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完結後推奨 番外編 西負の逃亡と密約

◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -11-』

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◆BACK-BONE STORY『西負の逃亡と密約 -11-』
 ※これは、本編終了後閲覧推奨の、テリー・ウィンの番外編です※


 何度か同じ事を繰り返し、俺はなんとか攻撃に転じるも上手くリードを奪えない。
 正しい姿勢で構えているGMは難なく俺の攻撃を避けて回避しやがる。距離を詰めようとすれば間違いなく心臓を貫く一撃が待ち構えている。その貫通力があり過ぎて、俺はこれを反らす術が無いと来た。
 大したことが無いと思って居た、あの針のような剣技は、見合った構えで相対するとここまで強大な武器となるのか。

 気がつけば何度か貫かれ、その度に俺の体から鮮血が吹き出す。
 致命傷は避けている、傷自体は小さいのでダメージは無いと言えば無いのだが……。

 恐らく観客どももたかが針と、GMの武器を笑っていたのだろう。
 所が今、そうではないという状況に気が付いて来ているはずだ。

 その鋭い切っ先に、心臓や、大きな血管を突き差されたらどうなるか?

 その突貫力たるや俺の渾身の一撃をも貫通する。鋼を砕く俺の拳を貫通するんだぞ。鎧をまとい重ねた所で防げないという意味になる。
 この鋭い一撃は、使う者によっては必殺の攻撃手段になるという事を思い知っている事だろう。

 とても小さな的ばっか狙ってるから悪い。
 俺は武器破壊は諦めて直接GMを壊す方向で何度か攻撃を叩きこんだ。
 相手の避け技能もずいぶん極まっているが俺だって、奴と当初戦った頃と同じじゃねぇからな。打撃の正確さと速さは相当に磨きをかけた自負がある。
 ただそうすると、どうしても攻撃力が落ちてしまう。多くは十分と言う攻撃力を有しているというが、俺に言わせるとちょっと弱い。
 だから武器を破壊したり、虚実を混ぜた戦闘技術そのものも磨いてるんだ。
 何発か手応えはあったが、そのいくつかはしっかり左手につけているプロテクターで往なされてしまった。足元を掬ってやろうと思った回し蹴りはほとんど不発に終わっている。
 西方のお遊び剣技と思っていたものが思いの外、完成している事を思い知らされている。

 隙が無い。

 一瞬抱いた弱気を見抜いたように伸びてくる切っ先に避ける余力を奪われる。

 正確無比に狙い澄まされた一撃がドコを目指しているのかは分かっていた。
 分厚い骨を交差させ、必死にかばったが止められない。

 俺の心臓が悲鳴を上げている。

 激しい内側からの痙攣に脂汗がどっと噴き出し、俺は闘いが終わった事を知った。

「……俺は」
 GMの表情は相変わらず分からない。長い前髪が会場に渦巻く風に揺れているが……だからこそ、よりぼんやりと奴の表情をを覆い隠していた。
 至近距離、針に両手を挿し抜かれ、心臓を突きさされている俺は一切身動きが取れずGMの言葉を聞くしかできない。
「借りは返す主義だからな」

 じゃぁまた決着はつかない事になっちまう。
 俺は苦笑い、そうじゃなくてもいいんだと辛うじて小さく首を振っていた。
「余計な事をしやがる。……俺を踏みにじっていくんだ」
 しっかり頂点取りやがれ。
 この大会、優勝が『定められている』あいつを殺せ。
 悪しき因習を終わらせろ………お前の手で。

 GMは武器から手を放した。
 今針を引き抜かれたらそれで完全に勝敗が付くから、だろう。
 俺は今、ヘタすると死ぬ状況にある。傷が小さいから助かる可能性もあるだろうが分からない、この状況だともしかすると死ぬかもしれない。
 しかしGMは俺の心臓に突き刺さっている針を抜かず、静かに武器から手を放し俺に慈悲を垂れやがったのだ。
 ばーか、これで。

