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完結後推奨 番外編 西負の逃亡と密約
◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -1-』
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◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -1-』
※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※
バカな事をしたと今、エラく反省している。
もっと別の方法もあっただろうになんで俺は、こんな手段をとっちまったんだ?
……そのように反省して頭を抱えるも、こうやって逃げ出してきっちり契約書交わしちまった以上どうしようもない。
ひたすらため息が漏れる。
じゃぁまた逃げるのか。……それもなんだかな。
ぶっちゃけ俺は……逃げ出すってその行為自体が好きじゃない。みっともねぇじゃねぇか。
みっともねぇ事をしなくちゃいけねぇ状況になっちまって、それでまた逃げだすのか?
きっとそのうち逃げる癖がつく。
それはいけねぇ、そうなっちまうつもりは更々ねぇんだ。
だから……再びこの現況から逃げ出すつもりはない。
やっちまったからには正々堂々この状況と向き合って、逃げたなどと後ろ指差される事なく現状突破すりゃいい。それでこの情けない状況を抜け出すんだ。
俺にはそれが出来る、出来ないとは思ってない。やろうと思えば出来るだろう……問題なのは当人のやる気があるかどうかだ。
できねぇと思ってる奴は何時になっても出来ねぇんだ。
出来ると思っていれば、たとえ今出来なくてもいずれ出来るようになる。
俺はそれを信条として生きている。
そう、だから俺は始終逃げ回ってるようなあいつが気に入らない。
あいつは出来る、という事を信じない。
自分の実力を信じず、自分自身さえ常に疑いながら臆病に生きてるあいつの存在がすげぇ気にいらねぇ。
誰かって?分かるだろ。ヤトだよ、サトウハヤト。
なんで俺はあんな奴に負けなきゃいけないのだ。負けるはずない。
……奴は覚えてないだろうが俺は、忘れないからな。
それは4年前の夏の事。
アーケード筺体における格闘ゲーム世界で、俺は大抵上位ランカーとして君臨している。今もだ、日々努力が必要な世界でよ、ぶっちゃけこいつは若さって奴も重要だったりする。
それを日々失う俺としちゃ、努力は必要不可欠って訳だ。
衰え行くのは反射神経だな。
何やっててもこればっかりはやっぱり、歳食うだけ衰える。
そこを経験で補って、衰えましたね、なぁんて言われねぇようにコンボやキャラ対戦研究して……。
とにかく4年前も今と変わらずそんな感じだ。
4年前の夏、ふらっと普段見慣れない名前の奴が地区予選に現れた。
格闘ゲーム界隈は夏に世界一を競う大会が行われるんだが、その予選が春から順次行われている。だから、奴との出会いを正確に遡れば4年前の春と言えるだろう。
予選で、俺は見慣れない名前を見つけた。
それがヤトとのリアルでの出会いだな。
ふらっと現れておいてあっさり予選枠取って行きやがった。
ビギナーズラックかと思っていたが実際予選関係なく戦ってみると……強い。
今やゲームはオンラインの裾野が広いからな、格闘ゲームだって例外じゃねぇ。家で対戦だって出来る時代だが俺は家でゲーム機を持てない都合足しげくゲームセンターに通っている。
そのオンラインにヤトが接続している以上、名前で検索掛けて対戦を申し込む事は可能だ。俺はそいつの名前を覚えておいて……来るべき戦いに備えた。
ところで、予選においては不正が無いようにとの事で必ずオフの特設対戦台に出向く必要がある。地区予選の次のステージでようやく奴の顔をしっかりと認識したな。今思い出すと付き添いやってたのは恐らくナッツだろう。
しかしナッツの事は、その時はよく覚えなかった俺だ。
俺はその時ぶっちゃけ、対戦者であるヤトしか目に入っていなかった。
ところがこいつが、えらく挙動不審でなー。
どんなプレイヤーかと思って探りを入れるに……予選前のフリータイムに強引に乱入してみたら、こっちが小手調べしている間にあっさり土つけられちまって。
強いには強い。
とりあえずその実力は認め、挨拶に行こうと俺は決めた。
俺は強い奴は嫌いじゃねぇ。戦い方も決して卑怯だとは思わなかったし……すげぇ楽しめたんだよ。
それで、対戦筺体付きとめて押し掛けてみて、やるじゃねぇかと話しかけたところ、だ。
……マナーもへったくれも無しに無視されたのを覚えている。
リアルで顔を合わせているのに挨拶無しってのはありえねぇぞ?
