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第2幕:炎の中の欠陥
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商店街からアパートへ戻る道すがら、降り続く雨は杉本のコートを重く湿らせていた。
濡れたアスファルトが街灯の光を鈍く反射し、彼の目にはそれが現実とは異なる、3度の傾斜を持って見えた。
建物の影は不自然なほど鋭角的に伸び、まるで空間そのものが彼の歪んだ知覚に阿るように形を変えているかのようだ。
再開発を告知するけばけばしい看板だけが妙に鮮明で、他の風景は輪郭が滲み、揺らいで見える。
世界が、彼の内面の崩壊と共鳴している。
◇
自室に戻った杉本は、コートを脱ぎ捨てるのももどかしく、ポケットからあの黒檀(こくたん)の箱を取り出した。
指先の震えを抑えながら、赤い軸のマッチを一本つまみ出す。
老人の「一日一本まで」という言葉が脳裏をよぎったが、今はそれどころではなかった。
確かめなければならない。
あの店で感じた異常な感覚。
老人の不気味な符合。
そしてこのマッチが持つという「未来を照らす力」を。
彼は部屋の中央に立ち、七つの時計がそれぞれ示す時刻を確認した。
18時05分、18時07分、18時09分、18時12分、18時16分、18時20分、18時22分。
それぞれの針が刻む音の隙間、その完璧な不協和音の中心に、彼はマッチ箱の側面を置いた。
息を止め、赤い頭薬を擦る。
シュッ、という乾いた音と共に、炎が灯った。
それは尋常な炎ではなかった。
まるで生き物のように、異常なほど高く、歪な形に伸び上がる。
部屋の空気が一瞬で熱せられ、彼の顔を焦がすような熱波が襲う。
硫黄と、焦げた木材の匂い。
そして、あの火影堂で感じたのと同じ、微かに甘く、記憶を掻き立てるような香りが鼻孔を突き抜けた。
炎の揺らめきの中に、映像が浮かび上がった。
そこは見慣れない、明るいカフェの店内だった。
窓際の席に、息子・隆太が座っている。
その隣には、見知らぬ男が腰掛け、親しげに隆太の肩に手を置き、笑顔で何かを話しかけていた。
男の姿勢は、わずかに左に傾いている。
杉本の計測眼は、即座にそれを3度の傾斜と断定した。
完璧ではない。
不快感が込み上げる。
そして、男の左腕。
そこには、かつて杉本が裕子に贈った、シンプルなデザインの腕時計が巻かれていた。
隆太は、目の前に置かれた白い皿の上のケーキを前に、屈託のない笑顔を見せている。
イチゴが乗った、ショートケーキだ。
杉本が食い入るように見つめていると、不意に、炎の中の隆太の視線がふっと上がった。
黒目がちな瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えている。
まるで、時空を超え、炎の向こう側にいる父親の存在に気づいたかのように。
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
その瞬間、炎が彼の指先まで迫り、灼熱が皮膚を焼いた。
「あっ!」
思わず息を吹きかけると、炎はあっけなく消え、後には焦げた匂いと、指先に走る鋭い痛みだけが残った。
小さな火傷が、水ぶくれになりかけている。
そして、耳の奥で、声がした。
『お父さん……どうして嘘を……』
それは紛れもなく、隆太の声だった。
しかし、その声色には、非難と、深い悲しみが滲んでいた。
◇
翌日の昼下がり、杉本の携帯電話が鳴った。
ディスプレイには再び「裕子」の文字。
「もしもし、明さん?」
昨日よりも幾分か明るい声だった。
「急で悪いんだけど、今日、少し時間あるかしら?」
「……何だ」
「うん、あのね、隆太に紹介したい人がいて。正樹さんっていうんだけど……」
