GM8 Garden Manage 8 Narrative

RHone

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冬の森後日談

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 目を覚まし、起き上がって窓の外から見た世界に目が眩んだ。
 天候は曇り、風は強く窓ガラスを震わせる程。太陽は分厚い雲の向こう側に隠れているにも拘らず、世界は……まばゆい。
 一面、白く雪で閉ざされている事を理解出来ると、白く焼き付いた景色の中に白黒の、見慣れていた筈の風景が蘇って来る。

 見慣れた風景だった、私の故郷は5ヶ月近くこうやって風雪に閉ざされてしまう。
 そして私はそこで育ったからだ。
 天空国、ファマメント首都レズミオは高山の上に在り、統治者の為の都として氷雪の様に堅苦しく在った。
 そういう、今は捨て置いた過去を静かに思い出さざるを得ない……懐かしい、しかしどこか疎ましい過去を思い出していた。そうして私は、今一番近くにある辛い出来事から逃避しているのかもしれない。

 結局私は庭に戻って来た。
 再び戻ってきてしまった……不本意ではない、私は自ら望んで再び、ここを目指したのだ。

 私は、絶対正義である。
 正義として、この庭に集う悪を切る……それまでは、この庭に居るつもりだ。

 しかし、まるで目くらましにあったように、あるいは全ての感覚が痺れるように……私はこの庭で、問題の『悪』を見つけられずにいる。それは今も変わりない。それは私が彼らの庭の中に在るからではないのか、という思いは一層強まった。
 一時、この庭を離れて見てやはり、そう思った。
 庭の外から振り返り見て……確かにこの庭に住まう者を許しがたい『悪』だと思ったのだ。

 けれど……それが今は良くわからない。
 自身が再び庭に在ると、全ての事が良く分からなくなる。
 庭での生活は穏やかで……沈みこんだ私の心を癒す様にと緩やだ。
 飢えない程度に物資はあって、それらを調理する凄腕の料理長もいる。
 美しく整えられた庭を散策するもよし、日々を潤す農産物を提供する畑の手伝いをしてもよし。
 豊かな自然に歩き出したっていい。
 勿論、足りない部分を補うための読書も、――苦手ではあるが。

 そしてそのまま、私はこの庭を去り……どこかへ行く事も出来る。

 それを、レギオンやその他はともかく王は……庭の王は、止めはしないのだろう。

 でも私はそうしない。
 私は私自身と約束をして必ず、この庭の悪を、悪と成るだろうモノを必ず見つけ出し裁く存在となるつもりだ。
 いつかこの幻の様な平穏が破られる時が来るかもしれない。
 この庭に封じられた『悪』が世に放たれる時に、真っ先にそれを討つ事は正義たる私の役割でもあるだろう。

 恐らくは、そういった都合で私はここに招かれているのだと思うのだ。

 今、胸を支配する悲しみはいずれ癒えるだろう、その事を知っている。
 絶望はしていない、絶望に等しい悲しみは貰ったが同時に、確かな手ごたえも私の心の中には残っている。
 小さくて、弱々しい光だったかもしれない。けれど私は確かにそれを、得たのだ。
 私は、そうやって自分が手に入れた小さな輝きを疑っているからこのように今、心塞いでいるのではないのか?そう思って……無理にでも顔を上げて日々を生きよう。

 オウカを、死なせてしまった。
 王の予言通り私にはそれを育てる力が無くて、そうして再びこの庭に戻って来てしまった。育てられるならこの庭に居る必要が無い、その意味を……ぼんやりと考えている。


 *** *** ***


 天候はとても荒れていた。
 午後から夜中まで、強い風が吹き付ける音に館が悲鳴を上げている様にも感じる程だ。屋根等が飛ばされる可能性もあると、館庭保全部の者達は一人残らず駆り出されて行ってしまった様だ。何か手伝う事はあるかと声を掛ける暇も無い。
 わだかまりがある時は、じっとしているのは辛い。まして季節は冬で、外は暴風雪。
 庭木の散策も出来ない、外は……出歩くには少し辛いな。
 故郷でも、こういう吹雪の日は外に出ない事が第一だ。そもそも館の者達は私を、こういう日にあまり外に出すつもりは無い様でまともな防寒着が用意されていない。数十分程度の外出には問題の無い綿を入れた布のコートが手持ちの防寒具の最上位だ。
 冬国に住む私は知っている、せめて羊毛か毛皮でなければこういう厳しい寒さには向いていない。
 オウカを連れて冬を彷徨った時、私が手に入れていた粗野ながら機能的であったマントは……捨てられてしまったかな。

