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本編後推奨あとがきとオマケの章
番外編短編-1『運命の女神に祈る偶然』
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裏ページ □ ●abel:王道路線になるんでしょうか □から分岐しました
番外編短編-1『運命の女神に祈る偶然』
これだけ多くの人がひしめく中で、たった一人を見つけ出すのに……努力するつもりはない。
そもそも探してない。探す必要ない。
ここにいるのは知っているけど……探したって会えるはずがない。
あたしはそう高をくくっていたわけだけど、正直に言うと……偶然会えたらいいなとは……思っている。
こっそりと本音、ね。誰にもその本音を言えないあたしだ。
でも言ってないのにどうした事か、お姉ちゃんとアインは鋭くって『ヤト氏今日珍しく来てるらしいよ』とか『会う連絡取ってみたら』とか『男性向けは東館だけど一人で行くの恐かったらボディガードに棗君連れてったら』とか『照井君の道場の人も結構いるらしいから、何なら確保するけど』とか。
そんなあたしって態度でバレバレなのかしら?
とりあえず全力で否定と拒否を押し並べてきたけど、照れてるってしか見てくれないのよね。
まぁ、実際そのお気遣いに照れまくってる訳だけどさぁ……。
お姉ちゃんはあたしの事、なんでもわかってるんだからって言いきるけど全然分かってないよ。
大抵その文句から大げんかをしょっちゅうやってるあたし達、ほんの数年離れて暮らしただけで、結局その後も姉妹二人で暮らしていたりする。ケンカする程何とやら、とか言われてるかもね。正直ケンカした後はなんでこんな我儘な姉と一緒に暮らしてこれたんだろうって自分を呆れているのに、次の日になるとそういうの、どうでもよくなっていつも通りになっちゃう。
……大嫌いってケンカしながらお互いに言うし、ビンタも見舞うし蹴りも入る。ものを投げるのと壊すのだけはお互い後片付けが嫌だから封印という事になった。あと、掴みあいになった時は顔は攻撃しないというのもいつの間にか確立したルールだったり。
そこまでしてなんでケンカするんだって、よくアインからは呆れられてる。
でもね、自分達だってもうケンカするはずがないと思っているのに些細な事で、衝突しちゃったりするの。もう自分でもよくわかんない。
あたしだけ気をつけててもしょうがないし、大体お姉ちゃんが我儘なのがいけないんだから。……そりゃ、あたしもたまに我儘言うけど。
いろんな人からも言われる通り、あたしたち姉妹は非常に気性が荒い。
わかってる、姉を見てたら自分がどうなのかなんて、まるで鏡を見ているようにわかっちゃうもんだよ。
フツー姉妹喧嘩で殴り合いになるか?とヤトからはものすごく引かれたのがショックだったりする。
照井君は理解しれくれたけどなぁ、ただし……兄と姉がものすごく強いので負け覚悟になるそうだけど。それでも歯向かわずにはいられない時はある、と言ってくれたけど……やり込められるの覚悟で一矢報いる、俺の腹の虫の問題だ、とか言ってたかも。
……それはなんか微妙に違う……ような。
とにかく、お姉ちゃんとは時に掴みあいになるケンカをやりつつも何だかんだ言って上手くやってる。
いや、やっていた……かもしれない。
あたしは、冷たい雨でも降りそうな灰色の空を、建物の影から伺った。
離れの会場に向かう一般の列がぞろぞろと階段を上り下りするのをあたしはぼんやり窺い……。
この大勢のひしめく会場で偶然に、知りあいに出会う奇跡をちょっとだけ、期待してしまったりする。
ぼんやりとしていたら、コートのポケットにねじ込んでいた携帯に着信があって慌てて通話を押した。
相手が誰なのか確認するのを忘れて、やや慌てて出てみたら問題の姉でほんの少しがっかり。
『ああ、繋がった?って、アンタ、今どこにいんの?』
「どこだっていいじゃない、何?まだ手伝わないとなの?あとは帰りでいいんでしょ?」
『迷子になってないよね?』
「あのねぇ、あんたらにつきあわされてここに来るの、あたしもうこれで何度目だと思ってるの?迷うはずないでしょ?」
『そーじゃなくて、西館の周りに居てもしょうがないんだよ?分かってる?』
何の話だ?