 お前は何の借りを返したつもりだ。


*** *** *** ***


 4回目の対戦は再び俺の負け……か。
 医務室で針を抜かれ、命を繋がれて……俺は、遠くから響いてくる歓声を聞いている。

 傷が小さいから手当は少なく、ベッドに拘束される事は無かった。年代によっては施してくれないが、怪我の具合によっては魔法による治癒って手段もあるからな。
 比較的綺麗で小さな傷には魔法による傷塞ぎがてっとり早いってんでそれによって、あっという間に俺はベッドからおさらばした。
 とはいえ暫くはあまり暴れるな、と言われている。
 両腕を砕いた部分の治りは遅く、実際今も青黒い腫れと一緒に鈍い痛みが強く残っている。

 大大会の上位決選はおおよそ4日に1回の頻度だ。その間、他順位決定戦が消化されていく。
 GMの次の試合までに顔を合わせが出来るな、と俺は奴をねぎらうためにも酒場に出向こうとしたんだが……。
 人通りの少ない路地で耳障りな声に呼び止められていた。


「手を抜いたのか?」
 この全く分かってない野郎は、と怪訝な顔を向けるとそこには……血色悪そうな男が控えを何人かひきつれて立っている。
 待ち伏せてやがったな?
 あっという間に退路をふさがれ、俺はこの胸糞悪い奴との会話から逃げ出す事を諦めた。
「そう見えたってんなら、あんたは闘技を見る目がない、と言うしかねぇな」
「……闘技など、見る必要はない」
 そっけなく言い捨てたこいつは……エトオノのエラい人だ。
 ……エトオノの経営陣のエラい人ってのはつまり何だと思う?
 難しくはない。ようするに、エトオノの家の中の人、あるいは中に入ろうとする人という事になる。
 そいつはエトオノという名前を持つ女、アベル・エトオノの許婚って事にも通じるな。
 そうだと大々的に発表されてはいないがそう云う事だろう事は想像に難しくない。

「……何か用か?」

 だから、俺は実際アベルにこれと結婚すんのか?と聞いた事がある。
 ……GMがらみでついにアベルとも酒を飲むようになってしまったのだな俺。あ、実際にはあのお嬢様は酒にめちゃくちゃ弱いので酒は飲まんのだが……まぁいいけど。

 いいんだけど、アベルと知り合いになった事はルルを喜ばせてしまっているみたいでなんだか尻の座りが悪かったりもした。
 GMとつるんでいるクルエセルの酔狂な専属闘士、って振り込みでルルの野郎、そのエトオノのエラい奴を俺に引きあわせやがったのだ。
 いや、ルルいわく奴の方から俺に話があるような事言ってたっけか。
 何でそんな奴と会わなきゃいけないのだともちろん反発したが、お前は私の客人だろうと足元見られてしまった。すっかりその時借り……作っちまってたし。

 そして引きあわされたのがこの、カーラス・ブルー。
 あれ以来特に二人きりで顔を合わせた事は無い。稀にアベルを追いかけているのを見る事があったが、ルルから引き合わされている事はお互いに秘密、となっているようだ。
 俺とカーラスはお互い名前は知っているがそれだけの仲、だとアベルも、GMも思っているだろうが実は、そうじゃない。
 黙っていないで話しちまえばいい事かもしれないが俺は……どうしてもGMとアベルにこいつと会った事を話せなかった。なんでかって?俺がダンマリしているルルとの因縁から説明しなきゃいけねぇからだな。

「今度こそ殺してくれると期待していたんだがな」
 未だにそんな事引き摺っているのか。
 呆れたくもなるが……ここまで来ると狂気の沙汰のようにも思う。
 ルルと同じくで……関わり合うのさえ遠慮したくなる。同類なのだろう、今はそう思う。

 こいつこそがGMを、公に、光ある場所で殺したくてたまらないエトオノの『癌』。
 もっともそれはカーラスが全面的に悪い訳じゃねぇな。こいつがこうやって癌化した理由も、腐っちまう理由もそれなりにあって同情する余地はあるかもしれない。
 カーラスはアベルの許婚だが、アベルはこのカーラスが大っ嫌いなんだそうだ。
 いちいち酒が飲めない癖に酒場にやってきてジュース飲みながら大々的にグチりにくるくらいだ。それをお目付け役を兼ねているカーラスが必死に追いかけ回していたりして鉢合せ、アベルは嫌な顔をして遠慮なくカーラスをぶん殴るというとんでもない悪循環がある。
 そしてそこには困った事にGMと俺がいる、と。
 出来ればエトオノのエラい人になど関わりたくないGMであるが、最終的には気絶したカーラス担いでエトオノに帰らなきゃいけないというそりゃもーコメディな出来事が珍しくもなんともないのだ。

