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完結後推奨 番外編 西負の逃亡と密約
◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -4-』
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◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -4-』
※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※
怪物、その言葉に俺は……自然と自分の存在を重ね合わせていた。
俺の強さは異常だ、魔物、なんてレベルじゃない。
俺は、分類されればきっと……怪物なんだと思っていた。だから、自然とその言葉に強く反応してしまう。
「グリーンモンスター」
運ばれてきた前菜を切り分けながらルルは、緑色の飾り菜をつまんでくるくると回す。
俺はわざと作法を崩して、西方風の練り物を乱暴フォークで差して一口にしてやった。
注がれた白い果実酒を飲み干す。
「君の相手に相応しい『怪物』だと思わないかね」
ルルは、俺が自分を怪物と認識しているのを……知っているのだろうか。
そこまではコイツにも話しているつもりはないんだけどな。俺は自分が怪物じみているとは思っているが、俺は怪物と称されている訳じゃない。
奴に握られている弱みは俺が、ファマメント国高官のウィン家次男坊だって事。
ぶっちゃけ匿ってもらっている。奴がその気になれば俺を拘束しファマメント国に送り返す事も出来るだろう。俺は、それだけはなんとか免れたかった。その為にも今は奴の機嫌をすこぶる損ねるような態度は取る事出来ないでいる、ってワケだ。
「近いうちにその怪物との対戦カードを用意しよう」
「俺にソイツと戦えってか……それで」
「勿論、君は我らが神イシュタルトに勝利を約束するのだろうね?」
「当たり前だ」
相手が誰であれ、俺は負けるつもりはねぇよ。負けるはずがねぇ。
怪物?笑わせる、どーせ何かの噂に尾ひれの引いたようなもんだろう。
怪物がそうそうあっちこっちに居てたまるか。
「そのカイブツをどうすればいい、とっちめればいいってか?」
ルルは目を細め、手でもてあそんでいた緑色の葉を口の中に投げいれる。
「勝って生かせ」
「……そりゃぁ、ブーイングの嵐になるだろうが」
説明したかどうか、この闘技場でやや当たり前の事だからあえて説明してなかったかもしれない。
ヤトが説明した事があったかもしれないがあえて、俺もここで繰り返す事にしよう。
エズ闘技場における作法として、舞台には二人が上がりそこで勝敗を決めるべく戦う。
勝敗をつけるルールは様々にあるが、勝敗云々の前に重要な事がある。
闘技場、およびイシュタルトの定める戦いの作法的に、戦う相手を殺してしまう事もアリなのだ。
7割の確率で敗者は死ぬ。
勝者の7割は敗者を殺すという意味でもある。
好きでぶち殺すような奴もいれば、激しい戦いの末そういう結果になってしまう事もある。しかし好んで生かすという事はない。なんでかって言うと……これも色々理由がある訳だが……。
ま、ようするに命を賭して戦った結果に、しこりを残して因縁が深くなってめんどくさい事になるからだな。
でもそのめんどくさい事をあえてする奴もいる。
誰って、俺の事だけど。
別に殺したくない訳ではない。
殺す結果になったとして俺は、別にその結果を悔やんだりはしないだろう。とどめを刺さないのはそいつの命を奪う価値も無いって意味だ。
俺がそうやってエトオノの怪物を『生かす』という保証はない。
もしかしたら殺してしまうかもしれない。っていうか、ライバル闘技場とのトーナメントで敗者を生かすなんて結果はあっていいのか?恐らくきっと、お互いの闘技場の戦士達はお互いの戦士を一人でも多く殺せと命令されて舞台に上がっているはずだ。
「神が望むは敗者の命ではない」
次の皿が運ばれて来るのを待ちながら、ルルは同じく果実酒をまず目で味わい、匂いを堪能しながらゆっくりと口に含む。
「至高の戦いこそ望まれるもの。お前達は我らが神に捧げる最高の供物だ」
隣の闘技場エトオノとは、ぶっちゃけて仲は、悪いようだ。
因縁深き二大闘技場の対戦で、血が流れず終わった事はない、とかルルは楽しそうに言いやがる。
負けた方は必ず死ぬ、殺さなければ所属する闘技場の連中から、なぜ生かしたと罵られるだろう。その対立図を楽しんでいる観客も喜んで殺せ、殺せと煽るだろう。
俺はため息を漏らしていた。
なるほど、だから俺は隷属じゃなくて専属なんだな。
専属であるから立場上あまり上、つまり運営側からキツい事は言われる事はない。隷属だったら、例えルルの庇護があったとしてもその後どのように扱われるか想像するのは難しくなかった。
いや、隷属だろーと専属だろーと同じか?
