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完結後推奨 番外編 西負の逃亡と密約

◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -6-』

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◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -6-』
 ※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※

 グリーンモンスター、という名前の由来を誰かに尋ねたところ、二通りの答えがあったと思う。

 一つは奴の持つ忌まわしい経歴の由来。
 元々裏闘技場『グリーン』に所属していて、ここからエトオノに移った経緯があるともいう。いや、属していたのが闘技場じゃなかったとも噂されているな。
 じゃぁどこだったかって話は……俺もその噂を漏らした奴に尋ねたが、そいつは怪しく笑うだけではっきりとは言わなかった。裏闘技場より良い所属、って事はないだろう。
 言葉にはしないが大体察する、にとどめておこう。
 奴はその闘技場のオーナーを殺した罪をで、表面上経歴を失い名前を失い、怪物として取引されるハメになったのだという。どうにもオーナー殺しの件を『グリーン』サイドが全うに処理したがらなかったのが問題らしい。ぶっちゃけ『グリーン』経営陣もオーナーをよく思っていなかったという噂もある。

 ……ようやく至近距離で捉えた。
 俺と同じく舞台に現れたGMを、眩しい光の中に見やる。
 本日は晴天だ、というか……雨が降ったら試合は中止される事が多い。基本的には晴れの日こそ闘技日和だな。

 奴の首元に眩しく光を反射する何かがある。軽鎧に隠れているが完全に隠す事は出来ていない。

 グリーンモンスターに関する二つ目の由来は、奴が首に嵌めている首輪の色。
 緑、正確には黄緑色の不思議な金属で出来た首輪を嵌めていて、それが奴の目印になっているという。

 俺はてっきり髪の毛まで緑色なのかとも思っていたが……というのも、そーいう奴がファマメント国にいたからだけどな。
 ……言わずもがなグランソール・ワイズ支天の事だが、奴は好きで緑に染めてその色だったはずだ。人間で緑色の髪はありえねぇ、だから俺は子供のころ無邪気にワイズの毛の色に驚いて理由を聞いた事があったりする。ワイズが魔種だとは聞いてないし、レズミオの公族や祭祀に魔種が居るのは前代未聞だから本当の話だと思う。
 ……余談になったな。こっちの話に戻そう。

 GMは一見すれば18歳にはちょっと見えないガキ臭さの残ってる東方人。背丈は……俺より全然低い。歳相応ならチビと言えるだろうが、同年代では平均的かもしれない。
 他に特徴と言えば……やっぱりその顔。
 というか、顔が見えない事……だ。
 俺から言わせると東方人ってのはどれも同じ顔に見えたりする。それと同じで他の人種からは西方人の顔の区別が付かない、という事もあるかもしれない。
 だから、顔つきや髪型、体格やほくろなどの特徴などで誰なのか慎重に区別する必要がある訳だが……グリーンモンスターはそういう事が出来ない。
 顔に特徴が無い、どころの話ではない。
 その顔が長い前髪で完全に隠れてしまっている。
 邪魔だろうに、長い前髪が顔全体を覆っていて表情すら窺うのが難しい。顔の輪郭がやや丸いように思っていたが、こうやって至近距離で顔を合わせて見て確信するな。
 こいつ、ぜってぇ18歳じゃねぇ。