あたしは一人怪訝な顔になる。目の前に話し相手はいなってのに。
「は?」
『こっちはね、女性向けと企業ブースだから。奴ら来ないから』
…………。女性向けと企業ブース?……正直本日この会場で催されているイベントにあたしはあんまり興味が無い。完全に手伝いでこの場にいるので……いまいち催し物の正確な属性やら配置やらは関知していない。
「何の話それ?」
何かムカムカするので一方的に通話を切ってやった。
お姉ちゃん、全ッ然分かってないよ。
あいつはね、追いかけると必ず逃げるんだから。
積極的になったらひたすら逃げられるという事をあたしは、知ってる。
お姉ちゃんはそれが分かってない。
お姉ちゃんはリアルの男性に興味が無いみたいだけど、あたしはそうじゃない。バーチャルの中の、脳内で自由に変換が利く都合の良い世界にあたしは生きてない。ナマの男はそんな、単純じゃないんだから。すごい大変なんだから。
お姉ちゃん言ってた、ホレるならもっとマシな人にすればいいのにって。あたしも……正直そう思ってる。
なんであんなヘタレに目が奪われてしまうのか、あたしだってすんごい疑問だよ。
ほんの少し昔、あたしは猛烈なアタックを掛けて見事に、逃げられたのを忘れていない。忘れられる筈がない。
嫌だ、悔しい事に逃げて姿が見えなくなっちゃうのが耐えられない。泣いちゃいそうな程辛かったりする。幸いな事に臆病な性格の彼はあたしが追いかけるのをやめた途端、逃げるのをやめてくれた。
もう追いかけないのか?そんな風に立ち止まり、後ろを振り返ってくれた。
今はまだ距離がある。でも、目の前からいなくなったわけじゃない。それだけで我慢しなくちゃ。居なくなってしまうよりはずっといいよ。
あたしはこの距離を、少しずつ、少しずつ埋めていくしかないんだから。
この努力を……この本音を誰にも話せなくって、正直言うとあたしは一人ストレスを抱えているかもしれない。なんで相談しないかって、ぶっちゃけ信用できる友人がいないからだ。
姉はどこまでも信用できる人だと思っていた。
けど、この件に関しては信用がならないのだとあたしは、悟った。
そう悟ったあの日以来、少し姉との関係は溝が出来たかもしれない。
あれ以来姉と上手くいっているのか、ちょっと自信が無いかも。
あたしがどうにも昔のように素直に何でも話をしなくなった事情は、姉も鋭い、ちゃんと察してはいるみたい。黙ってないでお姉ちゃんに相談すればいいでしょ?とか言ってくるけど……。お姉ちゃんに話したってしょうがないよって、そうやってケンカになっちゃったりするんだ。その頻度が多くなってちょっと、険悪ムードが続いている。
そんな時、お姉ちゃんの相棒として付き合いが長いアインが間に入ってくれたの。
アインはお姉ちゃんとは正反対の性格で、あたしはこういうぽやっとした人からは嫌われたり、一方的に嫌ったりしていたからすごい、さりげないアドバイスや心遣いが新鮮だったりした。
実は、姉と関係が険悪気味になって以来どっちかって言うとアインに懐いていたりもする、あたしだ。
多くは相談してないけど、アインはお姉ちゃんと同じでなんとなくあたしの事分かっててくれてるみたい。でもあんまり深くは聞いてこないのね。さりげなーく合の手入れてくれる程度なんだよ、しかも凄い絶妙に。
ありがたかった。
お姉ちゃんとの間ですごいいい具合にバランス取ってくれるの。お姉ちゃんとの付き合いもそれなりに長いから、あのお姉ちゃんを上手い具合に手綱を取ってる様子は妹として感心の一言しかないよ。
ふぅ、灰色の空にため息を漏らし……そうかここじゃぁ偶然出会うチャンスが無いんだと理解して、あたしは……こっそりと階段を降りはじめる。
偶然の神様がいるならこっそり胸の内でそれに祈ってみよう。
どうか、この遠くなった距離を少しでも縮められるように……偶然の出会いが欲しい。
それでそれを運命って言うの。
どうせアイツはんなもんあるわけねーだろって言うだろうけど、その顔はきっと笑っていると思うんだ。
中央の広場に戻る階段を降りるに、ごった返す階下の様子が一望出来る。
もちろん、あたしは階段を踏み外さないように注意しながら知り合いがどこかにいないか目を見張っている。
おかしいな、あたし別に探してないはずだったのに。探す必要ないはずなのに。
これだけ多くの人がひしめく中で、たった一人を見つけ出すのに……努力するつもりはない……のに。
ここにいるのは知っているけど……探したって会えるはずがない。
だから偶然の神様にお祈りしているわけよね。心の中でこっそりと。
会う為に努力はしないの。
偶然、会えたらいいな。ただそれだけ。
探して出会って、奇遇だねと言ったら彼は……逃げるかな?
