異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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12章  望むが侭に   『果たして世界は誰の為』

書の8-下- 生きて、かえりし『人柱、ここに極まれり』

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■書の8下■ 生きて、かえりし Go back to you

「確かに、間違いだったかもしれない」
 自分の非を認め、ナドゥは唯一残っている右手から俺が逃げようとするのを思いの外強い力で留めている。
 理解を求めるように俺を上から覗き込んできやがる。
「世界を一度かき乱し、混乱の中に支柱を立てて道しるべを作ろうとした、この私の計画を君達は見事に粉砕してくれた」
 世界をかき乱すのは魔王八逆星、そして……そこに一つ差し入れられる支柱が王か。
 混乱した世界の中心に据えられる玉座にして神の座、差し出される生贄……ランドール。

 出来すぎたシナリオだ、何が嫌なんだろう、王道だからか?
 王道じゃなきゃいいのかよサトウーハヤト。

「いずれ王が我々の願いを全て叶えたはずだ」
 世界を乱した魔王八逆星を倒し、混沌に陥った世界を一つに纏め、その副産物として……平和が来るってか?

 副産物はいつまで有効なんだ。
 副産物である以上、エラい期間限定商品のように思えてしまう俺である。

「あの暴君が世界を支えきれるとは俺は、思わないけどな」
 ランドールの性格を考慮するに、きっと側近やる人があくせくするだけで奴は玉座にふんぞり返って座っているだけというイメージを抱く俺である。
 それでいつまで平和が続くんだ。
 うん、間違ってないと思うぞこのイメージ。
「では、君に出来るか?」
 ランドールもいつぞや俺に向けてそんな事言ったよな。
 ……貴様は国の礎となれと言われそれを、喜んで受け入れる事が出来るのか?世界を纏めるために捧げられる者。神として座るべき玉座。想像もつかねぇ椅子だと思って俺はランドールの言葉を理解する事を投げた。
 理解出来るはずねぇだろ。俺は、今色々あって勇者業やってるわけだけど、本来はしがない元剣闘士だ。
 ちょっとだけ夢見がちな男の子で、見事に夢破れて失望し人生の奈落まで突き落とされてしまったド田舎出身のエラくも何ともない東方人でルビを振ればただのひとだぞ?
 想像して見ろと言われても無理だボケ。
 別に野心高々に俺は俺の国を手に入れる、とか言っちゃうような奴じゃないんだから。ちょっと有名になってチヤホヤされるだけで十分だったのに、今や世界中できっと一番有名なお尋ね者だぞ。
 この顔見たら百十番とか罷り通ってるに違いねぇんだ。
 最悪だ。
 だから力いっぱい言ってやるわ、君に出来るか?あん?ふざけんなよ?
「バカ言うな、無理に決まってるだろ。誰が何ってお願いしようが俺は、お断りだ!」
 何かの頂きに立つ立場なんてクソ食らえだ。

 とか言って、たった一度だけそれを許してしまった訳だけど。

 ……剣闘士の頂点、周りからあれこれ要望出されて、それを等しく叶えようとして……あの頂きに俺は、立った。
 そのまま断頭台行きだったな……そしてGMは帰ってこなかった。
 戻ってきたのはヤト・ガザミ。

 俺は今自分がヤトとしてここにいる事が間違っているとは思わない。
 帰ってきた俺は何か変わった所があったのかというとそんな事はなく、むしろ……剣闘士時代から。何か自分でもよくわからない……昔からおバカだからな……大切なものを守りたいと必死だったあの頃よりずっと、弱くなって戻ってきたんだろうと思っている。
 ヤト・ガザミは強くない。
 今まで何度も死にそうになって実際何度も死んでるダメな勇者だ。
 おお勇者よ死んでしまうとは情けないとか、何度言われた事になるだろう、俺。
 ホントはもっと強くなきゃ行けないのかもしれない。でも一人で生きる……そう言って孤独に強くあるだけの俺じゃなくてよかったと、俺はGMを見ながら思った。
 ……俺は、今の自分の立場すげぇ悪くないと思ってる。
 弱くていいや。
 だって弱い分、誰かに助けて貰える。
 そうやって誰かが助けてくれる、そういう事をGMは受け入れられず一人になったんだろ。
 思いを理解されるのは辛いんだ。涙が出るくらいに痛いんだ。
 けど俺は辛いのも痛いのも今更だ、怖くない訳じゃないけど、挑む勇気は持って居る。
 仲間が支えなきゃいけないような弱い俺から、俺は逃げたりしねぇ。

