異世界創造NOSYUYO トビラ

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10~11章後推奨 番外編 ジムは逃げてくれた

◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -4-』

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◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -4-』
 ※これは、10~11章頃に閲覧推奨の、アベル視点の番外編です※

 そのまま溶けて消えてなくなる事が出来たら良いのに。

 残念ながら季節は夏、部屋に篭るにはちょっと、現実的に辛い季節だったりして。別の意味で溶けそうになる。
 あたしは仕方が無く、……人に会うのはまだちょっと怖くて、夜に出歩く事にした。
 風の無い蒸す夜、流石に部屋でごろごろしているのは辛い。昼は昼で拗ねてふて寝しているから夜、眠くならないのよね。昼は人に出あう恐怖が勝ってしまって、不快極まりない部屋の中に篭る日々が続いていた。でも段々限界なのだと思うわ、夜ならきっと人に会う事も無いと、自分の気持ちを説き伏せて、夏の蒸し暑さから逃れたくてたまらなくなってあたしは、外に出る決心をしてしまった。

 毎日カーラスが見舞いに来るが門前払いにしている。扉を開けたらそこに、誰かが待ち構えていたりすると嫌なのでこっそりと、ベランダから出てこちらを伺う視線が無い事を確かめた。

 私は赤い目を持ち赤い髪、遠東方人としての力が強く備わり、有能な能力をいくつも授かっている事は知っている。目も、耳も鼻も、常人よりはるかに鋭い上に身体能力もイシュターラーの特徴である『龍種』に相応しく、まさしく人の身に龍が宿っている様に強く、自在だ。
 こんな時身軽な自分が嬉しい。
 しかし、このあたしの特殊能力を正しく理解している人はあまり居ない様だ。
 パパは多分知っていると思う……メルア先生から事情は聞いているはず。けど……余り人には言わないようにしているみたいね、メルア先生も黙っていた方がいいと人差し指を口にあて、まだ幼かった昔の私に言い含めていたのを思い出す。
 その言いつけを守り、私は自分の能力の事はあまり自慢する様に人に言ったり、見せつけたりはしないように努めて来た。 

 そんな事を思い出して……途端に私は再び、ものすごい切ない気持ちになってしまって……。
 ベランダで暫く星の瞬く空を見上げていた。

 ややあって気持ちが落ち着いてから、やっぱりやめようかと思い悩みながらも結局、私は外を出歩く事にする。
 実は相当に鬱憤も溜まっていたりしてね。
 5階相当の高さから軽々と、隣の闘技場である建物の屋根の一つに難なく飛び移って音も無く着地、扉などが嵌っていない、開きっぱなしの窓に体を滑り込ませた。
 すでに夜中、闘技場の経営や掃除も終わっているわ。
 あたしは暗闇でもある程度目が利くし、大体子供の頃から勝手知ったる我が家の一部だ。割りと方向音痴なあたしだけど『家』である闘技場は別ね。
 久しぶりの散歩を存分に楽しむ。
 一人で気ままに歩き、時に無理に楽しく装ってスキップしたり。楕円形の闘技場を一周して来て、さて次はどうしようかと窓の外を伺い……そこにラダの仕事場があるのを視界に入れていた。

 あたしは目も耳も鼻も人一倍利く事は、さっきも説明したわよね?

 乏しい月明かりの中、獣小屋の並ぶ中庭で誰かが素振りをしているのを見つけて窓の外に身を乗り出していた。
「……ああ」
 右手に錘のプレートをぶら下げたまま、一心不乱に棒切れを振っている子供が例の『モンスター』だと知ってあたしは、興味を覚えていた。

 ラダから暫く来ないでくれと言われて……それから、突然に先生が去っていって。
 あたしはどれだけの間ぐだぐだとして過ごしたのだろう?

 人と会う事を恐れている。実際、まだ今はラダにだって顔を合わせたくない。
 それでもこの時、気まぐれに、あの子なら良いかと思ったのはどういう感情からだろう?
 彼は人間ではなく、モンスターだからいいとでもあたしは、思ったのだろうか?