もっとも、今は同じ店内でネットワークに繋いで対戦相手と戦うのでリアルで顔を合わせる必要性はないんだけどな。チャット機能もついているので大抵、画面に向き合っているだけで席を離れる必要はないんだけどよ。
オンラインが無かった昔のアーケード対戦はそうじゃなかったんだ。
基本的に対面対戦であって戦いながら、うるさい店内において大声でしゃべりながらでもやりあえたもんだぞ?
俺はそういう時代からこの界隈にいる、正しくは……そういう古い伝統を残している稀有なゲームセンターで育った口なのだ。だから、今のネットワーク対戦は便利だとは思うが……なんか味気ねぇとも思ってしまう。
乱入する前に……乱入ってのは、相手が遊んでるところ2P側などからコインスロットし、対戦を申し込む事だな……一言、入るぜと挨拶するのが筋って時代もあったらしいのに。
ガン無視か。
ムカつくな、こいつ普段はネット通信対戦オンリーだなというのが露骨に分かる。
ムカついたので何が何でも認識させようと、しつこくこっちが自己紹介した所ようやく俺が今先ほど戦った相手だと認識してくれたが……。
それでも親しげな雰囲気など全くなく。
エラく迷惑そうな視線を投げられたのを覚えている。
それからじかに顔を合わせる機会はほとんど来なかった。
なかったが、通信対戦で都度戦いを申込みようやくチャットで会話らしいものが成立するようになった。
だが……ぶっちゃけて言うと俺、そのチャット機能上手く使えねぇんだわ。
言いたい事は口で言うタイプと心得る俺、チャットなんて必要最低限にしか使わないから一般的には無口で無愛想だと思われている。たぶん、ヤトもそのように受け取っていただろう。
……実際そうじゃねーんだけど。
その後再び顔を合わせたのは問題の、4年前の夏。
闘劇本戦にてだな。……決勝戦にて奴と当たった。
そうなるだろうな、と思っていた。
それくらい奴は強かったんだよ。
そんで、決着はどう着いたか?
結果についちゃ……本当は、言いたかねぇんだがなぁ。
それは……夢の中でなぞらえた通りなんだよ。
思い出している。
そうだ、俺達はこうやって出会い、交流をして……そして、別れた。
そうして、奴は二度と戻ってこなかった。
ある日を境に『ヤト』は格闘ゲームのネットワークから消えて姿を現さなくなった。
ふらりと現れたのと同じで、ふらりとこの世界に飽きたんだろうと噂された。
実際そうだろう、だが……あんなに強いのに……俺はライバルを失った事が何より悔しくて内心、奴が世界から消えた後も奴の影を追いかけ、こだわっていた所がある。
心の中で密かに望んでいた再開は4年後に訪れた。つまり、MFCテストプレイヤー枠。
ところが、再会した奴は昔とは違ってそれほど強くはなく……かつてあっただろう格闘ゲームに対する強い情熱も失っていた。
まるで別人だ……MFC関係で再び顔を合わせたヤトを見て俺は、そんな事を思ったりもした。
……いや、俺達は仮想世界であるネットワークの中で自分に都合の良い好敵手の姿を描いていただけなのかもしれない。
そうだろう、俺は勝手に奴に何かを期待し同時に裏切られたと失望し……失ってしまったと漠然と立ち尽くしているだけだ。
あいつにはあいつの都合があり、物語があるのにその真実に目をつぶっている。自分の都合のいい姿をあいつに求めて重ねていただけなんだろう。
夢の中で反芻される事に……そんな風に現実を思い出す。
