GM8 Garden Manage 8 Narrative

RHone

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問題を埋める魔王の庭

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「それで私は、どのようにこの庭に悪を見出せばいいのでしょうか」
 すると、何一つ動揺したような気配も無く、この『庭』の王は私に答えるのだった。
「それは私に聞くべきではない、何を悪と見定めるのも君の仕事だろう?そう思わないかね」

 それは、ものすごくその通りだと私は思った。

 実に稚拙な問いを投げ掛けた事を反省しその場で頭を抱えてしまう。
 声が出ない、恥ずかしい、情けない。
 私は、一体ここで何をしているんだ?

 すでに何度目かの会食での事だった。
 この、悪が集うとされる禁断の庭、魔王の森と呼ばれる奥地に乗り込んで、取り込まれて……どれ程経ったか。
 この庭に在る事を許され、好きなように『悪』を探せば良いと言われ……日常、この庭に住まう者達の行動に注視し、私は私の基準で『悪』であると思えるものを探していた。

 ところが、どうにも元来持っていた私の『正義』たる基準がここでは全く通用しない。
 全くだ、本来外であれば許されざる事と思える出来事が幾つかあったのだが、何故かそれを私は、悪とは言えないのだ……ここでは。

 それは何故か?理由は薄々感じとってきている。

 私は、テーブルに突っ伏して色々と思い出していた。どこで躓いているのか、根本を見出さなければ。


*** *** ***


 たとえば、この庭には人を買う事が出来る部署がある。

 どうしてこの庭には女性が少ないのか、それが前から疑問ではあった。理由を聞いて回った所ようやくその噂を聞き出して、何たることかと駆けつけてみれば……それはどこの町にもあるような娼婦館の事だった。
 違法な労働を強いているのであれば私は即刻その館ごと蹴り飛ばしてやっていただろう。ところが、調べてみるとそうでもない。
 そこで取引されているのは主に『女性』だ、買うのはこの庭に住まう者達。主にフリードの部下だ。彼らはちゃんと、適切な賃金を女達に支払っていた。その帳面もきっちり付けてある。
 女が提示する額から、適切な金額を支払う為の仕組みがあってその額をきっちり女に収めた者だけが女性を買える。まずはじめに女が、自分を幾らとするか自ら提示するのだそうだ。そうしてその提示された金額と、女がこの庭で商売が出来る日時を計算しその日数で割る。そうして出てきた金額を、買い手は支払わなければいけない。一夜であれば一夜分、3日であればその日数分。
 もし、全てを買うならその金額を耳をそろえて女に差し出せばいい。
 双方納得しての額を支払う『労働契約』が成り立っている。
 女たちは無理やり働かされているのか、とも疑ったがその様子は無い。むしろその逆だ……涙ながらに、私達をぜひ買ってくださいとせがむ者もいる。

「なかなか悪徳だと思うでしょう」

 涙ながらに私を買ってくださいと訴える女性を前に、うろたえた私にフリードは笑いながら言っていた。
「ここの女性達はみな、外で色々困っていてここに来るんですよ。理由は様々ですが大体にしてお金で解決する。けれどその金を稼ぐ方法がないんです」
「……」
「そこで、そういう人にむけてこのような労働を紹介する……仲介屋を営んでいるんですがねぇ。こういうの、外では立派な悪徳などと言われていますがそのあたり、貴方はどう思います?」
「いや……悪徳とは思わない」
 私は目を眇め、身を翻し女性に背を向けていた。仮面で目元を隠しているフリードの、表情はよく読みとれない。
 悪を見いだせないのならここに、用はない。私はこういう女を買う事に興味が無いのだ。慈善と割り切っても恐らく出来ないだろう。私には……あの、買ってくださいと訴える女に何も答えてやる事が出来ないのである。
 私の正義は悪をくじくためのものだ。
 必ずしも弱気を助ける為の物ではない事を自覚している。やや早足に、逃げるような私の後をフリードは着いてくるのだった。
「意外ですね、酷い事をしていると言われて貴方と少し応酬する事になるかと思いましたが」
「確かに倫理や道徳にはやや反していると思える……しかしそれは、感情だ。そういう所では悪しき事と唱える者もいる。だが正義か悪かという問題は倫理や道徳、感情で測ってよいものではないだろう」
「ほぅ?そういうものですかな」
「感情論で応酬すれば、決着はつかないだろう?」
「それは確かに、そうでしょうな」

 必要なのは『法』だ。冷徹であってもいい、確かな『法』があればいい。それに則り正しいか、そうではないかを測る。

 この森には、私が縋るべき『法』が ないんだ。


*** *** ***


「ここには私の知る『法』が無い」
 だから、私はここで正義を振るう事が出来ないのだ。
 そう思って顔を上げたが視線の先で、東方人らしい小太りの男は小さく首を振った。
「いいや」
 穏やかに微笑んで庭の王は私を見やる。
「法はあるよ、君が良く知っているものだ」
「……それは、」
「君自身だよ」
 その言葉に私は、言葉を詰まらせ危うくテーブルクロスを握り込んでしまう所だった。引きずられて食器の鳴る音に慌てて手の力を緩める。
「それとも君は、君自身をよく理解していないのかな」
「……ッ!」