正樹。その名前に、杉本の心臓が嫌な音を立てた。まさか。
「……今からか?」
「ええ、駅前のカフェにいるの。隆太も一緒よ。すぐだから、お願いできない?」
断る理由はなかった。
いや、断れなかった。
確かめなければならないという強迫観念が、彼の足を動かしていた。
◇
指定されたカフェは、昨日マッチの炎の中で見た店と酷似していた。
窓際の席に、裕子と隆太、そして一人の男が座っている。
杉本は息を呑んだ。
あの男だ。
炎の中で見た、隆太の肩に手を置いていた男。
「明さん、こっちよ」
裕子が気づいて手を振る。
杉本はぎこちない足取りでテーブルに近づいた。
「紹介するわ。彼、佐伯正樹さん。私の……再婚相手になる人よ」
裕子は少し照れたように言った。
佐伯正樹と名乗った男は、柔和な笑顔で立ち上がり、杉本に手を差し出した。
四十代半ばだろうか。
中肉中背で、清潔感のある服装をしている。
人当たりが良く、誠実そうな印象を与える男だった。
しかし、杉本の目には、彼の存在そのものが異物として映っていた。
「初めまして、佐伯です。杉本さんのことは、裕子さんや隆太くんから伺っています」
「……どうも」
杉本は短く応え、差し出された手を無視して席に着いた。
隆太は少し緊張した面持ちで父親を見上げていたが、正樹が優しく話しかけると、すぐに表情が和らいだ。
二人の間には、杉本が入り込む隙のない、穏やかで親密な空気が流れている。
杉本の胸に、黒い嫉妬と焦燥感が渦巻く。
だが、彼の視線は、テーブルの上に置かれたケーキの皿に釘付けになっていた。
隆太の前に置かれているのは、チョコレートケーキだった。
炎の中で見た、イチゴのショートケーキではない。
――ズレている。
さらに、正樹の姿勢。
彼は話しながら、時折身振りを交えるが、その体はわずかに右に傾いていた。
杉本の計測眼は、それを正確に2度の傾斜と捉えた。
炎の中で見た「左に3度」ではない。
――ここも、ズレている。
この「設計ズレ」の発見は、杉本に奇妙な安堵と、同時に説明のつかない眩暈をもたらした。
未来は、完全には固定されていない?
それとも、マッチが見せる映像そのものが不確かなのか?
「あら、隆太、チョコレートケーキにしたのね」
裕子が息子の皿を見て言った。
「昨日はショートケーキがいいって言ってたのに」
「うん。だって、雨が降ってるから」
隆太はこともなげに答えた。
「雨?」
「うん。雨の日は、なんとなくチョコの気分なんだ」
裕子はくすくすと笑い、杉本に向き直った。
「ごめんなさいね、急に呼び出して。でも、ちゃんと明さんにも紹介しておきたかったの」
その後、他愛のない話をした気がするが、杉本は「設計ズレ」が気になって話の内容をほとんど覚えていなかった。
カフェを出る時だった。
隆太が、意外な言葉を口にした。
「お父さん、この後、僕の部屋に来ない?」
「え?」
「作ったもの、見てほしいんだ」
◇
杉本は二人が住んでいるマンションに立ち寄った。
隆太に案内されて部屋のドアの前に立つ。
そして、ドアを開けた瞬間、杉本は全身の血が凍りつくのを感じた。
壁一面。
そこには、彼が目を背け続けてきた過去が、執拗なまでの密度で展示されていた。
「21世紀記念タワー」の巨大な設計図のコピー。
タワー崩壊を報じる新聞記事の切り抜き。
構造解析のグラフや数式。
そして、部屋の中央には、信じられないほど精巧に作られた、タワーの巨大な模型が鎮座していた。
それは、杉本の記憶にあるタワーと、微妙に異なっていた。
一部分の構造が、彼のオリジナルデザインとは違う形で組み上げられている。
そして、その変更箇所を見た瞬間、杉本の全身に電流が走った。
一目でわかった。
その修正は、構造力学的に、より安定した形を示している。
しかし、それは同時に、彼が最もこだわった「美しさ」を、わずかに損なうものだった。
「お父さんの塔、直してみたんだ」