 鋼鉄のプロテクターに覆われた拳を軽くかかげ、俺は右を差しだす。
「楽しもうぜ、怪物」
 まずは軽く……挑発してやろう。
 しかしどうにも不発だな、前髪が邪魔で顔の表情がよく分からないがほとんど動揺したような気配はない。
 自分が『怪物』である事は承知しているか、そりゃそーだよな。
 何しろ名前がグリーンモンスターだ。
 魔物、怪物扱いが嫌なら自分の名前を名乗ればいい。それとも、エトオノではそういう意見さえ通らないような弱い立場なのだろうか?隷属剣闘士だ、その名前の通り奴隷も同じか?
 俺が右拳を差し出しているのに……グリーンモンスター、面倒だから今後GMとする、GMはこれに応えるような気配が無い。
 辛抱強く俺は応えを待って見た。すると、吐息を吐いて吸う、何度目かの動作の果てにほんの少し、右手が上がりそうに動いた。
 いつまで待たせやがる。
 内心無礼に腹を立てていた俺は、その動作を見て慌てて手を引っ込めた。
「なんだよ、作法もねぇってのか?」
 怪物だけに不作法だと軽く詰ってやると唯一見える口元が少し動く。
「……それ、武器か?」
 あ、怪物だけどちゃんと喋れるんだ。
 内心ちょっと驚いている俺。ごく普通にGMが言葉を発した事に、しかも外見通りずいぶん若いその声にペースが乱され、下ろしていた拳を再び上げる。
「お前な、俺のデータは聞いてないのか?俺は『拳闘士』だ。てめぇらみてぇに闘うに棒なんかいらねぇんだよ」

 舞台の上で、自らの持つ武器を交えそれを儀式開始の合図とする。
 俺はそうすべく拳をつき出してやってるってのに。どうやらGMの奴、これが俺の唯一の『武器』だと分からなかったようだ。

「今までの対戦見てなかったのか?」
 興味無いな、奴はたぶんそう言った。余りにも小声か、あるいは口の中だけで言ったのか。取り巻く歓声が大きすぎてよく聞き取れない。
 しかし……剣闘士は戦う前にある程度、対戦相手の情報が与えられる筈ではないのか。
 俺はそう聞いているがGMはそれに目を通さなかったという事だろうか。それくら興味がないとか?
「舐められたもんだぜ」
 俺がそのように悪態をつくとなぜかGM、ため息らしきものをついた。
 それは俺を侮蔑してのものではないように思える。ため息を向けた相手はなぜか……奴自身。
「まぁいい、始めようぜ」
 再び俺は拳を差し出すに、GMは無言で右手で握っていた鞘に収まっている武器を引き抜き、刃を払った。

 GMの装備は事前に聞いていた通りだ。
 動きを邪魔しない、最低限のプロテクターに身を固め盾は持たず頑丈なグラディウス1本と切れ味重視のショートソードが一本。
 双剣か、右のグラディウスはほとんど盾用とみていいだろう。
 俺が拳一つなのに対しGMはあらゆる武器を使ってくるという噂だな。今回両手に剣を構えてきている通り、両利きでもあるらしい。エトオノでは『武器縛り』というショーじみた対戦もあるのだそうだ。クルエセルにはそういうのはないな、経営陣はそう言うのを駆使して金を儲けたいのだろうがルルが大反対するだろう。恐らくルルの所為でクルエセルはエトオノ程自由な闘技場経営が出来ないでいる。
 GMは、その存在自体が見世物でもあるらしい。武器縛りなどの制限試合によく出されて居るらしい事を聞いた。そう云う試合も勝ち残らなきゃいけねぇってんで恐らく、奴の武器のレパートリーはどんどん増えて行ってるんだろう。
 きっとこのシンプルな両手に武器スタイルが奴にとってベストな装備に違いない。

 試合が始まるに俺は、そうだと思い知る事になる。

 同時にこの装備は『全てへの警戒』という意味もあったのだ。
 対戦相手が如何なるものでも柔軟に対応できる、その為の奴にとってこれが『ニュートラル』だ。

 まずは小手調べに出るのは、命を失う事もある事情仕方がない。
 時に賭けでもするようにいきなり本気で掛って来る奴もいるし、俺もそういう部類だと思われているだろうが俺だって相手の実力を図る事はする。
 拳を交えずに相手の実力が図れているなら最初から全力で叩きつぶすだろうがな。

 軽い拳の応酬をGMは全て躱した。武器による防御すら行わない。
 加えて俺の一方的な小手調べをまるで、観察するに終始して一向に攻撃に入ってこない。
 拳を止めれば距離をあけられる。常に一定の距離離れて保ち、逃げまくりやがる。

 なんだこいつ?こいつは……こんな戦いをする奴だったか?