不思議だな、俺が望んでいないのに。俺は語っていないのに。
夢の中で世界は、忠実に俺の過去を繰り返す。
不思議だなと思っているのは俺だけだろうか?……案外、みんな同じように自分の過去と向き合っているのかもしれない。
これからリコレクト・コマンドを駆使して、自分の過去を追い求めた先にある話をしようと思う。
夢の中で反芻される、俺と奴との物語だ。
そしてその外殻を成す、俺自身の物語についても語らなきゃぁいけねぇよな……。
ああ、言っとくがこの話の冒頭の奴からして中のテリーの話じゃねぇぞ。
そんなん分かってるとは思うが一応断っておく。
これは全部テルイ-タテマツ、つまりリアルでの『俺』の事情だ。
俺は……ぶっちゃけ逃げてここに来た。MFC開発なんてのに乗っかったんだ。
俺は格闘ゲームが出来ればそれでいいんだ……別に、ゲームを開発する側に行きたいんじゃねぇんだよ。
それなのになんでMFCに参加したかと問われれば……逃げて来たんだと言える。
こっからして実は中と同じだ。
俺は、家庭の事情から逃げるためにMFCへの参加を決めた。
ホントは逃げたくなんかねぇんだ。家庭の問題を腰据えて解決するべきだとは考えていた。けど俺はその険しい道から逃げだした……行き詰ったんだな。
で、どうすれば解決出来るのか分からなくなってちょっとパニクったんだろう。
とにかく逃げ場が欲しくてMFC参加を了承してしまったのだ。
なんでそんな事になるんだって?いやぁ……家庭の事情ってのは……言いたかねぇよなぁ。
中における俺の心情と全く同じだ。なんか、恥ずかしい。
なんでそんなもん他人に説明しなきゃなんねぇって気分になる。
他人に立ち入って欲しくない領域って言うか……実際すんげぇ些末なんだよ。だから、余計言いたくないんだけど……俺は逃げたくはないんだ。逃げるのは不本意ってのは本当だ。
恥ずかしいと逃げずに、暴露してしまう事にしよう。
……家族に俺がゲームオタクなのがバレたのだ。
え?そんな事か、だと?
そんな事じゃねーんだよ!俺は何年家族にゲーオタなのをひた隠しにしていたと思う!?
俺はすでに学生は卒業、家族の店を手伝って給料をもらっている身分だが、家族にしてみりゃそんな年にもなってお前はゲームなんぞしているのか、などと言われる訳だぞ?
言われてしまう、ウチはそういう家庭なのだ!
ウチは酒屋卸なんだが同時に道場もやっててな、俺もガキの頃から総合格闘技を仕込まれている。
闘う事は今でこそ好きだ。実際の腕っ節にも自信があるが、そんなもん振るう機会なんぞ訪れるべきじゃねぇ。暴力を振るいたいからケンカをしたことは誓って言う、一度もない。
でもやっぱりうっぷんは堪るのだろうか?よく分からないが……俺は、気が付けば格闘ゲームという仮想世界のバトルに夢中になっていた。格闘ゲーム内、仮想のケンカは日常茶飯事になっていた。
これがリアルのケンカになった事は無い。
曰く、俺の外見がおっかないから流石にそこまでは誰も持ち込めないのだろうとの事だ。もちろん俺はいくら悔しくてもリアルで拳を相手に叩き込むことなどしない。リベンジするなら必ずゲームの中だ。
お前の嗜好は非常に幼稚な代替えだ、兄貴達からは軟弱だと叱られ姉達からはあんたがゲーマーだったとはねぇと笑われ……。
家族達は俺がいたって『健全』に遊んでいると思いこんできたわけだからな。
ふざけんな、ゲームが不健全だとでもいうのか!?
