孕み、果てしなく不快だ。
 風でもあればいいのに盆地な所為でそれも望めない。
「泳ぎに行こうかしら……」
 エズの北側には大きな湖、真眸鏡湖がある。夏の季節海岸沿いは水遊びの観光客で賑わうわよ、危険生物も棲んでいる――事になっている――から、どこでも泳げるワケじゃない。ちゃんとお客の囲い込みをして、そこでしっかり稼いで一時の避暑を提供しているのね。ウチでもそうやって貸し出すプライベートビーチを持って居る。
「まだ時期が早いですよ」
「大丈夫よ、先生もいかが?」
「私は遠慮します、日の差す所に出ると眩暈がしますので」
 青白い顔のメルア先生は東方黒の魔導師で、エトオノファミリーからあたし向けに召致された家庭教師。
 賭博や血生臭い闘争は大嫌いだそうで、アタシとは割りと馬が合うんだけど……ならどうしてあたしなんかの家庭教師を引き受けたのか。
 素直に暴露するように責めたら、素直に給料が魅力的だったと語ってくれた。
 不健康そうな先生を見ていると……時に問答無用で同情したくなる。
 あたしに勉強を教えながらも必死に何か書いていたり、調べたりしている。常に机にしがみ付いている雰囲気がある。
 たまにご飯も食べずになにやら内職しているので……あたしは押しかけて行って、おにぎり程度を差し入れて上げる事があるくらい。
「体も動かさないと、先生ホントに病気になっちゃいますよ?」
「はは」
 乾いた笑いを返す先生。

 後に知るのだが先生は、実はこの時すでに病気持ちだったらしい。
 しかしアタシは先生から勉強を教えてもらっていた頃、そんな風に茶化す事はあったもののまさか本当に病気だったなどと、知る事は出来なかったのだ。

「お友達をお誘いください」
「友達ねー、」
 あたしは机にひじを付き、手の上に顎を乗せる。
「ろくでもない連中ばっかりよ、アタシの肩書きに畏怖するか忌避するか平伏するかの三択なんだもの」
 正直なあたしの感想に、先生は苦笑を浮かべる。
「血のっ気は多いけど教養が足りてない奴ばっかりだし」
 人の事は言えるのかな?という先生の微笑んだ視線にあたしは顔をそむけた。
 ……もちろん、あたしがそういう血の気の多い人間の一人であるから、教養の深い頭のいい人にあこがれるんじゃない。

 ……あたしは、割とメルア先生の事が好きだ。

 メルア先生は切り捨てて二十代だと言うし……家庭教師と教え子のロマンスというのはありがちだけど悪くないと思う。人は自分とは異質なものに惹かれる、とも言うじゃない。
 エズの人間は、間違いなくあたしやパパみたいな連中ばっかりで正直嫌気が差している。
 何かと言えば力に訴えるんだもの。
 権力、腕力、経済力。

「あたし、絶対この町から出るんだ」

 いつしか口癖のように言っていた。
 パパに言ったら警戒されるだろうから、大喧嘩した時パパを泣かせる為だけに言う事にしている。
 普段は、気を許している先生や飼育係のラダ、それから一部の友人にだけあたしは自分の夢を語った。
 あたしのその口癖を、先生は何時もただ黙って何も言わずに見守っている。
 先生は多分最初から最後まで、あたしに足りないものが何なのか知っていたのだと思う。だけど、それをあたしに諭すことなく黙って、出て行きたいというあたしの夢を否定も肯定もしなかった。

 あたしはいつしかこの町を出て行く事が目的になっていて、ただそれだけに意識が囚われていた。
 でもそれを誰も、あたしに諭してはくれなかったのだ。
 ラダにはファミリーとしての立場があったから何も言えなかったのかもしれないけれど……彼だって多分、あたしの愚かな状況には気が付いていたはずだ。

 あたしは家を出て町を出る事だけに気を取られ、あたし自身が何をしたくて外に出たがっているのか、そう、そうして目指すべき目的を……すっかり、考えていなかったのだ。
 それを誰も諭してはくれなかった。

 しかたがないのだろうな、多分。
 それは誰かに教えられるのではなく、ちゃんと自分で気が付かなければいけなかったのだと思う。

 この頃あたしはまだ、夢ばっかりふわふわ追いかけていて、嫌だと嫌悪しながらもエトオノファミリーという特権に威を借りた、ただの我儘娘でしかなかったのだわ。

 ……誰よ?今も大して変わっていない、とか誰か、言わなかった?気の所為?そう?あたし、目も耳も良いんだからね、変な事言ったら承知しないわよ!?

 パパは決して鈍感ではない。身体的だけの話ではなく、頭の回転的にも、ね。
 ファミリーの長として信頼は厚いし、頼れる部下も数多く居る。

 困ったくらいに溺愛している愛娘の動向は、最低でも週一で先生を呼び出して報告させるし、独自のお目付け役となっている若い部下の一人、カーラスを通じてあたしに関する情報は把握しようとする。
 何しろ町で一、二位を争っている闘技場、国からも支援を受けた公認の、国の祭典を行う事も在る立派な闘技を経営しているんだもの。
 経営を部下任せにしない事が長が長として強くある秘訣であるのか、パパは忙しい中それでも毎日あたしと一度は顔を合わせようと時間を作る。
 正直そこまでして何故と、娘であるあたしは思ったりもする。
 父親の都合に時々振り回されるハメになるので、これがウザいと思う要因の一つであったりもするかな。
 少し前向きに鑑みてやるとすれば……そこまでしても娘に愛を誇示してくれるのは、親子としては幸せな方であるかもしれない、とか。


 リアルのあたしの事情では、間違いなく父さんは家庭よりも仕事を選んでいるわよね……と、リアルの事を比較して感じる度に何と無く後ろめたく思う。
 こっちのパパ、あっちの父さん。

 どっちに対して後ろめたくあたしは感じているのか。

 そんな風に二つを比較して考える自分自身を、バカだなぁと思わない訳じゃぁない。

 ここはリアルであるあたし『アベールイコ』にとっては異世界で、仮想の世界だけど……。
 コッチに居る以上、あたしは……アベルには、どちらも掛け替えのない家族だ。
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