「その手の奴、重くない?」
 ちょっとびっくりしたように少年が振り返ったのを、あたしはやはり驚いて見ていた。
「誰?」
 あたしの姿を捉え切れていない。ああ、そうか。この子はモンスターとか言われてるけど実際には、普通の人間なのよね。あたしみたいに暗闇に目が利く訳じゃない。
 建物の影に隠れる飼育小屋には、僅かな月明かりも殆ど差し込まない。あの子にはあたしの姿が見えていないのだ。
 あたしの胸辺り位までの背丈しかない少年の声はかなり幼くて……多分あたしはそれに驚いていた。
 素振りなんかしてるから、剣闘士修行はかなり進めた、体は『出来てる』子供だと思っていたのだ。
「誰だっていいじゃない」
 あたしは人と顔を合わせたくないから……影に隠れた所に腰を下ろしたまま答えた。
 しかし少年は声の返ってくる方向であたしのが居る大体の位置は分かったようだ。
「……なんだよ」
 ぶっきらぼうに、迷惑そうに言われてあたしは、別に、と素っ気なく返す。
「何してんのかなーと思って。そんな重いのぶら下げたまま素振りなんて、気だけ急いてるの?あんたまだ闘技場には出てないんじゃないの?」
「出るよ、明後日」
「え、だって、あんたまだ13歳じゃないの?」
 一応国営競技場なので、正式な選手としては16歳からじゃないと選手登録できない。……という事は、前戯で出されるという事か。
 正式な試合ではなく、パフォーマンスとしてのショーとしての戦いを見せる事をエトオノでやっているのよね。勿論、賭け事は発生しないし、勝敗が着く前に第三者が入って引き分ける事に『成っている』、一種芝居みたいなものだ。
 実際には、間に合わずどちらかが死んでしまう事が多い。これは、……事故として処理される。
 途端気持ちが沈みこんだ事にあたしは、失恋に気持ちが引きずられている事を知る。

 あたしは……平気を『装って』いたんだ。
 ラダが必死に諭した言葉を思い出してこっそり、顔を顰めていた。
 あたしは少年達が死んでいくのを無感情に眺めていたんじゃない。あたしは必死に、無感情を装っていたんだ。

「魔物と戦うのね」
 やや低い声で訊ねていた。そうではない事をどこか心の隅で願いながら。
 しかし少年は棒切れを再び構え、なぜか嬉しそうに言った。
「勝ったら例外で、選手登録してくれるっていうからさ。年齢もなんとかごまかしてくれるって」
 はぁ?誰かしら、そんな約束したの?
「勝つ気なの?」
「そりゃ、勝つ気が無かったら勝てないだろ?ボクは戦うために剣闘士目指してるんだから」
 再び素振りを始めた少年の、汗が光る。
 ……なんだろうこの子、何か……変なんじゃない?
「……しかし誰だよあんた、なんでボクの年齢知ってんの?」
「実はさ、あたしあんたらの世話手伝ってたんだよね。ラダのお手伝いなの。でもちょっと理由があって……しばらく顔出してなくってさ」
 嘘ではない。嘘じゃないと自分に言い聞かせてあたしは無理に笑う。
 ラダさんに弟子なんかいたんだ、しかも女、などと少年が口走ったのにあたしは素直にカチンと来たが……殴りに行って顔を晒すのも嫌だったのでガマンした。
「あんた、名前は?」
「人に名前聞くならお前から名乗れよ」
 お前、などとアンタから言われる筋合いはないわーッとは思ったけれど……。