……もちろん、俺が素直にゲーセンに行くと言わずに、ずっと嘘をついてきたのも悪い訳だけどよ……。
家族たちは、はっきりともう止めろとは言わなかった。
はっきりとは言わず遠まわしに、何かと隙あらば俺のこの大切な趣味が笑われる、貶される。
俺はひた隠してきたけどゲーム大好きなんだよ。
格闘ゲームに限られる訳だけどその世界を取り上げられちまうのはもちろん、笑われるのも、悪く言われるのも気に入らない。
許せなかった。
そこで俺、ついに開き直る事にした。
笑われても貶されても、俺はゲームが好きだと……自分の筋を通す事にしたのだ。
お前はゲームが好きだとして、それで何か結果が残るのか?
ゲームなど、何の為になるのだ。
ようするに遊んでいるだけだろう、代替えの暴力をお前は楽しんでいる。それだけだ。
……師範代である兄貴からそのように言われ……俺は、そこから反撃の仕様が無くなっちまった。
精神的な未熟を責められている。
武術を嗜むに……鍛えられるのは肉体じゃない、精神だ。
それが分からない俺ではない。
心の中にある暴力性を抑えもせず、そうやって晴らすお前の行為は『未熟』だと言われている。
全く言い返せない。
でも……たとえこれが代替え消化であったとしても。
俺の中にある格闘ゲームへの愛はガチだ。リアル格闘とは別だ、全く別で……ゲームはゲームとして芸術性が認められるべきだとまで俺は信じていたんだよ。
ゲームが好きで、その感情で何を作ると問われ……冷静さを欠いて追い詰められた俺は言ってしまった。
酒屋なんかやりたかったわけじゃねぇ、俺は本当はゲーム界隈に行きたかったんだと苦し紛れの言い訳をしてしまったと。
……そーいうわけである。
丁度闘劇の勝者にMFCテストプレイヤー権が与えられるって話が出た頃だった。脳裏にぱっと、MFCという逃げ場が思いついちまったんだな。
その後冷静に考えてみて……俺は別に開発に行きたいわけじゃねぇなと気付いて反省している。
そういう事。
じゃぁテストプレイが終わった今、MFC開発者に名前を列するのに迷っているかというと、そういうわけじゃない。
俺の気持ち的にはもはや、開発者って奴をやるつもりだ。
まぁ、それもすんなりいかず例の理解のない家族を説き伏せるのに手間取ったけどな。
全て終わった後だからぶっちゃけて言うが……俺は最初の逃亡、今では悪くねぇと思ってる。当時は何やってんだろとヘコんだもんだが全て終わってみて、逃げて正解だったと評価してる。
だって逃げてなきゃ、あの逃げまくる男と再会出来てないんだ。
出会えたからこの物語があるのだし、ついで行き詰った問題への解答を得ることが出来た。
きっとあの時……思い切って逃げ出したからだ。
そう思えば人生、逃げるって手段も重要だなと評価し直す事にしたな。
いや、格闘における逃げ、マチとかチキンとかの戦法は性に合わないからやるつもりはないが。
ま、ヤトみたいに全部のコマンド逃げるってのは間違っていると思う。でも……たまには逃げったていいんだ。
たとえ強く生まれて強く育てられても、誰にだって弱点はある。
そんなわけで、リアルにおける俺の話は以上だ。
以下、中におけるテリー・T・Wもとい……テリオス・ウィンの物語を語ろう。
もっとも俺のリコレクトで語るから、稀に『俺』の意見とかは混じるけどな。
実際、そうやって俺はリコレクト・コマンドで過去を反復する事で自分を整理出来たのだ。
トビラにログインしている限り『思い出さない』事は無い。
反復された、中における俺の物語は俺の、些末な現実をなぞるゲーム『トビラ』。
格闘ゲームにしか興味が無かった俺でさえハマりそうだ、全く変なゲームだぜ。
※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※
バカな事をしたと今、エラく反省している。
もっと別の方法もあっただろうになんで俺は、こんな手段をとっちまったんだ?
