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完結後推奨 番外編 西負の逃亡と密約
◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -7-』
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◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -7-』
※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※
初敗北の俺に、ルルは面白そうに笑っていたと思う。
奴の死にたかったのかいという問いに、俺は必死に否定するしかなかった。
「ねぇ、彼は良い供物になると思わないかい?」
その言い方はよせ。後にシャレんなんなくなるんだから。
しかし当時、同意を求められても俺は頷くも否定するも出来なかったはずだ。
答えに迷う俺を、やっぱりルルは面白そうに笑いやがっていた。きっと俺の心中見透かしてやがったんだろう。
反抗意識を抱いている事をきっと奴は察している……そのように思う。
何しろ俺、はっきりとは言ってこなかったが態度的にはそういうの、隠すつもりなかったしな。
ルルはあいつも……エトオノの怪物、GMも自分の手駒にしようとしていやがるが、そうはさせるか。俺は密かに胸の中でそう誓っていた。
あいつは……俺が自由にしてやる。
自由にったって、思いついた方法はそんなにひねりのある事じゃねぇ。リベンジ誓って奴と再び戦って、奴を徹底的にぶちのめしてルルの眼鏡に叶って居ない事にして奴の視界から消せばいい。そんな具合だ。
俺が奴に向けて密かに願っていた『自由』ってのはその程度の事で……。
いや、この話を俺が繰り返す必要はねぇだろう。
興味あるならアベルんトコの番外編でも読むんだな。
とにかくルルの手の上で奴が、踊る必要に迫られるような事は阻止してやる。
……必要なら俺がとどめを刺してしまってもいいだろうな。
俺がこの時胸に抱いていたのはGMへの同情よりも、ルルへの反感の方が圧倒的だった。
GMは俺が望まなくても『好敵手』だ。俺達を取り巻く環境がそう因縁をつけるだろう。
ライバルか……そういう関係を俺が望むならGMとはずっと、犬猿の仲で通せばよかったのかもしれない。世間的に言われる『好敵手』としてふるまえばよかったのかもしれないが……。
実際には『そうはならなかった』のは、ご存知の通りだ。
俺とGMはその後、3回目の因縁の対戦をするまでに、はすこぶる仲良しになってしまうのだ。
どんくらいかっていうと、肩組んで毎晩酒飲み交わすくらいな。ライバル闘技場闘士とか、そういうのお互い歯牙にも掛けない者同士で、意気投合してしまうんである。
決して俺はルルに命令されたからGMと仲良くなったんじゃねぇ。
存在が気になるから自主的に近づいてみれば、意外とアホな奴だったりして。
おいおいこんな奴に俺は執着してんのかよと自分を呆れ……蓋を開ければ奴は俺にそっくりで。
そのそっくりってのが結構気に入らなかったりもして。
それでも似た者同士、奴とは愉快に酒が飲めそうだと思ってしまった。
そうやって俺から、近づいたんだよな。
決して奴から俺の方に寄って来てくれたんじゃねぇ。
これからその、経緯って奴を語ってやるよ。
*** *** *** ***
ルルは笑って俺の本来なら『ありえない』敗北を受け入れたが、クルエセルとしては笑って済ませられる問題じゃない様だ。
俺はルーキー潰しの戦いにこっそり忍び込まされた『十本指』。
その十本指とやらの、成り立てほやほやのルーキーな俺。先に言った通りクルエセル十指っつーのは上位選手を上から数えたもので、こいつらはクルエセル闘技場の中で特別な扱いを受けている。
成り立てとはいえ早速敗北ってのは、黙って見過ごせる問題じゃないらしい。
よくわかんえぇな。
わかんねぇがアレか?もしかして、体面とか、自尊心とかいうもんでも気にしてんのかね?
負けたのは俺だ。お前らクルエセル経営陣じゃねぇ。
何か勘違いしてねぇかこいつら……?
とにかくなんかこう、不名誉な傷をよくもつけてくれたなと因縁つけられちまって、挙句剣闘士らからも少し不遇の扱いを受けるハメになった。
構うか、それでも俺の背後にルル・クルエセルがいるのは変わらないしそれにビクついてる態度は変わらずだ。
大体俺は群れたい訳じゃないからむしろ、都合がいい。
それでもまだ俺のコバンザメをやる連中が完全にいなくなるわけではないらしく、あのコバルトは相変わらず俺の周りをうろちょろしていた。
それはともかく、専属剣闘士でありながら当てつけのような対戦枠がずいぶんと組まれ、あわよくば俺をぶっつぶしてしまおうっていう魂胆見え見えな試合がしばらく続く事になった。
これが、ぶっちゃけありがたかったりしてなー。
専属は隷属に比べたら試合数が絶対的に少ないのが困ったな、と感じていた矢先これだ。
ほら、俺って強いには強いけど経験が少なすぎるだろ?GMとの試合はあれ、完全に経験値の差で負けたんだと思ったからな。
俺にとっては棚から餅が降ってきたようなもんだぜ。
クルエセルに属してから専属隷属関係なく、闘士には体調管理などを担当する奴が付くんだが、そいつから指導されて鍛練はしている。けどやっぱそれだけじゃぁな。実戦に勝る鍛練は無いぜ。
もっとも、実戦を重ねていてはいずれ致命的な傷を受けて再起不能になったり、ヘタすりゃ命すら落とす可能性もあるわけだけど……俺は肉体的に有能であるという都合に対し、圧倒的に経験が不足している。
GMと戦い、奴に敗北してそれが良く分かった。
ありがたいぜ、あいつがそれを早めに俺に教えてくれた。敗北は今でも思い出す度に苦く胸を抉るがいつまでもそいつに蹴躓いている訳にはいかねぇ。今度こそ負けねぇ。ぜってーぶっつぶしてやる。
……今度がある、ってのは分かってたんだな。
俺が望むも望まないも関係ねぇ、クルエセル闘技場経営陣側が明らかに俺にリベンジを目論んでやがるんだ。奴らの言動でそれが分かる。
いつか必ず奴との対戦カードが俺に廻って来るだろう。クルエセル運営陣がきっとそうする。
生かされた恥を胸に刻め、そして奴を次こそ潰せ。
潰せ、ってのにはぶっ殺せ、って意味が含まれているよな。
でも俺はそうするつもりはない。
鼻息荒い経営陣を俺は、専属闘士という立場を存分に主張するように鼻で笑った。
そのように、俺を敗北後も立ててくれる連中もいる。
俺をGM潰しの鉄砲玉に仕立てようとしている連中は、俺そのものをツブそうとする連中よりはまだ『優しい』よな。一応は俺の能力買ってくれてる訳だから、実際ムカつくけど味方が居ない訳ではないというのは困った話じゃぁねぇ。それともそいつらは俺の背後のルルへ諂ってるだけか?
