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完結後推奨 番外編 西負の逃亡と密約

◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -8-』

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◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -8-』
 ※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※


 ……後に、隷属剣闘士は負けると酷い目にあう場合があってヘタすると死ぬ……というのを詳しく聞き、やや慌てた事を暴露しておくぜ。
 ようするに、最悪な相手から負けたにとどまらず、生かされてしまった隷属剣闘士なんてのはそのパターンにどんぴしゃりな訳だな。
 酷い事って何だって?
 聞きたいか?
 聞いたらげんなりして後悔するに決まってるような事だと言っておく。
 生きるより死んだ方がましだ、そう思いたくなるような『酷い事』だ。

 だからせっかく儀式に負けて生き残っても、その後剣闘士として使い物にならなくなる奴ってのは相当数いるらしい。俺もこの世界に慣れてきた、クルエセルの隷属剣闘士でそうやって脱落していく奴らを目の当たりにする事も少なからずあった。
 脱落には色々ある。酷いのだと自殺行為の儀式放棄から、チンケな奴には夜逃げまで。
 もう戦えない、もう無理だ。
 涙を流し頭を床に擦りつけて剣闘士登録を取り消してもらうよう泣きに入る奴もいる。基本的には決定的な肉体の傷や欠陥が無い限り聞き入れてはもらえないようだな。当たり前だ、奴らは隷属、属している闘技場の商品なのだ、商品が一々我儘言ってそれを聞き入れていたらキリがねぇだろ?
 だから……自殺も結構ある。
 この場合は自分で死ぬというよりは、自分から命を投げ出すという意味だな。要するに試合放棄した様な舞台が少なからずあるのだ。ルルはそういうのも嫌いっぽいな。
 そういう願望のある奴が行った試合はどうなるかって?
 ノーカウントになるかと思いきやそうでもない。
 それもまた、一つの戦いの形式として淡々と処理される。最終的には『生きたい奴』の意向が全てだ。
 勝者たるそいつがその自殺願望野郎を殺したいと思ったならそうすればいいし、嗤いもんにするために生かしてもいい。
 ……生き死に一つとっても色々ある。ここじゃ書ききれねぇくらい。

 それでもどうしても戦えない、肉体的には問題ないが精神的に致命的な傷を負ってどうしようもなくなった奴は別の、儀式にも上がる事のないもっと格下の仕事に回される事になる。
 単純肉体労働者になり下がり、ほぼ一生そこの闘技場の地下で買い殺されるハメになるらしいな。
 ……剣闘士やってればまだ闘技場を出るチャンスがあるってのに。その可能性を捨てた者にはロクな未来など、ありゃしねぇ。
 諦めた者は死んだも同じだ。
 大金支払われても敬遠されるような、酷い仕事を生かされるというだけでやらされる。
 でも、それでもいいからと戦う事に対してくじけちまう奴ってのはいる。

 GMもそうやって挫けてしまうだろうか?

 ……いや、それはないな。ここで俺は奴が怪物と言われる新しい所以を理解する事になる。

 GMの勝率は8割で、2割負けててその2割の中で一般的に7割命を落とすと言われるが奴は運良く命をつないでいる状況だ。
 実はこれに今言った『負けると思わず生きるのを放棄したくなるような酷い目にあう』というのに伴う脱落率は含まれていなかったりする。
 GMは負けた事が無いわけじゃねぇ。何度も言うが2割負けてる。そして今も生き残っている。
 それはつまりあらゆる事に負けていない、剣闘士として生きる事を諦めていないって事だ。

 大丈夫だろ。
 今更俺に負けたところで奴は……挫けたりしねぇんだろうな。
 奴はそういう、何をされても挫けない心を持っている。
 それが一般的な平均値から見るとすげぇ奴、とんでもねぇ奴って事なんだ。 