隆太は、誇らしげな、そして少しはにかんだような表情で言った。
「この部分……この梁の角度の計算が、ほんの少し、1.2度だけずれてたんだよね? それが、あの事故の原因だったんじゃないかなって」
――1.2度。
その数字を聞いた瞬間、杉本の頭の中で何かが砕け散る音がした。
それは、彼が六年間、頑なに否定し続けてきた数字。
心の奥底で、最も恐れていた真実。
彼の完璧な美学、天才建築家としての矜持、その根幹を揺るがす、致命的な欠陥。
美しさを優先するあまり、彼自身が生み出してしまった、構造的な弱点。
「僕もね、将来、建築家になりたいんだ。でも、お父さんとは違うやり方で。完璧に美しくなくてもいい。頑丈で、安全で、そこに住む人が本当に幸せになれるような建物を、僕は作りたい」
息子の無邪気な言葉が、鋭利な刃物のように杉本の胸を抉る。
模型の傍らに、無造作に置かれたファイルが見えた。
表紙には「21世紀記念タワー 構造計算書」と記されている。
彼が事故調査委員会で「ありえない」と一蹴した、構造計算担当者が提出した報告書。
そのページが開かれ、赤ペンで、まさに隆太が指摘した箇所に、正確な計算ミスの指摘が書き込まれていた。
杉本の視界がぐにゃりと歪む。
床が、まるで荒れた海面のように波打つ感覚。
鼓膜の内側で、七つの時計が狂ったように異なるリズムを刻み始める。
耳鳴りが酷い。
「なぜ……どうして……」
杉本はかろうじて声を絞り出した。
「誰が、これを教えたんだ……?」
「え? 自分で調べたんだよ」
隆太はきょとんとして答えた。
「図書館とか、インターネットとかで。お父さんの仕事、僕、全部集めてるんだ」
「全部……?」
「うん。だって、僕の夢なんだ」
隆太は真剣な眼差しで父親を見つめ、衝撃的な言葉を続けた。
「僕、お父さんの設計ミスを、全部見つけたいんだ」
その言葉は、宣告のように響いた。
杉本は震える手で、ポケットの中のマッチの箱を強く握りしめた。
指先に残る火傷の痕が、じくりと痛む。
――私が見ているのは、本当の未来なのか?
それとも、私自身の否認が、歪んだ現実を作り出しているだけなのか……?
濡れたアスファルトが街灯の光を鈍く反射し、彼の目にはそれが現実とは異なる、3度の傾斜を持って見えた。
建物の影は不自然なほど鋭角的に伸び、まるで空間そのものが彼の歪んだ知覚に阿るように形を変えているかのようだ。
再開発を告知するけばけばしい看板だけが妙に鮮明で、他の風景は輪郭が滲み、揺らいで見える。
世界が、彼の内面の崩壊と共鳴している。
◇
自室に戻った杉本は、コートを脱ぎ捨てるのももどかしく、ポケットからあの黒檀(こくたん)の箱を取り出した。
指先の震えを抑えながら、赤い軸のマッチを一本つまみ出す。
老人の「一日一本まで」という言葉が脳裏をよぎったが、今はそれどころではなかった。
確かめなければならない。
あの店で感じた異常な感覚。
老人の不気味な符合。
そしてこのマッチが持つという「未来を照らす力」を。
彼は部屋の中央に立ち、七つの時計がそれぞれ示す時刻を確認した。
18時05分、18時07分、18時09分、18時12分、18時16分、18時20分、18時22分。
それぞれの針が刻む音の隙間、その完璧な不協和音の中心に、彼はマッチ箱の側面を置いた。
息を止め、赤い頭薬を擦る。
シュッ、という乾いた音と共に、炎が灯った。
それは尋常な炎ではなかった。
まるで生き物のように、異常なほど高く、歪な形に伸び上がる。
部屋の空気が一瞬で熱せられ、彼の顔を焦がすような熱波が襲う。
硫黄と、焦げた木材の匂い。
そして、あの火影堂で感じたのと同じ、微かに甘く、記憶を掻き立てるような香りが鼻孔を突き抜けた。
炎の揺らめきの中に、映像が浮かび上がった。
そこは見慣れない、明るいカフェの店内だった。
窓際の席に、息子・隆太が座っている。