 攻撃に転じてこないGMの意図が読めず、俺もヘタに本気には成れない。とはいえ動きが思っていたよりすばしこい事は把握した、小手調べとはいえこの小手調べで終わってしまう相手もいる。
 少し速度を上げる。そういえば……俺はまだ、本気の本気で戦った事は無いかもしれない。
 気が付くと力をセーブしている所はある。自分が強すぎると悟ったからこそ、やり過ぎると簡単に相手を殺してしまう結果を無意識に避けていたのか?
 殺したいんじゃねぇし、殺したくない訳でもねぇ。理由については前に言った通りだ。

 少し戦略を変える必要があるな。
 自分の持ちうる最高速度で拳を叩きこんでみたがこれも空振りに終わった。ここまで反射速度が高いとは……聞いてねぇ。
 観客も観客で興奮通り越して口開けて戦いを眺めているのが見える。
 よそ見するヒマなど本来ないのだが、GMで攻撃を仕掛けてこないで距離を置きやがるんだ。俺は挑発かねて意識を他に飛ばすという事もこうやって、やってみているが……一向にGMは攻撃に転じる気配が無い。
 黙って俺の動作を見守っている。

「ちょろちょろと……逃げ周って俺の体力でも奪うって魂胆か?」
 そのように口に出して問いかけて見たがもちろん、答えは返ってこない。
 ついでに言うとそれは、無い。攻撃しっぱなしの俺も体力は消耗しているが、全ての攻撃を避けて逃げているGMだって相当に消耗は激しいはずだ。
 再び力をセーブして、まずは逃げ回る相手をとっ捕まえよう。大振りは避けてなるべく大きな範囲での攻撃を繰り出し、逃げ込めるスペースを削っていく。
 壁際に追い込もうとする俺の意図をGMだって気がついているはずだ。それなのに未だ攻撃に転じる気配が無い。もしかしてこのままブチ殺されるのが奴の望みだとでもいうのか……?
 俺の回し蹴りはエトオノ闘技場の壁を抉った、砕けたレンガの破片もろともGMに叩きつけてやる。
 初めてGMは右腕を上げて刃幅の広い闘剣を盾の替わりに構えた。そのまま、俺の蹴りに合わせて地から足を離す。奴は衝撃を流すつもりだ。
 壁ごと抉るに力を注ぎ過ぎ、蹴り自体にはさほど勢いもない事に俺は舌打ち。
 確かに蹴りは入ったが。GMは吹っ飛ばされる事によって衝撃をほとんど打ち消した上に、再び俺との距離を保ちやがった。

「お前、俺と戦う気あるのか?」

 攻撃が一撃、入った事には変わりない。ほとんどダメージを与えていない、という事まで観客は格闘素人だから気が付いていないのだろう。
 とにかく進展のあった事に喜び沸き立ち、俺のいらだった叫びはその中に描き消えた。
 GMまで届いているのか怪しい。
 俺は舌打ちし、観客の罵倒する声の渦を今更ながら意識する。
 やべぇ、集中力が欠けてきた。慌てて拳を固め、意識を鎮めてGMを見据える。
 相変わらず奴から俺に突っかかってくる気配はなく、吹っ飛ばされたの体制から立ち上がり、事もあろうかズボンについた足もとの細かい砂を払ってやがる。

 本気で殴ろう。

 相手の緊張を欠いた行為に一瞬で、俺はキレていた。
 十二分に開いた距離を詰める事なく俺は、その場で右拳を固めて両足を開く。ゆっくりと拳を引いて息を吸い、腹から吐き出すとともに思いっきりその場の地面に叩きつけた。
 正確にはまっすぐ地面ではない、微妙な角度でGMの方向へ叩きつけている。
 血にまみれた地面を隠す為に新しくまかれた砂が波打ち、一瞬で吹きとんだ。見えない衝撃波を叩きつけたのだが細かい砂がその勢いを伝えてしまっている。
 構うもんか、この距離からこいつを見舞えばGMは避けようがない。
 しっかりくらいやがれ!
 武器はナックル程度という俺は、圧倒的にリーチが短いと思われているだろうが実は、そうでもないのだ。
 俺はこの怪物じみた肉体から、圧倒的な攻撃力を繰り出す事が出来る。それは空気をも引き裂きねじ伏せる。空中に満ちる空気を叩き、揺らし、その衝撃を相手に叩き込む事が出来るのだ。
 この振動を伝える物質は重ければ重い程に強くなる。
 空気を叩くよりは、固い地面から衝撃を伝えた方がより強力だ。振動は伝わる時に拡散するから近距離である事が好ましい。しかし遠距離であればより広い範囲に衝撃を叩きこむ事が出来る。