経営陣の中でも、どうやらいくつかの派閥に分かれているらしいな。
次の対戦で必ずGMを殺せと言ってくる奴らもいれば、内密に専属という取扱いの難しい俺をツブしていまおうって考えている奴らもいる。
そんなこんなで対戦が増えて、俺はそこで再び不敗神話を築き……十本指として数えられて当然、みたいな風潮を盛り返した頃、だな。
……二回目となるGMとの対戦カードが巡ってきたのだった。
何年ごしになるのかはよく覚えてないが2、3年ぶりじゃねぇかな。
その間GMを見たのは闘技場内で戦っている姿だけだ。
探してみたが下町に出て遊んでる気配はなかったし、奴は隷属でその上エトオノ内部でも間違いなく『問題児』らしく、やたらめったら対戦スケジュールが多い。
たぶん長い休暇をあんま貰ってねぇんじゃねぇかな?
俺はいつか絶対やりかえすと思っているわけだが、その前にGMが誰かからぶっつぶされちまったらこの願いは永久に叶わない。
唯一俺に土をつけた男だ。……ちなみにその後俺は全勝無敗だぞ、当然だがな!
ルルから命令されているとかいないとか、そんなん関係なく奴の存在は気になる。
時間があれば奴の儀式は見るようにしていた俺だ。
ちなみにここでは闘技対戦の公式戦の事を『儀式』とも言うんだな。本来闘技場は戦いの神イシュタルトに捧げるものだったそうだし、ある程度決まったルールがあってその中で儀式めいた段取りが確かにある。
ルルなんか特に儀式って言葉を使ってやがる。
GMの戦歴は勝率8割ってトコだ。つまり、2割負けてる。
8割っていうとすごい数値に見えるだろうがよく思い出してくれ。剣闘士は負けると7割の確率で命を落とすって数値があるって事を。
負けたら死ぬ場合が多いのだから、多くの剣闘士の勝率は8割以上だろう。全勝してるのだってそんな珍しい数値じゃねぇんだよ……実はな。
そんなんでよく首の皮繋がってんなと首をかしげそうになるが、この辺りよく調べてみるとへんてこな傾向が見えてくる。
問題は対戦回数における比率だ。このデータが加わると一瞬にしてGMの成績は化ける。
思いの外負けてるのだ。それなのに、なんであいつは生きているんだ?
不思議に思って奴を負かした対戦の相手を絞ってみると変な事になる。
……GMが戦って負けた相手は、GMと同列か格下との対戦が多い。稀に格上と戦って負けてる時もあるが……これ、絶対殺されているだろって相手からも生き残っている。
謎だ、さっぱり分からない。
格下からは負けやすいっていうのはどういう事なんだ?手を抜いているという意味か?
おかげさまでGMの絡む対戦における賭博倍率はいつも変動を起こし、ギャンブル性を高めていてどんな対戦になっても大人気なんだそうだ。
おかげでこの所、お隣のエトオノ闘技場はずいぶん儲かっているらしいとも聞いている。
エズ公式闘技場の頂点を争っているクルエセル、この噂が面白くないらしい。
当然俺との二回目の対戦は一種お祭り騒ぎ、因縁の対決ってんで大々的に広告までしてくださって……主にお隣さんが、だが。
超満員のクルエセル闘技場で行われるリベンジで、俺は久しぶりに触れる事が出来る距離にGMを見た。
聞きたい事がたくさんある。機会があれるなら奴に話したい事がたくさんあった。
しかしこれから殺し合う舞台の上ではそれもかなわない。
俺はGMにこだわり続けているが、きっとGMは俺の事なんか忘れてんだろ。
勝者ってのは大抵そんなもんだ。ぶっちゃけ俺もぶち負かした相手の事なんていちいち覚えてねぇし。
数年前と同じくお互いの武器を軽く交わす。
「久しぶりだな」
「……ああ、前回は……悪かった」
相変わらず長い前髪に隠れた顔が少し傾ぎ……今なんつった?
「何が?悪かったって?」
「前回エラく怒らせたよな、と思って」
……俺との対戦を覚えているのか、コイツ?
いや、まぁ覚えている事もあるのかもしれない。
専属の俺よりはるかに数をこなす隷属剣闘士のGM、3桁届くほどの儀式の中で敗北に追い込んだ俺の事を覚えている……か。
きっと忘れてんだろうな、と思っていたからちょっと嬉しかったというのは認めよう。
ついで、そこまで印象を残せたって事に気分が良くなった。
そういう感情がどうにも表情に出てしまったみてぇだな。それを見てGMは少し呆れたため息を漏らしやがる。そんでネタばらししてくれやがった。
「あのな、剣闘士の中で拳一つにこだわるような奴は他には居ないんだよ」
「……あー……」
そう言われてみればそうだった。
なるほど、武器を一切使わない俺って、覚えやすかったんだな。
俺にとって拳一つはごく当たり前の事で、天地がひっくり返っても武器を使わない剣闘士……いや、拳闘士ってのはよっぽど珍獣的存在な訳か。
俺はにやりと笑って差し出していた拳を強く握り直す。
「悪いが、今回は俺が勝たせてもらうぜ」
その言葉にGMは何も言わなかった。
言わなかったが……少しだけ、舞台に上がってくる前に纏っていた雰囲気脱ぎ棄てて僅かに見える口元が微笑んだのが見て取れる。
今、笑うとこか?
