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庭を創る八つの説話 ~GM8~
しおりを挟む在る時、私は無力な人間だった。
世間一般がどのように評価しようが、自分自身では常に自分は無力であると思っていた。
理想だけが高く、求める答えが導き出せない。
妥協という事を知らず、何時しか私の小さな望みは歪んで行った。
誰かにそれを指摘されたとしても構わなかった。
自分が求め、導き出した一つの答えに向け、あらゆる全てを犠牲にした。
親、友人、仲間、信頼してくれた人々。
過程、私の都合で多くの人が死んだだろう。直接私が手を下した訳ではない。けれども……多くを死地へと送り込んだのは間違いない。
気付いた時には遅かった。そして、改めて自分の無力さを思い知ったのだ。
そうして、私は死のうと思った。
しかし死は、望む者からは遠ざかる性質でもあるのだろうか?
私は、なかなか死ぬ事を許してもらえなかった。許しが無いのならと、自らで死を望んでも見た。
自らを死に至らしめる事は大罪なのだという。誰から罰をを与えられる、という事ではないがそのように唱える者は多い。
それらの事を人々は知らずとも、自ずと理解をしているものであるという。
私はその大いなる摂理を破ろうとしたのだ。
すると何処からともなく罰は来た。
代償は、大き過ぎた。
私は、私を殺す為にまた沢山の命が消え去った事を知っている。そうして再び無力である事に打ちひしがれている。
在る時、私は無力な人間だった。
*** *** ***
在る時、私は神の形を模した人形だった。
正確に言うならばそれは神ではなく、時に神の一つとして語られる者の人形、と云ったところか。
この『神』を祭る者は少なく、その残忍で不平等な教義故に隠され続けていた。
便宜上この『神』は生物の一つ一つの命を極めて平等に取り扱うとされていたが、どうにもそこが信仰者の少なさを物語るものであるらしい。
その一つの説話として、大陸上の人間という人間を、人間以外に、殺すようにと命じた事が有ったという。自らも槍を用いて大いに人を殺めたとされている。
『神』は、多くの地で人間が、自分以外の種を不条理に死へと追いやる事を知っていた。その為に平等を規す為に均す行為だったと伝えられている。
なぜなら、全てを知る事こそこの『神』が『神』と呼ばれるゆえんだったからだ。
全知にて、全能とはいかない『神』だ。どちらかと言えば人間に近い、ただその事実は何時でも隠されている。
この神を古くから祀るのは『闇の者』とされ、彼達が長い間この命令を実行し続け、人という人を殺したという。
結果一つの大陸から人間という種は消え、その大陸は闇の名を持って長らく恐れられるに至る。
そのような、血塗られた歴史を持つ『神』を模した人形は、勿論『神』を真似るようにと出来ていた。
何時しか残虐な側面だけが強調され、平等は身勝手に置き換わった。
自らに課せられた使命として世界に不安定をもたらす事に存在の意義を見出すようになった。
なんにしろ自分は神を模した人形であり、神では無い。
摸された者も本来『神』ではないのだから、自分がどう振る舞おうがどうでもよいだろう。そのような身勝手もあって、人形は何時しか魔王の名を頂いて忌み嫌われ、運命の定める所として葬られる事となった。
人でもなく、神でもなく、それらを模しただけの私は……そうなる事を悲観する事は無かった。
むしろ、そうやって代替として大いに憎まれ、負を集めては葬られるという自らの宿命に喜びさえも感じていた。何しろそのように作られた人形なのだから。
在る時、私は神の形を模した人形だった。
*** *** ***
在る時、私は何をしても煙たがれる卑しき存在だった。
優しく接してくれる人達もいたが、私が『それ』と解った瞬間すばやく手をひるがえしたものだった。
私は、存在する事自体空虚だった。
誰も私の存在理由を問わないし、誰にとっても役に立たない、不要な存在だと思われていた事だろう。
