GM8 Garden Manage 8 Narrative

RHone

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オウカの冬 上

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「良い季節になったよなぁ」

 そう話を振られた私だったが、この森に来たのは最近で季節の移り変わりも、彼の言う良い『季節』も今回が初めてだ。比較するにまだ日が浅い。数か月しかこの庭に、悪が集うとされる秘密の庭に属していない私は何ともいえず、無言を返してしまった。
 一方でそのように話を振ったレギオンは、私の応答など求めていなかった様で、バスケットから見慣れない果実を手でつかみ、鉄仮面を強引に開いて口の中に放り入れている。朝食に振舞われているものだ、この辺りの森で取れたものだろうか。ご自由にどうぞという乱暴なメッセージカードが差しこまれている。
 そういえば昨日も、これとは別に見慣れない果実の盛り合わせが夕食のデザートとして出て来た気がする。

 季節は……恐らくは秋になろうとしている、あるいはその秋も、間も無く終わろうとしているのかもしれない。
 私が住んでいた西の国とはまた違う気候にあるこの庭は、冬ともなれば雪もちらつくという。思いの外寒暖の差は激しく、日中温かいかと思えば夜は水が氷るかというほど寒くなる日も多い。
 実りの秋、という奴だろうか。確かに、西方では穀物類の収穫祭が行われている地域もあったな。そんな事を思いながらレギオンに習い、一つバスケットから取り出してみる。オレンジ色の卵型でずっしりと重い果実だった。やはり見た事は無い……何という果実だろうか?食堂の無口な料理長に聞けば答えてくれるか?
 レギオンはどうにもそのまま口に放り込んでいるが、薄い皮を剥いた方が食べやすいらしい。皮を剥いてナイフで切り出したものを、部下達が甲斐甲斐しく差し出している、それらを遠慮なく顔を突き出して舌で絡めとる様に口に入れては果実の汁が駄々漏れるのを、部下達の差し出すタオルでぬぐわれるのを為されるが侭にしている……と思えば、乱暴に大きな種を床に吐き捨てた。私が居た国の作法ではあまり許されない事だが、この食堂においてゴミを床に落とす事は『許されている』行為だ。食べるものを零したり、捨てたりすれば咎められるが、ガラやゴミは後で纏めて掃除するから床に吐き捨ててもらって構わない、のだそうだ。不思議な慣習ではあるのだが、床にゴミを捨ててでも皿の上を綺麗にする事がこの食堂においては美徳であるとされている。
 納得が行かなかった私に向けて料理長が言うに、皿の上の残飯処理をせずに重ねて皿洗いに回す事が出来るので効率的なのだそうだ。郷に入れば郷に従うよりない、骨付き肉などが出た場合しぶしぶと床に落とすか、あるいは自分でゴミ箱に捨てに行くなどしている私だ。
 それにしたって、レギオンの食事作法はデタラメだ。だがこれを咎めるわけにもいかないのである。
 あの鉄仮面の下をのぞけば大凡理解してもらえるだろうと思うが、どうやら何をしても口から溢してしまうらしい。彼の素顔を全部見た事がある訳では無いが、初対面で鉄仮面を少し切り落とした所見えた形相を忘れてはいない。
 口は頬を裂かれていて大きく、顎の筋肉などが機能しないほど削げ落ちている……それで
完全には口が閉じない様だ。ともすれば、どうしても汁ものはこぼれおちるから上品にスプーンなどで啜る事は叶わないだろう。少々奇怪な食事の仕方になるのは彼の場合、仕方が無い。
 彼の言葉を信じるなら鼻も耳も削げ落ちていると云う、彼の容貌がどうしてそうなったのかは聞いていないし、聞きたいとは思わない。レギオンは自分の素顔は好きではないと言っていた。なら、あまり追及はするべきではないだろう。
「レギオン様、もう少しお食べになりますか?」
「好物なのでしたら言ってくだされば」
 終始レギオンを取り巻く彼の部下……正しくは、彼の『軍勢』である者達が甲斐甲斐しく世話している。
 それらを適当にあしらい、レギオンは鉄仮面をぬぐって席を立った。
 軍勢の彼らはどんな仕打ちをレギオンから行われても不平不満を抱く事はないらしい。逆に、心底喜んでいる姿すら見える。彼らがそれで満足と云うのなら、私からは何も言うまい。
 というよりも、言っても無駄なのだと云う事は今は、理解している。
 彼らはレギオンの『群体』にして『軍隊』。完全に取り込まれて彼の意識と同調しているから何をどうしたって正気に戻す事など出来ないし、今その瞬間の全てが彼らにとっての『正気』だ。レギオンの能力によって軍勢として取り込まれているという事実を理解してもなお、彼らに向けて何が正しく何が間違いであるかなど、絶対正義であるべき私が勝手に定めて良いものではないだろう。本人らの現在の意思こそ優先すべきだ。まして、かつて彼らがどのような思想でもって、どんな人であったかなど私は知らないのだし。

「そっか、あんたはこの季節初めて……って事は、アレもまだか」
「何だ?」

 すっと顔を寄せ、レギオンは私に小さく呟いた。いましがた食べた果実の不思議な甘い匂いが鼻につく。
 彼は常時この甘ったるい匂いがするのだそうだ。私は、あまり普段はそれを感じる事が無いのだが。

