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10~11章後推奨 番外編 ジムは逃げてくれた
◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -6-』
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◆BACK-BONE STORY『ジムは逃げてくれた -6-』
※これは、10~11章頃に閲覧推奨の、アベル視点の番外編です※
闘技場で戦う前に、剣闘士は誓いを立てなければいけない。
命を賭して戦う事を理力の精霊、イシュタルトに誓う。
国営の闘技場の場合の決まりごとだ。
勿論、国から運営の認められていない闘技場ではこの限りではない。でもそういう所は大抵裏闘技場だから、基本的に非合法な戦いが前提だし。
イシュタル国にとって、戦いは遊戯ではない。
遊戯として、商業として展開している訳だけど戦う事自体は至極神聖なもので、一種の儀式めいてさえいる。
必ず一対一である、というのも闘技場でのルールの一つ。
チーム戦であっても、乱戦だけは絶対しない。モンスター相手の場合も必ず1匹と戦う。
もちろん、これは国営の場合のルール。裏ではこれは通用しない。
ちなみに、この場合の国営って国主体の運営っていうより、国で定めた法に則って闘技を運営する認可が降りている闘技場の事だ。実際お金のやりくりをするのは国ではなく、運営者の方。
二人もしくは一人と一匹がその舞台に入ったら、この二人には何人たりとも干渉出来ない。
勝敗が付くまで戦う。殺しあってもいい。
二人だけになったその狭い舞台では、たった二人だけの世界がある。
唯一の存在として相手の命を奪うも、その存在を許してやるも自由だ。
敗者の命は勝者の采配に掛かっている。
潔く死を望んでも良い。惨めに命を乞っても良い。
幾ら観客が殺せと叫んでも、勝者がそれを助けたければ助けても良い。
幾ら観客が許せと願っても、勝者がそれを殺したければ殺しても良い。
三つ目の瞳、もしくは剣で現される精霊『イシュタルト』に誓い、二人だけの世界で起こるであろう儀式を受け入れる事を誓い合う。
殺しすぎてはいけない。
殺せば殺すだけ、負けた時に慈悲を貰う事が出来なくなる。
許しすぎてはいけない。
許した相手から恨みを買う事が多い。
再戦や、闘技場とは関係のない所での戦いにも備えなければいけなくなる。
お互いの遺恨を残さないように、その場に上った二人は全力で戦いを捧げる。
そうやって最後に良い戦いであったと友情を深める事は稀だけれど、無い訳ではない。
ジムは変な奴だ。
性格が災いして恨みを人一倍買ってるのになぜか、そういう戦いで培った友情の在る人が沢山いるのよね。
両極端なのよ、多分。
割と運も良いみたい。圧倒的な恨みを買っている人物からは必ず勝っているらしい。負けた事も何度かあるのに未だに、生き残っているというのはつまり、そういう事だろう。
*** *** *** *** ***
「遅ーい」
僅かな月明かりだけの小屋の前の小さな広場。あたしは転がっている木の箱に腰を下ろし、ようやくやってきたジムを非難したのだが……。
近づいてきて、季節の割りに厚着をしてきたジムの様子がおかしい事に気が付いて立ち上がる。
「……どうしたの?」
思えばあっという間に背は追い越されたなぁ。
並んでみると、あたしはもう彼を見上げなきゃいけない。
数えて8年位かな、9年かな。10年は立ってないと思う。
あたしはイシュターラーなので人間よりは寿命が長いから、まだ背は伸びるのだろうけどあまり成長も変化もしない歳に突入している。
多分、この8年程、外見変わった所はないだろう……と、思う。
本当はもうちょっと、外見はともかく内面的には変わらないといけないんだろうけど。
あたしは止めた。変わるという事を投げ捨てた。
夢を見るのを止めたのと同時に、変わってしまう事を止めてしまったのだと思う。
「いやぁ、酔っ払っててさぁ」
ジムは苦笑して頭を掻いた。中途半端に長い髪が実に邪魔そうだ。
もうすっかり青年と言える歳になったんだし、顔を隠す必要は無いと思うんだけど。前髪切りなさいよ、と散々言っているのだが嫌だと一方的にはねつけられている。
あたしとタイプが似てるのよね。コイツ、理由をはっきりと言わないのよ。
ジムはまだ蒸し暑い秋口、長袖の腕をたくし上げて包帯が厚く巻かれた様子を見せながら笑った。