ふっと、中央広場の天井を支える巨大な柱の一つに目が行って、そこにあった光景に足を止めそうになってしまう。
階段は込んでいて、立ち止まる事は許されない。
偶然の神様はいるかもしれない。
出会えるはずがない人が突っ立ってる!間違いない、ヤトだ!
うそ、ええええ!
どうしようかと一人挙動不審するに、視線だけは反らせない。結構遠い。距離的にはさほどでもないのだけど、人通りが多すぎるんだ。
ふらっと歩きだしたら途端、見失ってしまうだろう。
どっかに行きませんように、やや早足で階段を降りようにも前もつかえていてそれも出来ない。
ああ、歩き出した……!
声を出して手を振って……は、恥ずかしいしそんな事したら絶対アイツは逃げるからできないし。
遠くから彼を見ていた。
手に持っていた携帯を折りたたみ、待ち合わせていた人から缶コーヒーを受け取って……。
受け取って、彼は笑いながら……東館のある建物の奥へ歩いて行く。
階段を降り終わり、すっかりその姿を見失うにあたしは、それを追いかける気力を失ってしまっていたりする。
……そりゃ、友人と話をするに仏頂面はないわよね。あいつだって笑うわよ。
何の話をするにしろきっと……彼は笑う。
笑うんだろうけれど、こんな気持ちになったのは……久しぶりで。
あたしは彼が突っ立っていた柱の近くまでとにかく歩き、すでに誰もいないそのガラスの壁の前で立ち止まった。
……あたしってばお姉ちゃんと同じで酷いわがままなんだよね。きっとそうなんだ。
分かってるよ。分かっているだけに……結構辛い。
『笑わないで、あたしがいない処でそんな楽しそうに笑わないで』
そんな事、言えるはずないのに何かのはずみでそう要求しそうになってしまう。
というか、一度それを言って酷く嫌がられたのを覚えているのでこの感情を喚起する事自体、あたしは胸が痛くてたまらなかったりする。
ヤトが嫌がる事をしてどうするのよあたし。
自分勝手に彼を縛ってどうしたいのよあたし。
だから、あたし以外と楽しそうに笑っている彼を見た時どうしようもなく彼を憎み、その倍以上に彼の隣にいる人を妬ましく思ってしまう。
この感情を喚起するだけでそんな自分に失望してしまう。
どうしてそんな事を思うのだろうと、思い通りにならない自分の感情を疎ましく思ってしまったりする。
好きにならなきゃよかったのに。
そうやって自分を責めてみると不覚にも涙が出てきて止められないんだから。
……知らないかもしれないけど、好きなのにこの気持が全く伝わらないのってすんごい、辛いんだから。
お姉ちゃんは知らないに決まってる。
だって、あの人リアル人間に興味無いもの。
だから、あたしのこの気持をお姉ちゃんが理解出来るはずがない。
お姉ちゃんはだから、全然分かってないんだ。
あたしは、ご周知の通りヤトに告白してものの見事に振られた過去がある。
逃げられちゃったんだ。