……そのように反省して頭を抱えるも、こうやって逃げ出してきっちり契約書交わしちまった以上どうしようもない。
ひたすらため息が漏れる。
じゃぁまた逃げるのか。……それもなんだかな。
ぶっちゃけ俺は……逃げ出すってその行為自体が好きじゃない。みっともねぇじゃねぇか。
みっともねぇ事をしなくちゃいけねぇ状況になっちまって、それでまた逃げだすのか?
きっとそのうち逃げる癖がつく。
それはいけねぇ、そうなっちまうつもりは更々ねぇんだ。
だから……再びこの現況から逃げ出すつもりはない。
やっちまったからには正々堂々この状況と向き合って、逃げたなどと後ろ指差される事なく現状突破すりゃいい。それでこの情けない状況を抜け出すんだ。
俺にはそれが出来る、出来ないとは思ってない。やろうと思えば出来るだろう……問題なのは当人のやる気があるかどうかだ。
できねぇと思ってる奴は何時になっても出来ねぇんだ。
出来ると思っていれば、たとえ今出来なくてもいずれ出来るようになる。
俺はそれを信条として生きている。
そう、だから俺は始終逃げ回ってるようなあいつが気に入らない。
あいつは出来る、という事を信じない。
自分の実力を信じず、自分自身さえ常に疑いながら臆病に生きてるあいつの存在がすげぇ気にいらねぇ。
誰かって?分かるだろ。ヤトだよ、サトウハヤト。
なんで俺はあんな奴に負けなきゃいけないのだ。負けるはずない。
……奴は覚えてないだろうが俺は、忘れないからな。
それは4年前の夏の事。
アーケード筺体における格闘ゲーム世界で、俺は大抵上位ランカーとして君臨している。今もだ、日々努力が必要な世界でよ、ぶっちゃけこいつは若さって奴も重要だったりする。
それを日々失う俺としちゃ、努力は必要不可欠って訳だ。
衰え行くのは反射神経だな。
何やっててもこればっかりはやっぱり、歳食うだけ衰える。
そこを経験で補って、衰えましたね、なぁんて言われねぇようにコンボやキャラ対戦研究して……。
とにかく4年前も今と変わらずそんな感じだ。
4年前の夏、ふらっと普段見慣れない名前の奴が地区予選に現れた。
格闘ゲーム界隈は夏に世界一を競う大会が行われるんだが、その予選が春から順次行われている。だから、奴との出会いを正確に遡れば4年前の春と言えるだろう。
予選で、俺は見慣れない名前を見つけた。
それがヤトとのリアルでの出会いだな。
ふらっと現れておいてあっさり予選枠取って行きやがった。
ビギナーズラックかと思っていたが実際予選関係なく戦ってみると……強い。
今やゲームはオンラインの裾野が広いからな、格闘ゲームだって例外じゃねぇ。家で対戦だって出来る時代だが俺は家でゲーム機を持てない都合足しげくゲームセンターに通っている。
そのオンラインにヤトが接続している以上、名前で検索掛けて対戦を申し込む事は可能だ。俺はそいつの名前を覚えておいて……来るべき戦いに備えた。
ところで、予選においては不正が無いようにとの事で必ずオフの特設対戦台に出向く必要がある。地区予選の次のステージでようやく奴の顔をしっかりと認識したな。今思い出すと付き添いやってたのは恐らくナッツだろう。
しかしナッツの事は、その時はよく覚えなかった俺だ。
俺はその時ぶっちゃけ、対戦者であるヤトしか目に入っていなかった。
ところがこいつが、えらく挙動不審でなー。
どんなプレイヤーかと思って探りを入れるに……予選前のフリータイムに強引に乱入してみたら、こっちが小手調べしている間にあっさり土つけられちまって。
強いには強い。
とりあえずその実力は認め、挨拶に行こうと俺は決めた。
俺は強い奴は嫌いじゃねぇ。戦い方も決して卑怯だとは思わなかったし……すげぇ楽しめたんだよ。
それで、対戦筺体付きとめて押し掛けてみて、やるじゃねぇかと話しかけたところ、だ。
……マナーもへったくれも無しに無視されたのを覚えている。
リアルで顔を合わせているのに挨拶無しってのはありえねぇぞ?