 アベルは、カーラスの『私、貴方の許婚ですよね?』という態度に辟易している。

 あんな奴とは絶対一緒になりたくないそうだ。俺の、籍入れるのかという問いにはっきり答えたな。
 もちろんアベルの性格だ。
 俺だけではなく当のカーラスを目の前にしても同じくきっぱりとあんたなんか大嫌いだから結婚なんかしないと言うのだろう。
 GMいわく、何度かそんな修羅場を見た事があるとの事だ。流石にその修羅場は俺は見たことねぇ。つか、見たら巻き込まれそうなら見なくていいな。
 カーラスも流石に大勢の前では『私、貴方の許婚ですよね?』とは口にはしないからな。
 ……全くGMもGMだ。
 カーラスが腐ってるのに自分も絡んでいる事をあいつ、認識しようとしたがらねぇ。確かに巻き込まれるのはごめんだ、という気持ちは分からんでもないが……。
 ぶっちゃけがっつり巻き込まれてるからお前は、そんなに不幸なんだろうが。

 かといって、アベルははっきりとGMの方が好きだと公言しているのかというとそうでもない。
 あ?
 ああ、だからそれが問題なんだろ?違うのか?
 けどなぁ、どうなのだろう。
 あいつらはあいつらで仲いいのか悪いのか俺にもよく分からない。

 昔、俺が初めてあの二人が一緒にいるのを見た時と同じだ。
 男女の仲というよりは、昔からずっと一緒にいる兄弟みたいな関係が続いているように思う。

 しかしどうにもカーラスの色眼鏡だとアベルとGMはのっぴきならない関係に見えてしまうらしい。
 ……そりゃしかたねぇよな、アベルも付き合いやすいとか、弱み握ってるとかでさんざんGMをこき使う要領で連れ回している。もっともこの状況、カーラスだけではなくエトオノ経営陣全体としても良く思っていないらしい。

 そこで全てのとばっちりがGMに向く……と。

 非常に悪い循環が繰り返されてはGMがすり減っていくという具合なのだ。

 さっさと独立した方がいいぞ、と今では仲間うちで本気にGMを心配する声が大きい。もちろんGMも割とその気になっている。逃げ出す隙があるなら逃げようとしている。
 エトオノに居るから自分は不幸なのだ、とようやくちゃんと認識したようではある。

 だが、どうにも……奴はもう一つ余計な事に気がついてしまったのだろう。

 自分は実力を積み上げて結果、自由になれる。
 でも……あいつはどんなに頑張っても自由にはなれないんだな、って事。

 俺がGMの存在が気になってちょっかい出し続けちまうのと同じくだ。バカがほっとけとも思うがそうはいかないんだろう。


 なぁテリー、あいつはどうすれば仕合せになれるんだろう。


 カーラスと結婚は嫌だ。あいつと結婚するくらいならこの町から出て行ってやる。
 アベルがそう言った次の日に、GMはそっけなく俺に問いかけてきた。
 アベルの前では惚けている癖に、奴はもう……とっくの昔に気が付いているんだ。

 かつてあった立場が逆転し、逃げだすに逃げだせない運命にがんじがらめで不幸を背負う人がいる事を。
 かつて自分がその人に救われた事。そうと望んだ訳ではないけど結果的に救われていて、だから今こうやってここにいるのだという事を奴は知っている。

 俺は笑いながら言ってやったぜ。
 簡単だ、お前が奴と駆け落ちかませばいいんだ。
 言ったら結構本気でぶん殴られた。もちろん殴り返してやったけどな。
 それは言葉にはされてねぇけどようするに、そんな事は出来ないという事だろう。
 なんで出来ないんだと俺は殴り返してやったわけだが。