「ちょっと闇討ちに逢っちゃってさぁ」
「え、斬られたの?」
「ちょっぉとヤバかったね、油断してた俺が悪いんだけど。多勢に無勢って卑怯だよなぁ。なんとか返り討ちにしたんだけど」
しかも酔っ払ってる時にだぜ、とぐちぐち言いながら袖を下ろす。
背も高くなり、声も変わったけど口調だけは昔のまんまだ。
ちなみに『ボク』は子供っぽいから止めろと『俺』に矯正させたのよね。勿論、あたしが。
なんだかそれも昔の話の様だ。
「……だったらそうだから来れないって、言えばいいじゃない」
「って、誰に言えばいいんだよ」
担いできた木刀を突いて、ジムは苦笑する。
「この稽古、ラダ以外は殆ど知らないんだろ?」
「……いいわ、今週は。休んでいて」
確か5年程前からかしらね。
ちょっと色々あって、あたし、ジムから剣を習っている。当然これは皆には内緒だ。
ジムも余り多くの人にこの事は漏らしていない様子である。
仕事にもずいぶん慣れて、ついにベンジャーさんが微笑みながらあたしに経理とか、経営の中枢を教え込もうと近づいてきたのよね。それを流石に……断れなくなってきちゃって。
色々とファミリーの都合を蹴っているあたしは仕方なく、仕方な~くラダの仕事だけに絞って午後から経営学を教わるようになったのだ。
しかも何故か。
カーラスも一緒に。
何でって反発したら、カーラスもあれで一応ファミリーの一員だから、とか言われてしまった。
ようやくアイツの監視から開放されて清々していたのに。一緒に仕事をするハメになって割りと前より一緒に居る時間が増えちゃったりしてさ。
あたし、すっごいストレス抱えちゃったのよね。ただでさえ慣れてない仕事だし。
何とか鬱憤を晴らす方法は無いものかと、夜の散歩で気を紛らわせていたあたしは……ジムが夜中にこっそり鍛錬している事を知った。
隷属剣闘士達には当然、色々な守らなければいけない規則がある。
規則は闘技場の経営によるわ。大きな闘技場であるからエトオノでは結構これが厳しい。不正を余り許してグダグダにしていると、所属している人が多いから収集がつかなくなるものね。監視役とかがある位だ。
分かり易い規則は……私闘の禁止とか。それでも戦いたいなら場を提供してやるから闘技場で戦え、というちょっと、変わったルールもある。
体調管理をしている監督役側からの要請で、無理な個人鍛錬も禁止されていたりする。
つまり、ジムがこっそり一人で体を鍛える行為は規則違反なのだ。
夜はちゃんと体を休ませなければいけないというのに……こいつは、本当に闘いバカで。
あたしはしっかりジムの弱みを握りこみ、散々困らせてその日は鬱憤を晴らしたものだ。
しかし次の日もジムは懲りずに一人鍛錬をしているので……あたしは疑問に思って聞いてみた。
何でそんなに肉体苛めが好きなの?あんたドM?的な感じで。
そうしたら……余計な事を考えなくて済むから、とか云う返答をもらった。
様は、これは鍛錬じゃないみたいなのよね。
ストレス発散行為だと言い張ってる訳だ。
何でストレスが溜まっているのかピンと来たあたしはその後、闘いバカを酒場に連れ出し、夜遊びを教え込んでやった。
隷属剣闘士は一種奴隷みたいなものだけど、闘技場の規則によってはかなり自由に外を出歩く事だって出来る。エトオノでは剣闘士には成績によりランクの設定があって……これにより自由に出来る時間やお金などが決まっているのだけど……。
ジムはもうすっかりエトオノでは上位ランカーの一人だから、夜遊び位は出来る『自由』を勝ち得ている。
でも成績の割りに年齢が低い所為か、上位ランカーの友人が居ないみたいなのよね。
だからあたしが色々教える名目で暫く、ジムを夜連れ出したりしていたら……これが後にカーラスに知れ、何やら好からぬ、割とどーでもいい誤解を与えてしまった様だ。
まぁ、それはともかく。
ちょっとあのバカストーカーの行動が幼稚化極まって来ちゃってね、ほぼ毎日顔つき合わせて仕事しなきゃいけないから益々あたしはストレスで。
あたしはそれでピンと来た。
そうだ、あたしも『それ』で、ジム式で、ストレス発散すればいいんだ。
すっかりジムの弱みを色々握りこんでいるあたしは、嬉々としてその強権を乱用し……まず素振りを指導してもらう事にした。
そんなこんなでまぁお互い色々仕事とかある訳だから……毎週月曜日の夜に日時が自然と決まって、いつの間にやら剣技指導に移行してしまったという訳なのだ。
7精……7曜の事なんだけど、現実的に日本では日曜日というのは赤日で休みという事になってるわよね?