「ご褒美だよ、」

 思わず、なんだそれはと反復してしまう。

「実りの秋、とか言うんだってな?それで、夏の終わりのこの季節になるといい具合に実るって訳だよ」
「実が?何の?」
「そう、」
 鉄仮面の下で、何かを企むように笑っているのが感じられる。

「そいつは、時にご褒美として俺達にも振舞われるってわけだ。ケケケ……どうだろうな、今年は一杯実ってるといいが」

 彼は、食い意地が張っているわけではないな。好物という意味では、ちょっと理解しがたい快楽の有無の方こそ尊ぶ。それともそれは、レギオンが酔いしれる程に美味い果実だとでも?
 彼が倒錯するものは何時も、危険な匂いがする。
 それでも少しの好奇心が湧いて彼との会話を続ける事にした。

「その実は、どこに?」
「管理は女王の特権でな、俺達はそいつの花すら見る事も出来ねぇのよ」

 女王の管轄、その言葉で私は事を理解した。

「と云う事は、お前が言っているのは『王の果実』か?」
「あらあら、もう分かっちゃった?ジャン君ってば大正解!」

 レギオンは楽しそうにひとしきり笑ってひらひらと手を振り、軍勢をひきつれて歩きだす。

「興味があるならフリードあたりにでも聞いてみな、俺様のスルドイ嗅覚の察知した所……分配は近い内だぜ」

*** *** ***

 素直に彼の言葉に従い、私はフリードを探してみる事にした。
 フリードはこの庭に居ない事の方が多い。レギオン曰く私に知られたくないような事を庭の外でやってるんだ、などと言っているが真偽のほどは定かではないが、フリードの働きのお陰でこの庭、すなわち『王の庭』が成り立っているとも聞く。
 私の目には見えないし、今のところ追う事も出来ないのだから追及しないで置いている。

 私は、常に正義である。
 私の目の前に置いて不正は無い。その為に私は今、ここに存在すると言っていい。
 だが私一人で世の不正を見張り、さばく事は出来ない。それは事実であり、真理だ。
 なぜなら正義である私はこの世に一人であり、それ以外は圧倒的多数であり、その中に誰しも不正の種を持っている。残念ながら誰もがそれを持つ、と云う事を私は知っていた。
 故に、絶対的正義として在るべき私がこれらに対し行える事は一つだ。

 正義である私の前に開けた不正、あるいは悪を断罪する。それを徹底する事だ。そうする事で私の、絶対正義は守られている。レギオンなどはよく、お前が見てない所の悪の所業は放置かよと笑うが、見えないものは在りはしないのと同じだ。
 他人の評価においての不正や悪は、私が裁くに値しない、いや、してはならない。
 悪しき行いは必ず白日のもとに晒される、必ず私や、私の様に正義を行う者の前に暴かれるものであるのだ。
 何か後ろめたい事をしている者は、それを一生隠し通す事などできはしない。悪しき皮はいずれ剥がれ落ちるもの。
 だから私は絶対的な不正の現場を押さえた時、その時確かな『悪』を斬ればいいのだ。
 それが、私にとっての絶対正義である。
 
 さて……
 フリードは、主にこの庭の維持に必要な物資や雑貨、人材などを外部から運びこむ仕事を行っているそうだが、庭の管理に必要な部署をいくつか作ってそれらの管理の為に日々あちこち飛び回る日々を過ごしているのだろう。
 王の庭は豊かで、おおよその食物が賄える程立派な菜園なども有しているが取れる作物の量や種類は限られている。その穴を埋めるために彼は『働いている』のだ。レギオンは悪く言うが、私はその行動は立派なものだと思っている。
 広い庭に暮らす人は、私が思っていたよりも多い。
 昔はこれほど多く人はいなかったと誰もが口を揃えて言う。世界から爪弾きにされ、居場所の無い者達をこの庭の王はわけ隔てなく存在を許す。そうやって少しずつ住民が増え、今は百人未満程は常時暮らしているらしい。また、それらの入れ替わりもそれとなく激しいらしい事も聞いている。そういう暮らす人の管理を行っているのもまた、フリードの率いる部署だ。
 フリードがこの庭に居ない事が多いのは、庭を維持する為。その、庭の外で行っている彼の活動は『悪しき』ものだという話は……実は、レギオンに限らずちらほらと聞く。彼の仕事は、あれを仕事と言うのであれば少なからず『あくどい』と、ピーター女史も言っていた。
 フリードに着いて行って、何をしているのか直接見知る事が出来れば私にも、その良しあしが解るだろうか?勿論なかなかそういう風にはならない、まるで私の接近を拒むように、フリードは私が庭に来て以来殆ど、会う事が出来ないでいる。全然というわけでは無い、時たまに会う事はあってもあちらが忙しそうであったり、こっちが取り込み中であったりして結局話す間も無く逃げられて居るようにも思える。

 彼がこの庭に不在だとして、では庭の外の何処に居るかなど見当も付かない。ダメで元々と色々聞いて回ってみたが完全に裏目に出ている。各部署の長は親切に色々教えてくれるのはいいが、数えてみるとフリードの仕事場は余りにも多く、それらを法則があって動いている訳でもないので到底絞り込む事など出来そうになかった。

 私は正義を実行する者として、常日頃この庭の悪を見逃すまいと日々過ごしている。
 出来れば、フリードが庭の外で何をしているのか……知りたいとは思っている。常日頃そういう思いはあって頭の端には置いているがなかなか捕まえられない。
 今回も、レギオンに言われて改めて探しては見ているがそう簡単には見つからないのだろうな、と……諦め半分でもあったりする。

