GM8 Garden Manage 8 Narrative

RHone

文字の大きさ
7 / 22

キレイの軍団 上

しおりを挟む
 ジャン・ジャスティをこの森に招く、という事はどういう事かを理解している者はそう多くは無いだろう。想定していたのは私位だし、もしかすれば私の思惑を他の者が察したとしても、だから、どうするという事にはなるまい。
 この悪の庭は、そういう所。
 何が起きても、何があっても、どんなモノでも全て飲み込む。恐るべき、魔王の根城。

 勇者の襲撃とて恐れる事は無い。むしろ、どこか呼び込んでいる風でもある。
 だから悪意を持って、勇者とか呼ばれている者を呼び込んで見た事があった。私の悪意からの企みだったが、バレている様なのに誰も何も言ってくれなかった。
 相手にされない事程屈辱的な事は無い。私は、あれ以来更にも増してこの悪の庭の虜だ。
 
 しかも、何の事は無いその勇者と魔王は知り合いで、この因縁の勝負をお互い待ち望んでいた風でもあった。
 そしてどうなったかと言う事は、まぁ今も悪の庭が健在で魔王が変わらずここに居る事から察する事は出来る通り。

 勇者は敗れた。

 敗れるべくして敗れたと言えるだろう、あの勇者はもう随分年寄りで、全盛期はとうに過ぎていた。それでもしっかり相手をした我らが王の首を、ちゃんと刎ねたんだから大したものだ。
 しかし……彼は仮にも『魔王』と呼ばれるモノ。
 一度首を刎ね飛ばした位ではまだまだ『足りない』。

 自らの死地として『魔王』の前を選んだ、あの男は確かに『勇者』だったな。

 彼は各地に蔓延る『魔王の種』を狩る事を仕事とし、使命として来たと聞く。その経歴の果てに勇者と呼ばれる様になった稀に見る偉人……なのだと思っていたのだが、話を聞くにどうやらそうではないらしい。
 アレは元来からして勇者だったと知る人が呆れてた風に言う。
 つまり元々『自称勇者』だったという事か。
 自称勇者が、実績を積み重ねついには誰もが彼を勇者と呼ぶようになったモノといった所か。
 いやはや、そういう可笑しな物事もあるものだ。ともすれば、自ら志して勇者を呼称し見事勇者として世界に在り、最後は見事勇者として死んだのだからなんとも天晴な男ではないか。
 そういえば、世の中には勇者に成りたくないのになってしまった人柱勇者なんて呼ばれている存在もあったな……。それはともかく。

 任務の途中で折れる事も無く、病などを得て弱る事もせず。
 死に際は魔王の前と決めて、約束通りに、と『招かれた』男。

 私は、彼を魔王の前にあえて呼んだ心算だったが、いずれそうやってお呼びが掛かる事が分かっていて応じたに過ぎないのかもしれない。
 それが分かって私は、またしても魔王の御業には程遠い自らの小賢しい悪行を拗ねて、弱った勇者の首を……刎ね。
 祖国に、丁重に届けてやった。
 勿論、嫌がらせだ。
 案の定、勇者の兄は嘆きはしたが動揺はしなかった。


 なんとも世界は、私の描く様には乱れない。


 悪として、魔王を超える『悪』としてを目指す私、フリークス・フリードはそうして、あれこれと世界をもっと混沌と乱すには何をすべきかを研究している。
 ジャン・ジャスティという男は私にとって、その次の一手だ。


 その様に、この庭の維持管理を務めながらも庭の破滅を目論む私を、そうだと知りつつ何人も拒否しない。勝手が許されているから私は破滅を目指すし、その一方で管理もする。
 さて、今しばらくは『管理』の仕事だ。
 ジャンという私の手駒がついに庭へと招かれる時が来た。
 彼が拒否される事はないだろう。魔王の庭はあらゆるものを許す所。望むなら全てが許されるのだ。それはすでに思い知っている。
 悪を求める自称正義が、悪を探しにこの庭に来たのなら、悪を望んで庭にあるだろう。
 正義と悪は魅かれ合い、望み合うものだ。ともすれば、ジャンが求めているのは庭の王たる魔王というより小悪党などと呼ばれる私なのだろうが、私とてあえて小悪党に甘んじているのではない。

