異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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番外編 補完記録13章  『腹黒魔導師の冒険』

書の2後半 現実証明補完論『扉を閉じて尚来る混沌』

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■書の2後半■ 現実証明補完論 invites chaos kamma

 要するに、呼び出したものがエルドロウである事を認知しなければいい。

 誰かにこの魔導式の本質について、感付かれる事が無いように……僕らは魔導都市から少し離れた山の中を選びました。
 万が一失敗をして暴走するような事があっても、出来るだけ被害が少ないように配慮したつもりです。

 都市から離れた晴天の、高原の下で……慎重に集めて来た要素を元に淡々と組み上げた魔導式が、一粒の小さな卵に凝縮されて滴り落ちる。

 アーティフィカル・ゴーストの卵です。

 形状は様々に出来るのですが、肉体に憑けるものであるからあまり大きくて複雑なものではない方が良い。

 小さなガラスの器に落ちた、深紅の粒を僕らは覗きこんでいました。

「これが、アーティフィカル・ゴーストかね」
 魔導師と云うと、どうしたって痩躯なイメージがあるのでしょうが我が師アルベルトは、背も高く年老いて尚しっかりとした体躯を背骨を曲げる事無く伸ばした偉丈夫でした。髪も髭も不精に伸ばしきりにしていますが、癖のあるそれらの手入れは行き届いており黒い魔導マントさえ纏って居なければどこかの町の上役にでも見えた程でしょう。
 要するに、一般的な魔導師らしい風体の人ではなかった……と、言えますね。
「そうです、あとはこれを体の中に取り込めば自動的に魔導式が、ゴーストを」
 卵を受けた平たいガラスの器は、ごくごく自然な動きで僕よりも一回り大きいアルベルトの掌に渡り、師はそれをじっくりと高く掲げて眺める。
「師衣?」
 この時初めて僕は、一つの不安を覚えてその様に呼びかけるも……すでに遅い事でした。

 ガラスの器から、一息に深紅の卵を吸い出してアルベルトが飲み込んだのを声を上げる事も出来ず、僕は目を丸くして見ていた事でしょう。
 こうなる事を……予測していなかったわけでは無いのです。
 ですが、多分……この頃からの僕の悪い癖ですね。
 最悪であるがために、そうなる事は無いと信じていた訳です。

 彼の……場合と同じで、ね。

 組み込まれた式が発動し、アーティフィカル・ゴーストが芽吹き……アルベルト・レブナントは歓喜の声を上げながら身を掻きむしる。
 能力の底上げ、その様な程度の事態では収まらない『力の付与』がこれで起きる事は僕が組んだ魔法なのです、知っている。
 彼は今、例えるなら万能感を得てあらゆる力を持った存在に成ったかの様な激しい高揚感に包まれているでしょう。
 正しく躁の薬で精神が舞い上がっている様に。
 そして実際、その通りに力を振り翳せることに気が付くのです。

 ほら、師衣が腕を振り上げた。

 その動作一つで雷が青い空を広げる天へと駆けあがる。

 両手を翳せば大気をかき混ぜ、黒い雨雲を起して辺り一面太陽の光を遮る。

 炎が舞う、地が震える、雲間を差す光を捻じ曲げる、大きな闇の穴を穿ち、そこに自在に魔導式を描く事が出来る。

「私だ!」
 
 アルベルトは吠えて、両手を掲げながらそれでもなお晴天の空へと祈った。

 魔導師は使う事が難しいとされる、祈願の魔法も自由自在。

「紫の位を超えるのは私なのだ!」

 力を得ただけではダメなのです、高い魔導技術がある事を証明しなければならない。そしてそれは、自らで組んだ魔導でなければいけない。
 師衣は、アルベルトは、それを忘れてはいないだろうかと僕は、まだこの時彼の心配をしていました。
 まさか構築した魔法を横取りされるとは、そう呆気にとられはしましたが僕は、まだこの時前向きかつ純粋に師の事を思っていた訳です。
 そう、『証明』するのは僕である必要は無いのかもしれない。
 師が望みを成すのなら、それで……でも、その時僕はどうすればいいのでしょうか?
 そう思い立った時に初めて途方に暮れました。

 崖っぷちに立っていて、その先が見事に無い。

 僕は……あとは、転落するだけ……?