 ここでも余談を挟んでおく。俺は空気や地面や水などを直接叩くが、ランドールはこの特性にもうひと手間かかってやがるので、俺の一撃より強烈になるのだ。ようするに武器を握っている、って事だな。
 衝撃の中心部に事もあろうか真空を生み出す。だから全てのものをすっぱり切り捨てやがるのだ。そのかわりに振動を伝える物質や方法が限られる。直接武器や防具、時にそれだけを破壊するなどの芸当をするなら俺の様に拳一つってのが重要だ。
 あと、多分ランドールは俺みたいに手加減は出来んだろう。基本的にノーコントロールのように思える。だから爆裂勇者とか言われてんだろ、あれ。

 俺も、闘技場経験がなけりゃノーコンだったかもしれないな。
 ここで人と直接相対する様になったからこそ、細かいコントロールが出来るようになった。

 ……そう、実はこの段階では俺、この衝撃派を叩きこむ攻撃に手加減が出来ないのだ。
 出来ないからこそヘタに出さないようにしていた。
 使いどころ間違うと即刻相手を潰し殺してしまう。

 ルルの殺すなという命令を意識していた訳でもないし、忘れても居ない。殺しちまえと思っていたわけでもない。
 GMは俺と同じ怪物だ。同じ、という意識があるからこそ……俺はあいつに近付きたかった。
 どういう風に怪物なのか知りたかったし、出来れば同じ怪物として同じところに立っていたかった。
 きっと同類を探していたんだ。そうじゃないと否定はできない。

 砂を掻き湧けて吹きつけただろう衝撃に、GMは守りを固めて地面を蹴った。
 優秀だ、衝撃が下から吹きつけられる事を察し地面を逃げた。空中に逃げても完全に逃げる事は出来ないけどな。人間が跳べる高さなんてたかが知れている。
 空中を伝わる余波に巻き込まれ、GMは再び壁に叩きつけられる。
 再び観客がどよめき、渦となって俺に降り注いできた。
 ざまぁみろ、これで奴もちったぁ頭に血が昇った事だろう。

 俺はあえて攻撃の手を緩め、GMが立ちあがるのを待ってやった。
 さんざん奴に逃げまくられた仕返しだ。来いよ、そんな事で沈むほどてめぇはヤワじゃねぇだろ?
 指先でさっさと中央に戻ってこいよと示してやると、背中を丸めて少しうずくまっていた所起き上がって……武器を両手に握り、引きずって中央へ戻ってくる。
 相変わらず長い前髪に顔が隠れているおかげで奴が、どんな表情をしているのかは分からない。
「ちったぁ効いたか?」
「……ああ」
 GMは素直に驚いた事を認めて小さくうなずいたようだ。長い前髪が揺れている。
「用心して正解だった。あんた、やっと俺に本気を出したんだろう?」
 俺が本気で戦っていない事、それに……奴も気が付いていた?
 まさか、だからさんざん逃げ回っていたという事なのだろうか?
 だったら悪い事をした。
 俺は好戦的に笑い構え直して跳ぶ。
 懐に入り込み、今度こそ本気で、相手を殴り殺す勢いで行く事を心の中で誓う。きっと今度こそ奴は俺の勢いに応え武器を構えてくれるだろう。
 再び渾身の一撃を見舞う。振りかざされる剣さえ粉々に吹っ飛ばす程の攻撃力を乗せた。そうだ、相手の武器を奪っちまえばいい。きっと相手も俺の武器である拳を狙ってくるだろう。