 勝率で話をしているから分かりにくいだろうが、10回試合があって8回勝って2回負けてると言えば大した事じゃないように思えるだろうがGMは隷属で、先にも言ったが異常に試合数が多い。
 1年にこなす試合はヘタすると3桁届いちまうんじゃねぇか?一般的には30回くらいって聞いているから明らかに異常だ。
 これはアレだな、GMの奴エトオノの上層部とすんげぇ折り合い悪いんだろう。蛇蝎のごとく嫌われてんじゃねぇかなと思う。試合数が多いのは明らかにいじめの部類だ。
 もっともGMが絡む試合は確かに客を集める。
 エトオノが収益重視なら無理にGMを起用するというのは無いでもないだろうが……試合=儀式はその大切な金の鶏を殺す危険性も孕んでいる。儲け優先だったらもうちょっと上手く使うべきだろうに。


 大丈夫だろうとは思うがいつしか心配が勝っていたりした。


 対戦相手にこだわっちゃいけねぇって話はないだろう、星は奪い返したがそれでも唯一俺に土をつけた野郎だ。
 この俺の、負けなし神話を奴に汚されたくはねぇ。
 出来れば奴には……このまま、強くあって欲しい。
 すんげぇ俺の勝手ではあるけれどな。

 ルルの視界から消してやりたいとは思っていたがここにきて、俺の価値観の秤が反対側に傾いてきたと言えるだろう。
 もっとも、そうなるにはもう一つ俺の周りで変化した事情が絡んでいる。
 まずはそっから話そう。


*** *** *** ***


 俺は専属だ、実際負けたの一回だけ。だから隷属剣闘士にある暗黙の了解や、悪しき慣例を結構長らく知らなかった。
 隷属下級連中とは極力つるまないようにしていたしな。めんどくさかったんだ、コバンザメは勝手にくっついてくるし。勝手にしろと追い払うでもなく放置していた。
 けどまぁここまでしつこいと俺もいい加減無視し続けるのもうんざりになる。

 道具も使いようだ。
 実家でこっそりと仕込まれていた帝王学を思い出し、そんなもん参考にするかとも思っていたが若気の至りを冷静に反省するうちに……使えるものは使った方がいいという思考に切り替わったと思ってくれ。

 そんなこんなで、いつしか同じ年頃の隷属剣闘士達のボスをやるハメになってしまったのだ。

 そいつは決して気分がいいものではない。が、経営陣や監督役の目を盗んでは陰湿な事や、幼稚なイジメをやらかしてくる連中にも辟易していた。
 そいつらのそういう行為を完全無視するってのも……すんげぇ気分が悪いんだよ。

 ムカつく事にルルは、そういう俺の気質も良く分かってやがるな。
 俺が隷属剣闘士と距離を置かなくなった頃合いを見計らって、こっそりと『10本』指を『5本』に絞るように俺に極秘命令を投げてよこしやがった。
 具体的に減らせ、と言ったわけじゃない。
 奴は俺に、隷属剣闘士を率いろ……と、言ってきたのだ。
 それはつまり隷属剣闘士の中で派閥争いしている、指に数えられている連中をへし折れという意味になりやがるのだ。
 いくら専属で実力もあるったって圧倒的に若輩の俺。そう簡単にいくか。未だに新入りの癖に、みたいに露骨に嫌って因縁つけてくる奴だっている。俺はその時はあくまで立場の弱い連中、コバンザメしてくるような奴らのボスでしかない。
 仕方がないので弱わっちい奴らの面倒見て、イジめられないように目を光らせてやってるだけだぞ?

 つまりそうやって私怨で規律を乱す奴らを淘汰しろ、という事か。
 派閥闘争やっててっぺん取って来いと。

 はぁ、冗談じゃねぇお断りだと適当にグチって辞退しようとしたが気がつけば、状況がそれを許さないって具合になってた。
 そういう状況に突入してから、寝耳に水と奴は俺にソイツを囁いてきやがったのだ。
 すでにその時、クルエセルにおける比較的若年層でいくつかにわかれていた派閥闘争は静かに、火ぶたを切って落とされていたって事だよ。
 俺もその中の一つとして認識されてしまったらしい。派閥闘争は昔からあったらしいがどうにも、俺がそれに参戦したとみなされて一気に火がついたらしいのだ。……後に話を聞くにな。

 おいおい、俺は何も宣言してねぇよ!