不要であるけれど居なくはならない。そういう、忌むべき、卑しき存在だった。
ぞんざいに扱われていれば自然と、きっと自分は不要なものなのだろうと思いこむようになるものかもしれない。誰も彼もが私を否定し、遠ざけるのだ。時に無抵抗に、力の無い私は容易く捉えられては害の無いようにと隔離された。
近づかなければ、触れなければ害は無いからと反応すら示してくれない人もいた。
忌み嫌われて常に過剰な反応を貰えるならまだしも、時に無関心に存在を無視されてしまう事もある。
よくよく考えてみればこれ以上の忌むべき事は無いだろう。
なぜ私は生まれたのか、それを考える知恵も私には無かったのだ。
ただ世に生じ、無意味な存在として消えて行く。
余計な知恵を付ける前に処分される『私達』は、その現実を悲しむ事もない。
在る時、私は何をしても煙たがれる卑しき存在だった。
*** *** ***
在る時、私には死という概念が無かった。
死んだと思っても次の瞬間には再び生きている。実に奇妙な人生を送っていた。
それがどうにもおかしいと気付いたのは早かったのだが、余りにも奇妙な事で人に相談も出来ない。
どんな死に方をしても続きがある人生。一体いつになったら私には終わりが訪れるのか。
終わりを想い、その為に私は懸命に生きた。
人生というものを出来る限り満足出来るように生きた。
どういう生き方がより満足感を得られるかと言う事を思考するに長い間費やした。
果て、私は自分の子孫をより多く残す事が一番仕合わせであると云う一つの結論に達した。
その為に沢山の女を抱き、誰かれ構わず子を産ませたものだった。
私を半分受け継いだ者達が、私ではない存在として世界に多く散らばって……いずれ人生を終える。
私は、私の人生が自分の子供達には続かない事を発見したのだ。
ならば、いずれ世界の全てに私が組み込まれればどうだ?私の人生は、終わるのではないか?
死んだあと、再び私が生きているという現実は訪れまい。私が生した子供達は引き続き、私が生き続けるその世界に在ったのだから。
だが……私の目論見は上手くいかなかった。
私を引き継ぐ私ではない子供達は、その次の子供を産む事が出来なかった。
理由は分からないがやはり、それは永遠と死の無い人生を送るどこか異常な私を半分、受け継いでしまった所為なのだろうか?正しく引き継ぐなら私のように、子らも死の無い人生となっただろう。だというのに彼らにあるのは完全なる死だけ。自分と言うものを欠片として残す事が許されない、完璧な消滅だけが待っている。
次の自分の半身を作らずに世を去る人生程、満足のいかない事はないだろう。
子を成す事を最高の仕合わせと思った私にはその思いがより強く残るのだった。
つまり私は、私の人生を満たす為だけに沢山の極めて無意味な命を作っては土に埋め、腐らせたという事だ。
私は何一つ未来に向けて自分を残せず、ひたすら死は無く人生は続く。
在る時、私には死という概念が無かった。
*** *** ***
在る時、私は捕らわれの実験生物だった。
極めて特殊な実験用に使いつぶされる人工生命として生まれた。
一目で人工とよくわかる同一規格で、沢山創られては無情な実験の内に命を奪われていく運命にあった。
私達は多数だった。その時まだ、多数である私達に『私』という認識は存在しえなかった。
自由を奪われ、考える知恵を奪われ、私達を飼う魔導師達の好奇心を満たす為だけに沢山の実験に駆り出された。
その現実を恐れたり、悲しんだりする心は与えられてなかった。
だが、どうにも私達の存在や魔導師達の実験そのものが違法であったようだ。
在る時他の魔導師達がこぞってやってきて、私達を作った魔導師達を取り締まっていってしまった。
そうして……
私達は、別の魔導師の元に引き取られ、やっぱり今も実験用として使いつぶされている。
ところが、そういう私達の境遇を不憫に思った希有な人がいた。引き取られた所によっては許されていなかった自由を約束され、知恵を許され、心を与えられた。