 そういう訳で、こういう日は大人しく本を読むしかなかった。
 ランプを灯し、辞書を片手に西の歴史書を解読する様にじりじりと読み進む。それは好きな事とは云い難く、そのうち飽きて私は寝てしまったらしい。


 次の日に世界は、白く沈黙を返して来た。


 何時の間に風は収まったのか、雪は深々と積もった様だ、窓を開けると桟に残っていた軽い雪がはらはらと零れ落ちていく。
 空を覆う雲は薄く、明るい日差しが現れそうな予感がある。この雪は、あっという間に溶けてしまうかもしれない。ならばあの昨日の嵐は春への予兆かもしれなかった。
 すっかり、景色が白い。
 この辺りの森は落葉樹が多い所為もあって世界には、色が無かった。


 その白い世界を、黒い影の様なものがこちらに向かって歩いて来る。
 それが、何時もの黒装束に身を包んだフリードだと気付くのにそれ程時は掛からなかった。彼が早朝に、一人で出歩いている姿など見た事が無い。そもそも滅多にこの庭で見かける事が無い。居たと思っても、すぐどこかへ行ってしまう。
 フリードは真っ直ぐ、私の住んでいる館の下へ向かって来て、すでに私の部屋の方へ顔を向けていた。
「おはようジャン殿、昨晩は風が煩かった様ですが、よく寝れましたか?」
「おはよう、……私に何か用だろうか?」
「お言葉ですねぇ、王果についていずれ時間を設けると約束したと思いましたが」
 私は、唐突に彼が訪ねて来た事に少なからず驚いていて、何か裏があるのだろうかと警戒してしまっていた。すでに私は彼の、この庭での手腕について疑う所は無い。彼はこの庭に多くの労働力を入れ、館を管理し庭を維持して一つの歯車を回す為多くの事を成している。
 多くの者の胃袋を満たす料理長、外部から人を雇い入れて育てている人事部のスー、庭を管理するツヅラ老人に、文句を言いつつ面倒を見てくれる衛生保健部のアステラ、まめに世話を焼いてくれる館の、世話係りバドロム―――。

 フリードから誘致された『悪人』達がこの庭には、数多く居る事を知っている。

「いやはや、突然仕事に空きが出来ましてねぇ。この雪で、予定していた事が全部変更なんです、今日は西の方で展開している部隊と荷物の引き上げに立ち会う予定だったのですが……あちらでも大分雪が積もりましてね」
「雪が降ると運べないのか?」
「運んでいるのがちょっとした、何といいますかね、嗜好品なのですが。横取りをを狙うものが多くて困ります。雪道では足が付きやすくて不利と判断し、もうしばらく様子を見る事になりました」
「護衛が必要なら手を貸すが?」
「いえいえ、結構。出来るだけ人目に触れず、何も問題を起こさず運ばねばなりません。何か起こって対処するではいけないのです。何も起こさずに運ぶことが肝要、」
 一体何を運んでいるのか、具体的な事は話すつもりは無い様だが嘘を言っている訳でもなさそうだ。

 それが、この男の厄介な所だと感じている。


 世話役のバドロムが、紅茶一式を部屋に運び込んでくれた。彼もフリードを相手に緊張している様だ、無言で暖炉の火や薪の様子などを見るだけで退室してしまったな。
「人払いをしています」
 そんな様子を訝しんだ私の様子を察したように、フリードは小さく笑いながら言った。
「聞かれて困る様な事も私に、話してくれるのか?」
「どうでしょう」
 笑って、いつも付けている皮で出来た仮面を彼は、外した。思っていた通り、油断なく微笑んだ顔に目だけが鋭く光っている。
 このとても背の高い、聞くところによると北東人の彼は、威圧感はあれど怖いという印象はどうにも与えられない顔つきに劣等感を抱いているらしい。どうにも目の辺りが良くないと自覚して、あの仮面を着けているともっぱらの噂だ。本人からそうだという話は聞いていないが、そうなのだと聞くのも不躾であろうことは弁えている。
 私も外出時は顔半分覆う仮面をつけているが、それと同じようなものかな。
 右目に負った傷を隠すのに使っている。隠すのは、自分で認めているとはいえ不名誉な傷と心得ている事と、その傷についてとやかく聞かれる事を面倒くさがっての事だったが。
「随分傷が残ってしまいましたね」
 そう、今私は彼がそうであるように、傷を隠さずに対面しているのだった。
 やっぱり見られてしまうとそういう事は聞かれると、軽くため息を漏らして私は言葉を返した。
「ああ、これは……あまり綺麗に治さないでくれと私が、願った事なんだ」