もっとも、今は同じ店内でネットワークに繋いで対戦相手と戦うのでリアルで顔を合わせる必要性はないんだけどな。チャット機能もついているので大抵、画面に向き合っているだけで席を離れる必要はないんだけどよ。
オンラインが無かった昔のアーケード対戦はそうじゃなかったんだ。
基本的に対面対戦であって戦いながら、うるさい店内において大声でしゃべりながらでもやりあえたもんだぞ?
俺はそういう時代からこの界隈にいる、正しくは……そういう古い伝統を残している稀有なゲームセンターで育った口なのだ。だから、今のネットワーク対戦は便利だとは思うが……なんか味気ねぇとも思ってしまう。
乱入する前に……乱入ってのは、相手が遊んでるところ2P側などからコインスロットし、対戦を申し込む事だな……一言、入るぜと挨拶するのが筋って時代もあったらしいのに。
ガン無視か。
ムカつくな、こいつ普段はネット通信対戦オンリーだなというのが露骨に分かる。
ムカついたので何が何でも認識させようと、しつこくこっちが自己紹介した所ようやく俺が今先ほど戦った相手だと認識してくれたが……。
それでも親しげな雰囲気など全くなく。
エラく迷惑そうな視線を投げられたのを覚えている。
それからじかに顔を合わせる機会はほとんど来なかった。
なかったが、通信対戦で都度戦いを申込みようやくチャットで会話らしいものが成立するようになった。
だが……ぶっちゃけて言うと俺、そのチャット機能上手く使えねぇんだわ。
言いたい事は口で言うタイプと心得る俺、チャットなんて必要最低限にしか使わないから一般的には無口で無愛想だと思われている。たぶん、ヤトもそのように受け取っていただろう。
……実際そうじゃねーんだけど。
その後再び顔を合わせたのは問題の、4年前の夏。
闘劇本戦にてだな。……決勝戦にて奴と当たった。
そうなるだろうな、と思っていた。
それくらい奴は強かったんだよ。
そんで、決着はどう着いたか?
結果についちゃ……本当は、言いたかねぇんだがなぁ。
それは……夢の中でなぞらえた通りなんだよ。
思い出している。
そうだ、俺達はこうやって出会い、交流をして……そして、別れた。
そうして、奴は二度と戻ってこなかった。
ある日を境に『ヤト』は格闘ゲームのネットワークから消えて姿を現さなくなった。
ふらりと現れたのと同じで、ふらりとこの世界に飽きたんだろうと噂された。
実際そうだろう、だが……あんなに強いのに……俺はライバルを失った事が何より悔しくて内心、奴が世界から消えた後も奴の影を追いかけ、こだわっていた所がある。
心の中で密かに望んでいた再開は4年後に訪れた。つまり、MFCテストプレイヤー枠。
ところが、再会した奴は昔とは違ってそれほど強くはなく……かつてあっただろう格闘ゲームに対する強い情熱も失っていた。
まるで別人だ……MFC関係で再び顔を合わせたヤトを見て俺は、そんな事を思ったりもした。
……いや、俺達は仮想世界であるネットワークの中で自分に都合の良い好敵手の姿を描いていただけなのかもしれない。
そうだろう、俺は勝手に奴に何かを期待し同時に裏切られたと失望し……失ってしまったと漠然と立ち尽くしているだけだ。
あいつにはあいつの都合があり、物語があるのにその真実に目をつぶっている。自分の都合のいい姿をあいつに求めて重ねていただけなんだろう。
夢の中で反芻される事に……そんな風に現実を思い出す。