 未熟と言われているような気がする。

「君が知らないのはここでの『法』だよ。君が知るものが『無い』のは当然と言えば当然だ。だから恥ずかしがる事は無い、ここでは……誰でもそのように自分自身を見失うものであるらしい。しかしそれは必ず順守するものではない、私や誰かが強要しているものではないからね」
 庭の王は笑いながらそう言って、ふいと口元に手をやって声をひそめた。
「誰でも、だ。レギオンもフリードも、誰しも私の前では今の君の様に路頭に迷うものらしい」
 それは慰めか?私は困惑したまま、何時もそうなのだが……この庭の王の意図を測れない。
「貴方は……私をそのように惑わしてそれで、どうしたいのですか」
「別に惑わしたい訳ではないよ。ただ……基本的にはどうでもいいだけでね」
 どうでもいい、その言葉に私と庭の王との間にある絶対的な距離を感じた。このように都度会食に呼ばれ、近しい所にあると思ったがそれは……錯覚か。
「がっかりしたかね」
「まぁ、少しは」
「君は素直だねぇ、」

 庭の王はテーブルに手をつき、緩やかに席を立ちあがった。

「許してくれ、どうでもいい、というのは―――私が私である為の一つの『法』のようなものなのだよ。勿論、私にとっての『法』だが」
「……わかりません」
「もちろんそれは理解したい、と云う事でいいのかな」
「ええ、」
 私は強く、肯定して頷いていた。
「私にとってはそれもまた、どうでもいい事ではある。だから……理解できるかどうかは君次第になるが、君が私という『法』を理解する為の手助けをしよう」
「ありがとうございます……あ」
 ふいと気づいて視線を逃がす。
「もしかして、心配をお掛けしましたか?」
 正義たる者としてらしくないと、もしかして王は心配をしてこのように、私を都度呼び出してくれているのだろうか?絶対正義としての私を王は理解し、その上で……私を否定するでもない。むしろ正義である私を歓迎しているようでもあった。そこに恐らく嘘は無いだろう。庭の王に対し、私は極めて無邪気な印象を持っている。
「少しね」
 庭の王は緩やかに微笑む。
「絶対正義として在りたい君をこの庭に迎え入れたのに、随分弱ってしまったのを見てはいられない。君は、この庭に居る為にふさわしい正義を私に見せてくれたまえ」

 そういって、庭の王は……その手に一振りの剣を握っていた。

 意図が測れず、私は慌てて席を立ちあがってしまった。
 柄尻から剣の先まで……ひと固まりの鋼より打ち出された剣を、王は片手の中で玩ぶ。
「久しぶりに握る、この剣は……レギオンにくれてやったのだがね」
 黒い鋼が、刀身に向けて眩く銀色に研ぎ澄まされている。剣が纏う雰囲気に私は少し魅入られている、名剣の類なのかもしれない。
「しかし、要らないと突っぱねられていたものだ。だけど最近、レギオンが君にこれを譲渡するようにと言うのでね。今日は正式に、これを君に送ろうかと思って呼び出したと云う訳だよ」
「……その剣を、私に?」
「奪ってみたまえ」
 軽く片手に握り込み、刀身を鋭く回しこちらにかまえて……王は私を挑発した。冗談を言っている様ではない。僅かながら私に向けた殺気のようなものを感じる。
 顔は、穏やかに微笑んだままだが、そんなもの……どうとでもなる。
 しかし、奪えというのも穏やかではない。奪ってまで、欲しいと思える剣だろうか?
 私はこの手に名剣を握る必要は無かった、むしろ剣は消耗品として摩耗する事を考えなければいけない。よくよく剣の方が私の力に負けて壊れてしまうのだ。
 名剣と呼ばれるものであっても例外ではない、高い代物だからといって頑丈だとは限らなかった。あるいは、本当のよい剣というものに私は出会っていないだけなのかもしれない。
「剣は……奪ってまで欲しいものではありません」
 とりあえずは素直に自分の気持ちを伝えてみた。それは、今貴方が私に向けようとする殺気を受け取りがたい、という意図も含めたつもりだった。
「いいや、君はこの剣を私から奪わなければいけない。奪えないというのであれば、悪いが君はこの庭に居る資格がない」
「……私を試すと云う事ですか」
「試しているわけではないよ。私は……この庭の王と呼ばれている。悪が集う庭の王であり、外の世界曰く『魔王』だよ。私はそれを君に向けて、否定した事は無い。人がそういうのであればそうだろう、だがそんな事は私にとっては『どうでもいい』」
 この庭で幾度も出会う、なかなか解けない謎掛けを再び……目の前にしている。
「君は、私を斬るべきだ。正義であるなら悪を斬るのは当然の定めのようなものだろう。君は、迷わず魔王である私を斬るべきだった。そうして私の『法』に気づくべきだったのだ。私はそうなるだろう心の準備も出来て君を迎え入れたと云うのに……一向にそういう気配がない。それどころか自分の存在に躓き始めてしまう始末だ」
 言い返せない、事実も含まれている。だが……魔王はこの人であると大勢が指差したとしてそんな価値観、私にとっては何も意味をなしていないのだ。

 問題は、私にとって目の前の王が……魔王か否かと言う事。

 私がそこに疑問を感じ、躓いているのならそれは私の未熟だ。この価値観を捨てたら、私は本当に自分が何者であるのかもわからなくなる。
 それだけは、分かっている事だ。
 目を閉じる、状況を整理する。
「確かに、今先ほどの私はどうかしていました。貴方に聞くべきではない事を聞いた。何が悪であるのかは正義である私が、私自身の判断で見出さなければならない。先ほどの事は無かった事にしてください。私は、私で悪を見つけます。ですが、それが貴方かどうかは別問題だ」
「それがよくない」
 懐かしい気配に背筋の毛穴が一気に開いた。毛が逆立つような感覚。

 確かな殺気。

 剣を一振り構え、下段にかまえる王から吹き出す私への殺意が、あっという間に辺りへと広がっていく。取り囲む緑と言う緑が私を見据え、私を狙っているのが分かる。

「そこで、私は君をこの庭に不要であると判断し……排除するとしよう」

 私は……これを待っていたのか?