「さぁ、至高の扉を開けて見せよう!」

 アルベルトの言葉に僕は、立たされた崖の上で初めて逡巡した様に身じろいでいました。
 師が何をしようとしているのか、分かったからです。
 レブナントは召喚と……門に特化した魔導師一門、師の得意とする魔法の最上位と云えば、何を開くのかなど決まりきっている。
「いけません、師衣!それは、成りません!」
「何故ダメなのだ?禁じられているのなら、そもそも開く事も無い!」
 瞬く間に召喚の扉を開く魔法が組み上がっていくのを止めるべく、僕が出来る事は何だろう。
 師は何か、どこかに到達したように恍惚と天を仰いで叫ぶ。
「在るという事は許されている事だったのだ!」
「そんなものを開いてしまったら、この世界は……」
「大丈夫だよダッシュ、」
 ふいと優しい声音で振り返って、師は僕を見てにっこりと微笑んだ。
「私が居る」
 
 僕は、混沌を呼び込んだかもしれない。いや、これから呼び出してしまうのか?

 漸く状況に向けて頭が回り出す。
 下手をすれば僕もこうなっていたでしょうか?いや、僕にはアーティフカル・ゴーストを憑けた後の明確な方向性があった。自分の魔導の質を上げ、着実に高位を得るべく自分の魔導を取り纏めて魔導師協会に報告するまでが僕の『計画』です。
 師にはそれが……無かった?
 高みを目指す事だけが目的で、その先が無いのは僕も、師アルベルトも同じではないのか?
 師が、僕からゴーストの卵を奪ったのは突発的な事だったのかもしれない。だから力が方向性を探して暴走している。
 望むままに、望むとおりに!
 高い位を得たいという師は、その望みをかなえるべく、最短距離を跳ぼうとしている。

 そうして……悪魔を呼ぶ扉を開いてしまうでしょう。

 悪魔召喚自体はそれほど難しい事ではない、問題なのはその大きさです。開く扉の『容量』が大きいと、絶対に呼び戻すべきでは無いモノをこちらの世界に戻してしまうとされる。
 普通の悪魔召喚では五位以下、極めて頑張って立派な邪術師と呼ばれるなら四位、それ以上は混沌と伝えられて、呼んだ者など指の数も居ないはず。そして呼び込んだ後に起きた悲劇の幅は計り知れない。
 師衣の実力ですでに四位は呼べる技術力がある、という事は……この状況では軽く三位を呼びかねない。

 まして紫を超えようと望むアルベルトは……さらに上?
 二位、第二位プルトスをも呼ぶだろうか?

 そんなもの呼び込んだら一体どうなってしまうのか。
 興味、興味はありますがそれ以上にこの世界の根本に刻まれている恐怖が僕の体を小刻みに震えさせ始めた。
 二位級を呼んだというのは、説話に一つあるだけです。

 魔導都市の始祖、青の魔導師末弟が最後に犯した大罪が……第二位悪魔の召喚であったと伝わるのみ。

 定かな事ではありません、すでに伝承、説話の一つとして語られるに過ぎない『物語』。

 時間操作、三界接合……禁忌魔法の在り方は様々です。実行しようとしても失敗する蓋のされ方もあれば、実行した後に報いと云うべき報復を得る場合もある。
 悪魔召喚の禁忌は後者と云えるでしょう。比較的、簡単に悪魔召喚は可能なのです。可能であるが故にそれを成した者へ世界が齎す報復が容赦無い。
 魔導師の位は剥奪され、邪術師として賞金が掛かる。悪魔と縁を結んだ邪術師はこの縁を切る事が出来ず、悪魔が成す業に引きずられていく。魔導都市を作ったとされる始祖三魔導の内が一人、末弟の位が犯した罪の詳細は伝わらなくとも、その罪は許される事が無いという我々にとって原初に等しい約束によって……悪魔召喚は罰せられるのです。
 悪魔、と呼ばれる現象は、この世界では正しく知識として知られている事ではありません。
 『あしきもの』であるという程度の認識である事が殆どでしょう。
 実際に『知られる』事が致命的であったりするのです。そういう縁を辿って本当に、悪魔というものはこの世界に戻って来てしまう。それくらいに、悪魔召喚の扉とは容易く開いてしまう。
 世界を破壊する者として、悪魔は悪意だけを持ってこの世界を掻き乱す。物理的な破壊とは限らないのです、かつて呼び出された悪魔によって、多くの国を巻き込んだ長い戦争が起きた事もあったと云います。
 それは猜疑心を呼び込み、利己的な望みを増幅させる。

 世界を乱す、混沌の一滴。

 何が起きるかなどと、興味を持つ事すらおぞましい。

 直感的にそう思える様に……きっと僕らは根底からプログラムされている……そう、思います。
 自死する事へ何重にもプロテクトが掛けられていて、自殺し難い思考回路に成る様に。
 自殺するには何重にも理論を立てて防御壁を無効化して行く必要が在るのと同じです。