 私が至上の『悪』である事は隠しておかなければ。
 そういうものは、押し並べて秘めて置かれるべきであろう。公然とあるものではない。自覚はすれど、そうだと知らせるものではない。密かに、確実と在れば良い。
 今は他の連中に並んで居ようではないか。
 隠されていた方が、悪事という物事は進めやすい。

 自称正義も本来そのように、秘事であってこそ美徳と感じ入れるものであろうな……それだけ、ジャンの自覚する正義は異常だ。
 その愛すべき異端が私の悪事に気付く時は来るだろうか?
 あるいはこの庭の様に……それも、必要なのであればと受け入れられてしまうのか。


 さてジャン・ジャスティが魔王の庭に招かれれば、すぐにでもジャンは悪を求めて庭を歩き回る事だろう。当然そうなる事は想定済みだ。ジャンという男を見つけて照準を絞った時から着々と準備を進めて来たから、悪事と想定される物事は疑似的な法の下にある様に偽装工作は完了している。
 庭の管理と、世界から搾取をすべく働く『悪事』をまるで、立派な仕事で在る様に組織に押し込めてしまえばいいのだ。そういう悪知恵こそが私の特出した技能と言える。
 混沌とした未来の為に、まず綺麗に世界を整然と均すのだ、破壊者たるものその程度の技量は無ければな。

*** *** ***

「成る程あなたは破壊龍に成りたい訳ですか」
 成りたいモノの姿があるのかと言われた時、なぜか頭に血が上ったのを自覚した。
 どうやら私には、破壊する前にキレイに積み上げる性癖があると紫魔導のレッドに察されて、そうして大体の事が見透かされてのその言葉に。
 如何した事か私は逆上せた。
 かっと頭に血が上った事に気が付いて、どうやらこれは指摘されるに痛い問題なのかと自分を振り返る、冷静さを取り戻すべく息を鋭く、吸いこむ。
 流石は魔王の庭の最古参、手玉に取る事は難しい。
「破壊龍?そのような説話が、はて……ありましたかね?」
 私は冷静さを取り戻し、しかしやや必死の態でその様に切り返した。
 『私』の認識が、それはともすればペナルティだと言っている。
 リコレクトしてみたが私の知識にはそれらしい説話は上がって来ない。魔導都市ランにおいて、指の数よりも少ないとされる最高位の知識を持つ『紫魔導師』に知識で勝てるとは思っていないから、ここは素直に話を引き出しておいた方がいいだろう。
 レッドは少し、困ったように頭上に視線を泳がせてから言った。
「少々、ニッチな知識ですね、部分的には禁忌に触れるようですがまぁ、いいでしょう。ブルーフラグ同士の会話ですし」
 レッドはやや開き直った様にメタな言葉を口にしている。私がペナルティを覚悟でメタな話をするべきか迷っている事を、まるで見透かしている様でもある。
「ブルーフラグとは謙遜なさるな、貴方はもはやホワイトフラグ権限でしょう」
「それもそれで制限が掛かって面倒なんですよ、貴方は知らなくてもいい事ですけどね」
 さりげなく、こちらを牽制するような事を言ってからレッドは腕を組んだ。
「かつて、認識障害の掛かっていた上位禁忌項目として『ロンターラー』というものがありました。現イシュタルト国の遥か過去に住んでいた種族で、今は普遍的な事になっていますけどね。その国には、伝説的な『邪悪』と呼ばれる龍が居たそうですよ。断片的に各国の文化や歴史に足跡が残っていますので」
 レッドが、口元を笑わせて私を見やる。
「てっきりご存じで、真似ているものだと思っていましたが」
「それは、知りませんでしたな」
 これは正直な話だ。もう一度『私』はリコレクトをしたがやはり思い出せる知識はない。しかし多分『私』の知っているエイトエレメンタラティスの悪竜とは、恐らくレッドの言っている邪悪な龍と同じ事なのだろう。
 詳しい事は分からないが『私』はそれに……アジ・ダハーカ龍の王ザッハークの事を思ったのだ。滅ぼす為に、まず国を立て直した蛇をはやしたという偉大な邪悪な王の名前だ。
 殺すことも叶わず封じられるしかない邪悪の根源として、私はこの世界の致命的な毒となりたい。その大望はとっくの昔に見抜かれているから私はこの、王の庭に招かれている。
「まぁ、目標がある事は悪い事ではないでしょう。好きな様にすればいいと王が仰るのだから僕はこれ以上は口出ししませんが」
 少しだけ、眼鏡の奥の目を細めてレッドは私にくぎを刺す。
「僕という限度は一応、ありますのでその辺りは弁えて置いてくださいね」

