異世界創造NOSYUYO トビラ

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番外編 補完記録13章  『腹黒魔導師の冒険』

書の3後半 僕の貴方の大失敗『飛んで火に入るなんとやら』

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■書の3後半■僕の貴方の大失敗 I we fumble

「おいヤト、てめぇどこ行ってやがった」
「やっと見つけた、お前らこそどこ行ってたんだよ」
「それはこっちのセリフでしょ?」
 同行者がいるようですね……そして、彼の名前が漸く判明しました。

 そう、あの田舎男の名前はヤト、未来僕が魔王討伐に誘う事になる、あのヤト・ガザミです。

「聞き込みって言えば酒場は定番、と思って色々探ってたんだろうが」
「ああ、そーいう話だったから俺らは酒場街に向かってたんだろう、なのになんでお前はあっちから帰って来るんだ」
 体格の良い男が指さす方を、ヤトは振り返り……恐らく看板が読めなかったようで頭を掻いて笑う。
「確かに、酒場は無かったな」
「え、もしかしてあんた文字読めてえないの?」
「読めるかよ、あれってエンシャントタングルだろ?」
 と、答えたのは体格の良い男の方。
「え、お前読めるの?」
「ん?テリーも読めてないの?」
「どこで習うんだ、エンシャントタングルなんて。魔導師でも無けりゃ無理だろうが」
「あ、あたしも……発音程度しか……そっか、メルア先生は魔導師だったから特別に色々教えてくれたんだわ」

 聞き耳の魔法を使うまでも無いですね、無遠慮に町の辻で喚き合っている会話から察するに、あの三人組は何か探し物をしていて、その情報を集めるために酒場を回る予定だったようです。勿論、魔導都市にも酒場はありますよ、先ほど僕等がいた喫茶店街とは通りが一本異なります。
 魔導都市の看板文字は確かに、通称横文字と呼ばれるエンシャントタングルが多用されていますね。魔導都市は観光地ではないですからね、外部から来る者に対し親切な作りにはなっていません。魔導都市において公用語が横文字というわけでは無いのです。横文字と一口に言っても多種多様、魔導師は自分の研究する事柄を隠匿する手段としてエンシャントタングルを使う事が多く、その都合自然と身につける必要性に迫られるだけです。
 
 本編でヤトが言っていたかもしれませんが、ようするに日本語以外が全ての『外国語』がエンシャントタングルなのです。一番多い文字記号はアルファベットですが、勿論キリル文字、ハングル文字やカナン文字系統、タイ文字、漢文だって西方人にはほとんど読めないでしょうからひっくるめてエンシャントタングルなんですよ。

 その中でやはりアルファベットというのは一番基礎対応となる記号古代文字として魔導都市の必須科目と云えます。それでどうした事か、魔導都市の看板案内の殆どはアルファベット表記なのですね。とはいえ、英文になっているとは限らないのです。実はローマ字による発音表記でしかない看板も少なくないので……あの赤毛のお嬢さん、恐らく遠東方人でしょうか、彼女が言っている様にエンシャントタングルの英文字における大凡の発音が読めれば意味が取れる場合が多い。

「で、何かわかったか?」
「そっちは?」
「俺よくわからんのだが、何で情報収集は酒場なんだ?」
「うーん……それは、俺も良く分かんねぇけど……少なくともエズの酒場のマスターは物知りが多かったし……」

 そうですねぇ、魔導都市の酒場が情報収集に向いているとは思えませんねぇ。
 ランの酒場街は旅する人が集う所ではありません、研究が一段落して打ち上げをするべく羽目を外す所です。

「よくわかんねぇが、魔導師ってなんでああも口が堅いんだ?個人情報なのでお答えできかねます一辺倒だったぞ?」
「じゃぁそっちは収穫無しか」
「途中でテメェと逸れたってアベルが大騒ぎし始めたから、それドコロじゃなくなったしよ」
「あ、あたしは大騒ぎなんてしてないわよ!」