 悪魔を呼び出す事は技術的には簡単でも、実際に呼び出すまでに、自らの心を騙すのが難しい。
 
 僕は、師の願いを叶える為だと、その為には死ぬ事になっても構わないのだと立派な理論の槍を持って、在った壁を打ち破っていました。その先が崖である事を忘れる事で、飛び降りる事が出来る様に自分を騙していました。
 今行われようとしている『悪魔召喚』についてはそういった、理論武装が追いついていない。
 だからでしょうか、咄嗟に取るべき当然の方法として体が、心が手段を選んでいる。

 門を開ける事に特化しているという事は、これを閉じる事にも長じている必要が在るものです。
 そう、僕もレブナント一門、死霊に特化した『召喚』魔導師であるのだから……僕は、その開こうとする扉を閉じなくてはいけない。

 アーティフィカル・ゴーストを得た師の開く扉を、僕に閉じる事が出来るでしょうか?いえ、やるしかないのだと意識が切り替わる。
 その為に自分が出来る事は何か、考えて、工夫をするのは得意な方です。

 僕は今一度アーティフィカル・ゴーストの魔導を組みました。

 元になる死霊、ゴーストの属性というものをエルドロウを呼び出した時のように前もって縁を用意して準備する暇など勿論、ありません。
 呼び出せる限りの『高位の何者か』に掛けるしかない。それが誰で、何であったかなど確認している時間だって存在しない。
 滴り落ちたゴーストの卵を躊躇なく僕は呑み込み、式が発動する合間も惜しんで扉を閉じる魔導式を構築し始める。間に合わないかもしれない、それでも、中途でもいいからその扉は閉めなければならない、僕は無我夢中で魔導式を組み立てて師が開こうとする扉へと投げ入れていました。



 恐らく、かつてない規模の異界の扉がその時、開いた事でしょう。



 異変を感じるすべての存在に、この愚かな行為を察知されたに違いありません。

 その扉の開く様は、それは恐ろしいものでした。

 その時見えていた風景は果たしてどこまでが正しかったかも危うい。
 信じられないほどの『大きさ』の扉が現れて辺り一帯の空間を占拠していた様な気がします。見た目だったのか、存在としての重さとしての『大きさ』だったのかももはやよく思い出せません。そこに在った筈のあらゆる全てを吹き飛ばし、正しく異なる世界から、一方的な侵略を許す穴が開いた事を意識の上で理解出来たにすぎません。

 全ての思考を奪われる程に、恐怖という概念だけが絶えず滴り落ちて降りかかって来ている様な錯覚を起こす程に……縛られて、命さえ吸い取られてしまいそうになりながら僕は……その恐るべき扉を閉めるのだと願うしかなかったのです。

 アーティフィカル・ゴーストは僕の命を粗く削り取りながらその願いを……叶えようとしたのでしょう。
 気が付いた時には口と云わず、目や、鼻や耳、毛穴も含めた穴という穴から血が滴り出て行くのを僕は耐えていました。まだ痛みは無く、だんだんと熱が奪われていく恐怖感だけがあってそれが、現実血となって体中から抜け落ちていくのです。
 これは、僕の死と引き換えになるのだろうか。
 そう思った時です。

 完全に閉じ切る事が出来ない自分の術を察して、遺恨を残してその責任を負いもせず、僕は死んでも良いものかという思いがよぎったのです。

 この一連の出来事の責任は……自分にあるのだと、この時ようやく認識したと言っても過言ではないでしょう。それまではひたすら扉が開かれてしまう恐怖に駆られて、閉めなければと願っていただけでした。
 しかし、その思いついた責任問題と云うのは新たな恐怖でもあったわけです。
 そのあまりの事に、扉を前にした恐怖とは別の、もっと現実的で分かりやすい恐れが僕を襲い、明確な精神的な痛みとなって苛みました。
 この恐怖と痛みから逃れるにはどうすればいいのか、生存しようとする無意識がそうやって救いを求める、その先に……不思議と自死という選択肢が欠落している事に『僕』は気が付いたのです。

 でも『僕』が気が付いたってしょうがない。

 彼が、レッドがそうだと気が付かなければどうしようもない。
 これは『僕』にとって一つ重大な問題でもあったのです。

 その選択肢が無い、という事は……つまり。

 『僕』は選んだはずの未来は容易くは無い、という事。
 そこに至る為に、沢山の努力が居る。
 沢山の小細工が居る。
 沢山の嘘が……必要になる。

「ダッシュ!貴様、何故邪魔をした!」
 師衣の声に私の、飛びかけていた意識が戻って来る。
 つい額を拭っていた腕に、べっとりと自分の血が付着しぬるぬると滑るのですが、血の流出は何時しか止まっていました。
「扉は……」