 俺は関係ない、お前らで勝手にやってろ……出来ればそう言ってテッペン取った奴の下にでもいればいい話だったんだろうが、お前らだけ安地……ああと、これはゲーム用語における安全地帯の事だが……で、のほほんしてんのは許さねぇぞって気がつけば泥沼に足突っ込んでいたな。
 ……きっと何かルルが手回ししたに違いない、間違いねぇ。そう確信している。

 それで。俺、基本的に負けるのヤだからな。
 ルルの意向とかそんなの関係は無い。気がついたら、GMと2回戦目が当たるまでに俺はクルエセル隷属剣闘士若年層の暫定ボス、というトコに立っていた。

 なんだかなぁ、実際には俺の強さに敵わない、あるいは逆らうのはよくないと判断した頭の良い連中に担がれている、という気もしないでもない。



 実は『俺』、テルイ-タテマツも現実ではお山の大将だ。
 猿山のボスだな、という認識はある。
 俺は別に喧嘩するわけじゃない。そもそも暴力は振るわない。
 ……ん?ヤトに技掛けたりするのはあれば暴力じゃないのかって?あんなの技の内に入んねぇよ、遊びだ遊び。
 ところが、俺の名前である『照井』ってのに多くは震えあがって闘う前に勝敗が決まっちまう。俺の『家』は道場やってて、それだけで属性決められて恐れられているって話はもうしたよな。
 これで俺が貧弱な、リアル-ヤトみたいな貧相な外見だったら相手も舐めてくれたんだろうが……外見的にも結構厳ついのは分かっている。実際格闘技やってるし嫌が応にもムキムキだ。家系的にも体型には恵まれてるみたいだし……。
 気がついたら周りには人が群がっている。
 なんでだろーな?と古くからの友人にこっそり疑問を漏らせば、それは俺の気質だろうと言ってた。
 俺はどうにも集団を率いてしまう何らかの素質みたいなものがあるらしい。単純に『強者』として『弱者』を守れる力があるってのもあるし、守ってもらえるという安心感もあるだろうってさ。
 ……割と面倒見はいい方と俺は自分を自覚している。困ってる人は基本的にほっとけない性質だ。
 しかし別に俺はそうやって、集団を率いたいと思っている訳じゃねぇんだけどなぁ……。
 だから、許されるならもっとカリスマのある奴の後を楽々付いていけたらなぁと思う事がある。そういう奴はなかなかお目には書かれないのが現状なんだが。



 こっちのテリーにもそういうよくわからん素質はあるんだろう。
 そう、思い出したくないが思い出している。
 俺はこっちでは人為的に用意された器。

 王の器、いずれ国を、世界を率いる為に作られた。

 なぜそうしてしまうのか分からないが人を集めて、統率して、その頂に立ってしまう。
 決してそうしたい訳じゃないのに。
 形は違えどなんで『あっち』と同じなんだ、とツッコミを入れたくもなる。
 俺はそんな事望んでこっちの世界に来てるんじゃねぇのに……。

 同じ事を考えている、当然そうなるよな。
 『俺』はここでは俺なのだからそりゃー思考は同じになるっての。

 俺は……一人てっぺんにいるのは嫌だ。俺は集団の先頭を歩きたいんじゃねぇ。ただ誰かと肩を並べて一緒に歩きたいだけだ。

 そう思えば俺と同じ、一人だけ抜きんでて孤独に歩いてる奴はどうしても気になる。
 もしかすれば奴とは一緒に並んで歩けるんじゃねぇか?お互いどっちが上だとか決着つけずに、ずっとてっぺん競って並んで歩けるんじゃねぇのか?
 俺とGMの試合はこれで一対一だ、ようやくイーブンになった。
 敗者が死に易いという儀式、だからこそ同じ対戦カードが3回巡ってくるのはめったにない。
 それでも恐らく3回目はあるだろう。