 そういう、貴方は口ほどに手出しはしない事はすでに承知しているのですよ、こちらはね。

 レッドが見ている『世界』は、私が見ている世界よりもずっと大きい。その、とても大きなものに手を出さなければ口出ししない事は分かっている。分かっている事が私の『悪』だ。こちらは許されるギリギリの破滅を目指す、勿論その事もわかっていて一応釘を刺した程度の事だろう。
 私は、笑いながら承知していますよと答えた。
「では、そのジャン・ジャスティの事は貴方に一任します。貴方の事ですから万事弁えてはいる事でしょうからね。血統からして、コドクは網を作りませんし死霊兵では相手に成らないでしょう。とすると必然的にレギオンの仕事になるようですがその辺り、問題無いのですか?」
 あの時、あの老いぼれ勇者が来た時とは状況は異なる。と、レッドは言っている。
 勇者を招いた時、庭を自衛する様に働く第一の壁である兵が動かなかった。確かにコドクは彼を恐れて網を緩めた。そして私の率いる実戦部隊ではまるで相手に成らず、勇者は魔王の前に悠然と躍り出たが……今は。

 それらに加えて不死の死霊兵とそれに、あのレギオンの軍団がある。

「余計な人員を多数率いて来ると思われますので、それらを一掃する位の役には立ってくれるでしょう」
「……ふむ」
 レッドには、私の意図が計れたのかもしれない。その後何も言わず、後は任せたという風に姿が掻き消えた。

 レギオンは、きっと奴に目が無い。
 大好きな、とてもキレイな『人』だ。手に入れたいと思うだろう。しかし恐らく上手く行かず、上手く行かない事に余計に奴は身を悶える事になるだろう。
 そうやってスイッチの入ってしまったレギオンは、まるで乙女のように、好きなものに素直になるのだ。好きなものの気を引きたくて、構って欲しくて相手が本気で怒らない程度にちょっかいを出し続けるし、場合によってはそれが親切な方向に向く事だってある。
 そういう性癖はもう把握済だ。

*** *** ***

 そして案の定、レギオンはまんまとジャンという存在にハマってしまった手ごたえを感じている。用事が無ければ自分の寝座から一日中出ずに、仕事らしい事もせずに怠惰に過ごしている事が多い事を聞いているが、どうにもジャンが来てから最低でも昼には起き出して庭を徘徊しているらしい。
 あの夜型人間が、用がある訳も無く陽の高い内から庭をブラブラしているので部隊によっては、どうした事かと無駄に警戒しているという報告が上がってきている。
 ピーター女史からも、レギオンが最近ちゃんと時間通り出勤するようになったのだがどういう心境の変化だろうか?何かやってくれたのか?という迷惑なのか在り難いのか良く分からない質問も届いていた。
 私は、そんな完全夜型のピーター女史に、実は最近新しい人が庭に招かれた事を詳しく知らせるべく返信を書いている。
 私も、これでなかなか忙しい身であるから魔王の庭にずっと居ると云う訳にも行かない。私が居なくとも管理が成される様な仕組み作りは終わっているし、私は庭に残り仕事を采配する部下たちに指示の手紙や伝令を送れば良い。