酷く曖昧に、とにかく付き合えないと誤魔化されて、どーしてなのと強く攻めたら卑怯にも現場から逃げてった。
そんな男のどこがいいのか、あたしも怒り散らせばいいのになぜか心は悲しいでいっぱいで涙が出てきて止まらない。
あたしを泣かせた男は誰だと、お姉ちゃんが怒って色々ありえない報復があったりなかったり。
その強気の阿部家の攻めのスタイルに、あの男はとことん逃げていく。
逃げて、そのうち目の前からいなくなっちゃうのが怖くなったあたし。
だから……仕方がなくいったん諦めるしかなかったんだ……この胸に秘める思いを、さ。
嫌われたくない。
嫌いになってどっかにいっちゃうのが嫌だから、それを回避できるならあたしはどんな辛い事も我慢するって心に決めたのに。
そんでもう一回リベンジするの。アインはもっと戦略的に攻めてみたらと、いろいろアドバイスしてくれるけど……まずはぐんと開いたこの距離を埋めてからにするって言ってある。
嫌われないようにあたしは『変わる』んだって心に決めたのに、あたしは未だに『変われ』てない。
そんな気がしてガラスに映りこむ自分の顔を見てやっぱり、不覚にも泣きたくなってきちゃった。
ガヤガヤと周りがうるさい。
きっとあたしの事なんて誰も見てないとは思うけど。
それでも誰かに見られたら恥ずかしいから涙はぐっと我慢して、寒い空気に鼻がちょっと出たのよという具合にハンカチを当ててごまかした。
こんな大勢いる中で、誰もあたしの事なんて見てないだろうけど。
困った事にあたしは、今だにアンタを姿を目で追っかけちゃう。
偶然に、運命的に目撃しちゃったりする。
嬉しかったり、今回みたいにがっかりだったり。
そう考えたら偶然の神様はあたしの味方じゃないんだなぁ。
見なきゃよかったのに。
ううん、あたしが偶然を祈ったりしなきゃよかったんだよ……ね。
END
*** *** *** 分岐 *** *** ***
■12 主人公裏オマケモア →おまけ裏04へ
□11 主人公裏あきた →おまけ裏03へ
番外編短編-1『運命の女神に祈る偶然』
これだけ多くの人がひしめく中で、たった一人を見つけ出すのに……努力するつもりはない。
そもそも探してない。探す必要ない。
ここにいるのは知っているけど……探したって会えるはずがない。
あたしはそう高をくくっていたわけだけど、正直に言うと……偶然会えたらいいなとは……思っている。
こっそりと本音、ね。誰にもその本音を言えないあたしだ。
でも言ってないのにどうした事か、お姉ちゃんとアインは鋭くって『ヤト氏今日珍しく来てるらしいよ』とか『会う連絡取ってみたら』とか『男性向けは東館だけど一人で行くの恐かったらボディガードに棗君連れてったら』とか『照井君の道場の人も結構いるらしいから、何なら確保するけど』とか。
そんなあたしって態度でバレバレなのかしら?