 確かにこうすれば敵は見える。何を斬ればいいのかわかる。でも、それは……違う気がする。そんな事、この庭の外では考えた事も無かった。
 こんな強烈な殺意を、普段は押し籠めておける者などいるだろうか?あるいは『どうでもいい』者に対してここまで強い悪意を放つ事は可能なのか?

 庭の外では……そんな事は『無かった』のだ。

 けれどここでは、魔王の庭には在る。私の知らないものが在るのだろう。私が知らないだけで確かに、今目の前にあるように……『在る』のだ。

「遠慮はすまいね、君の事だ」
「勿論です」
 ほぼ無意識に、私は既に剣の柄に手を当て封印を解き、何時でも抜刀できるような態勢を取っていた。庭に来た当初、フリードから貰った剣だ。私の故郷に置いて『母国帰属』の紋章が刻まれている剣で、名剣のひとつに数えられてた逸品。現国王の兄弟が持ちだして、以来行方不明になっていたものだと言ったらすんなりと、フリードは私にその剣を返してくれた。
 ……フリードは一体どこでこの剣を手に入れたのか、詳細は未だに聞き出せていないが、何時か教えてやると約束は取り付けている。
 王の構える剣と……私が今持つ剣は型が似ているようにも思う。
 そういえば……と、私は一瞬自分の持つ剣に意識を向けた。この名剣には何か説話が無かったか?そう思ったが即座思い出せずに、今はそれどころではないと王の動きに注視する。
 上段に構え直したのに呼応し私は下段へと構えを正す。

 この強烈な殺意、一体それをどのように捻り出すのか。もしこれが隠されていた本心だというのなら……それをかぎとれなかった私の、不手際だ。
 この男を撃つべし。
 私の本能がそう言っている。殺されなければ殺される。確実にその未来が見える。

 間も測らず王は私の領域に踏み込んできた。
 剣を撃ちあわせる、何度か。

 そうして……ほんの一瞬のうちに全てが終わって、何事かと数人が駆け付けてきた頃にはすっかり、全ては終わった後だった。

「おやおや、これは」

 あまりにもあっけなく……私は、この庭の王を斬り殺してしまった。
 
 返り血を僅かに浴びた私を見て、駆けつけた誰もが特に反応を示さない。
 私も私で何か変わった事が有ったかと言うと特には無い。息も特に乱れてはいない。
 真っ先に駆けつけてきた魔導師のレッド殿が、状況を見やって眼鏡のブリッジを押し上げている。
「……私がやった。王は、恐らく死んだと思うが」
 レッド殿に向かって私は、抑揚無く懺悔した。
「ええ、見事な太刀捌きですね、急所を何箇所か的確にやられています」
 レッド殿は極めて冷静に庭の王の様子を窺いながら言った。
 いや、私はそういう事を言いたいのではなく……
「怒られるとお思いでしたか?」
 どこか影のある微笑みを浮かべてレッド殿は、私を振り返った。
 私は、素直にそれを認めて小さく頷く。
「ここからは……来るもの全てを斬り殺していくしかないかと思ったが、興ざめだ」
 露を払い剣を鞘に納める。返り血をスカーフで拭いながら……レッド殿を横目で見やった。
「よく分からない事を提案されて……こうなってしまったんだが」
「そのようですね……リンガ、」
 何事かと集まってきた中からローブに身をすっぽり隠した者が進み出た。人前ではローブで実を隠す、と言っていたあのリンガ殿か。見事に姿を隠していて、そうだとレッド殿が呼びかけなければ分からなかっただろう。
「何時ものようにこれは、埋めておいてください」
「了解した……インティ、手伝ってもらえるか」
 いつの間にかあの人形も居る。
「うん、いいよー」
 ……誰も、状況に向けて全く動揺していない。
 まるで、よくある事のように事が処理されていくので私は、慌てて指示を色々と出しているレッド殿の肩を叩いていた。
「私は、王を斬り殺したんだぞ?」
「そのようです」
「……よかったのか?」
 すると、レッドは少し笑って目を眇めた。
「恐らく、貴方がそのように不安になるから王は、貴方の相手をして差し上げたのだと思いますが、いかが?」