まぁいい、平穏に闘技場ライフを満喫するつもりはない。
もしそのグリーンモンスターが怪物と言われるだけの技量を持つなら、また次の対戦を楽しみに待つ為に……生かすのはいいかもしれない。
俺の祖国にある天使教の考え方で言うところ『縁』を結んでしまうのが怖い訳でもない。例え怪物と言われていようと全然なんともねぇ。
俺もまた、怪物なんだしな、呼ばれる名前に執着はない。
そもそもなんで俺は『テリー』なんだ?
使い慣れているはずの名前なのに、今過去をリコレクトする限りでは激しい違和感を持ってこの名前に反感を覚えている。
嫌なのだ。
嫌な理由までをも俺は的確に『思い出せる』。
このテリーって名前は……俺の兄の名前に余りにも酷似していたりする。だから、なんでよりにもよってテリーなんだと俺は、テリー・T・Wは腹の底で怒っているのが……分かる。
そうかよ、そんなにその名前が嫌か?
問いかけているのは『俺』……テルイ-タテマツ。
そうやって、使い慣れて忘れ去っていた事を思い出している。
そうだった、『俺』も……その名前は元来好きじゃなかったな。
俺は、照井という名前が嫌だった。
……そう、ずっと昔から。隙さえあればその名前から逃げたいと思っていた。自分が照井という名前である事が嫌でたまらなかった時期が確かにあった。
名前の響きが気に入らないとかいう意味じゃない。
『俺』が属するその照井という、家が嫌だったのだ。そこの人間だと認識されるのが嫌でたまらなかった。『俺』ん家は酒屋卸なんだが同じ名前で道場をやってる。どちらも家業として俺に、生まれた瞬間からかぶせられているものだった。
今でこそそうでもないが、昔は総合格闘技だって好きでやってたんじゃない。
照井家の人間として当然の嗜みとして『やらされていた』。
道場の奴だってんでからかわれたり、ヘタにケンカ売られたりする事もよくあった。逆に無意味に怖がられた事もある。
好きで暴力という手段を持っているんじゃねぇ、そんな風に俺は俺の『名前』が嫌だった時があった。
嫌だったからこそ俺は仮想に住まう俺に対しその名前を付けたんだ。
嫌いな名前で嫌いな暴力を仮想世界で存分に振るっている。
所詮代替えと、俺を嗜めた兄の言葉が反復され……そして、俺はこの照井という名前が嫌いだった事を思い出している。
その憎しみを思い出してしまう。
そうだった、そうだったんだ。
悔しいけど兄貴の言う通り。
俺はたまっていたうっぷんを仮想世界にある格闘ゲームで晴らしていただけだ。
テリーっていう、大っ嫌いな俺のアイコンぶっ立ててよ、そいつを乱暴に開放して、暴れまくってそれで……なんとか現実で爆発しそうな感情を抑えていたんだ。
そうならない、爆発しない。
強い心こそが格闘家の持つべき最強最高の『技』だと、俺は弁えている。全ての作法に隠されて、口頭などには一切表わされる事のない、それこそが奥義だ。
ゲームにうつつを抜かしている限りそれを取得する事はお前には出来ない。
兄は、多分そういう事を伝えたかったかったんだろう。
過去をリコレクトしながら、俺は……現実の問題に気が付いてしまう。
こうやって反復される過去の現実を目の当たりにし、俺達はそこから次に進む道を見つける事が出来るんだ。見たくないとしまっていたもの、忘れていたものを思い出させる。
所詮夢、されど……その夢はいつかどこかで見た現実。
トビラはそうやって、新しい風を呼び込む為の物のように思える。
『俺』はちゃんと見つけたんだぜ。
トビラをくぐって、俺達が躓いた問題にどうやって答えを出せばいいのか。
どうやって前に進めばいいのか。
だが今はそれは言わずにおこう。
俺はテリーだ、オーナーであるルルから強制的にそういう名前が付けられてしまって、テリーという名前で闘技場に登録されている。
ルルいわく、まさかテリーだなんて名前に変えているなんて『先方』も予測していないだろうとか言いやがる。確かに、偽名をつけるならもっとあからさまに違うのを選ぶよな。
それをよりにもよってテリーなんだ、一理在るような……無いような。
とにかく俺は奴に逆らえないんだからぶーたれてもしょうがない。
ホントは逆らいたいのだが、当時はまだまだ自分が躓いた問題に対する答えが見つけられずにいた。どうすればいいのかまだ路頭に迷っている最中だった。
ルルに反抗する事で、奴と戦う事で躓いた先にあった落とし穴から這い上がろうと足掻いている。
隣の闘技場の怪物と戦い、勝つ、まではいいとして……そいつを生かせ……か。
というか、ルルに逆らいたくてもこの対戦、負ける事ができないんじゃねぇか?
