記憶を失う僕と、感情をなくす君が紡ぐ学園再生譚

暁ノ鳥

文字の大きさ
24 / 30

第12章「迫る文化祭と選択の分岐」(2)

しおりを挟む
 文化祭当日の朝。
 いつもより早めの時間だというのに、校門付近は既に生徒たちで賑わっていた。
 ポスターを貼り出す担当、生徒会や実行委員が指示を飛ばす光景、ステージ発表の道具を運ぶ生徒……そこには活気と熱気が溢れている。

「うわ……ほんとにすごい活気だな」

 シンは頭に響くざわめきをこらえながら、校門をくぐる。
 コウタとナツミが声をかける。

「お、シン、おはよ。頭痛は大丈夫か?」
「おはよ! 今日は絶対無理しないでね。あんたが倒れたら洒落にならないんだから」
「大丈夫。ありがとう。俺も、今日はなんとかやりきりたいよ」

 そう答えたシンの隣に、ユキがそっと並ぶ。
 彼女はやはり無表情で、ブレザー姿をきちんと整え、今日は薄いリボンだけは付けている。
 だが、その足取りはまだどこか頼りない。

「ユキ、どう? 大丈夫?」
 
 ナツミが心配そうに訊ねると、ユキは小さく頷いた。

「……平気、とは言えない。でも、ここに来たいって思ったから」
「そっか……そりゃあよかった。あたしたちも、二人とも守るからさ」

 ナツミはニカッと笑顔を浮かべ、コウタもそれに続くように拳を握る。

「そうそう。何かあったらすぐ言えよ。頼りない俺たちかもしれないけど、先生がヘンな仕掛けしてきたら、体張って止めてやるから」
「コウタ……ナツミ……ありがとう」

 ユキは言葉少なだが、いつもよりほんの少し柔らかい声を出す。
 シンはそんなやり取りを傍らで聞きつつ、校門の内側を見渡す。
 グラウンド側には模擬店の看板がずらりと並び、生徒たちが屋台の装飾に励んでいる。
 通路では「ステージ発表は○時からでーす!」と拡声器で呼びかける姿が見える。
 クラスメイトたちが賑やかに笑い合う様子は、まさに“普通の高校生が作り出す楽しい文化祭”そのものだ。

「……俺たちも、混ざりたいよな。普通に」

 シンがつぶやくように言うと、ユキは一瞬その顔を見つめ、目を伏せた。

「うん。……混ざりたい、よね。わたしがそう願うのは……普通なのかな」
「普通だって思う。……うん、普通さ」

 シンはそう断言する。自分の中にある不安を振り払うかのように、言葉をはっきりさせた。
 コウタがニヤリと笑い、ナツミが「よーし、気合い入れてくか!」と声を張る。
 四人は昇降口へ向かい、クラスの控室を担当する教室へ移動することにした。
 廊下には色とりどりのポスターや飾り付けが施され、白い壁には花形の切り紙やイラストが何重にも貼られている。
 ところどころに「特設ステージはこちら」「模擬店A組のパンケーキ!」といった案内が貼られ、先輩後輩がワイワイ駆け回っている。

「なんか、すごくキラキラしてるな……」

 シンが言うと、コウタが軽口を叩く。

「だろ? 俺たちのクラスも負けてらんねーよ。劇と展示、頑張らなきゃな」
「でも……その前に、シンとユキが変なトラブルに巻き込まれないか、しっかり見張らないと」

 ナツミが意気込む。ユキは気恥ずかしそうに、か細い声で返す。

「……そこまで気を遣わせるのも、悪いなって思ってはいるんだけど」

 ユキが視線をそらすと、コウタが苦い笑みを浮かべる。

「ユキ、気にしすぎだって。大丈夫、俺たちがついてる。……な?」

 シンも後押しするように口を開く。

「そうだよ。俺も――正直、自分じゃ全然頼りにならないかもしれないけど、ユキのこと守りたいって思ってるし。……ここまで来たからには、全力で楽しもう」

「……うん、ありがと」

 ユキは小さく頷き、薄っすら笑みを浮かべる。
 まるでずいぶんと硬い氷が、かすかに溶け始めたような表情だった。
 だがその一方で、保健室の前に目を向けると、榎本真理の姿はどこにも見当たらない。
 ドアは開いていて、パイプ椅子が無造作に置かれているだけ。
 薬の補充か何かで席を外しているのか、それとも……と、シンは脳裏に嫌な予感がよぎる。