 ……その通りだろう。

 私は、そんなにも儚いものに見えていたのだろうか?確かに不安と呼べるものを抱えていたのは認めるが、それを誰かに語って聞かせたのは……そう、庭の王唯一人のはずだ。それもついさっき。
 それなのに私の不安は誰からもお見通しで、私だけがそれを知らずに居たのかと思えば……気不味さと、恥ずかしさと、情けなさが入り混じり顔をあげてなどいられなくなっていた。
 幸い、レッド殿はそんな私の心情を察してなのかそっぽを向き、わざとらしく肩をすくめている。
「困ったものです、後処理をいつも僕に投げてよこす」
 そのまま深いため息を漏らし……残されていた茶会のテーブルなども全て片付けさせてしまった。あっというまに庭は元の通り、綺麗な様子に片付いて行く。血だまりごと草木がはぎ取られ、土を変えて芝は張り直そうとしている。何もそこまで、とは思うが……思うだけで私は自分自身と向き合うに必死過ぎて何も口出しできなかった。
 いつの間にか庭には……私とレッド、そして投げ出されていた王の剣一振りだけが残されている。
 レッド殿が微笑んで私の方を振り返った。
「ご心配には及びません、またそのうちどこかからあの方は、やってきますから」
「……やってくる?」
 ようやく彼の顔を見えるほどに私の心は落ち着いてきた所だ。
 それらの羞恥心は、今後この庭は『王』の不在でどうなるのか?という疑問などさっさと追いやられていた。中心人物である『王』欠いた状態にもかかわらず、この庭は以後どのように『在る』のか。不在でも構わないとでもいうのか?
 そのような事をいつの間にか考えていて、そうしてレッド殿の今の言葉だ。
 完全に想定外の事を言われた。また、そのうちどこかから……やってくる、とは。
 どういう意味だ?
 レッド殿は落ちていた剣を拾い上げている。鞘も別の所に落ちていた、それも拾い上げて、鞘におさめた剣を……私に差し出しながら言うのだった。
「これは、恐らく貴方にと、渡されていたのでは?」
 私は少し戸惑いつつも小さく頷く。
「この場合は奪った事になるのか……な」
 一人呟いて私は、その剣を受け取る事とした。しかし、
「……なんだか不本意な気もする」
 掌に吸いつくような感覚を憶える。この剣は……悪くない。手にしてみて、もはやこれは私のものだという意識が生まれたのを感じる。不思議な感覚だった、それだけにこの剣の所在については僅かな違和感を感じもする。その感覚を現すに私は『不本意』だと口に出していた。
「運命、などというものを信奉する訳ではありませんが……この世界には後から振り返るに運命だったと言える巡り合わせを仕組む、何者かが居るのかもしれません。僕はそういう幻想は悪くは無いと思っていますよ」
「そうなのか、運命なんて理にかなっていないように思えるが」
 レッド殿は眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。
「別に僕は理にかなった事しかやらない訳ではありませんよ。昔はどうあれ……今は、心には正直に従っているつもりです。心に従えば、自ずと理なんて二の次になる」
 私は、私の心に従順であるだろうか。
 そのような疑問も抱く。いや、そのような疑問は抱くべきではない。私は心に従ってなお正義の使徒であるべきなのだ。心のありようも、根本からそうでなければならない。私はそのように生まれ、そのように生きると決めたのだ。理ではない、私の心がそのように決めたのだからそれを今さら疑う必要などない。
 静かに、私の中でぶれない軸を確かに見出し、掴みとる。
 
「ようやく在るべき所に収まったようです、貴方はその剣の事をご存じではない?」
 私は剣から視線を外しレッド殿を振り返った。
「レギオンに差し上げたとの事だが要らないと、返された……とか」
「あまりご存じではないようです。それは……幾度か魔王を殺した勇者の剣、とでもいいましょうか」
 そういう、レッド殿は少し笑っている。
「魔王の所にあるべき剣ではないのです、本来貴方のような者が持つべきだ。恐らくレギオンもそういう意味で欲しがらなかったのでしょう」
 ふっと、思い出した気がした。顎に手を当て、視線をずらし考える。
「……もしかすると知っているかもしれない」
「そうでしょう、」
 そう言ってレッド殿は笑う。

 その剣の説話は、貴方の生まれた国にもあるはずだと言われ私は……唐突に理解する。

 それだ、私がフリードより貰った剣にまつわる説話、
 一種、お伽噺として子供のころに聞いた話だ。

 私の国の建国者は、かつて魔王を殺した勇者の末裔なのだそうだ。その証拠に魔王を倒した剣が代々伝えられていた。しかし今の時代のように……倒したはずの魔王が復活した事があったという。再びこれを倒そうと、魔王殺しの剣を持って旅立った者がいるのだそうだ。それは何時か魔王を倒し勇者として再び国に戻ってくる……と、されていた。
 しかし、そうして剣は行方不明になってしまった。
 だがその剣が国に戻る時、魔王を倒した剣の所持者は勇者として迎えられるという。

 ……そんなお伽噺があったな、確かに。
 結局勇者は、剣を携え戻る事は無かった。現在国王はその、魔王を倒した勇者だ、などと締めくくった話もあるが、どうだろう。
 フリードから貰った剣と揃えて、二振りの剣を見比べる。同じ形をしているのは、母国の紋章を頂く方は伝説の、魔王殺しの剣を模したものだからか。この、庭の王が私に奪えと言った剣こそオリジナル。