 鋼の武器などたやすくへし折ってやる。

 交差するはずの攻撃、しかし……またしても俺の拳は空を切る。

 緩やかな螺旋の衝撃をまとった一撃はGMの残像を突き破る、この一撃が完全に避けられたという事に俺は……驚いていた。
 どのように避けるというのだ。
 踏み込みの速度や攻撃の出の速さ、全てにおいて常人に躱されるような代物ではないはずだというのに。
 真上から降り注ぐ光が僅かにかげる。見えないが、おそらく奴は俺の頭上を越えたという事が理性を超えたところで把握できる。
 拳を空振りして慌てて足を踏みとどまり振り返った。
 GMは俺に背を向けて地面に着地した所だ。

 ……いつ跳んだ?

 その問いをぶつける間もなく踏みとどまった足を軸にして拳を返す。
 俺を見ていない、奴のガラ空きの背中に向けて気がつけば遠慮なく拳を叩きこんでいた。
 手加減なんぞしている意識的余裕がすでに無い。本気で追いかけなければまた逃げられる。そういう意識に支配された俺は、相手に入れば間違いなく殴り殺しているだろう一撃を叩きこんでいた。
 最初の一撃よりは強くはないが、柔らかい肉など容易くぶち破るし細い骨の数本など軽くへし折ったはずの一撃。
 今度は目視出来る。
 GMは俺を一切見ずにその場でくるりと身をひるがえしてまたしても攻撃を避けた。

 ……ッ!こいつは……!
 避けるだけ、逃げるだけしか能がないのか!?

 その時そのように罵倒してやりたかったがまさか、本当にそれしか能がない奴だとは。
 俺もその時は思わなかったぜ。後でそうだと知るわけだけど。

 完全に頭に血の上った俺はそのふざけた怪物の仕様に呆れ、失望し、逃げ回るだけで何が出来ると軽蔑して何が何でもぶっつぶしてやると吠えていた。
 先に散々言ったよな。
 俺は、逃げるって行為が大嫌いなんだ。
 その大嫌いな事をやらかして失意中の俺に、逃げるってのは禁忌に近い。
 こんな逃げ腰野郎に舐められてたまるか。

 交差して、距離をあけるステップの合間にGMが俺に言った言葉に顔が思わず歪んでいただろう。

「大振りだな、そんな大雑把な攻撃じゃ俺には当たらないぜ」

 長い前髪を揺らし再び距離を置くGMの口元が笑っていやがる。もう、これで俺、完全にキレたのな。

 冷静さを欠いたらどうなるのか、分かってる。
 挑発のままに攻撃を繰り返しては相手のペースにハマって……いつしか足を掬われるんだ。
 最初の俺みたいに、積極的な挑発を始めたGMに、乗せられるがまま拳を叩きこんでは空振りする。
 大振りじゃ当たらないぜと笑われ、小出しに追い込もうとも奴はその頃には遠くに逃げている。
 距離を詰めるために必死に追いかけるに俺はすっかり振り回され、事もあろうか息を切らすハメになってしまった。
 しまったと思った時にはもう遅いんだよな。
 今まで一切攻撃に転じてこなかったGMは俺が見せた致命的な隙にするりと滑り込み、盾として構えていたグラディウスの柄を思いっきり鳩尾に入れてきやがった。
 切っ先を突くよりもこっちの方が力が入るのだと、それをこの身で知る羽目になった。
 とっさに身を固くしたが一点突破で確実に急所を突かれて自然と体がくの字に曲がる。更に右の一撃から流れるように鋭い切っ先が迫って来て俺の首を攫おうとする。
 痙攣する胃にかまわずとっさに身をひるがえせば、意識が吹っ飛ぶ程の痛みを覚えて足から力が抜けていた。
 鳩尾への一撃が強烈過ぎたのだ、そのダメージを顧みず無理な動きをしようとして体が拒否しやがった。
 くそ……もしかして俺、今までこんな一撃食らった事ねぇから……更にもましてどうすればいいのか分からないんじゃねぇの?
 こんなことなら一度、徹底的に撃ち負ける経験も積んでおくんだったぜ……!
 切っ先は躱したが気がついた時には尻をついている。起き上がろうとするが足に、腰に力が入らねぇ。
 視界が回る。
 そう思った時にはGMの回し蹴りに顎を持っていかれていた。
 その勢いと痛みと衝撃に、足腰に蓄積したダメージが吹っ飛び、俺はなんとか立ちあがっている。
 闘士としての本能で戦う姿勢を保ったのかもしれない。
 ところが視界がホワイトアウトしていてGMを全く認識出来ない。顎下の弱点に一撃貰ってしまって意識が吹き飛んでいる。
「しぶといな」
 腹に強烈な一撃を貰い、吹っ飛ばされた揚句叩きつけられた衝撃を感じる。
 再び蹴られた、しかも正面から……!

