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完結後推奨 番外編 西負の逃亡と密約

◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -10-』

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◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -10-』
 ※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※


「なんで、俺にかまうんだよ」
 ある祭りの終わりに、酔いつぶれた者達が転がる酒場でGMはぼそっと、俺に問いかけてきたと覚えている。

 儀式そのものが祭りめいてはいるがその中でもとりわけデカい祭りがあるんだ。
 町全体でトーナメントが行われる、それで総合優勝者が決まるんだな。そいつには国をあげて祝福を送るっていう約束があるようだ。
 だからその大大会で好成績を収めれば晴れて、隷属剣闘士にも独立への道が開ける。優勝すれば確実に自由だ。
 自由を国王から保障され、莫大な賞金も渡されるって言うぜ。
 大大会への参加は自由だが、隷属剣闘士は基本的に所属闘技場の許可が必要、だったかな。
 俺は専属だからそんなもんはいらないが、興味が無いので参加する必要がない。
 賞金目当てに一般参加者も多いらしいが、金よりも何よりも自由を求めた死に物狂いの隷属剣闘士連中を蹴散らすのは難しいらしく上位優勝者の多くは隷属剣闘士だ。
 隷属剣闘士の引退試合という認識が高い。

 その大きな戦いに何故か、GMは出ていないようだ。
 そろそろ出ていてもおかしくないんだけどな、奴は……生きたいんだろう?こんな死と隣り合わせの環境に好んで身を置くはずはないと思っているんだが。
 ああ、出場には所属闘技場の許可が必要なんだっけか。……なんでそんなもんが必要なんだ。自由に出来ない、だから奴らは隷属と呼ばれるのか?国を挙げての祭りごとくらい自由に参加を許してもいいものだろうに。

 そこに、この国が、この町が抱えている悪しき慣例があるんだな。

 とにかくGMの奴、祭りの最中ずっと昼間っから飲んだくれてる。それでつい、なんで大大会にお前は出ないんだ?と強引に話を振ったが……ちゃんとした答えは返ってきていない。

 GMは相変わらず一人だ、俺も含め他の連中と馴染む気配が無い。

 最近はまっすぐこの『手紙』に来るのはいいが……それはここでも相変わらず誰もGMの相手にせず、どこよりも静かに酒が飲めるという事を覚えたからだろう。

 恐らく唯一の例外として俺だけが、ヒマがあれば奴に話しかけているのかもしれない。
 というより俺だけがあからさまに奴を避けていない、それだけだにも思うな。

 俺の話がウザいと思っているならGMはここには来ていないだろう。
 つまり、俺が話しかける程度ならさほど気にならない、ってトコだろうな。
 GMが『手紙』に来るようになって1年立ちそうだってのに、この微妙な距離感が縮まらない。

 奴は相変わらず怪物である事を止めず、俺にかまうとろくな事にはならないぞと行動で示す。
 見せしめの様に対戦者を惨殺し続けるが、俺にそんな脅しは通用しないっつーの。
 なら、俺は無用に命を奪うのはやめよう。
 GMに比べりゃ圧倒的に儀式回数の少ない専属の俺。気がついたら奴の手口に反発して、そういうマイルールが出来てたかもしれない。

 俺だけが未だに懲りずに近づいて来て、話しかけて来る事にGMは呆れて観念したのだろう。
 俺を取り巻くコバンザメに俺が辟易し、奴らのしつこさに呆れて観念したのと同じようにな。
 ある日しつこく話しかけてくる俺に向けてGMは……無視しきれなくなったように俺に問いかけてきた。
 もちろん応えてやるぜ?あくまで慎重にな。
「なんでって?別に俺は他の連中と同じくお前に話しかけているだけだろうが」
 奴はヘタに絡むとすぐ逃げ出す事だけは覚えている。
 めんどくさいチキン野郎め。
「……構われるのはあいつだけで沢山だ」
 ふむ、アベルには相変わらずお節介出されているらしいな。
 たまにものすごい勢いで『逃げ込んで』くる事がある。
 今の所……この酒場の場所はアベルにはバレてないみたいだ。……もしかしてここに来るのって、それが一番の理由か?
 俺はすっかり静かになりつつある空気を見渡しながら答えた。
「……なんか放っておけねぇんだよ。何しろ俺に初めて土をつけやがった、」
 未だにそんな事根に持ってるのか、みたいな顔をされた気がする。
 相変わらず顔の半分は髪で隠れてるので表情はよく分からないが明らかに、口が歪んだのが見えたぞ。
「負ければよかった」
「あん?」
「いや、……なんでもねぇよ」
 テーブルに突っ伏し、GMはため息を漏らした。
 俺は惚けたが……しっかり聞いた。