……魚のムニエルを骨ごとばりばり噛み砕きながら俺は口を曲げた。
てゆーか、骨付けんなよシェフ。魚の骨付きなんて俺の祖国では考えられないメニューだ……そもそも魚料理はほとんど無いのが実情でもあるしな、ほら、レズミオってすんげぇ標高高いところにあるだろ?川魚も在るには在るが、生魚の流通は極めて稀なんだよ。魚肉は塩漬けや干したりした加工品が殆どだから、メニュー的に自然と練り物になっちまうん事が多い。
どうにも、イシュタル国では骨付きの魚メニューが普通みたいでルルの奴、フォークとナイフで器用に中骨を取り除いて身を口に運んでいる。
小骨は無いからさほど難しい事ではなさそうだ。
さっさと皿の中身を平らげてパンを引きちぎり、口の中に放りこみながら思考の続きを行う。
……仲の良くない隣の闘技場とのトーナメントだと……負けたら問答無用で殺されちまう訳だよな。
隣の闘技場の怪物は、きっと無慈悲に俺の命を奪うだろう。
負けるつもりはないがそれは、死にたくないからじゃぁねぇ。負けたくない、ただそれだけだ。でももし万が一、そう云う事になったら俺は、その死をどうする?
……少し考えて見たが別に感情が波立つ事は無かった。
きっとその結果を素直に受け入れられるだろう。
この俺の命を奪うってんだ。
きっととんでもねぇ怪物に違いねぇんだ、ゾクゾクしてきやがるってもんじゃねぇか。
そんな奴と戦えて死ねるならそれでもいい。
「……君、死んでもいいとか考えているだろう」
ぎくりとして顔をあげてしまった。その態度で内心がバレるってもんなのに。
「何を根拠に」
精一杯虚勢を張ったが、ルルは笑ってワインを口に運ぶ。
「君はとても良い戦士だ、失うに惜しい」
「ならもうちょっと丁重に扱ったらどうだ?」
グチを零してやったらワイングラスを少し傾け、君は飲まないのかいと仕草で示され……ぶっきらぼうにグラスを取った。
イシュタル国って酒の流通がよくねぇのな。外国人……ようするにイシュタル国外の連中は酒を飲むが、実は国内の奴らは酒を飲まないのが理由だ。外国人観光客が極端に多いエズはマシな方だとは言うがそれでも、種類は豊富とは言い難い。
これは……久しぶりの上物だ、下町で飲める酸っぱい葡萄酒とは比べ物にならない味わいにほっとする。
ちなみに俺、この時点で二十歳未満なのだが、こっちの世界じゃ15、6歳で成人として認められる地域が多いのでたしなむ程度に酒は覚えているんだぞ。
リアルだと、酒屋卸なんだから酒は何であろうと一通りは嗜んでいると思ってくれて構わない。
「僕の見立てでは君は、まだ強くなる」
どうかな。俺は一気にロゼワインを飲み干しながら視線だけルルに投げた。
「君を強く叩き上げるにはmそれなりの強敵の存在が必要だ。ウチにいる連中だけでは物足りないし、彼らもあれで微妙なバランスを保っているからね……今はまだ君に刈り取られては困るのだ。物事には順序というものがある」
そういや、ルルってイシュターラー(遠東方人)だよな?