でもここは異世界。そのルールは通用しない。
大体、世界中を見回すと日曜日が休日と決まっている訳じゃぁないしね。イシュタル国では日曜日が『祭日』で、その次の日が基本的には休日になる。
日曜日は、こっちの世界の『7精』で云うと精霊イシュタルトで、闘いを儀式とする国ではやっぱりそれなりに重要な曜日みたいなんだけど、祭りの日は休日じゃないのよね、残念ながら。
とにかくまぁ、月曜日の夜が明けて次の日は仕事再開初日。一番夜予定の無い日、というとこの日以外に無いのだ。
ラダとジム以外、あたしがこうやって鬱憤を晴らしに剣を習っているのは殆ど誰も知らない。
「ふぅ、やっぱり長袖って暑いな。脱いでいい?」
「勝手に脱げば?」
あたしは木箱を足で蹴って、ジムに座れと顎でしゃくる。立ってるのもけっこうしんどそうなんだもん。
包帯を隠す為に着込んだ服を脱ぐと……まぁ、かなり手酷くやられたらしい。体中包帯だらけだ。
「……明日の試合大丈夫なの?」
「俺に選択権は無ぇの。大丈夫だと言うしか無ぇだろ?」
まぁ……そうよね。隷属剣闘士には、組まれた試合を棄権する権利は基本的には与えられていない。
戦いは神聖な儀式だものね、一応。
「ん?今週って隣との合同試合じゃなかったっけ?」
「ああ、ちゃんと憶えてたか」
記憶力の無さを笑われた事で、いつもの調子で殴ろうとして……あたしはやめた。
あたしの一撃で傷口が開いたら大変だもんね。そんなあたしの行動をなぜかジムは苦笑する。
「一応これでも管理職よ?……ああ嫌、それ思い出させないで。明日もあのバカと顔合わせるかと思うと頭痛がするわ……よし、素振り!」
あたしは立て掛け置いてあった木刀を握り、一心不乱に素振りを始めた。
そういえば、ずっと昔にこうやって棒切れを振っていた少年のジムとここで、会ったのよね。
ジムはそんなあたしの様子を楽しそうに眺めている。
「じゃ、俺は帰っていいの?」
「いいわよ、さっさと養生しなさい」
するとなぜかジムはニヤニヤ笑って首を傾げる。
「……何よ、心配しちゃ悪いの?」
「別に、アンタに殴られたくらいで傷口開く様ならそれこそ手当てした医者が藪だ」
「じゃぁ何よ」
「いや……前にボロ負けして包帯グルグル巻きの俺を引っ張り出して、稽古付けろと言った事があったよなぁと思って。またそうなるの嫌だしと思って体引き摺って来て見れば、今度は休めと言う」
そ、そんな事もあったかもしれない。
あの時はちょっと……ストレスマックスだったのよね……。
「お嬢様の都合に付き合うのも大変だ」
肩をすくめるジムに、あたしは鋭く木刀を差した。
鼻先数センチに差し出されて流石にジムは驚いて肩をすくめる。
「お嬢様と呼ぶなって言ったでしょ?」
「あー……はい」
目を逸らしてジムは頭を掻く。
お嬢様、この一言がどれだけ地雷なのか、彼はすでに存分に知っているだろうに。これで呼んでいいのはラダと、一部年上の経営陣トップの連中だけだ。
カーラスにも名前で呼ばせている。
隷属剣闘士達にも同じくで、必ず名前で呼ぶ様にと強制していたりするのである。
要するにあたしは気にいらないのだ。お嬢様などという自分の立場が……嫌で堪らなかったりする。
「今度、それ言ったらコロスからね、真面目よ?」
「私闘は禁止だろ?」
「イシュタルトに誓ってコロスわ」
これはすなわち、あたしが闘技場に上がるという意味だ。
流石にジムは慌てて真面目な顔になる。
「おいおい、冗談だろ?そんな事になったら俺、アンタの前に親父さんから殺される」
「じゃぁ人の言う事は聞きなさいよ」
「横暴な……」
小さく愚痴ったのをあたしは、サービスで聞かなかった事にしてやった。
「しかし、この時期になんで隣と合同なんか組むんだよ?スケジュールおかしいだろ?お前何かヘマったのか?」
「うっさいわね、仕事の話しないでよ」
と、言いつつも確かにジムの主張には一理ある。
冬に入る前に、エズでは全闘技場選手を対象とした総合大大会が行われる。これに優勝した個人がチャンピオンとして認定され……この名誉を手に入れた者は例外なくイシュタル国王の下に召致されて多額な報酬を賜る事が出来る。
すなわち……自由を手にする事が出来るのだ。
この大会で好成績を残す事が『自由』への近道とも言われる。上位入賞者への賞金も相当に高い。
エズでは一大祭りとして賭け事も否が応にも盛り上がるのでトーナメントが始まる秋前は、闘技賭博観光地エズもちょっとした休閑期に入るはずなのだが……。
なぜか、隣の闘技場の選手との合同トーナメントが組まれているのだ。
まぁ、本大会が始まる前の潰しあいみたいなもんだろうと思っていたけれど、リスクは双方にとっては同じだ。他の闘技場の剣闘士達にとってはありがたい事だろう。
なぜまたそんな不利な事をするハメになっているのか。
確かにちょっと疑問だ。
あ、ダメよダメダメ!