「……誰か一人王様にしたってどーしようもないだろ」
「だが、事実君はすでに世界を破壊する存在としての王だ」
 要するに、代表者だな。
 俺の分裂によってもたらされた、俺の顔をしているものは全て魔王軍であるという宣伝広告の事をこいつは言っているんだろう。
 分かっている、だから俺はもうこの戦い生き残っても表には立ちたくないと言っているんだろうが。
 懲り懲りだ。ぜってー田舎に引っ込んでひっそり暮らす。
 握り込んでいるテリオス・ウィンの弱みをちらつかせ、どっか誰も来ないような土地提供してもらうんだ。そこで家庭菜園でもやって恙無く暮らすんだぜ、悪くない。アインがオプションで付いてきてくれたら俺、それで大満足だよ。
 あ、アベルはイラネ。あいつ田舎暮らし合わなそうだし。
「世界はいずれ君を必要とする……魔王という概念としてだ」
「概念だろ、俺本体は必要ない」
「君が抗おうが君の存在は利用される。それで君はいいのかね?」
 ……そうやって俺を使うぞ、と……こいつは脅すのか。
 今だ握手したままの右手が握り込まれ、整理したはずの頭の中を再びかき乱そうとするのが分かる。頭痛によって物理的に得体の知れない力の介入を感じ取る。
 迫り上がってくるのは果てしのない飢えの感覚。
 いやぁ、確かにこの所まともにメシ食ってないから胃の中身は空に近いけど。
 腹減ったという感覚は今喚起すべき事じゃない。
 それでも腹が減っていかんともしがたいという感覚で頭がいっぱいになる。

 これは俺のログじゃないな。
 アービスの弟、ウィートの記憶だ。

「君が否定した所でもはや事実は変わらない。世界はいずれ君を忌避し、呪う事になる。それに無関心でいられるのか?」
「……っ」
 そんな事、知らなきゃいいんだ。
 知らない世界の出来事だと割り切れば良いんだよ!
 かもしれない、なんて可能性を考え出したらきりがない。少数の呟きに踊らされるつもりはない。
 だから、俺は田舎に引っ込むんだ!って、俺のそのささやかな願いを理解しないのかこのおっさんは……!
「そんなの知らねぇ!知らなけりゃ良い事だ!俺は今後誰にも迷惑を掛けない所でひっそり暮らす!」
「それが君の望みか」
「悪いか?ささやかで悪かったですね!」
 野心なんて無いんだ。
 そんなもん、とっくの昔にぽっきり折れてんだよ俺は!
 野心という意味ではどうなのだろう、ナドゥの野心って何だ?そんなに国を一つに纏めたいと願うならテメェで王様やりゃいいだろう。
 ……いやまてよ、
「……お前、王には成りたくないらしいよな」
 キリュウとユーステルからそのように聞いているよな?
 ナドゥの表情が少し陰ったのが見えた。
 見つけた、掴み所がない奴にしがみつく、大きな出っ張りを掴み込む。
「王に成りたくないんだってな?」
 俺は再び問う。
 その質問にナドゥは口を閉ざした。
「答えろ、お前は、シーミリオン国の玉座に収まりたくないんだってな?どうなんだ?」
「……何の話だ」
「惚けるなよ、お前の意見を聞いているだけだろうが。なんで嫌なんだ?なんでシーミリオン国から逃げる」
 逃げてるんだよな?そうだ、ナドゥは俺と同じ手段を使って逃げている。
「私とシーミリオン国の玉座に何の関連がある。……リュステルは」
「お前だ」
 死んだと拒否するのを許さず俺は左手で胸ぐらを掴み上げる。
「認めろよ、お前得意だろ?否定せずに受け入れてみろよ」
「否定しているのではない。確かに過去私はリュステルだったが今やそう名乗る者は存在しない、彼は私が……」
「殺す事で生まれ変われると思うな。そんな事で、過去の自分と決別出来ると思うなよ。どんなに上手く言いつくろってもお前はナドゥであって間違いなくリュステル・シーサイドだろう。逃げてんじゃねぇ、そんなに関連性を断ちたいのならその顔を纏うのは止めろ。リュステルの経験を継承するな。継承したいなら過去、お前がリュステルだった事を忘れるな」
「……忘れられようか」
 関連を忘れる事など無いとナドゥは低く答える。
「答えよう、私は玉座に収まるつもりはない」
 俺はお前のそんな気持ちなんか理解しねぇぞ。
 どこまでも、拒否してやる。
「誰だって嫌なんだよ」
 ランドールでさえ本音では嫌って言ったぞ?
 もちろん、俺もヤだ。
 それにしても、いい加減!俺の手を離したらどうなんだこいつは!
 端から見てると平和的に握手をしている格好だ、間抜けも良い所だろう。
 胸ぐら掴んだ左手を離し、突き放してみるがナドゥは俺の手を離そうとしない。