イシュターラーは、アルコールに弱いという特徴があるから酒の流通量が少ないって聞いたけど。
きっと弱いっていってもピンキリなのだろう。
他の地域の人間だって極端に弱い奴から極端に強い奴もいるわけだし。そんな事をぼんやり考えながらルルの話を聞き流している。
「……同時に、相手もまだ未成熟だ。グリーンモンスターは君と年齢的に大差ない。彼もまた更に強くなれるだろう」
「なるほど、そういう互いに叩きあう関係になれって事か」
「のみ込みが早くて助かるね」
隣のライバル闘技場の奴とね、まぁ……いいんじゃねぇの。
クルエセルの連中とケンケンするよかいい。トビともそうだが、連中とは別段仲良くしているわけでもないが敵対しているわけでもない。
今現在の状況を言えば互いに様子見、と言ったところだろう。
しかし今後はそうも言っていられなくなる。
ルルは、おそらく連中……クルエセルの10本指をいずれ、全てへし折るつもりだ。
物事には順序がある、などと抜かしていたがようするにそういう事だろう。
「君ならあの怪物とも渡り合える、あるいは……釣り合うと思ったからこそ君に任せるんだ」
「分かってる、だから俺は負けるつもりはねぇって言ってんだろう」
「その言葉を疑うわけではないが、君の顔にはそうは書いてないような気がしてね」
内心確かにそう思っていただけに口ごもってしまう俺。
「……言っておくが隣の怪物は相当に強いぞ」
「……見てきたのかよ」
ライバル闘技場ともなるとそう簡単に遊びに行くって訳にもいかないと思うんだがな。少なくとも幹部は堂々と出入り出来るもんじゃないと思うんだが……そこはルルだ、常識的な事など通用しない。
別の闘技場選手は出入りできない訳ではない。選手として入り込むのは選手登録手続き上無理だろうが、観客として入る事は難しい事じゃないはずだ。
俺はまだ、隣の闘技場には入ったことねぇな。
まだこの国にきて4か月足らずで、他の闘技場にかまけているヒマは無かったんだよ。
ルルはわざとらしく両手を掲げてみせる。
「勿論だ、神に捧げるにふさわしい選手の選別は重要な事だよ」
「ふぅん」
適当な返事を返したが……ルルの戦士を見る目は節穴って訳じゃないんだよな。内心ちょっと興奮していた。ルルに怪物と言わしめる、しかも俺と同い年の戦士か……どんな奴だろう。
グリーンモンスター。
緑の怪物と呼ばれるそいつとの対戦は、程なくしてやってくる事になった。
※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※
怪物、その言葉に俺は……自然と自分の存在を重ね合わせていた。
俺の強さは異常だ、魔物、なんてレベルじゃない。
俺は、分類されればきっと……怪物なんだと思っていた。だから、自然とその言葉に強く反応してしまう。
「グリーンモンスター」
運ばれてきた前菜を切り分けながらルルは、緑色の飾り菜をつまんでくるくると回す。
俺はわざと作法を崩して、西方風の練り物を乱暴フォークで差して一口にしてやった。
注がれた白い果実酒を飲み干す。
「君の相手に相応しい『怪物』だと思わないかね」
ルルは、俺が自分を怪物と認識しているのを……知っているのだろうか。
そこまではコイツにも話しているつもりはないんだけどな。俺は自分が怪物じみているとは思っているが、俺は怪物と称されている訳じゃない。
奴に握られている弱みは俺が、ファマメント国高官のウィン家次男坊だって事。
ぶっちゃけ匿ってもらっている。奴がその気になれば俺を拘束しファマメント国に送り返す事も出来るだろう。俺は、それだけはなんとか免れたかった。その為にも今は奴の機嫌をすこぶる損ねるような態度は取る事出来ないでいる、ってワケだ。
「近いうちにその怪物との対戦カードを用意しよう」
「俺にソイツと戦えってか……それで」
「勿論、君は我らが神イシュタルトに勝利を約束するのだろうね?」