とりあえず全力で否定と拒否を押し並べてきたけど、照れてるってしか見てくれないのよね。
まぁ、実際そのお気遣いに照れまくってる訳だけどさぁ……。
お姉ちゃんはあたしの事、なんでもわかってるんだからって言いきるけど全然分かってないよ。
大抵その文句から大げんかをしょっちゅうやってるあたし達、ほんの数年離れて暮らしただけで、結局その後も姉妹二人で暮らしていたりする。ケンカする程何とやら、とか言われてるかもね。正直ケンカした後はなんでこんな我儘な姉と一緒に暮らしてこれたんだろうって自分を呆れているのに、次の日になるとそういうの、どうでもよくなっていつも通りになっちゃう。
……大嫌いってケンカしながらお互いに言うし、ビンタも見舞うし蹴りも入る。ものを投げるのと壊すのだけはお互い後片付けが嫌だから封印という事になった。あと、掴みあいになった時は顔は攻撃しないというのもいつの間にか確立したルールだったり。
そこまでしてなんでケンカするんだって、よくアインからは呆れられてる。
でもね、自分達だってもうケンカするはずがないと思っているのに些細な事で、衝突しちゃったりするの。もう自分でもよくわかんない。
あたしだけ気をつけててもしょうがないし、大体お姉ちゃんが我儘なのがいけないんだから。……そりゃ、あたしもたまに我儘言うけど。
いろんな人からも言われる通り、あたしたち姉妹は非常に気性が荒い。
わかってる、姉を見てたら自分がどうなのかなんて、まるで鏡を見ているようにわかっちゃうもんだよ。
フツー姉妹喧嘩で殴り合いになるか?とヤトからはものすごく引かれたのがショックだったりする。
照井君は理解しれくれたけどなぁ、ただし……兄と姉がものすごく強いので負け覚悟になるそうだけど。それでも歯向かわずにはいられない時はある、と言ってくれたけど……やり込められるの覚悟で一矢報いる、俺の腹の虫の問題だ、とか言ってたかも。
……それはなんか微妙に違う……ような。
とにかく、お姉ちゃんとは時に掴みあいになるケンカをやりつつも何だかんだ言って上手くやってる。
いや、やっていた……かもしれない。
あたしは、冷たい雨でも降りそうな灰色の空を、建物の影から伺った。
離れの会場に向かう一般の列がぞろぞろと階段を上り下りするのをあたしはぼんやり窺い……。
この大勢のひしめく会場で偶然に、知りあいに出会う奇跡をちょっとだけ、期待してしまったりする。
ぼんやりとしていたら、コートのポケットにねじ込んでいた携帯に着信があって慌てて通話を押した。
相手が誰なのか確認するのを忘れて、やや慌てて出てみたら問題の姉でほんの少しがっかり。
『ああ、繋がった?って、アンタ、今どこにいんの?』
「どこだっていいじゃない、何?まだ手伝わないとなの?あとは帰りでいいんでしょ?」
『迷子になってないよね?』
「あのねぇ、あんたらにつきあわされてここに来るの、あたしもうこれで何度目だと思ってるの?迷うはずないでしょ?」
『そーじゃなくて、西館の周りに居てもしょうがないんだよ?分かってる?』
何の話だ?
あたしは一人怪訝な顔になる。目の前に話し相手はいなってのに。
「は?」
『こっちはね、女性向けと企業ブースだから。奴ら来ないから』
…………。女性向けと企業ブース?……正直本日この会場で催されているイベントにあたしはあんまり興味が無い。完全に手伝いでこの場にいるので……いまいち催し物の正確な属性やら配置やらは関知していない。
「何の話それ?」
何かムカムカするので一方的に通話を切ってやった。
お姉ちゃん、全ッ然分かってないよ。
あいつはね、追いかけると必ず逃げるんだから。
積極的になったらひたすら逃げられるという事をあたしは、知ってる。
お姉ちゃんはそれが分かってない。
お姉ちゃんはリアルの男性に興味が無いみたいだけど、あたしはそうじゃない。バーチャルの中の、脳内で自由に変換が利く都合の良い世界にあたしは生きてない。ナマの男はそんな、単純じゃないんだから。すごい大変なんだから。
お姉ちゃん言ってた、ホレるならもっとマシな人にすればいいのにって。あたしも……正直そう思ってる。
なんであんなヘタレに目が奪われてしまうのか、あたしだってすんごい疑問だよ。