 ならば手紙をしたためてどこかの長に預けておけばいい、というピーターの提案を思い出している。結局それが一番良いのかもしれない。実は手紙を書くのが……それ程得意ではない、いやどちらかと云えば苦手としている事を素直に言えずにいるが、もはや苦手などと言っている場合ではないのかもしれない。時間を見て話がしたいという旨だけでも伝えられればいいのではないか。
 あちらに『悪意』が無いのであれば、私の話を無碍にはしないだろう。……これは私の意見ではなくピーター女史からの受け売りではあるが。

 庭に住まう人の半分以上がフリードの管轄にあるらしい。残りはレギオンの軍勢。
 それらの他に、括られる事の無い、大きな個性がこの庭には『8つ』あるという。

 まずは先のレギオン、軍勢を束ねる者。
 そして雑多な仕事を取りまとめる庭の管理者フリード。
 レギオンのお目付役であり、単純労働者として生ける屍を行使する庭の研究者、ピーター女史。
 リンガと呼ばれている学者もこの庭には居るらしいが、一日中部屋に籠っているらしく実は、私はまだ会った事がない。
 ピーター女史曰く『彼と私は相対する存在だがそれゆえに、互いに必要だ』との事だ。
 彼女の言葉は難しく、時に理解し難い。素直にそう伝えたら、私も理解される様に話をしているつもりはないと突っぱねられてしまったな。
 それから、女王と呼ばれる存在の『幼生』達。彼女らは外見幼子だが特徴だけ見ると『虫』であるようだ。限りなく草食性で、時に王の愛する庭園を食い散らかして追い回されているのを見る。しかし、どう見ても追いかけっこを楽しんでいるようにしか見えない。庭師達も腹いせに追いかけまわしても害虫だからといって駆除できるわけでもないだろうに。
 謎の多い女王と呼ばれる者は実質、この庭の管理者であり監視者と聞いている。その名前の通り王に寄り添い、常に王のそばにいる……とか。
 神出鬼没で主に、王のそばに居る事が多いインティという少年も『8つ』に数えられているらしい。なんでも、私なども利用している館など、大型で複雑な建造物を作ったのは殆ど彼、なのだとか。何度か会った事があるが不思議と警戒されていてすぐに居なくなってしまう。
 彼、とは言ったが実は彼女扱いをした方が機嫌はいいようだ。多くはインティの事を人形と呼んで居る様だが、私にはいまいち意味が分からないでいる。
 王の古参理解者としてこの庭で二番目に発言力のある魔導師のレッド殿は、フリード以上にこの庭では見かける事が稀だ。常に外部世界において『庭の在り方』の管理に尽力しているのだと聞いている。この庭は―――悪の集う魔王の城庭の存在は一般的ではないだろう。私もイースターに派遣されてレベッカに教えてもらうまでそんな庭が実在するとは思いもしなかった。うっすらとだが、悪い事をすると連れていかれてしまう恐ろしい所、として童話の様な話はあったように思う。精々その程度の認識でしかなかった。フリードが物質的な存続を維持しているとするなら、レッド殿は知識的、精神的な存続についての調整を行っていると云えるだろう。存在を世に隠そうとする意図があるのなら、もしかすればレッド殿のその調整というのは見方によっては悪なのかもしれない。しかし、具体的にレッド殿が何をどのように、誰と、情報統制の様な事を実行しているのかはわからない


 さて……最後の一人は事も在ろうか私なのだそうだ。
 ここ数か月前にこの庭に住まう事になった私。個性的である事は否定しない、私程に正義の在り方と正義である事に拘った生き方をする人は居ないだろう事は知っている。
 フリードの元に配属された訳では無く、レギオンと群れている訳でもない。レギオンからは纏わりつかれているだけだ。
 ユニークに一人、庭の新しい客人として数えられている私は、何時しか……王の指の一つとして数えられるようになってしまっていた。

 今の所、王の指は8本。レギオン曰く、ちょうどいい数だ、との事。

 それはこの世界が八つの精霊が創造した世界であるという神話に基づく名称、八精霊大陸と呼ばれているからか。
 それとも、それ以外にどういう意味があるのかは私はまだ、知らない。

*** *** ***
「ジャン」

 ふいと名を呼ばれ、振り返る。
 今見ていた景色に違和感があり、紫色のマントがゆったりと地に降りる瞬間を目の当たりにする。
 彼は得意の空間転位をして今、ここに突然と現れた所なのだろう。そういう風に神出鬼没である事は憶えている。

「レッド殿、」

 余り見かける人ではないが、その特徴的な衣装もあってすぐにそれと解る。
 紫色の魔導マントを羽織る魔導師というのは、とても希少な存在であるという知識はあった。数えて指の数程しかいないとされる高位魔導師だ。それが、このあたりを囲む八国によって進入規制の敷かれた『魔王の庭』に自由に出入りするとなればそれは、レッド・レブナント以外にあるはずがない。

「どなたかをお探しですか?」
 レッド殿からそう訊ねられ少し、私は驚いている。確かに人を、フリードを探していた。
「そういう貴方は私を探していた様子だが、何か用だろうか?」
 でなければ普段森にはほとんど居ないという彼が、このように私の目の前に現れる事はないだろう。
「ええ、ですが別段急ぎではありませんので貴方の用事をお先に、と思ったのですが」
「実は、レギオンから王の果実とやらの事を聞いたのです。詳しい事を教えてくれる訳では無く、あとはフリードに聞くようにと言われまして」
「そうですか……ならば、丁度いい」