「当たり前だ」
相手が誰であれ、俺は負けるつもりはねぇよ。負けるはずがねぇ。
怪物?笑わせる、どーせ何かの噂に尾ひれの引いたようなもんだろう。
怪物がそうそうあっちこっちに居てたまるか。
「そのカイブツをどうすればいい、とっちめればいいってか?」
ルルは目を細め、手でもてあそんでいた緑色の葉を口の中に投げいれる。
「勝って生かせ」
「……そりゃぁ、ブーイングの嵐になるだろうが」
説明したかどうか、この闘技場でやや当たり前の事だからあえて説明してなかったかもしれない。
ヤトが説明した事があったかもしれないがあえて、俺もここで繰り返す事にしよう。
エズ闘技場における作法として、舞台には二人が上がりそこで勝敗を決めるべく戦う。
勝敗をつけるルールは様々にあるが、勝敗云々の前に重要な事がある。
闘技場、およびイシュタルトの定める戦いの作法的に、戦う相手を殺してしまう事もアリなのだ。
7割の確率で敗者は死ぬ。
勝者の7割は敗者を殺すという意味でもある。
好きでぶち殺すような奴もいれば、激しい戦いの末そういう結果になってしまう事もある。しかし好んで生かすという事はない。なんでかって言うと……これも色々理由がある訳だが……。
ま、ようするに命を賭して戦った結果に、しこりを残して因縁が深くなってめんどくさい事になるからだな。
でもそのめんどくさい事をあえてする奴もいる。
誰って、俺の事だけど。
別に殺したくない訳ではない。
殺す結果になったとして俺は、別にその結果を悔やんだりはしないだろう。とどめを刺さないのはそいつの命を奪う価値も無いって意味だ。
俺がそうやってエトオノの怪物を『生かす』という保証はない。
もしかしたら殺してしまうかもしれない。っていうか、ライバル闘技場とのトーナメントで敗者を生かすなんて結果はあっていいのか?恐らくきっと、お互いの闘技場の戦士達はお互いの戦士を一人でも多く殺せと命令されて舞台に上がっているはずだ。
「神が望むは敗者の命ではない」
次の皿が運ばれて来るのを待ちながら、ルルは同じく果実酒をまず目で味わい、匂いを堪能しながらゆっくりと口に含む。
「至高の戦いこそ望まれるもの。お前達は我らが神に捧げる最高の供物だ」
隣の闘技場エトオノとは、ぶっちゃけて仲は、悪いようだ。
因縁深き二大闘技場の対戦で、血が流れず終わった事はない、とかルルは楽しそうに言いやがる。
負けた方は必ず死ぬ、殺さなければ所属する闘技場の連中から、なぜ生かしたと罵られるだろう。その対立図を楽しんでいる観客も喜んで殺せ、殺せと煽るだろう。
俺はため息を漏らしていた。
なるほど、だから俺は隷属じゃなくて専属なんだな。
専属であるから立場上あまり上、つまり運営側からキツい事は言われる事はない。隷属だったら、例えルルの庇護があったとしてもその後どのように扱われるか想像するのは難しくなかった。
いや、隷属だろーと専属だろーと同じか?
まぁいい、平穏に闘技場ライフを満喫するつもりはない。
もしそのグリーンモンスターが怪物と言われるだけの技量を持つなら、また次の対戦を楽しみに待つ為に……生かすのはいいかもしれない。
俺の祖国にある天使教の考え方で言うところ『縁』を結んでしまうのが怖い訳でもない。例え怪物と言われていようと全然なんともねぇ。
俺もまた、怪物なんだしな、呼ばれる名前に執着はない。
そもそもなんで俺は『テリー』なんだ?
使い慣れているはずの名前なのに、今過去をリコレクトする限りでは激しい違和感を持ってこの名前に反感を覚えている。
嫌なのだ。
嫌な理由までをも俺は的確に『思い出せる』。
このテリーって名前は……俺の兄の名前に余りにも酷似していたりする。だから、なんでよりにもよってテリーなんだと俺は、テリー・T・Wは腹の底で怒っているのが……分かる。
そうかよ、そんなにその名前が嫌か?