 ピーター女史は先にも言った通り完全夜型で、恐らく朝日が昇ると共に起き、沈むとともに寝るような健全な生活を順守するジャンと顔を合わせる機会が無いのだろう。彼女のラボが、私の部下たちが駐在する様なちゃんとした『建造物』に無い事も問題の一つなのかもしれない。いずれ、レギオンからピーター女史に話は行くだろうと思っていたが、どうした事かレギオンは上司であるピーターにジャンの話をしてい無い様だ。

 これはもう、かなり拗らせていると私はほくそ笑んでペンを走らせる。

 別に隠しているつもりはないだろうが、ピーター女史の性格からして知れば根掘り葉掘り聞きだそうとするか、あるいは挨拶しに行こうとするだろう事を、レギオンが嫌っての事だろう。
 なぜ嫌なのか?恐らくは、多少なりとも独占欲が働いている。
 ピーター女史の果て無き探求心が、少しでもジャンに注がれるのが嫌なのだろう。
 そして、賢明な彼女に自分の心の内を穿たれるのが嫌なのだ。
 気遣いなどというものと縁遠い典型的な魔導師は、きっとそれを本人らの目の前でやらかしてくれるに違いないと危惧しているのだろう。

 そういう想像をするだけで私は愉快な気分になっている。全く、人の心を覗くというのは止められない。しかし、私はこれで自分が魔導師達程身勝手で、腹黒いとは思っていない。色々と腹積もりはする方だが、自分本位な事ばかりでやっているつもりはないのだ。
 色々と考えて、誰にとっても悪くは無いように采配は振るっているつもりだ。たとえ心中嫌いであったり、苦手であったりしてもそんな様子などおくびにも出さず、ましてや邪険も贔屓もしない様に心掛けている。
 人の心を覗くのが楽しいから、私は知っている。
 他人に心を覗かれる事の気持ちの悪さを。だから紫魔導師の言葉が私の隠している本心を穿っている事に気が付き、逆上してしまった。
 私が目指すのは『悪』であるのだから、嗜好や感情の傾きから本心を誰かに知られることは極力避けるべきだ。先にも言った通り『悪』というのは垣間見える程度が良く、本来誰にも知られず、理解されない方がより良いものだと私は思っている。
 ただまぁ、この辺りはまだまだ上手がいたり、力が及ばなかったりで私の理想には適っていないのだろうが……。

 さてまず、レギオンの顔を立ててやるか。

 ピーター女史が無駄にジャンに興味を抱かないように、彼女が知りたい事はすっかり全部書いて置こう。情報が揃っていれば、ピーター女史にとっての関心事とはあまり関係の無い人物である事は、理解してくれるだろう。
 
 そう言えば先日、ジャンが庭に来た日に王は偶々、おいでに成られていたな。
 私の計画では、もう少し後で引き合わせる予定だったのだが、心配しなくとも概ね目論み通りの対面となったので良しとしようか。
 あの方は特に決まりも無く突然御出でになるし、気が付いた時には居なくなられる。もう少し決まった周期で出入りなさってくれた方が色々と手が打てるというものだが……正直に言えば眠りが深いという事位しか『その辺りの事情』は良く分からない。何しろ、ご本人で分からない事なのだから致し方ない。
 その為に庭と、庭の王を研究する機関を統括しているのがピーター女史だ。