 ログ改変か、それで必死に俺の意識をかき乱そうとしているらしいが……無駄だぞ。

 一旦引いた左手を握り込む。親指はちゃんと中へ。
 こうなったら暴力で対抗してやる。遠慮無く、左の拳でナドゥをぶん殴った。
 吹っ飛んだ首と漏れる嗚咽、それでも俺の右手を離さないので遠慮無く二撃目を腹にぶちこんでやる。
 ようやく緩んだその隙に右手を引き剥がそうとするが、その瞬間強烈な感覚に俺の感情が氷点下まで突き落とされた。
 冷気のような、全ての感情の熱を奪う冷徹な憎悪があらゆる思考を、止めろと囁く記憶。
 覚えがある、忘れもしない。

 今更叩き込まれるまでもない。

 抗うに疲れて首を折り、いいだろう、受け入れてやる。
 今さら何を否定するってんだ。全部全部受け入れてやるよ。
 これは俺の感情だ。だから、受け入れる事は……出来る。
 それでナドゥは気を緩めた、その一瞬を見逃さない。
 今度こそ俺は右手を振り払い、奴を突き飛ばし、一歩距離を取った。
「なぜ受け入れない」
「受け入れない?違う、俺は全部受け入れてやっている」
 どうにも思い通りにならないと察し、ナドゥは俺を見据えてくる。例によって慌てた様子はないのな。
 ムカつくくらいに冷静だ。
「……おい、ナドゥ」
「…………」
「それで、これが、どうかしたのか?」
 顔を上げ、状況を見守る冷静な表情を睨み付ける。
 青い旗が俺のログを強力に守っている。今の俺にはその、ログ改変とかいう力は通用しない、その理屈をナドゥは計れずにいるのだろう。
 何が起っているのか冷静に読み解こうとしてやがる。
 ……いや。
 青い旗は関係ないかもしれない。
「お前の都合で、安易に世界を変えんじゃねぇ」
「……変化のない、世界などあり得ないだろう」
 違う、俺が言っている世界はそれじゃない。

 世界ってのは、人が認識した先に在るものだ。
 一人一人が認識し、積み上げた記憶によって存在が認識される……小さくて狭いモノだ。
 ログ改変とやらはこの、人それぞれにある世界を変ちまうんだろうな。
 ナドゥはそれに気が付いていないのか?いや、絶対確信犯だろう。
 安易に変わらない事を望む。変化を忌避し、変わらない為に変化を黙殺し切り捨て、無かった事にする。
 こいつは、そういう人が心の奥底に仕舞い込んで隠している記憶を掘り起こしては、そいつを突きつけ脅しを掛ける。
 変化から逃げるな、思い出せ、受け入れろ、お前の望みはこれだろうと暴くんだ。
 それ、まず自分で自分に向けろよと言いたいよな。