 負ければよかった?……口ばっかりだ、誰よりも負けを恐れる奴が何を言っている。

「そろそろお開きだが、お前、どうすんだ?」
「……帰りたくない」
 俺は耳を疑った。
 珍しい、俺の問いを無視せずになおかつ、返答をよこした。どういう心変わりだ?
 それとも酔っぱらってるだけか?
「ふぅん、おうちに帰りたくないから外遊びに明け暮れる訳か」
「うるせぇ」
「じゃ、女でも買えば」
 好きな奴なら程ほどに飲み食いして時間つぶしたらまっすぐそっちに行ってるだろう。
「この時間じゃろくなのいねぇよ」
 珍しく会話が続いている。
 このままどうにか轍を埋めようと腰を据え直した俺に対し、GM、怪しい足取りで席を立ちあがった。
「で、結局帰るのか」
 今度こそ返事を返しやがらねぇ。
 と、地面に転がって酔いつぶれた奴に蹴躓いて見事に転んだ。
 テーブルに額ぶつけそうになったのをかろうじて避けたのはいいが、それで体勢無理に崩して地面に折り重なる酔っ払いどもの上にダイブ。
「おいおい、ハメ外し過ぎだぞ」
 うるさい、とかなんとか呻いたが……相当に酔っているようだ。
 そういや今日ちょっと強めの酒を仕入れた、とか言ってマスターがそいつを振舞ってたな。さしものGMも酔っぱらってるわけだ。いや、俺も相当キているが、これは強そうだと思って程ほどにしておいている。
 結局そこから起き上がれないらしいGM、めんどくさくなってその場で大の字に転がった。
「面倒だ、」
 このままここで俺も朝を迎えてしまおうか、という風に天井を仰いでいるのを、俺はしゃがみ込んで覗き込む。
「……なんだよ」
「こんなとこで寝るつもりか?」
 ぷいと横を向いてしまう。何かどうしても帰りたくない事情でもあるらしい。
「そんなにしつこくあのお嬢に追い回されてんのか?」
「は?」
 何の事だ、というように惚けてGMは不機嫌に言い返してくる。
「お前には関係ない事だ」
 なんにせよ返答があるってのは進展だ。俺はそう思い、床にそのまま座り込んで同じく暗い天井を見上げる。
「いい酒だったな」
「……ああ」
 ほとんどが意識を沈めている薄暗い酒場で、俺が問いかけた言葉にGMはそっけなく返してきた。
 ここはもう少し押しこんでおくか。
「いい酒だと楽しいよな、俺ももう少しやってから雑魚寝しちまおうか」
 そう言って持っていたグラスを床に置く。
「……楽しい、か」
 床にねっ転がり、普段長い前髪に隠れている片目が見えている。閉じていた目を開き、天井を見上げるその目が名前にある通り緑色なのを、俺はこっそりと窺っていた。
「一人で飲んでたって楽しくねぇだろ」
 目を細め、GMが細くため息を漏らす。
「……うん」
 まるで全部に観念したように小さく、答えたのに俺はちょっと満足してしまった。
 ここまで来るのに一体どれだけかかっただろう。
 ようやくこの意固地な態度を突破出来たって事に自然と顔がにやけちまった。幸い、バカな事に充実感を見出してる俺の周りには、意識を失った様に寝ている連中ばかりだった。
「ようやく素直に答えたな」
「しつこいからだ」