 人の形をして土いじりを好み、珈琲の一服を何よりの至福としている『あの王』が庭に在る事は、今では稀な事だ。しかしだからと言って『あの王』が庭に居ない時、それは庭に存在しないと言う事にはならない。それは勿論理解している。
 この庭において、それをある程度理解する事は必修というわけではない、しかしジャンはいずれ知りたがるだろう。
 その時や、方法についてはピーター女史の助けを求めなければならないだろうな。
 そんな事を考えながらジャンの事を手紙に書き記していてふと、気になる事がある様な気がして私は顔を上げた。片方だけ開けられた窓からわずかな風が入り込み、その都度薄いカーテンが揺れて日差しがぼやける。段々と肌寒い日々が多くなってきたこの、庭はほどなくして冬を迎えるだろう。越冬のための備蓄準備などを思い出し、意識が逸れて行こうとする。いや、そういう事を考えていたのではないと慌てて元来の事に意識を戻した。
 我々の中で『あの王』を苦手としているのはレギオンくらいだが。そう、あの人の姿をした王の存在は今や稀な事で中々お目に掛かれない。だから、あのお方がそのように『御出でに成られた』時にはすぐに知らせるように部下達に念を押してある。
 しかし、ジャンが庭に乗り込んで来る事はそうではなかった。いずれ来る事を私は、そう謀っていたいたのだから分かっているとして、それが何時になるかまで細かく見張っていた訳では無い。
 私としては、壁守をなさっていた貴方がこんな所に来てしまったんですか、などと惚けて迎え入れる心算だった。
 ジャンの襲来においては、庭防衛線では手に負えず部下達から救難の連絡が来てから駆けつけるくらいで良いだろうと思っていたのだ。……年老いた勇者が来た時とは、違う。
 かつてそういう風に、悪の庭をめがけて乗り込んで来る勇者というのが在った事をレギオンやピーターには伝えて在り、是非そういう非常時には存分に働いてくれるようにたき付けてある。
 レギオンは、そういう非常時というのを楽しみにしていたし、実際存分に楽しんでくれた様だった。
 すべては私の思惑通り、そう思っていたが必ずしもそうではないという事に今更気が付いて私は、ふいと目を見張る。

 稀であるはずの庭の王が来ていた。
 まさかジャンの襲撃を知ってこの庭に、来たのか……?

 もしかすれば、王の方でもジャンに興味があったのだろうか?
 ふいと筆を止め、そういう可能性について想像を働かせてみる。そうだとするならそれは、どういう意味かを考える。またしてもあの王は私の企みを超えた所に居るのではないか?
 ……いや、その可能性は極めて低い、か。
 あの方はすでにそういう事への積極的な関心は持っていないはず。
 しかし、偶々とその時を察知して目を覚ます、そういう所が無いとも言い切れない。この庭は如何に私が管理しようとも、その全てはあの方の……。
 何かを察した、自らに係わる何かしらの可能性を察知したからこそ、庭に足を踏み入れたジャンに呼応して目を覚ました可能性はあるだろうか?

 私は、ピーター女史に向ける手紙をあらかた書き終えた時、やはり一度時間を取って彼女とは、色々と情報を交換し合あう必要が有るかもしれないと思った。彼女がこの庭に来て大分立つのだから研究も進んだことだろう。私の把握していない何かを彼女が掴んでいるかもしれない。
 私は最後に、そういう希望と打診を添える事にした。封をして、さて誰に手紙を持たせるかと考えていると何やら騒がしい声が聞こえてくる。