 正義と悪が、想定していたものと逆だった時に抱く、僅かな違和感がある。
 正しく悪を斬っているのに、どうしてこうなってしまったのかという疑問や猜疑、諸々から生まれる違和感。それを忘れないでいたい。
 この傷を、壁守をしていた時負って私は、多分初めて躊躇した。
 自分の正義を迷ってしまった。
 迷うまいとしていたのに。

 傷の事は触れられたくないという、私の思惑をフリードは理解してくれただろうか?
 傷の話をさっさと切り上げて私は、この拘束する事が難しい客人に話を、促す。

「早速だが本題に入ろう。お前も王果を育てていると聞いているが、……私が切り伏せたのは、やはりお前の王果だったかな」
「その事を気になさっていましたか?」
 その視線は……悪意があるな。ちりちりと背中を引っ掻かれているような感覚に私は、油断なく問い返す。
「育てているのなら、その芽を摘まれる事は―――」
 何と、言い現すべきか迷って少し言葉に詰まる。
「忌まわしい事かと思ったが」
「そうでしょう、私もよくありますよ。入念に練り上げた計画がひょんな事で台無しになってつい感情的になりそうになる。人を多く動かす仕事をしていると本当にこれは良くある事で、大変です」
 そこでふいと無邪気に笑ってみせるので私は、途端毒気を見失ってしまう。
「でもご安心ください。庭から解き放った時点で、アレは私の物では無いのですよ」
「……彼もその様に言っていたな」
 吐息をつき、フリードは紅茶を淹れながら言った。
「確かに、我が王よりいくつか王果を賜っています。ですがそれ以上に魔王の種も手懐けているんですよ」
「……魔王としてか?」
「それは私の望む所ではありませんねぇ」
 大げさに肩を竦め、ティーカップを並べて湯を注ぐ。器を温めながら、その間に茶菓子などを皿に取って勧めて来た。
「彼らが魔王になんて、成ってもらっては困る」
「……」
 どういう意味でそう言っているのか、私は良く分からず彼の言葉の続きを待った。
「王果と種との違いを知る為に色々試した事はあります。生態研究、とでも云いますか……するとどうにも王果の方が最初から得ているものが多い分、制約も多い事が分かってきました」
「最初から、言葉をしゃべる事だろうか?」
「いいえ、それは『種』も同じですよ。成熟度合いは様々ですが王果の様に、自分が何者か知らずに世界に彷徨い出るのが魔王の種。私は、それらが虐げられる前に手を差し伸べてやっています」
「助ける、と云う事か?」
「どうでしょうねぇ、要するに……私の障害に成らないようにしていているのです。我が王の御手は、私が最も『読めない』ものでしてねぇ、入念な計画を練った作戦を時に彼らに邪魔されてしまう事もあるものですから。ならば最初から手懐けておくしかない」
 時に魔王に近しい者として、邪悪に存在する……魔王軍の残骸として、か?
「時には手遅れで、貴方の様に手を下した事もありますよ」
 人を疑う事は悪しき事だ、だからあまりそういう事はしたくないのだが……フリードの言葉は本当なのだろうか?
 あまりこうやって額を突き付けて話をする機会が無いが、この庭の中の誰よりも警戒心が働いてしまうのは恐らく、フリードは平気で嘘をつく事がある事を察しているからだ。
 正しくは無い、正しく言えば……本当の事を包み隠さずには教えてくれない。知っているのに悪意を持って真実を隠し、都合のよい、甘い言葉を吐く彼の性質を私は察している。
 インティにもそういう気質はあると思っていたが……少し違う。インティはこちらに都合のよい言葉を語る為に真実を隠しているのではなく、庭の王の様な怠慢で『めんどうだから』余計な事を言わないだけだ。
「……」
「あるいは、我らが王に差し出すのも一つの手です。無用な殺生を好まないので喜んで引き受けて下さる」