ほんの少し昔、あたしは猛烈なアタックを掛けて見事に、逃げられたのを忘れていない。忘れられる筈がない。
嫌だ、悔しい事に逃げて姿が見えなくなっちゃうのが耐えられない。泣いちゃいそうな程辛かったりする。幸いな事に臆病な性格の彼はあたしが追いかけるのをやめた途端、逃げるのをやめてくれた。
もう追いかけないのか?そんな風に立ち止まり、後ろを振り返ってくれた。
今はまだ距離がある。でも、目の前からいなくなったわけじゃない。それだけで我慢しなくちゃ。居なくなってしまうよりはずっといいよ。
あたしはこの距離を、少しずつ、少しずつ埋めていくしかないんだから。
この努力を……この本音を誰にも話せなくって、正直言うとあたしは一人ストレスを抱えているかもしれない。なんで相談しないかって、ぶっちゃけ信用できる友人がいないからだ。
姉はどこまでも信用できる人だと思っていた。
けど、この件に関しては信用がならないのだとあたしは、悟った。
そう悟ったあの日以来、少し姉との関係は溝が出来たかもしれない。
あれ以来姉と上手くいっているのか、ちょっと自信が無いかも。
あたしがどうにも昔のように素直に何でも話をしなくなった事情は、姉も鋭い、ちゃんと察してはいるみたい。黙ってないでお姉ちゃんに相談すればいいでしょ?とか言ってくるけど……。お姉ちゃんに話したってしょうがないよって、そうやってケンカになっちゃったりするんだ。その頻度が多くなってちょっと、険悪ムードが続いている。
そんな時、お姉ちゃんの相棒として付き合いが長いアインが間に入ってくれたの。
アインはお姉ちゃんとは正反対の性格で、あたしはこういうぽやっとした人からは嫌われたり、一方的に嫌ったりしていたからすごい、さりげないアドバイスや心遣いが新鮮だったりした。
実は、姉と関係が険悪気味になって以来どっちかって言うとアインに懐いていたりもする、あたしだ。
多くは相談してないけど、アインはお姉ちゃんと同じでなんとなくあたしの事分かっててくれてるみたい。でもあんまり深くは聞いてこないのね。さりげなーく合の手入れてくれる程度なんだよ、しかも凄い絶妙に。
ありがたかった。
お姉ちゃんとの間ですごいいい具合にバランス取ってくれるの。お姉ちゃんとの付き合いもそれなりに長いから、あのお姉ちゃんを上手い具合に手綱を取ってる様子は妹として感心の一言しかないよ。
ふぅ、灰色の空にため息を漏らし……そうかここじゃぁ偶然出会うチャンスが無いんだと理解して、あたしは……こっそりと階段を降りはじめる。
偶然の神様がいるならこっそり胸の内でそれに祈ってみよう。
どうか、この遠くなった距離を少しでも縮められるように……偶然の出会いが欲しい。
それでそれを運命って言うの。
どうせアイツはんなもんあるわけねーだろって言うだろうけど、その顔はきっと笑っていると思うんだ。
中央の広場に戻る階段を降りるに、ごった返す階下の様子が一望出来る。
もちろん、あたしは階段を踏み外さないように注意しながら知り合いがどこかにいないか目を見張っている。
おかしいな、あたし別に探してないはずだったのに。探す必要ないはずなのに。
これだけ多くの人がひしめく中で、たった一人を見つけ出すのに……努力するつもりはない……のに。
ここにいるのは知っているけど……探したって会えるはずがない。
だから偶然の神様にお祈りしているわけよね。心の中でこっそりと。
会う為に努力はしないの。
偶然、会えたらいいな。ただそれだけ。
探して出会って、奇遇だねと言ったら彼は……逃げるかな?
ふっと、中央広場の天井を支える巨大な柱の一つに目が行って、そこにあった光景に足を止めそうになってしまう。
階段は込んでいて、立ち止まる事は許されない。
偶然の神様はいるかもしれない。
出会えるはずがない人が突っ立ってる!間違いない、ヤトだ!
うそ、ええええ!
どうしようかと一人挙動不審するに、視線だけは反らせない。結構遠い。距離的にはさほどでもないのだけど、人通りが多すぎるんだ。
ふらっと歩きだしたら途端、見失ってしまうだろう。
どっかに行きませんように、やや早足で階段を降りようにも前もつかえていてそれも出来ない。
ああ、歩き出した……!