 そうだ、しつこい奴が勝つんだよ。
 そうすると信じ続け、貫き通した奴が勝つんだ。

 暫くその状態で黙っていたが唐突にGMは起き上がる。
「ダメだ、寒い。……やっぱ帰ろう」
 そりゃな、祭りの季節は秋の終わり。もう立派な冬と言えるだろう。
「ま、それがいいだろうな」
 GMに向け手を差し出して、捕まるように顎でしゃくる。意識は酒で回り続けているのだろう、この足場の悪いところで無事立ち上がる自信が無かったのか。
 奴は素直に俺の手を取った。


 *** *** *** ***


「いや、お前俺より一つ上じゃなかったか?」
「ああ……秘密だぞ、俺、年齢2つ3つ偽って登録してるから。たぶん俺はあんたより年下」
「偽っている?……なんでまた」
「いろいろ都合があるんだよ」

 強引に肩を回して、真っ直ぐ歩けないGMと並んで歩いている。
 ぶっちゃけエトオノとクルエセルって隣同士だからな。帰る方向同じだし。
 GMは最初こそ触れられるのを極端にいやがったがもう、ここまで来ると俺のごり押しが勝ちだ。
 今までしつこさからして、かなわないと観念してくれたらしい。

「んじゃま、このあたりで離れておくか……だいじょぶかお前?」
 一応闘技場への体面ってのもあるしな。
「うるせぇ、こんな寒いとトコで寝れるかよ。這ってでも帰る」
「帰りたくないんじゃなかったのか」
「当たり前だ、帰りたくなんかない。あんなところ……誰か好んで」
 どういう都合があってそんな事を言うのやら。まぁそのうち吐き出させてやろう。次の目標が出来たぜ。
「だったらお前、大大会出てさっさとエトオノを出ればいいじゃねぇか」
「…………」
 その問いには無言を返し……GMは揺れそうになる体をなんとか街路樹に捕まってまっすぐに保ちながら答えた。
「俺は、戦い続けたいんだ」
 初めて聞くお話だな。当然だけどな。ふぅん、
「なんで」
 疑問符を返されてGMは少しうつむいた。吐くのか、と思ったがそうではないらしい。
「……さぁな、……なんでか分からなくなってきた」
「やっぱりあれか?」

 奴が舞台で引き起こす遠慮ない殺戮を思い返す。

「……殺したいからか」
「……そう思っていた時があったのは否定しない」
 GMは俺に向けて俯かせていた顔を上げた。
 魔法による街灯の明かりに、奴の目が珍しく覗いていて俺を見ている。
「こいつは是が非でも殺したいと思っていたのならそれは、そう云う事だろ」
 そう言う理屈があるわけだ。GMはエトオノ内部でもずいぶん嫌われているからな。こうやって顔を隠しているし、親しく人と話す訳ではない。こいつはそういうある意味幼稚な反感を抱え、それをよりどころにして対戦者にうっぷんをぶつけては殺してしまう。
 好きではない、いつか殺してやると思っている者が大半だからそうするってか。
「俺は?なんで殺さなかった」
 いつか聞きたかった事だ。しかしGMの答えは簡潔だ。恐れいる。
「簡単だ、別にあんたは殺したいとは思っていなかった」
「なるほど、遺恨ある奴と無い奴がいるんだな」
 俺の推測に再びGMは顔を伏せる。

 口の中で何かをもごもごと呟いた。
 聞こえなかったな、何だ、と聞き返してもよかったのだがあえて別の事を問う。

「ずいぶんおしゃべりになったじゃねぇか」
 そろそろしゃべり過ぎた、という事を自覚し始めたのだろう。酒の酔いも程良く冷めてきたに違いない。GMは小さく悪態をついて踵を返した。
 無言で立ち去ろうとする背中に俺はなおも笑いかける。
「いいじゃねぇか、胸の内吐き出すとスカっとするだろ」
「……やめろよ、いずれあんたも殺したくなる」
 そいつは本音か?それとも脅しか。
 俺は目を細め言い返してやった。
「そうやって全部消していけば、お前の中で全て無かった事になるのか?」
 ふらふらとした足取りで立ち止まり、GMは俺に向けて答えてくれた。
「ああ、……そうはならないという事をきっと、俺は知っちまったんだ」