 手紙を片手に、席を立ち窓へ歩み寄る。
 風に乗り匂って来る甘い、花の香よりもどこか人工的で胡散臭いあの香りを感じて階下に目を走らせる。

 レギオンだ、噂をすればと言ったところか。丁度いい、ピーター女史への手紙は奴に渡してもらう事にしよう。


*** *** ***


 放心した男を蹴り飛ばし、一歩近づいて来たレギオンに対し総務伝達部がたじろいだ。
「匂いの洩れが酷いですぞレギオン殿!」
「知った事かぁ」
 今蹴り飛ばした男が無抵抗に倒れているのを更に足蹴にしながら、こっちだってブ男どもに用事は無ぇんだよと喚く。
「こちとら鬱憤が溜まってんだよ!規約とかゆーやつ守ってテメェらの牙城にツッこまねぇだけありがてぇと思いやがれ!」
「我々は、能力を買われた多くは、ただの人ですぞ!勘弁ねがおう」
「だからオメェらはシュミじゃねぇっつってんだろうが!いいからボスを出しな、まだここらに居るんだろ?」
「何の用事だレギオン」
 私の声を聞きつけ、レギオンが素早く顔を上げてこちらの窓に振り向いた。
「テメェ、フリード!」
「部長、どうにも気が立っているようですぞ、お気を付けください」
「その様ですね、ふむ、」
 気が立っている理由は察している。しかしそれで私の部下を潰されてはかなわない。
「今私がそちらに向かって差し上げましょう、貴方がたは屋内へ、レギオン」
 部下達が慌てて、部屋に退避するのに対し槍を担ぎ、イライラと肩を揺すらせているレギオンを一瞥。
「貴様はそこで大人しく待って居ろ」
「嫌だね」
 そう言って、足元にうずくまっている男の頭を踏みしだくかという勢いで足を乗せる。
「早く来やがれよ、」
 私は素早く身をひるがえした。今、レギオンが足蹴にしているのはこの館……総務伝達部という一番要としている部署の貴重な魔導師の一人だ。魔種混血も無く高い魔法技術を持つ彼を、私はそれなりに重宝しているのだ、潜入調査などの補助役として高い手腕を発揮する。
 レギオンに潰されては困る。

 私がそうやって急ぎ外に出ると、心配をよそにレギオンは槍を担いだままで何もしていなかった。私の部下はただ地面に蹲っているだけで、目立った外傷も無さそうだったので内心ほっとする。
「早ぇじゃねぇか」
「私の部下をいびり殺すかと思いましてね、そういうのは困ると言っているだろう」
「趣味じゃねぇんだよ、キタねぇもん相手にするのは」
 こっちはそういう貴様の趣味の所為で色々と苦労をしているのだ、という言葉はあえて言うべき事でも無いな。吐露したところでレギオンが改心してくれるわけでもない。
「庭でも歩きましょうか、」
 という私の誘いに、舌打ちをしながらレギオンは従って歩き出した。
 自分の与える影響を彼は十分わかっているから、私の意図を酌み取ってくれたと云う事だ。私は目くばせし、レギオンの毒気に中って正気を失っている彼を、館の中で伺っていた部下達が肩を抱いて連れて行くのを見送る。
 レギオンの毒を抜くのは一筋縄ではいかない。外傷が無い事に安心はしたが問題は内傷だ、ヘタをすれば精神の方に致命的な傷を与えるのがレギオンの毒……すなわち、彼の体臭。
 ああ、私には効きませんよ?私はこれで高原貴族種の混種ですからね。
 自動的に匂いに侵された者の精神を蝕むレギオンのそれは、何故か魔物には効果が無い。今時純血の人間なんてのは稀で、誰でもどこかで魔種の血が混血しているものだと云われるが、多少混じっている程度では完全な抵抗力とは成らない様である。
 私の部下は勿論、全て人間というわけでは無い。魔種も居れば魔種混血の魔物も居れば経歴は様々である。しかし部下として選ぶ基準は基本的には『悪党』である事だ。レギオンの事もあって出来れば、魔種などが好ましいがどうにも悪党というのは境遇の不幸も絡む為か、混血の手合いが多い。すると多少はレギオンの影響を受けてしまう様で、すでに何人かの私の部下がレギオンから喰い取られてしまっている。
 以来、私は部下を選ぶためにもう一つの条件を設けなければならなくなった。

 綺麗では無い事だ。ようするに、整った容姿をしていたりすると、まずい。
 そこに男女の差はあまり無い。
 とにかく、キレイであるとレギオンから取られる。

 レギオンは、綺麗なモノが大好きで、綺麗なモノだけで身の回りを固めたがる。
 モノだけではなく、綺麗なコトも大好きである様だな。
 物事が、キレイであればあるだけ喜んで蹂躙しに行く所がある。