そうして、私達だったものが今、『私』となったのだ。
私は自分がどういう存在なのかを大いに理解して、思った事がある。
まず第一に復讐したいと願った。
それは自分が被った事を仕返したいという感情ではない。
復讐とは響きこそ陰湿だが、必ずしも負の方向に動くべきものではあるまい。
私は、かつて私を見下し道具とした者達を何らかの形で見返す事で『復讐』をしたいと望むようになった。
私がかつて私達であったように、復讐すべき私の相手は個人では無く社会という群体であった事もそう思う理由の一つだ。社会性に復讐を望むのは不毛だ、非効率である。組織のせん滅なんて湧いて出たウジをつぶすような始末の面倒な作業ではないか。どこからがウジで、どこからが腐った同胞の肉なのか解らないものをまとめて焼き払うような事もしたくはない。
そして……私はすでに知っていた。
ヒトが安易に抱くこの復讐したいと云う暗い思いはヘタをすれば、いつか私を怪物に変えてしまうという事を。
私は怪物など目指していない。私達を作ったヒトが怪物であるのなら話は別だが。
ともかく、復讐の鬼となった存在は大抵存在が許されるものでは無く、人々は、世界は、何よりも怪物という理解しがたいものを恐れている。そこで私達のような半端な、か弱き『怪物』を生み出してはそれらをどのように制御できるのかを曰く、非人道に探るのだ。
自分が辿るようにと仕組まれた運命を、せっかく踏み外したというのにわざわざ戻って歩み必要はあるまい。
踏み外す事もまた運命だというのなら、更に新しき路へと逸れて自らの路を切り開く事こそ私の復讐だ。
私は、どこまで行けるだろう?
そうやって、かつて私を切り刻んだ魔導師達と何時しか同じ事をしている。
皮肉な事だ、なるほど……『私達』の存在はこれほどに効率的だったと言う事か。ならば、私達実験生物が生まれてしまうのも致し方あるまい。
何時しか、そのように私は私の存在を肯定する事が出来るようになっているのだった。
在る時、私は捕らわれの実験生物だった。
*** *** ***
私は、在る時盗賊達の頭だった。
追剥、略奪、果てに殺戮。
最初は一人での犯行だったが、何時しか一人二人と仲間が増え、それらとも腹の底を探りあい、裏切り、騙し合いを繰り返した。あげくに私の率いる組織は大所帯となり、小さな村一つなら自警団などを蹴散らして略奪が出来るほどの規模となっていた。
運が良かったのだろう、運が良くなければこんなに上手い事運ぶはずが無い。
そうして、いつしか私は魔王の名を与えられるほどに人々から恐れられるようになった。
私はその地位に胡坐を掻き、適当な土地を奪って占領し、恐怖で人を支配しては顎で人を使い、無法を楽しんでいたのだった。
ところで魔王とは、人に仇なす者へと付けられる称号のようなものだ。
力技などでは到底取り締まれなくなってしまった規模を誇る、盗賊団の首領や闇組織などもその名を冠する事があるがしかし、もう一つ……魔王の名を早くに頂いてしまう理由がある。私の場合はもう一つの方の影響だろう。
魔王という称号を得る手段はあちこちに真っ暗い穴をあけて待ち構えている。
私は、魔王の種だと言われ育った。
その為……物心が着いた時からろくな扱いをされてこなかった。故に、盗賊家業に身を窶すしかなかったのだ。
魔王の種とは、生まれながらにして邪悪を帯び、生き続ければ必ず魔王としての頭角を現して人に仇なすものだと云われている。そういうものであると云われ育った。
一見には人の形をしているが、潜在能力は魔種を越え、その高い能力と多様性から『汎用・暗黒比種』という分類が出来ているそうだ。汎用と名が付く通り一つ、形通りの事があるというが……私は、そのあたりは良く知らない。
正直に言えば興味を失った。かつては多少の興味があったのだろう、だから魔王の種とはどんなものかと自らの出生を他人に語ってしまった訳だ。
そうしたらどうなった?