「残念ながらある程度は開いてしまったな、君に、その責任を負うつもりはあるか?」

 開いていた異界は晴れ、空は……薄い筋雲がたなびく程度の青空。

 その青色に溶け込むような翼を持った者が頭上に浮いている、誰なのか、勿論分かるはずも無く全て『見られた』事に僕は慄いていました。

「その技術は没収する」

 人差し指を差し向けられ、何を取ると云われているのか、僕には直感で分かった。

 アーティフィカル・ゴースト、だ。

 ですが……これは、他者が容易く奪い取れるような代物では無い事は、構築した僕が一番よく知っている。

「今後その魔導は、正しく作用しないようにプロテクトを掛けた、方位神程強くは無いが、無いよりはましだろう」

 そんな事されなくたってこの魔導は、もう使わない方が良い事はわかっています。
 あとは……僕が使わなければよいのでしょう?
 もう使う事は無い、この魔導は……無条件に事態を好転させる事など出来はしなかった。

 血を流し過ぎた様です、頭の中を風が吹き抜けられる様にからっぽになった感じがします。

 大抵はこうやって……力を得ても命を削る。
 さっと血の気が失せて意識が白く濁る。
「ダッシュ!」
 そう言って、抱き支えてくれた師アルベルトに気が付いて意識が、瞬間的に戻りました。
 僕が、何をし忘れているかも明確に思い出す。
「無茶をしたな、何故そこまでして私を止めた?」

 止めなければならないと思ったからです、それでは……ダメなのでしょうかね、師衣。

 胸に忍ばせていたナイフに、風の庇護を与えて一閃。

 師に再生を認識させてはならない。

 死んだ事にさえ気が付かれてはならない。

 アルベルトの首を切り落として、その首に、額に指先で微かに触れて爆発の魔導を刻む。

 山の開けた高台なんて平らである事はまずない、どこもかしこも傾いでいるものです。
 刎ねられて転がった首がどこまでも、転げ落ちていきました。
 何が起きているのかすぐ理解出来ないという顔をしたままの師衣の首は……転がり落ちた遠くで弾ける。

「それが君の責任の取り方か?」
 謎の有翼人の声が空から降って来る。
 僕は、ようやく息をしたかのように喘ぎながらこれに応えました。
「アーティフィカル・ゴーストは……そう簡単に、剥がせるものではありませんから」
 だからこれは、僕が今思いつく限り一番正確な……アーティフィカル・ゴーストの封印術です。
「……では、君はそれを解除する魔導を早急に開発するべきだな」
「どうしてです?」
 青い翼を持つ者の問いの答えを……僕は察していましたがあえて惚けて聞き返す。
「君は、責任を取り切る前に命が尽きてしまう」
「……やっぱり、それはダメでしょうかねぇ」
 事切れた師衣の体を、ゆっくり横たえて僕は……立ち上がろうと膝を立ててみましたが、疲れが急に押し寄せてきましたね……立ち上がっても即座転びそうな予感がします。

 ここは、どこもかしこも傾いている。

「エルドロウは返してもらおう」
「……?」
 師衣アルベルトの、首の無い死体が中空に浮き上がった。
「君の言う通り、頭を吹き飛ばしたところでこの肉体に根付いた幽霊は取り除く事は出来ない。そもそもエルドロウは条件転生を封じる為に監視対象となっていた。私は、これを取り戻しに来ただけなのだが……」
 首の無いアルベルトの体を抱き上げて、青い翼を広げた謎の有翼人がぶつぶつと何か、一人で呟いている。
「うん、この分だと条件転生は無いな、精神構造が崩壊している。経験値の紐づけがズタズタか……かといって存在させて良いモノではなくなったが……」
 この時は、まだこの青い翼の者が何なのか、僕にはわからない事だったし彼の言っている言葉の意味も大半理解できるものではありませんでした。状況に少なからず混乱していました……それに、血を流し過ぎていて上手く頭が回っていなかったのは確かです。
「扉は、ある程度は開いたが君のおかげで大凡閉じた。君は、扉を閉める者、」
 再び視界が霞み始めていました。
 体中が、ようやく思い出したかの様に痛みを訴え始めた事も原因の一つかもしれません。僕は彼の言葉の意味を考える余裕は無く、静かに意識を失って倒れた感覚だけを最後に……覚えていたのです。