「……俺、アイツ大嫌いだもん」
 お互い頬を腫らしているのを氷で冷やしながら、何事かと集まってきた酒場の連中を追い払い、俺はGMが呟いた言葉を笑う。
「大嫌いならいちいち心配する必要ねぇだろうが」
 その通りなのだろう。だがどうにも腑に落ちない、その理由を悟ったようにGMは言う。
「借りがある」
「どんな?」
「……んぁ、いや……説明出来ねぇよ。長くなりすぎる」
「弱み握られてんだろうが」
「同じくらいあいつには助けてもらってたんだよ……そうだって、気がついた」

 まったく素直じゃねぇ、俺は笑いながら呆れ、ぞんざいに……冗談として応えてやった。

「奴がエトオノである限り『逃げる』以外に選択肢は無ぇんだろうな。でなきゃ、カーラスが死ぬとか」
「……なるほど」
「真面目に取るな真面目に」

 

 あれから何年立ったろう。
 結構な年月立ったがいまだカーラスは、アベルを正式に娶る事が出来ずにいる。
 いろいろやっちまったからなぁあのバカ。俺も……いや、俺達もそれにちょっと付き合ってやってしまった。
 『手紙』に集った剣闘士達は島の垣根を超えて一致団結し、悪い事なのだが行われる試合を緻密に計算して勝敗を操作する事をやり始めたのだ。
 これに協力した剣闘士同士は命を奪わない、という秘密協定を結ぶために……な。
 立派な八百長だ。
 金は絡んでないけど剣闘士に取っちゃ金より自分の命が第一、だろ?
 何の事は無いように思えるだろうがこれが、結構大変な結果を生み出す事になるのだ。
 一人計算が得意な剣闘士が居てな、そいつは御多分にもれず闘技成績自体はあんまよくないんだが頭は飛びぬけて良い。
 試合数などを見ただけで経営陣が何を考えていて次にどういうトーナメントを組むか、ってのを先回りして予測するのに長けていやがった。そこで、そいつに頼んで俺やGMなど協定を結んでいるある程度実力のある剣闘士が、協定を結びそうにない剣闘士に当たるように勝率操作を頼んのだ。

 GMと俺はその後も無敗を誇り、いかなる強い相手にあたっても全て撃破し続けた。

 ついでにこれに拍車を掛けた出来事がすでにその時はじまっていた。それがようするに俺とGMとの3回目の対戦だ、あれ以来エトオノとクルエセルの仲は輪を掛けて悪くなり、あからさまな戦争がおっぱじまっちまった。
 何が始まってたかって、対抗トーナメントが組まれては殺し合うというものだ。
 普通これには若輩者が鉄砲玉みたいに打ち出されていくのだが、本気になった双方は小手調べを辞め、遠慮なく相手を全部殺せる剣闘士をそろえて出してくるようになりやがったのだ。

 結果どうなったと思う?
 全く狙い通りだ。
 エトオノとクルエセルの経営が悪化した。
 当然そうなるだろう。無茶な戦争に最初こそ多くの観客がついたがそのうち弾切れになった……つまり、実力ある剣闘士達がごっそりいなくなり、双方専属を雇わなきゃいけないハメになったのだ。
 ところがここで、秘密協定が効いてくる。
 この時すでに秘密協定は一部純粋に戦いを楽しみたいという名のある専属剣闘士達の間にも広めてあってだな……。
 エトオノとクルエセルの戦争状況を知っている専属連中は、多く二つの闘技場を忌避し、契約するに必要な契約金をはね上げてぼったくる。

 エトオノ、クルエセルというブランドに頼っていた経営は地につき、ついでエトオノは経営トップを次に替えるなんて悠長な事をしているヒマは無くなり当然、アベルの契約結婚は延び延びに。

 まさかこんなに上手くいっちまうとは、俺は……事態に苦笑いを浮かべるしかない。

 何故上手く行ったのか俺は知っている。
 実は『そいつ』にはもう一つの名前があるからだ。

 エズ闘技儀式浄化協定……。

 それは、ルルが狂信的に望んでいる事だ。
 イシュタルトに捧げるに正しい儀式があるようにと望む協定でもある。


「……約束が違う」
 ぼそり、とカーラスが呟いた言葉に俺のリコレクトは止まった。
「約束?俺とお前で何か約束なんかやってたか?」
「この大会で奴は、死ぬ……と、約束されていたはず」
 知らねぇな。
 だが、そういう裏約束が無いとは限らない、か。
「俺は、聞いてないが」
 あてが外れた事に少しショックを受けたようにカーラスの表情が歪む。
 という事は……俺は内心苦く現状を把握する。