 奴は何も考えてないようで、まぁ……色々思う事はあってそういうの、きっと一人でうだうだと考えていたんだろうなと思う。

「よぅ、お前明日もヒマだよな」
 返事は返ってこないが俺は勝手に約束を投げつけておいた。
「明日も来い、俺はお前と話がしたかったんだ」



 緩やかに解けていく、自分で自分をがんじがらめにして、固く閉ざしていたものを無遠慮にこじ開けてそれで……解けてしまった分そこに、他のものが絡まる余力が生まれるんだろう。

 俺はたぶんそういうのが怖かったんだろうと、酔った勢いでそんな事を奴は言っていた。

 人を、他人を信じるのがそりゃーもうめんどくさかった。

 さんざん人に裏切られ、踏みにじられ、嘘を付かれた続けた挙句に他人が隙間に入り込んでくる余地を残すのが嫌になったんだ……と。



「いやぁ、全部ぶちまけちまうとなんかもう、だから何って気分だな」


 そしてあいつは開き直った。
 隣に誰かが居る余地を取り戻した。

 そんでいずれ……全てをその隣に許す事になるのだ。

 あいつには最初からそういうバカ広い隙間があったのだろうか?それとも、凝り固まっていた時代の長さの反動なのだろうか?
 あんなに同じ闘技場内で敬遠され、恐れられ嫌われていたアイツにも俺と同じくコバンザメがくっつくようになり、そういう奴らをGMもこっちくんなオーラ全開にしてムダに追っ払うような事はしなくなった。
 ちょっと前まで分厚い壁おっ立てて好んで孤立してやがったんだがな。俺から促され、どうでもいい事から自分がたどった経緯について話にして吐き出して、開き直った途端にそいつが晴れた。

 簡単なもんじゃねぇか。

 いや……そう、簡単なんだろう。問題はそういうのドコに吐き出すかって事で、吐き出したのを受け止めてくれる奴がいるかどうか。
 そっちがきっと難しい。


 思い出している。


 そう言えば『俺』、そう云う事を言われたことがあるよな。何時だっけ?
 そのようにリクレクトではない、日常の中に埋もれた似たような出来事を探る。
 思い出してみると俺はリアルじゃこうやって、どうでもいい話の相談相手になる事が多いという事を思い出している。
 どうでもいい話だとは思うが話している当人にはそうじゃない、って事は分かってる。
 だから俺はどうでもいいと思うけど受け止めている。
 吐きだして、それでうっぷん晴れるならそうすりゃいい。

 そうだ、思い出した……マツナギだ。

 出会いは忘れもしない、普段は行かない大型筐体の多いゲーセン、というよりあれはレジャーランドという規模か?俺はそこにゲーム目当てではなく普通に友人らと遊びに行ってそこで偶々マツナギと出会った。
 これも話すと長くなるが、残念ながら気易く話していい事じゃねーんだ。
 俺は彼女の『どうでもいい』話を聞いた手前、俺からそれを話していいものとは思っていない。
 だって、今まで俺からヤトの過去の話を積極的に話した事はないだろう?今回の過去話だって、奴が何ともない過去だと言い切ったから公開してんだ。それと同じだ。
 こうやって過去をリコレクトするのは、してもいい、むしろやれよとあいつから促されたからだ。
 どこでって?さぁな、どこだろう。

 でもマツナギの話はそういう許可を得てないからな、詳しい事は話せないが……。
 とにかくマツナギの話を俺は受け止める事になっちまった、色々あってな……それ以来何かと世話焼くようになってしまったわけだが、そうやって『更生』したナギはそれを促してくれた俺に、感謝の意を述べてきたんだ。
 おいおい、俺は何もしていない、俺はお前の話を聞いただけだと答えたさ。
 そしたら彼女はそうじゃないと首を振って俺に言ったんだ。

「今では簡単な事だったなって思ってる。でも、簡単だという事に気が付かせてくれたのはあんただ」

 俺はあの時の事を繰り返していたんだな。相手は、違うけれども。
 なぜ繰り返す必要があるのだろうか、気が付いている。

 その時俺もまた変わったからだ。
 どうでもいい事でも受け止める、ただそれだけで人を救えるのだという事に気が付けた。

 だから繰り返しているんだ、それはたぶん俺にとっては重要な事なのだろう。
 忘れるな、夢の中で反芻される過去の出来事は俺にとって重要な価値観を思い出させてくれている。