 情報が揃ってきましたね。彼らはどうやらエズ、遠東方イシュタル国のエズ市からやって来た一行の様です。
 赤毛のお嬢さんはアベルさん、やはりイシュターラーで間違いないでしょう。エンシャントタングルが読めるという事は、それなりの教養が在るという事です。上流階級で、この三人組の長なのかもしれませんね。
 体格の良い男は彼女の護衛か何かで、テリーさんと云う様ですね、そして同じく護衛としてエズからやって来たのが……あの、首輪の男、ヤト。
 エズ出身という事は、あの二人は闘技場関係者でしょうか、腕を見込まれてお嬢さんの護衛をしている、といった所ですか。

 そこへ、酒に酔っぱらった一団が騒がしく飲み屋街から出て来ました。時刻としては昼過ぎなのですが、魔導都市では昼夜逆転は常みたいなものです。夜中から夜通し打ち上げて漸く解散という酒飲みは珍しくありません。
 しかし、彼らの所為で……三人の話す会話が聞き取りにくくなってしまいました。
 やはり、なんとしても探査の糸をつけておかなければならないようですね。

 ところがそれを、事も在ろうか紫魔導師である僕は、先ほどから失敗し続けているんですよ。

 その理論はなんとなく、察します。僕は魔導師です、自分の立てた理論が上手く通らなければ、何かしらその原因がある事は素直に理解出来る。
 ヤト、というあの男に『探査の糸』と呼んでいる、魔法的な縁を結ぶ魔法を何度か放ちましたが悉く弾かれています。探査の糸を結ぶ手段は色々とあるのですが、大抵は目視出来れば事足ります。技術力が足りて居なければ接触や言葉を交わすなどの準備も必要ですが、僕程の魔導師であれば姿を捉える事が出来ればそれで十分です。
 しかしどうにも上手く行かない。
 この場合、考えられるのは相手との相性の悪さですね。
 相手が、この手の魔法を無意識にブロックしている場合もあるし、意図的に糸が結ばれる事が無いように魔法道具や、祝福でガードしているという事もある。
 しかし、見た感じあのヤトと云う男は魔法に精通しているようには思えません。魔法に備えて何か特殊な装備をしている気配も無い。

 しかし……あの、首輪。

 黄緑色の金属に見える、あの首輪を嵌めているという『事実』は見逃せない。

 この魔導都市のど真ん中で、あの男のあの装備の希少さに、一体どれだけの者が気が付いているでしょう?僕はそれこそ重大であると、一旦距離を置いて辺りに探りを入れる必要が在りました。
 幸い『あれ』に気が付いて後を追っているのは今の所、僕だけの様です。

 あの金属は、魔法的に何か訴えかけるようなものではない。
 知識として知らなければ、まさかそれが『それ』だとは気が付けるものでもないでしょう。
 首輪として存在する意図通りに『働いた』ともすれば、辺りにいる魔導士達は即座、その異様な存在に気が付くのでしょうがあきらかに、あの男の首輪は動作していない。

 あの呪いの首輪の作用を、事も在ろうかあの男は止めてしまっている。

 探査の糸が弾かれる理由として……考えられる可能性はそれしかありません。
 あの男は強力であろう魔法呪物の動作を止めてしまう、何らかの要因を抱えている。
 見かけによらず魔法に対する防御力ともいえるだろう力を有しているという事です。そういう事は稀と云うわけでは無い。魔導師は、志さなければ道が開けていない。魔法行使に対する素質の有無は本人には無自覚である事なのでしょう、正しく僕がそうであったように、ですね。