 これが本性だと言っていた、木の中に沈んでいく王の事を思い出している。

「オウカたちに仲間意識は無い、と……オウカが言っていた。それなのになぜ、お前の手から自由を得た王果が私の前に現れたのだ?」
「さぁて、それは私の関知する所ではない。彼らがどう生きようが、私の障害とならない限り問題ではない。私はね、自分より目立つ存在となった悪人が許せないのです」
 それは、どういう意味だ?
 差し出された紅茶の皿を受け取りながら、思わず怪訝な顔をしてしまったと思う。
「魔王の種も、王果も、行きつく先が魔王だと云うならそれは私の好敵手ではありませんか」
「魔王が?」
「そういった厄介な存在は、そうならない内に摘んでしまった方が良い。在って世を乱すだけ、そういう理論の下に西方では、貴方の様な魔王軍討伐隊というのがあるのでしょう、違いましたか?」
「正しく、そのように在る組織だ。だが、私は常々疑問だったのだ」
「魔王の種は、必ず魔王と呼ばれる悪へと傾くか否か、ですかね?」
 そうだ、その通り。
「結局子供というものは、親に影響を受けて育つでしょう?」
「そう、だな。そうなのだろう」
「ご両親の事などはお聞きしても良いですか?」
「お前も同じく話してくれるというのなら」
「私の両親に興味がおありなんですか?」
 可笑しそうに笑って、フリードはお茶を啜る。
「私は天涯孤独ですよ、気が付いた時には両親と呼べる存在はありませんでした」
「そうか、それは……悪い事を聞いたか」
「いいえ、構いませんよ。とすると、幼い私はどんな事を考えたと思います?」
「……?」
「両親が無く、自分が誰とも分からず、ぽっと存在して生きている。もしかすると私は『魔王の種』なのか、と」
 フリードの芝居がかった言葉に私は、すっかり騙されて顔を上げる。
「何しろそういう弾圧の酷い時代に生まれました、今は残念ながら王の血統では無い事ははっきりしてしまいましたがね。一応私は高原貴族種との混血児で、そういう都合捨て置かれたのでしょう。私は、生きるに足掻き自分が、魔王の種として疑われる状況も上手く利用して生きて来たんですよ」
 私は彼のそういう生い立ちを、これ以上聞きたいとは思わず言葉を挟む。
「聞かずに良い事を聞いたのだろうか?私は、私の生い立ちなどは……」
「いえ、聞いてみたいですねジャン殿、その為に私も自分の出生を教えましょう。問題ありません、もうとっくに克服したつもりでおります。語る事で人に辛いと思われる事は、段々と克服出来るものなのです」
「そうならば良いのだが」
 私の出生などフリードなどに比べれば平凡極まりない。もしかすればこの庭の大半は、みな壮絶な人生の果てにここに許されているのではないか?
 しかしそれらに同情をして剣を鈍らせるつもりは無い。それでも尚、その生き方を選んだのは自身であるはずだ。どんな事情があるとしても、過去を反省していても、悪に通じる道を歩み足はその人自身の意思で動いているものだ。
「私の両親は、なんというか……私の認識で云えば普通かな」
 そんなはずはないでしょう、という笑みを浮かべながらフリードは肩をすくめる。
「魔王討伐隊の仕事はどういう経緯で?」
「兄弟や従弟が多いんだが、それらが一族と括られている。それで、それぞれに果たすべき役割があった」
「貴方の役割が、魔王討伐?」
「私は末席なんだ、家を継がない事はもちろん、分家する事も無い。どこかに養子入りするか、軍役を全うするのが私の様な末席に属する者の役割だ。剣術などの技能適正があったのだろう、子供の頃から強く在る事は求められていてそれに応じていた結果だ」
 フリードは小さく頷きながら私の話を聞いてくれている。こういう事は、仕事をしている上では『当たりまえ』の事であまり人に説明した事が無かったな……。大抵家の名前で事情を察してくれる、そういう人に囲まれていたのだなと思い知る。
「階級社会と家のしがらみに、色々と面倒な事はあったがそれが当たり前だと思っていたから」
「それに満足でしたか?」
 じっと見つめられ問われたが、私は迷いなく答えていた。
「勿論、願われた役割をしっかり果たせているんだ、満足していたよ」
「でもこの庭に来たのですよね、お仕事を放り出して」
「それはしょうがないだろう、私は正義だ、悪を見つけてしまったのなら見過ごせない」
「その様に、お父上ですかね、影響を受けて育ったわけですよね」
「そうだな、うん……そうだと思う」
 家長の言う事は絶対だ、絶対正しく無ければ成らない。正しく在る為に我々はそれに従う事が『絶対』で『正しい』
「ふぅん、まぁいいでしょう。では私の話の続きをしましょう」
「続き?」
「子は親の影響を受けて育つ、という話です。私には本当の両親が居ませんが、両親代わりとなった存在が居たのです。必然的にそういうものが『在る』のかもしれません。子供である時は、模範となる大人を得ようとするのかもしれませんねぇ」
「ああ。親がいる事はきっと、大切な事だ」