不思議だな、俺が望んでいないのに。俺は語っていないのに。
夢の中で世界は、忠実に俺の過去を繰り返す。
不思議だなと思っているのは俺だけだろうか?……案外、みんな同じように自分の過去と向き合っているのかもしれない。
これからリコレクト・コマンドを駆使して、自分の過去を追い求めた先にある話をしようと思う。
夢の中で反芻される、俺と奴との物語だ。
そしてその外殻を成す、俺自身の物語についても語らなきゃぁいけねぇよな……。
ああ、言っとくがこの話の冒頭の奴からして中のテリーの話じゃねぇぞ。
そんなん分かってるとは思うが一応断っておく。
これは全部テルイ-タテマツ、つまりリアルでの『俺』の事情だ。
俺は……ぶっちゃけ逃げてここに来た。MFC開発なんてのに乗っかったんだ。
俺は格闘ゲームが出来ればそれでいいんだ……別に、ゲームを開発する側に行きたいんじゃねぇんだよ。
それなのになんでMFCに参加したかと問われれば……逃げて来たんだと言える。
こっからして実は中と同じだ。
俺は、家庭の事情から逃げるためにMFCへの参加を決めた。
ホントは逃げたくなんかねぇんだ。家庭の問題を腰据えて解決するべきだとは考えていた。けど俺はその険しい道から逃げだした……行き詰ったんだな。
で、どうすれば解決出来るのか分からなくなってちょっとパニクったんだろう。
とにかく逃げ場が欲しくてMFC参加を了承してしまったのだ。
なんでそんな事になるんだって?いやぁ……家庭の事情ってのは……言いたかねぇよなぁ。
中における俺の心情と全く同じだ。なんか、恥ずかしい。
なんでそんなもん他人に説明しなきゃなんねぇって気分になる。
他人に立ち入って欲しくない領域って言うか……実際すんげぇ些末なんだよ。だから、余計言いたくないんだけど……俺は逃げたくはないんだ。逃げるのは不本意ってのは本当だ。
恥ずかしいと逃げずに、暴露してしまう事にしよう。
……家族に俺がゲームオタクなのがバレたのだ。
え?そんな事か、だと?
そんな事じゃねーんだよ!俺は何年家族にゲーオタなのをひた隠しにしていたと思う!?
俺はすでに学生は卒業、家族の店を手伝って給料をもらっている身分だが、家族にしてみりゃそんな年にもなってお前はゲームなんぞしているのか、などと言われる訳だぞ?
言われてしまう、ウチはそういう家庭なのだ!
ウチは酒屋卸なんだが同時に道場もやっててな、俺もガキの頃から総合格闘技を仕込まれている。
闘う事は今でこそ好きだ。実際の腕っ節にも自信があるが、そんなもん振るう機会なんぞ訪れるべきじゃねぇ。暴力を振るいたいからケンカをしたことは誓って言う、一度もない。
でもやっぱりうっぷんは堪るのだろうか?よく分からないが……俺は、気が付けば格闘ゲームという仮想世界のバトルに夢中になっていた。格闘ゲーム内、仮想のケンカは日常茶飯事になっていた。
これがリアルのケンカになった事は無い。
曰く、俺の外見がおっかないから流石にそこまでは誰も持ち込めないのだろうとの事だ。もちろん俺はいくら悔しくてもリアルで拳を相手に叩き込むことなどしない。リベンジするなら必ずゲームの中だ。
お前の嗜好は非常に幼稚な代替えだ、兄貴達からは軟弱だと叱られ姉達からはあんたがゲーマーだったとはねぇと笑われ……。
家族達は俺がいたって『健全』に遊んでいると思いこんできたわけだからな。
ふざけんな、ゲームが不健全だとでもいうのか!?