 そんな約束をしたのは……あいつか。

 俺はため息を漏らし、いつだか面と向かって言ってやった事を繰り返した。
「ほっとけよ、あいつはお前の大切なモンを奪おうって意識は無いんだって、前にも言っただろう?」
「アイツの意志などどうでもいい事だ、関係はない。あれが、いなくなればそれで済む問題だと答えたはずだ」
「だったら、エトオノから追い出せばいいだろう」
 遅いんだよ、もっと昔にそうしてりゃよかったろうに。
 その頃はまだカーラスに、それほどの権限は無かったという事だろうか?
 GMを今追い出してしまうのは損失なのだろう。それくらいにGMは優秀な剣闘士である事に変わりない。
 だから殺したい。
 公に、光のある場所で。儀式の内に死んでもらいたいと奴は願っている。
「……どうして」
 その続きは俺には聞こえなかった。もういいだろう、コイツと話す事なんてもう無い。
 強引に場を後にしようとした。取り巻きも俺を止めはしなかったが……声が、後ろから追いすがってくる。
「……コバルトを、」
 その名前に驚いて振り返る。
 暗い表情にぎょっとして、なぜこいつからあのコバルトの名前が出てくるのだと警戒した。

 警戒もする。

 後味の悪いあの事件を思い出し、俺は顔をしかめていた。

「殺したのはお前だと聞いたが、本当か?」
 眉をひそめ問いかけの意図を探す……が、よくわからん。
「だとしたら何だ?文句があるとでも?儀式の結果だ、」
「知っている。だがお前は任意で命を奪ったんだろう」
 なぜこいつがあのコバルトに拘るのか、理由も良く分からずに俺は返事を返していた。
「そうしてはいけない、とは聞いていない」
 俺にはコバルトを殺してしまう理由。GM風に言えば、こいつは是が非でも殺したいと思いがあった。
 人を殺すのを任意で辞め、その代り武器から始まる剣闘士の意志を折る事に特化した俺が……つい最近の中で唯公式記録で命を奪った試合でもある。

 巡ってきた対戦を前に、こいつは殺さなきゃいけねぇんだと俺は……。

 はっとなって暗い顔を見上げる。カーラスは俺ではない、どこか遠くをみやったまま言った。
「そうだな、いつか失敗するだろうなとは思っていた。もう止めろと、俺が止めても聞いてくれなかった」
「……何?なんでお前がエトオノに居る?」
「逆だろう、なんであいつがクルエセルにいる、ではないのか?」

 今気がついた憶測は、当たりか……?

「狂った兄だった、だが俺も今……きっと静かに狂い行く。この狂気の元は何だろう」
 淡々と過去系で完結させてカーラスは俺に背中を向け、狭い路地の奥へ暗がりへと消えていこうとする。

 止められない。止めてどうする、何を聞く?