奴は何に笑っているんだよ。自分が負けるはずがないと俺を笑った……ような気配はない。
じゃぁ何に微笑んでんだよ奴は。
人が良く言うように、俺も……奴が何を考えているのかよくわからんな。
「お手柔らかに」
歓声でかき消されたが奴は恐らくそのように言った。
隠されている顔の中、唯一判別できる口元がきっとそのように囁いていたと思う。
GMは初戦装備とは違う武器を携えていた。何だったと思う?
奴は俺との対戦で短剣を選んだ。捕まれば武器を破壊される、ってのは分かっていたんだろう。恐らく俺が対戦者の武器や防具を積極的に壊す戦術を繰り広げる事を、今回は事前に知っていたんだろう。
今回こそ、な。
後に気付いた事だが、もしかすると俺との初戦、GMは俺がどんな闘士なのかという情報を一切与えられていなかったのではないだろうか?そう考えるといろいろつじつまが合う。
ただし、どうしてGMがそういう酷い冷遇を受けているのか、というのが良く分からん。
負けたら損失だろうにGMが不利になるようなことしてどうするんだよ?エトオノ経営陣の考えている事もよくわからんな。
とにかく、今回はGMも俺をちゃんと意識して事前に対策は練ってきたわけだ。
生半端な武器じゃ即効ダメになると知って奴は前回同様、攻撃は基本的に避ける事にして俺と同じくリーチを捨て、接近戦を持ちかけてきやがったのだ。
バカにされてんのかと思ったがそう云うわけではなさそうだ。
武器が大きくなればそれだけ的も大きくなる。GMは俺みたいに拳一つにさほど自信があるわけではないのだろうし、肉体オンリー戦のスペシャリストに向けて取っ組み合いを所望するほどの馬鹿ではないだろう。
武器を壊されるのが致命的、と奴は判断したのだ。
だから、おいそれと武器を壊されない、あるいは壊されても替えが利くように数本のナイフを鎧替わりに装備して舞台に現れたって訳だな。
前回逃げ回って俺を怒らせたのを覚えていて、悪かったと言ってくるのだから今回は、前回のような逃げ一方の戦術は取ってこなかったぜ。
俺は今回もそうなるのかと思って色々対策練ってたんだがなぁ。
数本ナイフをへし折りながら俺は、積極的に攻撃をしてくるGMを懐に誘い込み、寝技からプロレス技で地面に叩き伏せてやった。そこまで持ち込むまで結構時間がかかったし、その間決して浅くはない傷をいくつか貰っちまったりしている。一方的に俺が叩きのめせた試合ではない。
ああ、やっぱこいつ強いわ。
戦いに対してものっそい柔軟性がある、あの驚異の避け能力もさる事ながら、ナイフ一辺倒かと思えば蹴りも混ぜるし必要であれば頭突きもいとわない。
掴まれるリスクを背負いながらも体当たりという戦略も混ぜてくる。左右どちらからも正確に強烈にナイフを投げてくるしな。おかげで一本俺の左腕に突き刺さったままだ。
こいつが地味に邪魔でな、刃は抜かないように柄はへし折ったが、結構俺の行動を制限してくれやがったぜ。
ようやく胸倉捕まえて引きよせて、関節キめてからアクロバティックに地面に叩きつければ、怪物とはいえうめき声は漏らすよな。
ついでに左腕へし折ってやったのに悲鳴を上げなかったのは褒めてやらぁ。
二の腕から機能しなくなった左腕に、苦労しながらもGMは起き上がる。……観念してねぇ。
これで勝負ありだろうと俺はいったん距離をとったのだが……奴の闘志はまだ折た気配が無い。
まだ戦える、お前を倒す……みたいな意志の強さって奴か?
……こっちの世界ではアッチの世界でバーチャルだと思われがちな『殺気』って奴がものすごいはっきりと感じられるんだ。殺気や闘志の気迫ってのは、ぶっちゃけある。
『俺』テルイ-タテマツはリアルで格闘技をやっているわけだが、だからこそ、そういうのが闘おうとする者から発せられているのが良く分かるぜ。
とはいえ、ここまではっきりそれがそうだという認識が出来るわけじゃない。
こっちと呼ぶ『トビラ』の世界じゃこの気配、わりとはっきり『見える』な。
実際目で見ているという感覚ではない。目を閉じていてもそいつは感じられる……そう、感じているというのが正しいのか。
その戦おうという気配、左腕を折られ地面に叩きつけられ、口から血反吐を吐きだしたGMから、今もはっきりと吹きつけられているのが分かる。
普通ここまでダメージ貰って立ち上がるか?
すでに観客どもは殺せコールを始めている。俺の勝利を確信しているんだ。
俺もすでに勝ったと思ったが……この気迫を前にするともしかして、まだ奴の逆転はあるのだろうかと身構えちまう。
それほどにすさまじい……これは、こいつがGMを『怪物』って評価にしているのかもしれない。
違和感があった……普通ではない何か、得体の知れない感覚だ。
多くはこのGMの発する気配を恐れるんだ。
これが最終的にここまで追い込んでおいて、とどめを刺せなかったりする原因だなと、俺は悟ったね。
だから奴は2割負けている割に殺されずに生き残っていたりするんだろう。
止めを差し切らないでいると、最後のこの気力でヘタに近づけなくなって舞台が引きになっちまるのだろう。
だがこいつは、GMが俺へ向けているのは俺への戦意ではなく……。
奴が奴自身に向けている……生への執着だ。
長い前髪に隠れて見えない顔、今それが戦いの果て汗でべとついた肌に密着しわずかにめくれていた。
普段隠されている分、素顔見せられるとそれだけで気押されそうになる。
なんて顔してんだ。
こいつは何時もこんな顔をして、この顔を隠して戦っているのか?