 私は……オウカの親となり彼を、育てたかった。

「私は、魔王の種であるという自分に間違って被せられた称号を一時真に受けていた事がありましてねぇ、そういう都合目指すモノとして私は、事も在ろうか魔王を選んでしまったんですよ」

 魔王の種ではない者が、自ら選んで……魔王を目指す。

「じゃぁ、子供の頃に魔王の称号を得ているような悪人に仕えた、と云う事か?」
「いえいえ、それならまだ良かったんですよ。私が目指していたのはあの、庭の王です」

 だから実際、あの庭の王に初めて会った時に……ああ、自分が目指していたのはこの人だったのだと理解したのですと、フリードは目だけ輝かせ、口を歪めながら言った。

「我らが王が世に存在する事を私は、何故か、本能的にとでも云いましょうか、分かっていたのでしょう。庭の王はこの森に隠された存在ですので私も、実際会う事になった時までそうとは理解していなかった。私はそれまで、誰にも仕えませんよ、私自身こそが仕えるべき存在です、頂点を目指す私が他人に膝を折る事など在り得ません。……ジャン殿、私は魔王を目指した者なのです。魔王に成りたかった小悪党なのですよ」
 少し両手を開いて、何時もの様に芝居がかった様子を私は少し呆然と見ている。
「そうして、まぁそれなりに裏の世界では知られた悪人として色々とやって来ました。しかし結局正しく魔王となる事は叶わず、あの庭の王に屈服してしまったというワケです」
「では……いずれ」
「はい、いつか庭の王を超える事が私の願い」
 ですから、私は悪を編むのですと、フリードは何時もの笑みで告げる。
「世界にある悪とされ、切り落とされる者達を拾い集めて、この庭に集めているのは王の真似事。我々が、いつしか彼の王の御許に集って来てしまう様を真似ているというワケです」
 王果や、魔王の種を手懐けるというのもその一環だとフリードは語った。
 魔王を目指すフリードからすれば、彼らは好敵手。競い合い、魔王となる為に互いに障害となる存在。だから時に排除し、時に懐柔などをして決して悪人にならない様に……手を差し伸べる。
 庭から得た王果を世に放つ。
 自由にした彼らを、自由に育てる。
 魔王になどならない様に、最低限の制約を課して?
「なら何故、あの王果は……人を食うのだ」
「それが手っ取り早いと思ったのでは?」
「咎めるつもりはないのか!?」
「ですから、すでに私の手からは離れています。私は、理想とする像を自分で選び、それを目指して自由に育ったものですからね、自分の手元に置いて育てる方法を知りませんし」
「ああ……そうか、そういう事か」
 私とフリードでは、親の在り方が違う。
 育てられた方法が違うから、育てる方法も違うと言う事か。
「ええ、そういう事ですね。でも私の手から自由になった王果だと分かったのは、彼がそうだと言ったからですか?」
「……口調や仕草がそっくりだった」
「成る程」
 フリードは可笑しそうに笑った。
「では、彼にとって私は『親』という認識だったのでしょうねぇ」