多くが私の肩書を恐れた。肩書だけが独り歩きしていく。
魔王の種であるという肩書は確かに便利ではあった。その名に付随する恐れは人を支配するに極めて有効で、何時しか私もそのつもりになっていた。
だが……本当にそうだろうか?
私は魔王の種なのか?
噂に聞く他の、非道な『魔王』達の所業を聞くようになり、私にはそういう疑問が生まれた。
私は、そこまでではないという気持ちがせり上がってくる。
自分が何をしたくて今ここに居るのか振り返ってみて思う。私は……ただ楽をして、自由に生きたかった……それだけだ。
それだけの為に他人から奪う事を選んだだけなのだ。
極めて矮小な自らの望みを知り、魔王と恐れられるようになっていた私は自分自身を密かに恥じた。
そうしていつしか、魔王に相応しい悪事を働く事に心血を注ぐようになっていた。
他の魔王の名を持つ者を制する事で私は、誰よりも悪しき存在に成れるだろうと思ったのだ。
血で血を洗う抗争を幾度もくぐりぬけ、この世の中で一番の邪悪と呼ばれるまでを何時しか望むようになっていた。
まぁ、小悪党にすぎない私のそんな目論みは……幸運頼みの事ではあったのだが。
私は、在る時盗賊達の頭だった。
*** *** ***
私は、在る時役に立たない異端児だった。
数居る兄弟達は皆強かったけれど、私だけは力も弱く体も小さく、色白で、出来そこないだった。
みんな弱い私をからかったり、相手にしなかったり……隙あらば取って食おうとしたが、私の一番近しい兄弟である8人の兄達は私を何時もかばってくれたのだった。
私は、兄弟達と同時に生まれたのだけれどやっぱりその中で一人浮いていた。自ずと私は一番末の弟とされていた。
何時も兄達の足を引っ張っていたと思う。何時も危ないから隠れているようにと留守番ばかり。
役に立たないのなら……他の兄弟群達が言うように私など、さっさと切り捨ててしまってくれてもいいというのに。
時に弱気になってそのように言うと、兄弟達は私の手を取り、白く細い脚に触れ、色素の薄い髪を梳きながら言う。
か弱いからこそお前を守りたいと思う。私達はお前を愛しているんだ。どうしてお前を手放す事が出来ようか?
お前がか弱いからこそ私達は強いと知れる。私達はお前を所有しているんだ。勘違いするな、お前は十分役に立っているよ。お前は私達のモノなんだ。他の兄弟達は持っていない、特別なモノだ。
私は、8人の同期の兄から愛されていたのだ。
だけど私にとってその愛は、苦痛でしかなかった。私は与えられるだけで私は何も兄達には与えられない。
現実として、与えられる愛は本当に苦痛でしかなかった。なぜこんなものが愛と呼ばれるのか、私は理解出来なくともそれを愛と理解するしかなかった。
やがて、沢山の兄弟達が様々な理由で死んでいった。多くは兄弟間の共食いだという。同期の間で、一体誰が強いとか、一体誰が弱いとか、そういう序列が上手く出来ないから兄弟間の仲は悪くあるのが私達の『普通』らしい。
何時しか自然と殺し合いになって淘汰されていく。
そうして、同期の内残るのは一人か二人になるのだそうだ。
気が付けば、生まれた時の兄弟9人そろっているのは私達だけになっていた。
一人か二人になってしまった兄弟達は最終的に反目し、二度と関わる事はないという。みんな個人主義になり、一つの大きな意思に逆らう理由を見つける事もなく群属して消耗戦へと駆り出されていく。
私達は、一つ同じ規格の内に無限と創りだされていくモノ。
古い言葉では『魔王軍』と呼ばれたもので、新しい言葉では『魔王の種』と呼ばれている。