ややうつむき加減の顔から少しだけ除く顔は特に目立った特徴があるわけじゃない。思っていた通り、歳に見合わずやや童顔に思える……一般的な東方人の顔つきだった。
ちょっと顔全体が細長くてやや顎が張ってる。別段美形とか醜男というわけでもないごく普通。しかしそいつが俺に向ける視線がとんでもない。
暗い。
髪が邪魔して一切光を宿していない暗い瞳が俺を睨んでいる。
ついでに遅れて気が付く。こいつ、顔に表情が無い。その暗い瞳にだけ憎悪をこめて、俺に叩きつけている。笑ってもいないし怒ってもいない。苦しそうでもない、楽しそうでもない。
目が暗い理由が分かった。
東方人の特徴の一つに目の色が茶色ってのがある。東方人、イシターと呼ばれる連中には決して西方人、ウェシタラーのように金髪に碧眼は現れないし南国人、サウターのように真っ黒い目と髪を持つ事はない。
東方人は亜麻色に近い髪を持つ者や、黒に限りなく近い色彩を持つ事はあっても完全にそれになる事はないそうだ。だから、東方人の目の色は割と明るい。黒よりは明らかに黄色っぽい奴が多い。
しかし奴の目の色は頭髪に伴う様な明るい少し赤茶けた色じゃない。
奴の目の色は茶色じゃない……何色だ?なんだ?あの暗い色は……?
勝負をあきらめていないGMの瞳の中をまっすぐに見つめていた俺だったが、ふっとGMが慌てたように右手で張り付いていた前髪を下ろしてしまった。
……俺が目を覗きこんでいるの察したな。今まで顔晒してないから俺は、奴の顔のどこを睨みつければいいのか特に視点が定まってなかった。
今、目印になる瞳を見つけてそいつを覗きこんでいるの、奴は察したんだ。
「……見られたくないのか」
見られたくない理由でようやく察する。
そうか、奴の目の色は『緑』か。
緑目の東方人……。
そりゃ東方人じゃなくて……なんかの魔種との混血じゃねぇのか?もっともそういうの、珍しくもなんともない世の中だ。目の色だけ赤とか青とかいう連中は結構いるぞ。体毛に奇抜な色は出にくいがその分、目の色は結構多彩だ。
変な奴だぜ。怪物扱いされてそれに甘んじている癖に。
魔種混血を見抜かれるのがそんなに嫌か?むしろ魔種混血ってのは『強者』の証だろう。東方から遠東方、および南方では文化的にそうだって聞いてるけどな。……ちなみに俺の祖国ではそういう考えは文化的に否定されがちだ。
俺の故郷じゃ『純血』が最強って……信仰……だろう、そういうのに支配されている。
だから俺は混血じゃなくて純血っていう肩書を持っている。実際、全然ピュアじゃねーのに。
息を整え、GMは……戦いを諦めず俺に向かってきた。
その気迫に多くは気圧されて、ここで逆転を許しちまう奴も少なくないんだろう。それほどに勢いがあった。観客一同息を呑んだくらいだぜ。
けど俺は冷静だった、初戦あんだけ取り乱した反省を踏まえ常に冷静を心がけた結果って奴だな。
あっさり返り討ちにし、地面に叩き伏せて……ついでに右足をへし折ってこれで終わりって事にしてやったよ。
足折られたら立てないだろ?流石のお前でもな。
さて、因縁の2回目の対戦ではしっかりGMをやっつけてやったぞ。
もちろん殺してない、片足片腕ぽっきりイった所為で起き上がれない奴の右手を、強引に握る。わざと笑いながら、いい試合だったなと言ってやったぜ。
ざまーみろ!
すると敗者の命を俺が取らなかった事に怒った、あるいは興奮に狂った観客達が一斉に騒ぎ始めた。舞台からは無遠慮にモノが飛んでくる。
俺はようやくナイフの突き刺さったままの左腕をかばいながら、ガラス瓶やら石版やら(座席を壊すな、座席を)何やらを器用に避けて舞台そでに戻った。
いい試合だった。
それは、嘘じゃない。
暗がりから明るい舞台を振り返る。
GMはまだそこで起き上がれずにいて、ようやく向こう側から救護班が出てくるところだ。
あ、救護で出て来た一人が被ってるヘルメットに酒瓶がヒットしてぶっ倒れた。
舞台に物を投げないでください、という冷静なアナウンスが幽かに聞こえる。
ルルがお冠だろうなぁ、と俺は苦笑い。こういう観客の不作法、奴は大嫌いなのだ。
新聖なる舞台を汚されて、そりゃーもうプッツンしているだろう。
これで、きっと奴も俺が同類であるのに気が付く。
担架に乗せられていく怪物を見送って……俺はいつしかそう願っている。
俺が奴と同じフツーじゃない、怪物であるのにきっと……気が付いてくれる。
どっかりと控えの椅子に座り込む頃、儀式の結果に不満を述べに役員達が飛び込んできた。
なんで奴に止めを刺さない!なぜ殺さない!
とかなんとか喚いてるか?
……知るか、雑音だ。俺は目を閉じ奴らの言葉を徹底的に無視する。
舞台から片方が下りれば儀式はもう終わりだ。GMは生かされる。
たとえGMが動けない舞台上、殺せと叫んでも誰も殺せない。奴の望みを聞き入れてやることが出来るのは同じ舞台に上がっていた対戦者である俺だけなのだ。そういう『決まり』なんだからな!