 そして俺に決断を迫っているんだ。

 お前も一人で抱えているな。
 いつかきっと、心を許せる誰かに溜め込んでいるそいつを吐き出せばいいんだ……と。 


*** *** *** ***


「お前、節操がねぇだろ」
「どういう意味だ」
 呆れている訳じゃねぇ、俺はこの戦いを楽しみにしていた。

 大歓声に揺れる闘技場、場内アナウンスの声さえ霞む怒号のただ中にあって俺は、会場案内が何を賢明に、一方的に説明していやがるのか知っている。

 これはエズ闘技場始まって以来の『大因縁対決』。

 4回目。
 2回目までが限度と言われるのに、3回目を俺の勝利で終わらせてのち……今後訪れるはずがなかった4回目が行われようとしているのだ。

 分かるだろう?
 俺はGMと4回目の対戦に当たったのだ。
 3回目が巡ってくるのは奇跡と言われたが、俺はそいつが来るのは知っていた。
 クルエセルのルルはそうしたがっていた。そして……エトオノの経営陣も事もあろうかGMの奴を俺にあてたがっていたのだ。
 ただクルエセルとエトオノ、双方経営陣の思惑は異なっている。
 ルルはより良い儀式への『生贄』を見定めるため、そしてその生贄を育てるために因縁を育てようとの意図からだ。
 対するエトオノは……どうしても、GMを潰したい。そういう意図からエトオノの駒を消費するのを嫌がり外部の因縁を望んでいる。
 自分の所の闘士であるにもかかわらず、かといって他の闘技場に渡したくもない。
 エトオノはGMを公式に、光ある場所で殺したくて仕方がないらしい。

 そうだとはっきり……聞いちまったからな。

 3回目は確かにあったぜ。そしてそれは俺の勝利で終わった。
 そんで4回目が今まさに始まろうとしているんだ、当然俺は3回目の時にGMに止めは刺さなかった。
 なんで生かした?
 2回目の時と同じか、いやそれ以上の勢いで運営陣営が怒鳴り込んできたぜ。流石に専属でも今回は許さんとばかりの剣幕だったが……怖くはない。ルルが助けてくれるだろうという意味じゃねぇぞ。
 罰を与えたいなら遠慮なくそうしろ。
 俺はそうなる事を自ら選んだ。
 ところが結局はルルに助けられてしまった形だ。面白くねぇ、勝手に借りを作らされた。
 ……いや、それこそが俺が背負うと決めた罰なのかもしれない。

 そうやって3回目の戦いを終えた後、4回目は無いと言われたな。
 ルルはもう二度とGMとの対戦は組ませないと、俺に断言した。
 じゃぁなんで4回目なんだって?まぁこれが……色々あるんだよ。
 そうなった間に色々あったのさ。

 とにかくルルが切望した3回目が終わり、その後もう二度とGMとは戦わせないと言われて、何故だと尋ねても良かったが俺はあえて……何故なのかはルルに聞かなかった。
 理由が推測出来たという事ではないので何故なのかは分からない。
 だが、その頃のGMの仕上がりは相当に良かったから……ルルは、奴が『完成』したと思ったのかもしれねぇ。
 ぶっちゃけて3回目の因縁対決俺が勝ったが、勝てた理由がはっきりある。
 3回目当たった頃、GMは勝率を9割に上げていやがった。
 奴は過去の敗北分を上回る勝利を重ねていたという意味だ。それに通しての勝率というのは戦士の成長とう云う意味で情報として役に立たないものであったりする。基本的には一定の期間ごとにリセットされ認識されているもんだからな。

 過去、敗北もあったグリーンモンスターはもういない。
 その頃、奴は無敗の怪物になってた。

 その無敗の怪物に事もあろうか俺は、勝ったのだ。勝ってしまったと言ってもいい。

 許されるなら俺は3回目、あいつと戦いたくなかった。

 なぜ殺さない、その時の俺に対する反響はすさまじかったぜ。クルエセル内部でも大ブーイングでな、GMと仲が良い事は一部の連中しか知らない事だったのだが、これを機に、秘密だった事がばらされてお前は友人だから奴を殺さなかったんだろう、的な事でさんざんなじられたものだ。
 そうじゃねぇ、あの時あいつは事もあろうか万全じゃなかったんだ。
 試合前日に闇打ちにあって不当なハンデを背負っていた。

 そんな奴に勝っても全く嬉しくねぇ、この俺の哲学が分からんのか?