「先生、やっぱりいないみたいだね……」

 ナツミが眉をひそめて呟く。
 コウタも「ちょっと見張っとくか」と興味なさそうに言いながらも、確かめたい気持ちが滲んでいる。

「まあ、いい。先生がいないならいないで、今のうちに落ち着いて準備できるかも。……とりあえず、俺たちはクラスの出し物の会場に向かおうぜ」

 コウタがそう提案すると、シンとユキはうなずき、ナツミも「そうだね。行こ行こ!」と同意した。

 ◇◇◇

 クラスで企画している劇の舞台裏に到着すると、男子数名がマイクや照明のテストに追われていた。
 女生徒たちは衣装のアイロンがけや、小道具の修正をしている。

「シン! もっと早く来てよ! 打ち合わせどうなってんの?」

 リーダー格の女子が声を張り上げ、シンは「あ、わるい、頭痛で遅れて!」と慌てて頭を下げる。
 ナツミが苦笑いでフォローに入った。

「ごめんごめん、でももう大丈夫。さ、シンはステージ袖の物品チェックしてきて!」
「わかった!」

 シンはノートを取り出し、自分の役割を再確認する。
 ユキは端のほうで読心をセーブしようと耳を塞ぐように立っている。

「ユキ、大丈夫?」

 ナツミが小声で心配すると、ユキは「……うん、耐えられる」と答えるが、顔が少し青ざめていた。

「そっか、何かあったら言って。あたしもできるだけ力になるから」
「ありがとう……わたし、上手く言えないけど……本当に、感謝してる」

 ユキが視線をそらしながら言うと、ナツミは「ふふ」と微笑んだ。

「当たり前でしょ。クラスメイトだもん。でも、忘れないでね。あんた一人で抱え込んじゃダメだから」
「……うん。わかった」

 ◇◇◇

  シンはステージ袖へ回り、小物がきちんと配置されているかをチェックしていた。
 ギターやマイク、脚本、ライト……どこも問題なさそうに見えるが、頭痛のせいか、注意力が落ちている。
 メモを読み返しながら一つひとつ確認していく。

「……よし、大丈夫……あれ、メモに書いた時間が……いつだっけ……?」

 シンは眉間を押さえ、また記憶が怪しくなりかけているのを感じる。
 だがここで倒れるわけにはいかない、と自分を叱咤して立ち上がった。

「シン、どうだ?」

 コウタがこっそり覗き込み、声をかける。
 シンは苦笑いして首を振る。

「いや、まだなんとかなりそう。……ちょっと頭が痛いだけで」
「そっか。……無理すんなよ。マジで」

 コウタは真剣な目で念を押す。
 シンは「わかった」と苦笑いを返した。

 ◇◇◇

 四人が昇降口を抜けると、「お化け屋敷はここだよー」「出店がオープンしまーす!」という声が飛び交う。
 廊下の先で「ステージ発表は○時から始まりまーす!」とメガホンで呼びかける委員の姿が見える。外からは保護者や近所の人々も入り始め、ちょっとした観光地のような賑わいだ。

「よし……俺たち、今できる限りの力で、守り合おう。……頼りないけどな」

 コウタが決意を口にし、ナツミも「いざってときは、いつでも声かけて!」と笑う。
 ユキはまだ不安げだが、下を向くばかりではなく少し前を向いて歩き出した。
 シンは心の中で(忘れるな、今日はユキと一緒に笑うんだ)と繰り返す。

「……うん、行くか」

 静かにそう言って、シンはユキと並んでクラスの展示会場へ向かい始める。
 その背後で、保健医・榎本真理が物陰から彼らを見つめているとも知らずに――。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。

東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」 ──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。 購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。 それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、 いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!? 否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。 気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。 ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ! 最後は笑って、ちょっと泣ける。 #誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...