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完結後推奨 番外編 西負の逃亡と密約

◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -9-』

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◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -9-』
 ※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※


 縄張り争いがある、と……言ったなよな。
 エズの町全体的に闘技場ごとの縄張りが張り巡らされている訳だが、機関によっちゃ誰のものにもならない場所もある。……中立地帯は、だからっと言って安全地帯ではない。重要だぞここ。
 この中立地帯にも色々あるのだが、各闘技場があえて縄張りを引かない場所、というのがある。

 イシュタル国エズは闘技の国で、国内外から多く『儀式』を観覧し、賭博に興じて時に強者に挑戦しようとする猛者、あるいはバカ、が集まってくる。
 儀式をするのは隷属剣闘士ばっかりではない。結構な割合を一般参加者が占めている。
 闘技場と契約を交わしていない完全な個人が多く、稀に団体である事もある。希望すれば闘技場に専属として売り出す事も可能だ。
 一般的に専属剣闘士というのは、エズを訪れて契約的に闘技場で戦う剣闘士の事を差している。
 俺が例外的すぎなのだが、多くは専属と聞けば俺がそのようにクルエセルに雇われているのだと思うだろう。
 しかし多くは一時的にエズで名を上げようと、あるいは腕試しか鬱憤晴らしに来ている。
 そう言う連中が『一般』であり、戦士に限らず観光客が主に利用する盛り場ってのがエズにはあってそこは、闘技場での縄張り争いを持ち込んではならないという暗黙の法が支配している。

 なるほどじゃぁ縄張りとか関係なくゆっくりできるのかと云うと、全くそうではない。逆だ。

 隷属剣闘士達は、所属する闘技場にある程度庇護されているから縄張り内でゆっくりと羽を広げている。
 一般酒場ではこうはいかない。一般連中には『私闘禁止』に始まる隷属剣闘士内にあるルールが一切通用しない。儀式に参加するでもなく面白半分エズにきて、暴力沙汰を楽しもうというアホが割と多く混じっている所なのだ。
 分かるだろう?どういうトコか。

 ペーペーの隷属剣闘士ならあわよくば相手にされないで済むだろうが、目をつけられたらどんな扱いを受けても文句は言えない。
 実際一般の中立地帯に遊びに行って因縁つけられ、多数にボコられて帰って来たとかいう新米が結構いる。そう云う奴らはようするに、自分の所属縄張りでもゆっくりできないからそっちに流れていくのだな。

 つまりGMもその流れか。
 そうか、あいつエトオノ内部でも浮きまくってるって事だな。

 俺はクルエセルのコバンザメ連中に気が付かれないように一般中央観光地に足を運び、人種入り乱れて込み合う飲み屋街までやってきてため息を漏らした。
 俺は外見西方人、隷属連中みたいに枷やらははめられていないし身なりもまぁ、奴らよりは少しマシなものを着けられる。
 専属剣闘士は一般に交じるのもワケない事だ。

 しかし、これがGMだったらどうなる。

 あいつ、ただでさえ不名誉な名声だけは高いんだぞ?

 俺は再びため息を漏らし、この人ごみごった返す中エトオノのバカ野郎を探している自分に呆れた。
 もしかして俺より上を行くバカなんじゃねーかと気がつくと、なんとなくムカついてもくる。酒の入った夜のエズは、時を追うごとに喧噪が酷くなり、あっちこっちの裏通りで人を殴る音なんかが平気で混じるようになりつつある。よくまぁこんな物騒で治安が守られているんだと思うが……ようするに、闘技場が飼ってる隷属剣闘士ってのはそのまま即戦力になるって事なのかもしれないな。
 何かもめごとが起きたら国は、町は闘技場に命令して暴動を『暴力的に』抑えつける事が出来る。
 軍隊が特に駐留していないトコからして恐らくそういうシステムがあるんだろう。

 と、何やら大きな酒場でどえらい騒ぎが起きているのを発見。
 まさかとは思うが一応、覗いてみるかと首を突っ込んだ途端酒瓶が飛んできた。避けると背後にいた奴に当たると察し俺はそれを受け止め、恐る恐る中に入り込む。

 真っ先に目に入ったのはすでに十人近い人が椅子や机ごとなぎ倒されている状況と、その中央に仁王立ちしている真っ赤な髪の……女だ。
 分かるな、そうだ、俺はこの時こいつの事は知識の上では知っていたがここまで至近距離で見たのはこれが初。