 ミストレアルの首飾り。

 僕が探している希少物質とは、あの黄緑色の金属に見える『ミストレアル結晶』です。現在ミストレアル結晶の生成理論は存在しません、恐らくシンクだと言われていますが完全にロストしている可能性だってあるでしょう。ミストレアル結晶は残存するものを拾い上げるしかない。金属に見えるとはいえ、実際にはれっきとした金属では無い、この世界に残存するとは限らない、極めて希少な物質です。
 都合レアメタルとは呼ばれていますが、ミストレアルは持ち主の肉体に依存する存在、すなわち見た目通り金属という訳では無いのだそうです。
 存在が希少であるため、僕もはっきりとした事実を掴めている訳ではないのですが……。
 ミストレアルは精神、あるいは幽体に依存する。
 ともすれば、どういう事が起きるかというと……そうですね、分かりやすい話をするとすれば……ミストレアルで出来た短剣があったとしましょうか。これは存在としては金属の様に振る舞い物質を切ったり、殴ったりすることが出来るのですが、持ち主というものが明確になった場合、持ち主の手から離れて谷底に落ちても……持ち主の手の中に『戻って来る』のです。
 例え話をしました、実際ミストレアルの短剣なんてものが存在するのかは分かりません。
 それにミストレアル結晶はとかく『輪』の形をしていると伝えられています。
 そうして、持ち主たるものの物質、すなわち肉に結びついている。しかし実際は見える通り物質依存している金属では無いので、持ち主が消滅すると同時にミストレアル結晶はこの世界の物質的な依存から解放されてしまうのです。
 分かりやすく言えば、持ち主が死ぬと、消えてなくなるという事ですね。
 ミストレアルの装飾品は、死者に供する。
 例えば指輪、そういう形をしていたとして、ミストレアル結晶を求めてその指や手、腕ごと奪い取っても、持ち主が無くしたと認識しない限りは奪い取る事は叶いません。殺して奪い取ろうとしても、その時ミストレアルは世界に触れえる形を失いこの世から消え去ってしまう。
 精製方法が失われている今、ミストレアル結晶は希少です、輪の形を持って持ち主を得やすい上、そうやってこの世界から消えていくばかりなのですから。

 しかし、稀に死者がミストレアル結晶をこの世に持ち帰ると云われています。

 死霊となって起き上がった者が稀に身に着けていて、世界との縁を切った時この世に残される。
 僕は別に、レアメタルを求めて死霊使いなどという二つ名を得た訳ではありません、アーティフカル・ゴーストの生成理論上二界召喚を極めただけなのです。
 数多くの死霊を呼び出しては戻した僕ですが、それでもミストレアル結晶など見た事がありません。それくらいに世に戻るレアメタルは稀なのか、あるいは……ミストレアル結晶をこの世に戻すにまだ誰も知らない理論が存在するのか。
 ミストレアル結晶については、魔導師の知識的な嗜みとして存じ上げていた位でしたがまさか、自分が作った技術の解体に必要になるだなんて想定外です。

 存在が稀なる結晶の力を頼るのか、それとももっと別の方法を考えるべきなのか。
 その様に煮詰まっていた僕の目の前に、あのヤトという男が現れたのはなんという巡り合わせでしょうね。一時呆然としましたが、あの首に嵌った希少結晶をどうやったらこの手に収める事が出来るのか、今はそれを考えるのがベストであると判断して動いています。
 僕の、よく働いていなかった頭脳が突然ものすごい勢いで思考を始めたからでしょうか。
 甘味を求め、隣のケーキ屋に移動して糖分を十分に摂取。その後、店を出て来た男に一先ずは探査の糸を結ぼうとするも上手く行かない。

 それは、彼がミストレアルの首飾りの所有者だから。そこまでの推理は容易い。
 あの呪いの首輪は機能していないながらも、間違いなくあの男の所有物として世に存在している。
 男を密かに葬り去って奪おうにも、その時首輪も消え去ってしまう。ましてや、首飾りとは言いましたがあの形状は完全に首輪です、好きで装備しているのかも怪しい。もしかすれば外せなくて困って魔導都市を訪れたのではないのか。


 同行者がいたのは幸いな事でした。
 一先ずは、体格の良いテリーさんとやらに探査の糸を結んで状況を確認します。イシュターラーも魔法素質が高い事が在りますので用心して、明らかに西方人らしい彼に目星をつけましたが、これは問題はありませんでした。
 探査の糸は無事結ぶ事が出来て、これで魔法的視野で相手がどこに居るのかがよく分かるようになりました。
 ついで聞き耳の魔法を発動させて彼の聞いた情報を取得しようとしましたが……ここにきて、どうにも魔法の掛かりが良くない事に気が付きました。
 聞き耳の魔法に、何らかのノイズが混じっていてクリアにならない。
 つまりこれは、何らかの魔法的な障害があるという事です。はて、あの男は西方人だと思ったのですが……案外そうではないのだろうか?