 その3回目で、俺はGMと永久の決着などつけたくないと思う様になっていたんだな。


 *** *** *** ***


 勝手についてくる腰ぎんちゃくどもはこういう時、ちょっと邪魔だな。
 クルエセル闘技場のやんちゃな派閥争いを気がつけば納めて、5本の指をも傘下に収めてしまった俺、いつしか一人の時間が無くなりつつあった。
 これは困るなぁ、廁行くにも一人じゃねぇってのは流石にバカバカしい。
 そりゃ酒飲みに行くのは話相手がいた方がいいけどよ、たまには一人で遊びに行きたい時だってあるぞ。
 公式闘技場の試合は午前中、明るいうちにだけ行われる。日がくれれば剣闘士達は盛り場に繰り出していくもんだ。
 ……いつしか俺はGMを探してた。
 いくらあいつだってずっと闘技場にこもったりはしてねぇだろ。

 俺の勝利で終わった儀式から1週間……傷はまだ全然癒えていないだろうが、隷属剣闘士の連中から話を聞くに、怪我が元で動けないというのは隷属剣闘士には致命的な事だという。
 動けないでいると『何されるかわかったもんじゃない』との事だ。
 例え足が折れていようが腕がもがれていようが、剣闘士として今後もやっていくつもりなら健全である事を示さないと『舐められる』。
 だからいくら大怪我負ってても、闘技場の臭ぇ自室で寝っ転がってるって事は無いだろうとの事だ。

 GMは自分が『健在』である事を示す為にも起き上がってなきゃいけねぇ。

 今まで積極的にGMを盛り場で探した事はない。当たり前だ。
 そもそも、俺はクルエセルで奴はエトオノ。
 クルエセルとエトオノは公式闘技場の頂上を競い合っているライバルで、そういう風潮は所属する剣闘士も良く分かっている。
 仲が悪いのは闘技場出たところで変わらない。
 剣闘士ってのは自分の実力もさることながら、所属にもある程度誇りを持っているらしい。
 俺にはそんなの関係ねぇけどな。
 クルエセルとエトオノは間違いなく公式闘技場の中では、一番か二番を争う規模と勢いがあり、このツートップ所属ってだけで剣闘士は、盛り場や娼館で良い待遇を受けられるくらいだし一目置かれるものらしい。
 分かるだろ?クルエセル内部で派閥争いがあるんだからもっと大きな器の中を見たら、どこまかしこも派閥争いしてるに決まっている。
 そもそもここはドコだよ。イシュタル国はエズ、闘技の町だ。
 そりゃもう好きでそういう抗争を繰り広げてるトコがある。
 エズの町は一般人には分からないだろうがしっかり縄張り争いってのがあって、そういうのに支配されているのだ。……大体ぶっちゃけて闘技場経営の形式がヤクザ商売に近い匂いしてやがるし。
 とにかく、ちょっと間違ってクルエセルの力が及ばない区画に足を踏み入れて見ろ。
 あっという間に取り囲まれて因縁つけられてヘタすりゃケンカになる。
 もっとも剣闘士の多くは私闘が禁じられているから、すぐに殴り合いになるわけではない。町のケンカで怪我なんかしても闘技場ではその埋め合わせはしてくれない。余計な怪我でもして、それで儀式で不利になって死ぬ羽目にはなりたくないのは誰しも同じだ。
 そういうリスクを犯してでも、強く振舞うバカもいる。

 俺はたぶん、そういうバカな方。


「テリーさん、だから、ここから先はまずいんですってば!」
 追いすがったコバンザメを一発小突いて吹っ飛ばす。
「だから、お前らは付いてくんなって言ってんだろうが。んなぞろぞろ歩いてたら目立つだろう?」
「何行ってるんスか!テリーさんの顔なんてここじゃばっちり割れてますよ!」