 レッド殿は眼鏡のブリッジを押し上げながら笑った。

「貴方に一つ分け与えるようにと、王から伝言を受けておりました。ここの庭の連中はみな意地が悪いでしょう?フリードも、きっと素直な事は貴方に教えませんよ」

 かもしれないな。レギオンも意地が悪い方だと思うが、フリードも親切そうな物腰の割に肝心な事はごまかすか、黙っている事が多い気がする。何時にも本心を語っていない、そんな気配。そう云う所は、思った事は構わず素直に言動に移すレギオンの方がまだましなのかもしれない。

「おいでなさい、」

 そのように誘われ、私はレッド殿の後に続き簡単な転移門をくぐっていた。彼は自在に空間を通り抜ける術を持ち、空間を揺らぎ風のようにどこにでも現れる。本来この魔法は大地に根差す術式であるからその名前の通り、門として固定されるべきものであるらしい。そういう法則を無視した術式を行使するところが、彼の纏う紫魔導師の称号たる所以なのだろう。
 転移門を潜った先……そこは、この庭の中央に作られた大きな館の裏側にある庭園だった。
 普段は立ち入れない。そも、王の居住区とされ入れない館の、さらに向こう側にある庭だ。回り込んで行く事も出来るが、濃い緑で構成された庭にはそこへと続く道が無い。道を逸れてまで立ち入れない庭に入り込む趣味は私には無かった。
 だが稀に、その庭に招かれる事がある。大抵食事の誘いだ。
 王の住む館を通り抜けてたどり着くその庭に、私は何度か軽食などに誘われて招待を受けた。
 そこには必ずの庭の『王』がいる。そこで優雅に珈琲を味わっている姿を見いだせるのだが……
 今回もやはりそうだった。

 この庭、森と一体化したかのように余りに自然に、違和感無くそこに彼は居る。
 実際、彼はこの森そのものだとも聞く。
 私にはまだ、その意味がよくわからない。だが、雰囲気として一つであり、同じと云う事は解る気がする。
 ふいとあたりを取り囲む緑、その全ての関心が私に向いたような錯覚を感じる。何かの視線が私に向いた、あるいは枝の先が私を指した。感じるのはその程度の事で別段物騒な感覚ではない。こちらを警戒している雰囲気でもない。言い表すなら好奇心か、それよりももっと希薄で……さりげない気配を感じるのだ。
 けれどこちらを伺う気配はとてつもなく巨大で、壮大すぎる。
 だからどうしても気にかかるのかもしれない。彼が私に注視した気配、それに……背を優しく撫でられるような奇妙な緊張感をいつも感じてしまう。

「大分ここでの生活には慣れたかな、その後進展はあるかい?」
「残念、と言っていいのか幸い、と言うべきか。私の探すものは未だ、見つけらておりません。貴方にとっては幸いなのでは?」
 私が探すのは、正義としての私が切るべき悪だ。この悪の庭の、王の所有の『何か』をやっつけたいと言っている訳だから、それが適わないでいる現状、王には幸いであろうと思うのだが。
 この『悪の庭』の主が悪人であれば話は早かっただろう。
 『良い人』では無いと自称すらするが、私の目にはそのような片鱗など全く見えないのだから切るべき私の悪は別に在ると考えるしかないのだが……。
 王は、いつもの調子で苦笑いを私に投げてから少し考えるような素振りをしながら言った。
「生活には慣れた様だが、探し物の進展は無い……か。それは残念だね」
 その言葉の意味を、上手く汲み取れず私は少しだけ眉を潜めて訊ね返す。
「残念?貴方にとっても?」
「そうだね、残念だと思っている」
 そのように、全く悪意もなく微笑む様子に私は……悪を見つけ、それを切れないでいるのだから苦笑いで誤魔化すしかなかった。王は失望されている、と言う事だろうか?絶対正義が何をしているのかと、そういう失望だろうか?
「いや、何しろ私はここに君の言う所の『善き』を集めたつもりは無くてね、むしろ君が嫌うものばかりを集めてしまっている自覚があるのだが……違うか」

 君が好きなものばかり、なのかな?

 小さく口の中だけで呟いたつもりだろうが……私の耳に彼の呟きは確かに聞こえた。こちらに聞こえないつもりで呟いたようだったので私は、それを聞かなかった事にした。

 少し湯気立つコーヒーカップを片手に、王と呼ばれる者は木陰で小さく小首を傾げる。
 小さな風が行き交って黄緑色の新緑を揺らす。
「木を隠すなら森の中、案外見つけ辛くなってしまうものなのかな?それとも、外の概念で云えば連中の悪しき様など大したことは無いとか。私はモノを知らないからね、価値観の相違は相当に在るものと自覚するが」
 するとレッドが大げさに肩をすくめてみせる。
「まさか、貴方の悪しきを惹きつける様はそれは酷いものですよ、その点については僕も保証します」
「お前がそれを助長しているんだ、って事もジャンには教えてやった方がいいんじゃないのか?」
 王は、レッド殿に向けては遠慮なく皮肉も言う様だ。私にはどこか捉えどころのない、地に足を付け無いような言葉しか投げかけないというのに。こちらを気遣う様にどこかよそよそしい口調だという印象が拭えないでいる。
 ……レッド殿の事は、最古参であるから一番、気を許しているという事なのだろう。
「拒まなかったのは私だがね、そもそも最初に色々持ち込んできたり……いや、大体押しかけて来たのはそっちが先なのではないか?」
「どうでしたっけねぇ、貴方が忘れてしまったのならもうどーでもよいのではなかったんですか?」
 笑いながらレッド殿が王を、からかっているのだろうな、これは。
「ま、どっちが先であったか何て事はそれこそ、『どうでもいい』でしょう。僕だって貴方の手先の一人と数えられている訳で、一応原因を担う以上彼には色々説明する義務もあると言えるでしょう」