 なんとも、珍妙な三人組の様ですね。

 気を引き締めて状況を探るとしましょう。



 僕の予想は大凡当っていましたねぇ。

 彼らが捜しているのは先の会話から、メルア、という魔導師かと思っていましたが……これは調べてみるにすでに該当するであろう人物は亡くなっていましたね。そしてそれを彼らもすでに知っている様です。
 しかし彼らには次の目的というものがある様で、それはどうやら解呪師であるらしい。
 どうやらヤトはあのコーヒー屋のマスターに気に入られたようですね、目的とする情報をうまく引き出すことに成功していて、求める魔導師を探すならば図書館に行くべきだと教えて貰ったようです。
 魔導都市における知の集積は天導館で行われています。
 これは各種運営議会からは独立した別組織で、希望、あるいは選出された情報管理に特化した魔導師で管理されている……正しく図書館です。
 所属図書は、目指す所世界の全てだそうです。
 非現実的ではありますが、新聞の類から発行部数の少ない低俗な雑誌類や個人誌まで節操無く収集すると云われます。魔導都市に来た当初は大変にお世話になりましたね、学ぼうとする学科に向けた、求められた書物を迅速に探し出してくれる司書が居て何時でも大変ににぎわっている所ですよ。
 魔導師以外でも簡単な名簿登録をするだけで利用可能です。天導館から持ち出すことが出来ない図書も多いのですが、莫大な資料の中から必要な情報を摘出するアーカイブ魔導も充実しているはずなので、払うモノさえ払えば求める情報を得る事は容易いはずです。
 ……ええ、全てタダという訳ではない。
 情報のモノによってはコネや、金銭、最悪それ以外の何らかの対価を求められる。それは魔導都市全体での事です、図書館に限った話ではありません。

「こりゃ無理だろ、大人しく司書とやらを頼って情報抜きださねぇと、いつまでたっても欲しい情報にたどり着けねぇぞ?」
「そのシショとやらは本当にアテに出来るのかしら?絶対ぼったくられるに決まってるわ」

 ヒマしている司書というのは限られていますからねぇ、どうやらすぐに相談に乗ってくれる魔導師を見つけられなかったようです。札を持って居る様子からして順番待ちですかね、その間自分たちで調べてみようと一般図書の並ぶエントランスに入ったはいいけれど、膨大な書物が山と連なる壁という壁の棚を見て漠然としている様子が伺えます。
 ここでのおしゃべりは多聞に漏れず厳禁ですよ。
 通りかかった若い魔導師たちから白い眼を向けられ、黙り込んで肩をすくめています。
 流石にここまで静かだと、あまり機能していない聞き耳魔法が良く通ります。天導館は魔導施設なので専門図書ごとの部屋に移られてしまうと制御魔法が働いていて遮断されてしまいます、僕としてはあまりあちこち移動されては困る処ですね。魔法の制限があるから、姿隠し系の魔法も使えなくなってしまうでしょう。
 ともすれば、段々距離を詰めて恩を売るべく働きかけた方がよいものでしょうか?

 とはいえ、彼らが探しているタダサネという魔導師と僕は、全くと言ってよいほど接点がありません。

 どういった魔導師なのかはここ、天導館にある魔導師目録を調べればわかる事なんですが彼らはそういう名簿一覧が在る事すら分かっていない様です。
 勿論、それを親切にタダで教えてやるべきでは無い。

 タダサネ一派は工芸品研究をしているます、具体的には武器から装飾品果ては置物まで、加工された物質に宿る魔法を研究している。所属派閥も異なるし、住んでいる地区も大分離れている様なので僕は、会った事も無いですね。地道なフィールドワークをモットーとしている様で、持ち回りの役を免除してもらうための特例申請書を欠かさず出しています。とすると、魔導都市を留守にしている可能性も高そうなものですが。
 最悪、魔導都市から出て、求める魔導師を探しに行ってしまう可能性もありますか。
 その前になんとかあの男の弱みを握って稀なる物質を確保するべく働きかけなければ。
 見失ってしまうのは以ての外です、僕もいつまでもこうやって彼らを着け歩いている訳にもいかない。色々と放り投げて来た研究がありますし、面倒な事に紫魔導としての役職もあれこれと在る身分です。