その俺が舞台から降りてしまった以上、儀式はそこで終わりだ。
GMは、儀式の結果に従い、生きなければいけない。
わざわざ舞台袖にまで乗り込んでくる役員はそうそういないぞ、おかげでクルエセル側控えは騒然となっている。次の試合や、すでに終わった試合で控えていた闘士達が驚いて壁際に避難する中、ついに怒鳴り込んできた役員は俺の胸倉を掴みやがった。
「おい、聞いているのかテリー!」
「わかんねぇのか、聞いてねぇよ」
それより俺ぁ怪我してんだがな。救護班はどうした。
「なぜ殺さなかったか聞いているんだ、聞け!」
「ああ、分かった。いま聞いた。だから何だ?」
「何故だ?」
老人にでも話しかけるように耳元で、ご丁寧にも一言ひとこと区切って怒鳴られて俺も頭に来たぜ。
「仕返しだよ!」
同じように怒鳴り返してやる。
「仕返し、だとっ……!?」
不満げに顔を歪め、そういやこいつルル反対派って奴だったな。椅子に腰かけている俺を見下して鼻で笑う。
「飼い主からそうするように命じられていたか、何かではないのか?」
俺は立ち上がり、見降ろしてきた奴を見下してやった。
「俺は飼い犬じゃねぇ、専属剣闘士だって事……忘れんじゃねぇよ」
気に食わないが専属って立場は結構使えるな。ルルの奴、周到すぎるぜ。
※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※
初敗北の俺に、ルルは面白そうに笑っていたと思う。
奴の死にたかったのかいという問いに、俺は必死に否定するしかなかった。
「ねぇ、彼は良い供物になると思わないかい?」
その言い方はよせ。後にシャレんなんなくなるんだから。
しかし当時、同意を求められても俺は頷くも否定するも出来なかったはずだ。
答えに迷う俺を、やっぱりルルは面白そうに笑いやがっていた。きっと俺の心中見透かしてやがったんだろう。
反抗意識を抱いている事をきっと奴は察している……そのように思う。
何しろ俺、はっきりとは言ってこなかったが態度的にはそういうの、隠すつもりなかったしな。
ルルはあいつも……エトオノの怪物、GMも自分の手駒にしようとしていやがるが、そうはさせるか。俺は密かに胸の中でそう誓っていた。
あいつは……俺が自由にしてやる。
自由にったって、思いついた方法はそんなにひねりのある事じゃねぇ。リベンジ誓って奴と再び戦って、奴を徹底的にぶちのめしてルルの眼鏡に叶って居ない事にして奴の視界から消せばいい。そんな具合だ。
俺が奴に向けて密かに願っていた『自由』ってのはその程度の事で……。
いや、この話を俺が繰り返す必要はねぇだろう。
興味あるならアベルんトコの番外編でも読むんだな。
とにかくルルの手の上で奴が、踊る必要に迫られるような事は阻止してやる。
……必要なら俺がとどめを刺してしまってもいいだろうな。
俺がこの時胸に抱いていたのはGMへの同情よりも、ルルへの反感の方が圧倒的だった。
GMは俺が望まなくても『好敵手』だ。俺達を取り巻く環境がそう因縁をつけるだろう。
ライバルか……そういう関係を俺が望むならGMとはずっと、犬猿の仲で通せばよかったのかもしれない。世間的に言われる『好敵手』としてふるまえばよかったのかもしれないが……。
実際には『そうはならなかった』のは、ご存知の通りだ。
俺とGMはその後、3回目の因縁の対戦をするまでに、はすこぶる仲良しになってしまうのだ。
どんくらいかっていうと、肩組んで毎晩酒飲み交わすくらいな。ライバル闘技場闘士とか、そういうのお互い歯牙にも掛けない者同士で、意気投合してしまうんである。
決して俺はルルに命令されたからGMと仲良くなったんじゃねぇ。
存在が気になるから自主的に近づいてみれば、意外とアホな奴だったりして。
おいおいこんな奴に俺は執着してんのかよと自分を呆れ……蓋を開ければ奴は俺にそっくりで。
そのそっくりってのが結構気に入らなかったりもして。
それでも似た者同士、奴とは愉快に酒が飲めそうだと思ってしまった。
そうやって俺から、近づいたんだよな。
決して奴から俺の方に寄って来てくれたんじゃねぇ。
これからその、経緯って奴を語ってやるよ。
*** *** *** ***
ルルは笑って俺の本来なら『ありえない』敗北を受け入れたが、クルエセルとしては笑って済ませられる問題じゃない様だ。
俺はルーキー潰しの戦いにこっそり忍び込まされた『十本指』。
その十本指とやらの、成り立てほやほやのルーキーな俺。先に言った通りクルエセル十指っつーのは上位選手を上から数えたもので、こいつらはクルエセル闘技場の中で特別な扱いを受けている。
成り立てとはいえ早速敗北ってのは、黙って見過ごせる問題じゃないらしい。
よくわかんえぇな。
わかんねぇがアレか?もしかして、体面とか、自尊心とかいうもんでも気にしてんのかね?
負けたのは俺だ。お前らクルエセル経営陣じゃねぇ。
何か勘違いしてねぇかこいつら……?
とにかくなんかこう、不名誉な傷をよくもつけてくれたなと因縁つけられちまって、挙句剣闘士らからも少し不遇の扱いを受けるハメになった。
構うか、それでも俺の背後にルル・クルエセルがいるのは変わらないしそれにビクついてる態度は変わらずだ。
大体俺は群れたい訳じゃないからむしろ、都合がいい。
それでもまだ俺のコバンザメをやる連中が完全にいなくなるわけではないらしく、あのコバルトは相変わらず俺の周りをうろちょろしていた。
それはともかく、専属剣闘士でありながら当てつけのような対戦枠がずいぶんと組まれ、あわよくば俺をぶっつぶしてしまおうっていう魂胆見え見えな試合がしばらく続く事になった。
これが、ぶっちゃけありがたかったりしてなー。
専属は隷属に比べたら試合数が絶対的に少ないのが困ったな、と感じていた矢先これだ。
ほら、俺って強いには強いけど経験が少なすぎるだろ?GMとの試合はあれ、完全に経験値の差で負けたんだと思ったからな。
俺にとっては棚から餅が降ってきたようなもんだぜ。
クルエセルに属してから専属隷属関係なく、闘士には体調管理などを担当する奴が付くんだが、そいつから指導されて鍛練はしている。けどやっぱそれだけじゃぁな。実戦に勝る鍛練は無いぜ。
もっとも、実戦を重ねていてはいずれ致命的な傷を受けて再起不能になったり、ヘタすりゃ命すら落とす可能性もあるわけだけど……俺は肉体的に有能であるという都合に対し、圧倒的に経験が不足している。
GMと戦い、奴に敗北してそれが良く分かった。
ありがたいぜ、あいつがそれを早めに俺に教えてくれた。敗北は今でも思い出す度に苦く胸を抉るがいつまでもそいつに蹴躓いている訳にはいかねぇ。今度こそ負けねぇ。ぜってーぶっつぶしてやる。
……今度がある、ってのは分かってたんだな。
俺が望むも望まないも関係ねぇ、クルエセル闘技場経営陣側が明らかに俺にリベンジを目論んでやがるんだ。奴らの言動でそれが分かる。
いつか必ず奴との対戦カードが俺に廻って来るだろう。クルエセル運営陣がきっとそうする。
生かされた恥を胸に刻め、そして奴を次こそ潰せ。
潰せ、ってのにはぶっ殺せ、って意味が含まれているよな。
でも俺はそうするつもりはない。
鼻息荒い経営陣を俺は、専属闘士という立場を存分に主張するように鼻で笑った。
そのように、俺を敗北後も立ててくれる連中もいる。
俺をGM潰しの鉄砲玉に仕立てようとしている連中は、俺そのものをツブそうとする連中よりはまだ『優しい』よな。一応は俺の能力買ってくれてる訳だから、実際ムカつくけど味方が居ない訳ではないというのは困った話じゃぁねぇ。それともそいつらは俺の背後のルルへ諂ってるだけか?