 この庭に集うは……『悪』……だ。

 私はこの魔王の庭に集う『悪』を求め、それを斬るためにこの庭に来た。

 なのに未だ、その目的は達成できていない。
 先に言った通りだ。私は正義であるが、この庭に決定的な『悪』を見いだせずにいる。
 その理由はなんとなくわかっている、この庭に私が足を踏み込んだ以上、そう簡単には『悪』を見出す事が出来ない仕組みも今は理解しつつある。

 それでも、正義である私にどんなに不利でもこの状況を強引に変えようとは思わない。
 私の存在が正義であるならば、私はあらゆる場所でも正義を慣行出来るはずだ。いや、出来なければいけない。
 この庭に住まうものがみな、化けの皮を被っているのならいずれそれは剥がれる。ただ、その時を待てばいい。

 私にとって戦いはすでに始まっていて、今も臨戦態勢である事はずっと変わらない。
 今だってそうだ。

「所で、ジャンはレギオンから聞いてしまったようですよ。フリードを探していた様ですので余計な事を吹聴される前に連れてきましたが」
「余計な事、という事は無いと思うがねぇ。どうするかは勝手だよ、私は定めたつもりは無いし定めるつもりもない。……ジャン君、君ならどうするかな」
 そう言って、王が小さく隣の茂みに向けて手招きをする。すると……しばらくして草葉の奥が揺れ、何かがゆっくり歩いて出てきた。
 人影、子供……の様だ。人間の子供、のように見えるが……どうだろう。
 私は目を眇め、感情の無い平坦なその子供の顔を真っすぐ見ていた。相手もこちらを無感情に見上げている。服は一応程度に纏っているがなぜかボロボロだ。落ちていたものを拾って着ているという印象を受けるのは、服とは違って顔や見える手足が綺麗で艶が在り、しっかりと肉が張っているからだろう。
 一般的に私が知る孤児の有様とは、何かが決定的に違う雰囲気を感じる。
「……この子は?迷い子ですか?」
「いや、……うん、そう思うかね」
 少し歯切れの悪い王の言葉に、私は近くまでやって来た子供の視線に合わせしゃがみこみ、特徴を良く観察しようとした。
 どこから来たのか。森の中から?この、悪の庭にどうやったら迷い子がたどり着けるものか。自分で言っておいてそれは無いだろうな、と私は思った。この庭を守護する毒虫や、死霊の群、レギオンの軍隊などを掻い潜って、庭に入り込める人など限られている。
 ともすればこの子は……
 どこを見ているのか、焦点の定まらない瞳を覗き込む。幼年の東方人、のように見えるが若干の魔種の気配があった。私は間違いなく西方の人間なのだが何故だろうか、絶対正義としての『剣』として育てられたからかもしれないが……不思議と血統を嗅ぎ分ける感覚の様なものを備えている。それがこの庭に来るまでの間、任された仕事などで役に立つことも幾度かあった。
 角や尻尾、羽などの特徴は全く見られない。ただなんとなく、理屈などは分からないがいうなれば『気配』から、彼がただの人間ではないように思えるのだった。

「その子を、君にあげよう」
「……え?」
 勿論私は、驚いて王の方を振り返っていた。
「あげる……?というのは、どういう意味ですか」
「ようするに、好きにして構わないという意味だが」

 正直に怪訝な顔をしてしまっただろう。
 想像力が足りないとよくバカにされるが、それでも今王が言った言葉を例えば……レギオンあたりが聞いたらどういう反応になり、どういう事が起こるのかという想像がはつく。
 そして、なんとなく理解出来ている懸念があった。

「もしかしてこれが、王果ですか?」
 王はすでにコーヒーマグを目で追っていてこちらを見ていなかったが、その隣でレッド殿がゆっくり目を瞬いて答えてくれる。
「そうです。それが、この季節になるとどうするかで話題となる王の果実です」

 森であるという王が、今このように一見人の形をして目の前に居る。
 それを考えれば……あるいは、こういう事ではないのかという想像は小さいながらも出来ているのだ。これでも私の想像力が足りないというのなら、世の人はどれだけの事を予測して物事を見ているのだろう。
 しかし、予感はしていたとはいえ……素直に言えば驚いている。