 GMに会えないのは、つまり、……奴の行動範囲に入り込めていないからだったのだ。
 ようするにクルエセルの人間がエトオノの縄張りに入れない、という事に起因する。
 GMの方で縄張り外に出てくれていれば楽なんだが、それはないだろうな。GMはエズではちょっとした有名人。他の縄張りに足を踏み入れたら、必ず何癖吹っ掛けられるに決まっている。
 あれは、何をしても『生き残りたい』っていう根っからチキンな属性がある。
 わざわざ命を削るような行為をするはずがない。
 奴の性格上……そういう、面倒な事はしないだろう。
 俺は自覚してバカやってるが、あいつはそこまでバカじゃぁないだろうと思う。

 少なくともこの時はそのように評価していた。



 さて、現状説明するに……すでに俺の足もとでは4人ほどの剣闘士がのびている。
 エトオノの縄張りに入り込んだ事を指摘され、そんなの分かってるが用事があるんだと強引に先に進もうとした所止められたので……黙らせたものだ。
 こういう事、今に始まった事じゃねぇ。しかしエトオノ側は警戒を強くしていて日々自由に動き辛い事になっている。どうにも、縄張り拡大で俺がケンカ売りに来ていると思われているらしい。

 だから、どうしてそうなる。

「俺はちょっくら用事があるだけだ、お前らが付いてくるから余計な勘違いされるんだろうが!」
「テリー、お前は自分の立場が分かっていないな」
 クルエセルに指が10本あった頃、その一本だった割と年長の剣闘士、レックスが俺の肩を叩きため息を漏らした。レックスと呼んでいるがフルネームはコンプレックスという。変な名前だと『俺』の感覚が言っている。
「今お前に何かあったら困るんだよ」
「知らん」
 レックスが何を言いたいのかは分かる。ようするに、俺を暫定トップにしてクルエセル剣闘士の若年層の派閥闘争が収束したばかりだからである。だから暫らくはトップにいてくれないと困る、と言いたいのだろう。何かヘタな事が起きてクルエセルから去ってもらっては困るのだろうな。
 奴は一つ派閥を率いていた男だ。それだけに、今ようやく身内の争いが終わって訪れた、ささやかな安息をありがたく思ってるんだろう。
 コイツは俺をトップに据えて安定を図ってる奴の一人だ。
 普段は俺の後ろをついて歩くような奴ではないが、俺が無茶しようとするとこうやって出てきて直接止めに来やがる。どこにでもいるいけすかねぇお節介野郎でもある。
「別に喧嘩売りに行くわけじゃねぇんだぞ?」
「なら、この足元に転がっているのは何だ」
 レックスは呆れて地面を差している。俺は拳を固めて笑った。
「安心しろ、ちょっと気絶しているだけだ」
 致命傷は与えていない、眠ってもらってるだけだから刺激を与えれば起き出す。まぁ、今起き上がられても困るので刺激しないように放置されてるわけだけど。
「そう言う問題じゃないだろうが」
「あのな、闘技場外くらい自由にさせろよ」
「自由にして問題が起きては困るから俺が、わざわざ止めに来ているんだろう」
 レックスの野郎は『頭脳派』として通ってるからな。辛抱強く、俺を口で説得するつもりだな?どうしても俺のバカな行動を止めるつもりか。
 厄介な奴をよくも連れてきやがったなと……金魚のフン連中を睨む。
 最も、連中も俺がバカな事をしないようにと監視命令されてたのかもしれねぇ。
「一人で何をするつもりだ?」
「なんだっていいだろう」
「相談してくれれば俺達も力になるぜ?……何か目的の店とか、場所があるなら俺達は、お前の命令に従う。エトオノと一戦交えたいって血気盛んな奴らだっているんだ。実際そう言う奴らはお前の行動をそう云うものだと思って歓迎して煽ってる奴もいる」
 そうなのか、ちっ……だから俺はそんな事するつもりじゃねぇってのに。