かつて私達には従属すべき存在があり、その命令は絶対で決して覆せない事に多大な欲求不満を抱え、極めて暴力的な振舞いをするモノだった。私達9人の兄弟もそのような運命の元に生じたものなのだが、在る時を境に……従属すべき絶対の存在が消えてしまった。失われてしまった。
その時、私達は同時に消滅を迎えるべきなのだが不思議な事に……そうはならなかったのだ。
そうして、私達は自分の出生を知る知らないはともかくとして自らで生きる意味を探す必要に迫られた。
そうなったものをヒトは、魔王の種と呼ぶようになったようだ。
自分で生きる意味を見つける以上、生れはともかく私達にも真っ当な生命としての権利は与えられてしかるべきだと思う。けれど、かつて私達が魔王軍であった頃の記憶がヒトにはまだ強すぎて、私達魔王軍もヒトに向けて自らの意思ではなかったにせよ……酷い事をした事は間違いない。
その時、私達には自らと言える意思が無かった。在る事にはあったが、最終的に同期を失い一人になると、その時そういう自分というものはどうでもよくなってしまうのだと云われている。
私達9人の兄弟は……魔王軍であった頃からそのように、自分というものが失われていく事に危機感を抱いていた。
兄弟達は言う。
私という異端が居たからこそ、自分達は自分というものを見失わずに居られるのだ……と。
私達兄弟は、ふいと自由になった事を知って即座、魔王軍の元を逃げ出したのだった。兄弟達は、勿論私の手を引き私を一緒に連れて行く事を忘れなかった。
しかし、元魔王軍で未来、魔王の種と呼ばれて無条件に忌み嫌われ、芽が出る前に刈り取られる運命を歩むしかない私達の行く先に得たと思えた自由などは無かった。
生きるために、いつものように、人々を襲い略奪をおこなう日々だった。
私はこの時も置いてけぼりで、安全な場所での待機や留守を命じられていた。だから、恥ずかしい事ながら暫くは兄弟達がどんな事をして生計を立てていたのか知らなかった程なのだ。私は兄達に無知を望まれていた訳だが何時までもそういうわけにもいくまい、そうも思っていた。
そうして、私は知らない振りを始めた。いつしか、私は演技だけは得意となっていた。
兄達がいつものように仕事に出かけるのをこっそり後を付けたり、寝たふりをして私が寝た後に行われる残虐な仕事の手順などに聞き耳を立てたりしていた。
そうして、私は兄達の本当の心を知るようになった。
兄達は私を愛しているのではない。
私は兄達の道具だ。本当は、兄達は私を平等に扱おうなんて思っていない。隙が有るなら私を独占しようと虎視眈々と牽制しあっている。私の前では皆仲が良いように振舞うが、それは私の不信を買わない為だ。
兄達は、同一規格でなければ私の『兄』として存在する事すら出来ない。
一つでも何か異なれば、私の兄という立場は奪われて抹殺されるのだ。そして、何時もそうやって誰かが脱落していくのを誰もが待ち構えている。
思えば、他の同期兄弟達はみんなそうだった。何かぬきんでたり、何か不足があった者から標的となり、蹴落とされていくのだ。
私達9人兄弟がそうならなかったのは初めから異端だった私があり、その私を全員が同じく愛する事で兄8人は全く同じ規格に収まる事が出来たからなのだ。
……私が居なければ……。
兄達は、自分が脱落し、蹴落とされる可能性が増えるという事を本能的に理解している。
ならば、私が居なければ……。
そう思うけれど多分、兄達は私を逃してはくれないだろう。兄達は自分たちが存在するに必死なのだ。存在し続ける為に私を求めている。そして私はどうなのだ?兄達の助けなくて、一人で生きて行く事が出来るとでも?