「貴方には花が咲き、実が成るものなのですか?」
「ふむ、どうにもそうらしい」
 王の返事は相変わらずだ、相変わらず自分の事なのに他人事のように云う。
「私はこれで一応生物としては成立する、という証だとかそこの魔導師は言うがね……毎年勝手に花が咲いて実ってしまう。私としては……不要な行為と思うのだが。色々在って放置も出来ないし摘み取って潰してしまうのも忍びない」
「それで、果実を分配されている、というワケですか?」
 王は苦笑いで珈琲を啜っている。一服の後にため息を漏らして答えてくれた。
「しかし毎年ここまで成る訳じゃない、稀に豊作の年があったりもするがそれで云えば、今年は多い方ではあるかな?どこからかコレの事はバレてしまってねぇ、あからさまにご褒美が欲しいと強請られてしまって分配する事になっているんだが。今年は、とりあえず君にあげようかと思って」
 辞退する事は出来るものだろうか?素直に言うならば、私はこんなものを貰っても嬉しくは無い。

 私はこの果実を知っている。うっすらと予感をしていて、要するにこれが『王果』であると云われならば私はこれを知っていて当然だと呆然としている所なのだ。

 嬉しいものだろうか?ご褒美にもらう…?そんな事をして喜ぶのは…思い当たる限りレギオン位なんじゃないのか?彼はこういう綺麗なものに目が無い。それは外見的な美しさにとどまらず、内的なもの範疇に含まれている。
 表情の乏しいこの少年は取り分けて美少年、と言う訳ではないが…その心が、何にも染まっていないのが解る。
 極めて無垢……こんな状態の『王果』を見たのは初めてだ。だからそうだと分からなかったし、知っていたのならどうなのだろう。いや、私は今これを知ってしまった訳かと少し眉根を寄せてしまう。初め、これほどに何者でも無いからこそその後……『王果』は。
 自由にする事が許されている、レギオンはきっとこの何色にも染まらない無垢なものを、彼の好きな様にして自分の物とするだろう。しかしレギオン以外の者達はどうだ?
 何を目的として……この、王果だという少年を得ようと望むのだろうか?
 私がこれを貰ったって、どうすればいいのか。レギオンはともかく、本当にこんなものを貰って、誰もが喜ぶものなのか?

「それがそうでもないんですよ」
「え?」
 何を言われたのか、一人視線を他方に投げていた私は驚いて顔を上げてレッド殿を振り返っていた。
「いや、こんなもの貰ったってどうすればいいんですか、とか誰がこれを貰って喜ぶんだ、とか……思ってませんでしたか?」

 ……思っていた。
 この魔導師は人の心を読む魔法でも使っているんじゃないのか?というくらい、レッド殿はこっちの思考を読んだような事を聞いてくる。いや、それは魔導師特有のものなのかもしれない。ピーター女史も似たようなところがある。

「ちなみに、貴方がそれを受け取り拒否した場合、他での争奪戦となります」
「そこまでして皆、欲しがるものなのか」
「ええ、割と。レギオンが欲しがる理由については……」
「なんとなくだが把握出来る。しかし、他はどうなんだろう?」
「それが、王の果実である事をお忘れですかね?森を研究する者にとっては又とない実験素材となりますし、ご理解いただけているのか微妙ですが……見た目はこうですが分類としては明らかに人間ではありませんのでね」

 では、やっぱり……食べるのか?それとも他に、何が考えられるというのだろう?
 想像が湧かない、というよりはこれ以上の想像をして、それが現実である事に向けてどこか、拒否反応の様なものが自分の中にあるのが解る。
 そんな目的であってほしくは無い、という……感情だな。
 それが私の基準において『悪』と云えるのか、王果というものが見た目と異なり『人』ですらなく、普遍的に合ったあらゆるものと違う価値観で存在するなら見た目より湧き上がる感情など何一つ『正しくは無い』。
 
 何を施す事が正しい事だろうか。
 私はため息をつき、無感情にこちらを見上げている少年の頭を軽く、撫でていた。
 されるが侭の様子に、まさしくこれは私の知っている『王果』とは違う事を理解出来るのだった。

「……解りました。自由に、していいのですね」
「ええ、よろしくお願いします」
 レッド殿がそのように頭を下げる程度には扱いに困っている、と云う事だろうか。いや、困るのだろううな。どこの国でもこの、王果の扱いに困っているではないか。いや……よく考えたら私の知るソレとは名前が少し違うか?
 私の知る『王果』というのは要するに、いずれ世に仇為す者になると云われる『魔王の種』の事だろうと思ったのだが、あれは……『果実』とは言わず『種』、だったな。
 実も、種も同じようなものだと思うのだが……私は、あまり頭が良い方では無いと自覚するから思考にも時間が掛かるのだ。
 魔王の種はどこからともなく突然現れるが王の果実は、王樹に花が咲き、生る。

 もしかして、違うモノか?

「質問は構わないか」
 レッド殿がいつもの様に消えずにまだ居たのは、私の疑問に応じる心算があったからだろう。しかし、聞かれなければ答えるつもりも無かったのかもしれない。
「答えられる範囲であればお答えしましょう」
 私は頷き、まず第一に疑問として聞いていた。
「ようするにこれは、魔王の種と言う事だな?」
 概念が違うのならますます取り扱いには困る。これがすなわち私の知るモノ、魔王の種なら、私はこれを無垢な内に刈り取る事も正義実行の内として検討出来る。
「たどり着く先は同じですが、恐らく貴方の知っているそれとは少し違いますね」
「……そもそも魔王の種とは何だ?」
「貴方は疑問無くそれらを狩って来たのですか?」
 私が、時に『魔王の種』を挫く側である事を当然とレッド殿は承知していてその様に、逆に問いかけられてしまった。
 出身などはあえて積極的に語ったつもりはないし、そんなものは今私には関係の無いものと思っていても、どうした事か出身国はバレてしまっている。私は、天空国ファマメントで正義の剣として存在する者だった。今は願って国とは距離を置いたが、天空国の剣として悪しきを征伐するのならその中に当然と『魔王の種』が含まれることをレッド殿は承知している事だろう。
「疑問など抱く暇も無いほどには、悪に傾いた者が多かった様に思う」
 突然現れて、悪しき頭角を現しいずれ魔王と呼ばれるほどには厄介な存在になり果てるモノ、魔王の種。又の名として『魔王軍』とも呼ばれているが、すでに率いる者が居なくて残党という扱いだ、それらは今も世に蔓延っていて時々に残虐な事件を引き起こす。