 あの時、裏で何が起こっていたのか。すぐには判明しなかったし、多くの者は『よくある事』としてすぐに忘れやがったが……俺は、忘れてなんかいなからな。

 しばらく経ってから俺はGMを襲撃して、試合で不利にさせようとした奴らを突きとめる事になった。偶々じゃない。すべて寓意の上で起こっていた事だったからだ。俺は知るべくして知ってしまった。

 闘技の町エズで、国の神事として厳かに規則にのっとり執り行われるべき儀式の意義。
 そいつが金儲けなどによって酷く汚され、そういう行為の果てに剣闘士達が不当に扱われ、使い捨てられていく。
 そうだというのは聞いていた。そうだという事には気が付いていた。

 もう二度と、そんな風に汚された戦いをけしかけられ、望んでもない勝敗を付け、勝手な憶測で俺の拳の意味を語られるのはごめんだ。



 だからこうやって4回目がある。
 それは俺が望んだからで、志を同じくしたGMが俺と同じように思ってくれたから。
 闘うしか能のない俺達は、闘う事でしか現状打破が出来ないんだ。
 闘って闘って、純粋に闘う者がここでは一番正しいという事を証明するしかない。

 拳を打ちならし、肩幅に足を開いて肩の力を抜き拳を下ろす。
 一瞬自然体にしたのち……緊張をともなって対戦相手に視線を投げた。

「お前の武器はそれでいいのか」

 対するGMは……剣闘士ではめったに見る事が出来ない型に構えなおして武器を握り直し、切っ先を俺に向ける。

「勿論だ、全く毎度悩ませられるんだよなぁ……兄さん相手じゃドレがいいかとか」
「普段は悩んでねぇみたいじゃねぇか」
「……悩まないだろ」
 だろうな。
 剣はもちろん、投器から鈍器、長物に至るまで癖のある武器でさえ使いこなし、あまつさえ防具を防具として使う事にも長けている奴は、どんな相手にもそれ相応の武器をひっつかんで応対できる。
 自分が操れる武器で戦術を練る必要がねぇんだろう。
 ついでに言うと奴はそこからもう一歩前に進んでいる。
 あらゆる武器を使えるという事は、あらゆる武器の弱点や癖を完全につかんでいるという意味だ。
 だからこそあえて相手に合わせた武器合わせをする必要すら無い。
 相手の武器を見て、自分の武器を何にしようかなどと悩む必要は奴には無いのだ。恐らくいかなる武器に対しても、いかなる武器ででも応対するだろう。

 こいつはそういう奴なのだ。

 俺にだけは何がいいだろうか、と悩んでくれるとは嬉しい話じゃねぇか。

 節操無い、と言ったのはGMの戦闘スタイルだ。呆れてるんじゃない。
 俺と本気で戦うために何が最善か一々悩んでくれやがる好敵手をありがたく思っている。

 だがきっと多くは呆れてるんだろうな。事もあろうか拳一つの格闘野郎に、GMが取り出してきたのは細い針だけのフルーレと来た。もちろんそれに合わせたスタイルで構えやがっている。
 多くの剣闘士がその戦術を取り入れる事はしないというのにGMは、事もあろうか西方の上流階級が趣味で取得する部類の闘技で俺に挑もうというのだ。
 遊んでいるんじゃないのは知っている。
 奴は本気だ、ガチだ。