経営陣の中でも、どうやらいくつかの派閥に分かれているらしいな。
次の対戦で必ずGMを殺せと言ってくる奴らもいれば、内密に専属という取扱いの難しい俺をツブしていまおうって考えている奴らもいる。
そんなこんなで対戦が増えて、俺はそこで再び不敗神話を築き……十本指として数えられて当然、みたいな風潮を盛り返した頃、だな。
……二回目となるGMとの対戦カードが巡ってきたのだった。
何年ごしになるのかはよく覚えてないが2、3年ぶりじゃねぇかな。
その間GMを見たのは闘技場内で戦っている姿だけだ。
探してみたが下町に出て遊んでる気配はなかったし、奴は隷属でその上エトオノ内部でも間違いなく『問題児』らしく、やたらめったら対戦スケジュールが多い。
たぶん長い休暇をあんま貰ってねぇんじゃねぇかな?
俺はいつか絶対やりかえすと思っているわけだが、その前にGMが誰かからぶっつぶされちまったらこの願いは永久に叶わない。
唯一俺に土をつけた男だ。……ちなみにその後俺は全勝無敗だぞ、当然だがな!
ルルから命令されているとかいないとか、そんなん関係なく奴の存在は気になる。
時間があれば奴の儀式は見るようにしていた俺だ。
ちなみにここでは闘技対戦の公式戦の事を『儀式』とも言うんだな。本来闘技場は戦いの神イシュタルトに捧げるものだったそうだし、ある程度決まったルールがあってその中で儀式めいた段取りが確かにある。
ルルなんか特に儀式って言葉を使ってやがる。
GMの戦歴は勝率8割ってトコだ。つまり、2割負けてる。
8割っていうとすごい数値に見えるだろうがよく思い出してくれ。剣闘士は負けると7割の確率で命を落とすって数値があるって事を。
負けたら死ぬ場合が多いのだから、多くの剣闘士の勝率は8割以上だろう。全勝してるのだってそんな珍しい数値じゃねぇんだよ……実はな。
そんなんでよく首の皮繋がってんなと首をかしげそうになるが、この辺りよく調べてみるとへんてこな傾向が見えてくる。
問題は対戦回数における比率だ。このデータが加わると一瞬にしてGMの成績は化ける。
思いの外負けてるのだ。それなのに、なんであいつは生きているんだ?
不思議に思って奴を負かした対戦の相手を絞ってみると変な事になる。
……GMが戦って負けた相手は、GMと同列か格下との対戦が多い。稀に格上と戦って負けてる時もあるが……これ、絶対殺されているだろって相手からも生き残っている。
謎だ、さっぱり分からない。
格下からは負けやすいっていうのはどういう事なんだ?手を抜いているという意味か?
おかげさまでGMの絡む対戦における賭博倍率はいつも変動を起こし、ギャンブル性を高めていてどんな対戦になっても大人気なんだそうだ。
おかげでこの所、お隣のエトオノ闘技場はずいぶん儲かっているらしいとも聞いている。
エズ公式闘技場の頂点を争っているクルエセル、この噂が面白くないらしい。
当然俺との二回目の対戦は一種お祭り騒ぎ、因縁の対決ってんで大々的に広告までしてくださって……主にお隣さんが、だが。
超満員のクルエセル闘技場で行われるリベンジで、俺は久しぶりに触れる事が出来る距離にGMを見た。
聞きたい事がたくさんある。機会があれるなら奴に話したい事がたくさんあった。
しかしこれから殺し合う舞台の上ではそれもかなわない。
俺はGMにこだわり続けているが、きっとGMは俺の事なんか忘れてんだろ。
勝者ってのは大抵そんなもんだ。ぶっちゃけ俺もぶち負かした相手の事なんていちいち覚えてねぇし。
数年前と同じくお互いの武器を軽く交わす。
「久しぶりだな」
「……ああ、前回は……悪かった」
相変わらず長い前髪に隠れた顔が少し傾ぎ……今なんつった?
「何が?悪かったって?」
「前回エラく怒らせたよな、と思って」
……俺との対戦を覚えているのか、コイツ?
いや、まぁ覚えている事もあるのかもしれない。
専属の俺よりはるかに数をこなす隷属剣闘士のGM、3桁届くほどの儀式の中で敗北に追い込んだ俺の事を覚えている……か。
きっと忘れてんだろうな、と思っていたからちょっと嬉しかったというのは認めよう。
ついで、そこまで印象を残せたって事に気分が良くなった。
そういう感情がどうにも表情に出てしまったみてぇだな。それを見てGMは少し呆れたため息を漏らしやがる。そんでネタばらししてくれやがった。
「あのな、剣闘士の中で拳一つにこだわるような奴は他には居ないんだよ」
「……あー……」
そう言われてみればそうだった。
なるほど、武器を一切使わない俺って、覚えやすかったんだな。
俺にとって拳一つはごく当たり前の事で、天地がひっくり返っても武器を使わない剣闘士……いや、拳闘士ってのはよっぽど珍獣的存在な訳か。
俺はにやりと笑って差し出していた拳を強く握り直す。
「悪いが、今回は俺が勝たせてもらうぜ」
その言葉にGMは何も言わなかった。
言わなかったが……少しだけ、舞台に上がってくる前に纏っていた雰囲気脱ぎ棄てて僅かに見える口元が微笑んだのが見て取れる。
今、笑うとこか?
奴は何に笑っているんだよ。自分が負けるはずがないと俺を笑った……ような気配はない。
じゃぁ何に微笑んでんだよ奴は。
人が良く言うように、俺も……奴が何を考えているのかよくわからんな。
「お手柔らかに」
歓声でかき消されたが奴は恐らくそのように言った。
隠されている顔の中、唯一判別できる口元がきっとそのように囁いていたと思う。
GMは初戦装備とは違う武器を携えていた。何だったと思う?