 そんなの、大した力じゃねぇ、その様にも思う。
 けど、人間誰だって立場などで隠している本音があるってんだろ。仮面の下に沈めている仮の姿がある。
 今見えている仮面と、その奥に隠されている顔、どちらが本物だなんて問答に決着なんぞつくか。
 どっちも本物だ。
 どっちをニセモノと呼ぶかは状況と、そいつの価値観の違いだ!
 だけど人は迷うんだ、安易にどれが自分の本当なのかって事に騙されて路頭に迷う。
 レッドはこのログ改編という力を俺に、そのように説明したんだと思う。

「忘れている願いを思い出さてやっているのだ。何が本当の願いなのか、忘れてしまった者に気付かせてやっている」
 テニーさんも、インティもそうやって心に仕舞い込んでいるはずの本音で唆されているのか。
「だからって、何でもかんでもそいつにすり替えて、変えてしまうのが正しいと思うな!」
 心の底に仕舞う本音が真実だと決めるな。
 其処に、仕舞った、理由があるんだ。隠してしまうに人は必死に言い訳を作る。
 そして隠してあるものを暴かれる事を極端に恐れ、本末転倒する奴もいる。
 俺だって全部暴かれるのは望んでねぇ。見て欲しくないから抹殺しようと思うんだ。
 でもそうやってしまった後で自分の行いの幼稚さに腹が立つ。

 俺は、今まで俺が経由した数々の俺がいずれをもニセモノだったとは言えない。
 代替だったとは思うがそれでも、やっぱり全部俺なんだろう?
 否定はしない。
 いいだろう、受け入れる。

 全部俺だ、青い旗によって守られるまでもない。

 全部受け入れてみれば何って事はねぇ。
 ついでにアービスの弟、ウィートらしいログも混じってるみたいだけどここまで波瀾万丈にバリエーションに富んでいると大したことじゃないように思う。
 それでも俺はヤトだ、この心までは壊すに至らないぞナドゥ!
 お前が今更俺の切望を引き上げた所で、俺の世界は変わらない。
 ログ改変が通用しない理論を探すナドゥに俺は、笑って自分の胸を押さえる。
 探しているのはこれか?教えてやるよ。
 俺の、真に望む事を教えてやる。

「俺が欲しいのは世界の平和だ」

 世界融合の副産物、それが世界平和だとお前は言い切ったな。
 バカな俺には、俺が望んでいる状況を平和と現す以外に、どう表現すればいいのかよく分からない。

 俺を取り巻く環境が平穏である事。
 不幸にむせび泣いて居なければいい。
 笑っていてくれ。

 たとえ俺が死んだ時も出来れば、笑っていて欲しい。

 これって平和って事だろ?ようするに、そうだろ?

 それなのに平和を求める為に世界をかき混ぜるってどういうこった。そうする事で平和が出来る?副産物?
 冗談じゃねぇ。
 そんな理論受け入れられねぇ!
 たとえ事実そうだとしても、何か不幸な出来事と対比する事でしか幸せの価値が分からない、人ってのはそーいうどーしようもない生き物と知っていても。
 俺の望みはあくまで平和だ。
 お前の望みとは違う、俺が欲しいのはハナから副産物の方だ。
 お前にはいらないものでも俺には必要だ、お前が捨てるものでも俺はそいつで満足だ。
 酷い人生を送ったその後に、ささやかに感じる幸せ。
 俺が幸せだと思ったのは確かに、副産物、オマケみたいなものだったろう。
 俺はそれで満足なんだ。
 でも俺が満足でもみんなそれで満足だとは言わんだろう。

 オマケの平和なんて納得いかねぇに決まってる!