「ジーンウイントの言葉が無ければ俄には信じがたいのだがね」

 ベッドに横たわった僕の隣に、ずらりと並んだ魔導師たちを僕は、まともに見ている事が出来ませんでした。
 全員紫のマントを纏った魔導都市最高位がそろいもそろって、動けない僕を取り囲んでいる状況ですよ?これは、極刑を言い渡されるのかと思わず苦笑いが漏れた頃、一人が鞄を取り寄せて……それを僕のベッドの足元に広げる。
 そして、掴み上げられたマントの色を見て僕は、何が起きようとしているのか理解してしまった。
「扉を閉じた者よ、実力は極めて申し分ないしこの度の実績も評価するに値する。よって、ダッシュ・レブナントには本日付でもって紫衣を与えるものとする」
「それに伴い、色々と面倒な」
 誰かの咳払いが聞こえて言葉がやや途切れた。
「諸々の事があるがそれは、まぁお前さんが逃げられん今のうちに粛々と進めておくでな」
「ちなみに、拒否権は無い」
「流石に紫ともなると拒否して魔導師を辞めると言い出す輩も少なからず居ますからねぇ」
「何をしれっと言いおるか、貴様は」

 そこで、一同和やかに笑う。

 ……え、そこは笑う所なのですか?

「最年少、ではないが最年少クラスに値するかのぅ」
「外見上は若いのですがねー、いやはや期待が高まりますな」
「ばりばり働てもらうつもりだから、そこはよろしくね」
 口々に……無責任な事を言いながら最高位魔導師の5人が部屋から出て行って……足元に広げられた、紫色の魔導マントだけが残されていました。

 やられましたね。
 ……意識を失って、それでどうしてこうなったのか詳しい事は分かりませんが……どうやらあの青い羽の者は大陸座、ジーンウイントだったという訳ですか。
 それならあの場に駆け付けて来た理由も分かる。
 大陸座という守護者はこの頃、突然世の中に現れ始めていたのですが……ペランストラメール、ひいては魔導都市ランではっきりとその存在を主張したのは今回が初めてだったようです。
 どういう説明をして大陸座であるという自分を、あの魔導師連中に納得させたのかはわかりませんが、認めたのならば何か『印』があったのでしょう。
 そして、ジーンウイントから事のあらましを聞いてしまったに違いない。

 ただし、全て正しくは伝えられていない。

 僕は、開いた扉を閉じた者とされた。
 実際には閉じ切っていないのに、閉じる意思を持って閉じたという事を評価されてしまった。

 そうして、責任を取れと言う事なのでしょうかね。

 両手で顔を覆い、乾いた皮膚を撫でる。
 なんだか、妙に落胆している自分を知ってため息をついていました。僕は、晴れて師衣アルベルトが望んだ高貴な位を得たというのに。
 それを喜んでくれるはずの師衣が……居ない。
 事も在ろうか僕が……この手で殺してしまった。
 その辺りの事も伝わっているのだろうか?伝わっているのだろうな……過ちを犯した師を止めた弟子、そんな感じで伝達されているのだろう。
 僕は……何故師の首を刎ねてしまったのか。アーティフィカル・ゴーストはその程度では剥がす事は出来ない、しかしアルベルトの意識は頭を潰す事で断つ事は可能です。アルベルトが瞬時に再生を望んだり、自分が死にそうになっていると認識しない限り師の意識を……永久に断つ事は可能であると僕は、瞬時に判断して行動していた。
 でもそうだと分かったとして、何故僕はあれほどに迷いなく敬愛する師の首を刎ねたのか。
 分からない。
 どうしてもそれが、分からない。
 発動したアーティフィカル・ゴーストは永続的に肉体と精神に寄り添う。
 しかしせめて精神は奪って三界を破綻せしめ、師を……混沌から救わなければと思った……と、云う事にしておきましょうか。

 実際はもう起きた事で、理由は後から付けている気がしてなりませんが……魔導師にとって、分からないという事はあまりにも致命的なのです。分からないままでは堪らないからどうしても、理由をこじつけてしまう。

 憎んではいない、どちらかと云えば敬愛する師を、どういう気持ちで僕は屠ったのだろう。

 やはりこれ以上罪を、混沌を齎す存在にしてしまう事を止める為だろうか。
 それとも……師がそういう力を手に入れた原因がそもそも僕にある事を隠す為だったのか。
 責任はどうする?と、ジーンウイントに訊ねられていたと思います。
 ちょっと、記憶があいまいです、意識が朦朧としていましたから……ですが責任と云う事を考えていたのは間違いないでしょう。

 足元に広げられた紫色をぼんやりと見ていました。

 これが……責任。

 僕、死ねませんでしたね。
 そう思ったときに逆説的に疑問に思ったのです。

 あれ僕は……死にたかったんでしたっけ?……って。
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