 エトオノのじゃじゃ馬令嬢、アベル・エトオノ。

 すぐにそうだと気がついて、噂通りのとんだお転婆だと笑った。一般酒場までやってきて何をやってるんだと更に笑おうとしてそいつが引き攣る。

 アベルの背後、すでに多くが喧噪から退避して誰も座っていないカウンターにたった一人、まるで何事もないかのように見えない壁を背負って坐ってる奴がいる。
 背を丸めて座っている包帯の男、その首に例の黄緑色の金属を見て首をのばしていた。
「……ジム?」
 俺の呟きは罵声にかき消された。
 あれだけ騒ぎになっていたのに本番はこれからなのか。

 ……恐らくここの客はあの女が誰なのか知らないのだろう。そりゃそうだ、ここ一般酒場だし。
 女に仲間が伸された事に腹を立てた客が殴りかかっていったのをアベル、蹴り一発で跳ね返す。
 この騒ぎに血のたぎった無関係であるはずの奴らが、相手は女一人と甘く見てさらに一斉に掴みかかる。
 おい、これまずいんじゃないのかと俺は相手が誰だとかそういうのは関係なく、加勢に加わる心積もりで身構えたが無用な事と次には理解した。

 アベルの身長体重の、二倍以上はあろうかという男を彼女は回し蹴りで、やや低い天井のぶっとい梁まで吹っ飛ばしたのだ。多くの野次馬が気絶して落下してきた男の下敷きとなった。
 ついに刃物を抜いたチンピラは、刃を突きだす間も無く蹴られ、殴られ、投げ飛ばされて次々と壁に叩きつけられていく。

 一般酒場の建物はしっかりしているな。
 石壁なのは……こういう事を想定してなんだろうなと俺は変な所に関心するヒマさえあった。

 ぱん、とアベルが手を叩いて鼻を鳴らして喧噪をも振り払う。
「誰にケンカ売ってんのよ」
「ここじゃ誰もそんな事知らないと思うけど」
 ようやく事が片付いた事にようやく包帯男……GMは小さく振り返ってぼやいている。
「これでようやく静かになったわ」
「違うだろう、静かにしたんだ」
 GM、盛大にため息をついて項垂れている。
「どっちでも変わりないわ、あ、マスター。弁償代これで足りる?」
 とんでもない女と、そして……明らかにGMと分かる人物に辺りは一斉にドン引きしてカウンターから遠ざかって行く。


 おいおい、なんだこれ?何してんだお前ら?


 後に、あの時のコレは何だったのかとGMに聞いた話によると、曰く。
「あのバカ女から無理やり連れ出されたんだ」
 との事。
 恐らくエトオノ闘技場に置いておくとまずいと判断したアベルが、そりゃもう一方的にGMを酒場に引きずりだしたってトコだろう。
 どうにも俺から負けたのでだいぶ信頼が落ちたらしく、それまである程度居たと云う勝手な取り巻き連中も恐れて散会して、いつ身内のリンチで変死体なっていてもおかしくない状況だったのだ……とは、アベルの談。

 ほっとけよバカ、
 うっさいわね、あんたウチの商品なんだから文句言うな。

 事もあろうかエトオノの底辺と頂点がこんなにも『仲良し』だとは。

 いやはや、なる程……これでまた謎がほぐれて来た。
 GMがなんとかエトオノで生き残っている理由は……これか。

 身内からさんざん嫌われている癖にたった一人、横暴な女神の寵愛……というよりはなんだろうな。
 お節介か?
 そういうのに『苛まれ』GMは……オチる所にオチる事が出来ないのだな。