 あの5本指の最後の一本、コバルト・ブルーの事件の背後にある意図の、尻尾を捕まえたはいいが……どうすればいいのかと立ちすくんでしまった。


*** *** *** ***


 俺は酒場に行くのをやめ、今自主的に……ルルの部屋の前に立っていた。
 ノックするに入るよう促され、きっと驚かせてやったと思ったが……残念ながら狂人はこんなことでは驚いてはくれないらしい。
「ふむ、何か面白い発見でもしたかな」
「……お前は、何をたくらんでる?」
 まどろっこしい質問はいらんだろう。
 きっとこいつは、俺が何を知り、何を望んでそういう問いを投げかけるのか知っているに違いない。
 小さく失望の吐息を吐き、ルル・クルエセルは俺に諭す。
「何度も君に言ったはずだ。覚えの悪い君にもう一度答えよう。何度でも答えてあげよう」
 右手を差し出し、恭しく見えない誰かの手を引いたようにその場で、見えない何者かの手に接吻をするしぐさを交えルルは繰り返した。
「我が神、イシュタルトに貢ぐ相応しい儀式を行おうとしている。それに見合う供物を揃え、しかるべき舞台に捧ぐ」
「それだけか」
「それだけだよ」
 俺は額を押さえた。
 頭痛がする。そうだ、こいつは『狂人』だ。
 ただそれだけの為に、どんな事でもやりやがる。
「……お前は、エトオノを狂わせたいのか」
 それは違う、そういうように小さく指を振り、ルルは笑って俺に椅子を示す。
「あれはずいぶん前から狂っている。だから正すだけだよ」
 ……狂いの尺度があまりにも違いやがる。だめだ、マトモな話は成り立ちそうにない。だが、俺は胸にある疑問を問いかけずにはいられなかった。
「お前、どっちも飼っていやがったな?」
「お前の立場が飼われる、に等しいのならば確かに、僕は彼らを飼っていたとも言えるだろう」
 狂っている癖に俺の尺度で語ろうとするな、ヘドはきたくなる。
「お前は八百長は悪しき事だ、撲滅すると言っただろう。じゃ、なぜコバルトを放置した」
「放置はしていない、ちゃんと綺麗に滅しただろう?お前がそれをやってくれた」
「俺は、」

 やらされたんじゃない。自分の意思であいつを殺した。

 思い出している。奴がいやしくも俺の前に立ちふさがって囁いた言葉。

 テリーさん、僕、貴方の為に尽くしましたよね?
 これからも僕は貴方が望む通り、どんな形でも尽くす事が出来るんですよ?

 クルエセル内部の八百長行為の元締め、コバルトの実態を知った俺がどれだけショックを受けたか、分かるよな?まさかあれが最後の指だと、俺は……最後の最後まで気が付けなかった。何しろ、成績が最下位だろ?勿論その様に調整されていた訳だが。
 だが一番ショックだったのはそれじゃない。
 一番悔しいのはきっと、その事に最後まで気が付く事が出来なかったという事。
 トビだ。
 ブラック・カイトがあのコバルトに、喰われてたいたんだ。
 トビは俺に助けてくれと言ってたんじゃないのか。
 俺の主人はルルじゃないと、教えてくれたあの日……決して真実を言えないように縛られていながら……あいつはもしかして俺に助けを求めていたんじゃないのか……?

 きっと意図的に組まれた儀式で俺はついに……トビと戦う事になってしまった。
 それは別にいい、良い戦いを捧げりゃいい話で……殺されちまうなら俺はそれまで。
 もし俺が圧倒するなら……戦いに見合い、どうするのか決めればいい。
 だが残念ながら戦いは汚されていた。
 トビは俺とまともに戦える状態じゃなかった。
 事もあろうか常習の癖のある煙草をやってから舞台に上がりやがった。
 トビが望んでの事じゃない。
 そうじゃぁなかったんだよな?

 彼の命を奪いたい訳じゃなかった。

 生かして、こんな汚い戦いを命令した奴は誰だと問い詰めてやりたかった。お前はそんな事する奴じゃないだろと殴ってやりたかった。
 もう二度と戦うな、そう意図を含め両腕へし折ってそこで終えたはずの試合の後トビは死んだ。死因が何であったのかすら俺には知らされてない。
 だがささやかに噂が流れてくる。悪意と一緒に……エトオノと全面的な戦争をするハメになったあの不意打ち事件はトビの仕業だったとか、この試合はその事実を隠ぺいするためのものだとか。
 何だ?なんで今更それが俺の耳に入ってこなくちゃいけない?
 振り返った先に居たのが奴だ。
 トビはコバルトの……指の先だった。
 そうだとコバルトが俺に、ご親切にも教えてくれやがった。
 彼が心を凍らせ神経が麻痺するに至った試合、僕との試合なんですよ……と。
 もうトビは年齢的にも使い物にならないから捨てる事にしましたと、コバルト・ブルーは長らく被っていた弱者としての仮面を脱ぎ棄てて俺に本性を曝けやがったのだ。

 バカな奴だ、そんな事言わなければ……いや、コバルトはそうやって俺を懐柔しなきゃいけない状態に追い込まれていた訳か。
 いつかそうなると分かっていたからあいつは、ずっと俺の周りをウロウロして居たのかと思うと……用意周到にも程がある。
 あえて最年少を装い表面上最弱を演出し。
 死なないように工作し、わざと最下位に隠れていやがった。