 あのチンケな針一本で俺に勝てると思ってるし、悩んだ挙句それが一番だと判断したのだろう。

 長い針を小さく手元でもって揺らし輪を描く。
「始めようぜ、」
 新聖なる儀式を。
 新聖なる、殺し合いを。

 長い前髪の間から覗いてくる目に光が灯ってる。
 俺は好戦的に口元をゆがませて……俺が忌避した、逃げだした世界の大嫌いな武器第一号を目だけで睨みつける。
 きっと初戦と同じく双剣で来るだろうと思っていたから少しだけ……動揺しているかもしれないな。
 こんな揺れるなら先に、奴の武器が何であるのか見ておけばよかった。
 GMの野郎は俺が拳一つである事は知っているだろう。だから奴は俺の武器が何であるのか事前に渡される書類に目を通す意味がない。だから、俺もGMが何で挑んでくるのかはあえて見ていなかった。
 GMに限った話ではないか。
 俺はずっと……そうやって相対するのが何であろうとこの拳で粉砕してきたんだ。
 命は砕かず、俺と違って必ず武器を帯びてくる剣闘士どもの命に匹敵するものを砕く事で勝利を重ねて来た。

 今回もそうすりゃいいだけの話。

 逃げたりせず、まっすぐに突いて来る攻撃。
 正面から受け止めて、その細い針をへし折ってやればいいんだ。拳に纏った僅かな鋼に、点の攻撃を捕えるのは難しい事じゃない。
 その武器と武器を握る手と、そこから先にある腕一本吹っ飛ばす一撃を叩きこんでやる。
 今更手足の一本や二本、命の何割か削り取るのに遠慮などしない。
 ダチだから何だ、遠慮でもすると思うのか?俺はそんな奴だと思われてんのか?
 俺の何を知っている。
 今、同じく無遠慮に俺の心臓めがけて針を突きだすGM以外に、俺を正しく理解してくれる奴は果たしているのだろうか?
 小さな罪悪感に心が揺らぐ。
 その揺らぎさえ、俺は拳に載せるしかないんだ。
 こうやって撃ち合う事でしか俺は何も語れない。
 いつになったら言葉で……理解しやすい言語で、しまい込んで硬く結んでいる心を俺は晒すのだろう。

 お前には俺のこの拳の意味が分かるか?

 的確に打ち出したはずの右腕が跳ね返る。
 右拳を覆っていたはずの鋼がはじけ飛び、鮮血が空を舞うのを視線で追いかけている。
 鋭く視界を戻す、同じく俺の攻撃に弾かれた針をわずかな動作で構え直した。GMの視線は全くぶれていない。
 針を折りそこなった?違う、直観で把握する。

 俺の大雑把な拳の攻撃力を、奴の超一点に絞り込まれた一撃が超えやがったのだ。

 重心をひたすらまっすぐに打ち出されたその攻撃はたった一点、この俺の破壊の拳を凌駕した。一点とはいえ勝った方がその場を貫く。
 ……正面衝突は部が悪い様だ、こっちの力も利用してあの針は俺に刺さる。針をへし折るには針の横から殴るしかないか。
 そこで俺はその作業が非常に困難である事に気が付いた。GMの武器を攻撃しようにも余りにも当たり面積が小さすぎる。
 GMは斬撃を捨て、攻撃範囲を超最少に絞り込んできたって事か。
 武器を破壊されてしまう危険をそのように、考えて回避したという事か。

 次の一撃を俺は……受ける事を諦めた。

 避けた、避けるのは問題ない。GMの攻撃できる範囲はとんでもないぐらいに絞られている。
 奴は俺に武器を奪われない為にも、中心をほとんどぶらす事なくまっすぐにしか突けない。

 とはいえ、この俺が避けなければいけないとはな!

 相手の突進を躱してそれでついでに、攻撃出来ればいいのだがそうは問屋が下ろしてくれない。
 避けるという技能で言えば間違いなく……GMの方が上だ。
 突進してきたと思ったが奴の姿はすぐにその空間から掻き消える。
 錯覚だ、奴の左足は最初に踏みしめている場所からほとんど動いていない。
 体全体をバネのように伸ばして突きこんできているだけで、正しく元のポジションに戻って俺を正面に捕えて構え直している。

 意趣返しされてんのかもな。

 これから起こる展開を俺はそのように予感し……苦笑いが漏れていた。
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