 今、僕はそういう大層な身分で周りを驚かせない為にも、かつて纏っていた赤位の魔導マントを着用しています。こういう身分詐称は一種合法とされていまして、紫魔導師は大抵こうやって身分の低い魔導師に身を偽っている事が多い位ですよ。

 一先ず作法を用いてでも、ここは着実な縁を結んでおくべきですね。

 図書館ともなれば……何気ない風を装い、彼らにもっと接近する事は難しくは無い。本棚が所狭しと並ぶここなら、後ろを通り抜けるふりをして多少の接触を起しても違和感なく事は運べるはずです。エントランスであるなら魔導制限もない、仕掛けるなら今しかない。

 どうにも探査の糸を付けられない、ならばもっと確実な方法で試みる必要があります。
 
 魔法使いであっても、よっぽど魔法に敏感でなければ探査の糸が自分に付いた事など分かりはしません。これは、そういう魔法なのです。とにかく一度縁を結んで着実に、その存在を把握しておく必要性が在ります。
 折角訪れた絶好の機会を逃す訳には参りません。なんとしても、最悪なんとかしてでもあの男からあの首輪を奪えないものか……。
 大きな通りから、狭い通路の図書コーナーへ入り込んだ三人をゆっくりと追いかけて……何気ない素振りで同じ通路へ入っていく。額を合わせて小声で何やら相談に夢中の三人の背後を通り抜け、その際何か本を見つけた風を装って……背後の棚へ手を伸ばす。
「って」
「すみません」
 瞬間、強い静電気が走った痛みに僕らは驚いて距離を取り、咄嗟に謝って離れる。
 僕は、慌てたそぶりを見せないように別の通路へ逃げ込む事に必死になっていました。
 ようやく距離を取り、彼と服ごしに接触した肘をさする。

 とんでもない。

 あの男は、とんでもない事をしてくれた。

 探査の糸を結べなかった事なんでもはやどうでも良い事で、僕は大慌てで天導館を出ていました。
 僕の感覚が正しければ今、ほんのわずかな接触の所為で大変な事が起きたはずです。しかしそれをそうだとはっきり理解する術が無い。
 それをはっきりさせるのが先だと僕は判断し、確認が出来る場所を目指しました。

 慌てて自宅のラボに戻り、中途半端に広げていたアーティフィカル・ゴースト解除の魔導式についての研究所の散らばる部屋へ。
「高位、お戻りになられましたか?」
 弟子の声が遠く聞こえるのに構わず扉を閉める。
 実験を行う為に施された防御魔法を起動、魔導的に隔離されたこの部屋で……僕は、自分の中に巣くうアーティフィカル・ゴーストを叩き起こす。
 生成理論は封じられていますが、すでに憑けたゴーストまでを封じられている訳ではない。
 だから、これを呼び起こせば僕は自然と寿命が削れてさっさと死ねる事でしょう。しかし、起動しっぱなしと云う訳にはいかないのです。強力に作ったが故に、アーティフィカル・ゴーストを発動させている場合それが、周囲にそうだと分かる様に魔導を作ってある。
 外見上に留まらず、極めて適合した場合能力値の底上げは周囲に只ならぬ気配を振りまく事でしょう。
 ですから、こうやって高い防御魔法に籠って発動させなければ、趣味で魔導都市の魔導力を計測しているだろう機関……というのがあったりするのですが……ようするに、そういう類いの魔導師から僕の抱えるアーティフィカル・ゴーストの存在が公にされてしまう。

 結局の所、僕は自分が開発した魔導、アーティフィカル・ゴーストの実績で紫魔導師になったのではない。
 僕は、師が過ちを犯し開いた扉を閉じた実績でこの地位に居ます。アーティフィカル・ゴースト生成を大陸座によって封じられてしまっている今、この魔法は世に自由に開けている魔法ではない。

 天導館で、即座確認したいと願ったのはこれでした。
 あの場で開放し、確認する訳にはいかなかった。

 体の中心から、腕を伝い指の先へ……這い出していくアーティフィカル・ゴーストを見ながら確信する。それは僕の場合黒いヤモリの姿をして、そろそろと這い出しては体中を駆け回る。
 その数が、明らかに足りない。
 こんなものではない、僕が開発して自分に咄嗟に憑けてしまったゴーストは本来こんな程度のものでは無かった。
 何が起きたのかはこれで、確定です。