どうしてストレス発散しに来ているのに仕事の事を考えなきゃいけないのよ。
いけないいけない、別の事に集中しなくちゃ。
「ねぇ、ちょっと待って」
部屋に帰るべく立ち上がろうとしたジムを止め、あたしは木刀を地面に投げて……護身用のナイフを取り出した。
「実はさ、ちょっと思いついた方法があって……試し撃ちしたいのよ」
「……怪我人の俺を実験台にすんのかよ?」
「うーん、まぁそういう事になるか」
「勘弁してくれよ、養生しろって言ったのはどこの誰だ」
あたしはナイフを構えてジムに近づいた。結構傷が痛いのだろう。座り込んでいる姿勢からすぐに立ち上がれないジムを見下ろす。
「これ、」
手を伸ばしあたしは、ジムの首に未だに嵌ったままになっているエメラルドグリーンの首輪を引っ張った。
見た事も無い金属片で組み合わせられたもので……今ではもう遊びが無くなって首にぴっちりはまり込んでいる。
「いい加減これ、外したらどうかと思って」
「俺だって、外せるならさっさと外してるよこんなもん」
怪訝な顔で錆びる事も無い、美しい緑色の金属を指ではじく。
「強引に焼き切ってみよう」
にっこり笑って短剣を構えたあたしに、ジムは身をそらす。
「首だぞ?俺イタイのは嫌だからな?」
すでに首の肉や骨に食い込むか、というぐらいに首を圧迫し始めている呪われた首輪に指を掛けるあたしの手をジムは強引に引き剥がし、立ち上がった。
「こいつを外すのは無理なんだよ、無理だって言われた」
特殊な金属で出来ているのは色から察する通り、ちょっと強力な魔法が働いているらしく外す事が出来ないらしいのよね。もちろん、この物騒な首輪をジムに嵌めたのはあの、呪わしいグリーンである。GMという名前の由来はこの首輪の説もあるようだ。
「やってみないと分かんないじゃない」
あたしはそう言って、短剣を左手に持ち替えて右手の指先で刃の中に魔法構築の文字をなぞり書き加えていく。
そうやってから精神を集中し……熱いイメージを思い描いてその想いを小さく言葉に変換し、宣言した。
「ヒート」
瞬間ナイフが白く発光し、低い唸り声のような音を上げて剣が熱を帯びる。
「……よし、」
白からオレンジ色に熱が安定したのをあたしは確認し、ナイフを右手に持ち変える。
「なんだそれ?」
「ん、付加魔法」
さらりと言ったけど……実は割りと高度技術であるらしい。魔法効果を物質に付加属性として発動させるエンチャットと呼ばれる魔法技術。
実は昔、こっそりメルア先生から魔法を教わっていたのよね。
半分我侭を言って教えてもらったものだ。先生は魔法を指導することが許されている『黒』の位だけど……魔法を教えるのはそんな、家庭教師をするような小手先の事では無いらしい。本来はちゃんと弟子として入門しないといけない。許されるなら先生に弟子入りも悪くないと思っていたけれどね。
あたしは、この通り赤い髪と赤い目を持つ有能な古代種先祖返りのイシュターラー。肉体能力、身体能力がともに高い状態で備わっている上に……魔法行使素質も相当に高い。
まぁ……知能だけはちょっと、足りなかったんだけど。
かなり簡単に魔法を行使できるのは良いのだけど、やっぱり……頭が悪いというのがちょっと足を引っ張っているみたい。能力の行使が歪になっちゃって。物体を通さないと魔法を発現できない、というへんてこな魔法の使い方しか出来なかったりする。
普通の魔法使いは逆に、物質を間に挟みこむのにはもう一つ工夫が必要らしいんだけど、あたしは逆に何か間にないと魔法を使えないのよ。
使い方によってはかなり便利みたいなんだけど、やっぱりサービスで教えてもらっている魔法だったので大した事は出来なかった。熱を発する、というこの魔法から基本的な事を先生から一通り教えてもらった程度だ。
でも先生が突然居なくなって。
あたしはあの失恋以来、こっそり習っていた魔法を鍛錬する事も放棄していた。
10年は立っていないけど、それくらいの月日が流れてやっとあたしは、先生とすごした時間を全部『想い出』にする事が出来たのだと思う。
甘酸っぱい気持ちでゆっくりと、あたしはメルア先生の事を思いす事が出来た。
こっそり教えてもらった魔法を使う時に、先生の事を思い出して動揺して、上手く発動させられないのではないかと不安があった。ずっと克服出来なかった不安ともようやく、これで告別できたと言える。
あたしにとって魔法の発動はそういう、大きな意味があったりする。
「久しぶりにやってみたんだけど……うん、大丈夫そう」
しかしジムは迷惑そうな顔で後ず去っているではないか。
「いや、いい……それ、熱そうだし」
「大丈夫よ、動かないでいればちょぉっと火傷するだけで済むわ」
「ちょぉっと火傷で済むか?済まないと思うぞ俺は!?」
あたしが一歩前に出ればジムは一歩下がる……という具合でゆっくりと追いかけっこ。
「……観念なさい」
身を翻したジムをあたしは、容赦なく蹴り飛ばした。
すっかり怪我人なのをあたしは、忘れていた訳じゃないけど、蹴り飛ばした。
踏ん張る力が無いのだろう、ジムはうつぶせに倒れて傷に色々響いたに違いない、痛みをやり過ごそうとして暫く動けない状態で停止。その背にあたしは馬乗りになり、後頭部を地面に押さえつける。
「大丈夫よ、まかせて。細かい作業はかなり得意なの!」
「ぐぁッ、ちょ、アベル!嫌、嫌だぁあぁッ!」
「男の子でしょッ!往生際悪く暴れるんじゃなぁいッ!」
あたしに力負けしてジムの首がちょっと、変な音を立てたがあたしは気にしない。
大丈夫。今の音なら折れたりしてないわ。多分。
「うぁッ、あ……ッ、……うぁっちぃ~!」
夏の終わり、まだ暑い夜中に……ジムの情けない悲鳴が響き渡るのだった。
ああもう、情けない男!