その隣には、見知らぬ男が腰掛け、親しげに隆太の肩に手を置き、笑顔で何かを話しかけていた。
男の姿勢は、わずかに左に傾いている。
杉本の計測眼は、即座にそれを3度の傾斜と断定した。
完璧ではない。
不快感が込み上げる。
そして、男の左腕。
そこには、かつて杉本が裕子に贈った、シンプルなデザインの腕時計が巻かれていた。
隆太は、目の前に置かれた白い皿の上のケーキを前に、屈託のない笑顔を見せている。
イチゴが乗った、ショートケーキだ。
杉本が食い入るように見つめていると、不意に、炎の中の隆太の視線がふっと上がった。
黒目がちな瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えている。
まるで、時空を超え、炎の向こう側にいる父親の存在に気づいたかのように。
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
その瞬間、炎が彼の指先まで迫り、灼熱が皮膚を焼いた。
「あっ!」
思わず息を吹きかけると、炎はあっけなく消え、後には焦げた匂いと、指先に走る鋭い痛みだけが残った。
小さな火傷が、水ぶくれになりかけている。
そして、耳の奥で、声がした。
『お父さん……どうして嘘を……』
それは紛れもなく、隆太の声だった。
しかし、その声色には、非難と、深い悲しみが滲んでいた。
◇
翌日の昼下がり、杉本の携帯電話が鳴った。
ディスプレイには再び「裕子」の文字。
「もしもし、明さん?」
昨日よりも幾分か明るい声だった。
「急で悪いんだけど、今日、少し時間あるかしら?」
「……何だ」
「うん、あのね、隆太に紹介したい人がいて。正樹さんっていうんだけど……」
正樹。その名前に、杉本の心臓が嫌な音を立てた。まさか。
「……今からか?」
「ええ、駅前のカフェにいるの。隆太も一緒よ。すぐだから、お願いできない?」
断る理由はなかった。
いや、断れなかった。
確かめなければならないという強迫観念が、彼の足を動かしていた。
◇
指定されたカフェは、昨日マッチの炎の中で見た店と酷似していた。
窓際の席に、裕子と隆太、そして一人の男が座っている。
杉本は息を呑んだ。
あの男だ。
炎の中で見た、隆太の肩に手を置いていた男。
「明さん、こっちよ」
裕子が気づいて手を振る。
杉本はぎこちない足取りでテーブルに近づいた。
「紹介するわ。彼、佐伯正樹さん。私の……再婚相手になる人よ」
裕子は少し照れたように言った。
佐伯正樹と名乗った男は、柔和な笑顔で立ち上がり、杉本に手を差し出した。
四十代半ばだろうか。
中肉中背で、清潔感のある服装をしている。
人当たりが良く、誠実そうな印象を与える男だった。
しかし、杉本の目には、彼の存在そのものが異物として映っていた。
「初めまして、佐伯です。杉本さんのことは、裕子さんや隆太くんから伺っています」
「……どうも」
杉本は短く応え、差し出された手を無視して席に着いた。
隆太は少し緊張した面持ちで父親を見上げていたが、正樹が優しく話しかけると、すぐに表情が和らいだ。
二人の間には、杉本が入り込む隙のない、穏やかで親密な空気が流れている。
杉本の胸に、黒い嫉妬と焦燥感が渦巻く。
だが、彼の視線は、テーブルの上に置かれたケーキの皿に釘付けになっていた。
隆太の前に置かれているのは、チョコレートケーキだった。
炎の中で見た、イチゴのショートケーキではない。
――ズレている。
さらに、正樹の姿勢。
彼は話しながら、時折身振りを交えるが、その体はわずかに右に傾いていた。
杉本の計測眼は、それを正確に2度の傾斜と捉えた。
炎の中で見た「左に3度」ではない。
――ここも、ズレている。
この「設計ズレ」の発見は、杉本に奇妙な安堵と、同時に説明のつかない眩暈をもたらした。
未来は、完全には固定されていない?