 身分が何だと言うのだろう。

 あたしはすぐに醒めて……素直に答えていた。
「アベルよ、ああ……でも、ラダには言わないでね。あたしに会った事」
「しかたないな、黙っておいてやるよ……だから、ボクがこうやって素振りしてるのも黙ってろよな」
「いいわ、交渉成立」
「ボクは……」
 素振りを止め、荒い息をついてから少年は汗を拭う。
「ジーエム……」
 なぜか小さな声で名乗った言葉をあたしは、離れた所にいたので上手く聞き取れなかった。あたしの耳が拾い損ねるくらい、ためらいがちに呟くように言った様だ。
「え?何?ジム?」
「そう、……ジムだ」
 ジム、か。
 ……思えばあたしは少年達に名前を尋ねた事など一度も無かった。聞いたら多分……情が湧く。だから無意識に避けていたのだろうか?
 でもねぇ、この子はちょっと変だわ。
 顔も見えない相手に何も、恐れを抱きもせずに会話する。死と隣り合わせの戦いを望み、ひるまず、楽しそうに語る様子は明らかに歳相応には見えない。
 モンスター、彼に冠されていた偽りの属性。
 あたしは奴隷の子供にあるまじき振る舞いをするジムの異常さに、モンスターという単語を自然と思い浮かべてしまう。
「あんたってさ……最初グリーンのトコに居たのって本当?」
 だが、流石にそれは地雷だったのかもしれない。
 少年は棒切れを構えていたのを下ろし、あたしが居る付近の影を凝視する。
「……それがどうかしたのかよ」
「グリーンを殺しちゃったってのも本当?」
 あたしは恋破れて自虐的な気分になっていたから、すでに相手の気持ちを察していてもそれを鑑みてやる余裕がなかったりして。
 相手が弱者と知っていて甚振ったのかもしれない。
「ね、本当?」
「……ああ」
 だが割と、ジムはあっけなく事実を認めると再び素振りを始めてしまった。
 ふぅん……本当だったんだ。
 なら、どうしてそんな事になったのか、当然興味がある。
 あたしがそれは何故?と聞く前に、ジムが先に答えていた。
「ボクは戦う為にここに来たんだ……あいつらの慰み者になる為じゃない」
 って事は、風評は直球で当たっていたようだ。
 途端、あたしはあまりに単純な展開に可笑しくて笑い出す。
「何が可笑しいんだよ」
「いいえ、それで主人を殺しちゃうなんて、成る程貴方をモンスターと名づけた気持ちが分かった気がして」
「………」
「あらごめん、モンスターだなんて呼ばれたくなかったの?」
「いいや」
 ジムはあたしの嘲りを含んだ言葉を……鼻で笑ったように見える。
「いいさ、だからボクはジムなんだしな」


 一体それはどういう意味なのか、あたしはその時はジムの言葉をあまり気にもしなかったし、考えもしなかった。



 数えてみた。あたしは実に3週間も引きこもっているみたい。

 先生が唐突にいなくなる一週間前にやってきた『モンスター』のジム。
 一ヶ月弱って所かしら。昨日会って会話した限りでは思っていたより環境に慣れている感じを受けた。
 というかあれは、おかしいわよね?三週間は立っているとはいえ、場に慣れすぎというか。
 何より人を怖がらない、親元から引き剥がされてベソをかくのがほぼ定番の奴隷連中にしてみれば随分肝が据わっている。
 さすが、雇い主を殺してしまう程の『モンスター』。

 気が付いたらあたしはあの変わった少年の事を考えていて、その分先生の事を考える事を止めていた。
 それに気が付いたのは少年に会って会話した次の日の夕方だったりして。
 丸一日あたしは、そんな重要な事にも気が付いていなかった。
 先生の事を忘れて謎の奴隷少年の事を気に掛ける?あたしったら、何やってるのかしら。
 腹立たしく思ったけれど、その怒りを少年にぶつけるのはどうなのだろう。
 結局悪いのは自分じゃないか……と、ベッドの上で髪を掻き揚げた。

 そういえば……明日、よね。

 ジムは闘技場で戦うと言っていた。前戯の怪物との戦い。それに勝ったら年齢詐称で剣闘士として登録してもらうとか言っていたけれど……。

 本当なのだろうか?