でもお陰で、いい気分転換になったわッ!
※これは、10~11章頃に閲覧推奨の、アベル視点の番外編です※
闘技場で戦う前に、剣闘士は誓いを立てなければいけない。
命を賭して戦う事を理力の精霊、イシュタルトに誓う。
国営の闘技場の場合の決まりごとだ。
勿論、国から運営の認められていない闘技場ではこの限りではない。でもそういう所は大抵裏闘技場だから、基本的に非合法な戦いが前提だし。
イシュタル国にとって、戦いは遊戯ではない。
遊戯として、商業として展開している訳だけど戦う事自体は至極神聖なもので、一種の儀式めいてさえいる。
必ず一対一である、というのも闘技場でのルールの一つ。
チーム戦であっても、乱戦だけは絶対しない。モンスター相手の場合も必ず1匹と戦う。
もちろん、これは国営の場合のルール。裏ではこれは通用しない。
ちなみに、この場合の国営って国主体の運営っていうより、国で定めた法に則って闘技を運営する認可が降りている闘技場の事だ。実際お金のやりくりをするのは国ではなく、運営者の方。
二人もしくは一人と一匹がその舞台に入ったら、この二人には何人たりとも干渉出来ない。
勝敗が付くまで戦う。殺しあってもいい。
二人だけになったその狭い舞台では、たった二人だけの世界がある。
唯一の存在として相手の命を奪うも、その存在を許してやるも自由だ。
敗者の命は勝者の采配に掛かっている。
潔く死を望んでも良い。惨めに命を乞っても良い。
幾ら観客が殺せと叫んでも、勝者がそれを助けたければ助けても良い。
幾ら観客が許せと願っても、勝者がそれを殺したければ殺しても良い。
三つ目の瞳、もしくは剣で現される精霊『イシュタルト』に誓い、二人だけの世界で起こるであろう儀式を受け入れる事を誓い合う。
殺しすぎてはいけない。
殺せば殺すだけ、負けた時に慈悲を貰う事が出来なくなる。
許しすぎてはいけない。
許した相手から恨みを買う事が多い。
再戦や、闘技場とは関係のない所での戦いにも備えなければいけなくなる。
お互いの遺恨を残さないように、その場に上った二人は全力で戦いを捧げる。
そうやって最後に良い戦いであったと友情を深める事は稀だけれど、無い訳ではない。
ジムは変な奴だ。
性格が災いして恨みを人一倍買ってるのになぜか、そういう戦いで培った友情の在る人が沢山いるのよね。
両極端なのよ、多分。
割と運も良いみたい。圧倒的な恨みを買っている人物からは必ず勝っているらしい。負けた事も何度かあるのに未だに、生き残っているというのはつまり、そういう事だろう。
*** *** *** *** ***
「遅ーい」
僅かな月明かりだけの小屋の前の小さな広場。あたしは転がっている木の箱に腰を下ろし、ようやくやってきたジムを非難したのだが……。
近づいてきて、季節の割りに厚着をしてきたジムの様子がおかしい事に気が付いて立ち上がる。
「……どうしたの?」
思えばあっという間に背は追い越されたなぁ。
並んでみると、あたしはもう彼を見上げなきゃいけない。
数えて8年位かな、9年かな。10年は立ってないと思う。
あたしはイシュターラーなので人間よりは寿命が長いから、まだ背は伸びるのだろうけどあまり成長も変化もしない歳に突入している。
多分、この8年程、外見変わった所はないだろう……と、思う。
本当はもうちょっと、外見はともかく内面的には変わらないといけないんだろうけど。
あたしは止めた。変わるという事を投げ捨てた。
夢を見るのを止めたのと同時に、変わってしまう事を止めてしまったのだと思う。
「いやぁ、酔っ払っててさぁ」
ジムは苦笑して頭を掻いた。中途半端に長い髪が実に邪魔そうだ。
もうすっかり青年と言える歳になったんだし、顔を隠す必要は無いと思うんだけど。前髪切りなさいよ、と散々言っているのだが嫌だと一方的にはねつけられている。
あたしとタイプが似てるのよね。コイツ、理由をはっきりと言わないのよ。
ジムはまだ蒸し暑い秋口、長袖の腕をたくし上げて包帯が厚く巻かれた様子を見せながら笑った。
「ちょっと闇討ちに逢っちゃってさぁ」
「え、斬られたの?」
「ちょっぉとヤバかったね、油断してた俺が悪いんだけど。多勢に無勢って卑怯だよなぁ。なんとか返り討ちにしたんだけど」
しかも酔っ払ってる時にだぜ、とぐちぐち言いながら袖を下ろす。