 何かを消費してまで俺はこの自分の身勝手な願いを叶えようとは思わん。
 俺は槍を構えた。

「……私を殺すか」
「殺して欲しいとか言ったら、ぜってー殺さねぇ」
 もうその手は飽き飽きだ。クオレの一件で懲りた。ギルを見ていて嫌になった。
「お前のそのやっかいな能力、しっかり封じてシーミリオン国にノシつけて送り返してやるんだ」
「…………」
「嫌でも何でも王様やって貰うからな、リュステル・シーサイドとしてちゃんと国王に収まれよ!自分の国一つまともに出来ないで何が世界融合だ、副産物に世界平和だ」
「……私が居てはあの国は、幸せには成らない」
「なんでだよ」
「私は王に相応しくない」
 槍を突き出して……柄で、ナドゥの頭を殴ってやった。ごく軽くやったはずなんだけどな、結構いい音が響かせるやがる。
「お前の意見は聞いていないんだよバーカ」
「……あの国を不幸にしたのはリュステル……いや、私だぞ」
「何が、不幸だってんだ」
 がんばってんだぞ、必死にユーステルとキリュウがさ、それでお前の帰りを待ってんだろうが。
 お前がマッドでやる気のない王様なのは把握してて、それでも帰ってきて責任持って国を支えてくれる事を待ってんだろうが。
「聞いていないようだな」
「何が」
「……私は前王に頼まれてユーステルを作った」
 は?
 ……作ったって何だ。
「後継問題に宮廷がその都度分裂するのを国王は、憂えた。私は王の狂った願いを受けて、二度と後継問題が起きない王を作ると約束し……失敗したのだ」
 自嘲を交えてナドゥは失った右腕を今更のように庇うように左腕の一本で抑える。
「狂っている、リュステルはどうかしている。なぜ不可能だと理解しない。そんな不可能な事の為に私達は生み出され、分裂したものを一つにまとめ上げるに執着する。……この私にあの国の王が務まるはずがないだろう」
 ……よくわかんねぇ、けど……なんでナドゥがリュステルを別にして受け入れたがらないのか、それはなんとなく把握出来る気がするな。
 リュステルが起した事、過去に行った何かを失敗だったとナドゥは認めた。
 認めているからさらに今、認めてんだろ。
 リュステルは間違っていた。
 その間違いを自分は繰り返さないのだ……と。
 それでも自分がリュステル・シーサイドだという呪縛からは完全に逃れられない。