声を出して手を振って……は、恥ずかしいしそんな事したら絶対アイツは逃げるからできないし。
遠くから彼を見ていた。
手に持っていた携帯を折りたたみ、待ち合わせていた人から缶コーヒーを受け取って……。
受け取って、彼は笑いながら……東館のある建物の奥へ歩いて行く。
階段を降り終わり、すっかりその姿を見失うにあたしは、それを追いかける気力を失ってしまっていたりする。
……そりゃ、友人と話をするに仏頂面はないわよね。あいつだって笑うわよ。
何の話をするにしろきっと……彼は笑う。
笑うんだろうけれど、こんな気持ちになったのは……久しぶりで。
あたしは彼が突っ立っていた柱の近くまでとにかく歩き、すでに誰もいないそのガラスの壁の前で立ち止まった。
……あたしってばお姉ちゃんと同じで酷いわがままなんだよね。きっとそうなんだ。
分かってるよ。分かっているだけに……結構辛い。
『笑わないで、あたしがいない処でそんな楽しそうに笑わないで』
そんな事、言えるはずないのに何かのはずみでそう要求しそうになってしまう。
というか、一度それを言って酷く嫌がられたのを覚えているのでこの感情を喚起する事自体、あたしは胸が痛くてたまらなかったりする。
ヤトが嫌がる事をしてどうするのよあたし。
自分勝手に彼を縛ってどうしたいのよあたし。
だから、あたし以外と楽しそうに笑っている彼を見た時どうしようもなく彼を憎み、その倍以上に彼の隣にいる人を妬ましく思ってしまう。
この感情を喚起するだけでそんな自分に失望してしまう。
どうしてそんな事を思うのだろうと、思い通りにならない自分の感情を疎ましく思ってしまったりする。
好きにならなきゃよかったのに。
そうやって自分を責めてみると不覚にも涙が出てきて止められないんだから。
……知らないかもしれないけど、好きなのにこの気持が全く伝わらないのってすんごい、辛いんだから。
お姉ちゃんは知らないに決まってる。
だって、あの人リアル人間に興味無いもの。
だから、あたしのこの気持をお姉ちゃんが理解出来るはずがない。
お姉ちゃんはだから、全然分かってないんだ。
あたしは、ご周知の通りヤトに告白してものの見事に振られた過去がある。
逃げられちゃったんだ。
酷く曖昧に、とにかく付き合えないと誤魔化されて、どーしてなのと強く攻めたら卑怯にも現場から逃げてった。
そんな男のどこがいいのか、あたしも怒り散らせばいいのになぜか心は悲しいでいっぱいで涙が出てきて止まらない。
あたしを泣かせた男は誰だと、お姉ちゃんが怒って色々ありえない報復があったりなかったり。
その強気の阿部家の攻めのスタイルに、あの男はとことん逃げていく。
逃げて、そのうち目の前からいなくなっちゃうのが怖くなったあたし。
だから……仕方がなくいったん諦めるしかなかったんだ……この胸に秘める思いを、さ。
嫌われたくない。
嫌いになってどっかにいっちゃうのが嫌だから、それを回避できるならあたしはどんな辛い事も我慢するって心に決めたのに。
そんでもう一回リベンジするの。アインはもっと戦略的に攻めてみたらと、いろいろアドバイスしてくれるけど……まずはぐんと開いたこの距離を埋めてからにするって言ってある。
嫌われないようにあたしは『変わる』んだって心に決めたのに、あたしは未だに『変われ』てない。
そんな気がしてガラスに映りこむ自分の顔を見てやっぱり、不覚にも泣きたくなってきちゃった。
ガヤガヤと周りがうるさい。
きっとあたしの事なんて誰も見てないとは思うけど。
それでも誰かに見られたら恥ずかしいから涙はぐっと我慢して、寒い空気に鼻がちょっと出たのよという具合にハンカチを当ててごまかした。
こんな大勢いる中で、誰もあたしの事なんて見てないだろうけど。
困った事にあたしは、今だにアンタを姿を目で追っかけちゃう。
偶然に、運命的に目撃しちゃったりする。
嬉しかったり、今回みたいにがっかりだったり。
そう考えたら偶然の神様はあたしの味方じゃないんだなぁ。
見なきゃよかったのに。
ううん、あたしが偶然を祈ったりしなきゃよかったんだよ……ね。
END
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■12 主人公裏オマケモア →おまけ裏04へ
□11 主人公裏あきた →おまけ裏03へ
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六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
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