……もちろん、俺が素直にゲーセンに行くと言わずに、ずっと嘘をついてきたのも悪い訳だけどよ……。
家族たちは、はっきりともう止めろとは言わなかった。
はっきりとは言わず遠まわしに、何かと隙あらば俺のこの大切な趣味が笑われる、貶される。
俺はひた隠してきたけどゲーム大好きなんだよ。
格闘ゲームに限られる訳だけどその世界を取り上げられちまうのはもちろん、笑われるのも、悪く言われるのも気に入らない。
許せなかった。
そこで俺、ついに開き直る事にした。
笑われても貶されても、俺はゲームが好きだと……自分の筋を通す事にしたのだ。
お前はゲームが好きだとして、それで何か結果が残るのか?
ゲームなど、何の為になるのだ。
ようするに遊んでいるだけだろう、代替えの暴力をお前は楽しんでいる。それだけだ。
……師範代である兄貴からそのように言われ……俺は、そこから反撃の仕様が無くなっちまった。
精神的な未熟を責められている。
武術を嗜むに……鍛えられるのは肉体じゃない、精神だ。
それが分からない俺ではない。
心の中にある暴力性を抑えもせず、そうやって晴らすお前の行為は『未熟』だと言われている。
全く言い返せない。
でも……たとえこれが代替え消化であったとしても。
俺の中にある格闘ゲームへの愛はガチだ。リアル格闘とは別だ、全く別で……ゲームはゲームとして芸術性が認められるべきだとまで俺は信じていたんだよ。
ゲームが好きで、その感情で何を作ると問われ……冷静さを欠いて追い詰められた俺は言ってしまった。
酒屋なんかやりたかったわけじゃねぇ、俺は本当はゲーム界隈に行きたかったんだと苦し紛れの言い訳をしてしまったと。
……そーいうわけである。
丁度闘劇の勝者にMFCテストプレイヤー権が与えられるって話が出た頃だった。脳裏にぱっと、MFCという逃げ場が思いついちまったんだな。
その後冷静に考えてみて……俺は別に開発に行きたいわけじゃねぇなと気付いて反省している。
そういう事。
じゃぁテストプレイが終わった今、MFC開発者に名前を列するのに迷っているかというと、そういうわけじゃない。
俺の気持ち的にはもはや、開発者って奴をやるつもりだ。
まぁ、それもすんなりいかず例の理解のない家族を説き伏せるのに手間取ったけどな。
全て終わった後だからぶっちゃけて言うが……俺は最初の逃亡、今では悪くねぇと思ってる。当時は何やってんだろとヘコんだもんだが全て終わってみて、逃げて正解だったと評価してる。
だって逃げてなきゃ、あの逃げまくる男と再会出来てないんだ。
出会えたからこの物語があるのだし、ついで行き詰った問題への解答を得ることが出来た。
きっとあの時……思い切って逃げ出したからだ。
そう思えば人生、逃げるって手段も重要だなと評価し直す事にしたな。
いや、格闘における逃げ、マチとかチキンとかの戦法は性に合わないからやるつもりはないが。
ま、ヤトみたいに全部のコマンド逃げるってのは間違っていると思う。でも……たまには逃げったていいんだ。
たとえ強く生まれて強く育てられても、誰にだって弱点はある。
そんなわけで、リアルにおける俺の話は以上だ。
以下、中におけるテリー・T・Wもとい……テリオス・ウィンの物語を語ろう。
もっとも俺のリコレクトで語るから、稀に『俺』の意見とかは混じるけどな。
実際、そうやって俺はリコレクト・コマンドで過去を反復する事で自分を整理出来たのだ。
トビラにログインしている限り『思い出さない』事は無い。
反復された、中における俺の物語は俺の、些末な現実をなぞるゲーム『トビラ』。
格闘ゲームにしか興味が無かった俺でさえハマりそうだ、全く変なゲームだぜ。
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