*** *** *** ***


「おい、レックス、ちょっと」
 普段俺から声をかける事が無いだけに、レックスは少し驚いて俺の手招きに応じた。
 そもそも専属の俺が、隷属剣闘士の最下層訓練所に来ること自体無いからな。多くが好奇な目で見やがる。
 うるせぇな、いつもお前らが群がっているテリー様だろうが、何が珍しいんだよ。
 レックスは自主訓練をしていた所だった、簡単な後始末をしている間にコバンザメ一号野郎が俺の隣にひょこひょこやってきやがる。
「テリーさん!どうしたんですか、珍しい!」
 何でこんなうれしそうなんだか。一番初期からコバンザメだった自負がそうさせるのか、相変わらず隷属剣闘士最下位並の際どい成績しか残せていないコバルトが馴れ馴れしく話しかけてくる。
 もっとも、最弱な割に一応生き残っているんだから……筋は悪くないのかもしれないな。
 俺は苦笑を漏らしコバルトが持ってきた椅子にしぶしぶ座る。
「お前、まだ居たんだな」
「ひ、ひどいですよ!」
「冗談だ、あんまり最下位ウロウロしてるから生きてるのは知ってる」
 その言葉にコバルトは……嬉しいんだろう。なんでそれで嬉しいのかはよく分からんが。逆に無言になって俺から顔をそむけた。顔をそむけて一人ニコニコ笑っている。
「……なんだ?お前からこっちにくるなんて……」
 そうしている間にレックスが汗を拭きつつ、脱いでいた上着を羽織りながら少し慌てた様子でやってくる。
「わかったよ、今こいつからも言われたよ。ちょっと話がある、付き合ってくれねぇか」
「構わないが……何だ?」
 今ここで言えってか?……あからさまに大注目されてんだけどな。
 ああ、いや……言った方が良いのだと遅れてレックスの意図に気がついた。
 俺はここの猿山の暫定ボスだが……暫定の文字は取れていない。しぶしぶてっぺん譲ってますって奴がちらほら残っているし、俺を担いでいるのはレックスだけではない。
 良くわからんが幹部順位争いとかあるんだろう。
 こいつは冷静で頭がいい。そういうきわどい調整に気が周る。そういうトコ見込んでちょっと相談したい事があった訳だが、それをそうだとここではっきり言っておいた方がレックスの為には良いのだ。
 俺はわざと好戦的に微笑んで他にも聞こえるように言った。
「ちょっとばかしバカな事をやる事になりそうだ。俺一人でやるとお前また止めにくるだろう、だから先に相談してぇんだよ」
 レックスが俺を担ぐ理由には、俺がそれなりに頭が回るという事も含まれているのだと思う。自分が意図する事を俺が悟ってくれた事に安堵してレックスは苦笑した。
「今度は何を目論んでるんだ?それとも、本当にエトオノに仕掛けるつもりか?」
 エトオノに仕掛ける、という言葉に空気が張り詰めた。どうやらそう云う事をやりたい血気盛んな奴らは相当数いるようでこれをダシにするだけで相当数味方につける事が出来るらしい。
 まんざらでもねぇ、って態度にしておくか。俺はレックスの意図に乗っかってやる事にした。
「エトオノか、まぁそれはおいおい、だな」
 手を借りるにはこれくらい、借りは作っておかないとだろう。
 すると俺に最後まで反抗的な態度を取っていたやっぱり、元10本指の一人で俺と同じくらいガタイの良い奴が、レックスの肩を叩きながらやってくる。
「面白そうな話だな、相談に乗ってやれよ」
 確か、こいつはレックスと好敵手と噂されてる奴だったはずだが。レックスと違って頭に血が昇りやすい性格で、よく私闘禁止のルールを破って折檻されている。それが逆に箔付きになっているような奴だ。
「ああ、もちろんそのつもりだ」
 レックスは思いもかけない人物から話しかけられても冷静に答えた。相手の意図をしっかり把握してるからだろうな。
 俺は立ち上がり、静かな所で話そうぜと上を示しながら言う。
「ま、お前らが反対でも俺は好きにやるけどな。とりあえず何やりたいかだけは説明しとく。俺についてくるかどうかはお前らで決めりゃぁいい」



 一般客向けの中央盛り場に、縄張りを広げてはならないという明確な法は無い。
 それはあくまで暗黙の了解みたいだな?と、レックスに聞いたらそれだけで野郎、俺の意図を読んだようだ。

「……そんな事をしたら他の連中も黙っていないし……大体、一般連中の格好の標的になるだけじゃないのか?」
「大っぴらにする必要はねぇよ」
 レックスは少し悩んでから呟いた。
「……飛島か」
 それは、大きな勢力図から離れている離れ小島の事だろう。
 クルエセルに限らず、闘技場連中の縄張りと地続きしていない、隠れ家的な陣地が欲しい。俺の意図ははっきりレックスに伝わっているな。そう、まさしくそんな感じの場所が欲しいんだ。
「なんでそんなものが欲しい?」
「なんでだと思う?」
 俺はレックスの頭脳を買ってそのように逆に尋ねてやった。
 レックスは少し考えてから……俺を窺って推論を二つ述べた。