 結局望みは融合で、分裂してしまうものを一つに纏めるという事。
 世界平和という建て前に隠された奴らが願う一つの事。

「今更一つに纏められると思うか」
 ナドゥは苦い顔になって額を抑えた。
「ここにリュステルがいるなら奴はそうする。……私はそんな事はしない」
「どういう意味だ?」
「……キリュウの事も知っているはずだな?奴が……私の妹だと本気で信じている訳ではあるまいな。あれが、ユーステルに拘る理由が、責任問題だけにあると思うな」
 どういう意味だ。
 ……なんか、イケない事のようには思うんだが俺には上手い事理解が出来ない。
「……もしリュステルが健在なら今、管理者達の制約から逃れ自由になったこの世界で、遠慮無く禁忌の術を使うだろう。勿論私もそのつもりだ、だが……」
 管理者の制約、自由になった……世界?
 何言ってんだ?
 俺に魔導の事を解説してもちんぷんかんぷんなんだぞ!?
 俺が理解してないの察してナドゥは、多分……理解を求めて、俺が把握していない事を告げる。
「この世界から管理者は去った。先ほどランドールに行ったのは三界接合術だ、本来ならば制約が高く正しく魔導式を発動させる事は出来ない。そのように、世界に願うものが居て……その願いによって術が制約を受けている」
 ナドゥは薄く笑いながら胸の奥から……羊皮紙を取り出し、広げて見せた。
 なんだかよく分からんがレッドが紋を描くに使っている魔導式のように思える。
 否、サトウーハヤトが認識。
 そこに羅列されているのは『英文』だ。
 意味は、ええと、俺がアホなのでよく分からない。あと、戦士ヤト的な制限のため読めない。
 だが、アルファベットで、単語が並べられた何かの一文に見える。
「これは、本来であれば発動しない魔導式だが……」
 奴め、何か最後にやらかすつもりか?
 俺は槍を引き、いつでもその羊皮紙を破けるように構える。
「理論的には何も破綻していないが、禁忌であり、使用してはならないという強い制約によってこれだけの式では発動しない。……しかし、恐らくすでに枷は外れた。今ならこの魔導式も容易く動く」
「そこにあったか」
 俺の隣に例によって、突然現れるカオス・カルマ。
 ナドゥはカオスを知らない、かもしれないな。
 巧妙に自分の存在隠してカオスは俺達に接触してきている。レッドから悪魔カオスの存在がナドゥ側に通っていない限り、恐らくナドゥはこの悪魔の存在を知らないだろう。
 なぜだか俺達に協力的な変な悪魔。
 魔王八逆星ひいては大陸座を世界から追い払うに協力的な……八人目の異端だ。
「青の霹靂書からも削られた最大の禁忌……ようやく見つけた」
 カオスの感情の起伏のない言葉に、ナドゥは手に持った羊皮紙を一瞬見やってから顔を上げる。
「魔導師、にしては纏うローブの色が違う。しかしこれが何か分かるとは、……何者だ?」
「お前の想像の通りだ」
 カオスは手を差し出し、軽く振った。瞬間、ナドゥは手に持つ羊皮紙は青い炎に包まれて燃え落ちた。
 最後の切り札……だとするなら酷くあっけないな。
 ところがやっぱりナドゥは冷静だ、逆転に重要なアイテムじゃないのか?
「……驚いたな、君が悪魔をも手懐けていたとは」
「知らねぇ、勝手に俺の周りをうろちょろするだけだ」
 カオスが悪魔だ、とは把握するんだな。
 ……それは、カオスがそうやってお前の手にあったものを消しに掛かる理由によって見いだせるようなものなのか?
「あれ、何だってんだ?」
「お前が知る必要はない」
 カオスはそう言って水色の瞳を細める。
「この男は危険だ、生かすなヤト」
 ……カオスの中の人はメージンだ、とは頭で分かっているんだけどなんかしっくり来ない。頭上を見るにちゃんと青い旗がある。
「それって命令か?どのレベルで言っているんだ」
「生かせばお前の命はないぞ」
 何言ってる、俺の命を取りたいのはお前……だろ?

 しかし、取引をリコレクトして考えてみる。
 『いずれこの世界は救われるか否か』
 俺は勿論、言うまでもないが、言うまでもないので今まで言ってこなかったと思うが、『救われる方』に賭けている。
 救われたら賭けは俺の勝ちだ。
 救われないならカオスの勝ちで、俺の命はカオスに渡る。

 な、訳の分からない賭けだろう?

 ……ナドゥを生かしたら世界は救われない?
 そう云う意味で取れば良いのかカオス!……いや、だから、それならお前はナドゥを援護すべきで……。
 しかしそれ以上にナドゥが持っている禁忌とやらを消したいって事か?
 カオスの中身はメージンで、俺達の、仲間であって。
 ああ!板挟みだ!
 板挟みに俺が悩む必要はないのだが状況がよく分からん!