問いかけているのは『俺』……テルイ-タテマツ。
そうやって、使い慣れて忘れ去っていた事を思い出している。
そうだった、『俺』も……その名前は元来好きじゃなかったな。
俺は、照井という名前が嫌だった。
……そう、ずっと昔から。隙さえあればその名前から逃げたいと思っていた。自分が照井という名前である事が嫌でたまらなかった時期が確かにあった。
名前の響きが気に入らないとかいう意味じゃない。
『俺』が属するその照井という、家が嫌だったのだ。そこの人間だと認識されるのが嫌でたまらなかった。『俺』ん家は酒屋卸なんだが同じ名前で道場をやってる。どちらも家業として俺に、生まれた瞬間からかぶせられているものだった。
今でこそそうでもないが、昔は総合格闘技だって好きでやってたんじゃない。
照井家の人間として当然の嗜みとして『やらされていた』。
道場の奴だってんでからかわれたり、ヘタにケンカ売られたりする事もよくあった。逆に無意味に怖がられた事もある。
好きで暴力という手段を持っているんじゃねぇ、そんな風に俺は俺の『名前』が嫌だった時があった。
嫌だったからこそ俺は仮想に住まう俺に対しその名前を付けたんだ。
嫌いな名前で嫌いな暴力を仮想世界で存分に振るっている。
所詮代替えと、俺を嗜めた兄の言葉が反復され……そして、俺はこの照井という名前が嫌いだった事を思い出している。
その憎しみを思い出してしまう。
そうだった、そうだったんだ。
悔しいけど兄貴の言う通り。
俺はたまっていたうっぷんを仮想世界にある格闘ゲームで晴らしていただけだ。
テリーっていう、大っ嫌いな俺のアイコンぶっ立ててよ、そいつを乱暴に開放して、暴れまくってそれで……なんとか現実で爆発しそうな感情を抑えていたんだ。
そうならない、爆発しない。
強い心こそが格闘家の持つべき最強最高の『技』だと、俺は弁えている。全ての作法に隠されて、口頭などには一切表わされる事のない、それこそが奥義だ。
ゲームにうつつを抜かしている限りそれを取得する事はお前には出来ない。
兄は、多分そういう事を伝えたかったかったんだろう。
過去をリコレクトしながら、俺は……現実の問題に気が付いてしまう。
こうやって反復される過去の現実を目の当たりにし、俺達はそこから次に進む道を見つける事が出来るんだ。見たくないとしまっていたもの、忘れていたものを思い出させる。
所詮夢、されど……その夢はいつかどこかで見た現実。
トビラはそうやって、新しい風を呼び込む為の物のように思える。
『俺』はちゃんと見つけたんだぜ。
トビラをくぐって、俺達が躓いた問題にどうやって答えを出せばいいのか。
どうやって前に進めばいいのか。
だが今はそれは言わずにおこう。
俺はテリーだ、オーナーであるルルから強制的にそういう名前が付けられてしまって、テリーという名前で闘技場に登録されている。
ルルいわく、まさかテリーだなんて名前に変えているなんて『先方』も予測していないだろうとか言いやがる。確かに、偽名をつけるならもっとあからさまに違うのを選ぶよな。
それをよりにもよってテリーなんだ、一理在るような……無いような。
とにかく俺は奴に逆らえないんだからぶーたれてもしょうがない。
ホントは逆らいたいのだが、当時はまだまだ自分が躓いた問題に対する答えが見つけられずにいた。どうすればいいのかまだ路頭に迷っている最中だった。
ルルに反抗する事で、奴と戦う事で躓いた先にあった落とし穴から這い上がろうと足掻いている。
隣の闘技場の怪物と戦い、勝つ、まではいいとして……そいつを生かせ……か。
というか、ルルに逆らいたくてもこの対戦、負ける事ができないんじゃねぇか?
……魚のムニエルを骨ごとばりばり噛み砕きながら俺は口を曲げた。
てゆーか、骨付けんなよシェフ。魚の骨付きなんて俺の祖国では考えられないメニューだ……そもそも魚料理はほとんど無いのが実情でもあるしな、ほら、レズミオってすんげぇ標高高いところにあるだろ?川魚も在るには在るが、生魚の流通は極めて稀なんだよ。魚肉は塩漬けや干したりした加工品が殆どだから、メニュー的に自然と練り物になっちまうん事が多い。
どうにも、イシュタル国では骨付きの魚メニューが普通みたいでルルの奴、フォークとナイフで器用に中骨を取り除いて身を口に運んでいる。
小骨は無いからさほど難しい事ではなさそうだ。
さっさと皿の中身を平らげてパンを引きちぎり、口の中に放りこみながら思考の続きを行う。
……仲の良くない隣の闘技場とのトーナメントだと……負けたら問答無用で殺されちまう訳だよな。
隣の闘技場の怪物は、きっと無慈悲に俺の命を奪うだろう。
負けるつもりはないがそれは、死にたくないからじゃぁねぇ。負けたくない、ただそれだけだ。でももし万が一、そう云う事になったら俺は、その死をどうする?