「おい、テメェ俺のご機嫌がナナメな理由、分かってやがるんだろ?」
「そうですねぇ、まぁ大体想像はつきますね」
 少し館を離れてしまえば庭というよりは、鬱蒼とした森の姿に辺りの様子は様変わりする。手入れを怠ればこの辺りは即座、森に飲まれる。別段多くが暮らす為の拠点ではない、ここは王の居城であり、その周りに我々の様な魔王に魅かれる悪人が群れてているに過ぎないから私も、一つの町のように住みやすく管理するつもりはない。
 私の支配する部隊の拠点はこの森の中に点々とある訳だが、組織別の館とそれらの行き来が最低限出来る道などが整備されている程度だ。館の運営管理も一つの部署で行っているのだが、そこの人手が余った時は王が生活成されている小さな城周りを中心に、庭としての整備などをするように命じてある。それ以外である周囲の森は基本的にはそのままになっている。
 部署を結ぶ道もこのように、少し行き来が途絶えれば獣道の様な有様だ。
 まもなく来る冬に向け、植物たちは豊かな陽の光を得ようと最大限に手を伸ばした状況、まもなく冷気が強くなり枯れて、落葉すれば玉石の敷かれた道に降り積もるだろう。
「ジャンは、貴方の手に落ちそうにはありませんか?」
「ケッ!ありゃ俺へのご褒美だったってか?気の利くこったな、」
 ハナからそんな気は無かっただろうという悪態でレギオンはそっぽを向いた。
「……ま、手に入るんならご機嫌なんだが」
「まさか軍を殆ど割くとはねぇ、力で抑え込めばどうにかなると思った訳か」
「舞い上がってたのは否定しねぇよ」
 レギオンは素直に反省の言葉を口にし、鉄仮面ごしに頭を掻く仕草をして……物憂い溜息を洩らした。
「おい、ジャンの事を持ちだすんじゃねぇよ、俺の胸が痛ぇだろうが」
「そんなに気にいるとはね、いや私もあれがあそこまでお前に抵抗力があるとは思って無かった。外見からすると魔種混血している様には見えないし、調べるに血統からもそうある事は窺い知れない」
「仕事が早いねぇ、奴の経歴も洗ったのか。ありゃ、どこの誰様なんだ?」
「気になるか?」
 私は、にんまりと笑ってレギオンに言った。
「それは直接ご本人からお聞きする事ですね、話しかけるネタが多い事に越したことはないのでは?」
「う……てめぇ……人の足元見やがって……まぁいい。本題に入ろうぜ」
 
 ジャンを相手取るに、レギオンは自分の軍をほぼ割いてしまったと聞いている。
 恐らく奴は今、心細いのだ。
 引換に肝心のジャンを自分の『軍』に引き入れられれば良かったのだろうがそれが出来なかった今、奴は軍を率いる『群体』という状態に深刻なダメージを受けて今、丸裸である。