 なんでそんな器用な事が出来るのかは、コバルトが遠東方人だという事に集約されるだろうな。遠東方人というのはようするに、イシュタル国の事だが特に、髪の色と眼の色が一致した者の中に先祖返りが出る事がある。
 アベルなんかがそうだ。あいつ赤髪赤目で人より数倍で利かない程すぐれた肉体性能を持っているし寿命も長い。イシュターラーは稀にそういう特異な奴が生まれてくる事があるらしい。
 コバルトはガキに見えるが俺よりはるかに年上で、その上外見に見合わず肉体技能に優れていた。だから自分で試合の勝ち負けを選べたし、戦う前に相手にそういう結果を強要する事も出来たんだろう。
 八百長行為の元締めだ、そうするにあいつはトビを使ってた。

 俺がクルエセルの猿山のボスなら、あいつはその俺に乗っかった狡猾な寄生虫。

 こいつだけは許せない。
 今度は俺を操ろうって、そんな事が出来ると思うな。例えクルエセルのてっぺんである事を追われる事になってもそんなの構うか。
 最後にコバルトは何かしくじって、俺に挑むしかなくなったんだろうと思っていた。
 もしかするとルルに追い込まれていたのかもしれないとも思ったが……そうじゃないんだな?

「……どういうカラクリだ」
「そんな事知ってどうするんだ。もう全て、終わってしまった事だというのに」
「終わってないだろう、まだ……カーラスは生きている」
 あいつも死ぬのか。死ぬ?
 誰から、殺される。
 真っ先にGMの顔が浮かんで必死に打ち消す。
 何がどうなってそうなるんだ、訳が分からん。だが……いつか、奴が問いかけた事に俺は、何て答えた?
「お前、カーラスと何を約束した?」
「大したことではないし、お前にはあまり関係のない話だ」
「なら問題ないな、聞かせろ」
 示された席につき、俺はテーブルに腕をついて少し身を乗り出す。
「……知った所でもう君には覆す事は出来ないよ」
「俺が、覆すと思うのか?だから俺には話せない?」
 ルルは小さく笑って俺の対岸の席についた。
「お前には……もう、迷いが降り切れる兆しがある」
「話をそらすな」
「そらしてはいないさ。もはや君には昔通用した脅しは効きそうに無いな、と言っているのだよ」
 ああ、そう言う事か。

 覚悟を決めて西方に帰る事も厭わない。
 俺が、そう云う覚悟wしてるのを察してるのか。

 瞬間目を閉じて、逃げだしてきた問題を振り返る。
「……いつかは対決しなきゃいけねぇ事だ」
「そう言う風に思うようになった訳だろう」
「逃げ出したあの日からずっと思っているさ」
 ルルは微笑して手を組み、どこか中空に視線を投げた。
「あてが外れたよ。きっと君が最適だろうと思っていたのに、女神は君ではなくGMを見ている。でもこれはもしかするとお前には良い事なのかもしれない」
 ……わけがわかんねぇ。
 まるで、そこに件の女神がいるかのように虚空に視線を貼り付けて、ルルは訳の分からない話を一方的に続ける。
「彼女の望む事だから僕はそうしたのに、今になってちょっと嫉妬しているんだ」
 女神が、強き供物を見つめている事……を?
 ルルはいたずらをした様に笑って肩をすくめる。
「でも、これはいずれ必要な事だから仕方がない」
「……何が、必要だってんだ」
「お前は僕に言ったな、エトオノを狂わせたいのか……と。僕に言わせればエトオノはとっくに狂っている。だから壊すに苦労しない。突けば崩れる」
 ……こいつは、エトオノを……崩したいのか。
「しかし、クルエセルはちょっと難しい。硬い考えの人が多いからね。突き崩すにどうすればいいのか、僕はエトオノを倣う事にしたのだよ」
 その言葉に正直、ぞっとした。
 奴が何を言いたいのか俺にはよく分かってしまったからでもある。
「一つ狂えばいずれ、その狂いが基礎になる」
 両手を差し出し、神に祈るように天で組み合わせルルは恍惚と言った。
「あとは少し突けばいい。基礎が崩れれば全て、壊れる」
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