背も高くなり、声も変わったけど口調だけは昔のまんまだ。
ちなみに『ボク』は子供っぽいから止めろと『俺』に矯正させたのよね。勿論、あたしが。
なんだかそれも昔の話の様だ。
「……だったらそうだから来れないって、言えばいいじゃない」
「って、誰に言えばいいんだよ」
担いできた木刀を突いて、ジムは苦笑する。
「この稽古、ラダ以外は殆ど知らないんだろ?」
「……いいわ、今週は。休んでいて」
確か5年程前からかしらね。
ちょっと色々あって、あたし、ジムから剣を習っている。当然これは皆には内緒だ。
ジムも余り多くの人にこの事は漏らしていない様子である。
仕事にもずいぶん慣れて、ついにベンジャーさんが微笑みながらあたしに経理とか、経営の中枢を教え込もうと近づいてきたのよね。それを流石に……断れなくなってきちゃって。
色々とファミリーの都合を蹴っているあたしは仕方なく、仕方な~くラダの仕事だけに絞って午後から経営学を教わるようになったのだ。
しかも何故か。
カーラスも一緒に。
何でって反発したら、カーラスもあれで一応ファミリーの一員だから、とか言われてしまった。
ようやくアイツの監視から開放されて清々していたのに。一緒に仕事をするハメになって割りと前より一緒に居る時間が増えちゃったりしてさ。
あたし、すっごいストレス抱えちゃったのよね。ただでさえ慣れてない仕事だし。
何とか鬱憤を晴らす方法は無いものかと、夜の散歩で気を紛らわせていたあたしは……ジムが夜中にこっそり鍛錬している事を知った。
隷属剣闘士達には当然、色々な守らなければいけない規則がある。
規則は闘技場の経営によるわ。大きな闘技場であるからエトオノでは結構これが厳しい。不正を余り許してグダグダにしていると、所属している人が多いから収集がつかなくなるものね。監視役とかがある位だ。
分かり易い規則は……私闘の禁止とか。それでも戦いたいなら場を提供してやるから闘技場で戦え、というちょっと、変わったルールもある。
体調管理をしている監督役側からの要請で、無理な個人鍛錬も禁止されていたりする。
つまり、ジムがこっそり一人で体を鍛える行為は規則違反なのだ。
夜はちゃんと体を休ませなければいけないというのに……こいつは、本当に闘いバカで。
あたしはしっかりジムの弱みを握りこみ、散々困らせてその日は鬱憤を晴らしたものだ。
しかし次の日もジムは懲りずに一人鍛錬をしているので……あたしは疑問に思って聞いてみた。
何でそんなに肉体苛めが好きなの?あんたドM?的な感じで。
そうしたら……余計な事を考えなくて済むから、とか云う返答をもらった。
様は、これは鍛錬じゃないみたいなのよね。
ストレス発散行為だと言い張ってる訳だ。
何でストレスが溜まっているのかピンと来たあたしはその後、闘いバカを酒場に連れ出し、夜遊びを教え込んでやった。
隷属剣闘士は一種奴隷みたいなものだけど、闘技場の規則によってはかなり自由に外を出歩く事だって出来る。エトオノでは剣闘士には成績によりランクの設定があって……これにより自由に出来る時間やお金などが決まっているのだけど……。
ジムはもうすっかりエトオノでは上位ランカーの一人だから、夜遊び位は出来る『自由』を勝ち得ている。
でも成績の割りに年齢が低い所為か、上位ランカーの友人が居ないみたいなのよね。
だからあたしが色々教える名目で暫く、ジムを夜連れ出したりしていたら……これが後にカーラスに知れ、何やら好からぬ、割とどーでもいい誤解を与えてしまった様だ。
まぁ、それはともかく。
ちょっとあのバカストーカーの行動が幼稚化極まって来ちゃってね、ほぼ毎日顔つき合わせて仕事しなきゃいけないから益々あたしはストレスで。
あたしはそれでピンと来た。
そうだ、あたしも『それ』で、ジム式で、ストレス発散すればいいんだ。
すっかりジムの弱みを色々握りこんでいるあたしは、嬉々としてその強権を乱用し……まず素振りを指導してもらう事にした。
そんなこんなでまぁお互い色々仕事とかある訳だから……毎週月曜日の夜に日時が自然と決まって、いつの間にやら剣技指導に移行してしまったという訳なのだ。
7精……7曜の事なんだけど、現実的に日本では日曜日というのは赤日で休みという事になってるわよね?