 エトオノと戦争したいならてめぇらでやれっての。

「お困りの様だな、専属殿」
 天から降り注ぐ声にぎょっとなって、レックスを含め多くが身を縮めた。
 俺は別に驚かねぇな。動じないから俺は暫定トップになれたとも言えるかもしれない。
 むしろここで出てきてくれるのはありがたいとも言える。もしかすると世話焼かれてんのかもな。
「よぅ、カイト」
 こいつをこの名前で呼べるのはどうにも、俺だけの様である。だからこそその、特殊な関係を強調するために俺はそのように名前を呼んでやった。
 多くははこいつを『トビ』と呼ぶ。そう、あの顔面麻痺のお節介剣闘士。
 登録名の方で呼んでやったが、上から見下ろす奴はこれといって不満そうな顔はしていない。というか、そもそも顔に表情が無いんだった。
 噂によるとこいつをトビと呼ばないと著しく機嫌を損ねるらしいが……あの無表情でいきなり刺されても文句は言えないとかで、そうなった実例がいくつかあって、私闘禁止を敷く経営陣も扱いに困っているらしい。
 トビの登録正式名はブラック・カイトだ。
 ようするに『トビ』だな。
 なんで登録名が奴の中でNGになったのかはよく知らん。……が、舞台に試合で上がった時正式名称を呼ばれ、その後繰り広げられる『惨劇』をいくつか見るに……どうにも何か良くない話を持っているようだ。
 殺戮のスイッチが入る、と言うが……試しにおバカな俺がそのスイッチ押し込んでみるに別に何も起きなかったんだけどな。
 実に、人を選ぶ起爆装置らしい。
 クルエセルの指が一人……かつて奴が俺に言った通り、怪物が一人に振り返る。
「お前の島は広いな」
 ここ、エトオノの縄張りだったよな?しかしトビの野郎、明らかに娼館兼ねてる上がり座敷から俺に声を掛けやがった。
「外引きで、いい女だったもんでなぁ」
 手で上がって来いと示されて俺はレックスその他軽く睨んで無言で別れた。呼ばれてるのは俺だけである事は連中、分かっているだろう。


 案内される途中若い女があてがわれそのまま座敷に上がる。
 イシュタル国は遠東方、東方文化をもっと奇抜にしたような元来の特色がある……何が言いたいのかと言うとようするに……『俺』のリアルにあるところの古い日本文化に割と近いのだ。気候的に年がらブーツを履くのも衛生的ではなく、割とつっかけで出歩く奴らも多い。
 素足になって畳みたいな(しかし畳ではない。似ているけど大きさ等細かいところが違う)ものが敷き詰められた部屋では、トビ=カイトが胡坐をかいて酒をあおっていた。
「専属殿は、何してんだこんなところで」
 呼びこんでおいて何を言う。
 俺は適当に座りこんでその姿勢を崩して、差しだされた杯を手に取った。
 高そうだなぁここ、まぁ俺、懐事情は相当にいいからビビってはいねぇけど。
「こんなところで奇遇だな……と、言いたいところだが。アンタの事だ。このあたりで張ってたな?」
 ……実はトビと、それなりに会話を交わす仲になっていたりする。
 最初は気持ち悪ぃ奴だから近づきたくないと思っていたが、話してみれば結構……まあ、話自体は面白いし色々物知りだし。第一に頼んでもいないのに世話焼いてくれたりで、勝手に借りが積み重なっていて酒を飲み交わすくらいの仲になっているのだった。
 変な趣味でもあるのかと思ったが、そう言うわけでもないようだ。
 今では色々疑った事、および外見でキモいなどと思った事を素直に悪かったと思っている。

 顔面麻痺のおかげで終始無表情のこの男は、確かな実力を持ってクルエセルの指の一本として未だに君臨している。いつか闘わなきゃいけない、そのように……仕組まれてしまうのかもしれないけれど。