 ベッドの上でゴロゴロと寝返りを打つ。
 ……気になる、でもソレを誰に確認すればいいのだろう。
 カーラスに調べろといえば嬉々として調べてきてくれるかもしれないけど……なんか借りを作るみたいで嫌だし。パパとは絶交中だし、他のファミリーの人達には迷惑掛けてるから顔あわせたくないし……当然それはラダに対してもそうだ。

 試合は明日の朝なのよね……。

 あたしはベッドの上で横に一回転、枕を抱えて暫く悩んだ後……。
 結局、好奇心が勝ってしまった。


 3週間ぶりにあたしは、部屋を出ることを決めた。
 引きこもるのをそうやって、止めたのだ。



 ようやく部屋を出て来たあたしに、カーラスは相変わらずムダにウザく付きまとって来たけど……無視して、まっすぐに闘技場に向かった。
「まだ試合は始まりませんよ?」
「あんた、何時からあたしのストーカーやってんのよ。あたしが何を見に来てるかくらい判るでしょ?」
「……ようやく口を利いてくれたらこれだ……。アベルさん、そんなに血みどろ好きだとは思いませんでしたよ」
「うっさいわね、黙ってないと殴るわよ」
 と言いつつ実はすでに殴っていたり。
 カーラスの頭を叩いて黙らせると、あたしは舞台の隠れた裏側まで様子を見る事の出来る特別な席から久しぶりに、闘技場を見下ろした。
「……何、アレと戦うの?」
 引っ張られてきたケージには、鋭い爪を持った大きな鳥に似た生物が入っていた。羽根をばたつかせて暴れているが、見た所飛べないように羽根は間引いてあるようだ。
「鷲馬の亜種です。なんとか飼いならそうとしたけど気性が荒い上に頭が良くないとかで……魔導都市から相当数が払い下げになったモンスターですね。鷲馬よりは綺麗な造形なのに。気性が荒いから愛玩動物にも向かない、とか」
 頼んでないのにカーラスは説明してくれた。別に、そんなんはどうでもいい。
 強いの?弱いの?
 気性が荒い……か……。
 ジムはあのモンスターと戦って勝てるのだろうか?

 真っ白い毛が舞い上がり、特別観覧席である5階相当の、あたしのいる席まで飛んできた。
 そっと手を伸ばして空中を漂うそれを摘み取る。
 ふわふわの毛には、ケージの中で暴れる獣の匂いがしみついていた。


 闘技場の開幕を報せるアナウンスが響き渡り、観客達が入り始める。入りは上々だわね、始まる前のパフォーマンスが割りと当たって……第一試合から見に来てくれる人も多いらしい。
 別に子供と魔物を戦わせるのだけが前戯だという訳ではない、そういうやや残虐なショーはその中の一部で、コメディアンや奇術師のステージの時もある。
 すでにケージの中に用意された活きの良いモンスターを前に、観客達は何が始まるのだろうとざわついているのが分かる。
 ……あたしにはどうもそれが、気持ち悪く見えた。
 と、観客達が見えない袖に……革鎧で要所だけを覆った簡素な格好の少年が現れているのにあたしは気が付いて少し、動揺する。
 ……夜に素振りをやっていた少年、ジムだ。
 昼間にはっきりその姿を見たのは勿論、初めてだ。最初に遠くからちょっとだけ見た横顔だけでは到底よくわかっていなかったのがあの夜に分かった。13才だという割りに……体はある程度作り上げられている感じだ。顔とかあの声とか、聞かなければ十分に16歳で通るかもしれないわね、確かに3歳くらいはサバ読めそう。
「アベルさん、あれの試合が見たかったんですか?」
「……何よ、悪い?」
 あたしは裸眼で彼がジムだとわかるが、一般人にはちょっと判別は難しいらしい。カーラスは遠眼鏡で確認してから奇妙な顔であたしを振り返る。
「あれは……異常ですよ」
「……まぁ、モンスターな訳だし」
 あたしは肩をすくめる。
 ジムはちょっと変……異常だっていうのはあたしもうなずく事ながら。
「あれは死に急いでいるとしか考えられない」
「………。まぁ、まだ13才だって言うし……」
「経歴、お知りになりたい?」
 カーラスはにやにや笑ってあたしを伺った。
「……判るの?」
「興味あるんですね、」
「……ちょっとね」
 素直に認める。そういう天邪鬼な反応をあたしがする事を知っているカーラスは、肩をすくめながらコルクボードを差し出して来た。
 ややひったくる様に受け取り、あたしはボードに貼り付けられている略歴表に眉を潜めた。
「……GM……ジーエム?何、この記号みたいな……名前?」
「それが奴の名前らしいよ。ぶっちゃけ、名前が無いらしい」
「無いって、」
「ほら、モンスターだから。本人も名乗らなくって。仕方が無いからGMになったみたいだよ」
「……何の略称よ」
 カーラスは鼻で笑ってあたしの隣にさり気無くやってきて、手すりに手を掛けてジム……GMが控えている袖の辺りを見やった。
「GREEN・MONSTERの略だってさ」