奴は俺との対戦で短剣を選んだ。捕まれば武器を破壊される、ってのは分かっていたんだろう。恐らく俺が対戦者の武器や防具を積極的に壊す戦術を繰り広げる事を、今回は事前に知っていたんだろう。
今回こそ、な。
後に気付いた事だが、もしかすると俺との初戦、GMは俺がどんな闘士なのかという情報を一切与えられていなかったのではないだろうか?そう考えるといろいろつじつまが合う。
ただし、どうしてGMがそういう酷い冷遇を受けているのか、というのが良く分からん。
負けたら損失だろうにGMが不利になるようなことしてどうするんだよ?エトオノ経営陣の考えている事もよくわからんな。
とにかく、今回はGMも俺をちゃんと意識して事前に対策は練ってきたわけだ。
生半端な武器じゃ即効ダメになると知って奴は前回同様、攻撃は基本的に避ける事にして俺と同じくリーチを捨て、接近戦を持ちかけてきやがったのだ。
バカにされてんのかと思ったがそう云うわけではなさそうだ。
武器が大きくなればそれだけ的も大きくなる。GMは俺みたいに拳一つにさほど自信があるわけではないのだろうし、肉体オンリー戦のスペシャリストに向けて取っ組み合いを所望するほどの馬鹿ではないだろう。
武器を壊されるのが致命的、と奴は判断したのだ。
だから、おいそれと武器を壊されない、あるいは壊されても替えが利くように数本のナイフを鎧替わりに装備して舞台に現れたって訳だな。
前回逃げ回って俺を怒らせたのを覚えていて、悪かったと言ってくるのだから今回は、前回のような逃げ一方の戦術は取ってこなかったぜ。
俺は今回もそうなるのかと思って色々対策練ってたんだがなぁ。
数本ナイフをへし折りながら俺は、積極的に攻撃をしてくるGMを懐に誘い込み、寝技からプロレス技で地面に叩き伏せてやった。そこまで持ち込むまで結構時間がかかったし、その間決して浅くはない傷をいくつか貰っちまったりしている。一方的に俺が叩きのめせた試合ではない。
ああ、やっぱこいつ強いわ。
戦いに対してものっそい柔軟性がある、あの驚異の避け能力もさる事ながら、ナイフ一辺倒かと思えば蹴りも混ぜるし必要であれば頭突きもいとわない。
掴まれるリスクを背負いながらも体当たりという戦略も混ぜてくる。左右どちらからも正確に強烈にナイフを投げてくるしな。おかげで一本俺の左腕に突き刺さったままだ。
こいつが地味に邪魔でな、刃は抜かないように柄はへし折ったが、結構俺の行動を制限してくれやがったぜ。
ようやく胸倉捕まえて引きよせて、関節キめてからアクロバティックに地面に叩きつければ、怪物とはいえうめき声は漏らすよな。
ついでに左腕へし折ってやったのに悲鳴を上げなかったのは褒めてやらぁ。
二の腕から機能しなくなった左腕に、苦労しながらもGMは起き上がる。……観念してねぇ。
これで勝負ありだろうと俺はいったん距離をとったのだが……奴の闘志はまだ折た気配が無い。
まだ戦える、お前を倒す……みたいな意志の強さって奴か?
……こっちの世界ではアッチの世界でバーチャルだと思われがちな『殺気』って奴がものすごいはっきりと感じられるんだ。殺気や闘志の気迫ってのは、ぶっちゃけある。
『俺』テルイ-タテマツはリアルで格闘技をやっているわけだが、だからこそ、そういうのが闘おうとする者から発せられているのが良く分かるぜ。
とはいえ、ここまではっきりそれがそうだという認識が出来るわけじゃない。
こっちと呼ぶ『トビラ』の世界じゃこの気配、わりとはっきり『見える』な。
実際目で見ているという感覚ではない。目を閉じていてもそいつは感じられる……そう、感じているというのが正しいのか。
その戦おうという気配、左腕を折られ地面に叩きつけられ、口から血反吐を吐きだしたGMから、今もはっきりと吹きつけられているのが分かる。
普通ここまでダメージ貰って立ち上がるか?
すでに観客どもは殺せコールを始めている。俺の勝利を確信しているんだ。
俺もすでに勝ったと思ったが……この気迫を前にするともしかして、まだ奴の逆転はあるのだろうかと身構えちまう。
それほどにすさまじい……これは、こいつがGMを『怪物』って評価にしているのかもしれない。
違和感があった……普通ではない何か、得体の知れない感覚だ。
多くはこのGMの発する気配を恐れるんだ。
これが最終的にここまで追い込んでおいて、とどめを刺せなかったりする原因だなと、俺は悟ったね。
だから奴は2割負けている割に殺されずに生き残っていたりするんだろう。
止めを差し切らないでいると、最後のこの気力でヘタに近づけなくなって舞台が引きになっちまるのだろう。
だがこいつは、GMが俺へ向けているのは俺への戦意ではなく……。
奴が奴自身に向けている……生への執着だ。
長い前髪に隠れて見えない顔、今それが戦いの果て汗でべとついた肌に密着しわずかにめくれていた。
普段隠されている分、素顔見せられるとそれだけで気押されそうになる。
なんて顔してんだ。
こいつは何時もこんな顔をして、この顔を隠して戦っているのか?