 今度こそ立ち上がれず、内臓に受けたダメージから血を含んだ泡を吹き出して俺は突き当たった壁で首を折る。
 これは、もしかしなくても……敗北だ。
 状況によってはまだ戦えるんだが……目の前にいる敵が健在だ。

 殺される。

 油断はしていない。GMを舐めたわけじゃねぇんだ。俺は……本気で戦った。本気で挑んだのに負けたのか。それほど奴が強かった?あの、逃げまくる奴が俺より強い?
 違う、そんなはずがない。
 奴は勝つために、俺を負かす為に正々堂々という手法を投げ、卑怯と笑われるもかまわない方法を選んだ。
 そんな奴の戦法に俺は……負けたのか。
 それが奴が『怪物』と呼ばれる所以なのだろうか。

 ようやく視界に色が戻って来て、俺はゆっくり慎重に近づいてくるGMを見やった。
 最後まで俺が、牙をむいて反撃に転ずる可能性に用心してやがるんだ。

 なんて……チキン野郎。

 そのように思った訳だが俺の気持ちはそれほど悪くなかった。
 チキン野郎に負けた、という事に腹を立てていたはずなんだが負けは負け。
 ……そんな奴に負けたのは俺の修行不足だろう。挑発にハマって冷静さを欠いたのが悪かった。
 圧倒的な経験不足……俺は、今だ井の中の蛙で世界を知らずにいた。そうだという事を奴は教えてくれたんだ。そう思えば……この戦いは悪いものには思えない。こういう戦い方ある。時に卑怯と思える戦法でも、卑怯と思うなら負けちゃいけねぇよな。

 期待はずれじゃねぇ、最終的には俺をここまで追い込んだんだ。
 流石だ、怪物の名前を持つだけある。

 GMは手に持つ剣の切っ先が届く距離で足を止めたようだ。相変わらず長い前髪が邪魔で奴がどんな顔をしているのかは分からない。

 俺は薄く笑い、奴は今度はどういう手段で俺の命を刈り取るのか。
 遠くで繰り返される『殺せ』コールの波を聞いている。
  ……いい戦いだった、悔しかったけど不思議と遺恨が無い。
 怪物から殺されるならそれでもいいかもしれない。俺よりすげぇ怪物がいやがった。もしかすると俺は、全然怪物には程遠いのかもしれない。
 怪物と戦う事で怪物じゃないって事を証明されるのか、俺は……怪物になりたかったんじゃない。
 許されるならただの人に生まれたかった。
 それって……逃げてる考え方だろうか?

 ところが……GMは敗北した俺に握手を求めやがった。

 見間違えかと思ったが間違いない。
 奴の右手には剣は無く、力無くこちらに半開きで差し出されている。

 ……握手、だよな。

 全身を支配しはじめた痛みに閉じかけていた目を開け、上手く考える事が出来なくて俺は促されるまま右手を差し出していたんだ。

 流石は怪物。

 会場に吹き荒れる殺せコールも何のその。

 影になってよく見えなかったけど間違いなく奴は……ほほ笑んだと思う。

 いい戦いだったと笑う、その生き方こそ怪物と呼ばれる所以なのだろうと……俺は。
 隣の闘技場の怪物にますます興味を持ってしまった。
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