……少し考えて見たが別に感情が波立つ事は無かった。
きっとその結果を素直に受け入れられるだろう。
この俺の命を奪うってんだ。
きっととんでもねぇ怪物に違いねぇんだ、ゾクゾクしてきやがるってもんじゃねぇか。
そんな奴と戦えて死ねるならそれでもいい。
「……君、死んでもいいとか考えているだろう」
ぎくりとして顔をあげてしまった。その態度で内心がバレるってもんなのに。
「何を根拠に」
精一杯虚勢を張ったが、ルルは笑ってワインを口に運ぶ。
「君はとても良い戦士だ、失うに惜しい」
「ならもうちょっと丁重に扱ったらどうだ?」
グチを零してやったらワイングラスを少し傾け、君は飲まないのかいと仕草で示され……ぶっきらぼうにグラスを取った。
イシュタル国って酒の流通がよくねぇのな。外国人……ようするにイシュタル国外の連中は酒を飲むが、実は国内の奴らは酒を飲まないのが理由だ。外国人観光客が極端に多いエズはマシな方だとは言うがそれでも、種類は豊富とは言い難い。
これは……久しぶりの上物だ、下町で飲める酸っぱい葡萄酒とは比べ物にならない味わいにほっとする。
ちなみに俺、この時点で二十歳未満なのだが、こっちの世界じゃ15、6歳で成人として認められる地域が多いのでたしなむ程度に酒は覚えているんだぞ。
リアルだと、酒屋卸なんだから酒は何であろうと一通りは嗜んでいると思ってくれて構わない。
「僕の見立てでは君は、まだ強くなる」
どうかな。俺は一気にロゼワインを飲み干しながら視線だけルルに投げた。
「君を強く叩き上げるにはmそれなりの強敵の存在が必要だ。ウチにいる連中だけでは物足りないし、彼らもあれで微妙なバランスを保っているからね……今はまだ君に刈り取られては困るのだ。物事には順序というものがある」
そういや、ルルってイシュターラー(遠東方人)だよな?
イシュターラーは、アルコールに弱いという特徴があるから酒の流通量が少ないって聞いたけど。
きっと弱いっていってもピンキリなのだろう。
他の地域の人間だって極端に弱い奴から極端に強い奴もいるわけだし。そんな事をぼんやり考えながらルルの話を聞き流している。
「……同時に、相手もまだ未成熟だ。グリーンモンスターは君と年齢的に大差ない。彼もまた更に強くなれるだろう」
「なるほど、そういう互いに叩きあう関係になれって事か」
「のみ込みが早くて助かるね」
隣のライバル闘技場の奴とね、まぁ……いいんじゃねぇの。
クルエセルの連中とケンケンするよかいい。トビともそうだが、連中とは別段仲良くしているわけでもないが敵対しているわけでもない。
今現在の状況を言えば互いに様子見、と言ったところだろう。
しかし今後はそうも言っていられなくなる。
ルルは、おそらく連中……クルエセルの10本指をいずれ、全てへし折るつもりだ。
物事には順序がある、などと抜かしていたがようするにそういう事だろう。
「君ならあの怪物とも渡り合える、あるいは……釣り合うと思ったからこそ君に任せるんだ」
「分かってる、だから俺は負けるつもりはねぇって言ってんだろう」
「その言葉を疑うわけではないが、君の顔にはそうは書いてないような気がしてね」
内心確かにそう思っていただけに口ごもってしまう俺。
「……言っておくが隣の怪物は相当に強いぞ」
「……見てきたのかよ」
ライバル闘技場ともなるとそう簡単に遊びに行くって訳にもいかないと思うんだがな。少なくとも幹部は堂々と出入り出来るもんじゃないと思うんだが……そこはルルだ、常識的な事など通用しない。
別の闘技場選手は出入りできない訳ではない。選手として入り込むのは選手登録手続き上無理だろうが、観客として入る事は難しい事じゃないはずだ。
俺はまだ、隣の闘技場には入ったことねぇな。
まだこの国にきて4か月足らずで、他の闘技場にかまけているヒマは無かったんだよ。
ルルはわざとらしく両手を掲げてみせる。
「勿論だ、神に捧げるにふさわしい選手の選別は重要な事だよ」
「ふぅん」
適当な返事を返したが……ルルの戦士を見る目は節穴って訳じゃないんだよな。内心ちょっと興奮していた。ルルに怪物と言わしめる、しかも俺と同い年の戦士か……どんな奴だろう。
グリーンモンスター。
緑の怪物と呼ばれるそいつとの対戦は、程なくしてやってくる事になった。
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