「怪物探しか?」
 ずばりと俺の心中を刺してくる。
「あんたにゃ敵わなぇな」
 こいつにだけはどうにも、無意味に反抗する意思が無くて俺は素直に認め苦笑いを浮かべていた。
 トビがルルよりも年上、ってのもある。今はその実力をよく理解してる。トビと戦う羽目になったらどうなるだろう?多分……俺が探す怪物よりもずっと苦戦を強いられるんじゃねぇかな。
 ブラック・カイトは今、事実上クルエセルのトップだ。
 多くが逆らえない。
 ここ数年の間に10本指の変動も激しい。俺が下層を綺麗にしている一方、トビは上層をことごとく挿げ替えた。
 案外ルルと通じてやがるかもしれない。俺は密かにそのように警戒もしている。
 そういう事も十分にありうるだろう。
「俺が怪物探してるって、なんで分かったさ?」
「そもそもお前が怪物の仲間入りするのを俺は、ちゃんと当てただろう?」
 特有の、引きつった顔でトビは声だけ笑う。顔は……まぁ、今でもお世辞でも見てて気分のいいもんじゃねぇ。俺はトビを恐れてねぇから遠慮なく言わせてもらおう。
「なるほど、怪物には怪物を嗅ぎ分ける能力があるわけだ」
「くくく……まぁ、そんな所だ。ついでに同類がちょっとだけ恋しかったりもするのかな?」
 そう言われてしまうだろう事は分かっていたがちょっと、気にくわねぇな。
「怪物同士で慣れ合うってか?そういう趣味はあんたにゃ無いものと思ったが」
「勿論だ、俺だってお前にそういう趣味があるとは思ってない」
 それでも、気がつけば俺とトビはクルエセル内で、比較的親しい間になっている。
 怪物は、やっぱり怪物を呼ぶものだろうか?
「……ルルの御遣いか?」
「違ぇよ」
 即否定して俺は頭を掻いた。しかしトビは一方的に話しだした。
「GMはこの近辺には居ないようだ。噂も聞かないな」
「……なんだよ、お前もあの野郎に興味があるのか?」
「お前ほどではない。あんな若僧に俺がこだわる必要はない」
 トビは無表情にそう言って……剣闘士はあまりやらない煙草の類に火をつけた。……いや、これただの煙草じゃねぇ。匂いで何の草か気がついて俺は厳つい視線を投げていた。
「おい、これ……」
「知ってるか、流石専属殿は見識が広い」
 トビは笑って独特の匂いのある煙を吐き出した。そんな依存性は高くなかったはずだが……トビがこんなものに手を出しているとはな。……一種弱いところを見せられているようで気分が悪い。
「噂じゃぁエトオノの怪物は一般的な酒場をうろついてるらしいぞ。教えた奴が悪いんだろうな」
「なんでそんなん知ってるんだよ、興味ねぇんだろ」
「無いな。俺がアレと戦う事には年代的にほぼあり得ない」
 俺は腹をくくって聞いてみる事にした。
「……あんた、ルルに何か余計な事やらされてんのか?」
 途端、例の不気味なひきつった顔になって笑いだす。笑っているのは知っているが実際、この顔は笑っているように見えない。
 しかし酷くツボったらしくて手に持つ杯から酒が飛び散り、なおいっそう深く余計な草が混じっている煙草を深く吸い込む。
「認識が甘いな、テリー」
 どういう意味だ。
 トビはふっと無表情に戻って言った。
「ルルか、アイツに飼われているお前からそんな事問われる事になるとはな。……俺の飼い主はそんなんじゃぁない」
 俺の立場はバレバレだが、まぁトビ相手なら仕方がないだろう。ただでさえ専属だってんで関連性は疑われているし、経営陣は明らかに俺の采配にはルルの顔色をうかがうのだ。
 今更否定した所で何にもならねぇ。
 問題なのはトビの言葉の意味。
「……そりゃ、どういう意味だ」
「お前は知らなくていい事だ」
 確かに知らなくてもいい事かもしれねぇ。あるいはもしかすると……その、決して俺に知らせるわけにはいかない事情をトビは、俺に悟ってもらいたいのかもしれない。
 そんな事も考えてしまう。
 だが運悪く、俺の意識はトビよりもGMに向いていた。
 一瞬浮かんだ疑問を切り捨てて注がれた酒と一緒に飲みほす。
「……一般向けの盛り場ねぇ……もっとタチ悪ぃじゃねぇか」
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エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

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