 魔王殺しの勇者の剣。

 剣は今だ国に戻らず魔王は滅ばず、勇者は戻ってはこない。

 だから、私が今ここにいる。

 正義の為に悪を倒す為、必然的にここに来たのだと思っていた。

「明日、昼餉にもう一度こちらにおいでなさい」
「……」
 それで、一体どうなるというのだ?明日ここにもう一度来るとどうなるのか、それを今問いただしても恐らくは答えて貰えない。明日、もう一度ここに来れば分かる事なのだから。
「少し貴方で事を整理する必要もあるでしょう。何を僕に聞くべきか、それすらも分からないといった顔をしています」
 そうかもしれなかった。
 私はふらふらと自分に宛がわれた部屋へと戻る道を歩いた。道中、子供の姿をした魔法使いのインティと、深いローブに身を隠したリンガ殿が庭の端に居るのを見つける。
 何気なく、そちらに足を運んでみると……
「ったく、なんで俺様がこんな仕事しなきゃいけねぇんだよ!」
「ほらほら、早くやらないとジャンが……」
 と言ってふいとこちらを振り返るインティに、私は自分の名前が含まれていたころに何事かと目を丸くしていただろう。インティは、普段なら私の姿を見るとそそくさと姿を消す事が多い。私に無関心なのかと思っていただけに少し驚いたのだ。
「あ、ほら、もう来ちゃった!」
「おし、こんなもんでいいだろ!」
 そう言ってスコップを投げだし……庭に深い穴を掘っていたレギオンがそこから飛び出してくる。
「よぉジャン!オウサマぶっ殺したんだって!?ケッケッケ、これで晴れて俺達の正規仲間入りだぜ」
「……それは、庭の王か?」
 先ほど私が斬り殺した、初老の男が宙に浮いていた。
 インティが良く使う、魔法の一種の仕業だろう。時たまに血を滴らせながら死体がふわふわと中空を漂っている。つい先ほどまで同じテーブルで、簡単な食事会をしていた相手だ。なんとも現実味が無い。
「あー、やっぱりそれなりにショックなの?ショック受けるなら殺さなきゃいいのに」
 インティは少し困ったように笑いながら言った。
「本能的に殺しちまうもんなんだよ、なぁジャン」
 レギオンから肩に手を回されたが、何時もはそれを避けるなり跳ね返すなりするけれど……今はそうする気力も無かった。
「お、弱ってる弱ってる」
 ニタニタ笑いながらレギオンの手が、遠慮なく私の臀部を掴んで撫でまわし始めたので流石に条件反射的に突き飛ばしてしまった。しかも、手加減が聞かなくて……レギオンは向いにあるツツジの生垣に突っ込んでしまっている。
 インティがそれを見て意地悪く笑っている。
「バカだねー、そういうのはもうちょっとステップを踏んでからやりなよ」
 生垣に突っ込んだ体を引き抜きながら、レギオンが喚く。
「うっせーよ!俺は隙さえあればいつでもそのアナに突っ込む主義なんだよ!」
 それらのやりとりにうんざりしたのか、ローブに埋もれているリンガ殿の、ため息混じりの声が割りこんでくる。
「……インティ、さっさとしろ、私は自分の仕事に戻らなければいけない」
「はいはい、」
 急かされて、インティはふいと両手を広げた。すると中空に浮いている王の死骸が、バラバラに、切り刻ざまれ始める。どろどろと流れる血も丸い水滴となって中空に浮かんでいる。見る間に……それは本来の姿を失って肉片の集合体となりつつあった。見ていて気持ちの良いものでは無いのだが、目が逸らせなかった。あの王が、庭においで無条件に総てが恐れる魔王が無様に切り刻まれ、肉片となって行く。

 白いワイシャツや灰色のズボンの破片も混ざり込んでいるのを見てインティがわざとらしく自らの手で額を打つ。
「あ、服脱がすの忘れちゃった」
「おいおいおい!大事だろそれ、大事なイベントだぜそれ!」
 ……レギオンの食いつく理由がよくわからない。
「問題は無い、全て土に戻る」
「長期的にはそうかもしれないけど……ま、いっか」
 そう言ってインティは少しだけ、私を見た。
「ジャンもいるから特別にもっと細かくしておくね」
 
 骨も何もかもを砕いて切り刻まれすり潰され、レギオンが掘った穴に無造作に投げ込まれ……埋められる……庭の王。
 これは一体何の儀式なのか。
 そんな疑問を読み取ったようにインティが説明してくれる。

「これからリンガの呪いが掛けられてね、オウサマは腐って土に帰るんだよ」
「土葬、というには荒っぽい……な」
 なぜ肉片にする必要が有るんだ?確かに……そうした方がよりはやく土に帰るのかもしれないが……。
「たまには火葬する時もあるよ、灰もいい栄養になるってピーターが言ってた。僕はそういう事よく知らないけど、」
 頭の後ろで手を組んで、無邪気を装いインティは笑う。この子は、恐らく本質的には悪だろう。そう思う。何も知らないよ、と前置くけれどきっと何もかも分かっているのではないか思える事が良くあった。証拠が無いから悪だ、と言って切り捨てる訳にもいかない。一番相手にするに厄介な悪だと云える。
 そんな事をぼんやりと、頭の隅で考えている。
 私は『正義』としてもっと真剣に悪の気配に敏感に反応するべきだと思うのだが……いまだに感覚はマヒしていて、一体何が『悪』なのかよくわからない。
 目の前で起こった事が何故上手く理解出来ない。普通に考えれば、死体を損壊し弔いもせず肥料にすべく腐らせて埋めるなんて咎められてしかるべき悪い事ではないか。数々の法に触れるし、そんな事をされたら遺族が悲しむに決まっている。
 だが……ここには死者を弔う定めは無いし法も無い。庭の王に惹かれ集まる者はあるが、それらは王とどのような関係にあるのか?彼の死を悲しむ者は居ず、喜ぶ事も無い。彼の死は無関心に無機質に扱われている。

 まるで……理解不能な夢を見ているようだ。

「死体ってさ、いい肥料になるんだって」
「オウサマも例外じゃねぇって事だな、ヒヒヒ」
 だから、インティのその言葉にああ、なるほどそうなのかと、納得しそうになった。
 いや、違う。それは私の知る世界においては常識的ではない。
「だからここでは死体は全部森に埋めるんだよ。程良く腐るように加工してさ」
「墓は、作らないのか」
「そういう習慣は僕らにはないけど、あえて言うなら……」
「この地、全てが墓場のようなものだ」
 インティの言葉を遮り、リンガ殿はそう言い残してその場を後にして行ってしまった。それを無言で見送ってからインティは肩をすくめる。
「的は射ていると思うよ」
「この庭が、墓場?」
 緑にあふれる美しい庭。溢れる命は、埋められる死の上に成り立っているとでもいいたいのだろうか?