 どこからともなく現れる。何時までも、居なくならない。倒しても、根絶やしにしてもまたどこからか湧いて出てくる。

 なからずこれに関与する事件の為に派遣され、何人かを討伐した事がある。それらは私が迷いなく剣を打ち放てる程に邪悪な存在だった。一見に人と変わりない姿でありながら、常に最悪な事を願って最後に自分の破滅を願う。その為にありとあらゆる悪意を纏うのだ。

「そうですねぇ、種と果実の関係ですが……残念ながらまだその辺りの因果関係がはっきりとしません。少なからず王果と連動はしているのではないかと僕も睨んでいますが」
 レッド殿はそう言って眼鏡を押し上げて私の手元にある幼子を見ている。
「こうやって我々の庭に、こういう形で落ちてくるならまだ良いのです。王果は未成熟のまま多くは落下し、多くは腐ります。その時どうにも種が行方知れずになるらしい」
「……では出所はやはり、この庭なのか」
「そうであろう、と僕は睨んでここにずっと居て事実を確認しようとしています。そうと確信が持てるまでにはかなりの時間を費やしました、しかしまだ種が拡散する方法が未だに解明出来ておりません。ですから外の世界における『魔王の種』と『王果』の差も……関連は深かろうとは思っていますが確実な事はまだ分かったとは言えない状況です。未だ微妙と云わざるを得ないのです。未だに答えを探している途中だと云えば貴方にそれを託す理由も理解できるでしょうか?」
 私は王果という少年を見る。
「豊作だとしても、この形で庭に落ちる絶対数は少ない?」
 なら……花が咲いた時点で全部むしってしまったらどうなんだ?王果や種を厄介だと思っているのなら実らせない事だと私は思ったのだが、そういう考えを察知したように魔導師は言った。
「花は、コドクの大好物なんですよ」
 コドクというのはこの庭に住む毒虫で……森の管理者だったか。
「花が咲いたら積極的に食べさせて、駆逐は図っているのです。これは王とコドクが共存を為す前からの……言うなれば自然の摂理のようなものでしょう。不思議と花を掻い摘む虫は多くて、無数に咲く花が結実出来る確率は各段に低いはずなんですよ。それでも毎年いくつかは実ってしまう、それらも成熟する前に大体は落ちる、」
 レッド殿は微笑したまま言葉をつづけた。
「そういう形で王果が庭に在る事は稀なのです。一人あれば豊作ですよ、そしてそれが出てしまったときどうするかで若干、揉めるというワケです」
 ずっと黙ってコーヒーを飲んで寛いでいた王がふいと口を開く。
「なぜ、それはそんな形をしていると思う?」
 言葉に、私達は視線を上げていた。
「果実は、花咲き実り、種を飛ばし…芽吹くまで。あらゆる困難を乗り越えなければいけない。その為に種は知恵を絞り様々な方法を試す。多く虫に齧られ、成熟が困難を極めて多くが腐り落ちるとしても……それでも私の場合、一番の障害は人間だと認識しているのだろう。だから、相対するに人の形を選んだのかもしれない。現状多く種を残すにそれが、最良なのだろう」
「ずいぶん他人事のように言うのですね」
 レッド殿の言葉に王は苦笑いし、実際この体も何もかもが侭成らないから私は、私である事も含めて放任主義なのだよと言って尚笑う。
 そうして、微笑んだまま私の心中を穿つ。

「君は、それを育てようと思っただろう」

 素直に認めて頷き、無表情な少年を小さく、抱きとめてやる。
「……ええ」
「十中八九そうするだろうと思ったから君に一つ、と思ったんだ」
「貴方は、私にこれを育てさせたかった、と言う事ですか?」
「……いや?」
 王は再び微笑みに苦みを加えて机に肘を付き頭をかしげ、片手で支える。
「多分、君はそれを上手く育てられない。もし君がそれを君が望む通りに育てる事が出来るのなら……恐らく、君はこの庭に居る必要が無いだろう。私は、君を試しているんだよ」
 王の言葉に私は、自分に向けられた可能性を考えてみた……が、私には育児の経験など皆無なのだから……素直に言えば子どもを育てる自信など全く、ありはしない。
 しかし、だからといって放任も出来ないのだ。要らない、出来ないといって付き返してしまったらこの子は、どうなる?