 あの男、ヤトから僕の中のアーティフィカル・ゴーストが持って行かれた。




 その後、僕は無事探査の糸以上の縁をもって彼を探査できるようになったのは言うまでも無いのですが、そういう魔導師的な常識は一般にはなかなか理解頂けないのかもしれません。
 僕が抱えていたアーティフィカル・ゴースト、つまり同じ規格の魔導を半分か、下手をするとそれ以上持っていかれてしまった関係で、強制的に彼と僕の間では一種の『橋』が掛かっている状態になっているのです。
 その関係上、僕の魔法は彼に通りやすくなった。
 最初に合った時のように、探査の糸を容易く弾かれるという事はありません。
 しかし問題なのは彼の、その……魔法を無駄に吸着あるいは阻害してしまう体質です。

 彼はその後、無事タダサネ一派を魔導都市で見つけ出し、ついにとんでもない自分の装備品を魔導師たちに知られてしまう事となりました。

 僕はその一連を、とりあえず静観する事にしたのです。

 というのも、僕のアーティフィカル・ゴーストを持って行ってしまった彼の性質からして、ミストレアル結晶で出来た首輪を彼から取り外すのは、極めて困難である可能性を察したからですね。
 結果どうなったかと云えば、首輪を外す為の魔導式でそれはもう見事な『大失敗』すなわち、ファンブルを起しました。
 タダサネ氏には貧乏くじを引いて頂く事になった形です。いや、もう少し慎重に事を調べて居ればあんな事にはならず、そもそも彼から首輪を外そうなんて思わなかったはずですよ。故に、あの大失敗はタダサネ氏の失態というよりない。

 どうなったか?
 冒険の書におけるヤトが、どうにも外せない首輪をしているという描写がありましたか?

 そうです、あの黄緑色の首輪は首から外れたはしたのです、見た目の上ではね。
 ですが散々説明した通り、ミストレアル結晶というものは肉体に依存するものではない。精神や幽体に依存するものです。
 あの首輪は、外せたのではない。
 見えず存在せず、取れた様には見えますが実際にはそういうわけではなく、干渉出来ない次元に退避してしまい、絶対に取り外すことが出来なくなったという……大失敗を犯して終わったのです。
 つまり……本編でヤトが言っていた通りですね。
 ミストレアル結晶が体の中に完全に、混じってしまった、という状況になりました。

 そして、事も在ろうかその大失敗が魔導都市中に知れわたってしまった。

 ミストレアル結晶を体内に持っている、極めて希少な人物がいる事が魔導都市内で電撃的に駆け抜けました。
 希少生物、それは勿論人間も含みますよ?
 それが確実に存在し、あまつさえ魔導都市に居る、その事実がどんなお祭り騒ぎを引き起こすか、ご想像頂けますかね?
 この辺り、詳しく話をするとヤト達があまり良い顔をしない様なのでこの辺りで僕の昔話は終わりにしましょうか。


 しかし問題となっているのはミストレアル結晶ではない。
 結論を申し上げるに……実は彼は僕の中から強引に、しかも無意識に、アーティフィカル・ゴーストを抜き取って行った、そっちの方が今後現れる振る舞いが予測できず極めて危険なのです。

 酷い話です、僕は取られたゴーストが彼の中で悪さをしないかどうかを戦々恐々見守る事になりました。
 もはやゴースト解除の研究をしている場合では無い、彼から奪われたゴーストが暴走して、僕がアーティフィカル・ゴーストと云う魔導式を開発した事実が公になる方が大問題です。何しろまだ正式に発表していない、ともすれば解除の研究を中途にしてでも発表する方が先かとも考えまして、色々慌てて手を打った経緯があります。
 
 そして、僕が心配する様な事態は一切起る事無く無事に?
 いや、無事ではないのかもしれませんが、とにかく彼らを魔導都市から逃がす為にも、一緒に魔王討伐に行きませんかという僕の提案に彼らはまんまと乗ってくれたと、そういう訳なのです。
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