それとも、マッチが見せる映像そのものが不確かなのか?
「あら、隆太、チョコレートケーキにしたのね」
裕子が息子の皿を見て言った。
「昨日はショートケーキがいいって言ってたのに」
「うん。だって、雨が降ってるから」
隆太はこともなげに答えた。
「雨?」
「うん。雨の日は、なんとなくチョコの気分なんだ」
裕子はくすくすと笑い、杉本に向き直った。
「ごめんなさいね、急に呼び出して。でも、ちゃんと明さんにも紹介しておきたかったの」
その後、他愛のない話をした気がするが、杉本は「設計ズレ」が気になって話の内容をほとんど覚えていなかった。
カフェを出る時だった。
隆太が、意外な言葉を口にした。
「お父さん、この後、僕の部屋に来ない?」
「え?」
「作ったもの、見てほしいんだ」
◇
杉本は二人が住んでいるマンションに立ち寄った。
隆太に案内されて部屋のドアの前に立つ。
そして、ドアを開けた瞬間、杉本は全身の血が凍りつくのを感じた。
壁一面。
そこには、彼が目を背け続けてきた過去が、執拗なまでの密度で展示されていた。
「21世紀記念タワー」の巨大な設計図のコピー。
タワー崩壊を報じる新聞記事の切り抜き。
構造解析のグラフや数式。
そして、部屋の中央には、信じられないほど精巧に作られた、タワーの巨大な模型が鎮座していた。
それは、杉本の記憶にあるタワーと、微妙に異なっていた。
一部分の構造が、彼のオリジナルデザインとは違う形で組み上げられている。
そして、その変更箇所を見た瞬間、杉本の全身に電流が走った。
一目でわかった。
その修正は、構造力学的に、より安定した形を示している。
しかし、それは同時に、彼が最もこだわった「美しさ」を、わずかに損なうものだった。
「お父さんの塔、直してみたんだ」
隆太は、誇らしげな、そして少しはにかんだような表情で言った。
「この部分……この梁の角度の計算が、ほんの少し、1.2度だけずれてたんだよね? それが、あの事故の原因だったんじゃないかなって」
――1.2度。
その数字を聞いた瞬間、杉本の頭の中で何かが砕け散る音がした。
それは、彼が六年間、頑なに否定し続けてきた数字。
心の奥底で、最も恐れていた真実。
彼の完璧な美学、天才建築家としての矜持、その根幹を揺るがす、致命的な欠陥。
美しさを優先するあまり、彼自身が生み出してしまった、構造的な弱点。
「僕もね、将来、建築家になりたいんだ。でも、お父さんとは違うやり方で。完璧に美しくなくてもいい。頑丈で、安全で、そこに住む人が本当に幸せになれるような建物を、僕は作りたい」
息子の無邪気な言葉が、鋭利な刃物のように杉本の胸を抉る。
模型の傍らに、無造作に置かれたファイルが見えた。
表紙には「21世紀記念タワー 構造計算書」と記されている。
彼が事故調査委員会で「ありえない」と一蹴した、構造計算担当者が提出した報告書。
そのページが開かれ、赤ペンで、まさに隆太が指摘した箇所に、正確な計算ミスの指摘が書き込まれていた。
杉本の視界がぐにゃりと歪む。
床が、まるで荒れた海面のように波打つ感覚。
鼓膜の内側で、七つの時計が狂ったように異なるリズムを刻み始める。
耳鳴りが酷い。
「なぜ……どうして……」
杉本はかろうじて声を絞り出した。
「誰が、これを教えたんだ……?」
「え? 自分で調べたんだよ」
隆太はきょとんとして答えた。
「図書館とか、インターネットとかで。お父さんの仕事、僕、全部集めてるんだ」
「全部……?」
「うん。だって、僕の夢なんだ」
隆太は真剣な眼差しで父親を見つめ、衝撃的な言葉を続けた。
「僕、お父さんの設計ミスを、全部見つけたいんだ」
その言葉は、宣告のように響いた。
杉本は震える手で、ポケットの中のマッチの箱を強く握りしめた。
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