そんな事出来やしない、ならば……この歪な関係に身をゆだねておくしかない。
そんなある日、私達兄弟の存在に気付いて討伐しようと本腰を上げる領主や、時には国の働きが強まった。私達は討伐の手を逃れ逃げ続けたが……ついには追手に捕まり捉えられてしまった。
いや、そこに私は含まれていない。いつもの通り、私は安全な場所で待機を命じられていたからだ。
正確には、大人しく言われた場所で待っていたなら私も御用となっていただろう。捉えられた兄達は、もれなく私も一緒に捉えるようにと私が隠れているべき場所を唱えたからだ。
最後の兄弟が居る事を口々に、告げたからだ。
勿論、私は言いつけを守るふりをして破っていたから約束の場所には居なかった。息をひそめ全ての顛末を、こっそりと伺っていた。
そうして、弟が一人逃げてしまった事を知って狂ったように嘆く兄達が一つ、狭い檻の中に詰め込まれている。頑丈そうな木の檻だが、暫く暴れれば壊れてしまいそうだ。だがこの箱には恐るべき秘密があった。
最後の一人が逃げた可能性を知って、討伐隊は次々とその地を去り…最後に残された者達は無造作に、木の檻に油を注いだ。
そうして遠くから火矢を射られる。
火の手が上がり、それから間もなく木の檻は木端微塵に吹き飛んでしまった。
8人の兄もまたバラバラになって散らばっていた。
強かった兄、賢かった兄、私は、この私達に当然と与えられるべき強い体が欲しかった。
独りで生きれない、役に立たない弱い自分が嫌でたまらなかった。どんなに兄達から愛されていても、求められても、自分の存在価値が在るようには感じられなかった。
私は……自分を嫌うからこそこの、強い兄達が大好きだったのだ。
私が愛していたのはこれだ。強い腕、強い脚、太い胴体。
肉片となったものをより合わせ、形あるものを拾い上げては縫い付けて…一つの肉体を作る事が出来そうだった。何しろ私以外、同一規格の群体なのだからこれくらいは容易い。あと足りないものはこの、私の中から抜き取って納めればいいだけの話。
私は、在る時役に立たない異端児だった。
*** *** ***
私は、在る時世界を救った勇者だった。
本当の事を言えば、別に世界を救おうとかそんな事を考えていた訳では無かった。
救いたかったのはただ隣にいる一握りの知り合いだったりした。
まさかそれで、世界を救う事になるなんて思ってもみなかった。
あと、もっと本当の事を言えば別に世界の事なんか救いたくは無かった。
こればっかりは本当に秘密だ、誰にも言わず、黙って墓まで持って行かなきゃいけないかなと思う。
だって私は勇者なのだ、世界を救ってしまった、そうなってしまった以上、以後私は勇者として生きるよりない。
ようするにそうなる運命が解っていたから嫌だったのだ。別に、たいそれた事などしたくなかったのに。
それに、本当は私は勇者なんて呼ばれる資格など無いと思う。誰かを救う、その為に奪った命の数はそこらへんの悪党や魔王連中に引けを取らないだろう。なんといったって世界を救うと言ってはその、多く命を奪って君臨する悪党連中や魔王一派をまとめて葬り去るのも勇者の務めであったりするのだから。
どうしてそんなものが勇者などと呼ばれるのだろうか。
勇者というものは、そういう葛藤を抱きながらもなんとか妥協を見出して精神安定に努めなければいけない胃の痛くなるようなモノだというのなら……伝説の肩書として語り継がれるその意味も理解できるというものだ。
私は……がむしゃらに、愛する人を守りたいと思っただけの事なのに。
時に人はそれだけの事も貫けず、勇者への道を閉ざすのか?
私は、在る時世界を救った勇者だった。
*** *** ***
そうして、勇者のままを全うした暁に……私は一つの庭を所望した。
この庭に、好きな花を植え、人知れず静かに暮らそう。
来る者は拒まず、全てをその枝の下に許そう。
八つの説話を土に埋めて、新たな枝葉は言葉を真似る。
私の中に埋もれた幾千の名は沈黙を守り、創られた庭に 新しい説話が茂るまで。
*** *** ***
終
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