「だから、何なんだ!お前は何がしたいんだ!」
 俺はとりあえず槍を構えナドゥを用心するも……出来れば、俺は……ナドゥも救いたいんだぜ。
 何でこんな奴を、とは思っているけど。
 イタい勇者な理論で出来れば、会心してシーミリオン国で王様に収まって国をよくするにあくせくしてくれればいいのに、とか思っているんだ。
 それできっと微笑む人が居る。それできっと、ユーステルやキリュウは喜んでくれると思う。
 ぶっちゃけナドゥに辛く厳しい苦労って奴を背負わせてやりたいのだ。そうやってあくせくする姿を……天国があるかどうかは分からないけど、アービスに見せてやりてぇんだよ。
「ナドゥ、お前を望む事、ユーステルやキリュウをお前は分かってるんだろ?なんだかよく分からないが二人に後ろめたい感情があるのか?」
 頼むから折れてくれ。
 もう、無駄な事を企んで足掻くな。
「悪い事してんだったら逃げてないで償え!」
 悪かったと認めろ、自分が全部悪かったですと頭下げて、今後もうしませんと誓うなら俺は、それを信じる。
 信じてやるから……!
 ところが乾いた笑い声を返ってくる。
「……はははは………。悪い事か」
 頼むから俺を落胆させるな……!
「君の理論はよく分かった」
 理屈じゃねぇ、理屈で片づけるな!
「善悪、そんなどうとでも成る価値観で何が計れる。私は、自分の行いが悪だとは思っていないのだろう。……必要だと思ったから行っている、国を治めるに善悪を持ち込む事は許されない事を君は知らないのだろうし、理解出来ないのだろう。王はその葛藤の中で苦しくもがく。そして、時に狂うのだろう」
 ナドゥは軽蔑した視線を俺に投げつけてくる。
「私に狂えと言う訳だ」
「何を……!」
「私にもその狂気を理解しろと、君はそう言いたいのだろう」
 何が、狂気なんだ?
「私の善悪で話をして良いのなら、私はこの手でユーステルもキリュウも殺すだろう」
 槍を握る手に自然と力が籠もってしまった。
「あれは存在してはならないものだ。リュステルが作って失敗し、分裂した、存在してはいけない生命体。だから取るべき道は二つに一つ。抹殺か、正しく存在するように一つに融合させて修繕するか」
 息を呑んだ。上手く理解できないが……
 それって、つまり……ユーステルとキリュウが?
 頭がこんがらがる、理解するのを拒否しているみたいだ。
「この世界にある善で話を進めるにそう云う事だ。だから、私は、」

 彼らの存在が許されるように、世界を変える。

 ようやく暴かれる奴の望みの前に、俺は隣のカオスに問いかけた。
「……分からない、彼女らの何が悪いんだ」
 ユーステルとキリュウ、俺には変な存在には見えなかった。
 ……いや、まぁ女の子だと思ったら男だったり、男かなぁと思ったら女の人だったりしたわけだけどな。
 何より頭上にエラーを現す赤い旗はなかった。
 見える世界に騙されている。それだけが真実だ。
 隠れているものなんて無いも同じ。
「悪くはないのだろう」
 カオスは静かに答える。そういや、こいつはユースとキリュウの事知ってるのかな?悪魔だからどこで何をしてたか分かったもんじゃないが。
 いや、知っていなくても俺の問答には応じられるのか。
「悪く思っているのは彼だけかもしれない」
 ……だよな。
 俺も、そう思う。

 ナドゥは言った。自分の善悪の判断に従ってよければ、と。

 じゃぁ俺の善と悪というどーとでも成るらしい価値観も、人から見れば正しくないのだろうかって、そうなんだろうな。

 俺が、正しい訳がない。
 同じだ、沢山人を殺してきた事は事実としてある。儀式として正当化されていても、俺はそれを儀式だと割り切る事は結局今も出来てない。
 単なる人殺しだろ、剣闘士なんて殺人鬼とどこが違う。

 そんな俺の善悪の岸が、正しい訳がない。
 力一杯そう思う。

「今更一つ、死体の山を積み上げるのに何を迷う」
 そのように挑発され、俺は目を閉じた。
 わかったよ、肝据えりゃいいんだろ!
「……俺の周りを不幸にするのをお前が、止めるつもりが無いなら……迷いなんかねぇ」