 一つは……クルエセルのもっと広い上下階層から解放される場の設立。
 そしてもう一つは……

「闘技場の縄張りって縛りを解きたいんだろう?あんたは専属だ、俺達隷属と違って所属は自由に決められる。だからそういう思考になるんだろうとは思うが。そういう『島』にとらわれない交流の場が欲しいと願えば確かに、中央しかないだろうな」
 中央、というのは一般盛り場の事らしい。
「やっぱお前頭いいな、どっちも正解だ」
 レックスはため息を漏らし腕を組んだ。
「新しく作るのは難しいだろうな」
 難しい理由をレックスは的確に俺に教えてくれた。

 そもクルエセルの多くは『島』を作ったところで、所属を超えて仲良くなろうっていう意欲があるとは限らない事。クルエセルの上の連中の監視から逃れられる隠れ家というのは悪くないだろうが、それ以上にはならないだろうとレックスは言った。
 新しく、どんなにオープンを謳ってもしみついた色や匂いは付いて回るものだ、というレックスの話に俺も確かにそう納得してしまった。
「基本的に戦いたい連中が多いからな」
「殺し合う為に殺し合うのか。……俺はそうは思わない。戦うべきが何なのか分かれば意識は変わるだろうと思うが、どうだ?」
 俺が何を言いたいのかもちろんレックスは察している。
 こいつは頭がいいから知っている。クルエセル内部で何が行われていているのか。
 そもそも隷属剣闘士若年層でなぜ派閥を作らなければいけないのか、という事に全ては起因してるんだ。そうやって弱いもの、この場合……立場の弱いもの同士で寄り添って守り合わなければいけない事情があるからそうなっている。
 俺はそれを知っていた。

 それはルルが最も憎み、抹消したいと願っている事。

 試合結果の違法調整。すなわち、八百長行為って奴だ。

「……トップは希望してない……と、最初、お前は言ったよな」
「ああ、なんか担がれてるみたいな気がしたからな」
「なのに何故そんな事を思いついた?」
 俺は苦笑して、まるで俺を値踏みするようなレックスに言ってやった。
「そりゃ、なんで俺が頂点にいるんだよって事を考えたからだよ。ようするにそれがなきゃ俺がこんなとこに居る必要は無い。そうだろう?」


*** *** *** ***


 結局俺は中央酒場で見かけたあの、とんでもない暴力令嬢と、何故かそれに付き合されていたGMには声をかけそびれていた。
 その替わりこっそり人ごみから奴らの関係を探っていたのだが、別に付き合ってるとかそういう雰囲気じゃぁねぇのな。てっきりそうなのかと思って、こりゃとんでもねぇスキャンダルじゃねーのか?とも思ったんだが……ここまで堂々と一緒にいる所からしてそういうわけではないようだ。

 別に楽しく会話するでもない、ただ黙って酒飲んでるか一方的にアベルが話しかけてるか。
 アベルがGMに向けているのは彼女が言うとおり『一商品』の域は出ていないし、GMはGMで相手がエラい人だという事をまるで意識していないようなぞんざいな口調を投げている。
 なんだろうな、と聞き耳を立てていて察した。

 こいつらの対応は……男女じゃねぇや。もっとそれより深いもの。

 姉弟か、そんな感じに似ている。これが一番しっくりくる。アベルが一方的に世話焼いて手弟がツンデレってる具合だ。
 恐らくアベルはあの気性だ。弱いものを放っておけないのだろう。
 GMはそりゃ戦歴的には申し分ないだろうがそれ以外が弱すぎる。つい世話を焼いてしまっているのだろうな……。

 その後も、GMはエトオノ界隈ではなく一般盛り場でこそこそ一人ふらついている情報は抑えている。

 俺は今、そりゃもう遠慮なくクルエセル軍団を率いて中央盛り場に現れていた。
 ここまで団体様だと一般客も恐れて手を出してこない。このまま何も騒ぎを起こさなければクルエセルの運営からもとやかくお叱りを受ける事はないだろう。騒ぎを起こさない為にも集団で動かなきゃいけないってのがぶっちゃけ、情けない程恥ずかしいが……しかたがない。

 奴を拉致するのはこれが一番効率いいんだし。

 流石に毎度アベルと一緒じゃぁねぇよな。当たり前か。
 足のギプスは取っているが腕はまだしっかり固定された状態のGMを発見するとともに即座取り囲み、有無言わさず抑えこむ。
 何しろ奴の怪我は完治してないから難しい事ではない。
 最初から目的が決まっていれば剣闘士の一人くらい、捕まえて暴れる間もなく拉致など難しくもなんともないのだ。