でもここは異世界。そのルールは通用しない。
大体、世界中を見回すと日曜日が休日と決まっている訳じゃぁないしね。イシュタル国では日曜日が『祭日』で、その次の日が基本的には休日になる。
日曜日は、こっちの世界の『7精』で云うと精霊イシュタルトで、闘いを儀式とする国ではやっぱりそれなりに重要な曜日みたいなんだけど、祭りの日は休日じゃないのよね、残念ながら。
とにかくまぁ、月曜日の夜が明けて次の日は仕事再開初日。一番夜予定の無い日、というとこの日以外に無いのだ。
ラダとジム以外、あたしがこうやって鬱憤を晴らしに剣を習っているのは殆ど誰も知らない。
「ふぅ、やっぱり長袖って暑いな。脱いでいい?」
「勝手に脱げば?」
あたしは木箱を足で蹴って、ジムに座れと顎でしゃくる。立ってるのもけっこうしんどそうなんだもん。
包帯を隠す為に着込んだ服を脱ぐと……まぁ、かなり手酷くやられたらしい。体中包帯だらけだ。
「……明日の試合大丈夫なの?」
「俺に選択権は無ぇの。大丈夫だと言うしか無ぇだろ?」
まぁ……そうよね。隷属剣闘士には、組まれた試合を棄権する権利は基本的には与えられていない。
戦いは神聖な儀式だものね、一応。
「ん?今週って隣との合同試合じゃなかったっけ?」
「ああ、ちゃんと憶えてたか」
記憶力の無さを笑われた事で、いつもの調子で殴ろうとして……あたしはやめた。
あたしの一撃で傷口が開いたら大変だもんね。そんなあたしの行動をなぜかジムは苦笑する。
「一応これでも管理職よ?……ああ嫌、それ思い出させないで。明日もあのバカと顔合わせるかと思うと頭痛がするわ……よし、素振り!」
あたしは立て掛け置いてあった木刀を握り、一心不乱に素振りを始めた。
そういえば、ずっと昔にこうやって棒切れを振っていた少年のジムとここで、会ったのよね。
ジムはそんなあたしの様子を楽しそうに眺めている。
「じゃ、俺は帰っていいの?」
「いいわよ、さっさと養生しなさい」
するとなぜかジムはニヤニヤ笑って首を傾げる。
「……何よ、心配しちゃ悪いの?」
「別に、アンタに殴られたくらいで傷口開く様ならそれこそ手当てした医者が藪だ」
「じゃぁ何よ」
「いや……前にボロ負けして包帯グルグル巻きの俺を引っ張り出して、稽古付けろと言った事があったよなぁと思って。またそうなるの嫌だしと思って体引き摺って来て見れば、今度は休めと言う」
そ、そんな事もあったかもしれない。
あの時はちょっと……ストレスマックスだったのよね……。
「お嬢様の都合に付き合うのも大変だ」
肩をすくめるジムに、あたしは鋭く木刀を差した。
鼻先数センチに差し出されて流石にジムは驚いて肩をすくめる。
「お嬢様と呼ぶなって言ったでしょ?」
「あー……はい」
目を逸らしてジムは頭を掻く。
お嬢様、この一言がどれだけ地雷なのか、彼はすでに存分に知っているだろうに。これで呼んでいいのはラダと、一部年上の経営陣トップの連中だけだ。
カーラスにも名前で呼ばせている。
隷属剣闘士達にも同じくで、必ず名前で呼ぶ様にと強制していたりするのである。
要するにあたしは気にいらないのだ。お嬢様などという自分の立場が……嫌で堪らなかったりする。
「今度、それ言ったらコロスからね、真面目よ?」
「私闘は禁止だろ?」
「イシュタルトに誓ってコロスわ」
これはすなわち、あたしが闘技場に上がるという意味だ。
流石にジムは慌てて真面目な顔になる。
「おいおい、冗談だろ?そんな事になったら俺、アンタの前に親父さんから殺される」
「じゃぁ人の言う事は聞きなさいよ」
「横暴な……」
小さく愚痴ったのをあたしは、サービスで聞かなかった事にしてやった。
「しかし、この時期になんで隣と合同なんか組むんだよ?スケジュールおかしいだろ?お前何かヘマったのか?」
「うっさいわね、仕事の話しないでよ」
と、言いつつも確かにジムの主張には一理ある。
冬に入る前に、エズでは全闘技場選手を対象とした総合大大会が行われる。これに優勝した個人がチャンピオンとして認定され……この名誉を手に入れた者は例外なくイシュタル国王の下に召致されて多額な報酬を賜る事が出来る。
すなわち……自由を手にする事が出来るのだ。
この大会で好成績を残す事が『自由』への近道とも言われる。上位入賞者への賞金も相当に高い。
エズでは一大祭りとして賭け事も否が応にも盛り上がるのでトーナメントが始まる秋前は、闘技賭博観光地エズもちょっとした休閑期に入るはずなのだが……。
なぜか、隣の闘技場の選手との合同トーナメントが組まれているのだ。
まぁ、本大会が始まる前の潰しあいみたいなもんだろうと思っていたけれど、リスクは双方にとっては同じだ。他の闘技場の剣闘士達にとってはありがたい事だろう。
なぜまたそんな不利な事をするハメになっているのか。
確かにちょっと疑問だ。
あ、ダメよダメダメ!