 発作的に思い出す事があった。
 オウカを、死んで腐葉土の様にボロボロになった彼を、庭に戻し埋めた事は夢ではなく、事実だった事を思い出している。

「難しく考える必要はないよ、ただ死んだものを埋める場所を墓場というのならここは墓場ともいえる、ってだけさ」
 私の顔を見ながらインティは言った。私の心を見透かしているのかもしれない。

 その後、どんな会話をして彼らと別れたかよくわからない。
 何時までもレギオンが付きまとってきたと思うが、いつの間にか振り払りきって私は、部屋で一人ぼんやりしていた。

 この庭に集う悪を、悪と定め私は……倒さなければいけない。

 けれど何を悪と見出し、私は滅ぼさなければいけないのかが分からない。
 庭の王を斬った。
 間違いなく殺した。
 誰もが指差し名指す『魔王』。

 けれど、それで一体何が変わる?
 何も変わらないのではないか、この庭に集う誰もが『何も変わらない』だろう事を何となく匂わせている。
 何も変わらず、もしかすると……明日、あの庭に再び何事も無く庭の王は居るのだろうか。

 目の前で死に、その体が切り刻まれて埋められるのを見届けて尚、そんな気がする。

 それが有りえない事のようには思えない。そういう事もありうる。それがこの不思議な庭の『法』だ。私は……それを理解していない、だから王は理解しろと言って私に殺される事を……。

 同じ事を何度も何度も繰り返し、考えては行き詰まる。

 私はそのうち思考に疲れ、衣服を緩めて寝床に横になっていた。


 *** *** ***
 

 私の予想は当たった。
 だから、私は庭の王を目の前に見出した時、何も驚く事は無かった。

 いつの間にか眠っていて、夢の中でも同じ事を問答していたように思う。目が覚めた事を自覚してなお、私の関心は庭の王とは何であるか、という事だった。
 私にしては少し遅い起床だった。すでに部屋のカーテンは開けられ、洗顔用の湯を張った桶とと手ぬぐいが用意されているのを見て溜息が洩れる。折角用意してくれたものを使わない、というのも礼節を欠いていよう。身だしなみを整え、部屋を出ると部屋付きの者が待ち構えている。彼らの勧めに大人しく従い、私は軽い朝食を取り日課に庭園散策に向った。

 そうして日が真上に来る頃、
 レッド殿が勧めた通り私は、庭の王が居るはずの別邸へと向かった。見事な薔薇の生垣に守られた庭へ向うには、館の門を通らなければいけない。通常は硬く閉ざされているそれは、私の到来を知っていたかのように開いていた。真っ直ぐに、吹き抜けの中庭と経由して奥にある庭へと足を踏み入れる。

 そうして……何時もの場所にテーブルと椅子が置かれ、そこで珈琲を味わっている者を見つけても何も動揺は無かった。

 そしてそれが紛れもない、この庭の王である事も疑う必要もうない。

 足を崩し、少し乱暴に肘をついて若い青年が珈琲カップを傾けているのを見て私は、軽く会釈をしていた。

「その様子だと、少しは俺の事を理解してくれたのか?」
 私は目を閉じ、首を横に振る。
「それとこれとは別です。ただ……今日も貴方はそこに居る、そんな気がしていただけです」
「おっかしいよなぁ、どうして誰も『おまえは誰だ?』とかいうツッコミはしないんだ?」
 外見は、確かに異なる。
 私の知っていた庭の王は初老の男だった。だがそれは昨日私が斬り殺し、切り刻まれて庭に埋められた。ならば、同じ者が再びそこに座っている事の方がよっぽど怪異だ。
「雰囲気が同じだ、それにこの庭でそこに寛ぐのは『貴方だけ』だと聞いている」
 すると青年は苦笑いを零す。
 崩していた姿勢を元に戻し……私が知っている、極めて落ち着いた様子になって言った。
「さて……それで私は君によって殺された訳だが、その事についてはどう思う」
 口調を突然変えてきたが、それについても違和感は感じなかった。
「貴方が私にそうするように嗾けたんでしょう?私はそれに抗える状況ではなかった。殺意には殺意で応えてしまう、私が手を抜けば、貴方は間違いなく私を殺した。そういう状況だったのは間違いないでしょう。そして」
 一呼吸置く。
「そうする事に貴方は迷いはない、きっと『どうでもいい』のだ」
 庭の王は緩やかに微笑んでいる。
「貴方の事を……誰も殺せないのですね」
「正確にはなかなか死ねない、に近い」
 そう言って青年は席を立ちあがる。
「別にその事についても私は、すでにどうでもいいのだ。だが……私を取り巻く世界の方はそういう訳にはいかないのだろう。それで、この不死身の私をどうにかしたいと思った連中が私の周りに集まってくる」
 ああ、なるほど……。
 きっと私もそれに当てはまる。
 この、理解し難い『魔王』をどうにかしたい、私の場合は『滅したい』という都合でこの庭に存在を許されたのだ。王は、自分に関心のある者の存在を傍に許すと言う事か。
 いや……。
 どうにかしたい、という願いを汲んで傍にある事を許すのか?正しくは、どうでもいい、か。どうでもいいという事は是でも非でもない。結局重要なのは王の意思ではなく、王をどう思うかという他人の意思が優先される。