 貫くぜ、最後まで。
 破壊でしか何も救えない勇者を。

 キリュウ、もといユーステルから譲って貰った槍でもって、開かれたナドゥの胸を突く。
 この槍が紡いだ縁をここで切るんだ。まるで、この時のために俺に預けられたようにも思える。その宿命を知っていたように、ナドゥはこの籠手を俺から取り上げる事はせずちゃんと元に戻した。鎧も、律儀に返してくれた。
 そう過去として振り返るに出来事は、運命とかって都合良く呼ばれるんだな……って。
 そんな事をぼんやり思っている内に呆気なくナドゥは倒れた。
 滴る血は赤く、それが静かに黒く変色し……溶けていく。

 南国で見た奴の最後と同じだ、魔王八逆星の一人として、黒い染みを浮かび上がらせ溶けて消えていく。

「……些細な事でかき乱されるんだな」
 俺は……槍を下ろして倒れて消えていくナドゥを見ながら呟く。
 静かに迫り上がってくる、受け入れた感情の全てが俺にそれを囁く。
「俺も含め、すげぇ、些細な事で……」
 人は弱いんだ。
 右手を握り込む。剣は、どっかで落としたなと振り返るに近くに落ちてた。
 それを拾い上げて柄を、握り込む。
 揺れる、今更に俺の感情が揺れ動いている。
 弱い自分を抹殺したい。
 弱くていいじゃねぇかと思ったけれど、今更弱いと云う事に腹が立ってきてしようがない。
 人が抱え込んでいる弱さが原因なら、それを全部壊してしまいたい。
 あれ?なんだ?……俺は何を願っている?
 田舎に引っ込んでひっそり暮らす?それで幸せ?

 俺にそうする資格なんぞあるのか。

 自問するに、握る剣を引き上げて……切っ先を見やった。

 これから、俺が出来る事は何だ。
 今更酷い有名人の現状を撤回する事は出来ないだろう。俺はお尋ね者だ。世界を掻き乱した魔王八逆星だ。

 俺はその称号を全部背負う。
 そこまでやってこその勇者業だろ。
 くだらねぇ、王道だ。

 揺れる切っ先を見つめた。
 自殺は……ペナルティが高いんだったな。倫理的にも良い事じゃない。具体的になんでなのか俺には分からないし……実際、こうやって剣の先を首に突きつけてみても、そこからどうにも前に出る無駄な勇気が湧いてこない。
 結局剣を投げる。
 はいはい、バカな事しました。
 カオスが無言で俺の一人芝居を見ていやがる。何とか言って止めろよお前。

 ……生きて償うんだったよな、じゃぁ俺はとことん生きないとだな。
 この苦い思いを引きずって、この世知辛い世の中で苦労しながら生きないと行けない訳か。

「俺の命は取れそうにないな、カオス」
「……分からない事だ」
 ローブに顔を埋め、しかし……その口元がどうにも笑っているように思えてしまう。
「契約破棄じゃねぇの?」
「いいや?まだ、分からない事だ」
 俺は口を歪める。
 ……もしかしてカオス、そうやって俺の側に居座る事が……目的か?
 契約の下に縁があって、そこに存在するとかいう悪魔にとって重要なのは、命を取る取らないよりももしかして、存在するに必要な契約内容だ、とかいうオチじゃあるまいな?
 振り返るに無感情な水色の瞳が俺を見据えている。
「お前は良いカモだ、な」
「う、ひでぇ!」
 なんかそれで当ってる気配がする。俺ってば……いいカモか。
 絶句する隣でカオスは、溶けていくナドゥの中から何かを拾い上げた。
「とりあえず、今回働いた分はこれで勘弁しよう」
「え?何の話だよそれは!」
「私が、存在を破綻するに一つ欲しい」
 光を反射する、鏡のようなものを見せて……間違いない、今度こそカオス・カルマはローブの下で笑った。
 心がないはずの悪魔が笑うのは変だぞ?
 でも、笑うと納得出来るんだ。こいつは俺達の仲間の一人、メージンなんだ、って。
 俺も自分のバカさ加減にいい加減笑いが込み上げてきて笑い返してやる。

 穏やかな、悪魔の癖に神格のある……それは『俺』が知ってるメージンの顔だった。
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