どうしてストレス発散しに来ているのに仕事の事を考えなきゃいけないのよ。
いけないいけない、別の事に集中しなくちゃ。
「ねぇ、ちょっと待って」
部屋に帰るべく立ち上がろうとしたジムを止め、あたしは木刀を地面に投げて……護身用のナイフを取り出した。
「実はさ、ちょっと思いついた方法があって……試し撃ちしたいのよ」
「……怪我人の俺を実験台にすんのかよ?」
「うーん、まぁそういう事になるか」
「勘弁してくれよ、養生しろって言ったのはどこの誰だ」
あたしはナイフを構えてジムに近づいた。結構傷が痛いのだろう。座り込んでいる姿勢からすぐに立ち上がれないジムを見下ろす。
「これ、」
手を伸ばしあたしは、ジムの首に未だに嵌ったままになっているエメラルドグリーンの首輪を引っ張った。
見た事も無い金属片で組み合わせられたもので……今ではもう遊びが無くなって首にぴっちりはまり込んでいる。
「いい加減これ、外したらどうかと思って」
「俺だって、外せるならさっさと外してるよこんなもん」
怪訝な顔で錆びる事も無い、美しい緑色の金属を指ではじく。
「強引に焼き切ってみよう」
にっこり笑って短剣を構えたあたしに、ジムは身をそらす。
「首だぞ?俺イタイのは嫌だからな?」
すでに首の肉や骨に食い込むか、というぐらいに首を圧迫し始めている呪われた首輪に指を掛けるあたしの手をジムは強引に引き剥がし、立ち上がった。
「こいつを外すのは無理なんだよ、無理だって言われた」
特殊な金属で出来ているのは色から察する通り、ちょっと強力な魔法が働いているらしく外す事が出来ないらしいのよね。もちろん、この物騒な首輪をジムに嵌めたのはあの、呪わしいグリーンである。GMという名前の由来はこの首輪の説もあるようだ。
「やってみないと分かんないじゃない」
あたしはそう言って、短剣を左手に持ち替えて右手の指先で刃の中に魔法構築の文字をなぞり書き加えていく。
そうやってから精神を集中し……熱いイメージを思い描いてその想いを小さく言葉に変換し、宣言した。
「ヒート」
瞬間ナイフが白く発光し、低い唸り声のような音を上げて剣が熱を帯びる。
「……よし、」
白からオレンジ色に熱が安定したのをあたしは確認し、ナイフを右手に持ち変える。
「なんだそれ?」
「ん、付加魔法」
さらりと言ったけど……実は割りと高度技術であるらしい。魔法効果を物質に付加属性として発動させるエンチャットと呼ばれる魔法技術。
実は昔、こっそりメルア先生から魔法を教わっていたのよね。
半分我侭を言って教えてもらったものだ。先生は魔法を指導することが許されている『黒』の位だけど……魔法を教えるのはそんな、家庭教師をするような小手先の事では無いらしい。本来はちゃんと弟子として入門しないといけない。許されるなら先生に弟子入りも悪くないと思っていたけれどね。
あたしは、この通り赤い髪と赤い目を持つ有能な古代種先祖返りのイシュターラー。肉体能力、身体能力がともに高い状態で備わっている上に……魔法行使素質も相当に高い。
まぁ……知能だけはちょっと、足りなかったんだけど。
かなり簡単に魔法を行使できるのは良いのだけど、やっぱり……頭が悪いというのがちょっと足を引っ張っているみたい。能力の行使が歪になっちゃって。物体を通さないと魔法を発現できない、というへんてこな魔法の使い方しか出来なかったりする。
普通の魔法使いは逆に、物質を間に挟みこむのにはもう一つ工夫が必要らしいんだけど、あたしは逆に何か間にないと魔法を使えないのよ。
使い方によってはかなり便利みたいなんだけど、やっぱりサービスで教えてもらっている魔法だったので大した事は出来なかった。熱を発する、というこの魔法から基本的な事を先生から一通り教えてもらった程度だ。
でも先生が突然居なくなって。
あたしはあの失恋以来、こっそり習っていた魔法を鍛錬する事も放棄していた。
10年は立っていないけど、それくらいの月日が流れてやっとあたしは、先生とすごした時間を全部『想い出』にする事が出来たのだと思う。
甘酸っぱい気持ちでゆっくりと、あたしはメルア先生の事を思いす事が出来た。
こっそり教えてもらった魔法を使う時に、先生の事を思い出して動揺して、上手く発動させられないのではないかと不安があった。ずっと克服出来なかった不安ともようやく、これで告別できたと言える。
あたしにとって魔法の発動はそういう、大きな意味があったりする。
「久しぶりにやってみたんだけど……うん、大丈夫そう」
しかしジムは迷惑そうな顔で後ず去っているではないか。
「いや、いい……それ、熱そうだし」
「大丈夫よ、動かないでいればちょぉっと火傷するだけで済むわ」
「ちょぉっと火傷で済むか?済まないと思うぞ俺は!?」
あたしが一歩前に出ればジムは一歩下がる……という具合でゆっくりと追いかけっこ。
「……観念なさい」
身を翻したジムをあたしは、容赦なく蹴り飛ばした。
すっかり怪我人なのをあたしは、忘れていた訳じゃないけど、蹴り飛ばした。
踏ん張る力が無いのだろう、ジムはうつぶせに倒れて傷に色々響いたに違いない、痛みをやり過ごそうとして暫く動けない状態で停止。その背にあたしは馬乗りになり、後頭部を地面に押さえつける。
「大丈夫よ、まかせて。細かい作業はかなり得意なの!」
「ぐぁッ、ちょ、アベル!嫌、嫌だぁあぁッ!」
「男の子でしょッ!往生際悪く暴れるんじゃなぁいッ!」
あたしに力負けしてジムの首がちょっと、変な音を立てたがあたしは気にしない。
大丈夫。今の音なら折れたりしてないわ。多分。
「うぁッ、あ……ッ、……うぁっちぃ~!」
夏の終わり、まだ暑い夜中に……ジムの情けない悲鳴が響き渡るのだった。
ああもう、情けない男!
でもお陰で、いい気分転換になったわッ!
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