「どーせあの自称正義を引っ張っていたのはテメェの差し金だろ?」
「さて、どうでしょうかね?」
「てことはだ、俺の軍隊が壊滅したのは確かに全部差し向けちまった俺の責任もあるし、事も在ろうか全部ぶった切ったジャンもジャンだし、そうなるだろうことを薄々感じてたりするテメェもテメェだ」
 酷い理論を通そうとする、この男は頭が切れると見えて思いの外バカだ。
「三者三様、責任を取れと言いたい訳か?」
「おう、分かってんなら話が早ぇ」
 要するに軍隊の補充をしろ、とレギオンは私に言っているのだが、少なからず責任は自分にもあると認めているからそれを強引に迫れない様だ。少々回りくどい言い方をしているのはその所為だろう。
「しかし驚きだな、大半を差し向けた様だとは聞いていたが実は全部、だとは」
「どーせテメェらにはあの快感は分からんだろうよ、絶対的な強者に蹂躙されまくるなんてな……俺くらいになるともう、そうそう無ぇんだよ」
 ふいと熱っぽくレギオンが語り出した、どうにもジャンを迎え撃った時の状況を思い出してしまっているらしい。
「味わえると思ったらトコトン貪っておかないと気が済まねぇ、実際もうあまりの事で俺ぁぶっトんでたな。もう一人、もう一人と願ってたら全部ぶち殺されててよ、危うく正気に戻った訳だが、もうめちゃくちゃトんでハイになってたからかジャンからは敵の認識を貰えない状況でよ」
 実際、レギオンはよく五体満足でジャンを連れて来たな、とは思ったのだ。
 私の計算では腕の数本はふっ飛ばされていてもおかしくはないと思っていた。絶対に剣を交えてある程度戦った上でレギオンは、ジャンに陶酔し観念するだろうと踏んでいたがその辺り、完全に計算違いがあったようだ。なるほど、レギオンの方で先に敵愾心を失い完全に熱狂者になっていたか。そうなると殺気に殺気で応じるようなジャンの事だ、自分を殺したい訳では無い、しかし異様な執着をするレギオンを何と対処すればよいか混乱した事だろう。
 その混乱に乗じてレギオンは、ジャンを庭にお前の求める悪が居るからと案内したという訳か。
「狩りに行かせろ、」
「自分で補充しに行く、という事か。なるほど、それほどまでにジャンは手ごわい訳ですか」
「うるせぇ、あいつの攻略はおいおい、だ!俺ぁこういう一人って状況に慣れてねぇ事を一時忘れさせやがった、けどいつか絶対オとしてみせる。とにかくだ、一人ってのは肌寒くて堪らねぇんだよ、人肌が恋しいんだ、解るだろ?え?」
 まぁ、確かにそれでうちの衛生保健部の要にまた乗り込まれても困る。
 むしろ、そうしないで私のところに来た事は褒めてやっても良いのかもしれない。いやはや、よくぞこの混沌を体よく調教したものだ。私はレギオンの上司であるピーター女史に改めて感心し、敬服の念を覚えた。私ではこうは上手くはいかなかっただろう、どうにも犬猿と云われているし部隊の性質から反りは合わない。実際、私はこの欲望剥きだしで感情のままに振る舞うレギオンの事は好かない。存外思い通りに成らない、という所も気に食わない。今はこのようにある程度約束は守るが、それはレギオンの性質を私がようやく理解して、奴の行動理念の先回りをして手を打つようにしたからだ。
 この庭に来た当初は酷いものだった。
 こいつの所為で、何人部下を失っただろう。折角整えた諸々をぐちゃぐちゃに引っ掻き回されてダメにされたか。特にひどかったのは人肌が恋しいという理由で、衛生保健部の慰安の要に軍隊ごと乗り込んで来た事件だろう。散々の乱交の挙句に全員狂い死んだという報告を聞き、戦慄したことを今も覚えている。私の部隊はどうしたって男所帯だ、もちろん女性も居る所には居るがどっちにしろ様々な衛生を保持するという意味において娯楽は必要であり、大切である事を弁えている。
 そういう大切な所を全部ダメにされたとなっては、下手をすれば私の率いる部隊が暴走し、レギオンの軍隊と戦争を始めかねない。
 危うく、王の庭を舞台に惨憺たる戦争が起きる所だったものだ。

 それから色々とレギオンには制約を課し、ピーターを上司として首輪が付けられ、私も彼という存在を放置できず色々と行動理念を学ぶハメになった。
 散々森を荒らしたというのに、王は相変わらずあの混沌の存在をいつも通りにあしらうのだから腹立たしい。もっとも、あんな奴が西方の国などを目指していたら溜まったものではないだろう。如何した事か庭の王に魅かれ、この悪の庭にたどり着いたのが運の尽きだ。

「そういう事もあろうかと思っていた」
 私は、わざとらしくため息を漏らして仮面を手で押さえ、ほくそ笑むのを隠す。
「丁度よく、殲滅が推奨される町がありますが……行くか?」
「おっ、どこだよ?蹂躙していいのか?」
「色々問題がありましてねぇ、近々内部工作をして解体に持っていくつもりでしたが。まぁ瓦解させるつもりなんだから方法なんて別段何でも良い」
 私は、レギオンに向けて今度は笑みを隠さずに言った。
「城壁の町なんですがね、ジャンも誘ってみてはいかがか?」

*** *** ***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...