ややうつむき加減の顔から少しだけ除く顔は特に目立った特徴があるわけじゃない。思っていた通り、歳に見合わずやや童顔に思える……一般的な東方人の顔つきだった。
ちょっと顔全体が細長くてやや顎が張ってる。別段美形とか醜男というわけでもないごく普通。しかしそいつが俺に向ける視線がとんでもない。
暗い。
髪が邪魔して一切光を宿していない暗い瞳が俺を睨んでいる。
ついでに遅れて気が付く。こいつ、顔に表情が無い。その暗い瞳にだけ憎悪をこめて、俺に叩きつけている。笑ってもいないし怒ってもいない。苦しそうでもない、楽しそうでもない。
目が暗い理由が分かった。
東方人の特徴の一つに目の色が茶色ってのがある。東方人、イシターと呼ばれる連中には決して西方人、ウェシタラーのように金髪に碧眼は現れないし南国人、サウターのように真っ黒い目と髪を持つ事はない。
東方人は亜麻色に近い髪を持つ者や、黒に限りなく近い色彩を持つ事はあっても完全にそれになる事はないそうだ。だから、東方人の目の色は割と明るい。黒よりは明らかに黄色っぽい奴が多い。
しかし奴の目の色は頭髪に伴う様な明るい少し赤茶けた色じゃない。
奴の目の色は茶色じゃない……何色だ?なんだ?あの暗い色は……?
勝負をあきらめていないGMの瞳の中をまっすぐに見つめていた俺だったが、ふっとGMが慌てたように右手で張り付いていた前髪を下ろしてしまった。
……俺が目を覗きこんでいるの察したな。今まで顔晒してないから俺は、奴の顔のどこを睨みつければいいのか特に視点が定まってなかった。
今、目印になる瞳を見つけてそいつを覗きこんでいるの、奴は察したんだ。
「……見られたくないのか」
見られたくない理由でようやく察する。
そうか、奴の目の色は『緑』か。
緑目の東方人……。
そりゃ東方人じゃなくて……なんかの魔種との混血じゃねぇのか?もっともそういうの、珍しくもなんともない世の中だ。目の色だけ赤とか青とかいう連中は結構いるぞ。体毛に奇抜な色は出にくいがその分、目の色は結構多彩だ。
変な奴だぜ。怪物扱いされてそれに甘んじている癖に。
魔種混血を見抜かれるのがそんなに嫌か?むしろ魔種混血ってのは『強者』の証だろう。東方から遠東方、および南方では文化的にそうだって聞いてるけどな。……ちなみに俺の祖国ではそういう考えは文化的に否定されがちだ。
俺の故郷じゃ『純血』が最強って……信仰……だろう、そういうのに支配されている。
だから俺は混血じゃなくて純血っていう肩書を持っている。実際、全然ピュアじゃねーのに。
息を整え、GMは……戦いを諦めず俺に向かってきた。
その気迫に多くは気圧されて、ここで逆転を許しちまう奴も少なくないんだろう。それほどに勢いがあった。観客一同息を呑んだくらいだぜ。
けど俺は冷静だった、初戦あんだけ取り乱した反省を踏まえ常に冷静を心がけた結果って奴だな。
あっさり返り討ちにし、地面に叩き伏せて……ついでに右足をへし折ってこれで終わりって事にしてやったよ。
足折られたら立てないだろ?流石のお前でもな。
さて、因縁の2回目の対戦ではしっかりGMをやっつけてやったぞ。
もちろん殺してない、片足片腕ぽっきりイった所為で起き上がれない奴の右手を、強引に握る。わざと笑いながら、いい試合だったなと言ってやったぜ。
ざまーみろ!
すると敗者の命を俺が取らなかった事に怒った、あるいは興奮に狂った観客達が一斉に騒ぎ始めた。舞台からは無遠慮にモノが飛んでくる。
俺はようやくナイフの突き刺さったままの左腕をかばいながら、ガラス瓶やら石版やら(座席を壊すな、座席を)何やらを器用に避けて舞台そでに戻った。
いい試合だった。
それは、嘘じゃない。
暗がりから明るい舞台を振り返る。
GMはまだそこで起き上がれずにいて、ようやく向こう側から救護班が出てくるところだ。
あ、救護で出て来た一人が被ってるヘルメットに酒瓶がヒットしてぶっ倒れた。
舞台に物を投げないでください、という冷静なアナウンスが幽かに聞こえる。
ルルがお冠だろうなぁ、と俺は苦笑い。こういう観客の不作法、奴は大嫌いなのだ。
新聖なる舞台を汚されて、そりゃーもうプッツンしているだろう。
これで、きっと奴も俺が同類であるのに気が付く。
担架に乗せられていく怪物を見送って……俺はいつしかそう願っている。
俺が奴と同じフツーじゃない、怪物であるのにきっと……気が付いてくれる。
どっかりと控えの椅子に座り込む頃、儀式の結果に不満を述べに役員達が飛び込んできた。
なんで奴に止めを刺さない!なぜ殺さない!
とかなんとか喚いてるか?
……知るか、雑音だ。俺は目を閉じ奴らの言葉を徹底的に無視する。
舞台から片方が下りれば儀式はもう終わりだ。GMは生かされる。
たとえGMが動けない舞台上、殺せと叫んでも誰も殺せない。奴の望みを聞き入れてやることが出来るのは同じ舞台に上がっていた対戦者である俺だけなのだ。そういう『決まり』なんだからな!
その俺が舞台から降りてしまった以上、儀式はそこで終わりだ。
GMは、儀式の結果に従い、生きなければいけない。
わざわざ舞台袖にまで乗り込んでくる役員はそうそういないぞ、おかげでクルエセル側控えは騒然となっている。次の試合や、すでに終わった試合で控えていた闘士達が驚いて壁際に避難する中、ついに怒鳴り込んできた役員は俺の胸倉を掴みやがった。
「おい、聞いているのかテリー!」
「わかんねぇのか、聞いてねぇよ」
それより俺ぁ怪我してんだがな。救護班はどうした。
「なぜ殺さなかったか聞いているんだ、聞け!」
「ああ、分かった。いま聞いた。だから何だ?」
「何故だ?」
老人にでも話しかけるように耳元で、ご丁寧にも一言ひとこと区切って怒鳴られて俺も頭に来たぜ。
「仕返しだよ!」
同じように怒鳴り返してやる。
「仕返し、だとっ……!?」
不満げに顔を歪め、そういやこいつルル反対派って奴だったな。椅子に腰かけている俺を見下して鼻で笑う。
「飼い主からそうするように命じられていたか、何かではないのか?」
俺は立ち上がり、見降ろしてきた奴を見下してやった。
「俺は飼い犬じゃねぇ、専属剣闘士だって事……忘れんじゃねぇよ」
気に食わないが専属って立場は結構使えるな。ルルの奴、周到すぎるぜ。
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