 自分がクルエセルの連中にとっ捕まった、という事は把握できているらしい。
 腹だけは座ってんだな。
 抑え込んだ時一瞬暴れたがその後は大人しく……俺が用意した酒場まで来てくれたぜ。

 別に何か脅すつもりはないし、敵対感情は無い。
 少なくとも俺には無い。
 けど、どうにもGMからは俺に対する警戒と、反感感情がにじみ出て俺に伝わってくる。
「そんな顔すんなよ」
 とりあえず大人しくカウンター席に座ってはくれているが……隙さえあれば逃げると顔に書いてあるぞお前。
「この前は悪かったな、と言うべきか?」
 こいつの怪我、全部俺の所為だから本来なら恨まれてしかるべきだろうに、GMは俺に向けてその事で怒っている訳じゃなのは確かだ。気配でそのように知れる。
「一人であんなとこうろついてるお前が悪いんだからな」
 と、脅しかけているのは例の元10本指。
「むりくり連れてきたのは悪かったな、けどそれはお前が悪い」

 実は俺、すでに3回フツーの誘いをやって振られているのである。

 いきなり拉致じゃない。GMは覚えてないかもしれないがちゃんと3回一般的な方法で声をかけたんだからな?
 が、最初1回は無視され2回目で断られ3回目で事あろうか逃げられた。
 だから最後の手段に踏み切ったんだ。
 悪いか?俺を無視するお前が悪い。

 ここは『飛島』俺が作った訳ではない。

 島の垣根を超えて交流したい、と願う剣闘士ってのは俺に限らずいるもので、すでに俺が求めていた酒場は存在していたのだ。
 それを俺は探し当たって訳。
 探し求める者には開かれるトビラのように、そこには物好きな女店主が待っていた。

 強い奴と戦う事が生きがいな奴ら、ある程度実力を持っているが立場上あまり強くはない、マスターの目に適ったルーキー達が垣根を超えて酒を酌み交わしている。

 そんな様子を相変わらず前髪に隠された顔で見回したらしい。それから、座っていた所まだ完治していないらしい足に引きずられながらGMは立ち上がる。
「……俺にかまうなよ」
 それだけ言って出て行きやがった。

 ……どうやらお気に召してくださらなかったようだな。



 そんなやり取りがそうだなぁ、10回以上あったんじゃねぇのかな。
 何度誘っても自主的にGMの野郎、出てこねぇんだよ。どんなところにいようと押しかけては誘っても、徹底的に無視された日々が続いた。
 俺はそれでも何度もしつこく同席を誘ったな。まぁ色々イジになっててたりして。
 怪我が完治してからはエトオノの縄張りにひっこみやがったが、そんなんで諦める俺だと思うな。

 何のためにクルエセルの結束を無駄に固めてあると思っている。

 縄張り戦争と言われようが気にするものか、じわじわとクルエセルの血気盛んな連中に任せてエトオノへの足掛かりを作り、俺は専属って肩書で遠慮なくエトオノの縄張りに踏み入っては一人でいるGMを強引に引っ張って行ったものであった。
 流石にそういう状況……俺がとんでもない所に出現した事……に関しては邪険に出来ないと思ってくれたらしい。ようやく諦めて飛島である『手紙』で酒飲んでくれるようになったが……決して自主的には来ねぇ。

 もはや俺がエトオノ界隈に現れるのは珍しい事ではなくなり、なおかつヘタに手を出すと返り討ちにされると悟ったエトオノ連中は、俺をスルーするようになった頃かな?

 GMの奴、次第にめんどくさくなって来たらしくヘタに逃げ回らなくなり、ある日ようやく初めて自主的に『手紙』にやってきた。
 大袈裟に喜ばず、俺は判断する限り不機嫌なGMを笑って出迎えてやった。
「よう、ようやく観念したな」
「……そんなんじゃない」
 ここに来るようになったはいいが相変わらず人と距離をあける。
 が、どうやらエトオノの、ここの常連に話を聞くと……GMはもっと別のモノから逃げるためにここにまっすぐ来たようである事が判明。