 あの両刀と噂される変態のグリーンを、殺してしまった『モンスター』だから?
 ただの少年の癖に、魔物だなんて名乗らされて。

 戦いたい、戦う為にここにいるんだと語ったジムの言葉をあたしは思い出し……彼は一体何者なのだろうと再び思って……コルクボードに目を落とした。
 不明な点が多いけれど……どうやら最初は中堅の闘技場で剣闘士として育てられた経歴がある。
 大手闘技場に優秀な選手を売る為に隷属剣闘士を『作っている』所もあるのだ。この時も名前が無く、適当な番号で認識されていたらしい。
 その後……裏闘技場、良く言えば『非公式試合』で割と良い成績を収めているわね、評価値も高い。ああ、この子は戦う才がある。
 でも、それで悪目立ちしてグリーンが目を付けた、って感じか。
 素振りを繰り返しているのを思い出し、この子はきっと努力家なのだとあたしは想像した。嫌々に肉体を鍛えているのではなく、彼は自ら志して強くなろうとすでに決めている。
 だからあんな事を言うのだとようやくあたしは納得出来て一人、頷いていた。
 モンスターという風評さえなければ、きっとかなりの金額で取引されたに違いない。剣闘士としては有能な卵だ。
 もしかしたら、エトオノ闘技場的にはラッキーだったのかもしれないわ、などと考えてあたしは自分がファミリーの事情で物事を考えているのに気付き、苦笑してしまった。

 運悪くグリーンに目を付けられてしまったジム。

 よっぽど気に入られてしまったのか、それが実に災難としか言いようが無い。最初に所属していた中堅闘技場からも手離した、よっぽど金を詰まれたのだろう。そうして、あっけなくグリーンに買われてしまったのだ。

 この世界、実力と金がものを言う。
 幼い彼にはまだ、自分で自分の属する闘技場を選ぶ権利が無い。実力があっても経験が圧倒的に足りなかったのだ。幼くして裏闘技場に出て目立ってしまったのも失敗だったと云えるかもしれない。
 誰も、エズでの世渡りを彼に教えなかったのだ。

「ガキの割りに作りこまれている体だよなぁ」
 再び遠眼鏡でジムの様子を伺いながら、カーラスは何気なく言った。
「あんなガキのドコが良いのかわからないね、変態の趣味は良く分らない」
 あたしは、何となく無言でカーラスを再び殴っていた。
 殴られた方は何故あたしがそんな仕打ちをするのか、理解できずに頭をさする。
「……気持ち悪いから……想像したくないから、そういう事言わないで頂戴」
「はは、確かに気持ち悪い」
 カーラスの奴、ジムの事を軽蔑している。……あたしはどうもそれが、気に入らないみたいね。

 おかしい、今まで何度もこういう下品な会話をコイツと交わしているはずなのに……今圧倒的にイライラしていうあたしは何なんだろう?


 肉片を撒き散らし、悲鳴を上げながら魔物たちに食い散らかされる子供達を目前に見て、無感情にそれをも守ってきたはずなのに。


 あの子は違う。
 あたしには見える、これから戦うのだという事に怯えもせず、不安も抱かず、ワクワクしたように目を輝かせているのを。

 あの子は何者なの?

 抱いた疑問が、あたしを挫折させた失恋の隙間に入り込む。
 空いていた穴を埋めるように、あたしはその執着を受け入れてしまって。

 あたしはその日、初めて子供達が魔物に食い散らかされるのが嫌だと思った。
 勝って欲しい。
 そう、素直に願っていた。
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