「ついてきたまえ、君に見せたいものが有る」
 ついてこい、と私を手招きするので仕方なく、王の後に続いた。
 薔薇の生垣の切れ目から、迷路のように入り組んだ林へと進む。
 時折王は頭上を見上げ、種類多い木々の合間からさらにその上を指差す。
「ここでは空を拝みにくいだろう、木々が視界を邪魔している」
「ええ、そうですね」
「実はすぐそこにひときわ大きな木があってね、庭樹は、それを見えないようにするために植えられているのだよ」
 私は……雑多な緑の層のさらに奥に向けて目を細めていた。
「それが王樹、ですか?……王果の成る」
 女王と呼ばれる者が管理していて……見る事も出来ないと聞いている。
 そして、王果。奇妙なその実の事を思い出して私は、少し気持ちが揺らいでいた。
 奇妙な音を聞いて振り返る。視線が近い所に定まると、あちらこちらに巨大な芋虫がいて私を……見ていた。目がどこにあるのかはわからないが、明らかにこちらを向いている。
 これは知っているな、女王の幼生の一形態だ。ここまで沢山のものを一度に見た事は無いが、よく庭樹の草を食い散らかしてしまい、庭師が駆除にやっきになっているのを見た事がある。
 入り組んだ林を暫く歩き続けると……段々と木々の姿がみすぼらしいものとなっていく。葉を食い散らかされて枯れ木のような姿の木々が多くなり、べとついた糸に絡まれていてそれらが時々道をふさいている。 
 王はそれらを避けて歩いていく。
 すでに空は開けていて……。
 確かに、巨大な樹がすぐそこに突っ立っているのが今はよく見えるのだった。

 こんなものがあるのに全く、気がつかなかった。

「見えないのは、他にも色々小細工をしているらしい。私にとってはどうでもいいことだが、私以外にとってはそうでもない、という事だ」
 青年の姿の王はそう言って、巨大な木の根が無秩序に横たわっているものに手をやって笑う。
「見たまえ、これが私だ」
「…………」

 この樹が、この庭の王……なのだろう。それは今は素直に、理解できる。
 理屈ではない、今目の前にいる人の形をしたものは、在る程度私達に理解しやすい形を伴って具現化しているだけであって……本来、王と呼ぶべき本体はこちらなのだ。
 そうなのだ、という事に圧倒されている。

 ならば、全てはどうでもいいと受け入れようとする姿勢が理解できる気がする。
 もしこれに人が理解しやすい『人の形』がなければ、その存在が成す全てを理解するのに明確な答えなど見いだせはしない。いや、人の形をした庭の王の言葉だって怪しい。

「貴方には、本来意志もない……?」
「いや、それは違う。動植物にだってそれなりの意思はある。意図、というべきかもしれないが。人のそれとは極めて異なるがね。だが私はそうではない、私にはこの『私』という形体がある」
 誘われるまま、巨大な樹を回り込む……すると、樹の根元に幾つか洞窟のような暗がりが見受けられる。鉄の柵に覆われた籠が積み重ねられ、埋められていた。
「……これは……」
「外の種だよ、討伐されてしまうものも多いが生け捕りも推奨されているそうだ。そうして、ここに運ばれてくる」
 ……魔王の種か、この庭の外、特に西方で世を乱す危険因子。一様に同じ顔をしていて、育つと大抵人に害を成す事をする。そういうものだと知れ渡っていて、魔王の種は恐れられ、嫌われている。
 私もかつてこの魔王の種を排除する仕事についていた。何匹か始末した事がある。
「確かに生け捕り推奨されている国もありましたね、ですが私の所では即座殺すようにと言われています」
「それでも一向に構わないとは思うがねぇ、一節にはそれで、再び種が撒かれる事になるのだと言うよ」
「……!」
「一節だ、迷信の一種ともいえる。……私がどこでどのように生じるか、という事は今だ研究中の事で分からない事が多いのだそうだ。私を排除する為には私の生態を把握する必要があるだろう。ここでは、主にピーターとリンガがその研究をしている」
 庭の王は私を振り返り、微笑んだ。
「この私をこの世から排除する為の研究だよ」

 鉄の柵に、くさびで打ちつけられてすでに瀕死の者。その隣には幼い子供達が震えながら数人固まっている。獣のように言葉を話さず唸り声を上げる者や、すでに歳老いて身動きが取れない者。整った衣服に身を包み、きっちりとした姿勢で檻の中心に座り込んで微動だにしない者もいれば、こちらにおびえ、助けを求める声を上げる者もいる。
 全て、これらすべて魔王の種か?本当に、手違いでそうでは無い者も混じって居たりはしないのか?確かにどれもこれも同じ顔をしている。

 庭の王だけが、枷を解き自由に外を歩き回って居る。

「……生け捕りにして、それを引き取って、どうするのですか」
「基本的には埋める、そうして『私』に帰依する」
「……殺す、という事ですか」
 昨日、死んで刻まれて、埋められた王を思い出していた。
「さてね、私は殺しているつもりはない。埋める、というのは……昨日君に殺された私の扱いとは異なるかな」
 そう言って王は……巨大な樹の方へと歩みより、根か、あるいは幹に触れながら私を振り返った。
「こんな風に」

 そう言い残して王は……王樹の中へと沈んでいった。そうして長い沈黙が訪れる。
 王は、そのまま戻ってこなかった。私はどうすればいいのかやや途方に暮れ、辺りを見回す。