 それこそ、王果が人の形をしている最大の理由にまんまと騙されているのかもしれないが、構いはしない。騙されて当然だろう。なぜなら、私は人なのだから。
 赤子には正義を判断する力が無い。ならば、彼がそれを判断できるその時までは守ってやらなければならないだろう。
 人間の、真にか弱き形をしたものを放っておいてはならない。本質的なものを理由に放置したり、切り捨てたりする事は出来そうにない……ただそれだけだ。
 そういう私の正義感元に、彼を引き取り育てるしかないのだと決心をした。もしこれが即ち『魔王の種』だと云うのなら即座切っても良いと思ったが、どうにも違うかもしれないから試しているというのなら……私も、一つ試されてみても良いだろう。
 私もどこかで望んでいる事だ、魔王の種が、そう呼ばれて駆逐されていくだけの存在とは限らない可能性について考えた事が無かったわけでは無い。出会った彼らは押し並べて邪悪ではあったが、本当に彼らの本質とは悪なのだろうか?
 悪の庭に在る、悪の王の樹に生る、その果実と種だから?
 時に彼らを取り巻く環境が彼らの道を決めては居ないのか。
 私が、正義たれという道にあってそれが当然と信じて来た事のように……。
 密かにその思いが揺れている事に私は内心、悟られないように気を配っているがどうだろう、弱っている事はすでに庭の王には、穿かれているのかもしれない。

「これを私に与えて一体どのような結果をお求めなのですか?」
 私は、超然と構えた恐るべき庭の王に向き直る。
「それこそ、成るようにしかならない事だよ。どんな事になっても私は構わない。ただ、君がこの庭に居るべきかどうかくらいは試してもいいだろう、結果がどうあれ、だよ。一応ここは私の庭だ」
 彼の求める結果は在る様で存在しない。求めに応じるという努力は出来ないと云う事か。王にとって大事なのは結果ではなく……恐らく、その過程の方なのだろう。
 この子を私に預けて、本当は何か私に求める事でもあるのかもしれないが言うつもりは無いという事か。あるいは私がこれをどうしたいのか、その事こそ優先しろと言っているのかもしれない。
 まだ小さな手を取り、退場しようかと思った時だった。ふいとレッド殿が言った。

「フリードもそれを大いに欲しがりましてね」
「彼は、これをどうするんだろう」
「貴方と同じです、育てるのですよ」
 その言葉を聞いてレッド殿が小さく腕を組み、横を向いて意識だけをこちらに向けている。
「……王は、私に王果を育てられまいと言いましたが彼は、どうなのですか?」
「結果から言うならばフリードは、何体かを死なせる事無く育てているようです。完全に受け渡してしまっているものなのでその後、どのように扱っているのか等こちらは詮索出来るものではありません。してもいいのかもしれませんがね」
「少なくとも私は興味がないものでね」
 と、王は肩をすくめて言った。
「この通り、王がこんな調子ですから。……もし本気で育てるおつもりなのでしたら、今度こそフリードを探して助言を得てみるのも良いかもしれません。死なせない為の秘訣位は心得てるでしょうから。しかし彼は口が上手いですからねぇ、王果を取り上げられないように気を付けてください」

 私は小さくうなずいた。

 そして、小さな王果の手を引いて庭園を後にするのだった。

*** *** ***

つづく

*** *** ***



「さて……では、行ってくるかな」
 そう言って立ちあがったのは意識だけで体は、相変わらずそこにある。
「ああ、そういう企みだったのですね」
 少し呆れた風に魔導師がため息を付いたのを最後に見た。彼は、意識が抜けて力無く椅子にしな垂れた私の体を見ているだろう。
 その様子はすでに私の『目』には映っていないし『耳』にも届かないが大体解る。
 長い仲だ、どうしているかなど手に取るように解ってしまう事だ。
「でしたら、せめてこれは別の所に運んでからにして頂きたいものですが」
 口答えしたいが答えるべき口が無い。もっとも、魔導師がそんな悪態をついているかどうかは実際には解らない。それは、ただの私の妄想だ。だが多分、8割がたそんな事をぼやいているだろう。
 私は、いうなれば意識だけとなって次に降り立つべき『体』へと跳躍している。
 私は魂だけの存在としてこの世に見えず、触れえず、解き放たれている。
 本来なら、そのように精神的なものだけを切り離すと途端、破たんして生物的には『死ぬ』そうだ。
 そうは成らないのは私は、普遍的に世界に存在しながらも例外的に魂として、たった一つの『自分』というものを持っているからだ。
 本来、『多数の私』という現実があってしかるべきだろう。だが、そうならない。
 私は私だ、そういう意識の元全てが一つに集約する。私の魂は例外的に守られているのだ。解りやすく言えば世界的な設定、システムというレベルで……肉体などから解離しても四散しないようになっている。

 それを、一般的には通用しない言葉で語るとするなら……私は青い旗に守られている、となるだろう。

 ブルーフラグが私を守る。だから、私は普遍的に存在する他の、私たる肉体を渡り歩く事が出来てしまうのだ。ブルーフラグとやらを持つ者が全て私と同じというワケではない。私はとびぬけて存在が奇妙な事になっており、複雑な経過を経てそういう芸当が出来るに過ぎない。

 さて、そんな理屈は良いだろう。

 私は目指すべき肉体に跳躍し密かに、そこに宿り込む。

 途端、一番の違和感として感じるのは手のぬくもりだ。
 相手に気付かれないように視線を上げたが、彼は鋭くこちらを見やる。慌ててそっぽそむいたが、遅い。

 さぁ。

 続きを始めよう。

 私と言う稀代の怪物、世間一般的な評価として『魔王』たる私を彼は、どのように育てるつもりであるのか。

 絶対正義を掲げる彼は……この私を理解して尚自らの正義を貫けるのかどうか、を。


続く
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