 ……ようするにアベルから逃げてたみたいだが。

「奴とお嬢とはどういう関係なんだ?」
 GMが話してくれねぇから俺は、まずエトオノの剣闘士から話を聞いた。エトオノのトップルーキーだが……どうにもこいつもあまりGMの事は好いていないようだな。
「知るかよ、」
 やや侮蔑した笑みでそばかす顔のそいつは、一瞬こちらに背中を向けているGMを見やり、続けた。
「アベルさんの趣味に適ったんだろ、噂じゃあの人昔から裏の魔物小屋を見て育ったらしいし」
 エトオノの連中はアベルを『アベルさん』と呼ぶように強要されているようだ。決してお嬢様とかそれに準ずる言葉で呼んではいけないらしい。
 俺もアベルと知りあうに、同じように強要されるようになる通りである。
「エトオノでガキと魔物の見世物やってんのは?」
 知っているかと訊ねられ、一瞬別の事を考えていた俺は意識を戻す。
「ああ、知ってる」
 それにはルルが怒っていた。
 儀式の前の前戯れとばかりに、魔物と不具を抱えていたりする売れ残りの奴隷が戦う見世物があるらしい。いや、一応儀式のルールでやっているらしいが……。
「その魔物とガキと、アベルさんはどっちも好きで面倒みてるのさ」
 どういう趣味だろうな、と肩をすくめてから苦笑気味に結ぶ。
「そんで、そいつらの試合を必ず見てるらしいんだ。あいつも元々そこの出だ、愛着あるんじゃねーの?」
 今の話、明らかにGMまで聞こえているだろうに奴は、別段怒るでもない、反応無くこちらに背を向けたままだ。
 そう言う奴なんだよ、ほっとけという風に再びそばかす顔は肩をすくめた。
「じゃ、エコひいきでもされてんのか」
 俺の問いに、そばかす顔は明らかに機嫌を損ねた。
 実際ひいきされているかどうかは別として……そのように、勝手に妬んでいるのは間違いない。
「あいつはお前より強いだろ」
 俺は相手の顔色など構わず遠慮なくそのように言って、相手をたっぷり怯ませてからGMの背中を見やる。
「あれはてっきりエトオノで俺と同じく、お山の大将でもやってるもんかと思ったが」
「務まるわけないだろう、あんな怪物に」

 怪物は、こっちの世界じゃ最大級並の侮蔑的な意味がある。
 はっきり『怪物』と吐き捨てて相手は顔をしかめた。

「あいつがどれだけ殺しているか。気分次第で殺しやがるんだぜ、あいつ」
「しかたねぇんじゃねぇの、お前らより圧倒的に試合数が多いし」
 何でお前がそんな事を把握している、というとまどった顔に向けられた。俺はわざとらしく苦笑を投げてやる。
「俺は少なくとも、奴の気まぐれで生かされたとは思っていないがな」



 それからしばらくして不運にも、そばかす顔の剣闘士はエトオノの儀式でGMと当たる事になってしまったらしい。その話を聞いた試合前日、そばかす顔は『手紙』に現れなかった。
 GMも同じくだが、これに因果関係はないだろう、たまたまだ。

 俺は、どうなるのだと興味でGMとそばかす男の試合を見に行った。

 これがまぁ、圧倒的な試合運びだったな。
 今更こんな奴相手にしても、という位にそばかす君はGMから翻弄された揚句、心臓に槍を突き入れられてあっけなく儀式は終わってしまった。
 配当率からするともっと『いい試合』でもよかったろうに、おかげで観客達から試合に対するブーイングが漏れ始めている。

 胸の鉄板の脇の隙間から付き入れられた槍は反対側の鎖骨から突き出ている。助からないのは明白だ。
 勝敗はGMを前に致命的な隙を見せたそばかす顔が悪い。なんであんなに隙でガラガラだったのだろうと思うに……『怪物』を恐れてしまったのだろう……と、前に交わしていた言葉を思い出していた。

 まだそばかす顔に息があるのか、いや……ないだろう。
 しかしGMはそこからもう何もしなくてもいいのに。

 低く不満に渦巻き始めた会場に感化されたのだろうか?
 遠慮なく、反りがついている槍を引き抜きやがった。

 撒かれている白い砂の上に赤が散り、黒い影になってぶちまけられる。
 内臓ごと引っ張り出されてぶちまけられ、今度こそ死体は死体らしく地面にひれ伏したが……このオーバーキルに場内に低い声が立ちこめた。
 次には同時に怪物を罵倒する声が上がりうねり、一つになって会場を揺らす。
 不気味な光景だ。
 状況に酔って何も知らず拳を振り上げ訳の分からない言葉を叫ぶ観客達に俺は顔をしかめ、引きぬいた槍の露を払って肩に担いでまだその場に突っ立っているGMを遠くに見る。

 わざとだな。
 あいつはこうやって……死を見せつけ、無駄に修飾しては恐怖を纏おうとしている。

 俺に近づくな。

 ようするに、お前はそう言いたい訳だ。
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