「そなたも王を殺したいか?」
 聞きなれない声に思わず身構えてしまった。
 声のする方を見上げると、大きな蝶が大樹の枝に腰かけている……腰かける?蝶の羽を持ったほぼ全裸の女性は口元に手をやって微笑み、呆けているだろう私に言った。
「この姿ではお初にお目にかかろうか、妾がこの庭の女王、そのように呼ばれておる者」
「……コドクの、成体……か」
「それで理解できるならそれでもよかろう。ジャン殿、王の所望につきこちらへの侵入を許しておるが基本的にはここへの立ち入りは禁止じゃ。用事が済んだなら即刻立ち去っては貰えぬかな」
「……この庭の者は、この……庭の王を殺したいと集うのかな」
 自分もそうだ、それは否定しない。
「そうとも限らん、妾は王と共にここで生きたい。王を殺してしまっては妾は生きていけぬ、共存しておるからな」
「王自らはどうだろう」
 女王、コドクは笑った。
「それは明白な事、本能的には存続を望むのだろうがそれを否定出来るのが……人間というもの。王は樹にして人の魂を持つ。それが一つの誤算でもあろう。死はあるものとしての人の性に、死は無いものとする樹の質を持っておるのじゃ、無意識的に死を求め、呼ぶ事もあろう。だが」

 私は、既に答えを知っているな。
 目を瞬き、女王に答えた。

「……どうでもいい、という事か」
 それでも王へと死を捧げようとする者がいる。そういう者が、在ると事が第一だと王は言った。その意志を否定はしない。

 どこまでも、どうでもいいと受け入れる。

「この樹は、枯れないのか?」
「もちろん条件によっては枯れような。だが種がどこからともなく湧いて出ている。この樹が枯れても、それがすなわち王の死には繋がらない。レッド殿が言っておったが植物はな、自分と同じものを増殖させて増えるそうじゃ。王は世界に蔓延しておる、その状態を正そうとこの庭の悪人どもは躍起になっておるのじゃ」
「なんでそれを……」
 なんでそれを悪がやるんだ?王がすなわち魔王なら、それを倒すは……正義たる私の役割ではないのか。
「そなたは正義であったな、そうとも、前々から王はそなたのような者を求めておった。しかし悪と違って正義というのはそう成り立つものではない。そなたは、希少なのではないかぇ」
 ……悪の道へと進む方が安易だ、という事か?正義の実行は、それほどまでに難解だとでも?正義たる私には、なぜ人が安易に悪へと転落するのか、という事の方が理解し難い。

 正しい事をするのは『当り前』ではないか。なぜその当たり前が出来ないと人は、言うのか。

「悪と名乗る連中は自己顕示欲が強いからのぅ、それゆえに悪の道を選び、そうしてその道で一番上を目指していく。連中は自分が一番でないとガマンがならないのじゃ、しかしこの世界、一番の悪人はこの庭の王。何をしても結局すべてこの魔王が全ての責任を背負い禍つとされる。悪党どもは我慢がならんのじゃろう、庭の王を抹殺し排除しない事には何時まで経っても自分が一番にはなれぬ」
 ころころと笑い、女王は羽を翻してふわりと枝を離れた。
「だが、王も王で問題をひたすら埋める。自らを広めたい樹の質に、一つと纏める秩序を求める人の性が鬩いでおる。自らで問題を解決出来ぬから、今はひたすら問題を埋めるのじゃ……自らの中にのぅ」

 私には……この樹を殺す術が無い。
 いや、現実的に考えてみよう。少しばかり巨大ではあるが、時間をかければへし折る事も出来るだろう。油をまいて火を放つなり、樹を死へと追いやる方法はあるかもしれないが恐らくそれは根本的な解決にはならない。
 例え樹を焼いても、その焼野原から再び王樹は芽吹く。同じ所から生えるならいいが、下手すればこの世界のどこか知らない所で再生する可能性もある。種は、そうなる可能性を示唆するように世界中あちこちにばらまかれている。
 王樹を殺す為に、その生態を研究する。
 外部の種を捉えては森に埋める。
 悪を束ねて、悪の性質を孕む魔王の種をひきつける。
 

 この庭は、最終的に魔王を埋める為の墓所。




 私はこの庭で、何をすればいいのか。
 何を悪として見いだし、斬るべきか。

 迷いが全て晴れたわけではないが私は……この庭にいよう。
 ぶれない正義を心中に抱き、この庭に在る事こそ私の正義だ。何時か露見する悪を、迷わず斬る為にここに居ようと思う。恐らく私は……そうするようにとここに呼ばれ、この庭に在れと望まれている。

 何を悪と定めて斬るか、それを決めるのは私の仕事だ、王に改めて言われるまでも無い事。
 だから、どうすればいいかなどと聞いて改めて指摘されて、なんと恥ずかしい事を聞いたのだろうと頭を抱えたのだ。

 この庭の摂理を知っていても、知らなくてもそれは変わらないのに。私はそんな事も分からなくなっていたのか。それほどまでに私の心が弱くなったのは何故か。
 もちろん、それはこの庭に集う悪の仕業だろう、私はそれに屈してしまう所だったという事だ。
 
 何と恐ろしい所か、ここは。
 純然たる正義の私を揺るがせる、恐るべき、悪の集う庭。

 そうと理解してここを逃げ出す必要は無い。
 私は、まさしくこの庭に正義としてなければならない。それこそが私の義務だ。
 


終わり
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