 あの人食い王果は、魔王を目指したいフリードを、魔王になる事を止められて尚……フリードを『親』として、真似て育ったと云うのか。

「私の知る所によると、魔王の種はその育成にこれと云った条件は無い様ですが、王果は制限がある。一つにこの庭では王に全て搾取されていて摂取できない物質が関わっている事は、間違いないのだと思いますよ」
「あいつは、魔王の種は……生きるためにはそれが無いとダメだ、とか言っていたが……本当にそれを、人を食らう事で補えるのか?」
「ああ、その子は魔王の種ではありませんよ、王果です。ですが世間一般では王果というのは知られていないし、知られるべきものでもない。ですから要するに、魔王の種と世間で云われているのが貴方ですと彼らには教えてある」
「フリード……」
「貴方はその辺りの違いを、貴方のオウカにちゃんと教えられたのですか?」
 そう言われるとなんとも、言い返せない。
 要するに果実の芯に同じ、魔王の種を宿している。
「この辺りの森に、突然谷が口を開けているのをご存じでしょう?その奥から、地底深くに埋もれている希少なレアメタルが取れるんです。しかし状態が複雑な物質でして、ピーター女史のお話では金属では無いのかもしれない、との事ですね。結晶化すると金属の様に見えてこれは安定しているので毒が無い、しかし気体化すると毒性があるのだそうです。この、気体化したものがほんの微量ながら……この辺りのあらゆるものに付着していて、毒性を発揮する事もなく沈殿している」
「なら、庭に実る作物などを与えて居れば良いのでは?この森に生きている動物を捉えて糧とすれば」
「ああ、ですからこの庭ではダメです。全部王に摂られてしまっている」
 本性が木であるという、庭の王が必要な『養分』を全て摂ってしまう。
 だから、この庭では育たないのか。

 王果は、この庭の外でなければならないのか。

 その養分は、どれだけ必要なのだろう。人を食べる事が一番効率が良いと学んだ王果は、自分が生きるための必要として人の社会に適合出来ない。
 社会性の中で悪とされている行いを必要とするから。
「では、人でなくても良かったはずだ」
「そうですね、問題のレアメタルはミストレアルと云うそうですがそれを、摂取できる大地に生きていれば、人食いをする必要は無かったでしょう」
 それをなぜ諭してやらない。自由に育てるから?自分が自由に育ったから、自分が育つ環境は自由であるべきだとあの王果も……信じていたのだと云うのか?

 信じていたからオウカを自由にしようとした。

 私のオウカを。
 手元に置いて、悪に成らぬように育てようとした私の……オウカを。

「私は、育てられなかった」
 忘れようとした無念さが思い出され、胸を締めつける。
「近辺の植物類から摂取出来なかったというのなら、まだ少しばかり、庭に近すぎたのかもしれませんねぇ。ミストレアルが希薄すぎたのでしょう」

 オウカが人を恐れたから、あれ以上平原の人が多く住む所へ行きたくなかった。
 それは本能的にそれが、人食いが、効率が良い事を……察したからではないのか。でも彼は、私のオウカはそれをしなかった。したくないと言った。
 私を親としたから出来なかった。
 人の社会に適合出来ない存在である事を私が知って居たらどうだろうか?そうする様にと勧められた通り、何が何でもフリードを先に探してアドバイスを受けていればどうだったろう。

 多分……結果は同じか。

「ミストレアルというのは、どこに行けば手に入る」
「レアメタル、というのは『希少金属』という意味だそうです。東の言葉ですねぇ。なので全く分かりません。貴金属商を巡り廻ればあるいは手に入れる事が出来るかもしれませんが、そういう無毒な結晶体ではダメなのです、あくまで活性化した生物にとっては毒である状態を王の種は必要としています。そして、それがどういう形で生物に蓄積されているのかが良く分からない、というのが実情です。結晶体を解く方法も殆ど確立されていないそうですよ、数値を計る事は出来る様ですがね」

 やはり、結果は同じだ。

 手に入らないミストレアルを探して彷徨う内に、オウカの運命は決まってしまう。

「恐らく、ジャン殿であってもあれを育てるのは無理でしょう」

 その声は甘く、優しく聞こえる。

「第二の王は、現王の治世するこの世の中に在っては中々に芽吹く事を許されていません」
「……そういう事か」
 私は、ほぼ答えの定まっていた難問を前に……打ちひしがれている。
「意地悪をされたと思っていますか」
 首を横に振る。
 そう、難問である事は庭の王が先に告げていた通りだ。育てる事は出来ない、育てられるのならば……私はこの庭に居ない。
 正義たる私は、この悪の庭にたどり着いていない。
 オウカが生きる為に必要として、育てる為に人を食す様な事を許せる者は、この庭には居ないのだろう。
 人を食らう手間をかけても、そもそも、彼らは育たない。

 育てるのなら、人を食うのを許さない。
 
 生きて行きたいのなら自由に生きろと、フリードが王果を世界に放つ幻想が見える。

「お前のやっている事は……際どいが、何時も最善だな」
「最善?そうですかね」
 フリードは苦笑していた、私は一応褒めたつもりだったのだが。
「魔王を目指す小悪党としては、そこは最悪と評価されねばならない所なのですがねぇ」




 終わり
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